とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-436

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集



「……気付いたかい?」
上条当麻は目を覚ました。
瞼を刺激する光が、徐々に脳を活性化させる。
最初に跳び込んできたのは、カエル顔の医者だった。
「……あ」
「私が誰だか、分かるかな?」
「………はい、ここは?」
「記憶は無事みたいだね。此処は病院だよ。君がいつも運ばれてくる病室じゃないけどね?」
痛い。
右腕を上げようとしただけで、激痛が走った。布団をはねのける事すら少し力が入る。だが、こうしてはいられない。一瞬で眠気は吹き飛び、悲鳴を上げる肉体を無視して上半身を起こした。
「っ!あいつはっ!美琴は…どうしたんです!?」
上条当麻は医者に向かって思い切り叫んだ。
悪夢のような出来事が脳裏に蘇る。
御坂美琴は撃たれて、絶命した。
何度呼びかけても反応せず、銃創からとめどなく赤い血が流れていた。本能が気付いた。彼女は死んだのだと。「天使」を引き連れた雲川芹亜が、何のためらいも無く拳銃で撃ち殺した。
頭が怒りで沸騰しかけた時、

「君のそばにいるじゃないか?」

と、カエル顔の医者が反対側を指差した。
へ?と間の抜けた声を出した後、振り返ると。
ベッドによりかかるように寝ている御坂美琴の姿があった。
上条当麻の体から力が抜ける。
常盤台の制服、茶髪のショートカット。どこからどう見ても彼女だった。
「何か変な夢でも見たのかな?血塗れの君が病院に運ばれたって連絡したら、跳んできたんだよ?生け花の水を替えたり、君の事をずっと見ていたらしいよ?」
「先生が、美琴に…連絡したんですか?」
「彼女の妹達がね」
「…そうですか」
医者は、幾つか質問し一通りの検査を終えると、そのまま帰っていった。
「常盤台寮には連絡しておいたからね…可愛い彼女にあんまり心配をかけるんじゃないよ?」
「はい…ありがとう、ございます」
扉を閉めて、医者の足音だけが廊下に響いていた。
包帯を巻いた手を動かし、寝ている少女の髪を撫でた。
柔らかい。
温かい。
それだけで、上条当麻の心は穏やかになった。
妙にリアルな夢だった。
あれは幻だったのだろう。
御坂美琴はこうして生きている。
死んでいない。
少しだけ視界が歪んだ。
そうして、
少年の幻想を壊したのは、他ならぬ彼女の声だった。

「御坂美琴は死んだよ。上条当麻」

ブゥン…と耳障りな電子音が鳴ると、そこに御坂美琴が現れた。
いや、彼女では無い。
彼女と同じ容姿を持ち、DNAまで酷似している少女。
「ミサカワースト…か?」
「そうだよ。これは熱工学迷彩だ。最近、ようやく実用化にこぎつけて、まだテスト段階だけどね。だが、貴方が私に気付かなかったことを見ると、これは使えるな。
ロシアでの件は感謝しているよ。お礼に…」
病院には似つかわしくない白いアーミースーツを着込んだ彼女は、一直線に上条当麻に迫ると、暴力的に唇を奪った。
「うっ…!?」
生温かい感触が、ヌメリと侵入した。
それが彼女の舌だと気付いたのは、数秒遅れた後だった。
鼻につく女の汗の匂い。
本能を刺激する異性の香り。


だが、その中に潜む生臭い泥の匂いが、上条当麻を拒絶させた。

力を込めて、彼女を引き離す。
その反応に臆する事も無く、ミサカワーストは少年と距離を取った。
「いっ、いきなり何するんだよ!」
パジャマの袖で口元を拭う。
「女の子のファーストキスに対して、それは無いんじゃない?私でも結構ショックだよ」
うるせぇ…と小声でつぶやいた上条当麻は声を張り上げた。
「美琴が死んだ?何言ってやがる。美琴はここに…」

「御坂妹は起こしてやらないでくれよ。新しい感情アプリケーションがインストールされて、まだそんなに時間が経ってないんだから」

上条当麻は凍りついた。
「御坂…妹?」

「そうだよ。そこにいるミサカ一〇〇三二号が次の「御坂美琴」になるんだ。祝ってくれてもいいじゃないか」

言葉が出ない。
頭をバッドで殴られたように思考が停止した。
「御坂妹は頑張ってるんだよ。能力開発に、勉強、料理、美容の勉学。上条当麻に好かれたい一心で。
可愛いだろ?毎日毎日学んで努力して。それがようやく日の目を見る事になったんだ。それが、フルチューニングの犠牲の上に成り立っていたとしても…だよ」
ミサカワーストは淡々と残酷な言葉を並べる。
「知らないと思うけど、今や御坂妹は私と遜色ない「大能力者(レベル4)」なんだよ。一方通行と「打ち止め」が死んだ現在では管理者は彼女だし、ミサカネットワークを利用して、改良した「幻想御手(レベルアッパー)」を使用すれば、八億ボルトの電気を操れるエレクトマスターになれる。
後は演算能力さえ訓練すれば、立派な「超能力者(レベル5)」だよ」
声高らかにミサカワーストは公言した。
 上条当麻はただ聞くだけ。
 唇がわなわなと震えだした。
御坂美琴より少し成長した彼女を見上げ、上条当麻は張り叫ぶ。
「フルチューニングはっ…!御坂美琴はっ!死んだのか!?」
「…正確には74号。シスターズが量産される前に作られたプロトタイプ。一体18万という安価なシスターズとは違って、ちゃんとした人間の子宮と高価な培養機を使って作られたリッチなクローンだよ。
……彼女は死んだ。雲川芹亜に心臓を撃ち抜かれて即死だった。死体は私も確認したから間違いないよ。
予定では貴方が殺す予定だったんだけど…アレイスターの計画も、ちょっとヤバいかもね」
上条当麻の手にミサカワーストは何かをそっと置いた。
手に置かれたものを見る。
それは、御坂美琴の誕生日に勝った、安物ヘアピンだった。
肌身離さず持っていた彼女のモノが、ミサカワーストが持っている。この事実だけで、彼女の言葉が嘘では無い事は明白だった。
だから、あの悪夢のような出来事は、まぎれも無い現実。
「…怒らないで、聞いてくれる?」
「………」
上条当麻は答えない。
それは無言の了解だと受け取り、ミサカワーストは口を開いた。
「私はね。これで良かったと思ってる」
「……」
「ミサカたちは貴方に恋をしていた。生きる理由をくれた貴方を、愛していた。愛という感情が理解できなくても、この暖かくて、強い気持ちは彼女の生きる糧となっていた。
辛い事があっても、なんとかやってこれた。
でも、御坂美琴に貴方が目を向け始めて、皆は変わっていった。
 私たちの姉妹を殺し続けた一方通行に憎悪という感情を理解し始めた頃、同時にフルチューイングに対する嫉妬という感情も理解した。
 自分が愛する者が、自分に愛を向けてくれない悲しさ。
それを彼女たちは認識した。彼女たちを支えてきた根本が揺らぐことで、彼女たちは知ってしまった」
己の存在理由。
それは誰しも悩まされる問いだ。
自分は何のために生まれきたのだろうか。
殺されるために生み出されたのだと強制的にプログラムされていた彼女たちが、とある少年の出会いによって気付いた一つの疑問。
その波紋は、統制された意思に歪を作り、個々の意思を生み出し、そして感情を生み出した。


「お姉様と慕っていた彼女が死んだ。私たちは悲しかった。でもね、同時に嬉しかったんだ。顔かたちが同一の存在でありながら、なぜ自分たちは愛されないのだろうと思っていた矢先の出来事だ。
これで、上条当麻は私たちに目を向けてくれる。
弊害は在るものの、シスターズの一人を愛してくれれば、その感情を皆で共有することができる。そう思ってしまったのさ。
でも、このような感情は人間が誰しも想うことさ。
愛が強ければ強いほど、届かなかった時の絶望は深い。
だから、彼女たちを理解してくれ。貴方が彼女に愛してくれた時、私たちはフルチューニングと同じ、いやそれ以上に貴方に愛を注ぐつもりだよ。私のお墨付きだ。安心してくれていい」
カーテンが揺れ動くとともに、冷たい空気が病室に流れこむ。
それを最後にミサカワーストの姿は、夜空に消えた。

上条当麻は、ただ泣くことしかできなかった。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー