とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-452

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匿名ユーザー

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アニェーゼはローマ市内を抜け殻のように進んでいた。

今のアニェーゼなら目の前で人が殺されたとしても、眉一つ動かさないだろう。
その片手は父の最後の贈り物の入った紙袋を力無くぶら下げている。

彼女の目に光は無い。泥みたいな色をした死神のような眼が二つだけ付いていた。
(……どこに……行きましょうか……?)
あれから刑事と別れ、アニェーゼは十二時間以上も飲まず食わずでローマの町を歩き続けている。

刑事には最寄の孤児院を紹介された。手続きはもう済ましてあるという。
アニェーゼは「分かりました。今日中に行きます」と無表情で嘘を吐いて警察から抜け出してきた。
(生きてても仕方ありませんし……いっそ死んでみましょうか?)
一瞬本気でそんな事も考えた。が、逆にいえば死んだ所で何の意味もないと気づいた。

すべてを諦めて命を投げ出すような奴が天国なんかに行けると思えなかったからだ。
(なら、逆に一生懸命生きてみるっつーのはどうでしょうか)
家に幾らかお金はあるだろうが、ローマの中心部から家までのは歩いて着けるような距離ではない。
「さってと……どうしましょうか?」

すべての感情を押し殺して澄ました顔をするアニェーゼ。
別に誰かに見られている訳ではないが。
なんとなくずっと悲しい顔をしている自分を想像すると頭にくる。
ただ、それだけのはずだった。


声をかけられたのはそれから数分後。

ふらふらと裏路地に入った時、
自分と同じくらいの年齢の東洋人が話し掛けてきた。。

「なぁ、お前俺達の『仲間』にならないか?」

その少年は自分のことを「リョウスケ」と名乗った。
(『リョウスケ』……ってことは日本人ですか)
その日本人はイタリア語をネイティブ顔負けなほど完璧に話していた。
薄汚いジャンパーと作業服のようなズボン。彼は路上生活をしながら各地を転々し、自分でも出来そうな仕事で
僅かな金を貯め生計を立てる……そんな生活を半年以上も続けているらしい。

アニェーゼはそのような子供達がどんな呼び名で呼ばれているかを知っている。
そんな生活をする子供をこの町では英語を使って『邪魔な人種(ニードレス)』という。ホームレスのようなものだ。

路地裏などで生活をする子供達を見たこと無いわけではなかったが、改めて聞くと酷い名前だ。
そして、そんな今までは「可愛そう」だと思っていた『彼ら』に「仲間にならないか?」と唐突に勧誘された。

(まぁ、今の私も外から見れば『同じような物』ですしね)
リョウスケはアニェーゼとは違い、とても真っ直ぐな目をした少年だった。
(一生懸命生きていれば、私もこうなれるんですかね…?)
「どうだ?俺達の仲間になれば食い物も仕事も困らないぐらいなら見つかる。お前は俺らと『同じ感じ』がするから、息も合うと思う。なぁ、どうだ?」

『同じ感じ』。ということは彼もアニェーゼと同じような境遇なのだろう。
アニェーゼは久しぶりに笑った。
そして、

「よく分かりませんが、孤児院なんかでつまんねぇ人生送るくらいならそっちの方がいいかもしれませんね。」

アニェーゼはリョウスケの『目』を見て人生が大きく変わるかもしれない一言を口にした。

「居場所があるなら、お邪魔しちまっても構いませんかね」
獰猛に笑いながら言い放った。



『邪魔な人種(ニードレス)』

彼らの本拠地はと言うと、
「ミラノ……ですか?」

いきなり遠出だった。
「そこにいけば、仲間も沢山いるし『仕事』もやり易い。大体、俺ら『邪魔な人種(ニードレス)』は
ミラノで生まれた集団だ。あっちのほうが過ごしやすい」
ローマの薄汚い裏路地を進みながら、アニェーゼ=サンクティスが質問する。
「別にどこに行ったって『変わりゃしない』と思いますがね。それで、どうやってミラノなんかに行くんです?
お金なんて持ってませんよ」
わざわざ裏路地を通る理由は「汚いガキが二人して大通り歩いたら警察かなんかに怪しまれんだろ。
そうなったら、二人とも孤児院行きだ」とのこと。

どうやら、『邪魔な人種』は「孤児院には絶対行かない」が、大前提らしい。
リョウスケは、つまらない質問をするな、という目でこちらを一瞬見てから、

「お金がないなら、手に入れればいい。そんなの簡単だろ」

怪しげな答えを返す。
まさか、泥棒でもするのではないかと少々不安になったが、『邪魔な人種』に入った時点で
そのくらいの覚悟はしているつもりだった。
「じゃ、ちょっと待ってろ。ちゃちゃっと盗ってきてやっから」
予想通りすぎる。が、今のアニェーゼには反論する理由も無い。
アニェーゼは建物の陰裏にあるゴミ箱の後ろで待機(観察)。リョウスケは人のごった返す大通りに
勢いよく飛び出すと、高そうなバックを持った貴婦人から思いっきりブランドバックをひったくる。
女性が「きゃあ!?」という高い声を出した時にはリョウスケは他の建物の陰に消え、見えなくなった。この間、約六秒。
リョウスケは別の裏路地通りから回ってきたのか三十秒後にはアニェーゼのすぐ後ろで得意そうな顔をしていた。

「簡単だろ?」
それだけ言って盗んだブランドバックをあさり始める。

中からは札束の詰まった財布と最近発売されたばかりの「けえたい」とか呼ばれるよく分からない電子機器が入っていた。
「これだけあればミラノぐらい楽勝で行けるだろうな。あとは服装だけ直せば怪しまれることは無いと思う」
リョウスケは使い道の無い「けえたい」をそこらへんに投げ捨て財布をボロボロのズボンのポケットに押し込む。
そして、アニェーゼの持つ紙袋を見ながら、
「お前その紙袋の中、服入ってんだろ?買ったばっかの奴。それ着て俺の服買ってきてくれないか?
俺のこの服装(薄汚いジャンパーに汚いズボン)じゃ、怪しまれそうだから」
『邪魔な人種』最初の仕事はショッピング。しっくり来ないのは気のせいだろうか。



割と大きめなファッションセンターの中を散索しながら、
アニェーゼ=サンクティスは考える。

父は一昨日の昼頃公衆トイレで殺された。
今、思い返すと父の死体は十字架を握っていた気がする。
祈りながら死んだのだろう。神父である父ならあり得なくない行動だが。

最期に一体何を祈ったのだろうか。

死にたくない、娘を一人にしてしまう、まだやり遂げていないことがある。
人間が最期に思う事なんて知らないが、たぶんこの三つのどれかですかね、と
アニェーゼは適当に考えた。

その父を粛清し、トイレから飛びだして逃げ去った犯人の男の顔はよく覚えていない。
だが、大体の顔つきと体格は覚えている。
もしも、自分の記憶と一致する人物が目の前に現れたならアニェーゼはどうするだろうか。
恐ろしくて逃げ出すだろうか。怒りで殴りかっていくだろうか。

正直、父親殺しの犯人に『会う』という事自体アニェーゼは御免なので、
答えが解る日は来て欲しくないのだが。

「まぁ、今はどうでもいいですよね。そんなこと」

父があっさり死んでも冷静を保っていられるのは、彼女が異常なほど強い『心』を持っていたからだろう。
今の自分の仕事はショッピング。リョウスケとか言う『邪魔な奴ら(ニードレス)』の先輩に当たる人物のために
綺麗な服を買ってやらないといけない。それ以外の事を考える必要は無い。と、適当に結論づけた。

その辺から適当に茶色のGパン風のズボン(リョウスケが履くと十一分丈ぐらいになりそうなLサイズ)と
長袖のポロシャツ(これまた彼に着させると、ぶかぶかになりそうだった)を手に取りレジへ向かう。
この店は子供も比較的多く来店する店らしく、アニェーゼ(小学4年生)が普通に買い物をしても、怪しむ目は感じなかった。

店の自動ドアが機械的な音を出して開いた。アニェーゼが外に出ると、辺りは沈みかけた太陽によって、
一直線に続くローマ最大級の通りは紅く染まり始めている。


自分がこれから何処へ行くのかは解らない。

でも、そこが自分にとって過ごし易い場所なら、
あの父に対しては恩返しになるのかもしれないな。と、

紅色に染まりつつあるローマ市内を進みながら、そう思った。


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