とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-564

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匿名ユーザー

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「がッ………はッ!」
自らの能力である『未元物質』に吹き飛ばされ、地面にダイビングした垣根帝督は、しかしまだ意識を失ってはいなかった。
(っぶねぇ……接地ギリギリで防壁の自動展開をオフにしてなかったら、地面に接触しようとする度に跳ね回る人間スーパーボールになるところだったぞ)
無論そのせいで『未元物質』との衝突によるダメージに、地面に身体を打ちつけたダメージも加わってしまったのだが、
(まぁ、大したことはねぇ。防壁の『未元物質』も追撃を食らう前に消した。これで俺がまた自分から『未元物質』を出現させねぇ限りこのふざけた能力攻撃を食らうことはねぇ)
垣根は『未元物質』衝突の瞬間、そして接地の瞬間の両方で上手く受け身を取っていた。
運動神経は良い方――である。
故に攻撃の派手さほどの損傷は負っていない。
しかし、
「しぶといな」
「――ッ!」
垣根は目の前を横薙ぎに振るわれるマクアフティルを立ち上がりざまに避ける。
「――んなろッ!」
そして起こした頭に目掛けて絹旗が投擲したコンテナを、再び身体を伏せることでかわす。
(一遍奇襲が成功したんだ。あとはバンバン攻撃してくんのは当たり前だな。ったく、やっぱもう一人いやがったか。こりゃぁこのままじゃ俺の負けだぞ)
垣根帝督はこのゲームのルールを理解している。
自分が彼女達を振り切りワゴン車に到達出来れば自分の勝ち、出来なければ負け。
即ち彼女達は垣根帝督というレベル5に無理に挑んで勝利する必要などなく、あくまでワゴン車が目的地に到達するまでの時間稼ぎに徹すればいい。
つかず離れず。
勝たず勝たせず。
負けず負かさず。
ギリギリの位置で垣根をコントロールしておけばいい。
それは垣根を倒すことより余程簡単なことであり、実際その作戦は現時点で成功していると言えるだろう。

そう――――『現時点』では。

(さぁて)
コンテナとマクアフティルの攻撃を避け続けながら思う。
(それじゃあいい加減)
――反撃といくか。

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(あれを超食らってまだ立ち上がれるんですか……それにあの身のこなし。成る程、『能力馬鹿』ではないということですか)
コンテナの投擲を続けながら、絹旗最愛は建物の陰から垣根を観察する。
(とはいえ先程までに比べると超動きが鈍っています。『自滅』のダメージは確実に入っているようですね)
このゲームのルールに則って言うならば、今現在絹旗・ショチトル組は垣根に対して圧倒的優位にある。
時計を見る暇はないので概算だが、おそらく浜面が出発してからもう4分程経っただろう。
(完全勝利まであと6分ですか。油断は出来ませんが、いい運びです)
そう思い、ふらふらと攻撃を避け続ける垣根を変わらず狙う絹旗だったが――

その時点で、

有利を確信し、
勝利を急がなかった時点で、

――それは『油断』と言わざるを得なかった。


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(何をしているんだ?こいつは)
ショチトルは――絹旗と違い、垣根帝督と対面しているショチトルは、垣根の異常に気づいていた。
(さっきから、何を呟いている?)
ショチトルと絹旗の攻撃を避けながら、垣根は小さく何かを呟き続けていた。
(術式ではない、魔術的な意味はなさそうだが……)
気になるのは、垣根の様子が『攻撃を避ける合間を縫って呟いている』のではなく『呟きを邪魔してくるので仕方なく攻撃を避けている』ように見えることだ。
しかし、ショチトルは垣根の行動の意味に気づくことは出来なかった。
もしもショチトルと絹旗の立ち位置が逆だったなら――或いはショチトルに超能力の知識が少しでもあれば分かっただろう。

垣根の呟きに魔術的意味は無くとも、科学的意味があったことに。
それは術式ではなく、数式だということに。

だが、それでも。
「悪いな。――逆算、終わるぞ」
数式が理解できずとも、垣根が最後に呟いたその言葉の持つおぞましさだけは理解できた。
故に、
「!?」
反射的にマクアフティルの刀身を身体の前に広げ、防御行動を起こすショチトル。

そしてその直後、マクアフティルは宙を舞った。
ショチトルの心臓を狙って撃ち出された槍状の『未元物質』の攻撃を、ショチトルの代わりに受けて。

「なッ!?」
ショチトルには分からなかった。
何故攻撃されたのか。
――否。
何故今も展開中の『自殺術式』の影響を、『未元物質』が受けていないのか。
「媒介が人間の皮膚とはな。しかも黒人と来やがった。買った奴隷の皮膚でもすり潰したのか、オイ。剣に限らず趣味が悪いな」
「――!」
――バレている。
『自殺術式』のメカニズムが解体されている。
「いや、完全に分かった訳じゃねぇよ」
ショチトルの顔色から言いたいことを察したのか、勝手にネタバラしを始める垣根。
「空気中に散布された粉末状の皮膚が『未元物質』に取り付いてんのは分かったが、そいつがどういう仕組みで『未元物質』をコントロールしてんのかは解明出来てない。しかし、ま。そんなのは些細な問題だろ。大事なのは粉末状の皮膚が『未元物質』を操ってるってこと。要は微粒子が付着出来ないような性質を持つ『未元物質』を作っちまえば、テメェの能力は効果を発揮できない。簡単な話だ」
「そんな……ことが……」
「なに、『未元物質』の周りに微弱な反発力を生み出すようにしただけだ。結果、その反発力に耐えられない一定以下の重量、或いは運動量しか持たないモノは衝突寸前で弾かれる。勿論一定以下ってのはミクロの単位の話だからな、テメェの巫山戯た剣やテメェ自身は対象外だぜ」
得意気に語る垣根。
成る程確かに、そんな物質があれば『自殺術式』が通用しないのも頷ける。
だが、そんな都合の良い物質を、しかもこの短時間で作り出すことが本当に可能なのか。
そう思ってしまったがために、ショチトルは呟いていた。
「……ありえない」
そして、垣根は
「ありえない……か。一つ教えといてやる」
その言葉にやはり得意気に返す。

「俺の『未元物質』に、常識は通用しねぇ」


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「ま、感謝しとくぜ。ミクロの攻撃ってのは今まで受けたことがなくて対策が不十分だったからな。もしも『細胞レベルで人間を解体する極小機械』とかで攻撃されでもしたらヤバかったかもしんねぇが、この『未元物質』を周囲に展開すりゃそいつも防げるだろ」
言いながら、垣根はもう一本『未元物質』の槍を作る。

もし本当にそのような趣味の悪い機械に取り囲まれても、適当に能力で爆発を起こせば爆風で吹き飛ばすことは出来るだろう。
だが、攻め手も守り手も多いに越したことはない。
何度も言うようだが、垣根帝督はそれなりに運動神経が良いし、きちんと身体を鍛えている。
故に、学園都市のゴロツキ5、6人を相手取ってもステゴロで勝てる程度には強い。
無論、素人に毛が生えた程度の女学生の刀剣使い一人など、言わずもがなである。
確かに『未元物質』を封じられたことは『キツかった』し、『ヤバかった』。
だがそれは決してそれ以上のことではなく――勝とうと思えば素手でも勝てたのである。
それをしなかった理由は、単純。
攻め手守り手を増やすため、ただそれだけだったのだ。

垣根は宙に浮かせた槍状の『未元物質』の穂先をショチトルに向ける。
ショチトルの『自殺術式』を攻略した今、最早垣根にはこの戦いにおいて得る物はない。
「あばよ」
一言告げて、垣根はショチトルに『未元物質』を投擲する。
だが、
「……あ?」
『未元物質』はショチトルに当たらなかった。
ドンッ!と、横合いから飛んできた大きな何かが、ショチトルを巻き込んで反対側までぶっ飛んでいったのだ。
そちらを見やると、ショチトルは交通事故の衝撃を緩和するための合成繊維に大量の水を詰めたバルーンをソリのように乗りこなして地面を滑っている。
(あぁ、建物の中のヤツがまたバルーンを投げてきたのか。さっきはこの女を戦線に投入するためだったが、今度は戦線から離脱させるためってか。しかし、横合いから自分を吹き飛ばしたバルーンにしがみついて姿勢制御の後無事着地って……猫みたいな女だな)
心中で感心しつつ、しかし垣根の関心はすぐにショチトルから離れ、
(さて……)
垣根は『次の行動』に移る。


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「ここまでですか……」
バルーンを投擲し、ショチトルを垣根の魔の手から逃がしつつ、絹旗は呟く。
詳細は分からないが、どうやらショチトルの『自殺術式』は垣根に破られてしまったようだ。
(けれど、浜面が出発してもう5分になります。超単純に考えてワゴン車の2倍以上の速度で追いかけなければ追いつけません。直線道路ですし、ワゴン車を時速100キロとするなら時速200キロの速力は超必要な筈です。垣根にアシはないようですし、フェイズ1は私達の超勝利と言っていいでしょう)
つまり状況はフェイズ2に移っている。
垣根に殺されずにここから逃れれば絹旗達の勝ち、殺されれば負け。
ショチトルへの強引な戦線離脱法はそれ自体をフェイズ2への移行の合図としてあるので、ショチトルも退却するよう動き始めるだろう。
(あとは垣根を攻撃して牽制しながらこの場を離脱すれば……?)
そこで、絹旗は違和感を抱いた。
(どうして……)
遠方に佇む垣根帝督。
彼は姿の見えているショチトルを襲うでもなく、居場所の割れている絹旗を狙うでもなく、

ワゴン車の走り去っていった方向を見つめて、佇んでいた。

「まさかっ……」
フェイズ1は、まだ終了していないとでも言うのか――
思う間に、垣根が行動を開始した。

その背中から、純白な3対6枚の翼を生やしたのだ。

「――!!」
――ヤバい。
アレはヤバい、と本能が告げていた。
絹旗は即座に服からある物を取り出す。
ショチトルが戦っている間は、それの発生させる爆風が『自殺術式』の媒介を吹き飛ばしてしまう恐れがあったために使えなかったが、垣根は既に『自殺術式』を攻略してしまっているようなのでもう気にする必要は無い。
絹旗はそれ――携行型対戦車ミサイルを一瞬の躊躇もなく垣根に向かって全弾射出した。
だが――
その全てが垣根に到達する前に、白い壁に――再びオンにした自動防御の『未元物質』の壁に阻まれる。
「そんな……」
悲嘆の声を上げる絹旗。
『対戦車ミサイルでも壊せない』と自ら豪語していた垣根が聞けばそれは冗談にしか聞こえないだろうが、生憎互いに互いの言葉を聞き取れるほど近くにはいない。
垣根は翼で一度空気を叩き、その身を空に踊らせる。

「あ、ぁ……」
――行かせてはならない。
この男を、行かせてはならない。
「あぁ、あぁぁぁぁ!」
コンテナなど、一つ二つぶつけたところで意味は無い。
故に、絹旗は。
「あああぁぁぁァァァ!!!!」
建物の階段を――二階までとはいえ、度重なる垣根の攻撃によって脆くなっているとはいえ、巨大な建造物の一部である階段を――『毟り取った』。
「ぐ、ァ……」
――重い。
いや、重さは感じない。
その重量の全てを窒素が肩代わりしてくれる絹旗の『窒素装甲』に、重量オーバーは無いといっていい。
だが、窒素の生み出す圧力。
余りに多量の窒素を操ると、絹旗には高圧の窒素が生み出す巨大な圧力を制御しきれなくなり、尋常ではないGが身体にかかる。
丁度麦野沈利の『原子崩し』が、一定以上の破壊力を生み出そうとすると自らの身にもダメージを与えるように。
絹旗の小さな身体は、見えない窒素の圧力によって押し潰されそうになっている。
「クッ、おォ……」
のしかかる重圧に、肺はとっくに空気を吐き出し尽くし、筋肉や骨がギシギシと軋んでいくのがわかる。
処理能力を超えた能力使用に、視界は明暗転を繰り返し、ギリギリと頭にネジを差し込まれているかのような頭痛が襲う。
しかし、それら全てを無視して、空中の垣根帝督に狙いを定め、
「オ、ォォォォオァァぁぁ!!!!!」
絹旗は巨大なコンクリート塊を投擲した。
投擲と同時に、身体が前のめりに崩れる。
酷い立ち眩みをしているかのように頭が働かず、全身が筋肉痛になったかのように疲れきり、指一本動かすことすら億劫になる。
それでも首だけを回して投擲した階段の方に目を向け、

ゴバァァッ!と、垣根の背中の翼から放たれた、建物を撃っていた時の10倍ほどの太さのある巨大な光線にコンクリート塊が跡形もなく消失されるのを見た。


「…………ぁ」
最早絶望すらも発声出来ず、ただだらしなく口を開けてそれを眺めるしかない絹旗。

何てことはない。
あれだけの威力の攻撃が出来るのなら、ここら一帯の建物群を残らず消し去ることだって出来たはずだ。
巫山戯ているなど、とんでもない。
そんな域にも達していない。
――『超』というのは、度を超えて特異なものにつける接頭語。
成る程その通りだ。
これが『超』能力者。
まるで程度が違いすぎている。

と、垣根がこちらを見た。
こちらの顔までは認識出来ていないだろう。
こちらからも分からない距離なのだから。
だが、その遠距離から垣根はまだ見ぬ敵である絹旗に向かって口を開いた。
音声は聞こえなかったし、読唇術が出来る訳でもないのだが、絹旗には垣根はこう言ったように聞こえた。

――ゲームオーバーだ。

次の瞬間、ボォッ!と絹旗の身体を激音と衝撃が襲った。
よく分からないままにその衝撃に吹き飛ばされ、続いて上から連続的に降ってきた何かに身体を押しつぶされる。
『窒素装甲』のおかげか、階段を投げ飛ばしたことによる疲労感を除いて、身体にダメージはない。
やはり身体は動かず、絹旗は首をひねって周囲の状況を確認した。
辺りにはいくつものコンクリート片と、建物の2階部分にあったはずの鉄パイプの棚や発泡スチロールやビニールシートが転がっている。
そこに来てようやく絹旗は、建物が倒壊し、自分がその下に押しつぶされているのだということに思い至った。
ならば、最初に絹旗を襲った激音と衝撃も予想がつくというものだ。
ソニックブーム。
超音速航行によって発生する衝撃波。
それが絹旗とこの建物を襲ったのだ。
つまり垣根帝督は、あの白い翼を用いて、時速300キロ超の速度でワゴン車を追いかけていったのだろう。
200キロどころではない。
最早ワゴン車が病院に着く前に垣根に追いつかれるのは明白だ。
フェイズ1の時点で、絹旗達の負け。
結果、
佐天涙子と浜面仕上は殺され、

――そして、絹旗最愛は生き残る。

なんだ、それは。
なんなんだ、それは。

しかし、いくら憤ったところで。
満身創痍の絹旗最愛に出来ることは、無い。


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「くそッ!」
バルーンから飛び降りて、ショチトルは走り出す。
垣根帝督はワゴン車を追いかけていき、絹旗最愛は生き埋めになった。
完全な、詰みだ。
「くそッ!くそッ!」
ショチトルはがむしゃらに垣根を追いかけようとする。
無論、追いつける筈がない。
そんなものは無駄でしかない。
『自殺術式』は攻略され、最早垣根に通用しない。
ショチトルに垣根帝督を止める術は、無い。

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「何だよ、何なんだよありゃ!」
直線道路を時速100キロでワゴン車を飛ばしながら、浜面仕上はバックミラーに映る何かを認識した。
初めは黒い点でしかなかったそれは、どんどんワゴン車に近づいてくる。
「追いつかれてたまるかよ!守るって、絹旗と約束したんだぞ!」
とは言え、アクセルは既に抜けんばかりに踏み込まれている。
これ以上の加速は不可能。
浜面仕上に、飛来してくる何かに対抗する手段は、無い。

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拍手喝采が巻き起こる。
親船最中の発言に、聴衆が有らん限りの賞賛を浴びせる。
親船は、何も知らない。
『逃げ出したまま』の今の親船最中には、出来ることどころか、状況に対する認識すらも、無い。

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垣根帝督は直線道路をただ一台だけ走っているワゴン車を視界に収めた。
道路の両脇には合流してくる車線が見えてきている。
もうそろそろ隣街に着こうという所なのだろう。
無論、だからどうということはない。
目撃者になり得る他の車両は一つも見当たらないし、数人の一般人に見られたところでそんな程度の目撃情報はどうとでも出来る。
ワゴン車を射程圏内に収め、垣根は光線射出の準備を始める。
垣根帝督の勝利を阻むものは、無い。

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最早状況は終了している。
今更誰がどう足掻こうが、盤面はひっくり返らない。
今から何かしようとしたところで、どんでん返しは起こせない。
故に、だからこそ。

「――私達の、勝ちです」

初春飾利はネカフェのパソコンのエンターキーを叩いて、メールを送信した。

初春飾利に出来ることは、『もう』無い。


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(……メール?)
マナーモードにしていた携帯電話が、振動してメールの着信を訴えかける。
何とか動くようになってきた左手で、不器用に携帯を取り出す絹旗。
「…………え?」
その文面を見て、絹旗は驚きの声を上げる。

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「おい、大丈夫か!?」
建物の残骸の横を通り過ぎる時、生き埋めになっている絹旗最愛を発見して、ショチトルは声をかける。
「……?どうした?」
絹旗は、瓦礫の中で携帯電話の画面を覗き込だまま固まっていた。
「ショチトルさん……これ」
絹旗は携帯を震える手でショチトルに差し出す。
そんなことをしている場合ではないと思いつつも反射的に受け取り、
「……なんだと?」
メールの文面に困惑の声を上げる。

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「クッソォォぉぉ!!」
バックミラーに映る影は、もうその概形が分かるほどにまで浜面の運転するワゴン車に近づいてきていた。
その6枚の羽を持つ空飛ぶ人間は、空中に停滞すると(浜面から見て、である。つまりは時速100キロのワゴン車と等速度で飛んでいるのだ)なにかの準備を始めた。
まるで今から砲撃でもしようかというような。
「どうすりゃいいんだチクショォ!……?」
その時、浜面の携帯がメールの着信を告げた。
「んだよこんな時に!」
余所見をする余裕はない。
メールを無視して走行を続ける浜面。
だが、
「は?…あァ?」
突如急変した周囲の状況に、浜面は混乱の声を上げる。
合流車線から次々と現れた、三つ叉の矛のデザインをあしらった車両――警備員の車両が、ワゴン車を取り囲むように陣形を作ったのだ。
計6台の警備員の車両が、さながらVIPの護衛のように速度を落とさずにワゴン車に張りついている。
そして、
「攻撃してこない……?」
相変わらずつかず離れずの距離を保っているものの、翼を生やした人間は先程までしていた砲撃準備のようなものを解いてしまっている。
「警備員のおかげ……なのか?」
と、
「な!?浜面じゃん!」
ワゴン車の右側を併走する車両の助手席の窓から顔を出した何者かが、浜面の名を呼んだ。
「は?黄泉川!?何でこんなとこに!」
浜面の叫びを受け、警備員である黄泉川愛穂もエンジン音にかき消されないよう大声で叫び返す。
「それはこっちの台詞じゃん!突然上から、『ここを走っている筈のワゴン車一台を早急に護衛しろ』なんて命令が一方的に下されて、詳細も分からないまま駆けつけてみたら、そのワゴン車を浜面が運転してるってどういうことじゃん!?つーか浜面、お前自動車免許持ってるじゃん?」
「うるせぇ、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ!だが、よく分からねぇけどグッドタイミングだ!後部座席に重傷の女の子がいる!そいつを病院まで届けたい!どうやらあの羽野郎、あんたらが囲んでれば手が出せねぇみたいだ!隣街までこの状態を維持してくれ!」
「怪我人じゃん?」
黄泉川はスモークガラスで中の様子が見えない後部座席と、後方を飛んでいるおかしなシルエット、そして浜面の真剣な顔へと順に視線を移していき、最後に正面を向いてしっかりと告げた。
「了解じゃんよ。事情は後で聞くじゃん」
「……済まねぇ」
同じく正面に向き直り答える浜面は、先程携帯にメールを受けたことを思い出した。
片手で携帯を操作し、メール画面に目を遣ると、
「…………あぁ、勿論だ」
知らないアドレスから送られたそのメールには、
メールの送り主が現在の浜面達の状況を把握していること、
ワゴン車に警備員の車両を護衛につけること、
そして、

『どうか佐天さんを助けて下さい』

という訴えが書かれていた。


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「小賢しいこと考えやがる……」
警備員の車両に囲まれたワゴン車を見て、垣根帝督は苦々しく言葉を吐き出す。
警備員は、『表』の『組織』だ。
それは垣根がこの場でワゴン車を攻撃することを二重に阻んでいた。
『表』であるが故に、彼らに『裏』の事件を目撃されることは今後の垣根の行動を縛ることになり、垣根は彼らの目の前でワゴン車を潰せない。
『組織』であるが故に、例え垣根がワゴン車を潰した後この場にいる全ての警備員の口封じをしようとも、目撃情報は警備員のネットワークを通じて各所に配信されてしまう。
結果、垣根は沈黙することしか出来ない。
(とは言え俺が廃棄施設に乗り込んでからそんなに時間は経ってねぇ。こんなに早く警備員が現れたってことは、それより前に準備していたか、何者かが警備員の命令系統に介入して強制的に動かしたか……今回の『アイテム』潰しは思いつきだったし、おそらくは後者だな。この数分の間に、警備員を用意したってことだ)
ワゴン車の目的地は、おそらく最短でも隣街。
時間にして10分程の距離だ。
そして、垣根は10分以内にワゴン車に追いついた。
これだけを見れば垣根の勝利と言えるのだが――
(成る程、逆転の発想だ。目的地に着くまでに追いつかれる。ワゴン車の速度には限界がある。なら、目的地の方を近くに置いちまえばいい。ぶっちゃけ『人の目』と『ネットワーク』さえあればいいんであって、隣街ってのはその両方を満たしていたってだけだからな)
そして警備員を起用したということは、ワゴン車で運搬している物資は一般の目に触れても構わない、或いは一般人ではその価値が判断できないもの。
どちらにしろ後々に手を出すのは難しい状況に置かれるのだろう。
「つまり俺の完全敗北ってことか」
このゲームの勝敗は、5分以上も前に――垣根より先に警備員がワゴン車に追いつくように何者かが手配した時点で、決していた。
ショチトルの『自殺術式』に執着した時点で、或いは高々『超音速程度』でしか飛行できない時点で、垣根帝督の敗北は決定していたのだ。
最早状況は終了している。
今更誰がどう足掻こうが、盤面はひっくり返らない。
今から何かしようとしたところで、どんでん返しは起こせない。
「ったく、なんだそりゃ」
垣根にとっての目的(ゴール)であるワゴン車はすぐ目の前にある。
にも関わらず垣根には能力攻撃(シュート)を放つことは出来ない。
垣根は、ワゴン車(ゴール)を囲う鉄壁の守りと化した警備員の車両を見ながら呟く。


「まるでゴールキーパーじゃねぇか、オイ」


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