ロンドン塔。処刑塔の名を冠するその建造物は、今では観光名所として知られている。
その中の通路を、2人の聖職者が歩いている。
長身赤髪の神父、ステイル=マグヌスは面倒そうにその通路を歩く。
そのやや後ろを小柄な修道女のアニェーゼ=サンクティスがついていく。
薄暗く狭い上にジメジメした通路は、お世辞にも綺麗な観光名所であるとは言い難いものだった。
もちろん、そんな通路は一般開放されている通路ではない。
実用性重視のその通路は、ロンドン塔の、ついてはイギリス清教の裏側そのものである。
(相変わらず煙てぇです)
ステイルにばれないように、アニェーゼは顔をしかめる。
250人の修道女を率いる彼女と言えども、その年齢はまだまだ幼い。
そもそも修道女であるので、嗜好品である煙草に慣れているわけではない。
「まったく、どいつもこいつも禁欲ってもんをしらねぇんじゃないですかね」
隣を歩くステイルは重度のヘビースモーカーであるし、インデックスに至っては大食らいだ。
部下であるアンジェレネもまだまだ禁欲には程遠いですし、とアニェーゼは肩を落とした。
「何か言ったかい?」
ステイルが首だけアニェーゼに振り返る。気付けば、ステイルとの距離が4mほど開いていた。
さっきのセリフを聞かれてはいないかと、アニェーゼはビクッと肩を震わせる。
「な、なんでもねぇです!」
アニェーゼは危うく取り落としそうになった羊皮紙を掴み直し、ステイルの後に続く。
「さて、仕事の時間だね」
ステイルは木でできた扉を開く。
その一室も通路のように薄暗い。さらには、3メートル程の幅しかない。
尋問室と呼ばれるその部屋には、机を挟み片方にはクッションの置かれた木の椅子。
もう片方には拘束具の付いた椅子が置かれている。その椅子には1人の修道女が拘束されていた。
「ふ、ふふ。あなた達とお会いするのもお久しぶりなので」
不敵な笑みを浮かべているのはリドヴィア=ロレンツェティ。
『告解の火曜』と呼ばれる彼女は、この状況ですら己にかけられた試練だと言わんばかりだ。
「僕としては君とお話なんて出来ればしたくないんだけどね」
ステイルは咥えていた煙草を手に持ち、ふぅーっと煙を吐き出した。
「今日聞きたいのはコレについてだ」
ステイルは煙草を持った手でアニェーゼを示す。煙が彼女の顔の前を漂った。
アニェーゼは再び顔をしかめながら、手に持っていた羊皮紙に挟んでいた写真を手渡す。
「今、学園都市に潜入している魔術師だ。ローマ正教の出らしいが、心当たりはないか?」
ステイルはアニェーゼから受けとった写真を机の上に投げる。
「ふ、ふふ。あはははは!あの子が学園都市にいるのですか」
「何がそんなに可笑しい?」
ステイルは怪訝な顔でリドヴィアを睨みつけ、慰め程度のクッションが置かれた椅子に腰かけた。
学園都市に居る土御門から送られた写真には、雨宮が映っている。
学園都市の統括理事長であるアレイスターの言う通りに、自分たちで解決するのは癪ではあった。
それでも、魔術師・雨宮照の情報を仕入れなければならない事実は変わらない。
「ふふふ、これは失礼。まさか私の教え子がそんなところに居るとは思いませんでしたので」
「教え子、だと?」
可笑しそうに笑うリドヴィアに、ステイルは睨みを利かせる。
「ええ。彼は私が拾い、布教した教え子ですから」
その中の通路を、2人の聖職者が歩いている。
長身赤髪の神父、ステイル=マグヌスは面倒そうにその通路を歩く。
そのやや後ろを小柄な修道女のアニェーゼ=サンクティスがついていく。
薄暗く狭い上にジメジメした通路は、お世辞にも綺麗な観光名所であるとは言い難いものだった。
もちろん、そんな通路は一般開放されている通路ではない。
実用性重視のその通路は、ロンドン塔の、ついてはイギリス清教の裏側そのものである。
(相変わらず煙てぇです)
ステイルにばれないように、アニェーゼは顔をしかめる。
250人の修道女を率いる彼女と言えども、その年齢はまだまだ幼い。
そもそも修道女であるので、嗜好品である煙草に慣れているわけではない。
「まったく、どいつもこいつも禁欲ってもんをしらねぇんじゃないですかね」
隣を歩くステイルは重度のヘビースモーカーであるし、インデックスに至っては大食らいだ。
部下であるアンジェレネもまだまだ禁欲には程遠いですし、とアニェーゼは肩を落とした。
「何か言ったかい?」
ステイルが首だけアニェーゼに振り返る。気付けば、ステイルとの距離が4mほど開いていた。
さっきのセリフを聞かれてはいないかと、アニェーゼはビクッと肩を震わせる。
「な、なんでもねぇです!」
アニェーゼは危うく取り落としそうになった羊皮紙を掴み直し、ステイルの後に続く。
「さて、仕事の時間だね」
ステイルは木でできた扉を開く。
その一室も通路のように薄暗い。さらには、3メートル程の幅しかない。
尋問室と呼ばれるその部屋には、机を挟み片方にはクッションの置かれた木の椅子。
もう片方には拘束具の付いた椅子が置かれている。その椅子には1人の修道女が拘束されていた。
「ふ、ふふ。あなた達とお会いするのもお久しぶりなので」
不敵な笑みを浮かべているのはリドヴィア=ロレンツェティ。
『告解の火曜』と呼ばれる彼女は、この状況ですら己にかけられた試練だと言わんばかりだ。
「僕としては君とお話なんて出来ればしたくないんだけどね」
ステイルは咥えていた煙草を手に持ち、ふぅーっと煙を吐き出した。
「今日聞きたいのはコレについてだ」
ステイルは煙草を持った手でアニェーゼを示す。煙が彼女の顔の前を漂った。
アニェーゼは再び顔をしかめながら、手に持っていた羊皮紙に挟んでいた写真を手渡す。
「今、学園都市に潜入している魔術師だ。ローマ正教の出らしいが、心当たりはないか?」
ステイルはアニェーゼから受けとった写真を机の上に投げる。
「ふ、ふふ。あはははは!あの子が学園都市にいるのですか」
「何がそんなに可笑しい?」
ステイルは怪訝な顔でリドヴィアを睨みつけ、慰め程度のクッションが置かれた椅子に腰かけた。
学園都市に居る土御門から送られた写真には、雨宮が映っている。
学園都市の統括理事長であるアレイスターの言う通りに、自分たちで解決するのは癪ではあった。
それでも、魔術師・雨宮照の情報を仕入れなければならない事実は変わらない。
「ふふふ、これは失礼。まさか私の教え子がそんなところに居るとは思いませんでしたので」
「教え子、だと?」
可笑しそうに笑うリドヴィアに、ステイルは睨みを利かせる。
「ええ。彼は私が拾い、布教した教え子ですから」
上条当麻は痛む身体に鞭を打ちながら学校へと向かっていた。
と言っても、周りに同じような登校風景はなく、歩いている学生は上条1人だ。
それもそのはず、太陽は既に高く上っており、いわゆる社長出勤というやつだ。
「ううっ………全身が痛てぇ」
上条は制服の上から脇腹を撫でると、いつもと違う感触が手に伝わる。
制服の下は、あちこち包帯で巻かれている。普通ならば絶対安静となる状態だ。
「出席日数がヤバイのですよ」
誰に説明しているのか、上条は肩を落としながら『不幸だ』と繰り返し呟いている。
五和やインデックスの制止を振り切り、上条は無理矢理に学校へと足を向けているのだった。
(こういう時は絶対に誰かに絡まれると思うんですよ)
上条は俯けていた顔をあげると、周りの状況を確認しようと後ろを見る。
その瞬間、何者かにポンッと肩を叩かれる。
「っ!?」
上条は声にならない悲鳴を上げる。先程、自分で触った時とは段違いの痛みが全身を襲っていた。
「な、なんや、カミやん?」
「あ、青髪、テメェ!」
上条は涙目になりながら青髪ピアスの胸倉を掴む。
「俺は今、全身―――ッ!?」
そこまで言いかけて、上条は慌てたように口を閉じた。
『全身大怪我で大変なんです』なんて言えば、何があったと事情を問われる。
となれば、なにかしらの答えを用意しなくてはならない。
『昨夜まで魔術師の殺し合いに介入してました』なんて事を言うわけにはいかない。
「全身、筋肉痛なんか?」
「そう、それですよ! だから迂闊に身体を触らないでいただきたいっ!!」
上条は青髪に向けてビシッと指を向ける。
「なるほど。カミやんは昨日の夜に運動しすぎたから筋肉痛ってわけやね?」
「おう、珍しく上手く伝わったようで上条さんは嬉しい限りですよ」
青髪が上手く誤魔化されてくれたようで、上条はホッとした顔を隠しきれずに口元を緩めた。
「そりゃお疲れ様やけど、カミやんは1人だけ大人になった言うんやね?」
「……………はい?」
なにをいってるんですか、と言ってみるも、聞く耳を持たないようだ。
上条が嫌な汗をかいている前で、青髪はにっこりと微笑んでいる。
「とぼけようっても無駄やで、カミやん。証拠はあがっとる」
「えっと、青髪? あなたは何を勘違いしやがってるんでせうか?」
口元を引きつらせ、『幻想殺し』を秘める右手を握りしめながら、上条は青髪に続きを促す。
「カミやんが昨日、ショートヘアの女の子とバイクタンデムでいちゃいちゃしてたんを見たんや!」
「…………で、お前は何が言いたいんだ?」
どや顔で偉そうに胸を張る青髪に、上条はこめかみをピクピクとさせつつ尋ねる。
青髪の言うショートヘアの女の子とは恐らくというか、十中八九、五和の事であろう。
「みなまで言わせな、カミやん。男と女が夜中にする運動言うたらッ―――」
「その幻想をぶち殺す!」
上条は握りしめた右手を青髪の顔面にぶち込んだ。
と言っても、周りに同じような登校風景はなく、歩いている学生は上条1人だ。
それもそのはず、太陽は既に高く上っており、いわゆる社長出勤というやつだ。
「ううっ………全身が痛てぇ」
上条は制服の上から脇腹を撫でると、いつもと違う感触が手に伝わる。
制服の下は、あちこち包帯で巻かれている。普通ならば絶対安静となる状態だ。
「出席日数がヤバイのですよ」
誰に説明しているのか、上条は肩を落としながら『不幸だ』と繰り返し呟いている。
五和やインデックスの制止を振り切り、上条は無理矢理に学校へと足を向けているのだった。
(こういう時は絶対に誰かに絡まれると思うんですよ)
上条は俯けていた顔をあげると、周りの状況を確認しようと後ろを見る。
その瞬間、何者かにポンッと肩を叩かれる。
「っ!?」
上条は声にならない悲鳴を上げる。先程、自分で触った時とは段違いの痛みが全身を襲っていた。
「な、なんや、カミやん?」
「あ、青髪、テメェ!」
上条は涙目になりながら青髪ピアスの胸倉を掴む。
「俺は今、全身―――ッ!?」
そこまで言いかけて、上条は慌てたように口を閉じた。
『全身大怪我で大変なんです』なんて言えば、何があったと事情を問われる。
となれば、なにかしらの答えを用意しなくてはならない。
『昨夜まで魔術師の殺し合いに介入してました』なんて事を言うわけにはいかない。
「全身、筋肉痛なんか?」
「そう、それですよ! だから迂闊に身体を触らないでいただきたいっ!!」
上条は青髪に向けてビシッと指を向ける。
「なるほど。カミやんは昨日の夜に運動しすぎたから筋肉痛ってわけやね?」
「おう、珍しく上手く伝わったようで上条さんは嬉しい限りですよ」
青髪が上手く誤魔化されてくれたようで、上条はホッとした顔を隠しきれずに口元を緩めた。
「そりゃお疲れ様やけど、カミやんは1人だけ大人になった言うんやね?」
「……………はい?」
なにをいってるんですか、と言ってみるも、聞く耳を持たないようだ。
上条が嫌な汗をかいている前で、青髪はにっこりと微笑んでいる。
「とぼけようっても無駄やで、カミやん。証拠はあがっとる」
「えっと、青髪? あなたは何を勘違いしやがってるんでせうか?」
口元を引きつらせ、『幻想殺し』を秘める右手を握りしめながら、上条は青髪に続きを促す。
「カミやんが昨日、ショートヘアの女の子とバイクタンデムでいちゃいちゃしてたんを見たんや!」
「…………で、お前は何が言いたいんだ?」
どや顔で偉そうに胸を張る青髪に、上条はこめかみをピクピクとさせつつ尋ねる。
青髪の言うショートヘアの女の子とは恐らくというか、十中八九、五和の事であろう。
「みなまで言わせな、カミやん。男と女が夜中にする運動言うたらッ―――」
「その幻想をぶち殺す!」
上条は握りしめた右手を青髪の顔面にぶち込んだ。
「で、青髪、テメェはなんであんな場所に居たんだよ?」
「昼休みやろ? 折角、災誤センセがおらんねやからって脱出を試みてんよ」
学校についてみると、青髪の言う通り『ひるやすみ!』な学生たちが思い思いのものを食べていた。
(あー、そうか。あのゴリラ教師は病院送りになったんだっけか)
上条は五和によって瞬殺された災誤先生の姿を思い出した。
「なるほどな。土御門と雨宮もいないが、あいつらも外出中か?」
「いいや、今日はお休みやて。学校に来とらんよ」
「休み、か……」
上条は椅子の背もたれに身体を預け、思案にふける。
土御門は恐らく『魔術御手』関連の仕事で走り回っているのだろう。
では、雨宮はどうなのだろうか?
インデックスが参考書を受け取った事までは確認しているが、それ以降は連絡すらつかない。
「いったい、何をやってんだろうな」
「全くや。小萌先生の授業をすっぽかすなんて考えられへんで」
青髪はフンと鼻を鳴らしながら昼食のおにぎりを食べていた。
上条は机に頬杖を突き、ふぅと溜息をつく。
(『魔術御手』か。また面倒なもんが出来たもんだ)
『必要悪の教会』の一員である土御門は恐らく『魔術御手』に関わっている何かを掴んでいるだろう。
少なくとも証拠の類は幾つか見つけているだろうし、犯人候補も上がっているかもしれない。
だからこそ、上条に魔術師が関わっている事を告げたのだろう。
本来なら、『こっちは俺たちの仕事だからにゃー。カミやんは関わらなくていいんだぜい』という筈なのに。
ともすれば、昨夜、戦線を共にした天草式の連中も駆けまわっているのかもしれない。
自分と同じ満身創痍の身体で、学園都市のあちこちに張り込んでいるかもしれない。
そのことを感じるからこそ、上条は己の非力さを悔やんだ。
第3者が上条の功績と立場を見れば、10人中10人がその非力さを否定するだろう。
現に、上条は十二分すぎるくらいに活躍している。
既に『神の右席』の3人を撃退した。
昨夜、退けた『後方のアックア』に至っては、あの神裂をも圧倒する強さの化け物だったのだ。
それでも己を評価せず、何もできない自分を非力と言い切る理由は何か。
それは単純に上条がそういう人間だからだ。
上条はもう一度溜息をつき、ポケットに入れていた携帯の電源を切った。
壁に掛けられた時計の針が、もうすぐ午後の授業が始まる事を告げている。
(授業なんて受けてる気分じゃねぇけど)
上条は窓の外を見た。グラウンドには午後一発目から体育と言う運の悪い生徒たちがうだっている。
もうしばらくすると、警備員の女性教師がそんな生徒たちを奮起させることになるだろう。
「嫌な予感がする……」
上条は妙な胸騒ぎを感じつつ、放課後くらいに不幸なイベントが発生しそうだと気を落とすのだった。
「昼休みやろ? 折角、災誤センセがおらんねやからって脱出を試みてんよ」
学校についてみると、青髪の言う通り『ひるやすみ!』な学生たちが思い思いのものを食べていた。
(あー、そうか。あのゴリラ教師は病院送りになったんだっけか)
上条は五和によって瞬殺された災誤先生の姿を思い出した。
「なるほどな。土御門と雨宮もいないが、あいつらも外出中か?」
「いいや、今日はお休みやて。学校に来とらんよ」
「休み、か……」
上条は椅子の背もたれに身体を預け、思案にふける。
土御門は恐らく『魔術御手』関連の仕事で走り回っているのだろう。
では、雨宮はどうなのだろうか?
インデックスが参考書を受け取った事までは確認しているが、それ以降は連絡すらつかない。
「いったい、何をやってんだろうな」
「全くや。小萌先生の授業をすっぽかすなんて考えられへんで」
青髪はフンと鼻を鳴らしながら昼食のおにぎりを食べていた。
上条は机に頬杖を突き、ふぅと溜息をつく。
(『魔術御手』か。また面倒なもんが出来たもんだ)
『必要悪の教会』の一員である土御門は恐らく『魔術御手』に関わっている何かを掴んでいるだろう。
少なくとも証拠の類は幾つか見つけているだろうし、犯人候補も上がっているかもしれない。
だからこそ、上条に魔術師が関わっている事を告げたのだろう。
本来なら、『こっちは俺たちの仕事だからにゃー。カミやんは関わらなくていいんだぜい』という筈なのに。
ともすれば、昨夜、戦線を共にした天草式の連中も駆けまわっているのかもしれない。
自分と同じ満身創痍の身体で、学園都市のあちこちに張り込んでいるかもしれない。
そのことを感じるからこそ、上条は己の非力さを悔やんだ。
第3者が上条の功績と立場を見れば、10人中10人がその非力さを否定するだろう。
現に、上条は十二分すぎるくらいに活躍している。
既に『神の右席』の3人を撃退した。
昨夜、退けた『後方のアックア』に至っては、あの神裂をも圧倒する強さの化け物だったのだ。
それでも己を評価せず、何もできない自分を非力と言い切る理由は何か。
それは単純に上条がそういう人間だからだ。
上条はもう一度溜息をつき、ポケットに入れていた携帯の電源を切った。
壁に掛けられた時計の針が、もうすぐ午後の授業が始まる事を告げている。
(授業なんて受けてる気分じゃねぇけど)
上条は窓の外を見た。グラウンドには午後一発目から体育と言う運の悪い生徒たちがうだっている。
もうしばらくすると、警備員の女性教師がそんな生徒たちを奮起させることになるだろう。
「嫌な予感がする……」
上条は妙な胸騒ぎを感じつつ、放課後くらいに不幸なイベントが発生しそうだと気を落とすのだった。
学園都市内にあるとある廃屋に、1人の男が座り込んでいた。
男は壁に背を預け、自らの身体を労わるかのようにしている。
その身体には目立った外傷があるわけではなく、どちらかと言えば疲弊しているという表現が正しいかもしれない。
全力でマラソンをした後のように、全身から疲労感が漂っていた。
そんな姿をしながらも、筋肉の鎧を身に纏った外国人の男の目だけは油断なく輝いている。
人気のない破壊されかかった施設跡に、足音が響く。
男は足音の近付いてくる方に目をやる。
「追手であるか……」
右手でルーンを描き、術式を発動させようとするも、魔術が上手く発動する気配はない。男は舌打ちをする。
昨夜受けた『聖人崩し』という術式により、身体の中の魔力の流れを阻害しているらしい。
現状で魔術は殆ど使えず、回復系の術式でさえ発動できそうになかった。
足音が近づき、身をひそめていた廃屋の入り口だった所に人の影が現れる。
「しっかし、『後方のアックア』ともあろう者が、無様なもんですね」
「ふん。ローマ正教から出て行った貴様には言われたくないのである」
アックアは顔見知りの登場に少しだけ警戒を解く。
「いやいやぁ、貴方が本当に負けるとは思っていませんでしたけどね」
アックアは、ふんと鼻を鳴らすと押し黙る。敗者は何も語らぬ、とでも言いたげだ。
雨宮は、何も言わずにアックアの近くまで歩いていく。
「1つ、お聞きしたいんですけどね」
彼はアックアまで2メートルほどの距離をとると、自分の影から何かを取り出す。
アックアがメイスを取り出した時のそれと同じように現れた槍の切っ先がアックアのすぐ前に向けられている。
3メートルはあろうかというその鉄槍は、先に刺突用の刃と斬撃用の刃がついていた。
投げ槍用のそれに、あとから斬撃用の刃を付け足した様な、一見、薙刀にも見えるものだった。
「何の真似であるか?」
アックアはかつての知り合いに睨みを利かせる。
「『二重聖人』たる貴方には、槍による刺突が効率的でしょう?」
「こんなもので私を殺せると?」
言外に舐めるな、とでも言いたそうなアックアを無視し、雨宮は左手でポケットからルーンのカードを取り出した。
「これから先も、『幻想殺し』………上条当麻を狙いますか?」
「………聞きたい事とはそれの事であるか?」
雨宮は感情の読みとれない目でアックアを睨む。槍の切っ先はしっかりとアックアの胸を捕らえている。
「答えによっては、今ここで貴方と戦う事になります」
「上条当麻を守る理由が、貴様にはあるのか?」
ええ。と雨宮は呟く。睨みあいは変わらずに続いており、互いに微動だにしていない。
「彼は俺の友達ですから。自由を求める身ではなかなか結びにくい絆です」
「ふん。『caelum237』だったか」
雨宮はピクリと僅かに肩を震わせる。槍の切っ先もそれに合わせて震えた。
「その名はあまり好きじゃないんですよ。争いと束縛しか生まない魔法名など、貰うんじゃなかったと後悔してます」
「『空に羽ばたく者』………確かに貴様の望みとは矛盾する結果しか生んでいないな」
アックアは挑戦的に雨宮を睨んでみせた。雨宮も負けじと睨み返す。
チリチリと焼けつくような無言の圧力が場を支配した。
「ふん。私にも分かった事はある。『幻想殺し』は諍いの目的でしかなかったと」
「学園都市から、手を引いてくれるのであれば、命は保証します」
アックアはふんと鼻を鳴らし、顔を背ける。
「肯定、ってことにしますよ」
雨宮は持っていた槍をしまうと、左手のカードをアックアに投げつけた。
「回復魔術であるか?」
「ええ。貴方の魔力までは回復できませんが、身体の方はマシになるでしょう」
土御門に施した術式と同様の、傷や損傷を補う術式。雨宮はアックアにそれが有効であることを確認すると踵を返した。
「では、またお会いする事があれば」
廃墟にあった人影が消えた。
男は壁に背を預け、自らの身体を労わるかのようにしている。
その身体には目立った外傷があるわけではなく、どちらかと言えば疲弊しているという表現が正しいかもしれない。
全力でマラソンをした後のように、全身から疲労感が漂っていた。
そんな姿をしながらも、筋肉の鎧を身に纏った外国人の男の目だけは油断なく輝いている。
人気のない破壊されかかった施設跡に、足音が響く。
男は足音の近付いてくる方に目をやる。
「追手であるか……」
右手でルーンを描き、術式を発動させようとするも、魔術が上手く発動する気配はない。男は舌打ちをする。
昨夜受けた『聖人崩し』という術式により、身体の中の魔力の流れを阻害しているらしい。
現状で魔術は殆ど使えず、回復系の術式でさえ発動できそうになかった。
足音が近づき、身をひそめていた廃屋の入り口だった所に人の影が現れる。
「しっかし、『後方のアックア』ともあろう者が、無様なもんですね」
「ふん。ローマ正教から出て行った貴様には言われたくないのである」
アックアは顔見知りの登場に少しだけ警戒を解く。
「いやいやぁ、貴方が本当に負けるとは思っていませんでしたけどね」
アックアは、ふんと鼻を鳴らすと押し黙る。敗者は何も語らぬ、とでも言いたげだ。
雨宮は、何も言わずにアックアの近くまで歩いていく。
「1つ、お聞きしたいんですけどね」
彼はアックアまで2メートルほどの距離をとると、自分の影から何かを取り出す。
アックアがメイスを取り出した時のそれと同じように現れた槍の切っ先がアックアのすぐ前に向けられている。
3メートルはあろうかというその鉄槍は、先に刺突用の刃と斬撃用の刃がついていた。
投げ槍用のそれに、あとから斬撃用の刃を付け足した様な、一見、薙刀にも見えるものだった。
「何の真似であるか?」
アックアはかつての知り合いに睨みを利かせる。
「『二重聖人』たる貴方には、槍による刺突が効率的でしょう?」
「こんなもので私を殺せると?」
言外に舐めるな、とでも言いたそうなアックアを無視し、雨宮は左手でポケットからルーンのカードを取り出した。
「これから先も、『幻想殺し』………上条当麻を狙いますか?」
「………聞きたい事とはそれの事であるか?」
雨宮は感情の読みとれない目でアックアを睨む。槍の切っ先はしっかりとアックアの胸を捕らえている。
「答えによっては、今ここで貴方と戦う事になります」
「上条当麻を守る理由が、貴様にはあるのか?」
ええ。と雨宮は呟く。睨みあいは変わらずに続いており、互いに微動だにしていない。
「彼は俺の友達ですから。自由を求める身ではなかなか結びにくい絆です」
「ふん。『caelum237』だったか」
雨宮はピクリと僅かに肩を震わせる。槍の切っ先もそれに合わせて震えた。
「その名はあまり好きじゃないんですよ。争いと束縛しか生まない魔法名など、貰うんじゃなかったと後悔してます」
「『空に羽ばたく者』………確かに貴様の望みとは矛盾する結果しか生んでいないな」
アックアは挑戦的に雨宮を睨んでみせた。雨宮も負けじと睨み返す。
チリチリと焼けつくような無言の圧力が場を支配した。
「ふん。私にも分かった事はある。『幻想殺し』は諍いの目的でしかなかったと」
「学園都市から、手を引いてくれるのであれば、命は保証します」
アックアはふんと鼻を鳴らし、顔を背ける。
「肯定、ってことにしますよ」
雨宮は持っていた槍をしまうと、左手のカードをアックアに投げつけた。
「回復魔術であるか?」
「ええ。貴方の魔力までは回復できませんが、身体の方はマシになるでしょう」
土御門に施した術式と同様の、傷や損傷を補う術式。雨宮はアックアにそれが有効であることを確認すると踵を返した。
「では、またお会いする事があれば」
廃墟にあった人影が消えた。
「教え子とは、そこまで知り合いだとは思わなかったね。君は、何か知ってたかい?」
ステイルは意外そうな顔を一瞬だけ浮かべると、隣に居るアニェーゼに話を振った。
「いえ、私らは先鋒部隊なんで、人事やらにはさっぱりで」
「そうか。で、奴はどういう人間だ? 君が知っている事を全て吐いてもらおうか?」
「ふ、ふふふ。私が語るとお思いですか? 同胞が学園都市で何かをしようとしているのを妨げるわけにはいきませんので」
リドヴィアは口元を歪める。自らが布教した子が、何をしているのかまでは分からない。
それでも、ローマ正教徒が学園都市内にいるという事実は、その地の制圧を狙う彼女にとっては喜ばしいものだった。
「君にとっては残念な情報だけど」
ステイルは短くなった煙草を机に押しつける。ジュウッと焦げるような音がし、机に黒い跡が、シミのように残る。
リドヴィアは飄々とした様子のステイルに眉をひそめる。
「彼はローマ正教を抜けたらしいね。君たちにとっては裏切り者だってとこかな?」
リドヴィアの目が大きく見開かれ、驚きがその顔に現れる。
「ふ、ふふふ……ふふふ。あははははは! そうですか、流石は『caelum237』といったところです」
落胆する事もなく、むしろ可笑しそうに笑うリドヴィアの態度に、ステイルは取り出した新しい煙草を取り落とした。
湿った床に落ちた煙草は、その湿り気でくしゃくしゃになる。
「魔法名か?」
ステイルはリドヴィアの口から出た単語を思案する。
『caelum』の指すものは『空』。彼はそこに何を求めたのだろうか。
「ええ、魔法名です。『空に羽ばたく者』。自由を求め、自由を振りまく、そうありたいと彼は言っていましたので」
「ふむ。それで、奴の得意な術式とか、戦闘スタイルとか、色々と吐くとこはあるだろう?」
「いいえ、私が知っているのはこれくらいですので」
リドヴィアは何も知らないと肩をすくめる。布教はしたが、その先の戦闘技術に関してはその道の人間が教えることだ。
「1つ、言うとすれば。彼は聖人ですので」
「ッ!? せ、聖人、だと?」
ステイルは聞き逃しそうになったリドヴィアの言葉を復唱する。
聖人。『神の子』と似た身体的特徴を持つ人間。
神裂やアックアに代表される、普通の人間と一線を画した戦力となる魔術師。
(そんなのが介入しているというのか)
ステイルは歯噛みした。いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
もし雨宮と戦闘にでもなれば、アックアとの戦いで疲弊した天草式や上条当麻は取り返しのつかないダメージを受けるかもしれない。
「ただ1つ、彼は、作られた聖人ですから」
「作ら、れた?」
意味の分からない言葉に、アニェーゼが横から口を挟む。
「人為的に『神の子』に似た特徴を付与する、とでもいうのかい?」
ステイルが呟く。聖を安定した戦力として生み出せれば、戦力増強としては申し分のないものになる。
「御名答です。彼はその実験第1号です。彼は生まれながらの聖人には及ばないものの、それに近い能力を得ました」
「実験は成功しちまったってことですか?」
ゴクリと唾を飲む音だけが聞こえる。リドヴィアは慈愛に満ちた顔で続ける。
「いいえ。成功とは言えません。その力の代償に、数多の人間の命を失ったのですから」
「………どうやって『天使の力』を制御している?」
ステイルは馬鹿な事を言うな、とでも言いたそうな顔で言う。それでも、目だけは真剣だった。
「霊装で制限をかけているのですよ」
リドヴィアはニヤリと、口元を歪めた。
「そうか………アニェーゼ、君は学園都市に居る神裂に連絡を……」
ステイルがそう告げると、アニェーゼは尋問室を後にし、再び湿った廊下を駆けて行った。
ステイルは意外そうな顔を一瞬だけ浮かべると、隣に居るアニェーゼに話を振った。
「いえ、私らは先鋒部隊なんで、人事やらにはさっぱりで」
「そうか。で、奴はどういう人間だ? 君が知っている事を全て吐いてもらおうか?」
「ふ、ふふふ。私が語るとお思いですか? 同胞が学園都市で何かをしようとしているのを妨げるわけにはいきませんので」
リドヴィアは口元を歪める。自らが布教した子が、何をしているのかまでは分からない。
それでも、ローマ正教徒が学園都市内にいるという事実は、その地の制圧を狙う彼女にとっては喜ばしいものだった。
「君にとっては残念な情報だけど」
ステイルは短くなった煙草を机に押しつける。ジュウッと焦げるような音がし、机に黒い跡が、シミのように残る。
リドヴィアは飄々とした様子のステイルに眉をひそめる。
「彼はローマ正教を抜けたらしいね。君たちにとっては裏切り者だってとこかな?」
リドヴィアの目が大きく見開かれ、驚きがその顔に現れる。
「ふ、ふふふ……ふふふ。あははははは! そうですか、流石は『caelum237』といったところです」
落胆する事もなく、むしろ可笑しそうに笑うリドヴィアの態度に、ステイルは取り出した新しい煙草を取り落とした。
湿った床に落ちた煙草は、その湿り気でくしゃくしゃになる。
「魔法名か?」
ステイルはリドヴィアの口から出た単語を思案する。
『caelum』の指すものは『空』。彼はそこに何を求めたのだろうか。
「ええ、魔法名です。『空に羽ばたく者』。自由を求め、自由を振りまく、そうありたいと彼は言っていましたので」
「ふむ。それで、奴の得意な術式とか、戦闘スタイルとか、色々と吐くとこはあるだろう?」
「いいえ、私が知っているのはこれくらいですので」
リドヴィアは何も知らないと肩をすくめる。布教はしたが、その先の戦闘技術に関してはその道の人間が教えることだ。
「1つ、言うとすれば。彼は聖人ですので」
「ッ!? せ、聖人、だと?」
ステイルは聞き逃しそうになったリドヴィアの言葉を復唱する。
聖人。『神の子』と似た身体的特徴を持つ人間。
神裂やアックアに代表される、普通の人間と一線を画した戦力となる魔術師。
(そんなのが介入しているというのか)
ステイルは歯噛みした。いくらなんでもタイミングが悪すぎる。
もし雨宮と戦闘にでもなれば、アックアとの戦いで疲弊した天草式や上条当麻は取り返しのつかないダメージを受けるかもしれない。
「ただ1つ、彼は、作られた聖人ですから」
「作ら、れた?」
意味の分からない言葉に、アニェーゼが横から口を挟む。
「人為的に『神の子』に似た特徴を付与する、とでもいうのかい?」
ステイルが呟く。聖を安定した戦力として生み出せれば、戦力増強としては申し分のないものになる。
「御名答です。彼はその実験第1号です。彼は生まれながらの聖人には及ばないものの、それに近い能力を得ました」
「実験は成功しちまったってことですか?」
ゴクリと唾を飲む音だけが聞こえる。リドヴィアは慈愛に満ちた顔で続ける。
「いいえ。成功とは言えません。その力の代償に、数多の人間の命を失ったのですから」
「………どうやって『天使の力』を制御している?」
ステイルは馬鹿な事を言うな、とでも言いたそうな顔で言う。それでも、目だけは真剣だった。
「霊装で制限をかけているのですよ」
リドヴィアはニヤリと、口元を歪めた。
「そうか………アニェーゼ、君は学園都市に居る神裂に連絡を……」
ステイルがそう告げると、アニェーゼは尋問室を後にし、再び湿った廊下を駆けて行った。
「いやー、上条さんはお疲れですよっと……」
やれやれとでも言いたげな顔で、上条は日の沈み始めた道を歩いている。
今日も今日とてみっちり補習であり、小萌先生によるマンツーマン指導は完全下校時刻ギリギリまで続いたのだった。
「平和なのはいいとして、補習ばっかりは流石に辛い……はぁ……」
(ま、自業自得なんですけどね)
誰に言うわけでもなく、上条は1人ごちる。
今日は補習もなく帰れる予定だったのだが、『魔術御手』に気を取られて上の空で授業を聞いていたのが運の尽きだった。
見事、小萌先生の授業で『上条ちゃん! 先生の話を聞かないとはいい度胸なのです!』ときたものだ。
(せっかく、家でゆっくり療養しようと思ったのに……)
上条は粉々に砕かれてしまった幻想に想いを馳せ、せめて変な奴らに絡まれませんように、と願う。
不幸体質のなせる技なのか、こういうときは大概、何かに絡まれる。
それがスキルアウトのお兄様であったり、巨大な猛犬だったり、ビリビリ中学生だったりと多種多様ではあるが。
(誰もいませんようにっ!)
上条はキョロキョロと辺りを見回す。視界のなかには不良も犬もお嬢様も入ってこない。
「大丈夫、そうだな―――って、アイツ!?」
上条の視界に入ったのは、相変わらずボサボサ茶髪の雨宮であった。
鼻歌を歌いながらプラプラと歩いてくる雨宮に、上条は小走りに駆け寄る。
「おーい、何やってんだよ?」
「ん? あぁ、上条か……」
雨宮は興味なさそうに右手を軽く挙げて答える。さっきまで歌っていた鼻歌も止まっている。
「お前、なんで今日学校来なかったんだよ?」
上条は急にテンションの下がった雨宮を怪訝な顔で見る。
雨宮はその視線を嫌うように顔を背けた。
「気にする事じゃないよ。昔、世話になった人に会ってただけだから」
「ふーん。先生とか? 中学や小学校時の?」
「まぁ、そんなとこ」
あまり言いたくなさそうな雰囲気を察してか、上条は追及の手を止めると、暗くなり始めた辺りを見る。
メインストリートとでも言えるような大通りは人で溢れかえっていた。
灯り始めた街灯や店の明り、走る車のライトで不自然に明るい。
上条は隣を歩く雨宮の横顔を見る。思いつめたような、複雑な顔をしていた。
「なぁ、上条……ひとつ、聞いて良いかな?」
雨宮が唐突に口を開く。様子を窺っていた事がバレたかと思い、上条は身を固くした。
「な、なんでせうか?」
慌てたように視線を外し、そこから改めて雨宮を見る。相変わらず真っ直ぐに前を見ていた。
「お前、『魔術御手』について、なんか知らない?」
「………その、話か。上条さんは全くもって何にも知りませんことよ?」
外国人のように、やれやれと肩をすくめてみせる。雨宮はそんな上条を見て、そっか、とだけ呟いた。
(ちょっと、演技過剰だったか? バレてねぇよな)
上条も、『魔術御手』について、詳しくは知らない。病室で土御門に聞いたくらいの情報しか持ち合わせてはいない。
しかし、それでも。魔術というモノに雨宮を巻き込みたくはなかった。
(何にも関係ない奴まで、巻き込むわけにはいかねーよ)
「気になるのは分かるけどよ、風紀委員や警備員に怒られる前に止めとけよ?」
「………そう、だな。気をつけるよ」
上条の忠告に、雨宮はにっと笑って答える。
上条はまだ知らない。隣を歩く雨宮もまた、魔術に深く関わっている事を。
やれやれとでも言いたげな顔で、上条は日の沈み始めた道を歩いている。
今日も今日とてみっちり補習であり、小萌先生によるマンツーマン指導は完全下校時刻ギリギリまで続いたのだった。
「平和なのはいいとして、補習ばっかりは流石に辛い……はぁ……」
(ま、自業自得なんですけどね)
誰に言うわけでもなく、上条は1人ごちる。
今日は補習もなく帰れる予定だったのだが、『魔術御手』に気を取られて上の空で授業を聞いていたのが運の尽きだった。
見事、小萌先生の授業で『上条ちゃん! 先生の話を聞かないとはいい度胸なのです!』ときたものだ。
(せっかく、家でゆっくり療養しようと思ったのに……)
上条は粉々に砕かれてしまった幻想に想いを馳せ、せめて変な奴らに絡まれませんように、と願う。
不幸体質のなせる技なのか、こういうときは大概、何かに絡まれる。
それがスキルアウトのお兄様であったり、巨大な猛犬だったり、ビリビリ中学生だったりと多種多様ではあるが。
(誰もいませんようにっ!)
上条はキョロキョロと辺りを見回す。視界のなかには不良も犬もお嬢様も入ってこない。
「大丈夫、そうだな―――って、アイツ!?」
上条の視界に入ったのは、相変わらずボサボサ茶髪の雨宮であった。
鼻歌を歌いながらプラプラと歩いてくる雨宮に、上条は小走りに駆け寄る。
「おーい、何やってんだよ?」
「ん? あぁ、上条か……」
雨宮は興味なさそうに右手を軽く挙げて答える。さっきまで歌っていた鼻歌も止まっている。
「お前、なんで今日学校来なかったんだよ?」
上条は急にテンションの下がった雨宮を怪訝な顔で見る。
雨宮はその視線を嫌うように顔を背けた。
「気にする事じゃないよ。昔、世話になった人に会ってただけだから」
「ふーん。先生とか? 中学や小学校時の?」
「まぁ、そんなとこ」
あまり言いたくなさそうな雰囲気を察してか、上条は追及の手を止めると、暗くなり始めた辺りを見る。
メインストリートとでも言えるような大通りは人で溢れかえっていた。
灯り始めた街灯や店の明り、走る車のライトで不自然に明るい。
上条は隣を歩く雨宮の横顔を見る。思いつめたような、複雑な顔をしていた。
「なぁ、上条……ひとつ、聞いて良いかな?」
雨宮が唐突に口を開く。様子を窺っていた事がバレたかと思い、上条は身を固くした。
「な、なんでせうか?」
慌てたように視線を外し、そこから改めて雨宮を見る。相変わらず真っ直ぐに前を見ていた。
「お前、『魔術御手』について、なんか知らない?」
「………その、話か。上条さんは全くもって何にも知りませんことよ?」
外国人のように、やれやれと肩をすくめてみせる。雨宮はそんな上条を見て、そっか、とだけ呟いた。
(ちょっと、演技過剰だったか? バレてねぇよな)
上条も、『魔術御手』について、詳しくは知らない。病室で土御門に聞いたくらいの情報しか持ち合わせてはいない。
しかし、それでも。魔術というモノに雨宮を巻き込みたくはなかった。
(何にも関係ない奴まで、巻き込むわけにはいかねーよ)
「気になるのは分かるけどよ、風紀委員や警備員に怒られる前に止めとけよ?」
「………そう、だな。気をつけるよ」
上条の忠告に、雨宮はにっと笑って答える。
上条はまだ知らない。隣を歩く雨宮もまた、魔術に深く関わっている事を。
「あの子を捕らえるつもりですか?」
「先日から学園都市内にスパイが潜り込んでるって話があってね」
第一候補になるだろうね、とステイルは続ける。
「私にはそうは思えませんが。まぁ、貴方たちがそう考えるのも当然かもしれませんけれど」
「何か、心当たりでもあるのかい?」
ステイルは新しい煙草に火をつけると、ほとんど面倒そうに続きを促した。
「あの子、雨宮照は極度の機械音痴ですので」
「ふむ。それがどうかしたのかな?」
「あの科学の街でスパイを働くには役に立たないと思うのですが?」
「確かに、一理あるね」
ステイルの目が少しだけ本気になる。参考までに聞こうと思っていたが、何か重要な事が聞けそうだ、と。
「ローマ正教の信徒の中には、科学をかじってる人間もいます」
「それが犯人候補だって言いたいのかな?」
ステイルの言葉を無視し、リドヴィアは続ける。まるで好きに判断してくれとでも言わんばかりに。
「その中でも最も有名なのが、『広く世に伝わらんことを』、パウラ=オルディーニです」
「………そうか。だが、その有名な科学者さんが学園都市に来ているとは限らんだろう? 候補者全員の名前を吐くまで喋り続けるかい?」
ステイルは椅子の背もたれに体重を預けると煙草の煙を吐いた。
白い煙と独特の匂いが部屋中に広がり、リドヴィアが顔をしかめる。
「それとも、そのパウラとかいう人間が、犯人である証拠でもあるのかな? それだと、僕らも楽で良いんだけど?」
「証拠なんてありませんので。もちろん、侵入しているかどうかすら確かではありません」
「下らないな。話にもならないね」
ステイルはギシギシと音を立てる椅子から立ち上がると、踵を返して尋問室の戸を開けた。
「ただ、動機ならあります」
リドヴィアの言葉に、ステイルが歩を止め、ゆっくりと振り返る。
「パウラ=オルディーニ。彼女は、『人工聖人計画』の責任者だった女ですよ」
リドヴィアの口元が、ニヤリと歪んだ。
「先日から学園都市内にスパイが潜り込んでるって話があってね」
第一候補になるだろうね、とステイルは続ける。
「私にはそうは思えませんが。まぁ、貴方たちがそう考えるのも当然かもしれませんけれど」
「何か、心当たりでもあるのかい?」
ステイルは新しい煙草に火をつけると、ほとんど面倒そうに続きを促した。
「あの子、雨宮照は極度の機械音痴ですので」
「ふむ。それがどうかしたのかな?」
「あの科学の街でスパイを働くには役に立たないと思うのですが?」
「確かに、一理あるね」
ステイルの目が少しだけ本気になる。参考までに聞こうと思っていたが、何か重要な事が聞けそうだ、と。
「ローマ正教の信徒の中には、科学をかじってる人間もいます」
「それが犯人候補だって言いたいのかな?」
ステイルの言葉を無視し、リドヴィアは続ける。まるで好きに判断してくれとでも言わんばかりに。
「その中でも最も有名なのが、『広く世に伝わらんことを』、パウラ=オルディーニです」
「………そうか。だが、その有名な科学者さんが学園都市に来ているとは限らんだろう? 候補者全員の名前を吐くまで喋り続けるかい?」
ステイルは椅子の背もたれに体重を預けると煙草の煙を吐いた。
白い煙と独特の匂いが部屋中に広がり、リドヴィアが顔をしかめる。
「それとも、そのパウラとかいう人間が、犯人である証拠でもあるのかな? それだと、僕らも楽で良いんだけど?」
「証拠なんてありませんので。もちろん、侵入しているかどうかすら確かではありません」
「下らないな。話にもならないね」
ステイルはギシギシと音を立てる椅子から立ち上がると、踵を返して尋問室の戸を開けた。
「ただ、動機ならあります」
リドヴィアの言葉に、ステイルが歩を止め、ゆっくりと振り返る。
「パウラ=オルディーニ。彼女は、『人工聖人計画』の責任者だった女ですよ」
リドヴィアの口元が、ニヤリと歪んだ。