とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-726

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匿名ユーザー

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4.5
 学園都市と大国の激突。と一言で述べれば、双方の国土が火薬と爆撃、進撃してきた敵軍による
一般市民への蹂躙といった、退廃した雰囲気が両陣営を取り巻いていると連想してしまうだろう。
 実際、ロシア側は大勢の国民の強制移住、長期戦に備えての食料の配給、科学サイドを遠隔的に
肯定する言論の弾圧などと、戦争という重みそのものに潰されようとしていた。

 しかし、学園都市側は必ずしもそうではない。
 確かに急遽軍勢として多量の警備員が遠征し、その影響で監視の目が大きく穴だらけになったため、
スキルアウト達による反学園都市活動も勢いを増し、今まで以上に風紀委員達の治安維持活動が
活発にはなった。そう、所詮、『治安が少し乱れただけ』に留まっているのだ。
 ロシアから降り注ぐ中距離弾道ミサイル、日本海を巡航し、本土爆撃を諦めないマルチロール機。
 その果敢な攻撃すら完封する学園都市の防衛システムは、本来交戦国である筈のこの科学都市に、
あらゆる日常の変化を容認しない不自然な平和を維持させ続けていた。

 そんな中、特に本国に在駐したままの警備員達によって厳重に守られている、この『学舎の園』も
その擬似的な平和が謙虚に表れていた。
 一応、外出の許可は簡単には降りず、自由時間も大きく制限され、外国の暴力的なニュースが盛んに
耳に入る様になった。しかし、その程度では戦争、といった過酷な現実の恐怖は平和ボケした
お嬢様達には実感されない。同じ十代の少女でも、所属する陣営によって互いの生活レベルには
あまりにも隔たりがある落差が存在していた。



 そうして、そのお嬢様の一人に一応該当する白井黒子も戦争については、頭では危険で粗暴な大事だと
理解出来ていても、そこまで深刻には考えていなかった。

 だって、すぐ隣に、『御坂美琴たるお姉様』がいらっしゃるのですから。

 ここは美琴と黒子が同居している寮の一室である。現在は十八時。白井は今、
風紀委員としての巡回といった仕事を終わらせ、同居人である『美琴』に擦り寄っているわけである。
「お姉様?今朝からどうにもお気分が優れないようですが、この黒子の大接近にも無反応なのは、
 一体どういう風の吹き回しなんですの?」
「…………」
 現在は初冬で外も中々の冷度であるため、寮の全室には過剰なまでの暖房が室温を暖めている。
 それに呼応する様に、白井もどんどん『美琴』に対するお熱とアタックがヒートアップしてくる。
 自分のベッドにずんとして腰掛ける彼女に少しずつアプローチのレベルを上げていく白井。
「うぅぅぅむ。どうやら今日のお姉様は、黒子にだけに敷かれる厳重なガードが緩いですの。
 ま、まさか、今夜こそが、黒子とお姉様の操を破る運命の解放記念日ではーーーーッ!?」
 そうして、純粋無垢で五月のバラの様に紅い愛を解放し、憧れのお姉様に全力でハグしようと
飛びかかる白井。その顔には一点の汚れも無い雄渾な熱情が真っ平げになっていた。全身に降り懸る、
紛う事無きお姉様の蠱惑的な匂いと香りを堪能する白井に対し、抱擁された『美琴』は平然としている。

(……お姉様はいつもこんな変態な後輩と散々痴情な行為を繰り返していたのですか、
 とミサカは少しお姉様への信頼を疑います)


 実は、この『美琴』はロシアに旅立った美琴本人ではなく、妹達の御坂妹が代役しているに過ぎない。
 カエル顔の医師による外出許可日が美琴の出発日と重なったため、御坂妹が美琴のデコイになると
名乗り出たのだ。暗視用ゴーグルは外し、あの少年から貰ったネックレスも服の下に隠してある。
 無理も無い。いくら戦争という恐怖が蔓延していない学園都市でも、超能力者第三位である常盤台の
エースがロシアに向かったなどという事がバレてしまったら、そのか細い安心感は一気に砂上の楼閣の
様に崩壊してしまうだろう。それ以上に、肝心の戦力としても認識されている美琴が一人学園都市を
抜け出したとなれば、上層部も只では済まさない。

 その問題を一時的に姑息的方法で解決するにはこれしかなかった。
 だが、御坂妹はそれほど苦に思っていないし、逆に美琴に同情していた。
 あの少年がロシアで人知れず戦場で闘っていると聞けた時、世間が許してくれるならば、御坂妹も
この街を飛び出していったに違いないと、自分自身でもわかっていたからだ。
 止める資格は御坂妹には無かった。あの少年を追う権利も御坂妹には与えられなかった。
 だから、お姉様に全ての思いを託した。そして自分で出来る何かを捜し、この行動を選んだ。
 それが、お隣さんの性的攻撃に悩まされる仮の平和だとしてもだ。
 白井は未だに御坂妹の胸の中でゴロゴロ甘えている。
 それでも御坂妹の胸には別の引っ掛かりがあった。
 あの少年の安否もそうだが、もう一つの問題。

 新たにミサカネットワークに参入した二〇〇〇二号が齎した、
現在、妹達、美琴が内包する最大の懸念。

 〇〇〇〇〇号。

 フルチューニングとも呼ばれる、ミサカネットワークから寸断された唯一の妹達。
 天井亜雄によって学園都市の『外』に連れ出され、その後の情報は一切不明のままだった個体。
 全世界に居場所を造り、あらゆる噂、伝聞を入手し続ける妹達の手すらすり抜ける存在。
 だが、その個体に関する朗報が、番外個体によってミサカ達に配布されたのだ。その断片的なデータは、

(お姉様、まだ、〇〇〇〇〇号はこの世界に『生存しています』。
 どうか、あのミサカだけには、お姉様は会ってはいけません、とミサカは届かない誓願を送ります)

 嘗て無い危機と、恐怖を妹達に伝導した。

(あのミサカは……お姉様の心を、本当に粉々にしてしまうかもしれないから)



 地響きと、怒号、銃弾、化学兵器、戦車、爆撃機、が飛び交う戦場。
 倒れ伏す遺体。四肢を爆薬で吹っ飛ばされ、死よりも残酷な苦痛に苛まれる兵士。
 発生する土煙はロシアの冷風と混ざり合い、排他的で、激越な殺意をも巻き取っていく。
 そんな世に咲く地獄の花を芽生えさせる花壇を遠くから眺めている女が一人、
そのガーデンに一歩ずつ近づいていく。
 左手の、青い電光を宿した荒々しいアームを振るいながら、新たな玩具を求め、無装備のままで。
 女の茶色がかった長い髪が風で靡く。舞い降りる戦火に武者震いしながら、進んでいくと、
ンーー、ンーー、と、手元の携帯が鈍く鳴った。今度こそ間違えずに、女は右手で着信ボタンを押す。

『どうやら、浜面仕上氏の処分は今だ遂行しきれていないようですね。「原子崩し」の麦野沈利さん?』
 誰だ。電話から発せられる淡々とした言葉を述べる人物に、麦野は覚えが無かった。
 非通知、の表示を参照する限りでは、『アイテム』の指示役だったあの女と同一の立場の者か、と
麦野は目星をつける。その予測は大体合っていた。
 その声の主は、『グループ』のメンバーを取り仕切る、『電話の声』の者だった。
 麦野が知る由もないその男は、淡々と用事について話し始めた。
『いやはや、ロシア側に学園都市の持つ切り札を一つ誇示する事で、向こうの戦意を削ごうという
 思惑があったとしても、あなたの目的の邪魔をしてしまったのは謝罪しましょう。
 その謝意の一つといっては何ですが、幾つか有用な情報を口授したいと思いましてね』
 正直、麦野にはそんな余計な助太刀は無用だった。浜面の始末は自分の手のみで完了させる。
 これは自分自身のプライドの問題だ。浜面を殺す事で自己の強欲を満たす。それだけだ。
 学園都市の意思など間に干渉する余地など無い。そうして、電話を切る前に強談だけ執り行った。
「……あんたが誰だか知らないが、学園都市だろうが、ロシアだろうが、私に一臂したいという意思が
 あんなら、無駄な補佐は一切するな。これは私の問題だ。他人の事情なんざ眼中に無いんだよ」
 麦野の業腹にも『電話の声』は少しも怯まず、逆に麦野を弄ぶかのように軽口を叩く。
『まぁ、無視して下さっても何ら問題ありませんし、こちら側には何も窮する事情もありません。
 つまり、これはあなた自身の保全に関わる話なんですよ』
 ……黙って、麦野は相手の出方を見定めながら、自分に関わる話の内容を臆見する。
 どう慮っても、これは、麦野に訪れる不安因子を掲示しているのではないか?
 火薬の匂いが混ざった寒風が、麦野の強固な意志に空いた小さな穴を抜けていく。
『まず、浜面氏は、共に学園都市から脱した滝壺理后嬢の他にもう一人の同行人と連携して動いています。
 この同行人が中々やっかいでして、まず超能力者たるあなたが正面から全力、または絡み手を持ってして
 でも敵わないような強豪たる猛者なのですよ。詳細はあなたでは理解しかねるでしょうが』
「ああ、あのバカ、無害で脆弱な無能力者って立場を利用して、強靭な偽善者を丸め込んだってワケか?
 それが本当だとして、それが何の障害になる? その強者と分離させる策を練ればいいだけだろうが」


『はい、その計略の「駒」の補給地点があなたのすぐ其処に設置されているんですよ。
 学園都市の手駒たる警備員、彼らはここの地点占拠に手子摺っているようです。
 それに救援していただければ、彼らを道具の如く意のままにお使いになって下さって結構です。
 「囮、人質、単なる陽動係、殿」、用途はお好みに。一人二人お捨てになってもよろしいでしょう』
 どうやら、体のイイ『捨てゴマ』を何人か拝借出来ると言っているらしい。
 今までなら何の躊躇なくこの申し出に首を縦に振り、最低限の労力で目的を果たしただろう。
 かつての『アイテム』の仲間すら『捨てゴマ』としか認識していない麦野は、当然、

「だから、んな程度なら眼中にねぇっつってんだよぉ!! あーだこーだ高尚な大言壮語吐くのは
 これくらいにしろ! あんたの情報は盛れなく無意味。そこらへんわかってんのかなぁ!?」 
 真っ向から却下した。
 浜面を叩き潰す過程に悦楽を求める麦野にとって、都合や効率の良さなどには興味は無かった。
「アイツは私だけのモノなんだよ、矮小な男妾が!! 余計な手出する権利なんざテメェみてぇな情夫にあ 
 るはずねぇんだよ! 叩き潰されたくないなら、そっちで勝手に他の仕事に精売ってろ陋劣野郎!!」
 暴言を吐き捨て、一方的に電話を切ろうとする。これ以上の時間の浪費には耐えられなかった。
 一刻も早く、浜面に会いたい。あの間抜け面をぶちゅ、っと生々しく引き千切ってやりたい。
 この自分自身の手のみで。



 しかし、現実は、学園都市の暗部は、そんな小さな翹望すら認めなかった。
『そうですか、では毒を一つ浸してあげましょう。あなたの千切れた左腕や抉れた右目の治療、
 その序でにこちらの合図一つで「全器官の生命活動を止められる発信器」を全身に忍ばせて頂きました。
 我々の意思を逆撫でしすぎますと、折角拾った命と目的が無泡に帰す事になりますよ?』

 ーーー麦野は思わず声を呑んだ。辛うじて留めてきた地盤が瓦解する様な衝撃音が頭に響いた。
 麦野は、ある意味では自由になったと錯覚していた。学園都市の上層部や暗部の闇から逃れ、
漸く自分勝手な欲求に従って生きられると勘違いしていた。
 その醜くも法悦に満ちた思いが粉々に打ち砕かれた。
 蒼白するしかなかった。浜面とまた遊べる。例えそのゲームが殺し合いだとしても、
その瞬間だけは、麦野は、ただの女の子としていられる気がしたのだ。
 もう、麦野を女として見てくれる男は、あのバカしかいないのだから。
 でも、もうそんな狂った幻想は霧散し、この口から漏れる白い吐息の様に無空に溶けていった。
 無情な宣告がまだ続いていた。麦野はそれを耳に垂れ流されるのを許容するしかなかった。
 まだ死ねない。死にたくない。むしろ、『死ぬ事が怖い』。
 アイツに会う前に。
『では、あなたの目前にある戦略地点、ノリリスクの占拠に尽力して下さい。
 成功すれば、浜面氏があなたと闘わなければならない理由をもう一つ逓増しましょう。
 では御健闘を。第四位の「原子崩し」、麦野沈利さん』
 電話はもう切れていた。
 麦野の心に残っていた一本のか細い線も、寸断された。
 力の抜けた操り人形の様な足で、ゆっくりと、麦野は戦場の方に歩いていく。

 ーーーはまづら。
 とても小さく、幼弱な声でそう呟きながら。



 強烈な既視感に襲われた。液晶画面から放たれる淡い光源に包まれながら、美琴はキーボードを操作して
暗澹のみが充満し、一切の瑞光を余す事無く飲み込む暗闇の中、歯を食いしばって煩悶に耐えながら、
狂気のみが根付くレポートに目を走らせる。

『「樹形図の設計者」の演算結果算出によって超能力者量産計画が禁圧された後、
 天井亜雄の提唱した仮説、「妹達交雑による超能力優勢遺伝傾向進化」に則り、人工超能力者を
 学園都市から懸絶されたこの施設で開発する事が上層部に承認された』

 既に嗅覚は死んでいた。あらゆる腐臭すら、美琴の意識を逆撫でするのには至らなくなった。

『過去に執行された実験「プロデュース」によって、一般的な「電撃使い」の「自分だけの現実」が
 大脳辺縁系の扁桃体に宿る事が証明された。情動を制御するこの器官に直接、投薬や遺伝子操作を
 用いて科学的干渉を行えば「電撃使い」の総出力を激甚に成長させられる。即ち、異能力者でしかない
 妹達の扁桃体を変質化させる事で恐怖、畏怖、狂気といった感情を色濃く発生させ、能力を底上げする』

 感覚すら曖昧な違和感に成り下がった。これ程までに人間が二足で自立出来るのが奇妙だと思う事は
なかった。今や、両足が竦み、震え、冷たい機械に凭れなければ、とっくに地面に倒れ伏せていただろう。

『しかし、通常の開発では極端な能力向上に期待出来ない。よって、アプローチの方向を転換し、
 妹達を交雑させる事で遺伝子レベルから扁桃体を変異させる』

 聴覚が捉える全ては、あの狂った曲に絞られた。心臓の鼓動にすら関与しかねない音楽は、
 美琴の精神に多しい悪影響を歪みなく与えてゆく。これは正気の沙汰じゃないーーー

『妹達が排卵する卵子のインプリンティング遺伝子を弄くり、精子のパターンに変換し、他の成熟卵子の
 細胞と融合させ、クローンの胎内に胚を孕ませる。その胎児を妹達にXid-04、Dsc-87、Wuv-20と
 いった投薬を用いて扁桃体の機能を拡大させた個体に成長させ、二〇日後に出産される個体の参照データ
 を初代の〇〇〇〇〇号と比較し、成長値が許容に達するならば、さらに培養機で一四日後に一般の妹達と
 差異無き年齢に引き上げる。さらにその個体の卵子に手を加え、同様の作業を繰り返す』

 目は既に充血していた。現実にある、平和や良識といった善意との剥離を確実に肌で感じた。
 咥内が酸っぽい味に染まる。指は機械に制御されたかの様に、恒常的に小刻みに振動する。
 こんな惨状が許されていいのか。何の権利があって、幼気な少女を弄ぶのか。
 超能力者を生み出すという利益のためなら、妹達を玩具として扱っても良いというのか。


『扁桃体の成長に成功した場合にはその個体と同一の妹達を生産、また交配させ、扁桃体の活動をさらに
 活発に出来る個体を何世代にも渡って作り続ける。失敗した際には放棄処分し、後述の人格データにのみ
 結果を反映させる』

 狂っていた。何もかもが道理から離れていた。平然と美琴の妹がゴミかモルモットにされていた。
 あの一方通行による妹達虐殺以上の惨劇が、この狭く、寒く、一点の光も無い煉獄で惹起されていた。

『「樹形図の設計者」の新たな計算結果により、四五世代を経る事で超能力者を生み出せる事が判明。
 さらに交配を続ければさらに出力の高い個体を製造可という結果も算出された。
 ミサカネットワークによって外界にこの実験が公表される可能性があるため、
 実験に無関係な個体との接点は抹消し、実験用個体は全てミサカネットワークと断絶させる』

 自分が過ごしていた日常が、砕けちった。あの少年や白井、初春、佐天達と共有していたあの生活など
罪深い自分に相応しくないと改めて実感した。
 救う、助ける、守る。
 そんな単純な言葉と行為で埋め合わせられる筈が無い。

『新たに産まれた妹達の記憶を集積する事で人格データを更新し続け、超能力を扱える器量を備えさせる。
 そして、遂に産まれた超能力者「X番雷霆」。交配を続ける事で、何時しかまだ見ぬ絶対能力者をも
 目指すために費やされる個体数、世代数は未知数。よってX番を検体番号とする』

 完全に体温は冷気と一体化した。これ以上の惨苦に触れられる余裕など、とっくに霧散した。
 自己の信念や正義とかいう甘ったるい、吐気がする下賎な感情に比類無き厭悪を覚えた。

『しかし扁桃体に過剰関与する事で、情動のコントロールが難化し、かつ近親交配により
 精神と人格に異常が発生し、製造スタッフに反逆する程の反抗心と、群を抜く狂気を抱くようになり、
 もはや制御不可となったために学園都市は正式な超能力者第六位の称号を与えず放棄。
 よって学園都市一般では第六位が誰かは知られていない。
 学園都市に与える利益を第七位に次ぎ、持ち得ないために第六位とする』



 美琴が眺めた文量は、たったこれだけだった。簡単にまとめればこうだ。
 ここにいた研究員達は個人の素養に合致した能力を開発していたのでは無い。
 嘱望された能力を発現出来る人間そのものを造りだそうとしていた。
 狂気に満ちた刻苦勉励な大実験。
 美琴は足下も覚束無いまま、ふらふらと重病患者の様な動きで、頭痛を抑えるために手を額に当てながら
再び妹達だったミイラに真正面から向き合った。
「………………」
 涙腺が裂けて、網膜が異常な反応をしているのだろうか。涙を流したいのに、一滴も滴り落ちない。
 それとも、この狂ったBGMが美琴の良心の本質を揺るがしているのだろうか。
 自我境界が乱れた確信があった。この目の前に居る少女は、研究員達にどんな事をされたんだろう。
 理解はしていても、あれだけ抽象的に淡々と行為を記憶されていると、どうしても余計な想像力が働いてしまう。ーーー子を孕む。自分と全く同じ顔の子を。愛とか、そんな素晴らしい感情を挟まない『行為』を
隔てて、出産し、産声をあげる妹達。
「……………あ……あ……………」
 ミイラに眼球は備わっていない。だが、美琴には、あまりにも羸弱だったその少女は、その二つの空洞か
ら、確かな視線を感じた。一方的に注がれる感情を察知出来てしまった。

ーーーどうして、助けてくれなかったの、とミサカはお姉様に済世を求め
「ぁああああああああああああああああッ!!!!ぐ…………あ、う、う、う……ッ!!」
 美琴は妹達のミイラに購うように、寄りかかる。美琴の疾呼が地下室に響き渡った。
 あの少年の助けを得たきりで満足してしまった自分が腹立たしかった。
「……ごめんね、ごめんね……」
 もう届いてもどうしようもない嘆きだけが口から排出されていった。
「ごめんなさい…………」
 幼い時に不用意に渡してしまったDNAマップ。あの少年は、美琴のおかげで妹達は命をもらえたんだ、
だからお前を憎んだりはしていないし、お前は誇って良いんだよ、と言ってくれた。
 でも、産まれてしまったせいで、類比無き惨苦に蹂躙されてしまった妹達は、それでも自分に憎悪を
抱かなかっただろうか。こんな事なら、産まれてこなければ良かったと美琴に訴えたかったのではないか。
「私のせいだ…………私がっ……!あんな事しなければ…………こんな事、になんか…………!!」


 既に心の牙は完全に折れていた。
 にもかかわらず、心はもう地盤から崩れてしまったのに頭は勝手に推察を続けてしまう。

 超能力者として生まれ変わった〇〇〇〇〇号。結局地獄の淵を生きたその少女は、どうなったのか。
 レポートにはその後の経緯は書かれていない。研究員達が全てを廃棄した、としか残っていない。

 ならば、もしや、まさか、彼女は、妹達は、まだここに『一人在る』筈じゃ……

 ーーーカン。

 その瞬間、美琴の背後から、金属音が鳴り響き、その耳に突き刺さった。
 美琴の心と頭が真っ白に成り果てる。
 …………絶望はまだ終わりじゃない。
 続けて、ポタッ、と水滴が地面に触れて散った触感を含んだ音が聞こえる。
 さらには、ベチャ、と水風船が破裂したかの様な生々しい付着音が耳に入ってくる。
 そして、あの狂った旋律のおどろおどろしい歌が、機械的なミュージックから、

 肉声へと変貌する。

 美琴の全神経が、後ろを向くな、と命令する。美琴自身も、後方を振り向くのは避けたかった。
 だが、体は、自然と、操られるかのように背後のモノを覗こうと動いてしまう。
 歯がガチガチと汚辱な音を立てる。全身の震えは大地の揺れよりも激しいままだ。
 それでも美琴はミイラに寄りかかったまま、強引に首を曲げて、充血した両眼を見開いた。



 まず、足が見えた。美琴がかつて履いていたルーズソックスと同じ物が、細い脹脛を包んでいる。
ただ一つ違うのは靴下が妙に黒々としている事だ。太腿は引き締まっていても、女性的な流線が目を引く。
 肌は瑞々しく薄くピンクが入っているからか嬌艶さが滲み出ていた。
 次に腰。常盤台中学の制服に酷似したミニスカートが両足の始点、即ち秘部を隠している。
 これも黒ずみ、更には布の切れ端が解れ、それに所々破れてすらいる。少し屈んだだけで下着が見えかね
ない危うさが、男の淫靡な視線を釘付けしそうな妖艶さを強調している。
 今度は上半身。これも常盤台の制服のようだが半袖であるため、夏服なのだろう。この冷度の中での
薄着が痛々しくみえる。制服自体はまた烏の濡れ羽色の様な黒のシミが、均整を取って広がっている。
だが、また先端が破れていたとしても、饐えた匂いはしない。洗っている痕跡は辛うじてあった。
 最後に顔。美琴と同じく、明眸皓歯に整った顔立ち。化粧を施さなくとも優艶な眉、睫毛が具備され、
同様に鼻も流麗で高すぎず、低すぎず、万人が見惚れる理想的な形を召している。唇は健康的に淡く桜の花の様に淡い桃色で、そこから流れ出す声は人の好感を抱かせる美声なのだろう。
 髪は美琴と同質の茶っ毛で、荒れている筈もなく、髪の毛一本一本の油を取払い、触れて、その流れを
堪能したい程の鮮麗さを持っている。しかし、美琴よりもとても長い。膝まであるかとも思える長髪。
前髪は美琴と同様に束ねてある。髪飾りの替わりに、三本の紅いコードが曲線を経て、両端が繋がっている
電極らしき機具が装着されていた。一本は真ん中が切断されているが。
 電極の材質は学園都市製の頑丈なプラスチック。
 石油の残りカスから作られるのではなく、純正のプラスチックとして製造されるため、外見も性能も良い
一品のはずだ。



 だが、この少女が備える瞳と眼球は、美琴の持つ元気溢れる聡明なそれとはかけ離れていた。
 本来白一色であるべき角膜は、真っ赤に染め上がり、明らかな異質さを誇っている。
 充血した目とはワケが違う。紅く、紅蓮であらゆる調和を内部から腐食させていくかの様な臙脂の眼球。
 瞳は黒どころか、宿す色目は鼈甲色。いわば黄色く、爬虫類独特な瞳の瑕疵の如き鋭い一線が印象を与え
ていた。人として有り得ないこの眼孔は、大脳辺縁系への干渉の弊害によって変質化したのだと、
美琴の頭が非情に答えを弾き出していた。

 そして、その手には信じられない事に、ヒトの『右腕』が握られていた。肘までの部分で引き裂かれてお
り、その欠損部分から骨と筋肉、多数の静脈動脈がはみ出し、赤黒い液体をたっぷり流しながら、その指は
握られていた。その千切れた右腕には、幾つかの『歯形』すらある。それに呼応するかの様に、

 その少女の口元にも、血がツター……と一筋の紅い線を描いて、滴っていた。
 赤のチークが似合うその『美琴似の少女』が、怯え、恐怖に苛まれた美琴を一瞥して、こう言う。
「ふーん……美琴もこっちに来たってワケか。このミコトに会いに来てくれたってコト? 美琴」
 そうして描かれる柔和な笑顔。美琴と全く同じ、人に安堵を与える、楽魚落雁の笑みだったが、
その紅く、毒々しい黄色い眼光が、その全てを混沌へと沈鬱させる。
「アンタ、大丈夫?蒼白になってるわよ。ミコトが拭いてあげようか? 美琴」
 美琴に微かに残っていた希望は、残酷な現実によって完全に抹消された。

 第三位の超能力者『超電磁砲』と、第六位の超能力者『X番雷霆』。
 あまりにも道を違えてしまった二人の少女が、遂に回避出来ない邂逅を果たした。


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