10月17日。
「垣根帝督っていうのはね、ブレないのよ」
ドレスの少女が語り出す。
「ブレない、とは?」
向かい合って座っている絹旗最愛が相槌を打つ。
携帯電話で浜面に学園都市から脱出する手引きをした後。何故かそばにくっついているドレスの女と話をしている内に、お互いの所属していた組織のレベル5のことが話題に上ったのだ。
「……例えば、学園都市第一位の一方通行。あれは絶対能力進化計画とかに則って、約一万人の妹達を虐殺した」
「えぇ、確かに」
その計画には『アイテム』も一枚噛んでいたのでよく知っている。とは言え、知ったのは随分後になってからだが。
「ところが、今一方通行は妹達を守るために――まぁ、一番近くにいるのは正確には妹達とは言えないのかもしれないけど――兎に角、かつて殺し回った対象を守ろうとしている」
「らしいですね……それが?」
「目的が完全に転換している。一貫していない――ブレている。そう思わない?」
「まぁ、そう言えなくもないでしょうが……しかし人間誰しも一貫した目的を持って生きるなど不可能ではないでしょうか」
「でもね、垣根帝督は『そう』なのよ」
ドレスの少女はしっかりと告げる。
「目の前の状況に左右されず、周囲の環境に影響されず。ただ一つ彼の――そうね、信念とでも言うべきものにのみ従って生きている」
敢えて『生きている』と表現したドレスの女は、その『信念』を口にする。
「垣根はね、産まれた時から――いいえ、『妹』が産まれた時から、ずっと彼女のために生きているのよ」
「垣根帝督っていうのはね、ブレないのよ」
ドレスの少女が語り出す。
「ブレない、とは?」
向かい合って座っている絹旗最愛が相槌を打つ。
携帯電話で浜面に学園都市から脱出する手引きをした後。何故かそばにくっついているドレスの女と話をしている内に、お互いの所属していた組織のレベル5のことが話題に上ったのだ。
「……例えば、学園都市第一位の一方通行。あれは絶対能力進化計画とかに則って、約一万人の妹達を虐殺した」
「えぇ、確かに」
その計画には『アイテム』も一枚噛んでいたのでよく知っている。とは言え、知ったのは随分後になってからだが。
「ところが、今一方通行は妹達を守るために――まぁ、一番近くにいるのは正確には妹達とは言えないのかもしれないけど――兎に角、かつて殺し回った対象を守ろうとしている」
「らしいですね……それが?」
「目的が完全に転換している。一貫していない――ブレている。そう思わない?」
「まぁ、そう言えなくもないでしょうが……しかし人間誰しも一貫した目的を持って生きるなど不可能ではないでしょうか」
「でもね、垣根帝督は『そう』なのよ」
ドレスの少女はしっかりと告げる。
「目の前の状況に左右されず、周囲の環境に影響されず。ただ一つ彼の――そうね、信念とでも言うべきものにのみ従って生きている」
敢えて『生きている』と表現したドレスの女は、その『信念』を口にする。
「垣根はね、産まれた時から――いいえ、『妹』が産まれた時から、ずっと彼女のために生きているのよ」
7月16日。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
めいでぃあファーストれっすん。
学園都市内にあるとあるメイド喫茶で、固法美偉は堕天使メイドなるいかがわしいメイド服を着て接客に勤しんでいた。
バイト、ではない。
名目上はそうであるが、目的は異なる。
このメイド喫茶は、武装能力者集団やその他の裏のある組織と関わりがあるらしく、恐喝、違法売買など、黒い噂が絶えない店であるらしい。
しかし、警備員も風紀委員もその決定的な証拠を未だ掴めずにいた。
そこで、固法がバイトとして潜入捜査を行うことになったのだ。
(にしても……流石にこの服は恥ずかしいわよね。何の罰ゲームかって感じだわ)
わざわざ外から取り寄せたというキワモノのメイド服の裾を直しつつ、固法は思う。
と、
「…………」
視界の端に、店員に連れられて店の奥へと入っていくバイトの女の子を見つけた。
(VIPルーム……)
潜入捜査中にこの店の経理の男から聞いた話では、この店の奥にはVIPルームなる怪しい部屋があるらしく、そこではバイトのメイドと『お叱り』が行われているのだと言う。
しかし外からでは『お叱り』がどんなものかは分からない。
故に、固法美偉が派遣されてきたのである。
(能力……発動)
固法は自身の超能力、透視能力によってVIPルームの中を覗き見る。
部屋の中には、男性店員と、常連の客が10名近く。
そして部屋の中央には
(さっき入っていったバイトの子……)
これは、ほぼ黒と見て間違いないだろう。
固法は耳に填めたインカムに意識を集中させる。
固法の合図とともに外に待機している警備員が一斉に突入を開始、そのまま現行犯逮捕というのが今回の作戦の流れだ。
証拠が不足している今、現行犯を抑える以外に方法は無い。
だからと言って証拠集めに時間を掛ければ掛けるだけ被害も増大する。
それを防ぐには、多少の危険は伴うが固法の『眼』を通して突入の機会を見定め、強引に攻め込むしかない。
平日昼間である今、学生である固法に公欠を取らせているように、警備員も必死なのだ。
(そろそろ……)
壁越しの視線の先に男達が少女の肩に手をかけたのを捉えたところで、固法は無線越しに警備員を呼ぼうとしたのだが、
「よぉ、何やってんの? みぃちゃん」
マイク付きイヤホンが、後ろから伸びてきた男の腕によって強引に剥ぎ取られた。
「なっ……」
後方を振り返ると、そこにいるのはこの店の店員である男達数名。
(しまっ……バレて……!?)
思う内に、男の一人の掌で口を塞がれる。
そしてイヤホンマイクはスイッチを切られてその男のズボンのポケットに。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
めいでぃあファーストれっすん。
学園都市内にあるとあるメイド喫茶で、固法美偉は堕天使メイドなるいかがわしいメイド服を着て接客に勤しんでいた。
バイト、ではない。
名目上はそうであるが、目的は異なる。
このメイド喫茶は、武装能力者集団やその他の裏のある組織と関わりがあるらしく、恐喝、違法売買など、黒い噂が絶えない店であるらしい。
しかし、警備員も風紀委員もその決定的な証拠を未だ掴めずにいた。
そこで、固法がバイトとして潜入捜査を行うことになったのだ。
(にしても……流石にこの服は恥ずかしいわよね。何の罰ゲームかって感じだわ)
わざわざ外から取り寄せたというキワモノのメイド服の裾を直しつつ、固法は思う。
と、
「…………」
視界の端に、店員に連れられて店の奥へと入っていくバイトの女の子を見つけた。
(VIPルーム……)
潜入捜査中にこの店の経理の男から聞いた話では、この店の奥にはVIPルームなる怪しい部屋があるらしく、そこではバイトのメイドと『お叱り』が行われているのだと言う。
しかし外からでは『お叱り』がどんなものかは分からない。
故に、固法美偉が派遣されてきたのである。
(能力……発動)
固法は自身の超能力、透視能力によってVIPルームの中を覗き見る。
部屋の中には、男性店員と、常連の客が10名近く。
そして部屋の中央には
(さっき入っていったバイトの子……)
これは、ほぼ黒と見て間違いないだろう。
固法は耳に填めたインカムに意識を集中させる。
固法の合図とともに外に待機している警備員が一斉に突入を開始、そのまま現行犯逮捕というのが今回の作戦の流れだ。
証拠が不足している今、現行犯を抑える以外に方法は無い。
だからと言って証拠集めに時間を掛ければ掛けるだけ被害も増大する。
それを防ぐには、多少の危険は伴うが固法の『眼』を通して突入の機会を見定め、強引に攻め込むしかない。
平日昼間である今、学生である固法に公欠を取らせているように、警備員も必死なのだ。
(そろそろ……)
壁越しの視線の先に男達が少女の肩に手をかけたのを捉えたところで、固法は無線越しに警備員を呼ぼうとしたのだが、
「よぉ、何やってんの? みぃちゃん」
マイク付きイヤホンが、後ろから伸びてきた男の腕によって強引に剥ぎ取られた。
「なっ……」
後方を振り返ると、そこにいるのはこの店の店員である男達数名。
(しまっ……バレて……!?)
思う内に、男の一人の掌で口を塞がれる。
そしてイヤホンマイクはスイッチを切られてその男のズボンのポケットに。
「まさかみぃちゃんがスパイだったとはな」
「餌撒きゃ炙り出せるとは思ったが、あの馬鹿が情報漏らした途端に食いついて来やがるとはな」
あの馬鹿、とは経理の男のことだろうか。
すると、固法は最初から謀られていたことになる。
「まだ先にしてやるつもりだったけど……お前もVIPルーム行きだな」
「あぁ、あの馬鹿は『お叱り部屋』とか言ってただろうが、本当に『お叱り』にあの部屋使ってんのはあいつだけだぜ。この意味、分かるよな?」
「つーかこの店でこっちの商売のこと知らねーのはあいつだけだよ。ドMで、店長が命令すりゃ何でもするから重宝してるけどな」
好き勝手言いながら、男達は固法をVIPルームへ連れて行く。
「ぁ? 何でお前らがみぃちゃん連れてきてんの?」
部屋の中にいた男の1人が、先程の女の子を下に敷いた体勢で固法の口を塞いでいる男に問いかける。
「あー、ほら。こいつが例の色々嗅ぎ回ってた奴だったんだよ。つーことっす、店長。これ俺達でヤって構わないっすよね?」
男が確認を取ったのは、部屋の隅で煙草を吸っている女性。
この店の女店長である。
「おぉ」
気怠げに返答する店長。
目の前で行われているその違法行為にまるで関心がない様子だ。
「んじゃ、俺から」
男が固法の口を塞いだまま、部屋内に置かれているベッドの上に固法を押し倒す。
「ん! んー!」
必死で暴れて抗議する固法だったが、
「あぁ? 聞こえねえよ」
大の男に抑えつけられ、まるで身動きが取れなくなる。
「つーかホントにいいのか? 風紀委員だったりするんじゃねぇの?」
「心配ねぇよ。もう二度とこっから出らんねぇ身体にしちまえばいいだけだろ」
「はっ、言えてる」
好き勝手に言いながら、男達がわらわらと固法の所へ集まってくる。
視線を横に遣ると、先程のバイトの少女も男達に囲まれているようで、もうその姿を目視することは出来なくなっていた。
そして、この部屋にいるもう1人の女性である店長は、そんな2人の姿にまるで興味が無いように煙草を吸い続ける。
(こんな……ことって……)
目尻に涙を浮かべる固法。
警備員の助けも期待できないだろう。
元々デリケートな問題であったため、固法のゴーサインが出るまで決して動かないと取り決められていたし、定期連絡以外は出来る限り避けるようにしていたため、こちらの不通にも気づいていないだろう。
状況は絶望的。
どうすることも出来ない。
「つか、こいつ胸でかすぎじゃね?」
へらへらと笑いながら、男が固法の胸へと無遠慮無遠慮に手を伸ばした。
そして――
「餌撒きゃ炙り出せるとは思ったが、あの馬鹿が情報漏らした途端に食いついて来やがるとはな」
あの馬鹿、とは経理の男のことだろうか。
すると、固法は最初から謀られていたことになる。
「まだ先にしてやるつもりだったけど……お前もVIPルーム行きだな」
「あぁ、あの馬鹿は『お叱り部屋』とか言ってただろうが、本当に『お叱り』にあの部屋使ってんのはあいつだけだぜ。この意味、分かるよな?」
「つーかこの店でこっちの商売のこと知らねーのはあいつだけだよ。ドMで、店長が命令すりゃ何でもするから重宝してるけどな」
好き勝手言いながら、男達は固法をVIPルームへ連れて行く。
「ぁ? 何でお前らがみぃちゃん連れてきてんの?」
部屋の中にいた男の1人が、先程の女の子を下に敷いた体勢で固法の口を塞いでいる男に問いかける。
「あー、ほら。こいつが例の色々嗅ぎ回ってた奴だったんだよ。つーことっす、店長。これ俺達でヤって構わないっすよね?」
男が確認を取ったのは、部屋の隅で煙草を吸っている女性。
この店の女店長である。
「おぉ」
気怠げに返答する店長。
目の前で行われているその違法行為にまるで関心がない様子だ。
「んじゃ、俺から」
男が固法の口を塞いだまま、部屋内に置かれているベッドの上に固法を押し倒す。
「ん! んー!」
必死で暴れて抗議する固法だったが、
「あぁ? 聞こえねえよ」
大の男に抑えつけられ、まるで身動きが取れなくなる。
「つーかホントにいいのか? 風紀委員だったりするんじゃねぇの?」
「心配ねぇよ。もう二度とこっから出らんねぇ身体にしちまえばいいだけだろ」
「はっ、言えてる」
好き勝手に言いながら、男達がわらわらと固法の所へ集まってくる。
視線を横に遣ると、先程のバイトの少女も男達に囲まれているようで、もうその姿を目視することは出来なくなっていた。
そして、この部屋にいるもう1人の女性である店長は、そんな2人の姿にまるで興味が無いように煙草を吸い続ける。
(こんな……ことって……)
目尻に涙を浮かべる固法。
警備員の助けも期待できないだろう。
元々デリケートな問題であったため、固法のゴーサインが出るまで決して動かないと取り決められていたし、定期連絡以外は出来る限り避けるようにしていたため、こちらの不通にも気づいていないだろう。
状況は絶望的。
どうすることも出来ない。
「つか、こいつ胸でかすぎじゃね?」
へらへらと笑いながら、男が固法の胸へと無遠慮無遠慮に手を伸ばした。
そして――
「お帰りなさいませご主人様」
件のメイドカフェに、一人の青年が入店した。
服装は今時の若者と言った感じの重ね着シャツとジーパン。
少し長めの茶髪は癖がなく、女性のそれのように美しい。
そして何より目を引くのはその整った顔立ち。
雑誌でモデルをやっていると言われればすんなり信じてしまえるような、凛々しい好青年――少なくとも、出迎えたバイトの少女の第一印象はそんな感じだった。
と、
「ん? あぁ、いや別にここ俺の家じゃねーけど」
こちらに『気づいた』――逆に言えば、まるでメイドに迎えられるのが予想外であるかのような反応をした青年が、少女に告げる。
「は……? あ、あの、えっと、ご主人さ……お客様、会員証の方は……」
「持ってねーよ、そんなもん」
「え、あの、会員証のない方の入店は……」
混乱する少女がやんわりと入店を断ろうとすると、
「てか俺客じゃないし」
あっけからんと、青年はそう言った。
「え? あの、じゃあ……」
――いったい何しに来たんですか?
思わずそんな疑問をぶつけてしまいそうになった時、
「ところで、VIPルームってのはどこにあんの? ちょっとぶっ潰しに来たんだけど」
やはり同じ調子で、青年はそんな言葉を吐いたのだった。
件のメイドカフェに、一人の青年が入店した。
服装は今時の若者と言った感じの重ね着シャツとジーパン。
少し長めの茶髪は癖がなく、女性のそれのように美しい。
そして何より目を引くのはその整った顔立ち。
雑誌でモデルをやっていると言われればすんなり信じてしまえるような、凛々しい好青年――少なくとも、出迎えたバイトの少女の第一印象はそんな感じだった。
と、
「ん? あぁ、いや別にここ俺の家じゃねーけど」
こちらに『気づいた』――逆に言えば、まるでメイドに迎えられるのが予想外であるかのような反応をした青年が、少女に告げる。
「は……? あ、あの、えっと、ご主人さ……お客様、会員証の方は……」
「持ってねーよ、そんなもん」
「え、あの、会員証のない方の入店は……」
混乱する少女がやんわりと入店を断ろうとすると、
「てか俺客じゃないし」
あっけからんと、青年はそう言った。
「え? あの、じゃあ……」
――いったい何しに来たんですか?
思わずそんな疑問をぶつけてしまいそうになった時、
「ところで、VIPルームってのはどこにあんの? ちょっとぶっ潰しに来たんだけど」
やはり同じ調子で、青年はそんな言葉を吐いたのだった。
そして――
ドカン! と大きな音がVIPルームに響いた。
それとほぼ同時に
「がぁッ!?」
という叫び声を上げて、固法の上に馬乗りになっていた男が吹き飛んだ。
「一体……」
眼鏡を掛け直しながら、ベッドから起き上がる固法。音の発生源である扉の方を見る。
が、
「え……何?」
そこに扉は無かった。
まるで扉が強引に蹴り抜かれたかのように、滅茶苦茶にひしゃげたドア枠が残っているだけ。
というか、
「あ……か、かッ……」
その扉が、固法に馬乗りになっていた男を吹き飛ばしたようだった。
それはつまり、例えでも何でもなく、本当に扉を蹴り抜いたと言うのだろうか。
――扉のあった空白部分に、ジーパンのポケットに両手を突っ込んで立っている、見知らぬ青年が。
「あぁん!? んだテメェは!」
ガタイのいい店員が、闖入者である青年に襲いかかる。
と、
「ぐォォ!?」
何かの能力だろうか、青年の目の前の中空に突如現れた白色のU字型をした楔のようなものが、男の首元へ高速で飛んでいった。
男はまるで後ろから見えない手で引きずられているかのように後退し、楔ごと部屋の壁に縫い止められる。
「はっ、がァァァ……」
衝撃に息が出来ないのか、咳き込む男。
それを見た店員達の反応は早かった。
「店長!」
彼らは店長を中心に置いて徒党を組むと、今は無き扉と反対方向に位置する『非常口』から素早く外に出る。
更にその後を追って、客であろう男達がわらわらと逃げ出す。
青年は、それを追わなかった。
部屋に残されたのは青年と固法、扉にぶつかって倒れている男、壁に縫い付けられた店員、そして目まぐるしい状況の変化に茫然としている、メイド服の乱れたバイトの少女だけ。
ドカン! と大きな音がVIPルームに響いた。
それとほぼ同時に
「がぁッ!?」
という叫び声を上げて、固法の上に馬乗りになっていた男が吹き飛んだ。
「一体……」
眼鏡を掛け直しながら、ベッドから起き上がる固法。音の発生源である扉の方を見る。
が、
「え……何?」
そこに扉は無かった。
まるで扉が強引に蹴り抜かれたかのように、滅茶苦茶にひしゃげたドア枠が残っているだけ。
というか、
「あ……か、かッ……」
その扉が、固法に馬乗りになっていた男を吹き飛ばしたようだった。
それはつまり、例えでも何でもなく、本当に扉を蹴り抜いたと言うのだろうか。
――扉のあった空白部分に、ジーパンのポケットに両手を突っ込んで立っている、見知らぬ青年が。
「あぁん!? んだテメェは!」
ガタイのいい店員が、闖入者である青年に襲いかかる。
と、
「ぐォォ!?」
何かの能力だろうか、青年の目の前の中空に突如現れた白色のU字型をした楔のようなものが、男の首元へ高速で飛んでいった。
男はまるで後ろから見えない手で引きずられているかのように後退し、楔ごと部屋の壁に縫い止められる。
「はっ、がァァァ……」
衝撃に息が出来ないのか、咳き込む男。
それを見た店員達の反応は早かった。
「店長!」
彼らは店長を中心に置いて徒党を組むと、今は無き扉と反対方向に位置する『非常口』から素早く外に出る。
更にその後を追って、客であろう男達がわらわらと逃げ出す。
青年は、それを追わなかった。
部屋に残されたのは青年と固法、扉にぶつかって倒れている男、壁に縫い付けられた店員、そして目まぐるしい状況の変化に茫然としている、メイド服の乱れたバイトの少女だけ。
「オイ」
青年は、先程楔で壁に縫い止めた店員に声を掛ける。
「ここの顧客リストって何処に保存されてるんだ?あぁ、ヤバい方のな」
「それ、は……」
声をすぼめ、渋る店員。
「あー、答えねーと、もうちょい押し込むぞ?」
店員の方へ歩いていき、適当な調子で楔に手を掛ける青年。
先程扉を吹き飛ばした程の力を用いれば、店員の首は容易く飛ぶだろう。
無論、従業員だからと言って、比喩でも何でもなく。
「そ、そこにあるパソコンだ! こっち用の客のデータは、店のパソコンには保存されてない! そこのパソコンだけだ!」
「バックアップは?」
「け、経理担当の男が! 店のデータは全部そいつが!」
「そいつはさっき逃げた中に?」
「いや、いない! こっちの仕事は任されてないんだ!今は表で店長の代わりに指揮を執ってる!」
「りょーかい」
青年はそう言うと、少しだけ楔を押し込んで、店員を気絶させる。
そして、
ゴンッ! と、先程と同じように出現させた白い物体をVIPルーム内に置かれているパソコンにぶつけ、ぐちゃぐちゃにぶっ潰した。
「ちょ、ちょっと何やってるのよあなた! その中に入ってる顧客リストがあれば、事件に関与してる人間を一網打尽に出来たのに!」
思わず、固法は叫んでしまった。
「あ?」
青年がこちらを向いた。
その表情は、まるで今初めて固法の存在に気づいたかのようだった。
この様子では、もう一つのベッドの上でこちらを見ているもう一人の少女のことについては、完全に眼中にないだろう。
その、なんと言えばいいのか――青年の何の気のなさ、或いは興味のなさに、ぞわりとしたものを感じつつも、一介の風紀委員として、青年から目を逸らさないで答えを待つ固法。
すると、
「だから、一網打尽にされちゃ困るんだよ。ま、困るのは俺じゃねーんだけど」
青年はやはりどうでも良さそうにそれだけ言うと、経理の男ねー、と呟きながら店内に戻って行った。
「……………と、大丈夫?」
我に返った固法は、まず風紀委員の使命として、乱暴をされたと思しき少女の元へ駆け寄る。
「あ……はい」
心ここにあらず、と言った感じで頷く少女に、
「良かった……もう大丈夫だから」
と優しく声を掛けて抱きしめる。
背中を数回叩くと、ようやく状況が呑み込めたのか、すすり泣きを始める少女。
(警備員に連絡して、店長達を追いかけるように言わないと……現行犯逮捕は無理、パソコンも壊れちゃったけど、この部屋を探せば流石に証拠は出てくるだろうし)
思い、ちょっとごめんね、と少女に告げて、固法は倒れている男のポケットからイヤホンマイクを取り出す。
『おい固法! 応答しろじゃん! 固法!』
スイッチを入れると同時に聞こえてきた女性警備員の大音声に、固法は冷静に答える。
「すいません、黄泉川さん。めいでぃあは黒です。店長以下、店員数名が逃走しました、確保をお願いします。あと、VIPルーム内で少女を一人保護しました。それに加え、気絶させられていますが、現行犯が二人いますので、数人こちらに派遣して下さい」
『了解。外からも異常はわかった。逃走中の店長が乗ってるらしき車は部下に追わせてるじゃん。しかし固法。二人気絶って、何やってるじゃん? お前の役目は偵察じゃん。そこまで危険を犯す必要は無い、むしろ命令違反じゃん』
厳しい調子で言う黄泉川。
「それは、あの……」
対して、固法の方は途端にしどろもどろの調子になる。
「何だか突然サラサラヘアーの美青年が乱入してきまして……」
『美青年?』
「う、嘘じゃないですよ!? その人が、突然店員達を伸しちゃって、その上色々壊しちゃって……で、ですから顧客リストは私のせいじゃ……」
『――その、サラサラヘアーの美青年だがな』
黄泉川が、固法と同様困惑した様子で告げる。
「聴取したバイトの子の話では、そいつに経理担当の男の所在を聞かれたらしくてな、店長に引っ張られて車の運転手をさせられてるみたいだと答えたら、車を追い掛けて真っ白いバイクで走り去っていったらしいじゃん」
青年は、先程楔で壁に縫い止めた店員に声を掛ける。
「ここの顧客リストって何処に保存されてるんだ?あぁ、ヤバい方のな」
「それ、は……」
声をすぼめ、渋る店員。
「あー、答えねーと、もうちょい押し込むぞ?」
店員の方へ歩いていき、適当な調子で楔に手を掛ける青年。
先程扉を吹き飛ばした程の力を用いれば、店員の首は容易く飛ぶだろう。
無論、従業員だからと言って、比喩でも何でもなく。
「そ、そこにあるパソコンだ! こっち用の客のデータは、店のパソコンには保存されてない! そこのパソコンだけだ!」
「バックアップは?」
「け、経理担当の男が! 店のデータは全部そいつが!」
「そいつはさっき逃げた中に?」
「いや、いない! こっちの仕事は任されてないんだ!今は表で店長の代わりに指揮を執ってる!」
「りょーかい」
青年はそう言うと、少しだけ楔を押し込んで、店員を気絶させる。
そして、
ゴンッ! と、先程と同じように出現させた白い物体をVIPルーム内に置かれているパソコンにぶつけ、ぐちゃぐちゃにぶっ潰した。
「ちょ、ちょっと何やってるのよあなた! その中に入ってる顧客リストがあれば、事件に関与してる人間を一網打尽に出来たのに!」
思わず、固法は叫んでしまった。
「あ?」
青年がこちらを向いた。
その表情は、まるで今初めて固法の存在に気づいたかのようだった。
この様子では、もう一つのベッドの上でこちらを見ているもう一人の少女のことについては、完全に眼中にないだろう。
その、なんと言えばいいのか――青年の何の気のなさ、或いは興味のなさに、ぞわりとしたものを感じつつも、一介の風紀委員として、青年から目を逸らさないで答えを待つ固法。
すると、
「だから、一網打尽にされちゃ困るんだよ。ま、困るのは俺じゃねーんだけど」
青年はやはりどうでも良さそうにそれだけ言うと、経理の男ねー、と呟きながら店内に戻って行った。
「……………と、大丈夫?」
我に返った固法は、まず風紀委員の使命として、乱暴をされたと思しき少女の元へ駆け寄る。
「あ……はい」
心ここにあらず、と言った感じで頷く少女に、
「良かった……もう大丈夫だから」
と優しく声を掛けて抱きしめる。
背中を数回叩くと、ようやく状況が呑み込めたのか、すすり泣きを始める少女。
(警備員に連絡して、店長達を追いかけるように言わないと……現行犯逮捕は無理、パソコンも壊れちゃったけど、この部屋を探せば流石に証拠は出てくるだろうし)
思い、ちょっとごめんね、と少女に告げて、固法は倒れている男のポケットからイヤホンマイクを取り出す。
『おい固法! 応答しろじゃん! 固法!』
スイッチを入れると同時に聞こえてきた女性警備員の大音声に、固法は冷静に答える。
「すいません、黄泉川さん。めいでぃあは黒です。店長以下、店員数名が逃走しました、確保をお願いします。あと、VIPルーム内で少女を一人保護しました。それに加え、気絶させられていますが、現行犯が二人いますので、数人こちらに派遣して下さい」
『了解。外からも異常はわかった。逃走中の店長が乗ってるらしき車は部下に追わせてるじゃん。しかし固法。二人気絶って、何やってるじゃん? お前の役目は偵察じゃん。そこまで危険を犯す必要は無い、むしろ命令違反じゃん』
厳しい調子で言う黄泉川。
「それは、あの……」
対して、固法の方は途端にしどろもどろの調子になる。
「何だか突然サラサラヘアーの美青年が乱入してきまして……」
『美青年?』
「う、嘘じゃないですよ!? その人が、突然店員達を伸しちゃって、その上色々壊しちゃって……で、ですから顧客リストは私のせいじゃ……」
『――その、サラサラヘアーの美青年だがな』
黄泉川が、固法と同様困惑した様子で告げる。
「聴取したバイトの子の話では、そいつに経理担当の男の所在を聞かれたらしくてな、店長に引っ張られて車の運転手をさせられてるみたいだと答えたら、車を追い掛けて真っ白いバイクで走り去っていったらしいじゃん」
「何なんだ!? 何なんだよあのバイクは!?」
大型バンに乗り込み、店から逃れためいでぃあファーストれっすんの店長と店員達。
警備員の車両は早々に撒いたのだが、後からやってきた白いバイクがずっとバンに張り付いている。
どうやら警備員ではないようだが、それにしたってバンを、つまりは犯罪者たるめいでぃあ一行を狙っているのは瞭然だ。
「店長!逃げ切れねーっすよ!」
後部座席に座る店員の1人が、悲痛な声を上げる。
すると、
「――だったら構わねえ。撃っちまいな」
助手席に座る店長が低い声音で呟くように命令した。
「い、いいんですかい?」
「構わねえさ」
「へ、へい!」
店長の声を受けて、懐から銃を取り出した店員。
彼は後部座席の窓を開けると、身を乗り出し、後方を走行する白いバイクに狙いを定め、数発の弾丸を撃ち込む。
しかし――
「な、何で弾かれんだよ!?」
そんな声が、車内に響く。
「馬鹿かお前は。タイヤを狙え。そうすりゃ否が応にもすっころぶだろ」
「だから、やってるんすよ!」
「あぁ?」
「タイヤを狙って撃ってるのに、全部弾かれるんすよ!」
「……んだと?」
店長は訝しげな顔をしつつ首を回し、ここで初めてミラー越しではなく直接白いバイクを視界に収めた。
「んだありゃ……」
店長は知った。
そのバイクの異常なまでの白さ――即ち、機体のみならずタイヤやハンドルに至るまでその全てが白く塗りつぶされていることを。
「あのふざけた白いタイヤ、弾丸を弾くんすよ! なのに鋼鉄って訳でもねぇ……つーかそんなんだったら走れる訳ないですし」
「弾丸を跳ね返す鋼鉄の強度と、ゴムの柔軟さを併せ持った物質だとでも言いてぇのか?ふざけんな。……おい、銃貸せ」
「へ? どうする気っすか?」
混乱しながらも座席越しに店長に銃を譲る店員。
「おかしなマシンに乗ってるようだが、だったら本体を直接叩きゃいだろ」
銃を受け取った店長は、バイクに乗る人物に照準を合わせると、躊躇なく引き金を引いた。
しかし、それでも――
「マジでどうなってやがる……」
バイクの男に銃弾は効かなかった。
白いスモークガラスのようなものがバイクの風防に当たる位置に出現し、バイクの男の顔面に迫ってきた弾丸を弾き飛ばしたのだ。
無論、防弾ガラスなどというちゃちなものではないだろう。
何しろそのスモークガラスのようなものには、銃弾を受けてなお、罅一つ入っていないのだから。
「くっそ……」
苦々しげに店長が呟くと、
「店長、店長!」
隣、即ち運転席の方から声を掛けられる。
そこにいるのは経理の男。
裏の仕事には関わっていないため、事情はまるで理解できていないだろうが、店長には驚くほど従順なので、いざという時の捨て駒も兼ねて強引に運転を任せたのだ。
「前! 信号赤ですよ! 追いつかれちゃます!」
この緊急時にそんな間抜けなことを言うのは、やはり事情を理解していないが故だろう。
「あぁ? ぶっちぎんだよ豚野郎」
「ぶ、豚野郎!? い、いいです店長! もっと! もっと罵って!」
よくわからないことを喚きながらアクセルを踏む経理の男。
バンは車が高速で行き交う十字路交差点に猛スピードで突っ込んだ。
車列が乱れる。
嵐のようにクラクションが鳴る。
しかし、奇跡的にバンは他の車に接触することなく交差点を抜けた。
どころか、
「こいつぁいい。上出来だ」
先の交差点では車が玉突き事故を起こし、完全に道路を塞いでいた。
これでは白いバイクも足止めを食らうことになるだろう。
車に比べて身軽である故に、隙間を縫えば通れないこともないだろうが、それは致命的なロスタイムになる。
もたもたしている間にバイクを振り切ることが出来るはずだ。
店長が確信したその時、
「店長ぉぉ!!」
またも後部座席で声が上がる。
今度は即座に後ろを振り向く店長。
そこには、
「どんだけとんでもなんだよあの野郎は……」
車の塊が道路を塞いでいる手前に聳え立つ、歩道橋程の高さのある純白のジャンプ台があった。
そしてそのジャンプ台を駆け上がるバイクが一台。
――件の白いバイクだ。
それは、ジャンプ台の頂上まで登り切るとそのまま空に躍り出た。
まるで天舞うペガサスの如し。
一体どんなメルヘンだ、と突っ込む間もなく、白いバイクは『バンの頭上を飛び越えた』。
大型バンに乗り込み、店から逃れためいでぃあファーストれっすんの店長と店員達。
警備員の車両は早々に撒いたのだが、後からやってきた白いバイクがずっとバンに張り付いている。
どうやら警備員ではないようだが、それにしたってバンを、つまりは犯罪者たるめいでぃあ一行を狙っているのは瞭然だ。
「店長!逃げ切れねーっすよ!」
後部座席に座る店員の1人が、悲痛な声を上げる。
すると、
「――だったら構わねえ。撃っちまいな」
助手席に座る店長が低い声音で呟くように命令した。
「い、いいんですかい?」
「構わねえさ」
「へ、へい!」
店長の声を受けて、懐から銃を取り出した店員。
彼は後部座席の窓を開けると、身を乗り出し、後方を走行する白いバイクに狙いを定め、数発の弾丸を撃ち込む。
しかし――
「な、何で弾かれんだよ!?」
そんな声が、車内に響く。
「馬鹿かお前は。タイヤを狙え。そうすりゃ否が応にもすっころぶだろ」
「だから、やってるんすよ!」
「あぁ?」
「タイヤを狙って撃ってるのに、全部弾かれるんすよ!」
「……んだと?」
店長は訝しげな顔をしつつ首を回し、ここで初めてミラー越しではなく直接白いバイクを視界に収めた。
「んだありゃ……」
店長は知った。
そのバイクの異常なまでの白さ――即ち、機体のみならずタイヤやハンドルに至るまでその全てが白く塗りつぶされていることを。
「あのふざけた白いタイヤ、弾丸を弾くんすよ! なのに鋼鉄って訳でもねぇ……つーかそんなんだったら走れる訳ないですし」
「弾丸を跳ね返す鋼鉄の強度と、ゴムの柔軟さを併せ持った物質だとでも言いてぇのか?ふざけんな。……おい、銃貸せ」
「へ? どうする気っすか?」
混乱しながらも座席越しに店長に銃を譲る店員。
「おかしなマシンに乗ってるようだが、だったら本体を直接叩きゃいだろ」
銃を受け取った店長は、バイクに乗る人物に照準を合わせると、躊躇なく引き金を引いた。
しかし、それでも――
「マジでどうなってやがる……」
バイクの男に銃弾は効かなかった。
白いスモークガラスのようなものがバイクの風防に当たる位置に出現し、バイクの男の顔面に迫ってきた弾丸を弾き飛ばしたのだ。
無論、防弾ガラスなどというちゃちなものではないだろう。
何しろそのスモークガラスのようなものには、銃弾を受けてなお、罅一つ入っていないのだから。
「くっそ……」
苦々しげに店長が呟くと、
「店長、店長!」
隣、即ち運転席の方から声を掛けられる。
そこにいるのは経理の男。
裏の仕事には関わっていないため、事情はまるで理解できていないだろうが、店長には驚くほど従順なので、いざという時の捨て駒も兼ねて強引に運転を任せたのだ。
「前! 信号赤ですよ! 追いつかれちゃます!」
この緊急時にそんな間抜けなことを言うのは、やはり事情を理解していないが故だろう。
「あぁ? ぶっちぎんだよ豚野郎」
「ぶ、豚野郎!? い、いいです店長! もっと! もっと罵って!」
よくわからないことを喚きながらアクセルを踏む経理の男。
バンは車が高速で行き交う十字路交差点に猛スピードで突っ込んだ。
車列が乱れる。
嵐のようにクラクションが鳴る。
しかし、奇跡的にバンは他の車に接触することなく交差点を抜けた。
どころか、
「こいつぁいい。上出来だ」
先の交差点では車が玉突き事故を起こし、完全に道路を塞いでいた。
これでは白いバイクも足止めを食らうことになるだろう。
車に比べて身軽である故に、隙間を縫えば通れないこともないだろうが、それは致命的なロスタイムになる。
もたもたしている間にバイクを振り切ることが出来るはずだ。
店長が確信したその時、
「店長ぉぉ!!」
またも後部座席で声が上がる。
今度は即座に後ろを振り向く店長。
そこには、
「どんだけとんでもなんだよあの野郎は……」
車の塊が道路を塞いでいる手前に聳え立つ、歩道橋程の高さのある純白のジャンプ台があった。
そしてそのジャンプ台を駆け上がるバイクが一台。
――件の白いバイクだ。
それは、ジャンプ台の頂上まで登り切るとそのまま空に躍り出た。
まるで天舞うペガサスの如し。
一体どんなメルヘンだ、と突っ込む間もなく、白いバイクは『バンの頭上を飛び越えた』。
「…………は?」
飛び越える――つまりはバンより高速で飛ぶなど、あり得ない話だろう。
ただでさえ坂を登っていて速度は落ちているはずである。
ジャンプ台に加速装置でも付いていない限りは、どうしようと不可能だ。
だが、その不可能を可能にして、白いバイクはバンの眼前に着地した。
この時も、地面に白く薄いマットのようなものが出現し、それが全ての衝撃を吸収したが如く――それこそやはり天馬が地上に降り立つが如く――静かに接地する。
白いバイクは、バンの行く手を遮るように道路の真ん中に横向きに停車した。
「て、てて、店長……」
半泣きの経理の男が、アクセルを踏む足を緩める。
「何やってんだクソ豚! 突っ込むんだよ! あんなバイク如き、何てこたぁねぇ!」
「で、でも……」
人を轢くことに抵抗があるのだろう、珍しく口答えする経理の男。
「グズグズすんなカス!」
店長は助手席から足を伸ばし、男の足ごとアクセルを思い切り踏み抜いた。
「あ、あー!!! もっと! もっと僕を踏んでぇぇぇぇぇ!!」
絶叫する経理の男。
猛進する大型バン。
動かない白いバイク。
飛び越える――つまりはバンより高速で飛ぶなど、あり得ない話だろう。
ただでさえ坂を登っていて速度は落ちているはずである。
ジャンプ台に加速装置でも付いていない限りは、どうしようと不可能だ。
だが、その不可能を可能にして、白いバイクはバンの眼前に着地した。
この時も、地面に白く薄いマットのようなものが出現し、それが全ての衝撃を吸収したが如く――それこそやはり天馬が地上に降り立つが如く――静かに接地する。
白いバイクは、バンの行く手を遮るように道路の真ん中に横向きに停車した。
「て、てて、店長……」
半泣きの経理の男が、アクセルを踏む足を緩める。
「何やってんだクソ豚! 突っ込むんだよ! あんなバイク如き、何てこたぁねぇ!」
「で、でも……」
人を轢くことに抵抗があるのだろう、珍しく口答えする経理の男。
「グズグズすんなカス!」
店長は助手席から足を伸ばし、男の足ごとアクセルを思い切り踏み抜いた。
「あ、あー!!! もっと! もっと僕を踏んでぇぇぇぇぇ!!」
絶叫する経理の男。
猛進する大型バン。
動かない白いバイク。
そして――
「がぁぁぁぁぁ!!!???」
前方に突如出現した白い壁にバンは正面から激突し、店長以下バンの乗組員達は衝突の衝撃に脳を思い切り揺さぶられることとなった。
「こ、これが顧客リストです……」
とある廃ビルにて、経理の男が白いバイクの男――垣根帝督にノートパソコンのディスプレイを見せる。
「本当にこれ以外にバックアップはないんだな?」
「あ、ありませんよぅ! 嘘じゃないですから殴らないで! 僕は男に殴られるのはいやなんだよぉ!」
泣きながら懇願する経理の男。
垣根は、『未元物質』の壁によってバンの乗組員達を全員を無力化した後(エアバックが作動したため死者は出なかった)意識の有る者に経理の男が誰かを強引に聞き出し、その男の荷物ごと誘拐してきたのだった。
垣根は男の見せた顧客リストの中からある人物の名を探し出し、その人物に関する情報を全て削除した。
ある人物――それは今回の仕事の依頼人である。
どうやら警備員の上層部に位置している男らしく、組織のトップにありがちな話だが、彼は違法な風俗――つまりはめいでぃあファーストレッスンに入り浸っていた。
しかし今回その店が警備員に目を付けられ、潜入捜査まで始まってしまった。
自分がその店を利用していた痕跡を消そうにも、立場上前線に立つことの出来ない依頼主は、警備員の誰より先に顧客リストを手に入れ改竄するなど出来るはずもない。
そこで、その代わりの役として垣根を雇ったのだ。
「んじゃま、お前はこれ持ってどっか行きな」
垣根は依頼人の情報だけを抜いたデータを一応コピーした後、ノートパソコンごと経理の男に返す。
膨大な顧客リストだ。
1人抜けたところで分かりはしまい。
「逃げ……どうして?」
困惑する男。
「他の連中はまぁ無理だが、お前は実際連中のやってたことに関わってた訳じゃねぇんだろ? だったら、この情報と引き換えにお前は逃がしてやろうってことだよ。依頼主の温情に感謝するんだな。ほとぼりが冷めたらまた店を開いたっていい」
「ほ、ホントに……」
「あぁ」
「あ、あ……ありがとうございます!」
叫ぶように言いながら、経理の男は一目散に廃ビルから逃げ出した。
「っと、これでひとまず終わりか……」
無論、逃がす云々は方便である。
いや、一旦見逃すのは本当だが、あの男には依頼主が別の監視を付けることになっている。
先程状況を依頼主に伝えると、そのような指令が返ってきたのだ。
前線に立たない依頼主が顧客リストを発見したなどと警備員に提出すれば、どこで手に入れたと疑われるのは必至。
ならば一旦逃がし、しばらくしてから再び捕まえれば、犯人や違法風俗店の顧客を逃がしたという汚名も返上できる、という魂胆なのだろう。
(ま、依頼主のプライベートなんて興味ねーや。保険のコピーした顧客リストを所定の場所に置いて以来終了だな)
思い、ふとズボンのポケットから携帯を取り出す。
真っ金々の、ともすれば悪趣味と言われかねない折りたたみ式携帯を開き、現在時刻を確認する。
「3時、か……。データを置いて、それから向かっても……下校時刻には間に合うな」
そう言って。
垣根帝督はこの日初めて、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
とある廃ビルにて、経理の男が白いバイクの男――垣根帝督にノートパソコンのディスプレイを見せる。
「本当にこれ以外にバックアップはないんだな?」
「あ、ありませんよぅ! 嘘じゃないですから殴らないで! 僕は男に殴られるのはいやなんだよぉ!」
泣きながら懇願する経理の男。
垣根は、『未元物質』の壁によってバンの乗組員達を全員を無力化した後(エアバックが作動したため死者は出なかった)意識の有る者に経理の男が誰かを強引に聞き出し、その男の荷物ごと誘拐してきたのだった。
垣根は男の見せた顧客リストの中からある人物の名を探し出し、その人物に関する情報を全て削除した。
ある人物――それは今回の仕事の依頼人である。
どうやら警備員の上層部に位置している男らしく、組織のトップにありがちな話だが、彼は違法な風俗――つまりはめいでぃあファーストレッスンに入り浸っていた。
しかし今回その店が警備員に目を付けられ、潜入捜査まで始まってしまった。
自分がその店を利用していた痕跡を消そうにも、立場上前線に立つことの出来ない依頼主は、警備員の誰より先に顧客リストを手に入れ改竄するなど出来るはずもない。
そこで、その代わりの役として垣根を雇ったのだ。
「んじゃま、お前はこれ持ってどっか行きな」
垣根は依頼人の情報だけを抜いたデータを一応コピーした後、ノートパソコンごと経理の男に返す。
膨大な顧客リストだ。
1人抜けたところで分かりはしまい。
「逃げ……どうして?」
困惑する男。
「他の連中はまぁ無理だが、お前は実際連中のやってたことに関わってた訳じゃねぇんだろ? だったら、この情報と引き換えにお前は逃がしてやろうってことだよ。依頼主の温情に感謝するんだな。ほとぼりが冷めたらまた店を開いたっていい」
「ほ、ホントに……」
「あぁ」
「あ、あ……ありがとうございます!」
叫ぶように言いながら、経理の男は一目散に廃ビルから逃げ出した。
「っと、これでひとまず終わりか……」
無論、逃がす云々は方便である。
いや、一旦見逃すのは本当だが、あの男には依頼主が別の監視を付けることになっている。
先程状況を依頼主に伝えると、そのような指令が返ってきたのだ。
前線に立たない依頼主が顧客リストを発見したなどと警備員に提出すれば、どこで手に入れたと疑われるのは必至。
ならば一旦逃がし、しばらくしてから再び捕まえれば、犯人や違法風俗店の顧客を逃がしたという汚名も返上できる、という魂胆なのだろう。
(ま、依頼主のプライベートなんて興味ねーや。保険のコピーした顧客リストを所定の場所に置いて以来終了だな)
思い、ふとズボンのポケットから携帯を取り出す。
真っ金々の、ともすれば悪趣味と言われかねない折りたたみ式携帯を開き、現在時刻を確認する。
「3時、か……。データを置いて、それから向かっても……下校時刻には間に合うな」
そう言って。
垣根帝督はこの日初めて、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。