とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-827

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匿名ユーザー

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「……邪魔だわ」
 目の前に転がっている死体を見て、美琴――――いや、現実殺し(リアルブレイカー)が言った。


 現実殺しは、美琴の体で謎の建物に入った。
 その建物に入るには、必然的に死体を排出し続ける窓口から中に入らなければいけないのだが、さすがに現実殺しもそんなことはしない。
 きょろきょろと辺りを見回し、やっぱこれしかないの?と呟きながらその建物の壁に手を当てた。
 瞬間、

 建物の壁が、まるで存在そのものが元からなかったかのように、消滅した。

 現実殺しは、それによって出来た建物への進入口をくぐり、建物の中に入った。
 ……のだが、
「……邪魔だわ」
 ということなのである。




「ってか、こんな数の人間、どうやって集めてるのかしら?」
 現実殺しが、この大量の死体を見て得た感情は、それらしい。
「……クローン技術、か?でもこんなところにそんな高技術を持った奴がいるわけもなさそうだし」
 現実殺しは独り呟きながら、足を進める。
 その死体の出所を目で辿ると、開けっ放しにしてある扉が目に入った。
 その扉はすでに人間の血と肉やら何やらで腐敗しており、赤ん坊がバンバンたたいただけで崩れそうな状況である。
 ……のにもかかわらず、何がどうなっているのか、高速で死体を吐き出し続けているその扉は、『今にも崩れそう』という現状を維持していた。
「超能力、かしらね」
 現実殺しの知る限りでの神や遣いには、このようなことが出来るものはゴチャマンといるが、わざわざそんなこともする必要もないだろうと踏んでそう結論付けた。
 その扉に向かって現実殺しは歩くが、その扉の向こう側に何があるのかは、埋め尽くされている死体だけで何も分からない。
「面倒ねぇ……」
 転がるように流れていく死体を蹴散らしながら、現実殺しは扉へと向かう。
と、そのとき。

「……」

 現実殺しの、退屈そうな表情が、ほんの少しだが変わった。
 その退屈そうな顔を少しだけ動かし、自分の右腕を見つめる。
 すると、常盤台中学の制服の肩の辺りが丸焦げになり、美琴の肌が露出されていた。肌のほうはまったくの無傷で、きれいな肌色を放っているのだが。
「……誰かしらね?私に攻撃を仕掛けてくるなんていう、馬鹿にもほどがあるお馬鹿さんはぁ?」
 愉快そうな口調で現実殺しは言うが、顔は相変わらず退屈そうだ。
 と、その現実殺しの顔がある一点を見つめて止まった。
 それは、
「……ふぅん。そゆこと」
 大人数の大能力者(レベル4)の集団だった。



 どうして、私はあんなことを思っちゃったんだろう? と、今更ながら考えてみる私。
 私は、消えたあのとき、『別に自分がいなくなってもいい』と思った。思ってしまった。
 なんでだろ? と、笑いながら考える。
 とても、儚すぎる笑みで。

 と、そう思っていたのだが……
「……、って、はあ? ……」
 少し考える。
 私はあの時、りあるぶれいかーとか意味分からないことを言う女に、意識を消されたはずだ。
 なのに、今、私には意識がある。だからこそこうやって考えることが出来る。
「……いったい、何が……?」
 と、また考え込む私に、

「おお、やっと気づいたか、超電磁砲(レールガン)」

 まるで、天から直接脳に響いてくるような声が、はっきりと美琴に届いた。
 思わず身構える美琴。
 だが、冷静になってみれば、
 そもそもここがどこだか、分からなかった。

 辺りを見回せば、一面に広がる、ただただ真っ白な空間。
 虚無。自然と、美琴の脳裏にそんな言葉がよぎった。
「虚無とは……また違うだろうな? むしろ無限だと、私は思うぞ」
 また、同じ声が響いた。
 しかし、もはや美琴はそれに動じなくなった。今さっきもこんなことがあったからだ。立て続けにこんなことばかり起こっていては、さすがに耐性がつく。つけたくてつけたわけじゃないのだが。
「……アンタは、何者……? さっきのりあるぶれいかーとか名乗ってた奴の、仲間なの……?」
 美琴は、声の主にそう聞いた。何故だかは分からない。だが、聞いてしまったことはしょうがないだろう。
 相手は、少し時間を空け、答える。
「……同種、というのが正解だろうな。仲間ではない。目的は同じだが」
 ……美琴には、それが何を意味するのか、まったく分からなかった。
 が、

現実殺し(リアルブレイカー)。幻想殺し(イマジンブレイカー)。敵対する神。現実護手(リアルガードナー)。現実殺しに対応する神。現実操者(リアルコントローラー)。現実(リアル)の神を融合させた神。幻想護手(イマジンガードナー)。幻想殺しに対応する神。現実護手に敵対する神。幻想操者(イマジンコントローラー)。幻想(イマジン)の神を融合させた神。現実操者に敵対する神。
竜王封じ(ドラゴンセプト)。竜王を封じるために、神浄の討魔に創られた神。竜王滅相(ドラゴンキラー)。竜王を滅するために、神浄の討魔に創られた神。竜王封じに対応する神。
神浄の討魔。現在は上条当麻に宿る、かつて――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
だった存在。
竜王。自身をエイワスと名乗り、かつて―――――――――――――――――――――――――――

「ぅ、が、ヵ、ア、ア、ぁ、……」
 美琴が、その頭を必死で抑える。
 しかし、
「ア、ア、ああ、ああ、ア、ぁ、ぁあぁあアア……」
 その手の力が弱まり、美琴の行動が止まった。

 そして、
「…………………………………………………………………………………………………………………ぁ」
 その、瞳孔が真っ黒に染まった目を見開き、
 次の瞬間、

「ア、ア、ア、ああ、ア、ァァァァァァァァァァァァァぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあっっっっっっっっッッ!!!!!!!!!!!!!!!??????????????」
 この世のものとは思えない、すさまじい『何か』を叫んだ。



 ひとしきり叫び、肩で息をして髪を振り乱している美琴に、また声がかかった。
「大丈夫か?今お前に消えられても困るのでな、超電磁砲(レールガン)」
 また、脳に直接響いてくるような声だ。
 美琴は、まだ全然息が整っていない状態でも、そいつに問う。

「……さっき、私の頭に、流れ込んできた『アレ』は……何」

 それが、一番聞きたかった。
 現実殺し(リアルブレイカー)、幻想殺し(イマジンブレイカー)、竜王封じ(ドラゴンセプト)、竜王滅相(ドラゴンキラー)。
 それら、全てが、まるで―――
 と、そこで、
「ああ、あれか……そうだ、お前が感じているとおり」
 なぜかそこでそいつは一度言葉を切り、

「大体は、御坂美琴と、上条当麻を表す言葉だぞ」

 美琴は、それを聞いても、まだそれが理解できなかった。
(……だって、そ、それじゃぁ……わ、たし、は……)
 まるで、美琴の芯となっていた物がきれいさっぱり抜かれたように、美琴の身体中から力が抜けていく。
 今度はあの時とは違い、実際に倒れこんだ。地面なのかもよく分からない場所に。
 だが、そんな小さなことなど美琴の心には無かった。
 今一番重要なのは、
(……私は、現実殺しを――――――――――――――。
 そして、何よりも……)
 自分の事などではなく、

(……『アイツ』を殺すために生まれてきた、って事)
 上条当麻のこと。
(……ハッ。しかも、アイツもアイツで凄いことなってるわね)
 もはや笑えてくるほど、上条が抱えるものは、あまりにも大きすぎる。
 美琴の抱えているものでさえ、超能力者(レベル5)をとある神を押さえる『一時的な蓋』としてしか機能させないほど大きなものだった。さらに、竜王封じという馬鹿げた限定の神さえも抱えている。
 しかし、
 それでも、上条の抱えるものは、美琴のものを凌駕していた。
 いや、それはもはや凌駕というレベルではないかもしれない。
 神浄の討魔という、かつてエイワスから神上と呼ばれた存在を抱え、そして物心ついたときから幻想殺しという他の神さえも寄せ付けないほど絶大な力を持つ神を抱え、そして竜王滅相というこの世界を左右しかねない、重要な役割を担う神も抱えている。
 そして、このまま行けば、上条の抱えるものはさらに増えていく。

 それは、もはや世界そのものを抱えてしまうほどに。

(……馬鹿げてる)
 直感的に、美琴はそう思う。
 美琴の頭に流れてきた情報を正しく解釈すれば、先ほどの事実は仕方ないといえる。
 しかし、それでも美琴は、それが嫌だった。
 上条が抱えきれない存在を抱えて生きていくのを見るのが、嫌だった。
 そして、いずれ訪れる『上条当麻』という存在の消滅を感じるのが、嫌だった。
 なにより、
 それら全てを、笑顔で受け入れるであろう、上条当麻が―――

「好き、なのよ……それでも、この世界を滅ぼすかもしれない、あいつのことが……ッ!!!」



 その言葉の後は、美琴がただうつむいているだけの時間が過ぎていった。
 その沈黙を破ったのは、姿を現さない謎の声のほうだった。
「……やはり、か……私にはお前たちの心が読めるが、その気持ちだけは理解しがたいな」
 謎の声が、うつむいたままの美琴に向けて言葉をかける。
 それに美琴は顔を上げ、
「……やはり……? お前、たち……?」
 意味が分からなかった。ただでさえ混乱している頭の中、そんな言葉の意味は。
 しかし声の主は、なんの気なしに答える。
「ああ、一度それを違うものから聞いたのでな。どうせこうなるだろうと思っていたのだ」
「だ、誰よ、それ」
 美琴が、かなり戸惑いながら聞く。
 すると声の主は少し考えるように間を空け、そしてこう言った。

「現実殺し(リアルブレイカー)」

 瞬間、
 今度こそ、美琴の脳が真っ白になる。
 あいつは、それこそ本当に上条を殺すために生まれてきたのだ。
 それなのに、あいつは―――
「……あいつ……現実殺しの目的は、何」
 まるで美琴のほうが上であるかのような態度で、美琴は謎の声に聞く。ある程度落ち着いてきたようだ。
「それはもとよりこちらから話そうと思っていたことだ。しかし、その前に私の紹介を済ませたほうが、何かとやりやすいだろう?」
 それはそうだ、と美琴は思う。誰だって、見ず知らずの宇宙人と会話などしようとは思わないだろう。美琴はそれを続けてきたわけだが。
 と、やはり声が言ったことは正しいのか、まるでこちらの心が読めているかのように声は言った。
「宇宙人、か。はは、妙にリアリティのある言葉だな、こんな存在同士の会話の中では」
 おそらくそいつが人間の姿を持っていたら、確実に苦笑いするような笑い声を漏らす謎の声。
 そして、そいつはそれを止めて自分の存在を告げる。

「私は、神浄の討魔に創られた神―――竜王封じ(ドラゴンセプト)だ」

 かなり重要そうなことを告げられたはずなのに、美琴はそれを『ふーん』と、興味なさそうに受け止めた。
 仕方ないだろう。まずもって事情を知らないものはリアクションのしようがないし、事情を知るものが聞けば予想通り、といったところだ。
 やはり声の主……竜王封じもそれを予想していたのか、やはり苦笑するように声を漏らし、こう続けた。

「さて、まずはお前の存在について話し合うとするか、超電磁砲(レールガン)?」
 と、まるで美琴の意見を聞いているような口調で言う竜王封じ。
 美琴はそれに不快感を感じながらも、素直にこう告げる。
「いいわよ別に。もう理解したわ、さっきの訳の分からない現象で、ね……てか、さっきの現象のほうから説明してもらいたいわよ、私としては」
美琴は、疲れたような表情で言う。
「ふむ、さっきのアレか……別に特別なことは起きてはいないのだがなぁ?」
 竜王封じが、少し困ったような声で言った。
「アレで、特別なことは起こってない、ですって? あんたらにとっちゃそうなのかもしれないけどね、私はあんたらとは違うのよ。ちゃんと説明しなさい」
 美琴が、もはや竜王封じが『……これはこれで面白いなw』と言うほどの強気な態度で説明を求める。
「本当になんでもないのだがな。ただ、超電磁砲にもこの事実を知ってもらわなければならない状況になってしまったため、私がその事実をお前の頭に流したまでだが」
 いとも簡単に言って見せる竜王封じ。
 ……なんで私はこんなところにいるんだろ、と今更ながら実感する美琴が冷や汗をかいていた。



「さて、先の現象の理解は一通り済んだか?」
 竜王封じ(ドラゴンセプト)が美琴に聞いてくるわけだが、もちろん理解などできるはずもない。しかしどうせこれ以上聞いても理解できないだろうから、美琴は適当に先を促した。
「では、お前の存在について……は、もう理解が及んでいるとのことだったか?」
 竜王封じが聞いてきたので、素直に首を縦に振る美琴。
「ふむ、そうか……ではもう話の本筋についてだか、かまわんな?」
 やはりそれも頷いてみせる美琴。

「……では、今お前―――御坂美琴の身体に、何が起こっているのか、説明しよう」





「……もう超電磁砲と竜王封じがコンタクトを取っていますね……予想以上に早い」
 上条刀夜が、隣にいる御坂旅掛の方に顔を向けていった。
「まぁ、そこはさすがにうちの娘、ってとこか……意識を取り戻す速さが通常では考えられない」
「ここで使われる通常なんて言葉に、どれくらいの信憑性があるか、かなり疑問ですけどねw」
 旅掛の言葉を、軽く返す刀夜。
「さて、あちらではもう美琴の身体の説明が始まるっぽいし、こちらももう一度確認し直すとしますか」
 旅掛が、よっこいしょ、とその場から立ち上がっていった。

「まず、美琴の身体についてですが……美琴の身体は通常は超電磁砲……一般的に御坂美琴として認識されている存在が仕切っています。しかし実はその身体の内には『神』という存在が宿っていて、その存在も『御坂美琴』を象っている、というわけです」
 なぜか突然敬語になった旅掛の説明に、ふんふん、と分かりきった説明にも頷いてくれる刀夜。
 それになぜか旅掛は微笑み、話を続ける。
「そして今までは超電磁砲として生きてきた美琴ですが、つい先ほど『神』、現実殺し(リアルブレイカー)と意識が混濁し、現実殺しにその身体の主導権を奪われてしまいました。現実殺しは美琴の肉体を操り、超電磁砲は美琴の意識の中に留まっています」
「簡単に言えば、超電磁砲と現実殺しの立場が逆転した、ってことでいいんですよね?」
 ええ、と旅掛は刀夜の言葉を肯定する。
「表側の御坂美琴は現在、垣根聖督の本拠地内に居ます。そして大量の大能力者(レベル4)と交戦状態……まぁ、美琴の身体を操ってるのは現実殺しですから、その力を使えば万が一にでも怪我は負うことはないでしょうね」
 おっそろしいなーww、とずいぶん軽い調子で言う刀夜。自分もその『おそろしい』存在だからだろうか?
 「そして超電磁砲は今現在、竜王封じとコンタクト状態にあります。おそらく主導権は竜王封じが持ってるでしょうね。会話の内容は御坂美琴にまつわることや、神について、あとは……」
 とそこで旅掛は一度言葉を切り、『?』という表情の刀夜の顔を覗き込む。
 そして少し笑い、

「……上条当麻君について、ですかね」

 ……と沈黙をつくる刀夜。
 とそれに旅掛が慌てて、
「あ、いえ、別に美琴が自分で選んだことなんですから、刀夜さんがどうとかじゃないですよ? ただ事実を事実として自分は伝えたかっただけで…その、決して嫌味とかそういう意味ではないですから」
「いや……自分も別にそうとは思いませんでしたけどね。ただ息子がそういう立場に立つのを、ちょっと……」
 旅掛の弁解を聞いてもあまり反応せず、複雑な表情を見せる刀夜。
 ……これじゃやるにやれないじゃないか、と旅掛は思う。といってももうあらかたの復習は終わったのだが。
「……さて」
 と、まだ考え込むような表情を保ち続けている刀夜を尻目に、旅掛が言った。
「……うまいこと運んでくれよ、俺の娘にかかわることならすべて、な……」
 もはや傲慢、などというレベルでは収まらないほどの衝撃発言を、旅掛はあっさりした。



「……わっけ分からないわね」
「そうすぐに理解されても、こちらが困る」
 先ほどの刀夜たちと大体同じような会話をし終えた美琴たちは、また次の討論を始める。
「まず、分からないことを順々に消化していくから」
「……不思議に、お前が私より位が高いように喋っても違和感がないな……」
 竜王封じ(ドラゴンセプト)が、美琴の態度を見て笑う。
 そんな竜王封じを軽く無視して美琴は言う。
「まず、アンタは具現化とかして私に見えるような姿にはなれないわけ?」
「……これまた唐突だな。何故だ?」
「話し手とはお互いを確認できていたほうがいいでしょ。それに相手が確認できないと、いろいろと緊張するから」
「ふむ、私がお前を殺す、とでも?」
 竜王封じが、興味深そうに美琴に聞く。
「ありえないわけではないでしょ」
「確かにありえないわけではないが、それをしても私にはむしろデメリットしかない」
 そう言ってから、また続ける竜王封じ。
「それに、もし私がお前に殺意を抱いているとして、お前は私の姿を確認できていればそれを止められる、とでも?」
 黙りこむ美琴。
 今までは自分が上のように振舞って主導権をとろうとしていたが、やはりどうやったって主導権はあっちにあるのだ。それをいまさら改めて感じさせられただけのことだ。
「……まぁ、なんだっていいのよ。とりあえず私は『神』っていうあんたらの存在についてもっと知りたい……ってかもっと知らなくちゃいけない。視覚からの情報も例外ではないわよ」
「だから情報を得たところでどうにかできると考えているのか……?」
「どうにかできないんだったら、別に姿を現してもいいはずよ?」
「……本当に面白いな、超電磁砲(レールガン)は……」
 どうやら、竜王封じが折れたようだ。
「まるで対等の存在と会話しているような気分にさせられる……現実殺し(リアルブレイカー)以外にこんなものを感じたときはなかったな……」
 竜王封じがそういってる間にも、もう美琴の前にぼんやりとした影が出来始めている。
(……そういえば、神って人間の姿はしていないはずよ、ね……? なんか獣みたいな……え?)
 いまさらになってちょっとうろたえ始める美琴。
 しかしそんな美琴の諸事情を無視し、ずいぶんとあっさりとした演出で竜王封じは美琴の前に姿を現した。

 思いっ切り人間の姿で。

「はえ?」
 思わず、そんな間抜けな声を出してしまう美琴。
「? 何か不満か?」
 そう聞いてくる竜王封じの姿は、本当に人間そのものだった。
 20代後半っぽさそうな顔立ちで、身長は175程度。少し痩せてはいるのだがどこかしっかりとした雰囲気を放っていて、その凛と整った顔にある目からは、何か強い意志を感じる。
 その顔をよく見てみると、それはかなりおかしいところがあった。まず、アジア系の顔立ちをしているのにもかかわらず肌は全面的に色白、鼻は高くて目の色は蒼だ。髪は……銀髪と白髪の中間、といったところか?
 まず、普通の人間と比べてみたらかなりおかしいとは思うのだが……
 そもそもこいつは人間なんかじゃないのだから、そんなことはどうでもいい。
「何で人間じゃないアンタが、人間の格好をしているのよ?」
 ルックスもかなり良いのでそこらにいる女性ならば一目惚れしてもおかしくなさそうなのだが、美琴はまったくそんなものを感じず言った。
「ん? お前も人間の姿をしているものと対話したほうが気持ちいいだろう?」
「そりゃ、分けわかんないグチャグチャなのよりは数倍ましだけど……」
 なんと説明すればいいのか迷っている美琴を見て、竜王封じがポンと手を打った。
「ああ、神である私が何故人間の姿をしているのか、ということか?」
「そ、そういうことよ」
 美琴がそう答えると、やれやれといった表情で竜王封じが言った。
「まず聞くが、神と人間、どちらのほうが高位だと思う?」
「……そりゃ、あんたらのほうなんでしょ?」
「その通りだ。なら」
 そこで一度竜王封じは言葉を切り、
「上の存在が下の存在に合わせることなど、別に造作もないことだろう?」
 それに美琴は、あっさりと納得してしまう。それは美琴が超能力者(レベル5)である事が大きく関係していることだろう。
「ってか、気づかないほうがおかしいわね、こんな簡単なこと」
 まったくだ、と同調してくる竜王封じに、美琴はやっと緊張の糸が解けていくのを感じた。理由はないのだが。



「……で、何の話だったっけ」
「忘れるな」
 美琴のボケでありそうで実際のところ本心の言葉を、竜王封じ(ドラゴンセプト)はあっさりツッコむ。
「そもそも、お前が『私の分からないことから順に説明してもらうから』のように言ったのだぞ? 当の本人が忘れてどうする」
 ああ、そうだったわね~w、とあっさり美琴は意見を翻す。
 そして、ある程度まじめな顔になり、言った。
「じゃ、次よ。
 私は今まで14年生きてたわけだけど、その間、今日みたいなことが起こったためしは一度もなかった……はずよ。それなのに、何で今日になって突然そんなことが起こったの?」
 はず、と付け加えたあたり、竜王封じや現実殺し(リアルブレイカー)なら、ただの人間の記憶操作くらいわけなくしそうだ、と美琴が思えるようになったのが伺える。臨機応変なのか、それともあっけらかんなのか。
 その質問に、やはり竜王封じはあっさり応えた。
「そのことについてか。
 簡単に言えば、貴様の存在そのものが薄れたため、私たちの『御坂美琴』を支配するパーセンテージが上がったのだ。そして現実殺しがお前とコンタクトを取り、お前の身体の主導権を奪ったまでだが」
「ちょい待ちなさいよ。アンタのその言い草だと、いくらでも止められた……っていいたそうなんだけど?」
「ふむ、別にそのようなことは意識していなかったのだがな。結論を言えば、おそらく私では現実殺しと真正面からぶつかったら勝てないだろう。あくまで『私』は、であり『私レベル』の存在なら勝てるはずだが」
 その物言いに、美琴はあきれたようにため息をつく。
 だがそれと同時、竜王封じが神浄の討魔に生み出された理由を思い出し、仕方ないかと割り切ってしまった。
「んじゃ、それについてはいいわ……っていきたいところなんだけど、まだ引っかかるところがあんのよ」
「わざわざもったいぶらなくていい。さっさと話せ。意外に時間がないんだぞ?」
 いつもの美琴なら、その瞬間光速で進む電撃を放っていただろうが、相手が相手なのでやらない。というか、おそらくやったところで意味がないだろう。
 またため息をつき、仕方ないな、という表情で話し始める美琴。なぜかそれに竜王封じもため息をついていた。
「じゃあ、その『私』の存在が薄れた理由ってのは何よ? その『私』は『超電磁砲(レールガン)』のことでしょ?」
「もちろん、超電磁砲の存在が、だ。そして、超電磁砲の存在が薄れた理由は」
 とそこで竜王封じが一度言葉を切る。人にもったいぶるな、っていっといて自分はいいのかよ、と思わず美琴は悪態をつきそうになるが、すんでのところで留める。

「狂乱能力(バーサークスキル)が、その原因だ」

 その、もったいぶっていた言葉を言い放つ竜王封じ。
 しかし、美琴はそれに反応していない。いや、出来ていない。先ほどの脳に流れてきた情報には、そんな単語は含まれていないからだ。
「……含まれていなくて当たり前だ。結局は人間の作ったものなど、我々が感知する必要はない」
「私にはその必要があんのよ。さっさと教えなさい」
 もはやお前はそういうキャラなのか? と首をかしげる竜王封じが、面倒くさそうに説明を始めた。
「狂乱能力。それはある『区間』を示している言葉だ。その区間とは、お前の意識が現実殺しと混濁し始めたところから、お前の意識が途切れるまでの範囲だ」
 結構丁寧に教えてくれる竜王封じだが、美琴は意識が混濁しているときの周りの風景なんて覚えていない。というか、あんな状況だったら誰だって周りになんか意識は行かない。
 しかし、理解は出来たので、美琴は竜王封じに先を促す。
「狂乱能力がもたらす影響は、
『記録したAIM拡散力場の保持者の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)をかき乱し、その範囲にいる間は能力を使用不可能にする』
というものだ」
 なんだそれは、と美琴は思う。
 そんなもの、おそらく学園都市の研究者を総動員したって何年かかけないと完成できなさそうな代物だ。
 それをあんな広範囲(おぼろげな記憶だが)に渡って展開させるなど、明らかに普通の技術ではない。
 そこで、
「……その狂乱能力ってのに、あんたらは関わってないわけ?」
 一番ありえそうなことを、美琴は竜王封じに問う。
 そして、竜王封じはいつものように、あっさりとそれを返した。

「ああ、我ら神の一種なら、その作成に加担しているが?」



「……」
 改めて『神』がどうたらこうたらとか言われると、さすがの美琴もすぐには対応できなくなる。
 そんな硬直状態の美琴を見て、竜王封じ(ドラゴンセプト)が先に口を開いた。
「ああ、この神は言っておくがかなりの上位種だぞ? 超電磁砲(レールガン)ごときではどうあがこうが傷ひとつつけられん……いやそもそも、存在を認知できるのかすら怪しいところだな」
 すらすらと言い放つ竜王封じ。
 それに、美琴はやっと口を開く。
「……たかが人間の能力を封じるためだけに、上位種の神が汗くせ働く、と?」
「あいつの場合は、だな。あいつにしてみれば、貴様ら人間が重要な『鍵(キー)』になっているのだから、このあたりで何か仕掛けなければ、もういろいろと手遅れになる」
 その手遅れ、という言葉については、まだ美琴は知らされていない。知る必要がないからか、または知られては困るからなのか。後者はあまり考えられないと思うが。
 とりあえず、美琴は竜王封じに飽き足らずに問う。
「その『神』ってのは?」
「……だから、情報を入手したところでどうにもならん、と言っているだろうが……」
 そう言いながらも、結局のところ教えてくれるのだから、竜王封じの性格が把握しづらい。
 竜王封じが言い放った言葉は、やはり美琴には理解が出来なかった。

「統べる者……統司者(ヴェーラー)だ」

「……はっ、神のくせして者扱いね……何を考えているんだか」
 その言葉の意味を正確に把握していないからこそ、美琴は強気な発言が出来ている。
 その言葉の意味を知ったとき、どうなるのかは美琴自身にも分かってはいないが。
「……で? そいつの役割やら能力は?」
「……もうさすがに教える気はない。これを教えてしまえば、これからの活動に支障が出るかも知れんしな」
「これからの活動……って聞いてないわよ」
「当たり前だ。まだ教えていない」
 やっぱりこいつのこと好きになれないってか今すぐにでもぶっ飛ばしたいわ、と心の中でそう呟き、美琴はあくまで笑顔のまま(と本人はそう思っている顔)で竜王封じに問う。
「なんなのよ、その支障って。そしてその今後の活動ってのは?」
 さすがに嫌気がさしてきたな、と竜王封じは美琴と違って言葉に出してから、その質問に応える。
「貴様に教えたとすれば、統司者のあまりの力に戦う気を削がれたりなんだりする可能性もあるし、単純に統司者がこちらを敵対視して攻撃してくるかも知れん。そういうことで貴様に教えるわけにはいかん]
 ああはいはいそうですかそうですか、と美琴は今度は自分でも自覚して心底いやそうな表情をつくって言う。そして、戦う気がどうのこうの言ってたような気もしないでもないが、あえてそこは無視する。
 そして美琴は聞いた。
「んで? その今後の活動ってのは?」
「……貴様、何を言っている?]
 は? と逆に美琴は聞き返す。こちらが聞いているはずなのに、逆に聞き返されたからだろう。
「……重要なところで何かが抜けているな、貴様……」
 余計なお世話よ、と言う美琴の言葉を完全に無視して、竜王封じはこう言う。

「貴様は永遠にこの世界にいてもいい、とでも考えているのか? 先ほど言った神浄の討魔……いや、上条当麻のことが」



「黙りなさい」
 結構重要そうな発言途中に、顔を赤らめた美琴が指先から電撃を放った―――
 つもりだった。
「え?」
 美琴の華奢な指先からは、電流などかけらも出ない。
「え、何これ? どうなってんのよ」
 竜王封じを今度は美琴が丸っきり無視して、一人で能力をどうにかして発動させようといろいろ試す美琴。
 そんな美琴を、自分の発言を途中で止められ、『自分が言う分には良くて、他人に言われるのは悪いのか……分からん』と大方乙女心の1%も理解していないであろう竜王封じが、大いに不機嫌な声で言った。
「貴様、忘れたのか? お前は狂乱能力によって存在が薄れて、現実殺し(リアルブレイカー)に乗っ取られたんだぞ? なら、まだ能力が使えるはずがなかろう」
「いや当たり前のことを言うように言われても困るから。ッつか大体、地球とこの世界じゃ、なんか物理法則とかまるっきし違ってたりしないわけ? 地球とおんなじなら、まぁそれも納得は出来るけど」
 美琴が、能力を使用できないことが理由か、妙に焦って早口で言う。
 それに、やはりやれやれ、といった感じで竜王封じは言う。
「物理法則が丸っきり違っていたりなどしたら、まずそもそもお前の身体は成りたたんだろう。それこそ塵になってたり、わけの分からん単細胞生物のようになっていたりな。しかしお前の身体が存在しているのだ、この世界の物理法則が地球と変わっていないことぐらい、少し考えれば理解できるだろう? これくらいすぐに理解できねば、今後の戦いは相手のやりたい放題だぞ?」
「……いろいろと言ってやりたいことがいくつもあんだけど。とりあえずひとつでいいわ」
 だけど上条ならこれくらい、なぜか理解できたりするしな……あれ、まさか私、あいつより頭悪い? とか一人で悩み始める、230万人中第3位の頭脳を持つトンデモ少女。
「……おい、私が貴様の脳に無理矢理介入して、今後のことについて無理矢理頭にねじ込んでやってもいいんだぞ?」
 この声のトーンだと真面目にやりかねないわね、と少し美琴は危機感を覚えて、とりあえず意識を内側から外側に向ける。
 そして、美琴は聞きたいことを聞く。もはやどっちの立場が上とか、そういうことは両者の間には関係ないことのようだ。
「今後の戦い……とか言ってたけど、そりゃもちろん私の戦いのことよね。で、これももちろん、戦う相手は普通の人間じゃない……またはそもそも人間じゃなかったりする存在、よね? まず、これはあってるのかしら?」
 ああ、あっているが? と不思議そうな声で逆に聞き返してくる竜王封じ。
 それに美琴は、やっぱり神とかいう奴には人間のことは分からないのか、と適当に決め付け、
「そんな相手に、私を戦わせるつもり? 戦ったところで、時間稼ぎにもならないでしょうが」
「おお、今の自分の立場をちゃんと理解していたか。安心した」
 そんなモン理解しているわよ、とやや怒りのボルテージがさすがに上がってきた美琴を見つめ、竜王封じは口元を引きつらせ、言った。

「……もちろん、そのつもりだぞ? 現実殺しとの混合を果たしたお前、だがな、戦ってもらうのは」




 やはり、死体。
 結局のところ、現実殺し(リアルブレイカー)がなんともなしに立つその場所は、それで埋まっていた。
「……手応えどころの話じゃないわね。何なのあのクズ。最初、よくあんな数そろえられたなって思ったけど、あんな低レベルじゃぁそりゃ集められるわよねぇ」
 まるで、誰かに話しかけるようにペラペラ喋る現実殺し。

 周りに転がっているのは、全員大能力(レベル4)の能力者だ。
 しかし、現実殺しには、傷一つ付いていない。当たり前といってしまえば当たり前だが。
「……つっても、流石に統司者(ヴェーラー)の指し向けではないでしょうね……こんなザコで私がどうこうなるとは思ってないでしょうし」
 ッてか、あいつだったら自分から殴りこみに行きそうだけど、と現実殺しは呟く。
 その現実殺しの周りに転がっているのは、普通の死体ではない。
 圧殺。斬殺。刺殺。絞殺。窒息、溺死、爆殺、ショック死安楽死大量出血撲殺変異死体突殺感電死……
 おそらく、寿命や病気などといった、自然に起こる死亡原因以外の全てが、この場所に集っていた。なかには、身体は見たところおかしくないし、健康そうなのにピクリとも動かない者もいる。
「ッてか、くっさいわね……肉が焦げた匂い、かしら? ああ、誰かを焼死させた覚えも……ないや」
 いちいちそんなこと覚えてらんないわよ、とでも言いたげな表情で首を振る。
 そして、今一度、あの扉を見つめた。
 自分が殺したことにより生まれた死体ではなく、また違う何かの原因によって死亡した、大量の死体が流れ出てくる扉を。
「……なぁ~にか、ありそうよね……まぁ、なくても別に良いけど」
 そういう軽い気持ちで、現実殺しはその扉へと歩を進める。
 そして、金属製のドアノブに手をかけ、グルリと回そうとした、
 その時。

 ギィィン!!

 と、金属と金属を撃ち当てたような音が、一帯に響いた。
「……何よこれ」
 いかにも不機嫌そうな声で、現実殺しは『音の原因』を見つめる。
 それは、
 ドアノブに突き刺さった、一本の金属矢だった。
 いや、突き刺さった、という表現は定かではない。
 正確には、『出現』という現象だろう、今起こったのは。
「…………」
 無言で、辺りを見回す現実殺し。
 が、唐突に天井を見上げる羽目になる。もちろん、現実殺し自身はそうしようと思った覚えはない。
 何者かに倒された、ということが起こったのか、と現実殺しは考える。
 だけど、あれはなんか違う感じがするな……一瞬、宙に浮いた後、落下した気が……と、現実殺しは特に危機感を覚えることもなく考える。
 すると、
 今度は、転がったままで無防備な美琴の身体の上に、何者かにのしかかられた。
 いや、やはりこれもそれは正確ではないだろう。若干、体重をかけることを躊躇している感じがする。
 誰だこのクソ馬鹿は、と現実殺しはそいつを確かめるために顔をそちらへと向ける。
 そして、見えたのは、

「……何が起こったんですの、お姉さま」

 一人の、とてもだが現実殺しと相対できるとは思えない、か弱い少女だった。



 確か……と、現実殺し(リアルブレイカー)は『御坂美琴』の記憶を探る。
「……ああ、アンタ白井黒子、って言ったっけ。大能力(レベル4)の空間移動者(テレポーター)?」
 な、にを……と、白井が口ごもる。
 当然だろう。つい先ほどまで普通に会話していた少女に、まるで初めて出会った人間と会話するように話されているのだから。
 白井は黙り込み、美琴の身体を少し強く押さえつけた。
「……そういう趣味があった奴だったわね、そういえば」
「何があったんですの」
 美琴の口から発せられた言葉を、白井は丸っきり無視して現実殺しに聞く。普通ならまずありえない情景だろう。
 それに現実殺しは、
「……何があったか、ね。元からこいつはどうにかしてたってのに、それにアンタが今更気付いただけよ?」
 そう言う。
 次の瞬間、
 ギンギンギン!!
 という甲高い音が、連続して鳴り響いた。
 現実殺しが音のほうに首を巡らすと、美琴の常盤台中学の制服に、先ほどの金属矢が何本か突き刺さっていた。
 それに現実殺しは、呆れたように息を吐く。
「……これくらいじゃ、超電磁砲でもどうにかできるわよ。ってか、服を裂けばいいだけの話じゃない」
「あなたは誰ですの?」
 またもや現実殺しの声を無視し、白井が早口にそう聞いた。その声は、どこか緊張しているようにも聞こえる。
 その言葉に、現実殺しは少しだけ顔を引き締め、
「あんたには関係のないことよ。どうしてもって言うんなら教えてやってもいいけど、その後どうな――――」
 その言葉を現実殺しがとぎらせた原因は、白井にある。

 白井が、美琴の腕の関節を極めているのだ。

 その白井は、驚くほど無表情にこう言う。
「……関係のないこと、ですって……? 何を言ってるんですの…明らかにお姉様が普通ではないことに巻き込まれているというのに、私が関与しないとでも思ってるんですの!?」
 気持ちが荒れているためか、日本語としておかしい部分がかなりある言葉。
 だがしかし、それは同時に白井の気持ちを表していた。

 御坂美琴をどれほど大切に思っているか、という気持ちを。

「……思ってみれば、アンタはあの状況下で、私に接近してきたわけよね」
 現実殺しが言っている、『あの状況下』とは、現実殺しを中心として形成されて死体が溢れている、あの状況のことだろう。
 しかし白井は、その死体の中心に立つ現実殺しに、すぐさま接近、接触した。
 恐怖しないわけがないのに。
 迷わないわけがないのに。
 危険を感じないわけがないのに。
 つまり、それは、

「……アンタにとっちゃ、自分のことよりも、超電磁砲(レールガン)のほうが大事、ってことでいいのね?」

 現実殺しの真剣みが篭った問いに、白井は特に考えることなく、ええ、と即答する。
(……これが、あの女を取り巻く環境なのかしら……)
 それだったら、私はとんでもなく悪いことをしてるんじゃないかしら、と現実殺しは思う。
 だが、
「……悪いけど、そう言うんなら……消えてもらうわよ」
 それでも、立ち止まるわけにはいかない。
 この白井の気持ちを叩きつけられても、それでもなお歩み続けるだけの理由が、現実殺しにはあるのだ。
 だから、最後に、あくまで確認程度に言った。
「もう一回聞くけど……アンタ、この場からすぐに消えないと、この世界から消えるわよ?」
 空間移動者の白井なら、この場からいなくなることくらい造作もないだろう。
 しかし白井は、微動だにしない。
 一歩も動かない。
 恐怖しないわけがないのに。
 迷わないわけがないのに。
 危険を感じないわけがないのに。
 白井は、一歩も動かなかった。
(……そう、それがあなたの答えね)
 お互いによく知っている間のはずなのに、白井も現実殺しも、何も分からない状況。
 だが、現実殺しはその状況で分かった。白井の気持ちを。
 それを踏みにじるわけにはいかない。
 だから、

「……それじゃ、消えてもらうとするか」


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