とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-839

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匿名ユーザー

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 ……と、美琴は沈黙する。
 そして、竜王封じ(ドラゴンセプト)にこう言った。
「言ってる意味がさっぱり分からないわ」
「安心しろ、すぐに理解でき―――ん?」
 自分の言葉を、途中で区切る竜王封じ。
 ? という表情の美琴を無視し、竜王封じは目を閉じ、精神を集中させるように身体を強張せる。
「……何やってんのよあんた。今は時間がないんじゃないの?」
 その美琴の問いに、竜王封じは目を開ける。
 そして、

「ああ、無いな。お前にとっては、さらに時間が無くなっていく」

 はぁ? と美琴は、今度こそ不審者を見つめるような目で竜王封じを見る。
 だがやはりそれも竜王封じは無視し、早口でこう言った。
「貴様の後輩……白井黒子といったか。そいつが今、現実殺し(リアルブレイカー)と交戦中だ」
 ビクン! と美琴の身体が、電流を流されたように痙攣する。
 それを見て竜王封じは、
「さて、互いに急ぐ理由が出来ただろうから……手短に、要所要所のみを話すが、かまわないな?」
 その竜王封じの発言に、美琴は黙って頷いた。


「簡単に言うぞ。超電磁砲(レールガン)の力が弱まって現実殺しが御坂美琴の身体を乗っ取ることが出来たのならば、逆に現実殺しの力を弱めることで超電磁砲もその主導権を取り戻せるはずだ」
 竜王封じの言う、説明とやらの第一声だ。
 それに美琴は、早口言葉をそのまま言えそうな速さで言う。
「超電磁砲なんて貧弱な力じゃあいつには傷一つ付けられないわよね。なんか策でもあるわけ?」
「無いはずが無かろう」
 美琴の問いにそう答えてから、竜王封じはこう言った。
「私が、現実殺しの力を抑える。その間に、貴様は現実殺しと交戦、叩きのめす」
「本当にそんなことできるんでしょうね」
 美琴の問いには、不安はあまり感じられない。本当にそれが出来るか、ということにのみ注目しているようだ。
「さあな。おそらく私のほうは大丈夫だろうが、問題は貴様だ……だが運の良いことに、現実殺しは現在『外側』でも交戦中……といっても戦う、なんて表現はおかしいかもしれないがな」
「無駄なことは喋るな。さっさといいなさい」
 完璧な命令口調で言う美琴。しかし竜王封じも急ぎたいのは本心なのか、反論せず続けた。
「外側に意識が向いている今なら、多少なりともお前にも分が回るだろう……といっても、本当に勝てる可能性はごく僅か。私が力を抑えたところで、いいところで1%といったところだろう」
「それだけありゃ十分よ」
 わずか1%、と告げられたのにもかかわらず、美琴はあっさりとそれを受け止めた。
 そして、さっさと次のことについて聞く。
「で? 現実殺しとの交戦方法は、どうなってるのよ」
「……それに関しては全て私のほうで行う。おそらく交戦準備が整えば、ここの空間が歪むはずだ。それを合図にしろ」
 最初の僅かな沈黙は、美琴が戦うことについて確認を取ろうとしたゆえのものだろう。
 確認はとるつもりだったが、美琴の気持ちが手にとるように分かってしまっていたため、次の発言までのタイムロスが出来た。おそらくはそんなところだ。
 竜王封じは少し微笑み、そしてこう言う。
「では、最後に戦闘について、だ」
 美琴の顔が、さらに緊張する。
「まず、貴様についてだが……能力は相変わらず使用は出来ん。体術やらでどうにかするしかないな」
 改めて考えてみると、不利ってどころの話じゃないわよね……、と美琴はいまさら思う。
「対し、現実殺しだが……できるだけ力は封印するが、出来たところで6,7割だろう。相手はそれを全力に使用してくるはずだ。心してかかれ」
「心してかかったところで、どうにかなる相手とは思えないけどね」
 美琴はそう言いながらも、もう軽いストレッチ運動を始めている。
 それを竜王封じは、今度は複雑な表情で見つめ、こう言った。
「相手の能力は、簡単に言えば、なんでもありってものだ」
「わっけわかんない」
 口ではそう言う美琴だが、運動をやめる気配はない。
 その美琴が、竜王封じの視線に気付いたように顔を上げ、そしてこう言う。
「どうせ、このタイミングを逃せば本当に絶望的なんでしょ? それに、やるんなら早めにやっといたほうがいいじゃない」
 ……本当にこいつは、人間とは思えないな……竜王封じはそう思う。
「確かにな。だから、死ぬ気でやれよ」
「アンタもね」
 竜王封じは、その『強い』少女から背を向ける。
 そして、

「……我が力、汝のために…全て尽くそう」

 『神』が、『人間』にそう言った。




 わけが分からない、と白井黒子は思う。
 が、そんなことを考えている瞬間にも、その『わけが分からない』ことはすぐそばにまで迫ってきている。
「……ッ!!」
 白井は目を閉じ、精神を一度安定させてから空間移動(テレポート)する。
「意外に厄介よねぇ、それ。大技使うのも面倒だし」
 そういった少女の背後には、空間移動した白井がいる。
 にもかかわらず、その少女は、危機感というものを微塵も感じさせなかった。
「ふっ!」
 短く吐いた息とともに、白井の細い足が、美琴の足を払おうと動く。
 しかし、

 美琴の足に当たる前に、
 何か無機物のような物に当たった感覚で、白井の足が弾かれる。

「だから……体内に直接空間移動させなきゃ、まずアンタは勝てないわよ」
 呆れ半分、関心半分という表情で現実殺し(リアルブレイカー)が言った。
 そして、その少女の右手が白井に迫る。
 白井は、それを手で払おうとするが、
 美琴の細い腕に当たる前に、
 何かヌメヌメした感触の物体に囚われたかの『ように』、
 白井の腕が『何か』に掴まれた。
「まずは一本、かしら」
 面白くなさそうに現実殺しが言い、
 ゴキリ、
 と、白井の腕から、明らかな音がなった。
「ッ、つがぁ……ッ!!?」
 間接から伝わってくる痛みに、白井は叫びそうになるが、すんでのところで止める。
 自分の右腕を見ると、関節の先が右方向に曲がっていた。まず、この腕を動かすのは不可能だろう。
「あら、随分と余裕ねぇ……二本目いっちゃうわよ?」
「くっ」
 現実殺しの声に、白井はようやく外側に意識を移し、すぐさま空間移動を実行しようとする。
 が、
(……!! や、やはりこんな状態では、まともに空間移動など……ッ!!?)



 11次元を計算式に含んだ、超高密度な演算を必要とされる空間移動者(テレポーター)にとっては、痛みや不安、焦りは天敵なのだ。たったそれだけで、複雑な演算を不可能にしてしまうから。
 そして、空間移動できなくなった白井に、容赦なく美琴の拳が突き出される。
 白井は、それをとっさに後ろに倒れ込むことで回避する。
 それと同時、地に身体が付く前に、地面を足で蹴って現実殺しから距離をとる。
「……アンタ、まだ『距離を取れれば何とかなる』とでも思ってんじゃないでしょうね? こんな距離、超電磁砲(レールガン)でも何でもないでしょうよ」
 現実殺しは、肩で息をしている白井を見つめ、そして右手を縦に振るう。
 次の瞬間、
「!!?」
 その右手の動きに沿って、膨大な衝撃波が白井に襲い掛かった。
 白井はその場を右に飛んで回避するが、それでも攻撃は避けられない。
 その衝撃波が硬いアスファルトを難なく切り裂き、切り刻まれたアスファルトが華奢な白井の身体に降り注ぐ。
「……!」
 白井は目を閉じ、一瞬息を止めてから空間移動を実行しようとする。
 そして、
「……へぇ。まだできるのね、それ」
 自分の頭上に現れた白井を見て、現実殺しは少し興味ありげに言う。
 そんなうちにも、白井の身体は重力に従って現実殺しに突撃しようとする。
 が、
「だけど、女性が躊躇いなく下着を見せびらかすってのは……問題じゃないかしら?」
 あくまで『戦闘中』のはずなのに、現実殺しはそんなことを言う。
 そして、白井の身体が現実殺しに触れようとする。
 だが、
 トン、
 と、白井の足が、何か硬いものに当たったような感触を脳に伝えた。
(まず―――ッ!?)
 白井はそう思うものの、行動にはすぐには反映されない。
 そして、今度こそ白井の足が、きちんとその『硬いもの』にぶつかる。
 すると、
「がぁぁぁぁっ!!??」
 まるで、白井の運動全てを跳ね返したような衝撃が、白井の脚部にのみ集中した。
 その衝撃により、右のほうか膝の関節が、左のほうは足首が、両方とも『ゴキリ』という、すぐには機能しなさそうな音をたてた。
 そして、白井は受身も取れずに地面へと落ちる。
 それに白井は、ぐっ、といううめき声のみを上げる。
「……もう十分かしら?」
 そんな白井を、何の感情も篭っていない美琴の瞳で見下ろし、現実殺しは言う。
「ただの人間にしては、上出来すぎるわよ。さっきの大能力者(レベル4)なんて、あっさり全員私に殺されたし」
「…………」
 その言葉に白井は、何も言わない。もう、何かを発するほどの体力は、彼女には残っていないのだろうか。
「私も、一般人はこんなことに巻き込もうなんて思っていない。けど……」
 現実殺しは一度そこで言葉を切り、
「……あなた自身が、自分は関係者だ、と言った以上……手は抜かないわよ」
 そう言った現実殺しは、何が宿っているのかも分からない恐怖の右手を白井に差し伸べるように近づける。
 それに白井は、
 小さく、弱く、儚く、
 だが確実に、

「……こんなとこで……」
 死んでたら、いくつ命があっても、あのお姉様とは付き合えませんのよ、と言い、

 小さく、だが確実に微笑んだ。



「……なに?」
 現実殺し(リアルブレイカー)は、ただ疑問に思ったことを呟いた。
 そして、

 それは、白井が応えずともすぐに分かることになる。

「…………? 何か……」
 現実殺しは、白井に伸ばしていた手を止め、あたりをキョロキョロと見渡す。
 それを、顔だけ上げて見た白井は、
「……無駄ですのよ。『今は』まだ確認できるはず…ないですの」
「……まだなんか、手があるっていうのかしら……? それだったら、少し興味が沸くわねぇ」
 現実殺しはそう言い、そして、
「でも。私にとってその興味は、あなたの命よりかは軽いのよ」
 そう宣言し、一気に白井に右手を近づけた。
 だが、それを見た白井は、
 やはり、まだ笑っていた。
 そして、現実殺しの右手が白井に触れる、
 その一瞬前。

 ズオオォォォン!!
 と、象の太い泣き声のような音が、その『空間』そのものから響いた。

「……何?」
 そう言い、音の原因を探ろうとした現実殺し。
 その背に、
 考えられないほどの重量が襲い掛かった。
「ッ!!??」
 足を踏ん張り、倒れるのを防ごうとする現実殺し。
 しかし、それは一瞬と持たない。
 ズゴォガアァァァァァ!!!
 という壮絶な音を立てて、現実殺しにかかっている『質量』に押され、現実殺しは地に伏せる。
 が、やはりそれも一瞬と持たない。

 それでも勢いを失わなかった謎の重圧は、地に伏せた状態の現実殺しを強引に押し下げ、アスファルトそのものさえ突き破って落下した。

 そして、アスファルト、現実殺し、重量が運動を停止する音が白井の耳に届く。
 その音の大きさから、約10mあたりまではアスファルトを突き破ったのではないか、と白井は予想する。
「……しかしまぁ、よくもあんなた状態で『能力』が使用できたものですわねぇ……」
 死ぬ直前の人間が、妙な悟りを開くという話は、まんざら嘘でもないのかしら、と白井は思う。
 そしてなんとなく後ろを振り返ると、自分の足の数センチが宙に浮いている状態だった。
 つまり、後もう少しで白井も『あれ』に巻き込まれていた、ということ。
「……自分の能力に巻き込まれる能力者……話になりませんわね」
 そう言ってから、白井はその場から立ち上がろうとする。
 しかし、利き腕の右腕、そして両足が機能しなければ、そんなことはさすがに出来ないであろう。左手だけで白井の体重を支えられるほど、白井の左腕は鍛えられていないし、白井の体重もそこまで馬鹿ではない。
「……ここまで派手にやったんですから、誰かは来るはず……それまで大人しくしているとしますか」
 唯一動かせる左手を使って、何とか身体を反転させ、顔を天井に向けることが出来た。
 今考えてみると、あのときに能力を使用できたのは、もはや痛覚が麻痺したためではないだろうか、と白井は思う。現に今は、右腕、両足、その他もろもろの器官の感覚がない。
「あれだけの無理をこの身体でやったんですから……当分は空間移動はできないでしょうね」
 今は精神も落ち着いて、痛みも和らいでいるのだが、能力は使用できない。脳が疲労しきっているのだろうか?
 その脳を動かして考える。

 あのお姉様の体に向かって、全力で空間移動を実行させたことなど、今までにあっただろうか、と。

 そう、
 白井は、ただ己の能力を使って、空間移動を実行させただけだった。



 白井が、結標淡希―――座標移動(ムーブポイント)に負けて以来、彼女は普通じゃ考えられないほど努力していた。
 結標との一件の直後でも、看護士が心配するほどにリハビリに専念し、それ以外の時間帯では能力使用に関する書物を読み漁っていた。
 そして退院後は、死に物狂いで自分の腕を磨いていた。誰もそれは知ってはいないのだが、もしそれを知る者がいれば、白井を気絶させてでも病院に行かせようとするほどの練習をしていた。
 そこまでして白井が強くなろうとしていた理由は、

(……お姉様、本当にどうなさいましたの……?)

 御坂美琴のため、それだけだった。

 確かに、自分なんかがどんなに努力したって、美琴の力にはなれないのかもしれない。
 だが、だからと言って、何もせずに諦めることだけはできなかった。
 あの時―――結標の座標移動が白井を食い殺そうとしたとき、それを救ったのは一人の少女と一人の少年だった。
 白井は、少し動くことさえもできず、ただそれを見ることしか出来なかった。
 そんなのは、もう絶対に御免だ。
 ……いや、
 今度は、自分が御坂美琴を救うんだ。
 その、不可能という言葉しか浮かばない願いを白井は胸に秘め、今まで死に物狂いで鍛錬を積んできた。
 その鍛錬は、能力のみを強めるだけではない。
 その鍛錬は、体術のみを強めるだけではない。
 その鍛錬は、頭の回転を早めるのみではない。
 その鍛錬は、全てを強めるためのものだ。
 能力を、体術を、頭脳を、心を、身体を。
 その全てを白井は鍛え、そして今の結果がある。



 白井の空間移動は、今まで触れた物のみしか移動させることはできなかった。
 が、今回白井が行った空間移動(テレポート)は、今までのものとは少し違う。
 先ほど白井が空間移動を実行しようとしたとき、白井の身体は硬いアスファルトに触れていた。
 今までの白井では、それ全てを空間移動させることしかできなかった。そして、そこまでの重量は白井には空間移動できない。
 なので、白井はそれ『全て』を空間移動させたわけではない。
 白井が触れていたアスファルトの11次元ベクトルを計算し、空間移動させたい箇所のみを座標指定し、その指定したアスファルトのみを空間移動させたのである。
 白井が指定したアスファルトの座標は、ちょうど現実殺し(リアルブレイカー)が立っていた場所の数センチ下からのアスファルトだ。
 流石に、現実殺しが立っている場所からのアスファルトを空間移動させるわけにはいかない。それならば現実殺しはまっさかさまに落ち、さすがに何かのアクションをとってくるはずだからだ。それに、他者がその空間移動させたい物質に触れていると、計算式が異常なまでにややこしくなるのだ。
 なので白井は、美琴の体重を支えられるだけのアスファルトを残し、そこから数m下までのアスファルトを空間移動させた。
 そして、それが現実殺しに圧し掛かった。
 もちろん、かなり薄くなっていたアスファルトはその重圧に耐えられずに崩壊。
 そのままそのアスファルトは重力落下し、普通なら美琴の身体はアスファルトとアスファルトに挟まれて潰れていることだろう。
 が、
「……あのわけの分からない女なら、そんなへまはしない……はずですわよね」
 おそらく、あの女ならこの程度のことは防げたはずだ。
 今回は、あの女が白井に手を下そうとしていたときだったから、妨害されることはなかった。言ってみれば、あの攻撃はカウンターのようなものなのだ。カウンターが防がれたらたまらない。
 だが、現実殺しならカウンターは受けはするが、ダメージを逃がす程度のことくらいならやってのけるだろう。
 そう白井は踏み、全力で美琴の身体にアスファルトを落とした。
 まぁ、あれならどうしたって今すぐには動けないだろう。誰かが着たら救急車と救助隊でも呼んで、自分と美琴を救出してもらうか、と白井は考える。
「……ですが、本当にあの女は……」
 なんなのでしょうか、と白井は考える。
 少なくとも、あんな人格を美琴はしていなかった。だが、身体は美琴のものだったし、声も仕草も口調も美琴に似ていた。
 だが、やはり美琴とは決定的に違う。
 ならば、あの女は―――


「―――アンタに、そんなレベルのことを教えるわけにはいかないわね」



「…………」
 突然聞こえた少女の声に、白井はもはやまったく微動だにしなかった。
 白井の顔は上を向いているが、その声の主を確認することはできない。
 その声の主が言う。
「しっかしまぁ、よくもここまでできたものよね、ただの人間に……」
 スタッ、という着地するような足音が白井の耳に届く。
「流石に私にダメージを与えることはできないけど……下級神くらいなら、傷を負わせることはできるかもしれないわね、貴女」
 現実殺し(リアルブレイカー)の白井の名称が、アンタから貴女へと変わった。
 白井は、そのときにそんなどうでもいいことを考えていた。いや、それしか考えられなかった、という表現が正しいのだろうか?
 なんとかして白井がその声の方へと首を向けると、
 制服は所々破れたり、埃は付いてはいるものの、

 まったくの無傷の現実殺しが、そこにいた。

 その現実殺しが、ダメージを感じさせない口調で白井に言う。
「だけど、御坂美琴の記憶では、貴女は大能力者(レベル4)のはずよね……その貴女が、何でここまでのことをできたのかしら」
 まさか、これが『可能性』とでも言うつもりじゃないでしょうね、と誰への問いかけなのかも分からない言葉を付け加える現実殺し。
 それに白井は、
「……そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでしたわね」
「……気でも狂った? それとも、心理戦にでも持ち込むつもりかしら……」
 現実殺しがそう聞いてくるが、実際のところ白井にも意図は分からない。ただなぜか聞いていただけだ。
「…まぁ、貴女にはもう死んでもらうんだし、名前だけは言っておいてもいいのかもしれないわね、敬意を表して」
 だが、現実殺しはその白井の問いに応えようとする。それほどまでに白井を高く評価しているようだ。
 その御坂美琴の口が少し開き、そして、

『大体そこまでが限度だな、現実殺し』

 が、聞こえたのは美琴の声ではなく、男の声だった。
 それに現実殺しが、
「竜王封じ(ドラゴンセプト)? 何故、アンタが今出てくるのかしら……?」
『何故、と問われれば、時間だからだ』
(……なんですの、この声は)
 不意に聞こえてきた謎の男の声に、白井はやっとまともな精神を取り戻し、戸惑いを見せる。
「時間……? 知らないわよ、あんたの都合なんて」
『別に私だけの都合でもなくてな。超電磁砲(レールガン)の都合もあるし、世界の都合でもある』
「…れっ、超電磁砲……ッ!?」
 異次元の生物たちであろう二人(一人は確認できてはいないが)の会話の仲から、唐突に聞こえた馴染み深い言葉に、白井は過激に反応する。
『……ん? ああ、お前が白井黒子か』
「…………」
 絶句する白井。おそらくは先ほどの『超電磁砲』と同じ理由だろう。
「いいから、さっさと話を進めなさいよ竜王封じ。アンタは何がやりたい?」
 その白井を軽く一瞥し、しかしあまり気にも留めずに竜王封じに問いかける現実殺し。
『まぁ、ただの人間に我々が左右されるわけにもいかんしな』
 その謎の声に、白井は少し安堵する。やはりこいつらの世界に、自分は入っていないのだ、と。
 が、しかし、

『貴様と超電磁砲……まぁ、御坂美琴と戦ってもらう。今は【こっち】に戻れ』

 な……、と二人の少女が同タイミングで絶句する。
『おっと。反抗するなよ? 私もある程度お前の力を抑えてあるからな』
「くっ……でも、だからといって超電磁砲に私の相手が務まるはず……ッ」
『それはどうかな? 現にそこの白井という人間も、貴様に手傷を負わせることはできないようだったが、なかなか持ちこたえたじゃないか。それが超電磁砲相手、しかも環境は悪い……さて、どうなるかな?』
「何を戯けたことを!!」
『ならば、さっさとこっちに来て話を付けろ。まずはそこからだ』
 白井にはまったく理解できない話を二人の化け物は平然と行い、
 そして、現実殺しの身体がグラッと横に揺れた。
「……チッ。さっきのこいつとの戦いの途中に……」
『戦い、などというものでもなかろう。とりあえず、さっさと来い』
 その一言で、現実殺しがその場に倒れこんだ。
「………………」
 完璧な無表情になる白井。
『おっと、そういえばお前がまだいたな……私たちの都合に付き合わせてしまったようだ、すまない。だが、これ以上深追いする気なら、問答無用で殺す。今はおとなしくこの場から去れ』
 そんなことを言われ、その後はその声は一向に聞こえなくなった。


 そんな、一方的過ぎることが起こった直後、
(………何が)
 白井が考えていたのは、

「…何が、お姉様の身に起こってますの……?」




 グニャリ、と空間が歪む。
「……冷静に考えてみれば、どういう原理でこうなってるのかしらね?」
 一応竜王封じ(ドラゴンセプト)に言うつもりで聞いた美琴。
 が、しかし竜王封じは反応しない。
「やっぱり、あいつを抑えるのって、かなり手間取るもんなの?」
 実際そうだったら返事が返ってこない、ということを分かっていながら美琴はそう言う。
 そしてやはり、返事はない。
「……まぁ、いいか。そんなことを聞いてもどうにかなるわけでもないし」
 そこで、後ろを振り返って、

「アンタ―――現実殺し(リアルブレイカー)をぶっ倒すことのほうが、どう考えても優先されるわよね」

 それに現実殺しは、
「……はっ、ここに来て何でいきなりこんなことをしだすかと思えば」
 現実殺しが、嘲笑うように言う。
「超電磁砲(レールガン)意識を取り戻したから、私を倒そう……って、ただそれだけなのかしら。それだとしたら、竜王封じなんてのがアイツに勤まるとも思えないんだけど」
 確かに、現実殺しにそう言われればそう思ってしまう。
 美琴はそう感じたが、
「……だから?」
 そんなことよりも、数倍大事なことを口にした。

「知らないわよ、そんな『ちっぽけ』なもん。私がアンタを倒そうとしてる理由は、アンタが私の後輩に手を出したから―――ただそれだけよ」

 その美琴の言葉に、現実殺しが含み笑いをする。
「あら、本当にそうかしら? その感情が無いとは言わないけど、それ以上にデカイのがあるんじゃないの? 自分の身体を乗っ取られたとか、その状態で何人もの人間を殺し


「黙ってろッ!!!」


 現実殺しの言葉の途中に、美琴の怒鳴り声が割り込む。
 思わず現実殺しが言葉を中断すると、
「そうよ。私の身体を勝手にアンタに乗っ取られたのも、それは知らなかったけどその常態で何人もの人を殺したのも、そりゃもう怒りに怒ってるわよ」
 だけど、と美琴は続ける。

「…私にとってはそれ以上に、アンタがあの子に手を出したのと、アンタみたいなわけの分からない奴に無謀すぎる勝負を仕掛けた黒子のことを、それ以上に怒ってんのよッ!!」

 確か、前にもこんな台詞を言ったことがあったな、と美琴は思い出す。
 あの時は、相手に空間移動(テレポート)されて逃げられた。そして、それを黒子の奴が追いかけて、死ぬ寸前まで追い詰められた。
 そして、その黒子を救ったのは自分ではなく…アイツだ、美琴は考える。
 しかし、今この場にあの少年はいない。絶望に立ち向かえる、強い少年はいない。
 じゃあ、誰があの子を守る? 美琴はそう考える。
 おそらく現実殺しがまた美琴の身体を動かせるようになったら、今度こそ本気で白井を潰しにかかるだろう。
 そしてそれは、白井には絶対に避けられない。白井の今の状態は美琴には分からないが、万全だろうがなんだろうが、絶対に避けられないのは分かっている。
 じゃあ、誰があの子を守る?
「……さっさと始めるわよ」
 美琴は、低い声で現実殺しに言い、姿勢を低くする。

 自分の後輩を守るために。



 二人が、動き始めた。
「アンタには……一切の手加減無しよ」
 そう現実殺し(リアルブレイカー)は宣言した。
 瞬間、美琴は急に背筋に寒気が走り、とっさに右に飛ぶ。
 その一瞬後、

 グガァォ!!

 という、何かの叫びのような音が響いたかと思うと、
 美琴が一瞬前までいた、『空間そのものが喰われていた』。
「あら、はずしちゃった」
 当の現実殺しは、特に表情を作ることなくそう言う。
 そして、
「じゃあ、もう一回」
 右手を前に突き出し、握る。
 たったそれだけの動作で、また同じことが起きる。
 美琴は右手の動作が始まる前に駆け出していたので、その攻撃からは逃れられた。
 が、
(……なんでもあり、って言うけどね…ッ!!)
「能力封じられてるはずじゃ、ないのかしらっ!?」
 思わずそう叫んでしまう美琴。
 現実殺しは、その美琴を笑い、こう言った。
「そうよ? でも、これくらいのことはできる。あんた、私たちのことをちゃんと理解してるの?」
 口元を吊り上げ、今度は地面……と呼べるのか分からない、とりあえず足をついている場所を思い切り踏みつけた。
 何が起こるのかは美琴には想像つかなかったが、とりあえず思いっきり前へ足を踏み出す。
 そして、次の瞬間、
 ゴガン!
 という鈍い音が、美琴の後方からする。
 思わず美琴が後ろを振り返ると、
 自分の身体スレスレのところが、想像できないほど重いもので踏み潰されたかのように、ベッコリとへこんでいた。
 しかも、それはクレーターのようなへこみ方ではなく、性格に場所を指定したかのようなへこみ方だ。
 簡単に言えば、ある一定の線を越えればまったくへこんでなく、その線内は満遍なくへこんでいる、という状況。
 それに美琴は、反射的に足を止めそうになる。
 しかし、
「ほうら、次々」
 嘲笑いながら現実殺しがそう言い、次々と手を振り、次々と足を鳴らす。
 そのたびに、考えられない事象が美琴を襲う。
(なんなのよ、これ―――ッ!!?)
 まるで説明もなく、まるで理論もなく、ただ絶対的なチカラ……
 あの学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)でさえも、まだ説明できるチカラだった。まだ理論があるチカラだった。まだ、ほんの少しだけ攻略ができるチカラだった。
 だが、こいつのは、
 自身の能力を、6,7割は封じられているはずのコイツのチカラは、
(……どうすればっ、いいのよっ!?)
 ただ単に、絶対として君臨するチカラだった。
 美琴が知っている『人間』の中で、こんなのに勝てる存在は一人しかいないはずだ。
 一方通行でも、連続してやってくる攻撃に頭を使い過ぎ、そのうち計算ができないほどにまで疲労しきるだろう。
 学園都市第2位の未現物質(ダークマター)だったら、もしかしたら瞬殺されてしまうかもしれない。
 美琴に至っては、まず同じ舞台に立つこと事態が不可能であろう。
 だが、あの少年なら。
 あの、ただ一つのチカラしか持っていない、本当なら決して強くはない少年なら。
 こいつのことを、殴り倒せるはずだ。
(……でも、やっぱりあいつはここにはいない)
 目の前を見据え、思う。
(ここにいるのは、能力も無くしたただのガキの私と、一方通行でも歯向かえないような馬鹿げたチカラを持っている現実殺しとかいう名の神、という存在)
 だけど、と美琴は思う。
(だからといって……私がここで、引いて良い理由には、ならないっ!!!)
 キッ、と前を睨みつける。
 そして、

 やっと、ある違和感に気づいた。



 その、違和感とは、
(……何で、私はまだ死んでいない?)
 現実殺し(リアルブレイカー)のチカラは、やはりまだ理解できない。そもそも理解できるようなものではない気もするが。
 だが、そのチカラを持ってすれば、能力を使えなくなった美琴など瞬殺だろう。
 最初のあたりの攻撃は、美琴が前に駆け出すことで回避できていた。
 だが、それがもうおかしい。
 現実殺しなら、美琴の行動を先読みし、その地点に攻撃を加えることが出来たであろう。
 確かに、死と本当の意味で隣り合わせのようなところに攻撃されたが、そんなことをせずに一撃で美琴を殺せることができるんだから、手っ取り早く殺した方が得策だろう。
 そう考えた美琴は、
(私を……いたぶって殺すつもり?)
 違う、と美琴は首を振る。
 アイツは、そんな性格をしていない。そういうことを全くしないわけでもないだろうが、美琴のことをさっさと殺さなければいけない状況で、そんなことをする奴ではないはずだ。現実殺しの情報も、美琴の頭に流れ込んできたので彼女にはそれが分かる。
 が、
(じゃぁ……なんで私は、死んでいない?)
 現に、こうやって考え事をしているときに、一回も攻撃はきていない。今攻撃されたら、おそらくそれを避けることはできないはずなのに。
(私を殺すことに、躊躇いを感じている?)
 違う、と美琴は首を振る。
 ある程度は持っているのかもしれないが、大きな使命を持っているのならば、おそらくアイツはそれを無視することができる。
 ならば、
(何で、私はまだ死んでいない?)
 あの現実殺しは、無闇に殺しをするような奴ではない。だったら、美琴を殺そうとするのにも、それなりの理由があるはずだ。そこはまだ、美琴は知らないが。
 それなのに、何故アイツは私を殺さない? そう考える。
 そして、
「……分っかんないわ」
 馬鹿馬鹿しい、という表情で美琴は言い捨てる。
 そして現実殺しの方を向くと、

 考えられないほど、苦しそうな表情をしていた。

 な……、と美琴は思わずそれを凝視してしまう。
 それに対し、現実殺しは、
 自分を抱きしめるかのように腕を回し、何か呟いたかと思うと、足で思いっきり地面を踏みつける。
 それに美琴は、全く動かない。いや、全く動かなかった、という方が正しいのだろうか?
 だが、

 それでも、美琴にその攻撃は当たらなかった。

「……なんなのよ」
 美琴は、目の前の少女を見つめてそう言う。
 目の前にいるのは、自分と全く同じ身体を持った、けれど別次元の存在が。
 そいつは私を殺そうとしているのに、なぜかその攻撃は当たらない。
 それは、美琴の運動神経がいいとか、そういう問題ではない。当てようとしていないのだ、現実殺し自身が。
 何故。
 が、その時、

「……開…放、する……」

 現実殺しの、か弱く、そして考えられないほどのチカラを意味する言葉が発せられた。
 そして、


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