とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-905

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匿名ユーザー

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8月3日。午前7時。
 学園都市内にある、普通の学生の住む寮やアパートよりは充分豪華な、4LDKのとあるマンションの一室、そのキッチン。
 学園都市第二位の超能力者――垣根帝督は、そこに『未元物質』で作られたエプロンを着けて立ち、フライパンの上で肉と野菜を転がしていた。
「……てーとにぃ?」
 ふと、後ろから声をかけられ、垣根帝督はそちら――リビングと廊下とを隔てる扉を振り返る。
 そこには、日中の快活な様子とは180度違う、眠そうに瞳を擦り欠伸をする少女――垣根帝督の妹、垣根姫垣が立っていた。
「起きたか、ヒメ。おはよう」
「ん……おはよぅ。てーとにぃ」
「今日は友達と遊びに行くんだったか?」
「うん……そう」
「弁当は要らないんだよな?」
「うん……だいじょうぶ」
「りょーかい」
 簡単な挨拶を済ませると、再び調理に戻る垣根。
 そんな垣根の背中をぼーっ、と眺めていた姫垣だったが、リビングを抜け、てくてくと垣根の後ろへ近づいて来ると、
「私も手伝うよー」
 と眠た気な声を出した。
「いいって、朝は。お前寝起き弱いんだから。テーブル着いてろ」
 垣根が菜箸を振って諫めると、姫垣は、
「うー、ごめんねー」
 と声を漏らしながらリビングのテーブルに戻って行く。
 しかし次の瞬間、
「ふにゃっ!?」
 と奇妙な声がリビングから上がった。
「ヒメ!? どうした!?」
 フライパンを放っぽってリビングを勢い良く振り返る垣根は、床にうずくまっている姫垣の姿を発見した。
「……だ、だいじょうぶ。足……小指、ぶつけた」
 どうやらテーブルの足を誤って蹴ってしまったらしく、姫垣は涙目で右足の小指を揉んでいる。
「……ったく、おっちょこちょいだな、ヒメは」
 安堵半分、呆れ半分といった感じで溜め息を吐く垣根。
 それに対し、姫垣はぷぅっ、と頬を膨らませ、
「なんだよー。ちょっとぼーっ、としちゃっただけじゃん」
 と応える。
「ぼーっ、とねぇ。お前、昼間でも結構似たようなことするじゃねぇかよ。まぁそっちは、おっちょこちょいってか、そそっかしいのか。今日外だろ? お願いだから怪我して帰ってくるなよ」
 チン、とオーブントースターが音を立てるのを聞き、垣根はこんがり焼けたトースト二枚を取り出す。
「むぅー、しないよー。そもそもそそっかしくなんかないもん」
「あるって。ほら、いつだったか。公園でさ、茂みの向こうがちょっとした崖みたいになってるところ。遊んでるうちに、崖に気づかずに茂みの中にダイブしていって、2、3メートル落っこちたろ」
「そんなの学園都市に来る前の話だし。それに、あの時は怪我しなかったからいーじゃん」
「奇跡的に、な。ありゃラッキーだっただけだ。だから、もうそういう危ないことすんなって言ってんの」
 言いながら、調理を終えた垣根はフライパンの火を止め、皿に野菜炒めと先に焼き上げていた目玉焼きとを盛りつけていく。
「んー……あれ? てゆーかあの時って確か後から追いかけてダイブしてきたてーとにぃの方が、見事に地面に顔面から激突して痛みに地面を転げ回っていたような記憶が……」
「…………………………………………………」
 ピクリ、と垣根がおかずを取り分ける手が止まった。
 そして、
「…………………………………………………いただきます」
「え? ちょっと、ていとにぃ!? どうしてヒメの分の野菜炒めと目玉焼きも自分の皿に載っけてるのかな? ト、トーストまで!? あぁ! だめっ! ヒメのごはんがっ! ご、ごめんなさい! すいませんでしたっ! だから、朝ご飯返してぷりーずっ!!」




「っしょ、と。それじゃ、行ってくるね」
 寝間着から私服に着替え、玄関で靴を履く姫垣。
 先程までの寝ぼけたテンションは大分マシになったようだ。
「おぉ」
 垣根はそれをエプロンを着けたままの姿で見送る。
「あ、鍵ちゃんと持ってるか? 今日、もしかしたら帰って来た時俺いないかもしれないから」
「ん、持ってるよ。今日って、幻生さんのところだよね? あれ、でも確か午前中で終わるんじゃなかったの?」
「実験はな。その後、一つバイトが入ってる。そっちは終わる時間が分からない」
「りょーかい。……にぃの方こそ、怪我しないでよ?」
 垣根のバイトがマトモなものではないことには気づいているのだろう、酷く心配そうな声を出す姫垣。
 垣根はそんな姫垣の頭にポン、と右手を置いて、
「ん」
 と曖昧な返事を返す。
 それから、姫垣の私服姿に目をやり、話題を変えるように言う。
「……服、欲しいのあったら、言ってくれていいんだぞ」
 姫垣は、その快活な様子に似合った、Tシャツと薄手のカーディガンの重ね着にジーパンを合わせた格好をしているが、そのうちジーパンの方は垣根が穿いていた物のお下がりなのである。
「いいよ、このジーパン動きやすいし」
「つってもよ。お前、スカートとかあんまり持ってないだろ」
「いいって、必要ないし」
「……なら、いいけどよ」
 言いながらも、心の中で、何か理由をつけて新しい服をプレゼントしようと決める垣根。
 流石に買ってきたものまで拒否したりはしないだろうが、逆にプレゼントが自分の好みに合わないものであっても、それを隠して妹は喜んだ顔を見せるのだろうと思い、少し切なくなる。
「昼は、ファーストフードとかじゃなくて、どっかちゃんとしたところで食えよ。その分の金くらい別に出すから」
 せめてもとそれだけ言い、姫垣の頭から手を離す。
「うん。ありがと、てーとにぃ。それじゃ、行ってくるね」
 姫垣はくるり、と反転し、玄関の扉を開くと、垣根に向かって手を振りながら外へ出る。
 垣根は、そんな姫垣を彼女以外に対しては決して見せない綺麗な笑顔で送り出した。

「――あぁ、行ってらっしゃい」


「三沢塾……」
「そう、外じゃ結構な名門塾らしいよ」
 本日の実験を終えた後、研究所の一室で。
 『未元物質』の研究者――木原幻生は、垣根帝督に今日の仕事の説明を始めた。
「そこがねぇ、この都市にも進出してきているんだよ。愚かしいことに学園都市の技術を盗み出そう、なんてことを考えて、ね」
「……それを阻止するのが、今回の依頼ですか?」
 普段と異なり、敬語で話す垣根。
 無論、そこに尊敬などありはしない。
 あるのは警戒のみ。
 それは幻生も承知していることだろう。
 承知して――無視していることだろう。
「いいや、どうせここの技術を外に持ち出したところでどうしようもないさ、何も出来ない。問題はそんなことじゃないんだよ。彼らは半端に能力開発を知ったせいでそれを知る自分達は選ばれた人間だと思い込み――塾それ自体がカルト教団のようになってしまったんだよ。そして、崇拝の対象が欲しかったのか、力の象徴にしたかったのか……学園都市の能力者を建物に拉致監禁してしまった」
「能力者を……」
「姫神秋沙。霧ヶ丘女学院の生徒で、能力名は『吸血殺し』。まぁ、正確には『原石』なんだけどねぇ」
「『原石』?」
 耳慣れない言葉を聞き、思わず聞き返してしまう垣根。
「あぁ、初耳かい。『原石』というのは、そうだねぇ……簡単に言ってしまえば、『天然の能力者』みたいなものかな。能力開発を行わなずとも超能力に似た力を持つ異能者達。そしてその詳細は未だ解明されていない。……或いは『原石』にこそ絶対能力進化への可能性が有るのかもしれないね。『原石』のメカニズムを解明できれば……それを『超能力者』のメカニズムに組み込んで……」
 ブツブツと呟き続ける幻生。
 この老研究者は、絶対能力に対して異常なまでの執着を見せる。
 実験に付き合っているうちに分かったことだが、幻生にとっては、『未元物質』の研究もまたただ絶対能力者を生み出すための手段にすぎないのだ。

 ただひたすら貪欲に。
 他のあらゆる事を切り捨てて。
 ――ふと、それを自分にとっての垣根姫垣と比べてしまい、吐き気がするほどの気持ち悪さを感じた。

「……幻生さん。それで、依頼は結局何なんですか?」
 垣根はそう言って幻生の呟きを強引に中断させる。
「ん、あぁ。そうだね、三沢塾を潰す、と言った感じかな。とりあえず塾長以下首謀者の抹殺。ついでに『吸血殺し』の回収、と言ったところかな。彼女は建物内にある隠し部屋に監禁されているらしい……これが建物の見取り図だ」
 幻生は部屋に設置された四角いテーブルに図面を広げた。
 それから、白衣の胸ポケットに差してあるボールペンを取り出すと、図面上のいくつかの点に丸印をつけていく。
「構造的におかしな箇所――これら全部隠し部屋になっているんだろうね。その内の一つに、姫神秋沙は監禁されている筈だ。それを探し出せばいい。……あぁ、どうせなら彼女を私のところへ届けてくれないかな。追加で色をつけてあげよう。くく、『原石』なんて、貴重な実験体だからねぇ。なぁに、三沢塾の連中に殺されたことにしておけば問題ないさ」
 ボールペンを白衣のポケットに戻し、建物の見取り図を畳んで垣根に寄越しながら幻生が問うが、
「……それは、遠慮しておきます」
 垣根は視線を合わせずに見取り図を引ったくり、そっぽを向いたまま拒否した。

 ――少女の身を案じた訳ではない。
 単に幻生に貢ぐという行為には嫌気が刺すだけだ。

「そうかい……まぁいいか。それじゃあ、よろしく頼むよ。何しろこれは――統括理事長からの、直々の依頼だからね」
(理事長……?)
 この得体の知れない男は――木原幻生は学園都市のどれほど深部にまで関わっているのだろうか。
 そう思いつつも、しかし垣根は問うたりはしない。
 下手に藪をつついて蛇が出る、それだけならまだいいが――その蛇が妹に牙を振るう危険だってあるかもしれないのだから。
「了解しました。じゃあ、失礼します」
 一礼し、その他の資料をまとめて抱え、部屋を後にしようとする垣根。
 その背中に、幻生がもう一言『忠告』を付け加えた。
「そうだ、そのエプロンは外して行った方がいいんじゃないかな。流石にエプロンを着けて学習塾に乗り込んだりしたら目立ち過ぎると思うからね」

「………………………………………」

 ドサドサ、と資料が床にバラまかれる音が連鎖した。


 そのようなやり取りがあった後、垣根は愛用のバイクで早速三沢塾までやってきた。
「外から見る分には別に変わったところはねーけど……」
 呟きながら、垣根は正面玄関から悠々とビルに侵入する。
 途端に、クーラーによって冷やされた室温に身体を支配され、炎天下の外との気温の差から、まるで別の世界との境界を跨いだかのような不思議な感覚に囚われる。
 垣根の侵入を咎める者はいない。
 夏期講習か何かだろう、建物には沢山の学生が塾に出入りしているし、学校と違って皆が皆一様な制服を着ているという訳ではないため、垣根が私服を着て堂々と入ってきても――『私服』を着て堂々と入ってきても、全く目立たないのだ。
 流石にあんな巫女服を着込んでいたら視線を集めてしまうかもしれないが、今垣根が着ている、カッターシャツに赤と紺の中間のような色をした上下を合わせた程度のものなら、特に注目されることもないだろう。
 そう、エプロンはちゃんと外したのだ。
 だから、問題ないのだ。
「……………………………………ん?」
 ふと、垣根は頭を捻る。
「……………巫女、服?」
 視線の先には、エントランスの片隅に置かれた丸テーブルを一人で占領し、ファーストフード店のチラシを一杯に広げている少女がいた。
 その少女は、この場にまるでそぐわない紅白の巫女服を着用して、チラシを穴が空くほど睨みつけている。
 ……………………………………謎だ。
「って、そうじゃねぇ!」
 その巫女服の少女には見覚えがあった。
 流石に『書庫』の写真は巫女服ではなく制服だったが――
「姫神、秋沙……」
 それはこの建物内に拉致監禁されているはずの、『吸血殺し』の少女だった。
「おい、お前……姫神秋沙っ」
 垣根は姫神に呼びかけながら、少女が座るテーブルへ近づいていく。
「……私?」
 首を傾げ、自分のことを人差し指で示して問うてくる姫神。
「私は。あなたとは面識はないと。思うのだけれど」
「だろうな。だがこっちはテメェに用がある」
 姫神のところまでたどり着いた垣根は、座らずにテーブルに両手をつき、姫神を真っ正面から見据えて告げる。
「姫神秋沙。隠し部屋に拉致監禁されているはずのテメェがどうして悠々とエントランスでくつろいでいるのかは知らねーが……テメェを保護する。三沢塾はもう終わりだ。派手にやりすぎたんだよ。だからお前はもうここにいる必要は……」
 垣根はそこまで言って、言葉を切った。
 それは、説明を受けている姫神の顔が、どう見ても救助を喜ばしく思っているようには見えないからだ。
 それどころか、僅かに引き締められた眉根は、まるで余計なお世話だとでも言いたげな様子である。
「私は。私の意志で。この場所にいる」
 予想通り、垣根の言葉を拒む姫神。
「だから。私の――私達の邪魔を。しないで」
「達…………!?」
 姫神の言葉に疑問を抱いたその瞬間、

 空間が変質した。

 何がどう、とは明確には言えない。
 ただ、周囲に展開している『未元物質』から送られてくる情報にわずかな差異が生じた。

 ――否、本当に今か?

 違和感はもっと前からあったのではないか?
 そう、この建物に――三沢塾に入った時から。
(そうだ……いくら空調が効いているからって、『どうしてこの建物内の空気中には塵一つ含まれていねーんだ?』)
 垣根が感じたのは気温の差だけではなかったのだ。
 ここの空気は余りにも綺麗すぎる。
 まるで『空気』という言葉を字面通りに再現したかのような。

 完全であるが故の不完全。
 ここは既に、異界なのだ。

 そして――
(今、この瞬間。俺は再び『隔たれた』。おそらく、周囲の学生達との――そして建物自体との間を)
 周囲に展開した『未元物質』が、周囲の学生や建物の壁を感知しなくなった。
 いや、感知はするのだが、リアクションが無い……それでも少し語弊があるだろう。
 より正確に言うなら、学生や建物の壁にぶつかった『未元物質』が一切の運動量の損失無しに正反対の方向に反射されている、といった感じだろうか。
 こちらからの干渉の一切が遮断されている。
(目には見えていても、俺と学生達とは別の次元に立っている……世界がダブっている、みたいな感覚だ)
 と、そこで垣根は気づいた。
 『未元物質』からの情報によると、目の前の少女――姫神秋沙は垣根と同じ世界に立っているようだ。
(まさかこれがこいつの能力、『吸血殺し』なのか?いや、だが『書庫』にはそんなことは……)
 姫神を見据えたまま、慎重にテーブルから後退する垣根。



 いずれにしろ、現在の三沢塾の状況は事前の資料とは異なっている。
 そして、この少女はその異変を知っている。

 そう結論づけた垣根だったが、姫神が敵なのかそうでないのか判断しかねる上に、この異空間が何をもたらすのかが分からず、下手に動くことが出来ない。
 その時。
「恟然。『こちら側』に移ったのを認識しているようだな。貴様――何者だ?」
 エントランスに、突然男の声が響いた。


「……………あ?」
 男は、エントランスホールの奥のエレベーターから悠々と現れた。
 ホワイトのスーツ。
 オールバックにした緑髪。
 学生ばかりのこのエントランスホールで、その男は姫神以上に浮いていた。
「釈然。そんなことを問うたところで意味などないか。我のすることは変わらぬ」
 その言葉に、垣根は姫神から緑髪の男に視線を移す。
「……塾のセンセーって感じでもねぇな。この愉快な異世界設定はテメェの仕業か?」
「瞭然。貴様は既にその答えを確信しているはずだ。如何にも、今貴様は我が牙城に囚われている。――『吸血殺し』が、貴様を敵性と判断したが故にな」
 男の視線を追って姫神の右手をよく見ると、そこには小さなアクセサリーのようなものが握られていた。
 おそらく警報装置か何かで、姫神がそれを使用したためにこの男が出てきたのだろう。
「敵性、ね。やっぱり姫神秋沙はもう囚われのお姫様じゃなく、悪魔に荷担する魔女にジョブチェンジ済みってことか。んで、悪魔クンの正体と目的ってのは?」
「判然。教える訳がなかろう。我がここに来たのは、そもそも貴様が外に我の存在を漏らしてしまうことを防ぐためなのだからな」
 そう言うと、男は姫神に向き直った。
「自然。貴様を戦いに巻き込む訳にはいかない。悪いが『表』に戻ってもらう。侵入者の報告には感謝するが、以後の処理は任せてもらおう」
「わかってる。アウレオルス。でも。彼を殺さないであげて」
アウレオルスと呼んだ緑髪の男にそう懇願する姫神は、
「当然。下手に死体を作れば学園都市に気づかれる。それは出来る限り後にしたい」
 アウレオルスがパチリと指を鳴らすと、姫神はまるで目の前にいるアウレオルスが消えてしまったかのように辺りを見回した後、エントランス奥の階段を使って上階へ上がっていった。
 アウレオルスの言う『表』の世界にシフトしたのだろう。
 それを見届けてから、アウレオルスは先程の言葉の続きを吐き出す。
「…………出来る限りは、な」


(ま、大体状況は分かった)
 垣根はアウレオルスと睨みあったまま思考を展開する。
(姫神秋沙を拉致監禁していた連中はもういない。三沢塾はこのアウレオルスとかいうテロリストに乗っ取られた。宗教団体がテロ屋に吸収ってのも笑えない冗談だがな。そして、どんな思想を持ってるかは知らねぇが……どうやら姫神はこのテロリストの思想に共感しちまったか何かで、現在協力関係にある、と。そんなところか)
 つまりは――
「俺の仕事を減らしてくれたってことか。感謝するぜアウレオルスさんよ。おかげで俺の仕事はもう終わりだ……後始末として、テメェをぶち殺せばな」
「――憮然。刃向かうか」
 アウレオルスの目が細くなる。
「それはこっちの台詞だぜ?」
 対して垣根もまた挑発的に返す。
「歴然。貴様があくまで我に刃向かうというのならば、五体満足で済むとは思わぬことだ」
 言いながら、アウレオルスはどこからか鎖に繋がった黄金の鏃を取り出した。
 おそらくはアウレオルスの用いる武器なのだろう。
(この異世界設定には直接攻撃力はねぇみたいだしな。何かしらの能力なのか科学兵器なのか、仕組みは分からねぇが……こいつは俺をここから出さないため、俺が他の学生や建物を傷つけないようにするための檻ってことで間違いねぇ。そして、あの鏃がヤツの本命って訳だ)
「さっき死体を出したかないとか言ってたと思うが、俺の気のせいか?」
 軽口を叩きながら、アウレオルスとの距離を測る垣根。
 あの鏃は投擲武器。
 距離を詰めて使えないようにしてしまうか、逆に射程外へ逃れるか、それともこの場で受けるか。
「全然。殺したなら直せばよい。貴様の記憶を削除した上でな」
「はぁ? 何言ってやがる。んなことが今の科学力で……っ!?」
 突拍子も無いことを言い出したアウレオルスに思わず食いついたその瞬間、アウレオルスは垣根に向かって鏃を飛ばしてきた。
(んなっ! はったりだったのか!? もろクソハマっちまったじゃねぇか恥ずかしいっ!)
 残された時間では射程圏外に逃れることも最接近することも不可能。
(仕方ねぇ! 出来る限り固い『未元物質』の壁で防ぐ!)
 思うと同時に、自分の目前に『未元物質』で出来た四角い壁を築き上げる垣根。
「愁然。我が秘技をその程度の壁で防げると思うなど、嘆かわしい。――変換せよ! 『瞬間錬金(リメン=マグナ)』!」
 その壁へ向けてアウレオルスの鏃――『リメン=マグナ』が飛来し――

 カツンッ、と

 壁にぶつかり、跳ね返されて地面に転がった。

「…………………………………………」
「…………………………………………」
 硬直する二人。
 周囲で何も知らずに談笑する学生達の声が、シュールさを掻き立てる。
(あれ? 今のがヤツの必殺技だったんじゃないのか? 技名叫んじゃってたし。もの凄いノリノリだったし。不発? 不発だったのか?)
 タイムラグが有る技、という訳でもなさそうだ。
 何しろアウレオルスは何度も鏃を引き戻しては投げ、
「何故だ……馬鹿な……有り得ん……」
 とぶつぶつ呟いている。
 無論幾度と無く攻撃されても『未元物質』の壁はびくともせず、鏃が『未元物質』にぶつかるカツンッ、という音が周囲の談笑と相まって一層シュールな空気を醸し出している。
「お、おかしい……傷はついているのに……我が……我が『リメン=マグナ』は、いかな物質であろうと傷つけた物を強制的に黄金に変換する絶対の術式……それが……それが何故……」
 アウレオルスの動揺も当然だろう。
 確かに『リメン=マグナ』は万物を黄金に変換する――より詳細に言うならば、万物の構成要素を解析、その物質から黄金へ変換するための魔術式を検索、指定の魔術式を発動、という流れを瞬時にオートで行う術式である。
 但し、この『万物』という言葉を、『何でもかんでも』と解釈するのは正確ではない――特に現状況においては。
 『リメン=マグナ』の適用範囲である『万物』とは、『この世に存在する』全ての物質のみを指す。
 それはつまり、『この世に存在しない』物質である『未元物質』に対しては、最初の解析の時点で処理が不可能になってしまうことを意味するのだ。
 『リメン=マグナ』。
 それは、錬金術師としてのアウレオルスが持つ、この世のあらゆる物質に対する完全な理解によって実現した、どんなものをも黄金に変える術式。
 しかしそれ故に――ガチガチに固められた魔術式で構成されているがために、『万物』の枠からはみ出る例外に対してはどんな些細な効果すらも与えられない術式。

 完全であるが故の不完全――である。


「まぁ、何だか分かんねぇが、つまりアレだ。テメェの必殺技がどんなに凄かろうが――俺の『未元物質』に、常識は通用しねぇ」
 (詳細は分かっていない癖にちょっと得意気に)決め台詞を吐いた垣根は、『未元物質』の壁の裏からゆっくりと出てくると、胸の前で右手で作った拳と開いた左手とを強く撃ち合わせた。
 途端に、垣根の握られた右拳に『未元物質』がまとわりついていき、そこに真っ白い西洋風の篭手を形作った。
「つーことで、次は俺の番ってな!」
 宣言し、垣根はアウレオルスに向かって突っ込んでいく。
「憤然!ならば貴様のその身体を直接黄金に変換してやるまでだ!」
 叫び、アウレオルスは今度は垣根自身に向かって『リメン=マグナ』を投擲する。
 だが――
「ハッ!」
 走りながら、垣根が篭手を嵌めた右手で、飛来する『リメン=マグナ』に拳を繰り出す。
 『リメン=マグナ』は篭手に何のダメージも与えられず、どころか逆に垣根の渾身の打撃を受けて、鏃部分が粉々に砕けて吹き飛んでいってしまった。
「馬鹿……な……」
「おい、呆然。って付け忘れてるぜ?」
 茶化しながら、垣根は更に能力を発動、『未元物質』製の西洋風両刃剣を出現させ、篭手を嵌めた右手で握る。
「つーかよ、さっきから気になってたんだが――」
 アウレオルスの目前で立ち止まると、垣根は何気なく問いかける。
「お前って本当に人間?」
「な……」
「流石に細かい解析までは出来ねぇが、お前の身体を造ってる物質は、どう考えても人間のソレとは違ぇぞ?」
 あっけからんとした垣根の態度に、激昂するアウレオルス。
「ざ、戯れ言を抜かすな……我は、我はアウレオルス=イザード! 錬金術師アウレオルス=イザードだっ!」
「そんなにキレんなよ鬱陶しい」
 言い、垣根は右手の剣を振り上げ――
「取り敢えず、捌けば中身は分かるだろ?」
 容易くアウレオルスの右腕を切断した。
「ぐぁ! あァァァァァ!!」
 切断面を左手で抑え、悲鳴を上げるアウレオルス。
 しかし、その傷口からは出血がない。
「何だ……何なんだこれは……」
「だから言ったろーよ」
 自らの身体に起こっている現象に驚きを隠せない様子のアウレオルスに、垣根は容赦なく第二撃を撃ち込む。
「ォ、オォォ、ガァァッッッ!?」
 左足を根元から切断され、アウレオルスは床に倒れのたうち回る。
 しかし、やはりその傷口からも血が流れ出ることはなかった。
「ほれ、もういい加減分かったろ?」
「認めん……我は、我は……錬金術師……アウレオルス=イザード……」
「強情だなぁオイ。大体錬金術師って何だよメルヘンだな。マジで何が目的なんだよ。なぁ、錬金術師アウレオルス=イザード?」
「目……的……」
 改めて問われて、アウレオルスは気づいた。
 自分は何が目的で目の前の男の前に立ちはだかったのか。
 それが思い出せない。
(そうだ……我は、ただ事務的にここに来た。『侵入者を排除せよ』という、無意識下の命令に反射的に従っただけ)
「我は……我は、本当に……造られたとでも言うのか……?」
 焦点の合わない目で垣根を見上げ、呟くアウレオルス。
「だろうよ。少なくとも――首だけになってもそれだけ元気にしゃべれるなら化け物確定だろ」
 そう言って、垣根は両刃剣を――アウレオルスの首と胴体とを切り離した両刃剣を、血振りするように横薙ぎに振るう。
「ぁ………………………」
 垣根の言葉に己の現状をようやく認識したアウレオルス。
 しかし、紛い物の錬金術師には、まともな言葉を吐くだけの理性すら残っていなかった。


「あー、逆に困ったなこりゃ。人形がいるってことは、当然その操り主がいるってことだからな。仕事が減るどころか増えちまった」
 足元のアウレオルス=ダミーを捨て置き、垣根は面倒臭そうに呟く。
「向こうさんから来てくれると、まぁありがいんだがな」

「豪然」

 垣根の呟きに、応える者があった。
「よもや偽物(ダミー)を倒すとは、学園都市の超能力者とやらも、なかなか侮れぬものだ」
「…………」
 垣根はまず足元の生首を見、それが発言したのでないと知ると、エレベーターホールの方に視線を向けた。
 そこにいたのは――
「な、なな、何故我がいる!?」
 足元に転がっているそれと、全く同じ姿形をした男だった。
「粛然。黙れ、そして砕けよ」
 エレベーターホールに立つ男がそう言うと、
「あ、ぉ、が、ぁぁ……」
 アウレオルス=ダミーは、その言葉通り、一瞬にして体内に仕掛けられたら爆弾が爆発したかの如く全身が砕け散った。
「……成る程な。自分と同じ姿をした人形って訳か。オマケに記憶まで植え付けた、と。何にしろ、悪趣味極まりねぇな」
 垣根は、砕け消えたダミーの倒れていた床を踏み越え、新たに現れた男に向き直る。
「呼び方は、アウレオルス=イザードでいいのか?」
「自然。それで良い、アレは我のダミー、つまり我はアレのオリジナルだからな。しかし、憮然。貴様のせいでまた造り直すことになってしまった」
「あ? 必要ねぇよ」
 垣根は右手の剣をアウレオルス=イザードに突きつけて言う。
「テメェもここで死ぬことになるんだからな」


 垣根帝督の十番勝負

 第二戦 『アウレオルス=ダミー』

 対戦結果――快勝



 次戦

 対戦相手――『アウレオルス=イザード』


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