とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-971

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匿名ユーザー

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「上条はこんな時間まで、なにをしてたの?」
「いつも通り補習ですよ―。お前もあんまり学校休んでると、補習祭りになるぜ?」
 上条はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「補習祭り、ね。それは流石に御免こうむりたいね」
 力なく笑う上条に、雨宮は慰めるように肩を叩いた。
 その瞬間、だった。
 ゾクリと上条は背筋に冷たいものが触れたような、恐ろしい感覚に襲われた。
(っ!? こ、この、感覚はっ!?)
 上条は辺りを見回す。上条はこの『違和感』の正体を知っていた。
(『人払い』かっ!?)
 静かな夜の森に連れた行かれたような、周りから人が消えたような感覚。
 否。現実に人が消えたのだ。
 上条は隣に居た人間に目をやる。相変わらずボサボサの髪をした雨宮は確かにそこに居た。
 何が起こったか分からずにキョトンとしているはずの雨宮の顔は、怖いほどイライラとした顔だった。
「あ、あまみ、や?」
 上条は雨宮のいつもと違った顔に驚く。怖いほど真剣な彼の目は、大通りの向こうを見ていた。
 誰もいなくなった道路の向こうから、上条の見知った顔が歩いてくる。
「上条ぉ…………テメェ、知り合いか?」
 雨宮は顔を神裂らから外さずに、上条に問いかける。
 神裂火織と五和。新生天草式の2人だった。
「あ、あぁ……そう、だけど」
「そう、か」
 雨宮は何かを諦めたかのように溜息をつき、近づいてくる2人を睨む。
「上条当麻。その少年から離れてくれませんか?」
 神裂の凛とした声が、重苦しい空気の中に響く。
「お、おい、神裂、五和! なんで、そんな怖い顔してんだよ?」
「いいから、ここは私たちに任せてください」
 五和は海軍用船上槍を油断なく構える。
「お、オイ、どういうことだよ?」
 上条は睨みあう3人の間に入る。
「アンタらが誰かは知らねぇけどさ………2人だけか?」
 雨宮は五和と神裂を油断なく見やり、周りにも目をやる。
「失礼しました。神裂火織と申します。こちらは五和。残りの面々は人払いを刻んでいますよ」
「そぉですか」
 雨宮は溜息をつくと、再び2人を睨む。
「そして、雨宮照………貴方を学園都市、及びイギリス清教に対するスパイ疑惑で捕縛します」
 神裂は七天七刀の柄に手をかける。


「ちょ、ちょっと待てって、神裂!」
 上条は神裂の手を掴む。説明しろ、と目で訴える。
「上条当麻………離れていてください。貴方まで巻き込むわけにはいきません」
「うるせぇ! 勝手に話進めやがって、説明しやがれ!」
 上条が叫ぶ。神裂は七天七刀につがえた手を緩める。
「上条さん。あの人、雨宮照は、ローマ正教の人間です」
「な、んだって?」
 五和の言葉に上条は目を見開いて雨宮を見る。その顔は笑っているように見えた。
「おい、雨宮………う、嘘だろ?」
「いやいやぁ、残念だけどね。事実なんだよ、上条。ま、『元』がつくんだけどね」
 いつも通り飄々とした様子の彼は、雨宮本人である事を示していた。
 上条は、雨宮の関心のなさそうな表情の向こうにビリビリと張り詰めた緊張感を感じていた。
(冗談を言っているようには、見えねぇな)
「ところで、神裂サン……だったかな。スパイ疑惑とやらには心当たりがないんだけど?」
 雨宮が口を開く。
 表情こそ笑ってはいるものの、内なる感情は見て取れない。
 それは澄まし顔の神裂も同様だった。
 両者の間に立つ上条は、喉の渇きを感じ、生唾を飲み込む。
 神裂の隣に立つ五和からは、まだ人間めいた感情の奔流を読み取る事が出来る。
 だが、この2人からは―――
「学園都市やイギリス清教の情報が外部に流れたとの情報があります。現状で最も疑わしきは貴方ですので」
 神裂は上条の肩に手をかけ、横に押しのける。
 固まってしまった身体は抵抗する事を忘れたように、簡単に押しのけられてしまう。
 横に2、3歩ほどずれた上条は、神裂と雨宮をすぐ脇から見る形になる。
「なんていうか……やっぱ戦わなきゃダメなんですかね?」
「出来るなら抵抗せずに投降して欲しいのですが」
 神裂はもう一度、七天七刀に手をかけ、少しだけ腰を沈めた。
「…………それは嫌だ、と言ったら?」
(ッ!?)
 上条は心臓を鷲掴みにされるかのような、冷たいものを感じた。
(………な、なんだってんだよッ)
 右手が小刻みに震える。それを抑えようと左手で右手首を抑える。震えは―――止まらない。
「そのときは、力づくでも」
 五和が海軍船上槍を構え直して告げる。その目は親の仇を見るような目だった。
「っと、そんな目で見るなよ……」
 神裂を見ていた雨宮は、横目で五和を見る。
 五和を見る雨宮の目は興味のなさそうなものだった。


「貴方が何を企んでいるかは分かりませんが、上条さんから、離れてくださいッ!!」
 そんな雨宮の表情が癇に障ったのか、五和は糸が切れたかのように一足っ飛びで雨宮に突っ込む。
 突き出された海軍船上槍の切っ先は、それをかわした彼の髪を数本奪い取る。
 『後方のアックア』との一戦での負傷が抜けきらない身体で、五和はもう一度槍を構える。
(もうこれ以上、上条さんに迷惑をかけるわけにはいきません!)
「うあぁぁぁぁっ!!」
 キッ! と目を見開き、五和がもう一歩踏み込む。
 懐に飛び込み、腰の捻りを最大限にまで利かせた一撃を撃ち込む。
(捕らえたッ!?)
 先刻、回避されたそれは、確かに『何か』に当たっていた。
 切っ先は雨宮の胸の真ん中。
 完璧なコースを辿った海軍船上槍の先端は、雨宮の持つ何かで受け止められている。
「あーあ……刃を向けられるのも、向けるのも、もう止めにしたかったんだけどな」
 雨宮は手に持った得物を振るい、五和のそれを弾く。
 五和は器用に身体を捻り、少し離れた位置に足をつける。
「…………その技術、アックアと同じものですね」
 神裂の声が、重い空気を切り裂くように響き、上条は我に返った。
 魔術師だった友人の手にあるのは、3メートル程の長さの鉄槍。
 投槍に斬撃用の刃をつけたような、不格好な槍ではあるものの、その鈍い色が本物である事を何よりも語っていた。
「一方的にやられるつもりはないよ」
 雨宮は、重そうな得物をいとも簡単に振り回している。
「今度はこっちから、いきます」
 その言葉と同時に、雨宮は地面を蹴り、神裂へと飛びかかる。
 ギィィィンッ! という金属同士がぶつかり合う音が響く。
 神裂は鉄槍の刃を、鞘から少しだけ抜いた七天七刀の刀身で受け止めていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 彼女はその体勢のまま、一気に刀を抜く。
 ゴッ!! という音と共に、抜刀によって生じた衝撃が旋風となって駆け抜けた。
「うおぉっ!?」
 その勢いに上条の身体が後方へと転がる。
 直接、攻撃されたわけではない。衝撃波だけでこの威力。
(これが、『聖人』の力!?)
 上条はゆるゆると立ち上がる。先日、アックアと戦ったときにも感じた、圧倒的な力量差。
 工夫や努力の介入する余地のない、絶対的な質の差。
 ゴクリと、上条は唾を呑んだ。
(な、なんで平気な顔してんだよッ……)
 自らの身体を簡単に吹き飛ばしたほどの神裂の攻撃を直接受けたにも関わらず、雨宮は表情一つ変えずに立っていた。


「さすがは『人工聖人』、といったところでしょうか、雨宮照」
「あらら。そこまでバレてましたか」
 雨宮は悪戯がばれたような顔で、カラカラと笑う。
 今まで見てきた笑顔と同じものなのに、上条には酷く遠いもののように思えた。
「あれか。リドヴィアさんにでも聞いたかな?」
「ええ。彼女に対する尋問による情報です」
「ふーん。あの人、元気にしてる? いろいろとお世話になったんだけど」
「そんな事を話している暇などありませんッ!!」
 会話をぶった切るようにして、五和の攻撃が雨宮に放たれる。
 完全に意表をついたその攻撃は、決まれば確実に致命傷となるものだった。
「話の途中なのになぁ」
 五和の海軍船上槍の先端は、再び雨宮の持つ鉄槍に受け止められていた。
「なっ!?」
 雨宮以外の3人の顔に、驚きの色が浮かぶ。
 ぐにゃりと、まるで生き物のように、まるで『意思を持っているかのように』鉄槍が動いていた。
「残念。誰にも殺せないんだ………この槍がある限りは」
 雨宮は冷たい目で五和を見ると、左手を真上に伸ばす。
「―――caelum237」
 雨宮が挙げた左手を振り下ろすと、強風が吹き荒れ、簡単に五和の身体を吹き飛ばした。
 学園都市の大通りを駆け抜けたそれは、近くの木を2、3本へし折り、風車の羽を勢いよく回している。
「五和ッ!」
 上条は転がっている五和の元に駆け寄ると、よろよろと立とうとする彼女の体を支える。
「おい、五和!」
「だ、大丈夫ですから……離れて、いてください」
 海軍船上槍を支えにしながら、五和は弱々しく立ちあがった。
 気丈な表情を浮かべてはいるが、ふらふらとした足取りは明らかに大丈夫ではなかった。
「ふざけんな! テメェらばっかに任せてらねぇだろ。つーか、まず説明しろ!」
「魔術師同士の争いに巻き込むわけにはいきません」
「うるせぇ! アイツは俺のクラスメートだ。それが暴れてたら、止めんのが当たり前だろ!」
 そう叫ぶ間にも、雨宮と神裂は互いの刃をぶつけ合っていた。
 上条は下唇を噛む。何の力も持たない自分が飛びこめる世界ではないかもしれない。
 それでも―――
(それでも、俺は、黙って見てるなんて事はできねぇ)
 ぐっ、と右手を握りしめ、上条は考える。
 まずは話を聞いて、同じ土俵にあがろうと。
 それから、納得いかないなら、この右手を振りぬこうと。
 1人で抱えようとする目の前の2人を殴り飛ばしてやろうと。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 雨宮は鉄槍を振るい、鋭利な刃を神裂に叩きつける。
「はあァァァァァッ!!」
 神裂は左手で持った鞘でそれを受けると、刀で雨宮の身体を狙う。
 ぐっ、と雨宮の身体が沈み、振るわれた七天七刀は空振りに終わる。
 ゴバッ! という音と共に、地面の舗装が抉られる。
 2人の魔術師が同時に踏み込んだ瞬間だった。
 周囲5メートルほどの道にひびが入り、ガードレールがぐにゃりと曲がる。
 局所的に地震が起こったような、そんな風景だった。
(気になるのは、あの霊装ですね)
 神裂は雨宮の攻撃を捌きつつも、槍の切っ先を視界から外さないように注意していた。
(先程の五和の攻撃に対する槍の動き……なにか秘められた魔術的意味と効果がある)
 だからこそ、それによる攻撃を受ける事は危険だ。
 正体不明の攻撃を受ける、に等しい行為。流石にそれを許容できるほど、今の神裂には余力がない。
 魔神になり損ねた者然り、第7位の超能力者然り。
 理解を超えるものは驚異的な危険性をも内包する。
(それに何よりも………あの武器が『槍』であることッ)
 『聖人』である神裂にとって、槍による刺突は致命的なダメージになりかねない。
「考え事ですか?」
「ッ!?」
 一瞬。
 通常の人間同士、いや、通常の魔術師同士の戦闘では問題にならないほどの僅かな隙。
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 雨宮は槍の先を地面へと突き刺すと、それを軸に回し蹴りを打ち込む。
「ぐ、うっ」
 その蹴りは、槍に集中していた神裂の左腕に打ちこまれる。
 カランッと、思いの外軽い音で七天七刀の鞘が地面に落ちる。
「そこッ!!」
 ここぞとばかりに、雨宮はぐっと前に体重をかける。
(まだ、負けるわけにはいきません!)
 痺れる左手を諦め、神裂は七天七刀をその場に落とすと、空いた右手で雨宮の槍を押さえつける。
「ッ! こんのォやろぉぉぉッ!」
「うあああああぁぁぁッ!」
 神裂が抑えることで、槍を抜ききれなかった雨宮はガクンと膝を落とす。
 その瞬間を狙ったかのように、神裂は右の拳を思い切り振りぬいた。
 その一撃は雨宮の右頬を捕らえ、その身体を通りの向こう側まで弾き飛ばした。


「雨宮照は、ローマ正教徒の人間です」
 上条に支えられながら、五和はゆるゆると説明を始める。
 その表情は半ば呆れつつも、納得しきれないといったものだった。
「それはさっき聞いた」
 上条は目線を2人の戦闘から外さない。
 目に映らないような速度で進む戦闘。それでもなお、その一挙手一投足を見逃さないように。
「で、アイツの、雨宮の目的はなんだ?」
「………わかりません」
「…どういう、ことだよ?」
 上条は視線を五和にうつす。その力強い視線から逃れるように、五和は顔を背けた。
「分かっているのは、何者かがスパイ行為を行ったという事、彼が聖人である事」
「聖人……神裂やアックアと同等だってのか?」
「いいえ。正確に言うと雨宮照は『人工聖人』。人の手によって生まれた聖人です」
 五和が淡々と説明する。上条は五和の言葉に少しだけ、目を見開いた。
「人の手によって、って………アイツ、クローンなのか?」
 上条の脳裏にとある超能力者の顔が過る。
「いえ、そういう事ではないようです。そもそも、聖人というのは『神の子』に似た身体的特徴を持っている事が重要なんです」
「……そんなもんでいいのかよ?」
 上条が唾を飲む。魔術に関してはよく分からないが、そんな理由だけで、あれほどの力を得るのか。
「偶像の理論ですよ。オリジナルそのものでなくとも、それに似せたものであれば、ある程度の効力を発揮するんです」
 殆どの霊装と術式がその理論を応用して行使されています、と五和が続ける。
(そういえば土御門がそんな事を言ってたっけか)
 上条はいつだかの説明を思い出す。教会の十字架ですらある程度の力を持つとか良く分からない説明を受けた気がする。
「ってことはなんだ。人為的にその誰かさんの身体的特徴に似せれれば―――」
「ええ、そうです。希少な聖人を、戦力として安定数確保できる、という事です。計画は失敗に終わったみたいですけどね」
 上条の言葉を受けて、五和が答える。
(……科学側で言う『妹達』みたいなもんか。どこも考えるのは同じってことかよ)
 上条は眉間に皺を寄せる。科学だ魔術だと言うものの、それぞれの抱える闇が企んでいるのは同じではないか。
「その計画は失敗に終わったんだよな?」
「ええ。目指した聖人の量産には失敗。第一被験者・雨宮照以外の実験は全て白紙になりました」
「じゃぁ、雨宮はなんであんな力を持ってんだよ?」
「失敗と言っても、被験者である雨宮に聖人に近い能力を与える事には成功したんです」
 五和は説明を続ける。上条は黙って、それを聞いていた。
「それはあくまで聖人に似た人間を生み出す、ということ。故に、得られた力は聖人には及ばない物でした」
「その上、聖人が生まれながらに持っている『天使の力』の制御法を知らないことで暴走を招いたのです」
「………暴走?」
(超能力も制御を失うと暴走するってのは知ってるけど……魔術でも起こりうるのかよ)
 上条は白井が関わっていた『座標移動』の事件を思い出す。
 自らのの『自分だけの現実』をコントロール仕切れなくなった能力者による能力の暴走。
 魔術によるそれ、しかも聖人レベルの力の暴走となると、想像すらできない。
「どうなったんだ?」
「雨宮本人に障害はなかったようですが……」
「他に被害が出たってことか?」
「はい。実験関連施設の全壊。施設に居た研究者も1人を除いて死亡するという大事故になりました」
「…………1人を除いて?」
 上条は背に冷たい汗を感じる。一体どれほどのレベルの実験だったかは上条には分からない。
 それでも、五和の暗い顔が、その事故がそれなりの規模で会った事を物語っている。
「はい。『人工聖人計画』の責任者にして、魔術側に加担した『科学者』である人です」


「いやいやぁ、効いた効いた」
 パラパラと瓦礫の破片を落としながら、崩れたビルから雨宮が姿を現す。
「さっすがは、本物の聖人サンだわ」
 先程の五和の攻撃を防いだ時のように、鉄槍が形を変え、雨宮の背中を護っていた。
「これがなかったら死んでたかもね」
 ペッと、唾を吐く。口の中を切ったのだろうか、その色は赤かった。
 神裂火織は完全なる『聖人』だ。
 人為的に生み出されたそれとは、何段階かの戦力差がある。
 現状の戦闘において、2人が2人とも万全であれば、神裂が主導権を握っていたはずだった。
 いや、それこそさっきの一撃でノックアウトだったはずだった。
 ところが、蓋を開けてみればその戦闘はほぼ互角。
 その事実に苦虫を噛むように神裂は顔をしかめる。
(アックア戦でのダメージが抜けきっていないとはいえ……)
 全力戦闘が出来ない上、弱点たる槍を持つ相手。
(遊んでいるわけにもいかないようです)
 神裂は小さく息を吐くと、七天七刀に手をかける。
「私も……少し本気で行きますよ」
 槍を構えて向かってくる雨宮を睨む。槍の切っ先に集中し、その動きを見極める。
 神裂は横跳びで槍の刃を回避する。ゴバッ! という轟音が響き、舗装された地面に鉄槍の刃が沈んだ。
「唯閃!!」
 七天七刀が閃く。刹那の後、雨宮の後ろにあった風車の羽がスッパリと斬れ落ちる。
 『神の力』の水翼をも斬ったその一撃は、確実に雨宮自身の身体を捕らえていた。
 だが―――
「だから、言ったでしょう?」
 雨宮はけろりとした顔で立っている。
(ッ!? そんなバカな……)
 その場に居合わせた、雨宮以外の3人の目が見開かれる。
 素人の上条から見ても、神裂の斬撃は確実に当たっているように見えた。
 現に、雨宮の後ろにあった風車の羽は綺麗に両断されている。
「ならば、これでどうですかッ!!」
 神裂は七天七刀を鞘に戻すと、ワイヤーによる攻撃を仕掛ける。
 七閃と呼ばれる全方位からの空間攻撃。
 だが、今展開されている七閃は、いつものそれではなかった。
「有刺……鉄線ですか?」
「ええ。人工と言えど、聖人である貴方には有効なはずです!」
 アックアにもある程度有効であった有刺鉄線による攻撃。
 茨の冠を模したその術式は、対聖人用としては有効なものであった。
 雨宮の顔から笑みが消え、すぅっと息を吸い込んでいる。
「うおァぁぁっっ!!」
 雨宮が咆哮をあげる。手に持った鉄槍をビュンビュンと振り回し、その鋭い刃で自身を囲んでいた鉄線をバラバラに解体する。
「んなッ!?」
「『対聖人用術式』………ローマ正教から逃げてきた俺が、その対策をしてないとでも思いました?」
 唯閃のみならず、対聖人用に特化させた七閃さえも破られた。
 アックアによるダメージで全開ではないとはいえ、その衝撃は神裂に一瞬の隙を生み出す。
「もう、お開きにしませんか?」
 雨宮は槍を構え、隙の出来た神裂に向けて突き出す。それと同時に、突風が巻き起こる。
 ズドンッ! 鈍い音と共に、神裂の身体がビルの壁に叩きつけられる。
「ごっはぁァッ」
 神裂はフラフラとする身体をなんとか支え、貫かれたはずの脇腹に手をやる。
(傷が……ない!?)
 槍の先端に貫かれたはずだった。それが、傷どころか痛みさえない。
 あるのは壁に打ち付けられたときの背へのダメージのみ。
(なにか、ある……術式か、もしくは)
 神裂は雨宮の持つ獲物に目をやる。不自然に動いた、長い鉄槍に。


「その槍………なにか特別な…霊装で、すか?」
 神裂は鞘におさめた七天七刀を支えにして、その場に立つ。
「『ヴィグ』っていえば、わかりますか?」
「………当たらなかった槍、ですか」
「正解です」
 神裂の答えに、雨宮がニヤリと笑う。
「当たらなかった槍、ってどういうことだ?」
 遠巻きで見ていた上条が五和に問いかける。
「ヴィグというのはですね、持ち主であるコルマクが盗人に投げつけた槍の名前です」
「で、その投槍は当たらなかった、ってことか?」
「その通りだよ、上条」
 雨宮は笑みを浮かべたまま上条を見た。
「当たらなかった。『何人も殺せない』槍。それがこのヴィグの持つ魔術的特性」
「殺す必要はない、ということですか? 舐められたものですね」
 神裂は下唇を噛み、雨宮を睨む。
 プロの魔術師同士の戦闘には、馴れ合いも手加減も必要ない。
 ただ『相手を沈黙させるだけの力』があればいいのだ。
「別に舐めてなんかない。むしろ最大限に警戒してこの霊装を持ってるわけで」
 雨宮はヒュンヒュンと槍を回し、おもむろに自らの胸を斬りつけた。

 傷は―――ない。

「殺せないのは俺だけじゃない。相手も俺を殺せない。全ての『致命傷になりうるダメージ』をゼロにしてしまうんだよ」
 致命傷以外は通るけどな、と雨宮は続ける。
「それで『唯閃』のダメージを軽減したというのですか?」
「はい」
 俄かには信じられない、という顔で神裂は霊装・ヴィグに目をやる。
「それでも、ひとつ納得できないことがあります」
 傍観していた五和が神裂の隣まで駆けより、その身体を支える。
 ふらふらとした2人の足取りが痛々しかった。
「さっきの有刺鉄線による七閃といい、五和の槍といい、仮にも聖人である貴方には有効な攻撃だったはずです」
「だからこそ、俺はこの槍を持っているんですよ」
 雨宮はヴィグの切っ先を地面に突き立てる。まるで豆腐でも切るように、サクリと刃が通った。
「弱点たる槍を持つことで、『掌握する』という魔術的意味合いを生み出す、とでもいうのですか?」
「ど、どういうことだ?」
 話が見えないまま進んでいく事に、上条は慌てたように質問した。
 魔術的とか言われても、素人である上条には分かる由もない。 
「毒を持って毒を制す、に近いかもしれません」
 上条に説明するように、五和が口を開く。
「敢えて自らの弱点になるものを手にすることで、そのものを掌握しようとしているんです」
「強力な攻撃も、聖人の弱点も防がれる…………俺の右手なら、通用するよな?」
「え?」
 上条は右手を握り、1歩、前に出る。
 友人と、分かりあう為に。


「……お前と戦いたくはないんだけど」
「俺だって……俺だって、お前とこうやって向き合いたくはねぇ。けどよ」
「…………………」
 上条は1度、視線を足元に落とす。
「話くらいは、聞かせてもらう」
「理由がないよ」
「理由ならある。友達だろ、俺たちは」
 上条は視線を雨宮に戻し、睨むようにその目を見た。
 数秒。
 実際にはほんの数秒であろう、その睨みあいは、上条には恐ろしく長く感じられるものだった。
「はぁ…………なんというか。変わってるな、お前」
「そこまで言われると上条さんも少し凹んでしまいますよ?」
「俺は仮にも、お前ら学園都市の敵であるローマ正教の人間だったんだぞ?」
 同情ならやめてくれよ、といった表情で雨宮は肩をすくめる。
 その目はこの世に絶望したような、何も信じていないような目だった。
(ふざけんな)
 上条は奥歯を噛みしめる。
(テメェが地獄の底に居るってんなら―――)
 握りしめた右手を真っ直ぐに雨宮に突き出す。
(引っ張り上げてやればいいだろうが)
 真っ直ぐに、雨宮を睨む。気だるそうに溜息をついた元ローマ正教徒は地に刺さった槍を引き抜く。
「力づくでも聞きだしてやるって顔だな」
 諦めなさそうな上条に目をやり、それから視線を神裂と五和に移す。
「昔話、ねぇ……」
 雨宮はその場に腰を下ろすと、どこか遠くを見るような遠い目をしながら口を開いた。


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