とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-170

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匿名ユーザー

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ごくごく普通の不幸な学生である上条当麻。
彼は夏休みの晴れやかな天気の朝に、現実逃避気味に布団を干そうとベランダに出た。
「空はこんなに青いのにお先は真っ暗♪」
てかいきなり夕立降ったりしねえだろうな、とそこはかとない嫌な予感を口に出した直後。
上条の視界に、干された白い布団が入ってきた。
「ん? なんだ?」
ここは上条の部屋である。よって彼以外に布団を干す人なんていないし、彼の布団だって今抱えているものしかないはずだ。
なので、よく見たら布団なんて干していなかった。

白熱し白濁し白狂した最強の超能力者。レベル5の第一位、一方通行。
それが、ベランダに干されていた。

上条は抱えていた布団がずり落ちていくことにも気づかず、その珍妙な光景を眺める。
浮かぶ言葉は一つ。不幸だ。
なんでよりによって、とりあえずこの状況をどうしてくれようかと上条が頭を抱えていると、不意に一方通行が頭を上げた。
目が合った。
冗談でなく死を覚悟した上条に向けて、一方通行が口を開く。
「……オイ、そこの三下」
「ハ、ハイ!? なんでございましょうか!?」
「なんか食いモン寄越せ」

お前は山賊かよというツッコミを飲み込む。
しかしながら、上条の部屋にはまともな食料は一切残っていない。
何故ならば、先日襲来した銀髪の腹ペコシスターが食料を食い荒らした挙句、TVから得たらしい中途半端な知識で「コンセントの刺しっ放しはエコじゃないんだよ」などと言いつつ冷蔵庫のコンセントをぶち抜いて帰っていったからだ。
因みにその蛮行が行われたのは上条が噛み砕かれてのびていた時であり、冷蔵庫の悲劇に気づいたのは今朝である。
結果、運よく彼女の魔手から逃れた食料も夏の熱さであらかたすっぱくなっていた。
思わずじりじりと後ずさる上条。
と、その足が何かグニャリとしたものを踏んだ。
見れば、それは朝食用に買っておいたものの例に漏れずすっぱくなっていた焼きそばパンである。
しばらく硬直した後、一か八か、それを摘まみ上げて一方通行の眼前に晒す。
「……こ、こんなもんでよかったら」
「……あァ、アリガトウイタダキマス!!」
勢いよく振り上げられた一方通行の手。
それが焼きそばパンに触れた瞬間、一方通行は能力を使った。今の己の名にもなっているその力は、ベクトル変換。
かくして強大なベクトルを手にしたすっぱい焼きそばパンは、繊細なベクトル操作で綺麗に包装のラップを剥がされた後、上条の顔面にべちゃりといういやな音と共に突き刺さった。

こうして、今日も上条の一日は悲鳴を伴う不幸で始まっていく。

一方通行がガツガツと食べているのはコンビニのシャケ弁当である。五百円也。
他人にあンなひでェモン食わせようとしたペナルティだとか言っていたけれど、朝っぱらからコンビニまで走らされた挙句料金もこちら持ちというのが上条は納得行かない。
「……あァン? 何か言いたそォな面だな」
「……イエ、なんでもないです」
怖くて文句は言えないが。
シャケ弁をたいらげ、缶コーヒーを飲む一方通行。
七人しかいないレベル5の1一人。レベル5は本来なら超能力開発の成果を示す広告塔として機能しそうなものだが、その人格などからあまり表に出せないようなヤツが大半らしい。
そしてこいつはその問題児達のトップ。正直関わり合いになりたくない種類の人間ではあるが、かといってこのままでは埒があかない。
「……えーっと、一方通行さん?」
「あァン? 何だ三下ァ」
「一体全体どういった事情で、上条さん家のベランダに干されていたんでせう?」
「干されてたわけじゃねェよ」
「じゃあ何ですか? 風に吹かれて引っかかってたとか?」
「…、まァ、似たようなもンかもな」
冗談のつもりで言った上条は、さ迷わせていた視線を一方通行に向ける。
「落っこちたンだよ、本当は屋上から屋上に飛び移るつもりだったンだがな」
屋上? と上条は天井を仰ぐ。
この辺りは安い学生寮が立ち並ぶ一角だ。八階建てくらいの似たような寮がずらっと並んでいて、ベランダを見れば分かる通り寮と寮の間隔は2m程度しかない。
確かに、走り幅跳びの要領で飛び移ることも可能ではあるが。

「でも、ここ八階だぜ? 一歩間違えれば地獄行きなんですが」
「地獄、ねェ。俺にはお似合いの場所だがな」一方通行は自虐的に笑って
「まァ仕方ねェだろ。あの時はそうする他逃げようが無かったからよ」
「逃げ、よう?」
 不穏な言葉に上条が眉をひそめると、一方通行は「あァ」と答え
「追われてたからなァ」
「……、」
 上条は思わず絶句する。
「俺の能力ならその程度のこと失敗するハズもねェンだが、飛ンでる最中に後ろから撃たれてちまってな」
 皮肉と自嘲を混ぜて、一方通行が笑う。飲み終えたコーヒーの空き缶を軽々と握りつぶしながら。
「回避に能力の大半を使っちまったから、勢いが足りなくて落ちちまったンだよ」
 追われて、撃たれた。
 そんな非日常の出来事を平然と語る一方通行。上条だってよくスキルアウトに追われたりするし、その中には物騒な武器を持っているやつも少なくない。
 だが、そんな彼でもそのような命の危機に直面することは殆ど無い。それはこの街の治安部隊、警備員や風紀委員のお陰でもあるし、上条が無能力者ながらもそれなりに場数を踏んでいるからでもある。
 だから或いは、学園都市の超能力者の頂点である彼にとっては、その程度の出来事は取るに足りないものなのかもしれないが。
 それでも。

「撃たれたって、誰に?」
「誰、ねェ……強いて言うなら10032号だろォが、別に今のやつらを一体一体識別することに大した意味はねェしなァ」
「10032号? やつら?」
 上条は神妙に聞く。つまり相手は集団で、何らかの組織なのだろうか。
 あァ、と追われる一方通行の方がかえって冷静な風に答える。
「妹達だ」
 ………………………………………………。

「はぁ、妹達!? なんですか妹達って!? 兄妹喧嘩!? それともなにかシスターって教会の方? まあ確かに最近のシスターさんはデンジャラスですがね!!」
「馬鹿にしてンのか?」
「いや、だって」
「馬鹿にしてンのか」
「ごめんなさい」
 この超能力者超怖い。
 一方通行は聞こえよがしに舌打ちをした後、振り返りもせずに潰した空き缶を台所に投げる。
 なんらかの能力でも使ったのか、吸い込まれるようにゴミ箱に入った。
「ええと、一方通行さん、それで結局妹達ってなんなんでせう? 女系家族なの?」
「俺に家族なンていると思ってンのか? 妹達ってのは学園都市第三位『超電磁砲』のDNA マップから作られた二万体のクローンの総称だ」
「二万体のクローン!? …………………………いや、それは無理だろ」
「何がだよ」
「いや、だって人間のクローンって確か国際条約で禁止されてるし」
 確かに、人間のクローンくらい学園都市の科学力ならいくらでも作れる。それどころか学園都市の外でだってそう難しい技術ではないだろう。クローン牛などは既に作られていたはずだ。
 しかし、いくら科学の頂点である学園都市といえど、国際条約を堂々と無視できるほどの力は無い。そんな餌をばらまこうものなら、学園都市を疎ましく思う他勢力がここぞとばかりに手を組んでこの街を潰しにかかるだろう。

「……まァ、そうだわな。普通に考えればその通りだ」
 けれど一方通行は皮肉げに笑う。まるで「普通」をあざ笑うかのように。「普通」ではない何かを知っているかのように。
「まあ確かにここは天下の学園都市だし、どっかの研究所がこっそりヒトクローンの研究してても不思議じゃあないけど……それでも二万体は無理だろ。どうやっても上に見つかっちまう」
 学園都市のセキュリティーは一級品だ。警備員や風紀委員、警備ロボットに町中に配置されている監視カメラ、更には学園都市が独自に打ち上げた人工衛星。これだけの目から隠れて二万体ものクローンを作れるわけがない。
 「普通」は。
「正確には残り9979体なンだがなァ。まァいい、お前が信じないなら話はここまでだ。別に誰彼構わず言いふらすよォな内容でもねェし」
 そして訪れる沈黙。
 上条は確かに二万体のクローンなんて信じていない。そんな性質の悪い物語のような空事は信じられない。
 けれど、学園都市最強の能力者である一方通行が「追われ」「逃走し」「撃たれ」「八階建てのビルから落下した」という現実。
 それらが本当であるという証拠はどこにもない。だが事実として一方通行は上条の部屋のベランダにぶら下がっていた。
 それだけのことで全てを信じるつもりにはなれない。けれど、せめて話を最後まで聞こうという気にはなっていた。
「……まあ、じゃあ仮にその二万体のクローンがいたとしてだ。何でお前はそいつらに追われてたんだ?」
「あァ? ……ってか何だ、よく考えたら何で俺はてめェみたいな三下にご丁寧に俺の状況を説明してンだ?」
「いや、何でって」
「そもそもお前みたいなヤツが知るよォな話じゃねェし、懇切丁寧に話すこたァねえンだよ。ったく、なにベラベラ喋ってやがるンだァ俺は?」
 やってらンねェという風に首を振る一方通行。
 まあ上条だって、二万人のクローンなんて本当にいたとしてもどうしようもない。
 彼は普通の高校生だ。『右手』に妙な力は宿ってはいるものの、それは万能の力でもなければ正直さして役に立つ能力でもない。
 そんな彼に何が出来るかって、せいぜいが風紀委員や警備員に通報する程度。そしてそんなことは一方通行含め誰でも出来ることで、上条が進んで関わっていくことの理由にはならないが。

「……確かに俺にはお前のことなんて関係ないさ。別にたまたま会っただけの赤の他人だしな」
「あン?」
「でもお前、撃たれたんだろ? それも後ろから。そんな物騒な話聞かされたら他人のことだから知りませんだなんて放っておけるわけねえだろ!」
「くっだらね。お前、お節介とかよく言われるだろ」
「うっ」
 図星である。
「だいたいお前は誰の心配をしてンだァ? 俺は学園都市の超能力者の頂点だぜ? たかが銃くらいでどうこうなるワケねェだろうが」
 確かに学園都市の頂点であるレベル5は、人知を超えた力をもっている。例えば第三位の超電磁砲とかいう発電能力者は、十億ボルトの電気を操るらしい。
 十億ボルトなんて正真正銘の天災レベルだ。それで三位。つまり一方通行は更にその上の化け物ということになる。
 それならば確かに、銃如きとは比べ物にならないほどの能力を持っていることは確かだろう。
「でも、寝込みを襲われたりしたらどうするんだよ? いくら凄い能力を持っててもひとたまりもねえだろ」
「ったく面倒くせェ。オイ三下、軽く俺の顔面殴ってみろ」
「は? なんで? ドM?」
「よほど愉快な死体になりてェらしいな?」
「ごめんなさい」
「能力使うに決まってンだろうがボケが。いいからさっさとやれ」
「……じゃあ、軽く」
 めっちゃ睨んでくる一方通行に怯えながら、上条はゆっくりと一方通行の頬を殴る。
 能力でバリアでも張るのだろうか、と想像して、思い出した。
 そういえばワタクシの右手、何か妙な力が宿ってませんでしたか?

 思い出したときにはもう遅く。
 バキンと何かを壊した音の後、ゴッと割と鈍い音と共に拳が頬を捉えた。
「痛ッ……!?」
 お父さんお母さん、なんで僕の右手にはこんな力が宿っているのでしょうか?
 そうやって今更な不幸をかみ締めながら、上条は死を覚悟する。目の前にいるのは殆ど逆ギレのレベル5。目玉がギョロリとこちらを向く。ああこれは死んだ。間違いなく死んだ。

 つまらないニアミスで、上条は本日二度目の断末魔を響かせる。

「つったく、何なンですかァお前の右手は?」
「…………」
 返事が無い ただの屍のようだ。
 しかし冗談でなく返事が無かったら屍に見えてもおかしくないくらいにボコボコにされた上条。右手のことを忘れていたのは確かに上条のミスだが、殴れといったのは一方通行なのでやっぱり何か釈然としない。これ以上ボコボコにされたくはないので口には出さないが。
「……で、結局何がしたかったんでせう?」
「むしろオマエの右手はなンなンだよ」
「いや、俺の右手は異能の力ならなんでも打ち消せるだけのチンケなレベル0ですが」
「……あァそういうの言いたくなるもンなンだってなァ。俺にはよくわからねェ感覚だが。で、本当は何の能力だ? 俺の反射の壁をすり抜けるなンてよっぽど妙な能力なンだろォなァ」
「いや、本当にそんな能力なんですが……ってか、反射の壁?」
「そォいうの何て言うンだったか、あァそうだ中二病だ」
「いや、たしかにけったいな能力だってのは認めますがね」
 システムスキャンではレベル0判定の癖に、その実は神様の奇跡すら打ち消してみせる右手。確かにそんなの胡散臭さの塊でしかないし、大して役に立たない上にむしろ不幸を呼んでくるいわく付きの一品だ。
 この間なんて魔術なんてものを大真面目に語る銀髪シスターの修道服をバラバラにしてしまった、しかも割と公衆の面前で。そのお陰で上条家の冷蔵庫の中身は定期的に一掃されることとなっている。
 そういえばアレは結局何に右手が反応したんだろうか、と上条は考える。まさか本当に魔術なんていう非科学の塊じゃあないだろうが。念動力で布をくっつけたりしていたんだろうか?


「まあ俺の話はおいといて、結局お前の能力ってなんなんだよ。反射の壁って、まさか受けた攻撃を全て反射するとか?」
「デフォルトのときはなァ。本質はベクトル操作。簡単に言うと寝てる間に核が落ちよォが傷一つ付きやしねェし、自転のベクトルを借りればどンな分厚い壁だろォが一撃でぶち破れる」
「……いや、お前の方が中二病じゃん。なにそれチート?」
「それを破っといてよくそンな口がきけたなァ?」
 確かに反則具合でいったらこの右手も中々のものだが、それにしたってその能力はあり得ないだろうと上条は思う。
 上条の力はあくまで「異能の力」にしか反応しない。つまり、それが異能なら一位の反射の壁であっても破れるが、普通の鉄の壁は破れない。しかも効果範囲は右手のみだ。
 しかし一方通行の能力は異能だろうがなんだろうが関係なく問答無用で支配下における。この世にベクトルを伴わないものなんて無いのだから。
 上条の右手なら打ち消すことも可能なようだが、我ながらこんなのはイレギュラー中のイレギュラーであると理解している。まず間違いなくこれと同じ能力を持つ者はいないだろう。
 つまり、一方通行はこの地球上において殆ど最強なのだ。
「……ん? ちょっと待てよ?」
「あ?」
「なあ、お前の能力ってほぼ最強だよな?」
「まあそォだろ」
「じゃあ何でその最強のお前が追われて、しかも逃げてたんだ? 反撃すればいいじゃん」
「……そォいうワケにはいかねェンだよ。色々あってな」
「色々って……さっきも聞いたけど、そもそもその妹達ってのは何でお前を追ってるんだ? お前を追っかけても勝ち目なんかないじゃんか」
「それは実験の……いや」
「実験?」
 何か考えるように少し黙って視線を落とす一方通行。
 一瞬目を瞑って、また開く。
 そのとき、上条はなにか言いようの無い違和感を感じた。例えるならば、まるで目の前に座る一方通行が別人とすり替わってしまったかのような。


「…………クローンは二万体作られたって言ったよなァ。そして残り9979体とも」
「ああ。それが?」
 上条の問いに一方通行は笑って答える。
 ただしその笑みは先ほどまでの自虐的なものでも、無論優しいものでも無い。
 悪魔の微笑み。裂けるように、これ以上ないほど邪悪に。
「それじゃあ、あとの10030体のクローンは一体どうなったンでしょォかァ?」
「………どう、って」
 上条は言葉を詰まらせる。
 何故なら、最悪のパターンを想像してしまったから。否、最悪のパターンしか想像できなかったから。
 裂けた口が再び開く。上条はそこから発せられる言葉と共に、なにかもっと恐ろしいものが噴出しているような錯覚にとらわれる。
「考えなくても分かるよなァ? 死んじまったンだよ、まあ正確には俺が殺したンだがなァ!!」
 先ほどとは質がまるで違う沈黙。
 絶句。上条は指先すら動かすことが出来ない。
 こいつは、誰だ?
 俺は一体、誰と会話していたんだ?
「……なんで?」
「なンで、だァ? 理由があれば納得すンのか、随分クローンの命ってのは軽いンだなァオイ!!」
「ッ、テメェ!!」
「なンですかァ? 正義のヒーロー気取って最強に歯向おォってのか? 面白いねェお前。その妙な右手といい、最ッ高に面白れェぞォ!!」
 吼える両名。
 しかし思わず立ち上がり拳を握った上条に対し、一方通行は構えすらしない。
 それは正しい反応だろう。いくら上条には奇異な右手があろうと、レベル0の一般人だ。そんな人間が、学園都市最強の能力者に勝てるはずはないのだから。


 それでも拳をほどかず、一方通行を睨みつける上条。しかし安易に学園都市最強に挑むわけにもいかず――そこで気付いた。

 何故、一方通行は攻撃してこない?

 確かに一方通行は最強の能力者だ。普通に考えれば、ただのレベル0なんて構える必要も無く瞬殺出来るだろう。
 ただし上条の右手は普通ではない。一方通行の反射の壁すら破る、イレギュラー中のイレギュラー。
 その右手が、すぐ目の前にあるのだ。ここまで接近してしまえば一方通行が能力を使う前に殴り飛ばすことも可能だし、そのまま頭でも掴んでしまえば一方通行は能力を一切使えない。
 その危険性は、先ほど身をもって知ったハズだ。
 それなのに一方通行は一切攻撃しない、距離をとることすらしない。唯一の天敵ともいえる上条の右手の前で、表情や台詞とは裏腹にその姿勢には殺意どころか敵意すら一切無い。
 これが10030人も殺した人間の姿なのか。殺しすぎてどこかのネジが外れてしまったのか、それとも。
「…お前、本当に10030人のクローンを殺したのか?」
「……ハァ? 何言ってンだオマエ。そンな嘘ついて俺に何のメリットがあるって言うンだ?」
「だけど、お前はそんなことをするようなヤツには見えない」
「馬鹿にしてやがンのかァ!? この俺ののどこをどォ見ればそんな善人に見えるってンだよ!! どう見てもゴミ以下のクソ野郎だろォが!!」
「…………」
 明確な理由なんてなかった。一方通行が攻撃行動に移らないのもレベル5の驕りと考えれば辻褄は合うし、敵意の有無なんて感覚でしかない。
 そもそも上条だって、一方通行が真っ白な善人だと思ったわけではない。
 ただ、真っ黒な悪人だとも思えなかっただけで。


「……チッ、くっだらねェ」
 心底忌々しそうに吐き捨てて、一方通行が立ち上がる。向かうのは玄関。
「おい、どこいくんだ?」
「出てくンだよ。邪魔したな」
「出てくって……」
「言っただろォが、追われてるって。それとも何か、お前は部屋に手榴弾投げ込まれてェのか?」
 サラリと答えた一方通行の言葉に上条は再び絶句する。
 そういってる間にさっさと玄関へ歩を進める一方通行。もう少し話を聞きたい上条はなんとか引きとめようとしてその後を追うが、慌てたせいでドア枠に小指が衝突した。
 あまりの激痛につんのめった後に奇声をあげながら片足で踊り狂う上条。そしてつんのめった拍子にポケットから滑り落ちた携帯を愉快に素敵に完膚無きまでに踏み砕いた。
「ふ、不幸だー!!」
「くっだらね」
 そしてその惨状を華麗にスルーする一方通行。なるほど同情してくれない辺り悪人である。
「テメェの右手は幸運でも打ち消してやがンのか」
「……それ前にも腹ペコシスターに言われた。でも上条さんはそんなオカルトあり得ないと信じたい」
 しかしそう言いつつも静電気から足がつるというコンボをくらう上条。なにかもう本格的にオカルトチックな大宇宙の悪意なんかを感じないでもない。
 不憫そうな視線をむける一方通行にかえって一層悲しくなるも、そこで上条は話がずれていることに気付く。
「そうじゃなくて、お前ここを出てどこか行くアテとかあるのかよ? 追われてるんだろ?」
「追われてるからだろォが。ここで大人しく囲まれンのを待ってろってか?」
「見つからないように大人しくしてればいいだけの話だろ」
「昨晩はこの近辺でドンパチやってたンだ。おおざっぱな場所が割れてる時点で、ジッとしてて9979体の妹達の目から逃れられるワケがねェ。その上この件には街の上層部も一枚噛ンでるからなァ、奴等監視カメラや人工衛星からも情報を得てやがる。この場所もすぐに割れるだろォよ」
「ちょっと待てよ、そんなにヤバイことになってるなら尚更放っておけねーだろ。正直妹達とか上層部とか半信半疑だけど、とにかく『誰か』に追われてるのにお前を放り出せるかよ」


 一方通行は虚を突かれたようにぽかんとする。
 本当に、そんな表情は彼の言うような極悪人には見えなくて。

「じゃあついて来ンのか? 地獄の底まで」

 そしてそんな表情は一瞬で、どこか自虐めいた笑みに塗りつぶされて。上条はその一言で言葉の全てを失った。
 一方通行は暗にこう言っていた。
 こっちにくンな。
「心配すンな、俺だってアテもなく逃げ続けてるワケじゃねえ。ちゃンと解決策は用意してあるンだ」
「解決策ってどんな?」
「だからなンでテメェにご丁寧に説明しなけりゃならねェンだよ」
「う……それは…、ほら」
「それじゃあ、邪魔したな」
 上条が口ごもっている間にさっさと玄関を開き出て行ってしまう一方通行。慌ててその背中に向けて叫ぶ。
「おい! なんか困ったことあったら、いつでも尋ねてきていいからな!」
「あーハイハイ。気が向いたらなァ」
 こちらを振り返りもせず、なおざりに手だけひらひらさせて答える一方通行。
 そしてその姿も、やがてエレベーターホールへの角を曲がって見えなくなった。
 もう部屋の中に戻っても、聞こえるのはセミの鳴き声だけ。まるで最初からそんな人間はいなかったかのように、非日常は一瞬で日常へと姿を変えた。

 ただ一つ。
「あれ、なんだこれ……電極?」
 非日常の欠片を残して。


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