雨宮が口を閉じるまで、他3人は誰1人として口を開くことはなかった。
「それで、学園都市に来て、お前は何をしようとしてんだよ?」
上条は複雑な表情を浮かべて雨宮を見る。
「ローマ正教が気に食わないから、今度は学園都市につくってことか?」
「……………」
雨宮は黙ったままだった。そんな彼の姿に、上条は歯噛みする。
「逃げてきただけだ」
「逃げた?」
「あぁ、そうだよ。ローマ正教に、付いていけなくなった。だから逃げた」
雨宮は槍を影に戻してその場に立ちあがると、くるりと上条達に背を向けた。
「また逃げんのかよ、テメェッ!!」
「悪いかよ! 俺には何にも出来なかったんだ!」
上条の叫びに呼応するように、雨宮の声に感情が混じる。
「こんな力があっても、何にも出来なかったんだ。人を殺す手段にしかならなかったんだよ」
雨宮は上条に向き直る。
悲しみと怒りを半々にしたような表情で、右手を握っていた。
「……その気持ちが、お前に分かるってのかよぉぉぉぉおぉッ!」
雨宮が地面を蹴り、上条に向けて拳を突き出す。
「くっそぉっ」
上条は横っ跳びにそれを回避すると、地面に転がる。
刹那の後、上条の立っていた場所に雨宮の拳が突き刺さる。
上条はよろよろと、その場に立ちあがる。そして真っ直ぐに、雨宮の目を見据える。
「分かんねぇよ」
「あぁ!?」
「テメェの気持ちなんて、分かんねぇっつってんだよ!」
上条は叫ぶ。すぐ前にいる魔術師に向けて。
目の前の、クラスメイトに対して、真っ直ぐに走りこむ。
腰を捻り、振りかぶった拳で雨宮の顔を狙う。
雨宮はそれを左手で受け止めると、上条の走りこむ勢いをそのまま利用して、彼の身体を投げ飛ばす。
「ッがぁ!!」
背負い投げの要領で飛ばされた上条の身体が地面に叩きつけられる。
肺の中の空気が吐きだされ、一瞬だけ、意識が飛ぶ
(負けて、らんねぇんだよ……)
上条は動きの悪い身体を持ちあげ、立ちあがる。
(ここだけは、譲れねぇ)
揺れる視界のまま、雨宮の顔を見据える。
負けられない。
そんな戦線を幾つか越えてきた。
一万人の命や、学園都市の平穏を背負うような、今よりももっと重い戦いの場もあった。
それでも―――
(こんな全てを諦めたようなやつに、負けるわけにはいかねぇ)
上条当麻は譲らない。
「それで、学園都市に来て、お前は何をしようとしてんだよ?」
上条は複雑な表情を浮かべて雨宮を見る。
「ローマ正教が気に食わないから、今度は学園都市につくってことか?」
「……………」
雨宮は黙ったままだった。そんな彼の姿に、上条は歯噛みする。
「逃げてきただけだ」
「逃げた?」
「あぁ、そうだよ。ローマ正教に、付いていけなくなった。だから逃げた」
雨宮は槍を影に戻してその場に立ちあがると、くるりと上条達に背を向けた。
「また逃げんのかよ、テメェッ!!」
「悪いかよ! 俺には何にも出来なかったんだ!」
上条の叫びに呼応するように、雨宮の声に感情が混じる。
「こんな力があっても、何にも出来なかったんだ。人を殺す手段にしかならなかったんだよ」
雨宮は上条に向き直る。
悲しみと怒りを半々にしたような表情で、右手を握っていた。
「……その気持ちが、お前に分かるってのかよぉぉぉぉおぉッ!」
雨宮が地面を蹴り、上条に向けて拳を突き出す。
「くっそぉっ」
上条は横っ跳びにそれを回避すると、地面に転がる。
刹那の後、上条の立っていた場所に雨宮の拳が突き刺さる。
上条はよろよろと、その場に立ちあがる。そして真っ直ぐに、雨宮の目を見据える。
「分かんねぇよ」
「あぁ!?」
「テメェの気持ちなんて、分かんねぇっつってんだよ!」
上条は叫ぶ。すぐ前にいる魔術師に向けて。
目の前の、クラスメイトに対して、真っ直ぐに走りこむ。
腰を捻り、振りかぶった拳で雨宮の顔を狙う。
雨宮はそれを左手で受け止めると、上条の走りこむ勢いをそのまま利用して、彼の身体を投げ飛ばす。
「ッがぁ!!」
背負い投げの要領で飛ばされた上条の身体が地面に叩きつけられる。
肺の中の空気が吐きだされ、一瞬だけ、意識が飛ぶ
(負けて、らんねぇんだよ……)
上条は動きの悪い身体を持ちあげ、立ちあがる。
(ここだけは、譲れねぇ)
揺れる視界のまま、雨宮の顔を見据える。
負けられない。
そんな戦線を幾つか越えてきた。
一万人の命や、学園都市の平穏を背負うような、今よりももっと重い戦いの場もあった。
それでも―――
(こんな全てを諦めたようなやつに、負けるわけにはいかねぇ)
上条当麻は譲らない。
立ち上がった上条と、雨宮が対峙する。
一方はふらふらと足取りすら拙く、一方は真っ直ぐに地を踏む。
それに反するように、上条の目は真っ直ぐに開かれ、雨宮の目は揺れていた。
互いの目の色は、それぞれの心を映す鏡のようだった。
「当り前だろうが………」
上条が口を開く。思いの丈を、吐き出すような声が響く。
「分かんねぇからこそ話をするんだろうが! テメェ1人だけで勝手に納得してんじゃねぇッ」
一瞬、雨宮の目がポカンと見開かれた。
『何を言いたいんだ』そんな表情を示した相手に、上条は続ける。
「何もできねぇってのは、出来る事全部やり終えた奴が言うことだ! テメェは今まで何もかもやって来たってのかよ」
「ッ―――」
雨宮が顔をしかめるが、上条は続ける。言い訳の間すら与えずに、一気に吐き出す。
「一握りの不幸に酔って、テメェの人生がまるまる不幸だなんて勘違いしてんじゃねぇ」
上条の言葉に、雨宮の動きが止まる。
「だったら、立ち向かえって言うのか? あのままローマ正教に挑んで、死ねって言うのかよ」
「違う! そうじゃねぇ。誰も逃げちゃダメだなんて言ってねぇよ」
はっ、としたような顔で、雨宮は上条を見る。
「なんでも1人で背負うなよ。周りに助けを求めろよ。それでも駄目なら俺が一緒に逃げてやる」
「……………」
上条はよろよろと雨宮に近付く。それ以外に、動く者はない。
「なんでだよ?」
雨宮が叫ぶ。ゆっくりと迫る上条の目から逃れるように、目を伏せる。
「なんでそこまで出来んだよ? 俺に関わらなかったら、お前は不幸にならずにすむだろうが!」
「………俺は元々『不幸』だからな、これくらいなら不幸になんねぇよ。それに」
上条はそこで言葉を切る。
「友達ってのは、悩みを打ち明けるもんだろ?」
雨宮の目の前に立ち、上条は右手を握る。
一方はふらふらと足取りすら拙く、一方は真っ直ぐに地を踏む。
それに反するように、上条の目は真っ直ぐに開かれ、雨宮の目は揺れていた。
互いの目の色は、それぞれの心を映す鏡のようだった。
「当り前だろうが………」
上条が口を開く。思いの丈を、吐き出すような声が響く。
「分かんねぇからこそ話をするんだろうが! テメェ1人だけで勝手に納得してんじゃねぇッ」
一瞬、雨宮の目がポカンと見開かれた。
『何を言いたいんだ』そんな表情を示した相手に、上条は続ける。
「何もできねぇってのは、出来る事全部やり終えた奴が言うことだ! テメェは今まで何もかもやって来たってのかよ」
「ッ―――」
雨宮が顔をしかめるが、上条は続ける。言い訳の間すら与えずに、一気に吐き出す。
「一握りの不幸に酔って、テメェの人生がまるまる不幸だなんて勘違いしてんじゃねぇ」
上条の言葉に、雨宮の動きが止まる。
「だったら、立ち向かえって言うのか? あのままローマ正教に挑んで、死ねって言うのかよ」
「違う! そうじゃねぇ。誰も逃げちゃダメだなんて言ってねぇよ」
はっ、としたような顔で、雨宮は上条を見る。
「なんでも1人で背負うなよ。周りに助けを求めろよ。それでも駄目なら俺が一緒に逃げてやる」
「……………」
上条はよろよろと雨宮に近付く。それ以外に、動く者はない。
「なんでだよ?」
雨宮が叫ぶ。ゆっくりと迫る上条の目から逃れるように、目を伏せる。
「なんでそこまで出来んだよ? 俺に関わらなかったら、お前は不幸にならずにすむだろうが!」
「………俺は元々『不幸』だからな、これくらいなら不幸になんねぇよ。それに」
上条はそこで言葉を切る。
「友達ってのは、悩みを打ち明けるもんだろ?」
雨宮の目の前に立ち、上条は右手を握る。
「それでも、お前が何もせずに、誰も頼らずに1人で抱え込むってんなら―――」
上条は握りしめた右手をゆっくりとあげ―――
「―――まずはその幻想をぶち殺す!」
上条は右手を振り、雨宮の左頬に叩きこむ。
防御も、避けることすら忘れた魔術師の身体が吹き飛ぶ。
防御も、避けることすら忘れた魔術師の身体が吹き飛ぶ。
人払いが解除された大通りには、すっかりと夜が訪れていた。
「協力は、してくれますね?」
神裂の言葉に、雨宮は目を伏せた。
「出来得る限り、と言いたいところですが、少し考えさせて下さい」
雨宮の呟きに、上条は少し笑うと、その肩に手をまわした。
「ちょっとくらい待ってやれって、な?」
上条は神裂の顔色を窺うように覗きこむ。
彼女はむむむ、と暫く悩んだ顔をすると、小さく溜息をついた。
「仕方がありません。明日、またお伺いするようにしましょう」
神裂は五和に声をかけると、踵を返した。
「……ありがとう」
「そういうのは、全てが解決してからにしましょう」
そう言った神裂の顔はどこか嬉しそうだった。
「上条も、ありがとう、な」
「ん? 上条さんは礼を言われるようなことは何もやってないですよ?」
そう言って、上条はニヤリと笑ってみせる。
「俺のやりたい事をやっただけだからな」
照れくさそうに笑う上条に、雨宮は一瞬だけ呆けると、思い出したように口元を緩めた。
「あはははは。やっぱ、お前、変わった奴だよ」
雨宮はカラカラと笑う。その顔はどこかスッキリとしていた。
「なんか目が覚めたような気分だ」
「んー、そかそか」
上条は照れたように鼻の下を擦る。
「また、明日な」
「お、おう」
にっこりと微笑んで、雨宮は夜の帳の降りた街へと消えて行った。
「また、明日、か」
上条は空を見上げる。
学園都市の光が、空を照らしている。
(腹、減ったなぁ)
緊張状態から解き放たれたせいか、一気に空腹感を感じる。
ぽんぽんと自分の腹を叩く。ピリッとした痛みが駆け抜ける。
そういえば、身体中ボロボロなんだっけか、と思い、首を回す。
ボキボキと骨が鳴る。
(なんか、忘れてんだよな)
課題でもねぇし、補習もちゃんと受けてきたし。
指を折って1つずつ考えてみるも、なかなか思いつかなかった。
「あ―――」
8つ目まで数えて、上条は目を見開く。
脳裏によぎるは、白いシスターさんだった。
「協力は、してくれますね?」
神裂の言葉に、雨宮は目を伏せた。
「出来得る限り、と言いたいところですが、少し考えさせて下さい」
雨宮の呟きに、上条は少し笑うと、その肩に手をまわした。
「ちょっとくらい待ってやれって、な?」
上条は神裂の顔色を窺うように覗きこむ。
彼女はむむむ、と暫く悩んだ顔をすると、小さく溜息をついた。
「仕方がありません。明日、またお伺いするようにしましょう」
神裂は五和に声をかけると、踵を返した。
「……ありがとう」
「そういうのは、全てが解決してからにしましょう」
そう言った神裂の顔はどこか嬉しそうだった。
「上条も、ありがとう、な」
「ん? 上条さんは礼を言われるようなことは何もやってないですよ?」
そう言って、上条はニヤリと笑ってみせる。
「俺のやりたい事をやっただけだからな」
照れくさそうに笑う上条に、雨宮は一瞬だけ呆けると、思い出したように口元を緩めた。
「あはははは。やっぱ、お前、変わった奴だよ」
雨宮はカラカラと笑う。その顔はどこかスッキリとしていた。
「なんか目が覚めたような気分だ」
「んー、そかそか」
上条は照れたように鼻の下を擦る。
「また、明日な」
「お、おう」
にっこりと微笑んで、雨宮は夜の帳の降りた街へと消えて行った。
「また、明日、か」
上条は空を見上げる。
学園都市の光が、空を照らしている。
(腹、減ったなぁ)
緊張状態から解き放たれたせいか、一気に空腹感を感じる。
ぽんぽんと自分の腹を叩く。ピリッとした痛みが駆け抜ける。
そういえば、身体中ボロボロなんだっけか、と思い、首を回す。
ボキボキと骨が鳴る。
(なんか、忘れてんだよな)
課題でもねぇし、補習もちゃんと受けてきたし。
指を折って1つずつ考えてみるも、なかなか思いつかなかった。
「あ―――」
8つ目まで数えて、上条は目を見開く。
脳裏によぎるは、白いシスターさんだった。
「ねぇ、とうま」
「な、なんでしょうか、姫?」
上条は冷や汗を流しながらインデックスの前に正座していた。
(な、なんだか凄く怒ってらっしゃる!? おかしい。五和にならって餌付けしたというのにッ!!)
上条は目の前で怒りオーラを放っているインデックスを見据える。
その雰囲気からは『もういつでも噛みつけます準備万端ですぜ』と言われているようだった。
「イ、インデックス、さん?」
「とうま。とうまは今日は真っ直ぐに家に帰ってくるはずだったよね?」
「は、はい。そうですね」
上条は学校に向かう前に『真っ直ぐに帰ってくるから』と言い残していた事を思い出す。
三バカの一翼を担う上条の頭でも『覚えている』のだから、目の前の少女が忘れているわけがない。
「じゃぁ、なんでこんなに遅くなったのかな?」
「いやいやいや、インデックスさん。ソレには深いわけがありまして、補習だったんですよ―?」
「『ほしゅー』をやってる日でもこんなに遅くはならないよね?」
「ううっ」
ぐぅの音も出ない、とはこういうことを言うのだろうか。
上条はインデックスからゆっくりと目線を背ける。
背けた先ではスフィンクスが『毎度毎度飽きねーよな、こいつら』というような顔で毛づくろいをしている。
「あ、あのですね」
「言い訳は良いんだよ」
インデックスは上条の言葉を遮ると、顔を俯ける。
「それに、なんだかボロボロだし」
「…………インデックス」
上条が目線を戻すと、涙目のインデックスが鼻を赤くしていた。
「ねぇ、とうま。今度は誰のために戦ってきたの?」
「……なんていうか、自分の為だよ」
上条はインデックスの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でた。
「な、なんでしょうか、姫?」
上条は冷や汗を流しながらインデックスの前に正座していた。
(な、なんだか凄く怒ってらっしゃる!? おかしい。五和にならって餌付けしたというのにッ!!)
上条は目の前で怒りオーラを放っているインデックスを見据える。
その雰囲気からは『もういつでも噛みつけます準備万端ですぜ』と言われているようだった。
「イ、インデックス、さん?」
「とうま。とうまは今日は真っ直ぐに家に帰ってくるはずだったよね?」
「は、はい。そうですね」
上条は学校に向かう前に『真っ直ぐに帰ってくるから』と言い残していた事を思い出す。
三バカの一翼を担う上条の頭でも『覚えている』のだから、目の前の少女が忘れているわけがない。
「じゃぁ、なんでこんなに遅くなったのかな?」
「いやいやいや、インデックスさん。ソレには深いわけがありまして、補習だったんですよ―?」
「『ほしゅー』をやってる日でもこんなに遅くはならないよね?」
「ううっ」
ぐぅの音も出ない、とはこういうことを言うのだろうか。
上条はインデックスからゆっくりと目線を背ける。
背けた先ではスフィンクスが『毎度毎度飽きねーよな、こいつら』というような顔で毛づくろいをしている。
「あ、あのですね」
「言い訳は良いんだよ」
インデックスは上条の言葉を遮ると、顔を俯ける。
「それに、なんだかボロボロだし」
「…………インデックス」
上条が目線を戻すと、涙目のインデックスが鼻を赤くしていた。
「ねぇ、とうま。今度は誰のために戦ってきたの?」
「……なんていうか、自分の為だよ」
上条はインデックスの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でた。
とある河川敷。
上条と別れた雨宮は、川沿いの小道を歩いていた。
(ちょっと、頑張りすぎたかなぁ)
動きの悪い身体に、雨宮は落胆を隠せないような顔で息を吐いた。
『一握りの不幸に酔って、テメェの人生がまるまる不幸だなんて勘違いしてんじゃねぇ』
『なんでも1人で背負うなよ。周りに助けを求めろよ。それでも駄目なら俺が一緒に逃げてやる』
(勝手なことばっかり言いやがって―――)
「お前が言う事かよ」
言葉の内容とは裏腹に、口調は穏やかなものだった。
(にしても、あんな事言われたのは初め―――!?)
「ッ、ごほっ、こほッ」
肺の奥から飛び出すような咳に、雨宮は慌てて口を押さえる。
息と一緒にとびだした『それ』は、生温かい鮮血だった。
「………………」
雨宮は顔をしかめると、口元を拭う。
溜息をつく。
何が変わるわけではない。それでも、自分の中に溜まる黒いものを吐き出す様に。
「あーまみーやさーん」
「ぅっ!?」
声がひとつ。
慌てて振り返った先には、黒髪の女の子が立っていた。
「さ、佐天サン!?」
「はーい、貴方のアイドル、佐天さんですよー」
いえーい、と言わんばかりに、佐天はピースサインを見せる。
その元気な視線から隠す様に、雨宮は血濡れた右手を自分の後ろに隠した。
「………あれだ、なんていうんだろ………殴っていいか?」
「えー、これでも女の子なんですよ」
にこにこと笑う佐天を前にして、雨宮は大きく息を吐いた。
(無邪気と言うか、好奇心旺盛と言うか……)
雨宮はニヤついている佐天の顔を気にしつつ、少しだけ懐古する。
(今まではなかなか無かったよなぁ、こんな顔を向けられるなんてさ)
上条にしろ、佐天にしろ。喧嘩を吹っ掛けてきた美琴でさえ、雨宮にとっては好ましい態度だった。
今まで、興味を向けられるような、気味悪がられるような、そんな視線ばかりを受けてきた。
例えるならば、最新兵器の展示会の様な、そんな目線を。
(大切にすべきはこういうのなんだろうね)
自然と、口元が緩む。
「なに考えてるんですか?」
「なんでもねーですよ」
「いやいや、何か黄昏れてたじゃないですか」
不敵に笑い、下からのぞきこんでくる佐天にたじろぎながら、雨宮は左手でその頭を押し戻す。
「今日の晩御飯は何にしようかなー、って考えてたんですよ」
「あははっ………そういうことにしておきます」
佐天はにんまりとしながら雨宮に背を向ける。
「少し、愚痴ってもいいですか?」
振り向いた佐天の顔は、先程とは違う色だった。
上条と別れた雨宮は、川沿いの小道を歩いていた。
(ちょっと、頑張りすぎたかなぁ)
動きの悪い身体に、雨宮は落胆を隠せないような顔で息を吐いた。
『一握りの不幸に酔って、テメェの人生がまるまる不幸だなんて勘違いしてんじゃねぇ』
『なんでも1人で背負うなよ。周りに助けを求めろよ。それでも駄目なら俺が一緒に逃げてやる』
(勝手なことばっかり言いやがって―――)
「お前が言う事かよ」
言葉の内容とは裏腹に、口調は穏やかなものだった。
(にしても、あんな事言われたのは初め―――!?)
「ッ、ごほっ、こほッ」
肺の奥から飛び出すような咳に、雨宮は慌てて口を押さえる。
息と一緒にとびだした『それ』は、生温かい鮮血だった。
「………………」
雨宮は顔をしかめると、口元を拭う。
溜息をつく。
何が変わるわけではない。それでも、自分の中に溜まる黒いものを吐き出す様に。
「あーまみーやさーん」
「ぅっ!?」
声がひとつ。
慌てて振り返った先には、黒髪の女の子が立っていた。
「さ、佐天サン!?」
「はーい、貴方のアイドル、佐天さんですよー」
いえーい、と言わんばかりに、佐天はピースサインを見せる。
その元気な視線から隠す様に、雨宮は血濡れた右手を自分の後ろに隠した。
「………あれだ、なんていうんだろ………殴っていいか?」
「えー、これでも女の子なんですよ」
にこにこと笑う佐天を前にして、雨宮は大きく息を吐いた。
(無邪気と言うか、好奇心旺盛と言うか……)
雨宮はニヤついている佐天の顔を気にしつつ、少しだけ懐古する。
(今まではなかなか無かったよなぁ、こんな顔を向けられるなんてさ)
上条にしろ、佐天にしろ。喧嘩を吹っ掛けてきた美琴でさえ、雨宮にとっては好ましい態度だった。
今まで、興味を向けられるような、気味悪がられるような、そんな視線ばかりを受けてきた。
例えるならば、最新兵器の展示会の様な、そんな目線を。
(大切にすべきはこういうのなんだろうね)
自然と、口元が緩む。
「なに考えてるんですか?」
「なんでもねーですよ」
「いやいや、何か黄昏れてたじゃないですか」
不敵に笑い、下からのぞきこんでくる佐天にたじろぎながら、雨宮は左手でその頭を押し戻す。
「今日の晩御飯は何にしようかなー、って考えてたんですよ」
「あははっ………そういうことにしておきます」
佐天はにんまりとしながら雨宮に背を向ける。
「少し、愚痴ってもいいですか?」
振り向いた佐天の顔は、先程とは違う色だった。
「あれから、1人で練習したりしたんですけど、全然上手く行きません」
「…………そう、なんだ」
「あのとき少しだけ出た能力も出なくなっちゃって―――」
佐天はその場から2、3歩進み、空を見上げる。
丸い月が学園都市を照らしていた。
「―――やっぱり、私には無理なのかなって」
「諦めちゃうの?」
雨宮はいつもより小さく見える佐天の背中に向けて呟く。
「逃げるのはいつでも、誰でもできる。全部やってから、諦めろって―――」
(俺もさっき教えられたことだけど……)
雨宮は自嘲気味にぼやく。
(テメェも出来てない事を……人に言えた身じゃないのにな)
「……レベル4の、大能力者のあなたには、やっぱり分からないですよ」
消え入るような声だった。くぐもった声だった。
それでも、感情のこもった、想いのこもった、そんな言葉だった。
「……………」
雨宮には言い返せない。
佐天の言葉を否定する事さえもできない。
そんな資格がないと、そうも思っているが―――。
そもそも、レベル4どころか超能力者ですらない。自分を偽っているのだから。
「俺は―――」
「あはははははははははッ!! なぁに人間染みた事やってるんですかぁ?」
雨宮の言葉を遮るように、楽しげな女の声が響く。
バッ、と音が鳴るような勢いで振り向いた先には、黒いコートに身を隠した女が一人立っていた。
「久しぶり、っていうのが一番合ってるかな? 雨宮くん」
「……な、んで」
雨宮の顔が驚愕に歪み、佐天は理解できないような顔でキョロキョロしている。
最大限に張り詰めた視線の先で、女の顔を隠していたフードが落ちる。
顔の右半分に面をつけた女は相変わらず楽しげに笑っている。
「忘れた、とか哀しい事は言わないでくださいね、雨宮くん。いや―――」
不敵に笑っていた女の表情が崩れ、敵意をむき出しにした顔が現れる。
「―――実験動物、って言った方が良かったですかね?」
「パウラ=オルディーニ……」
雨宮が吐き捨てるように言うと、パウラは嬉しそうに口角を上げた。
「あはっ、はははははッ! バケモノでも覚えるくらいは出来るんですね」
ニヤリと歪めた口元に、雨宮は恐怖を感じた。
憎しみだけでない、様々な黒い感情が入り混じったようなその笑顔は、まるで地獄のようであった。
「ん、なっ……」
がくり、と膝から落ちるように、佐天が崩れ落ちる。
その顔には感情は浮かんでいなかった。
『理解を超えた何か』を見た、そんな顔だった。
「おやぁ? その子はガールフレンドかなにかですか?」
「うぁっ!?」
向けられた視線から逃れるように、佐天は足掻く。
抜けた腰に力は入らず、じたばたと溺れたように手足が動くだけだった。
「やめろ……コイツは関係ないだろ」
雨宮は2人の間に割って入るように立つ。その左手には鉄槍『ヴィグ』が握られていた。
「おっと、ワタシと戦えるんですか?」
「ちょっと教えられてね、逃げちゃダメな時もあるんだとさ」
雨宮は眉を吊り上げ、パウラを睨む。緊張感のないパウラの顔は相変わらずニヤニヤしていた。
「ふんふん、敢えて、もう一度聞きましょうか。私と、戦えるんですかね?」
パウラは自分の左手で右手を指差す。まるで『自分の右手を見てみろよ』と言わんばかりの動作に、雨宮の右手に視線が集まる。
「あ、あ、あああ、あまみ、や……さん?」
「………………」
血に濡れた右手を隠そうと、雨宮は手を握る。
その動作をどうとったのか、パウラはニヤリと笑う。
「そんな身体で、戦えるのかなぁ? あ・ま・み・や・くん?」
ニタリと笑うパウラに、雨宮は地を踏みしめた。
「…………そう、なんだ」
「あのとき少しだけ出た能力も出なくなっちゃって―――」
佐天はその場から2、3歩進み、空を見上げる。
丸い月が学園都市を照らしていた。
「―――やっぱり、私には無理なのかなって」
「諦めちゃうの?」
雨宮はいつもより小さく見える佐天の背中に向けて呟く。
「逃げるのはいつでも、誰でもできる。全部やってから、諦めろって―――」
(俺もさっき教えられたことだけど……)
雨宮は自嘲気味にぼやく。
(テメェも出来てない事を……人に言えた身じゃないのにな)
「……レベル4の、大能力者のあなたには、やっぱり分からないですよ」
消え入るような声だった。くぐもった声だった。
それでも、感情のこもった、想いのこもった、そんな言葉だった。
「……………」
雨宮には言い返せない。
佐天の言葉を否定する事さえもできない。
そんな資格がないと、そうも思っているが―――。
そもそも、レベル4どころか超能力者ですらない。自分を偽っているのだから。
「俺は―――」
「あはははははははははッ!! なぁに人間染みた事やってるんですかぁ?」
雨宮の言葉を遮るように、楽しげな女の声が響く。
バッ、と音が鳴るような勢いで振り向いた先には、黒いコートに身を隠した女が一人立っていた。
「久しぶり、っていうのが一番合ってるかな? 雨宮くん」
「……な、んで」
雨宮の顔が驚愕に歪み、佐天は理解できないような顔でキョロキョロしている。
最大限に張り詰めた視線の先で、女の顔を隠していたフードが落ちる。
顔の右半分に面をつけた女は相変わらず楽しげに笑っている。
「忘れた、とか哀しい事は言わないでくださいね、雨宮くん。いや―――」
不敵に笑っていた女の表情が崩れ、敵意をむき出しにした顔が現れる。
「―――実験動物、って言った方が良かったですかね?」
「パウラ=オルディーニ……」
雨宮が吐き捨てるように言うと、パウラは嬉しそうに口角を上げた。
「あはっ、はははははッ! バケモノでも覚えるくらいは出来るんですね」
ニヤリと歪めた口元に、雨宮は恐怖を感じた。
憎しみだけでない、様々な黒い感情が入り混じったようなその笑顔は、まるで地獄のようであった。
「ん、なっ……」
がくり、と膝から落ちるように、佐天が崩れ落ちる。
その顔には感情は浮かんでいなかった。
『理解を超えた何か』を見た、そんな顔だった。
「おやぁ? その子はガールフレンドかなにかですか?」
「うぁっ!?」
向けられた視線から逃れるように、佐天は足掻く。
抜けた腰に力は入らず、じたばたと溺れたように手足が動くだけだった。
「やめろ……コイツは関係ないだろ」
雨宮は2人の間に割って入るように立つ。その左手には鉄槍『ヴィグ』が握られていた。
「おっと、ワタシと戦えるんですか?」
「ちょっと教えられてね、逃げちゃダメな時もあるんだとさ」
雨宮は眉を吊り上げ、パウラを睨む。緊張感のないパウラの顔は相変わらずニヤニヤしていた。
「ふんふん、敢えて、もう一度聞きましょうか。私と、戦えるんですかね?」
パウラは自分の左手で右手を指差す。まるで『自分の右手を見てみろよ』と言わんばかりの動作に、雨宮の右手に視線が集まる。
「あ、あ、あああ、あまみ、や……さん?」
「………………」
血に濡れた右手を隠そうと、雨宮は手を握る。
その動作をどうとったのか、パウラはニヤリと笑う。
「そんな身体で、戦えるのかなぁ? あ・ま・み・や・くん?」
ニタリと笑うパウラに、雨宮は地を踏みしめた。
「逃げろ」
「え?」
張り詰めた空気の中で、雨宮が呟く。言葉をかけられた佐天は、キョトンと固まるのみだった。
「いいから。ちゃんと立って、全力で走れ。振り返んな」
「な、何を言ってるんですか?」
雨宮は佐天にに振り向くことなく、油断なく構えていた。
その目は限界まで引き絞った弓のように張り詰めていた。
「な、何かの遊びですよね? あはは、ドッキリ、とかですか?」
佐天は混乱した頭をなんとか引き締めようと無理矢理に笑う。
余りにも現実離れした光景に、目が回りそうになる。
「説明は後だ。早く走れ」
雨宮は笑わない。笑っているパウラの顔も、冗談だとは言っていなかった。
「な、なにが、?」
「あはははッ! いいですねぇ。随分と人間っぽくなったじゃないですか」
パウラは大声で笑う。その声は心底楽しそうであり、心底残酷であった。
「殺してあげる」
ニィッ、と笑ったパウラが右手を挙げた瞬間、光線にも似たものが走る。
「ッ!?」
その光が見えたと同時に、雨宮は全力を持って宙を舞っていた。
「え、え、ええっ!?」
その腕の中には小さく震える佐天がいる。
「口閉じてろ」
舌噛むぞ、と続け、雨宮はパウラから50mほど離れた川沿いに降りた。
「とりあえず、どっかに隠れてて」
雨宮はそう言い残し、思い切り地を蹴る。
ドンッ、と大砲のような音が鳴り、まさしく撃ち出された砲弾のごとく雨宮の身体が駆ける。
「うおおぉぉぉぉァァァッ!!」
全身の捻りを利かせてから打ち出した槍の一撃は、当たればトラックでさえ粉々にするような威力だった。
霊装ヴィグの効力は1つ。致命傷になりうる攻撃を全てゼロまで軽減するというもの。
直接打ち込めば何事もなかったように進むだけだった。
(だったら、目標をずらして、立ってる地面ごと吹き飛ばす!)
雨宮の狙い通り、振るわれた一撃は確かにパウラの少し前に決まっていたはずだった。
「あははッ! 流石に、化け物じみた威力ですね」
「なっ!?」
槍の切っ先は地面に決まることなく、パウラの手に収まっていた。
「貴方の狙いは分かってますよ? だったら自分からぶつかりに行けばいいんじゃないですか」
パウラは笑みを崩さない。絶対に負けはないと自負しているかのような目で、雨宮を見る。
「だって、当たってもダメージがないんでしょう?」
「くっ……んならァ」
雨宮は右手を振るい、パウラの顔面を狙う。
腰の捻りの利いた一撃が致命傷にならない程度で繰り出される。
「はああああぁぁぁぁぁっ!!」
「甘い、甘いよ、雨宮くん?」
その一撃はパウラの小さな右手に収まっていた。
致命傷にならない、と言っても、聖人級の能力を持って繰り出された拳がいとも簡単に受け止められていた。
「な、んで?」
「あはははははははッ! 仮にも貴方を『作った』のはワタシなんですよ?」
パウラは笑みを絶やさない。そして、自信たっぷりの顔で続けた。
「対策してこないワケがないでしょうよ」
「ごはぁっ!?」
パウラは左手を開く。それだけの行為で、雨宮の身体が数メートルも吹き飛んだ。
「え?」
張り詰めた空気の中で、雨宮が呟く。言葉をかけられた佐天は、キョトンと固まるのみだった。
「いいから。ちゃんと立って、全力で走れ。振り返んな」
「な、何を言ってるんですか?」
雨宮は佐天にに振り向くことなく、油断なく構えていた。
その目は限界まで引き絞った弓のように張り詰めていた。
「な、何かの遊びですよね? あはは、ドッキリ、とかですか?」
佐天は混乱した頭をなんとか引き締めようと無理矢理に笑う。
余りにも現実離れした光景に、目が回りそうになる。
「説明は後だ。早く走れ」
雨宮は笑わない。笑っているパウラの顔も、冗談だとは言っていなかった。
「な、なにが、?」
「あはははッ! いいですねぇ。随分と人間っぽくなったじゃないですか」
パウラは大声で笑う。その声は心底楽しそうであり、心底残酷であった。
「殺してあげる」
ニィッ、と笑ったパウラが右手を挙げた瞬間、光線にも似たものが走る。
「ッ!?」
その光が見えたと同時に、雨宮は全力を持って宙を舞っていた。
「え、え、ええっ!?」
その腕の中には小さく震える佐天がいる。
「口閉じてろ」
舌噛むぞ、と続け、雨宮はパウラから50mほど離れた川沿いに降りた。
「とりあえず、どっかに隠れてて」
雨宮はそう言い残し、思い切り地を蹴る。
ドンッ、と大砲のような音が鳴り、まさしく撃ち出された砲弾のごとく雨宮の身体が駆ける。
「うおおぉぉぉぉァァァッ!!」
全身の捻りを利かせてから打ち出した槍の一撃は、当たればトラックでさえ粉々にするような威力だった。
霊装ヴィグの効力は1つ。致命傷になりうる攻撃を全てゼロまで軽減するというもの。
直接打ち込めば何事もなかったように進むだけだった。
(だったら、目標をずらして、立ってる地面ごと吹き飛ばす!)
雨宮の狙い通り、振るわれた一撃は確かにパウラの少し前に決まっていたはずだった。
「あははッ! 流石に、化け物じみた威力ですね」
「なっ!?」
槍の切っ先は地面に決まることなく、パウラの手に収まっていた。
「貴方の狙いは分かってますよ? だったら自分からぶつかりに行けばいいんじゃないですか」
パウラは笑みを崩さない。絶対に負けはないと自負しているかのような目で、雨宮を見る。
「だって、当たってもダメージがないんでしょう?」
「くっ……んならァ」
雨宮は右手を振るい、パウラの顔面を狙う。
腰の捻りの利いた一撃が致命傷にならない程度で繰り出される。
「はああああぁぁぁぁぁっ!!」
「甘い、甘いよ、雨宮くん?」
その一撃はパウラの小さな右手に収まっていた。
致命傷にならない、と言っても、聖人級の能力を持って繰り出された拳がいとも簡単に受け止められていた。
「な、んで?」
「あはははははははッ! 仮にも貴方を『作った』のはワタシなんですよ?」
パウラは笑みを絶やさない。そして、自信たっぷりの顔で続けた。
「対策してこないワケがないでしょうよ」
「ごはぁっ!?」
パウラは左手を開く。それだけの行為で、雨宮の身体が数メートルも吹き飛んだ。
(な、何が起きたんだ?)
雨宮はふらふらと立ち上がり、ダメージを受けた部分を見る。
小さな爆弾によって吹き飛ばされたような、そんな傷跡だった。
「お前、なにをした?」
「うんうん。そんなこと、知らなくてもいいんですよ」
パウラは地を蹴る。
ただの人間でしかないはずのパウラのそれは、明らかに常軌を逸していた。
「ッ!?」
「聖人相手にするんだ、能力強化の術式くらい、用意して来るに決まってるじゃないですか?」
あっという間に距離を詰めたパウラは右手を振るう。
見えない刃物で切りつけたように、雨宮の身体に傷が入る。
「能力、強化、だと?」
雨宮は後ろに飛んで追撃を回避し、槍を構える。
(それにしちゃぁ、スムーズだな……)
もし聖人級の能力強化が単体で行えるのなら、雨宮の様な実験は行われなかったはずだ。
手軽に、かつ他者の補助がない状態での聖人の量産が目的だったのだから。
「………補助術式を受けてるってことか」
「おおう、御名答!」
雨宮の言葉に、パウラは嬉しそうに答えた。
「科学者たるもの、自分の研究や成果を発表する時が一番楽しいんですけどね」
くっくっく、と笑う彼女はそのまま続ける。
「今から死ぬ奴に説明しても仕方ないので、やめときます」
パウラはちらりと雨宮から視線を外す。
「1人だと、寂しいかな?」
「え?」
ゆらり、とパウラの身体が揺れたかと思うと、次の瞬間には佐天の前に立っていた。
まるで姿を消して動いたかのような動きに、雨宮の身体が一瞬固まる。
「あ、れ?」
「すいません。貴方には関係ない事なのだけど」
佐天は突然目の前に現れたパウラに驚きを隠せない。
その身体は逃げるどころか、身を守る術すら持っていなかった。
(間に、あえッ)
雨宮は手に持っていた槍を思い切り投げつける。
佐天に向けて投げられたそれは直撃コースから逸れないまま、一直線に飛ぶ。
「な、なに!?」
恐怖で佐天の顔が曇るが、身体は動かない。
そのまま身体で槍を受ける。
全てのダメージを軽減した霊装ヴィグは佐天の身体を護るように、2人の間に突き刺さっていた。
「あれ、あたし……生きて、る?」
確かに貫かれた筈なのに、佐天はぐるぐると目が回るのを感じた。
「それ持ってろッ」
雨宮の言葉が耳に入る。
持ってろ、と。だが―――今の彼女には、その意味を理解できるほど落ち着いた理性を保てていなかった。
(ダメかっ)
雨宮が駆けだそうとした、まさに瞬間だった。
「あははははははははッ!!」
「ッ!!」
佐天の近くに居たはずのパウラの声が、すぐ後ろから聞こえた。
「楽しいもんですね。全てが上手くいくなんて」
雨宮はふらふらと立ち上がり、ダメージを受けた部分を見る。
小さな爆弾によって吹き飛ばされたような、そんな傷跡だった。
「お前、なにをした?」
「うんうん。そんなこと、知らなくてもいいんですよ」
パウラは地を蹴る。
ただの人間でしかないはずのパウラのそれは、明らかに常軌を逸していた。
「ッ!?」
「聖人相手にするんだ、能力強化の術式くらい、用意して来るに決まってるじゃないですか?」
あっという間に距離を詰めたパウラは右手を振るう。
見えない刃物で切りつけたように、雨宮の身体に傷が入る。
「能力、強化、だと?」
雨宮は後ろに飛んで追撃を回避し、槍を構える。
(それにしちゃぁ、スムーズだな……)
もし聖人級の能力強化が単体で行えるのなら、雨宮の様な実験は行われなかったはずだ。
手軽に、かつ他者の補助がない状態での聖人の量産が目的だったのだから。
「………補助術式を受けてるってことか」
「おおう、御名答!」
雨宮の言葉に、パウラは嬉しそうに答えた。
「科学者たるもの、自分の研究や成果を発表する時が一番楽しいんですけどね」
くっくっく、と笑う彼女はそのまま続ける。
「今から死ぬ奴に説明しても仕方ないので、やめときます」
パウラはちらりと雨宮から視線を外す。
「1人だと、寂しいかな?」
「え?」
ゆらり、とパウラの身体が揺れたかと思うと、次の瞬間には佐天の前に立っていた。
まるで姿を消して動いたかのような動きに、雨宮の身体が一瞬固まる。
「あ、れ?」
「すいません。貴方には関係ない事なのだけど」
佐天は突然目の前に現れたパウラに驚きを隠せない。
その身体は逃げるどころか、身を守る術すら持っていなかった。
(間に、あえッ)
雨宮は手に持っていた槍を思い切り投げつける。
佐天に向けて投げられたそれは直撃コースから逸れないまま、一直線に飛ぶ。
「な、なに!?」
恐怖で佐天の顔が曇るが、身体は動かない。
そのまま身体で槍を受ける。
全てのダメージを軽減した霊装ヴィグは佐天の身体を護るように、2人の間に突き刺さっていた。
「あれ、あたし……生きて、る?」
確かに貫かれた筈なのに、佐天はぐるぐると目が回るのを感じた。
「それ持ってろッ」
雨宮の言葉が耳に入る。
持ってろ、と。だが―――今の彼女には、その意味を理解できるほど落ち着いた理性を保てていなかった。
(ダメかっ)
雨宮が駆けだそうとした、まさに瞬間だった。
「あははははははははッ!!」
「ッ!!」
佐天の近くに居たはずのパウラの声が、すぐ後ろから聞こえた。
「楽しいもんですね。全てが上手くいくなんて」
(な、に―――?)
雨宮の目が驚愕で開かれる。
何かがおかしい。
それは分かっているというのに、何がおかしいかが分からなかった。
手に持っている小さな槍の様な刃物もさっきまでは持っていなかった『はず』だった。
まるで映像を捻じ曲げたような現象。
雨宮がパウラの方に振り返った瞬間、稲妻のような閃光が煌めく。
「少しヒントをあげるなら、何のために『魔術御手』を撒いたか、ってことです」
ズバァァンッ、という轟音が響き、雨宮の身体が河の水面を跳ねる。
反対側の岸、草に埋もれて、雨宮の身体が止まった。
「『聖人崩し』ですか。急造にしてはいい効果です」
パウラは持っていた小さな槍を投げ捨てると、一歩ずつ雨宮へと近づく。
河の上を歩き、少しも濡れないまま、向こう岸へと足をつける。
「偏光、術式……か」
雨宮はゆっくりと立ち上がる。
口元からは血が垂れ、足はガクガクと震え、立っているのがやっとであるようだった。
「当たらずも遠からず、ってとこですね」
「そう、か」
ごぼっ、という水の漏れるような音を立てて、雨宮の口から血が滴る。
「ワタシの魔法名は、覚えておいでで?」
ニヤニヤと笑うパウラを前に、雨宮は意識が遠のくのを感じた。
自分の内側から、何かが少しずつ壊れて行っている様な、そんな感覚が全身を襲う。
(魔法名………『unda447』……………示すものは―――)
がくりと、膝をつく。雨宮にはもう、動く力は残されてはいなかった。
(そうか―――そういう、ことか)
雨宮は難問を解き明かした時のように、微笑んだ。
視界から消えたような不可解な動きも、見えなかった武器も。
最初に現れたときは姿どころか、音さえも感じなかった。
(undaの指すものは―――)
雨宮は意識を失う。その瞬間に、視界の端で黒髪がなびいた事も、気づけないままに。
「さて、今度こそ死んでくださいね」
「ま、待って!」
パウラは手を振り上げたまま、声のした方向に顔を向ける。
「もう、止めてください」
「止めなかったら、どうするんです?」
パウラの視界の先には、佐天涙子が立っていた。
涙目で、震えた小さな手の中には先程投げ捨てられた小さな刃物が握られていた。
「それで、ワタシを殺しますか?」
「貴方が…止めて、くれないなら」
震える手を抑えるように、佐天は力を込める。
「まず、届かないでしょうよ」
ふっ、と鼻で笑う。佐天から興味を失くしたように、パウラは視線を雨宮に戻した。
雨宮の目が驚愕で開かれる。
何かがおかしい。
それは分かっているというのに、何がおかしいかが分からなかった。
手に持っている小さな槍の様な刃物もさっきまでは持っていなかった『はず』だった。
まるで映像を捻じ曲げたような現象。
雨宮がパウラの方に振り返った瞬間、稲妻のような閃光が煌めく。
「少しヒントをあげるなら、何のために『魔術御手』を撒いたか、ってことです」
ズバァァンッ、という轟音が響き、雨宮の身体が河の水面を跳ねる。
反対側の岸、草に埋もれて、雨宮の身体が止まった。
「『聖人崩し』ですか。急造にしてはいい効果です」
パウラは持っていた小さな槍を投げ捨てると、一歩ずつ雨宮へと近づく。
河の上を歩き、少しも濡れないまま、向こう岸へと足をつける。
「偏光、術式……か」
雨宮はゆっくりと立ち上がる。
口元からは血が垂れ、足はガクガクと震え、立っているのがやっとであるようだった。
「当たらずも遠からず、ってとこですね」
「そう、か」
ごぼっ、という水の漏れるような音を立てて、雨宮の口から血が滴る。
「ワタシの魔法名は、覚えておいでで?」
ニヤニヤと笑うパウラを前に、雨宮は意識が遠のくのを感じた。
自分の内側から、何かが少しずつ壊れて行っている様な、そんな感覚が全身を襲う。
(魔法名………『unda447』……………示すものは―――)
がくりと、膝をつく。雨宮にはもう、動く力は残されてはいなかった。
(そうか―――そういう、ことか)
雨宮は難問を解き明かした時のように、微笑んだ。
視界から消えたような不可解な動きも、見えなかった武器も。
最初に現れたときは姿どころか、音さえも感じなかった。
(undaの指すものは―――)
雨宮は意識を失う。その瞬間に、視界の端で黒髪がなびいた事も、気づけないままに。
「さて、今度こそ死んでくださいね」
「ま、待って!」
パウラは手を振り上げたまま、声のした方向に顔を向ける。
「もう、止めてください」
「止めなかったら、どうするんです?」
パウラの視界の先には、佐天涙子が立っていた。
涙目で、震えた小さな手の中には先程投げ捨てられた小さな刃物が握られていた。
「それで、ワタシを殺しますか?」
「貴方が…止めて、くれないなら」
震える手を抑えるように、佐天は力を込める。
「まず、届かないでしょうよ」
ふっ、と鼻で笑う。佐天から興味を失くしたように、パウラは視線を雨宮に戻した。
(確かに、届かない)
佐天は槍を右手で握り、大きく振りかぶる。
(あたしの力じゃ、何処まで出来るか分かんないけど)
思い切り投げる。力のない佐天では、河の中腹まで届けば良いくらいのものだった。
「ここでッ! 出さなきゃ、いつだすのよっ!!」
奥歯を噛み、両手を突き出す。
一瞬。
ほんの一瞬だった。
突風が巻き起こり、投げられた槍を運ぶ。
ぐさり、と。届かなかったはずの刃は、パウラの背に突き刺さった。
「………あはは―――」
パウラはゆっくりと振り返り、突き刺さった槍を抜く。
致命傷にも至らない、大したダメージすら通らなかったであろうその刃も、たしかに『届いた』。
「あはははははははッ! いいでしょう、貴方から殺してあげますよ」
パウラが笑う。ゆったりと地面を蹴り、佐天に近付く。
「あんな事しなきゃ、死なずに済んだんですけどね?」
「…………や………から」
「はい?」
少しずつ近づいてくるパウラに、佐天は蚊の鳴くような声で話す。
「諦めるのは、出来る事全部やってからにしないと、いけないから」
にこりと笑う。
佐天自身も、何故笑ったのか分からなかった。
そうしようと思ったのではなく、自然にそう動いた。
「さようなら」
パウラは手に持った槍を佐天へと投げつける。
高速で飛んだその槍は、真っ直ぐに佐天の喉元へと飛ぶ。
(もう、ダメッ……御坂さん、白井さん…ういはる……)
ゴッ、という轟音が鳴り、佐天は身体が投げ出されたような浮遊感を感じた。
何秒たったろうか、痛みすら襲ってこない状況を不思議に思い、佐天はゆっくりと目を開ける。
目の前には横たわった雨宮がいた。
(あれ、死んだ世界ってこんな感じなのかな?)
ふと、見てみると、何処かの屋上に寝かされているようだった。
「気付いたか?」
佐天がキョトンとしていると、不意に声が飛んでくる。
低い、質量のある声だった。
「歩けるなら医者を呼んで来い。ちょうど、ここは病院の屋上のはずである」
青い服を纏った大男は、雨宮の近くに腰掛け何かを呟いていた。
心なしか正規の戻ったような雨宮の顔に、佐天は少しだけ安堵する。
「早く行け」
「あ、はい!」
急かされるようにして、佐天は駆ける。屋上からの非常階段を開けたところで、ふと立ち止まった。
「あ、あの……貴方は?」
「貴様が知る必要はない」
「…………………」
バタン、と扉が閉まり、階段を駆け下りて行く音が響く。
それ以外何の音もしない空間に、回復魔術の淡い光が灯る。
「ただのゴロツキに、語る名前などあるものか」
男の独白は学園都市の闇に消えた。
佐天は槍を右手で握り、大きく振りかぶる。
(あたしの力じゃ、何処まで出来るか分かんないけど)
思い切り投げる。力のない佐天では、河の中腹まで届けば良いくらいのものだった。
「ここでッ! 出さなきゃ、いつだすのよっ!!」
奥歯を噛み、両手を突き出す。
一瞬。
ほんの一瞬だった。
突風が巻き起こり、投げられた槍を運ぶ。
ぐさり、と。届かなかったはずの刃は、パウラの背に突き刺さった。
「………あはは―――」
パウラはゆっくりと振り返り、突き刺さった槍を抜く。
致命傷にも至らない、大したダメージすら通らなかったであろうその刃も、たしかに『届いた』。
「あはははははははッ! いいでしょう、貴方から殺してあげますよ」
パウラが笑う。ゆったりと地面を蹴り、佐天に近付く。
「あんな事しなきゃ、死なずに済んだんですけどね?」
「…………や………から」
「はい?」
少しずつ近づいてくるパウラに、佐天は蚊の鳴くような声で話す。
「諦めるのは、出来る事全部やってからにしないと、いけないから」
にこりと笑う。
佐天自身も、何故笑ったのか分からなかった。
そうしようと思ったのではなく、自然にそう動いた。
「さようなら」
パウラは手に持った槍を佐天へと投げつける。
高速で飛んだその槍は、真っ直ぐに佐天の喉元へと飛ぶ。
(もう、ダメッ……御坂さん、白井さん…ういはる……)
ゴッ、という轟音が鳴り、佐天は身体が投げ出されたような浮遊感を感じた。
何秒たったろうか、痛みすら襲ってこない状況を不思議に思い、佐天はゆっくりと目を開ける。
目の前には横たわった雨宮がいた。
(あれ、死んだ世界ってこんな感じなのかな?)
ふと、見てみると、何処かの屋上に寝かされているようだった。
「気付いたか?」
佐天がキョトンとしていると、不意に声が飛んでくる。
低い、質量のある声だった。
「歩けるなら医者を呼んで来い。ちょうど、ここは病院の屋上のはずである」
青い服を纏った大男は、雨宮の近くに腰掛け何かを呟いていた。
心なしか正規の戻ったような雨宮の顔に、佐天は少しだけ安堵する。
「早く行け」
「あ、はい!」
急かされるようにして、佐天は駆ける。屋上からの非常階段を開けたところで、ふと立ち止まった。
「あ、あの……貴方は?」
「貴様が知る必要はない」
「…………………」
バタン、と扉が閉まり、階段を駆け下りて行く音が響く。
それ以外何の音もしない空間に、回復魔術の淡い光が灯る。
「ただのゴロツキに、語る名前などあるものか」
男の独白は学園都市の闇に消えた。