とある授業の社会見学 第一章 Time Schedule Part-A
うららかな秋晴れ、見事なまでの快晴の空。
少し前までの季節ならばしつこく残っていた朝方特有のむわっとした湿気も今ではすっかり影を潜め、あるの
はうって変わった爽やかな秋の空気である。
その清廉な空気を深々と肺に吸い込み、新鮮な酸素を取り入れ、脳を活性化させていく上条当麻。
ここ最近はめっきりと的中率を下げ、ほとんど『外』の天気予報並みの精度にまでなった学園都市内の天気
予報にしては珍しく見事な予報どおりの天気を見ながら、上条当麻は隣に向かって声をかけた。
「いい天気になったなぁ」
「ああいい天気になったんだもんだにゃー」
上条の声に対して、隣を歩く人物から声が返ってきた。
返ってきたはいいが、その声はなんとなく不機嫌そうである。
「おい、なんだよ土御門。何そんなに不機嫌なんだよ」
「ああ? なに不機嫌なんだと? カミやんてめぇそれはマジで言っているのかにゃー?」
爽やかな朝の空気の中にあって、隣を歩く土御門元春――魔術も科学にも精通している多角経営スパイ――
の周囲だけ重苦しい雰囲気が流れている。
「カミやんには全然心当たりは無いとそういうわけなんですかにゃー?」
にこやかに笑いながら問いかけてくる土御門。
にこやかではあるのだが、引きつっている口の端と平坦な声が、けして機嫌が良いわけではない事を如実に
語っている。
「心当たりっつってもなぁ…。何かあったか?」
問い返されて、首を傾けながら考える上条。
しばらくそのまま考え込みながら歩いていたが、はたと思いつくと土御門に向かって言う。
「あー、もしかしてあれか? 舞夏と一緒にいられなかったからか?」
「当たり前だ!せっかく今回はオレが出張らなくてもいい様なイベントだってのに、何だっていきなりあいつと
離れ離れにならなきゃならんのだ!あとさりげに人の妹のことを呼び捨てにしてるんじゃねーぜよ! そっちの
方がマジでムカつくぜい!!」
溺愛している義妹と別れて登校することになったことよりも、上条に義妹が呼び捨てにされたことを咎めた土
御門はさっきからのイライラをすべて乗せたかのような拳で襲い掛かる。
慌ててそれを迎え撃つ上条は拳を必死で避けながら怒鳴る。
「うおぉっ! 何しやがる! てめえさっきは問題ないって言ってたじゃねぇか!」
「あの場はああ言うしかないだろうがよ! オレが本気で言ってたとでも思ってやがんのかカミやんは!」
なおも勢いを増す攻撃を捌きながら、上条は先ほどあった光景を思い返していた。
少し前までの季節ならばしつこく残っていた朝方特有のむわっとした湿気も今ではすっかり影を潜め、あるの
はうって変わった爽やかな秋の空気である。
その清廉な空気を深々と肺に吸い込み、新鮮な酸素を取り入れ、脳を活性化させていく上条当麻。
ここ最近はめっきりと的中率を下げ、ほとんど『外』の天気予報並みの精度にまでなった学園都市内の天気
予報にしては珍しく見事な予報どおりの天気を見ながら、上条当麻は隣に向かって声をかけた。
「いい天気になったなぁ」
「ああいい天気になったんだもんだにゃー」
上条の声に対して、隣を歩く人物から声が返ってきた。
返ってきたはいいが、その声はなんとなく不機嫌そうである。
「おい、なんだよ土御門。何そんなに不機嫌なんだよ」
「ああ? なに不機嫌なんだと? カミやんてめぇそれはマジで言っているのかにゃー?」
爽やかな朝の空気の中にあって、隣を歩く土御門元春――魔術も科学にも精通している多角経営スパイ――
の周囲だけ重苦しい雰囲気が流れている。
「カミやんには全然心当たりは無いとそういうわけなんですかにゃー?」
にこやかに笑いながら問いかけてくる土御門。
にこやかではあるのだが、引きつっている口の端と平坦な声が、けして機嫌が良いわけではない事を如実に
語っている。
「心当たりっつってもなぁ…。何かあったか?」
問い返されて、首を傾けながら考える上条。
しばらくそのまま考え込みながら歩いていたが、はたと思いつくと土御門に向かって言う。
「あー、もしかしてあれか? 舞夏と一緒にいられなかったからか?」
「当たり前だ!せっかく今回はオレが出張らなくてもいい様なイベントだってのに、何だっていきなりあいつと
離れ離れにならなきゃならんのだ!あとさりげに人の妹のことを呼び捨てにしてるんじゃねーぜよ! そっちの
方がマジでムカつくぜい!!」
溺愛している義妹と別れて登校することになったことよりも、上条に義妹が呼び捨てにされたことを咎めた土
御門はさっきからのイライラをすべて乗せたかのような拳で襲い掛かる。
慌ててそれを迎え撃つ上条は拳を必死で避けながら怒鳴る。
「うおぉっ! 何しやがる! てめえさっきは問題ないって言ってたじゃねぇか!」
「あの場はああ言うしかないだろうがよ! オレが本気で言ってたとでも思ってやがんのかカミやんは!」
なおも勢いを増す攻撃を捌きながら、上条は先ほどあった光景を思い返していた。
◇ ◇
話は十数分前にさかのぼる。
前日の夜に社会見学の事を聞かされ、なにやら自分は上条にのけ者にされ、一人寂しく家にいなければなら
ないと思い込んだインデックスは目覚めたときから機嫌が悪かった。
上条が朝食を用意して声をかけてもろくに返事もせず ( ただし朝食自体はきっちりと完食したが ) 、留守番
するインデックスに向けて作りおきした昼食について伝えようとしても聞く耳を持たない態度であった。
さすがに腹が立った上条がインデックスをほうって置いて出かけようとすると、今度は半泣きになってこっちを
見上げてくる始末。
さすがにこのまま家に残しておくのは気が引けるが、さりとてどうしたものかとドアを開けたまま思案してふと
目をやると、隣室からも寮の住人が出てくるところだった。
ドアを開けて出てきた土御門だが、すぐ隣に上条が立っていることに気が付くと体を強張らせたまま固まった。
「おいーっす。そっちも今から出かけんのか土御門?」
掛けた声にびくりと震える級友の姿に疑問を感じた上条だったが、
「あ、おはようございますお兄ちゃん」
と、立ちつくす土御門の横合いから姿を見せたメイド姿の女の子から挨拶を返されると今度は自分の方が固
まった。
「ま、舞夏?! いきなり隣の住人をお兄ちゃん呼ばわりするとはどういうことなのかにゃー?!」
驚愕の表情で義妹を振り返り、慌てて問いただす土御門元春だが、
「えー? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょー? 兄貴のほうこそ何を言ってるんだよ?」
事も無げに返事をする土御門舞夏。
軽く返った返事だが、『あ、兄貴…。カミやんはお兄ちゃんでオレは兄貴呼ばわりだと…?!』 という呟きが
聞こえてくることから、何かこだわりがある部分に尋常ならざるダメージを受けているようである。
そんな義兄を無視して舞夏は上条にさらに話しかける。
「そんなところで何を突っ立ってるんだー? 早く出かけないと開始時間に間に合わなくなるぞー?」
そんな問いかけにようやく硬直が解ける上条。軽く首筋をさすって緊張をほぐしながら返事をする。
「あー、何だ、土御門舞夏か。朝っぱらから突然寮の廊下にメイドさんが現れたからびっくりしただけ…」
返事する言葉も半ば、今まで部屋の隅から上条を見ていたインデックスが、舞夏の名前を耳にした瞬間すさ
まじい速さで玄関から飛び出ると立ちつくしたままの上条を蹴倒して廊下に躍り出し、そのまま舞夏に向かって
詰め寄っていく。
「ねえねえ聞いてよ聞いてよまいか! 今日はまいかが前に言ってたお祭りの日なんでしょ?! それなのに
とうまったら私を置いてきぼりにして一人で出かけようとするんだよ!ひどいと思うでしょ!」
突然現れたシスターにまくし立てられて最初は戸惑っていた様子の舞夏だが、さすがにそこは学校外での実
地訓練を許可されているエリートらしく即座に状況を判断、的確に答えていく。
「あー、確かにそんな事を言ったような気もするけどあれだぞー、今日やる社会見学祭は多分想像している
ようなものとは違うんだぞー?」
「なっ、何が違うって言うのかなまいかは!」
味方と信じていた人物からの思わぬ発言に混乱するインデックスに対してさらに言葉を続ける舞夏。
「この間やってた大覇星祭や一端覧祭は学生がメインで動くイベントだったけどなー。今日の社会見学祭は
企業とか研究機関がメインで動くからこないだみたいに食べ物の屋台がズラズラ並ぶほども出てこないはず
だぞー。」
「え……」
その言葉に、数歩よろめいて後ろに下がると崩れ落ちるインデックス。
「そ、そんな…、もうあの焼きそばとかお好み焼きとかは食べられないの……?」
うなだれたまま呟くインデックスを見て不審に思ったか、舞夏は声を掛けて尋ねる。
「どうしたー? 大丈夫かー?」
「うう…、いいんだよまいか。 今日はもう、わたしは家で一人で留守番してるよ……」
力なく体を起こすとトボトボと自室まで帰ろうとするインデックス。
その背中に向かって声が掛かる。
「んー、あれだなー、企業や研究機関の出展もなかなか面白いものがあるんだぞー。良かったら一緒に来る
か? 学校引率でないと入れないところもあるけどそれ以外のところもなかなか見所があるぞー」
ピタリと止まる歩み。そのまま振り返ると顔を輝かせて尋ねる。
「いいの?」
が、ふと気が付いていまだ寮の廊下にダウンしている上条の方を見て思案するが、
「あー、そっちと一緒に行こうとしても多分無理だぞー。今日はどこの学校に所属しているかのチェックが一番
厳しいからなー。向こうに行った先で離れ離れになると思うぞー」
最後の言葉に決心がついたようである。
舞夏の方に戻ってくるが、傍らに立つ人物にふと気が付く。
「あれ、あなたは…?」
インデックスに尋ねられた瞬間、今まであらぬ方向を見る振りをしていた土御門元春は突然あたふたとした
感じで二人から離れていく。
「ほ、ほらカミやん、そんなとこでいつまでも寝てないでさっさと行こうぜい。舞夏はその銀髪シスターちゃんを
よろしく頼んだぜよ」
「おー、頼まれたー」
歩く途中で廊下に伸びている上条を掴むとそのままそそくさとエレベーターに乗り込んで行ってしまう。
前日の夜に社会見学の事を聞かされ、なにやら自分は上条にのけ者にされ、一人寂しく家にいなければなら
ないと思い込んだインデックスは目覚めたときから機嫌が悪かった。
上条が朝食を用意して声をかけてもろくに返事もせず ( ただし朝食自体はきっちりと完食したが ) 、留守番
するインデックスに向けて作りおきした昼食について伝えようとしても聞く耳を持たない態度であった。
さすがに腹が立った上条がインデックスをほうって置いて出かけようとすると、今度は半泣きになってこっちを
見上げてくる始末。
さすがにこのまま家に残しておくのは気が引けるが、さりとてどうしたものかとドアを開けたまま思案してふと
目をやると、隣室からも寮の住人が出てくるところだった。
ドアを開けて出てきた土御門だが、すぐ隣に上条が立っていることに気が付くと体を強張らせたまま固まった。
「おいーっす。そっちも今から出かけんのか土御門?」
掛けた声にびくりと震える級友の姿に疑問を感じた上条だったが、
「あ、おはようございますお兄ちゃん」
と、立ちつくす土御門の横合いから姿を見せたメイド姿の女の子から挨拶を返されると今度は自分の方が固
まった。
「ま、舞夏?! いきなり隣の住人をお兄ちゃん呼ばわりするとはどういうことなのかにゃー?!」
驚愕の表情で義妹を振り返り、慌てて問いただす土御門元春だが、
「えー? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょー? 兄貴のほうこそ何を言ってるんだよ?」
事も無げに返事をする土御門舞夏。
軽く返った返事だが、『あ、兄貴…。カミやんはお兄ちゃんでオレは兄貴呼ばわりだと…?!』 という呟きが
聞こえてくることから、何かこだわりがある部分に尋常ならざるダメージを受けているようである。
そんな義兄を無視して舞夏は上条にさらに話しかける。
「そんなところで何を突っ立ってるんだー? 早く出かけないと開始時間に間に合わなくなるぞー?」
そんな問いかけにようやく硬直が解ける上条。軽く首筋をさすって緊張をほぐしながら返事をする。
「あー、何だ、土御門舞夏か。朝っぱらから突然寮の廊下にメイドさんが現れたからびっくりしただけ…」
返事する言葉も半ば、今まで部屋の隅から上条を見ていたインデックスが、舞夏の名前を耳にした瞬間すさ
まじい速さで玄関から飛び出ると立ちつくしたままの上条を蹴倒して廊下に躍り出し、そのまま舞夏に向かって
詰め寄っていく。
「ねえねえ聞いてよ聞いてよまいか! 今日はまいかが前に言ってたお祭りの日なんでしょ?! それなのに
とうまったら私を置いてきぼりにして一人で出かけようとするんだよ!ひどいと思うでしょ!」
突然現れたシスターにまくし立てられて最初は戸惑っていた様子の舞夏だが、さすがにそこは学校外での実
地訓練を許可されているエリートらしく即座に状況を判断、的確に答えていく。
「あー、確かにそんな事を言ったような気もするけどあれだぞー、今日やる社会見学祭は多分想像している
ようなものとは違うんだぞー?」
「なっ、何が違うって言うのかなまいかは!」
味方と信じていた人物からの思わぬ発言に混乱するインデックスに対してさらに言葉を続ける舞夏。
「この間やってた大覇星祭や一端覧祭は学生がメインで動くイベントだったけどなー。今日の社会見学祭は
企業とか研究機関がメインで動くからこないだみたいに食べ物の屋台がズラズラ並ぶほども出てこないはず
だぞー。」
「え……」
その言葉に、数歩よろめいて後ろに下がると崩れ落ちるインデックス。
「そ、そんな…、もうあの焼きそばとかお好み焼きとかは食べられないの……?」
うなだれたまま呟くインデックスを見て不審に思ったか、舞夏は声を掛けて尋ねる。
「どうしたー? 大丈夫かー?」
「うう…、いいんだよまいか。 今日はもう、わたしは家で一人で留守番してるよ……」
力なく体を起こすとトボトボと自室まで帰ろうとするインデックス。
その背中に向かって声が掛かる。
「んー、あれだなー、企業や研究機関の出展もなかなか面白いものがあるんだぞー。良かったら一緒に来る
か? 学校引率でないと入れないところもあるけどそれ以外のところもなかなか見所があるぞー」
ピタリと止まる歩み。そのまま振り返ると顔を輝かせて尋ねる。
「いいの?」
が、ふと気が付いていまだ寮の廊下にダウンしている上条の方を見て思案するが、
「あー、そっちと一緒に行こうとしても多分無理だぞー。今日はどこの学校に所属しているかのチェックが一番
厳しいからなー。向こうに行った先で離れ離れになると思うぞー」
最後の言葉に決心がついたようである。
舞夏の方に戻ってくるが、傍らに立つ人物にふと気が付く。
「あれ、あなたは…?」
インデックスに尋ねられた瞬間、今まであらぬ方向を見る振りをしていた土御門元春は突然あたふたとした
感じで二人から離れていく。
「ほ、ほらカミやん、そんなとこでいつまでも寝てないでさっさと行こうぜい。舞夏はその銀髪シスターちゃんを
よろしく頼んだぜよ」
「おー、頼まれたー」
歩く途中で廊下に伸びている上条を掴むとそのままそそくさとエレベーターに乗り込んで行ってしまう。
「い、いいのかな……」
「いいっていいって、それよりもまずはその服装から何とかしないと大変なのはこっちだからなー。うーん、いく
らなんでもシスターの格好のままはまずいしなー」
しばらく思案していたようだが、妙案を思いついた様子で手を打つとインデックスを引っ張って先ほど出てきた
部屋の中に戻っていく。
「ちょ、ちょっと何をするのかなまいかは!」
「まあまあ、私に任せておけー? えーと、確かこのあたりに予備の衣装があったはず……」
なにやらごそごそとやっているようだが、すでに学生寮から出かけている上条たちは二人が何をするつもりな
のかちっとも知る事は出来ないのだった。
「いいっていいって、それよりもまずはその服装から何とかしないと大変なのはこっちだからなー。うーん、いく
らなんでもシスターの格好のままはまずいしなー」
しばらく思案していたようだが、妙案を思いついた様子で手を打つとインデックスを引っ張って先ほど出てきた
部屋の中に戻っていく。
「ちょ、ちょっと何をするのかなまいかは!」
「まあまあ、私に任せておけー? えーと、確かこのあたりに予備の衣装があったはず……」
なにやらごそごそとやっているようだが、すでに学生寮から出かけている上条たちは二人が何をするつもりな
のかちっとも知る事は出来ないのだった。
◇ ◇
土御門から繰り出される拳に対処しながら学生寮での出来事を思い返していた上条だが、ふと思いついた疑
問を口にする。
「ってか、お前ってインデックスとは面識があるんじゃねぇのか?」
「いや、同じ『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属しているとはいえ今の俺の立場としては禁書と直接顔を合
わせるわけにはいかねーんだぜい。それに、忘れたのかカミやん。あれは一年毎に記憶を失っていたんだぜ?
仮に昔会ってたとしても、むこうが覚えてることは無いんだにゃー」
事も無げに語る土御門。
そんな土御門の言葉に思わず手が止まる上条。
そこにすかさず土御門からの左フックがいい感じに決まる。
「がっ?! なにしやがんだてめえ!」
何とか踏み止まりながら問いただす上条に対し、打ち据えた左拳をプラプラと振りながら土御門は軽い調子
で答える。
「まーあれだな? 過去はどうあれ禁書がいる現状を続けていくためにオレは不必要に接触しない方がいいっ
てだけの話だ。舞夏との事に関してもさっきの一発でチャラにするんだから一々引っ張るんじゃねいぜい、カミ
やん」
重くなりそうな雰囲気に対して自分としてもいろいろと思うところはあるのだが、ここは友人の言葉に従って気
持ちを切り替える事にする。
「……まあ、お前がそう言うのなら」
「そうそう。カミやんは気楽にいろってこった。それに、あんまりこれ以上オレらがこうやってると、あすこにいる
お方がそろそろマジで切れそうなんだにゃー」
そう言われ、ふと前方を見れば、集合地点である会場の入り口に不機嫌ここに極まりといった状態で吹寄制
理が腕を組んで仁王立ちしていた。
というかマジでコワイ。
何か彼女を怒らせるようなことをしたのかと身構える上条だが、心当たりがまるで無い。あえて言えばありそ
うな遅刻という線も時計を確認してみればまだ開始時間前である。
やましい事が無ければ堂々と行けばいいのだが、いかんせん、普段の自分の行動を鑑みるに胸を張る事が
なかなか出来ない為、恐る恐る吹寄に近寄っていく。
「あの、吹寄さん、おはようございます」
挨拶をされた吹寄だが、上条のほうをギロリと睨み付けると一喝した。
「遅い! こんな時間までいったいどこで寄り道してきたのよ上条当麻! 開始時間三○分前に会場入りしてい
ないなんて貴様はこの社会見学祭に真剣に取り組もうという気持ちが無いのしら? それならばその浮ついた
気持ちを今すぐ改めることね。そんな事では今日という日を無事に終えることなど出来ないわよ!」
「ええっ? 俺だけ? 叱られるのは俺だけなの?! 俺と一緒に来てた土御門なんかはどうなるの?!」
「何をたわけた事を言ってるのか知らないけど、私は運営側に連絡を入れないといけないからあんたはさっさ
と会場に入りなさい!」
なにやら忙しそうにする吹寄は唖然とする上条に向かってまくし立てるとそのままどこかへと行ってしまった。
問を口にする。
「ってか、お前ってインデックスとは面識があるんじゃねぇのか?」
「いや、同じ『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属しているとはいえ今の俺の立場としては禁書と直接顔を合
わせるわけにはいかねーんだぜい。それに、忘れたのかカミやん。あれは一年毎に記憶を失っていたんだぜ?
仮に昔会ってたとしても、むこうが覚えてることは無いんだにゃー」
事も無げに語る土御門。
そんな土御門の言葉に思わず手が止まる上条。
そこにすかさず土御門からの左フックがいい感じに決まる。
「がっ?! なにしやがんだてめえ!」
何とか踏み止まりながら問いただす上条に対し、打ち据えた左拳をプラプラと振りながら土御門は軽い調子
で答える。
「まーあれだな? 過去はどうあれ禁書がいる現状を続けていくためにオレは不必要に接触しない方がいいっ
てだけの話だ。舞夏との事に関してもさっきの一発でチャラにするんだから一々引っ張るんじゃねいぜい、カミ
やん」
重くなりそうな雰囲気に対して自分としてもいろいろと思うところはあるのだが、ここは友人の言葉に従って気
持ちを切り替える事にする。
「……まあ、お前がそう言うのなら」
「そうそう。カミやんは気楽にいろってこった。それに、あんまりこれ以上オレらがこうやってると、あすこにいる
お方がそろそろマジで切れそうなんだにゃー」
そう言われ、ふと前方を見れば、集合地点である会場の入り口に不機嫌ここに極まりといった状態で吹寄制
理が腕を組んで仁王立ちしていた。
というかマジでコワイ。
何か彼女を怒らせるようなことをしたのかと身構える上条だが、心当たりがまるで無い。あえて言えばありそ
うな遅刻という線も時計を確認してみればまだ開始時間前である。
やましい事が無ければ堂々と行けばいいのだが、いかんせん、普段の自分の行動を鑑みるに胸を張る事が
なかなか出来ない為、恐る恐る吹寄に近寄っていく。
「あの、吹寄さん、おはようございます」
挨拶をされた吹寄だが、上条のほうをギロリと睨み付けると一喝した。
「遅い! こんな時間までいったいどこで寄り道してきたのよ上条当麻! 開始時間三○分前に会場入りしてい
ないなんて貴様はこの社会見学祭に真剣に取り組もうという気持ちが無いのしら? それならばその浮ついた
気持ちを今すぐ改めることね。そんな事では今日という日を無事に終えることなど出来ないわよ!」
「ええっ? 俺だけ? 叱られるのは俺だけなの?! 俺と一緒に来てた土御門なんかはどうなるの?!」
「何をたわけた事を言ってるのか知らないけど、私は運営側に連絡を入れないといけないからあんたはさっさ
と会場に入りなさい!」
なにやら忙しそうにする吹寄は唖然とする上条に向かってまくし立てるとそのままどこかへと行ってしまった。
ちなみに、上条と一緒に来ていた土御門は吹寄の注意が上条に向かっている間に彼女の死角を移動して既
に会場入りを果たしている。自身の持つ技術をろくでもない事に駆使している感じがするが、本人曰く『技術は
使ってこそ意味がある』 との事だそうな。
閑話休題
に会場入りを果たしている。自身の持つ技術をろくでもない事に駆使している感じがするが、本人曰く『技術は
使ってこそ意味がある』 との事だそうな。
閑話休題
ともかくとして、どうにか会場に入った上条は事前にクラスで打ち合わされていた集合ポイントに向けて歩いて
いく。会場に使われているのは大規模な実験にも使われるような広大なスペースをもつ建築物であるため、普
段ならば大きく感じられるのだろうが現在はここに集まっている参加者のためにやや狭く感じられるほどである。
「そろそろこの辺のはずなんだけどなぁ……」
なおも現在進行形で集まってくる人の群れの中を移動し続ける上条の目が見知った人影を発見する。
身長一三五センチの幼児体型である担任の小萌先生は普段の服装とは違い、大人びた感じのするスーツを
着用している。しているのだが、サイズが小さいために何だかアンバランスである。
(なんつーか、どっかの付属小学校の生徒か、七五三でおめかししたようにしか見えねえよなぁ……)
ぼんやりとした頭で割と失礼なことを考えながらなおも歩いていくと、小萌先生が誰かと話しているようなのが
分かった。
(誰だろ?)
話している相手はどうやら女性のようである。 女性の中では長身のようで、スラリとしている。
だが、上条が目を引いたのはそこではない。
長身の体を包む衣装はグレーのスーツ。堅苦しいイメージのあるそれを身に着けているというのにその女性
からは野暮ったいイメージは感じられない。むしろ活発に動く、やり手の秘書のような感じがする。
(どっかの企業代表の秘書さんか? でもそんな人がわざわざこんな場所にまで来るはずは無いだろうし、小萌
先生と話してる理由も分からねえし…)
上条がそんなことを考えているうちに小萌先生とその女性の話しは終わったようで、小萌先生は別の場所に
向かって歩いていく。
と、相手をしていた女性がこちらの方を振り向いた。
いく。会場に使われているのは大規模な実験にも使われるような広大なスペースをもつ建築物であるため、普
段ならば大きく感じられるのだろうが現在はここに集まっている参加者のためにやや狭く感じられるほどである。
「そろそろこの辺のはずなんだけどなぁ……」
なおも現在進行形で集まってくる人の群れの中を移動し続ける上条の目が見知った人影を発見する。
身長一三五センチの幼児体型である担任の小萌先生は普段の服装とは違い、大人びた感じのするスーツを
着用している。しているのだが、サイズが小さいために何だかアンバランスである。
(なんつーか、どっかの付属小学校の生徒か、七五三でおめかししたようにしか見えねえよなぁ……)
ぼんやりとした頭で割と失礼なことを考えながらなおも歩いていくと、小萌先生が誰かと話しているようなのが
分かった。
(誰だろ?)
話している相手はどうやら女性のようである。 女性の中では長身のようで、スラリとしている。
だが、上条が目を引いたのはそこではない。
長身の体を包む衣装はグレーのスーツ。堅苦しいイメージのあるそれを身に着けているというのにその女性
からは野暮ったいイメージは感じられない。むしろ活発に動く、やり手の秘書のような感じがする。
(どっかの企業代表の秘書さんか? でもそんな人がわざわざこんな場所にまで来るはずは無いだろうし、小萌
先生と話してる理由も分からねえし…)
上条がそんなことを考えているうちに小萌先生とその女性の話しは終わったようで、小萌先生は別の場所に
向かって歩いていく。
と、相手をしていた女性がこちらの方を振り向いた。
その姿に、思わずどきりとする。
おそらくは長いのであろう髪を後ろでアップに纏めていることや、パンツスタイルにスニーカーでいることから本
来は活動的だろうという先ほどの想像はおそらく合っているだろう。
それ以上に受け取られるのは、その女性から出ている雰囲気のほうである。
よくよく見れば、来ているスーツも何だか着慣れていないように見受けられるし、なんとなく着崩した感じという
か、堅苦しいスーツに包まれることによってただでさえ大きいであろう胸元がより強調されるようになってというか、
ぶっちゃけもう漂う雰囲気は大人の色香を纏ったエロス全開な感じであった。
上条がボーっと見とれているとその女性は誰かに気がついたようで、こちらのほうに向かって歩き出してきた。
いろいろな意味でよく目立つその女性の進路から身をそらした上条だが、何だか自分のほうに向かって歩い
てくる感じがする。
(え? 俺なの?)
慌てて周りを見回すが、女性が近づいたと気付くと近くにいた人間は上条から距離をとるように離れていくこと
からやはり自分を目指して近づいてくるようである。
(マジで誰だ?)
必死で脳内を検索するが、このような年上の女性に知り合いはいないはずだし、なんで?! と思っているうち
に女性が目の前に立ち止まった。
「えーと……」
どう切り出せばいいか分からない上条がとまどっていると、女性が気さくな感じで語りかけてきた。
「相変わらずボーっとしているようじゃん、少年」
(誰なんですかいったい?!)
社会見学祭開始前から上条当麻の周りはいろいろとややこしい事になっているようである。
来は活動的だろうという先ほどの想像はおそらく合っているだろう。
それ以上に受け取られるのは、その女性から出ている雰囲気のほうである。
よくよく見れば、来ているスーツも何だか着慣れていないように見受けられるし、なんとなく着崩した感じという
か、堅苦しいスーツに包まれることによってただでさえ大きいであろう胸元がより強調されるようになってというか、
ぶっちゃけもう漂う雰囲気は大人の色香を纏ったエロス全開な感じであった。
上条がボーっと見とれているとその女性は誰かに気がついたようで、こちらのほうに向かって歩き出してきた。
いろいろな意味でよく目立つその女性の進路から身をそらした上条だが、何だか自分のほうに向かって歩い
てくる感じがする。
(え? 俺なの?)
慌てて周りを見回すが、女性が近づいたと気付くと近くにいた人間は上条から距離をとるように離れていくこと
からやはり自分を目指して近づいてくるようである。
(マジで誰だ?)
必死で脳内を検索するが、このような年上の女性に知り合いはいないはずだし、なんで?! と思っているうち
に女性が目の前に立ち止まった。
「えーと……」
どう切り出せばいいか分からない上条がとまどっていると、女性が気さくな感じで語りかけてきた。
「相変わらずボーっとしているようじゃん、少年」
(誰なんですかいったい?!)
社会見学祭開始前から上条当麻の周りはいろいろとややこしい事になっているようである。
年に数回学園都市が外部に向けて公開されるうちの一つである社会見学祭。
その会場の一つである建物の中へ開始時刻に合わせて続々となおも人が入り込んでいく。そのため現
在は少々人ごみで混雑が生じかけているのだが、ある一角だけは奇妙な空白のスペースが生じてい
た。
その中心にいるのは二人の人物。
周りにいる学生服姿の子供や大学生らしき大人たちがそこからやや距離を置いて注目しているのは、
主に一人の人物である。
周りから注目されている当の女性はしかし、そんなことはこれっぽっちも気にせずに相手の少年である
上条に向かってさらに詰め寄っていく。
「おいおい、ほんとに大丈夫か? こんな開始前からボーっとしてるようだと祭りが始まったらもっと大変
じゃんよ」
未だ突然の出来事に思考が追いつかずに硬直している上条に対して、ズズイッと身を乗り出してくる女
性。
上条の顔を覗き込んでくるために、こちらもつい相手を見返してしまう訳だが、
その会場の一つである建物の中へ開始時刻に合わせて続々となおも人が入り込んでいく。そのため現
在は少々人ごみで混雑が生じかけているのだが、ある一角だけは奇妙な空白のスペースが生じてい
た。
その中心にいるのは二人の人物。
周りにいる学生服姿の子供や大学生らしき大人たちがそこからやや距離を置いて注目しているのは、
主に一人の人物である。
周りから注目されている当の女性はしかし、そんなことはこれっぽっちも気にせずに相手の少年である
上条に向かってさらに詰め寄っていく。
「おいおい、ほんとに大丈夫か? こんな開始前からボーっとしてるようだと祭りが始まったらもっと大変
じゃんよ」
未だ突然の出来事に思考が追いつかずに硬直している上条に対して、ズズイッと身を乗り出してくる女
性。
上条の顔を覗き込んでくるために、こちらもつい相手を見返してしまう訳だが、
(って、その姿勢はやばーーーっ!!)
長身の女性が一般男子高校生の平均身長と同じかそれより少し低い背の上条の顔を覗き込もうとし
ているのである。当然、女性は身を屈めないといけない訳なのだが、その体勢をとると何だか先ほどより
も胸が余計に強調されているような気がする。
さらに、女性はスーツの下に着ているシャツのボタンを二つ目まで外してある為に、首元から覗く鎖骨
のくぼみやらその下の何やら谷間まで見えてしま
ているのである。当然、女性は身を屈めないといけない訳なのだが、その体勢をとると何だか先ほどより
も胸が余計に強調されているような気がする。
さらに、女性はスーツの下に着ているシャツのボタンを二つ目まで外してある為に、首元から覗く鎖骨
のくぼみやらその下の何やら谷間まで見えてしま
ズバン!! という効果音が聞こえそうな勢いで首を逸らすことで目の前の人物のある一点に集中しか
けた視線を無理やりねじり切る。
嘲るなかれ。
上条当麻さんだって若さを持て余す年頃の青少年なんですから。
むしろ目が行きかけた途中で鉄の精神で阻止した自分を褒めてやりたいです。
けた視線を無理やりねじり切る。
嘲るなかれ。
上条当麻さんだって若さを持て余す年頃の青少年なんですから。
むしろ目が行きかけた途中で鉄の精神で阻止した自分を褒めてやりたいです。
が、しかし。
そんな上条の行動を見て女性の眉が僅かに寄せられる。
「こらこら、少年。どういうつもりじゃんよ?」
屈んでいた身体を伸ばし、腕を組みながら上条に問いかけてくる。
心なし声色も不機嫌そうなものになっている。
それはそうだろう。あれではあからさまに女性の事を蔑ろにした行為と言えよう。
対峙している上条がなおもそわそわと落ち着き無く視線をさまよわせている為に、イライラ度は現在進
行形で上昇中のようである。
「人が話をしてるときはちゃんとこっちを見るべきじゃん」
そう言われても上条はそちらを見られないでいる。
女性が腕を組んでいるために先ほどとはまた違う仕方で胸が強調されているからである。
(あれ、でもこの口調、どっかで聞いたことがあるような……?)
と、考え込んでいた上条に対し、ついに女性が行動に出た。
おもむろに後ろから手を伸ばすと、上条の首を巻き込んで脇に絞めにかかる。
視線をまともに向けられないでいた上条は気付くのが遅れたためあっさりと捕まり、完璧にロックされる。
「あくまでシカトとはずいぶんじゃん、少年」
それに答えられるはずも無く、とにかくまずは女性の腕の中から抜け出そうと試みるが、細身な外見か
らは意外なほどにがっちりとホールドされているために徒(いたずら)に暴れてしまうだけとなってしまう。
さらに言えば体勢的に上条の顔の横に何やらが当たっているようなのだが、上条はすでに半分パニッ
クになっているため気付いておらず、当の女性本人はそもそもそういうことには無頓着のようで全然気に
していないようだった。
そんな上条の行動を見て女性の眉が僅かに寄せられる。
「こらこら、少年。どういうつもりじゃんよ?」
屈んでいた身体を伸ばし、腕を組みながら上条に問いかけてくる。
心なし声色も不機嫌そうなものになっている。
それはそうだろう。あれではあからさまに女性の事を蔑ろにした行為と言えよう。
対峙している上条がなおもそわそわと落ち着き無く視線をさまよわせている為に、イライラ度は現在進
行形で上昇中のようである。
「人が話をしてるときはちゃんとこっちを見るべきじゃん」
そう言われても上条はそちらを見られないでいる。
女性が腕を組んでいるために先ほどとはまた違う仕方で胸が強調されているからである。
(あれ、でもこの口調、どっかで聞いたことがあるような……?)
と、考え込んでいた上条に対し、ついに女性が行動に出た。
おもむろに後ろから手を伸ばすと、上条の首を巻き込んで脇に絞めにかかる。
視線をまともに向けられないでいた上条は気付くのが遅れたためあっさりと捕まり、完璧にロックされる。
「あくまでシカトとはずいぶんじゃん、少年」
それに答えられるはずも無く、とにかくまずは女性の腕の中から抜け出そうと試みるが、細身な外見か
らは意外なほどにがっちりとホールドされているために徒(いたずら)に暴れてしまうだけとなってしまう。
さらに言えば体勢的に上条の顔の横に何やらが当たっているようなのだが、上条はすでに半分パニッ
クになっているため気付いておらず、当の女性本人はそもそもそういうことには無頓着のようで全然気に
していないようだった。
ところで、この状況を周りから見るとどのように映るのか?
当初こそ何事かと見ていた周囲の人だかりも、今では単に学生が女性に可愛がられている様にしか
見えないために半分以上はあきれ返り、さらには上条がもがいているのが自分から女性に抱きついて
いるように見えるために半分近くは嫉妬を抱き、ごく一部は殺意すら立ち上らせている。
そんな事とは露知らず、あいからわずじゃれあっている(ようにしか見えない)上条だったが、何とか腕
の拘束から逃れようと必死でもがき、とうとう次の瞬間、
見えないために半分以上はあきれ返り、さらには上条がもがいているのが自分から女性に抱きついて
いるように見えるために半分近くは嫉妬を抱き、ごく一部は殺意すら立ち上らせている。
そんな事とは露知らず、あいからわずじゃれあっている(ようにしか見えない)上条だったが、何とか腕
の拘束から逃れようと必死でもがき、とうとう次の瞬間、
周囲の人だかりから高速で飛来した何かの直撃を後頭部に受けて吹っ飛び、そのまま床に沈んだ。
(ぐおぅ、な、なんだぁ…?)
何とか必死で首をめぐらせると、ゴトリ、と音を立てて目の前に自身を襲った凶器が落ちてきた。
「社会見学祭案内パンフレット……?」
倒れこんだままそれに書かれている名前を呟く上条。
いや、あれをパンフレットと呼んでいいのか?
見ればそのパンフレットなる物の厚さは、ともすれば手の平よりはみ出るかもしれない位ある。
(誰だよあんなの投げつけてきたのは!)
ようやく思考が追いついてフツフツと怒りが湧いてきた上条の視線の先に革靴を履いた足が現れ、そ
の投擲鈍器に手を伸ばして拾い上げた。
持ち上げられる本を追うままに視線を上げて持ち主を見ると、先程別れた吹寄制理が本の埃を払いな
がら周囲の人だかりを解散させているところだった。
周りの人の流れが幾分元に戻ったのを見てから女性に向かって頭を下げる吹寄。
「どうも、この馬鹿がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「あっはっは、迷惑って事は無いじゃん。……それにしても、相変わらず小萌センセのとこには面白いの
が集まってるみたいじゃん」
「いえ…、うちのクラスの全員がこんな馬鹿ばっかりではありませんから」
自分を無視して冷静な応対をしている吹寄に対して
「おい、俺に対しては何にも無しなのかよ……?」
恨みがましく上条が下から呟くと、
「黙れ馬鹿、今度は角でどつくわよ?」
「何でもないです」
「社会見学祭案内パンフレット……?」
倒れこんだままそれに書かれている名前を呟く上条。
いや、あれをパンフレットと呼んでいいのか?
見ればそのパンフレットなる物の厚さは、ともすれば手の平よりはみ出るかもしれない位ある。
(誰だよあんなの投げつけてきたのは!)
ようやく思考が追いついてフツフツと怒りが湧いてきた上条の視線の先に革靴を履いた足が現れ、そ
の投擲鈍器に手を伸ばして拾い上げた。
持ち上げられる本を追うままに視線を上げて持ち主を見ると、先程別れた吹寄制理が本の埃を払いな
がら周囲の人だかりを解散させているところだった。
周りの人の流れが幾分元に戻ったのを見てから女性に向かって頭を下げる吹寄。
「どうも、この馬鹿がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」
「あっはっは、迷惑って事は無いじゃん。……それにしても、相変わらず小萌センセのとこには面白いの
が集まってるみたいじゃん」
「いえ…、うちのクラスの全員がこんな馬鹿ばっかりではありませんから」
自分を無視して冷静な応対をしている吹寄に対して
「おい、俺に対しては何にも無しなのかよ……?」
恨みがましく上条が下から呟くと、
「黙れ馬鹿、今度は角でどつくわよ?」
「何でもないです」
さすがは鉄の女。見事なまでの対処の仕方です。ハイ。
っていうか、あんなものを角を使ってどつくとかあんたは鬼ですか?
っていうか、あんなものを角を使ってどつくとかあんたは鬼ですか?
と、起き上がりながら先程の吹寄の言葉を思い出して
「なぁ、知り合いなのか?」
上条が尋ねると、
「あんたね、体育の黄泉川先生でしょうが」
あっさりと言われた答えに固まる上条。
「……え? 体育の黄泉川先生って、あの、いっつもジャージで過ごしてるあの……? うそだろー!?」
「何であんたは分かんないのよ?」
「いやむしろわかんない方が普通だろ!? いつもと違うかっこうしてるし体育の授業だって俺らのクラス
の担当じゃ無いし! むしろ吹寄の方が何で分かったのか聞きたいくらいだし!」
「私は大覇星祭の運営委員や一端覧祭の実行委員で警備員(アンチスキル)の先生方と打ち合わせる
機会も多かったし、そもそも自分の学校の先生が分からないっていうのはそもそもどういうことなのよ?
……ということは貴様は相手が誰かも知らないのにあんな事をやってたっていうのね? これはやはり制
裁を加えるべきかしら?」
言いながら手に持つ本(と言っていいのか疑問に思える代物)を構えだす吹寄。
対して上条は必死で弁解を始める。
「待って待って、吹寄さんのその認識にはちょっとした誤解がありませんか?!」
そんなものは聞く耳持たぬとばかりにジリジリと間合いを詰めてくる吹寄に対して、会話の外にいた黄
泉川から声が掛かる。
「こらこら、いいのか? そんなふうに扱ったらせっかく苦労して貰ってきた『パンフレット』が台無しになっ
ちゃうじゃん?」
ピタリ、と吹寄の動きが止まる。
常に冷静な彼女にしては珍しく、動揺が割と顔に出ている表情で黄泉川に向き直る。
「いやぁ、いるもんじゃん、わざわざ『パンフレット』を持とうとする学生も。なんだ、やっぱり小萌センセの
トコは面白くてイイ子ばっかりじゃんよ」
なぜか物凄く嬉しそうな黄泉川と、恥ずかしのを悟られまいとしてうろたえ気味な吹寄。
まあ実際、直前に否定した自分がその範疇に入っていると指摘されたのなら無理も無いことではある
のだが。
ただまあ、吹寄にとっての救いは黄泉川に向き直っているために上条に背を向けている事であろう。
そんな心情など露知らず、突然動きを止めた吹寄に対して上条が横から顔を窺(うかが)うように、
「どうした吹寄。あ、そうだ。その『パンフレット』ってなんなの?」
と尋ねてきたために、反射的に鈍器による制裁を加えたのは不可抗力であろう、と納得している吹寄。
そんな吹寄とその足元にのびている上条を見ながら黄泉川は一人頷いているのであった。
「なぁ、知り合いなのか?」
上条が尋ねると、
「あんたね、体育の黄泉川先生でしょうが」
あっさりと言われた答えに固まる上条。
「……え? 体育の黄泉川先生って、あの、いっつもジャージで過ごしてるあの……? うそだろー!?」
「何であんたは分かんないのよ?」
「いやむしろわかんない方が普通だろ!? いつもと違うかっこうしてるし体育の授業だって俺らのクラス
の担当じゃ無いし! むしろ吹寄の方が何で分かったのか聞きたいくらいだし!」
「私は大覇星祭の運営委員や一端覧祭の実行委員で警備員(アンチスキル)の先生方と打ち合わせる
機会も多かったし、そもそも自分の学校の先生が分からないっていうのはそもそもどういうことなのよ?
……ということは貴様は相手が誰かも知らないのにあんな事をやってたっていうのね? これはやはり制
裁を加えるべきかしら?」
言いながら手に持つ本(と言っていいのか疑問に思える代物)を構えだす吹寄。
対して上条は必死で弁解を始める。
「待って待って、吹寄さんのその認識にはちょっとした誤解がありませんか?!」
そんなものは聞く耳持たぬとばかりにジリジリと間合いを詰めてくる吹寄に対して、会話の外にいた黄
泉川から声が掛かる。
「こらこら、いいのか? そんなふうに扱ったらせっかく苦労して貰ってきた『パンフレット』が台無しになっ
ちゃうじゃん?」
ピタリ、と吹寄の動きが止まる。
常に冷静な彼女にしては珍しく、動揺が割と顔に出ている表情で黄泉川に向き直る。
「いやぁ、いるもんじゃん、わざわざ『パンフレット』を持とうとする学生も。なんだ、やっぱり小萌センセの
トコは面白くてイイ子ばっかりじゃんよ」
なぜか物凄く嬉しそうな黄泉川と、恥ずかしのを悟られまいとしてうろたえ気味な吹寄。
まあ実際、直前に否定した自分がその範疇に入っていると指摘されたのなら無理も無いことではある
のだが。
ただまあ、吹寄にとっての救いは黄泉川に向き直っているために上条に背を向けている事であろう。
そんな心情など露知らず、突然動きを止めた吹寄に対して上条が横から顔を窺(うかが)うように、
「どうした吹寄。あ、そうだ。その『パンフレット』ってなんなの?」
と尋ねてきたために、反射的に鈍器による制裁を加えたのは不可抗力であろう、と納得している吹寄。
そんな吹寄とその足元にのびている上条を見ながら黄泉川は一人頷いているのであった。
吹寄からの理不尽ともいえる制裁を喰らった上条だが、常日頃から食欲シスターさんからの噛み付き
攻撃を受けている身としては回復も早いわけで、早々に復活した上条は先程から話題に出ている『パン
フレット』について今度は黄泉川に尋ねる。
「っつーか、ほんとに何なんですか? 『パンフレット』なんて見たことありませんよ?」
「ああ、そりゃそうじゃん。ありゃ主に学園都市外から来た『祭り』参加者に向けて用意されてるもんだか
らなぁ。もともと学園都市内にいて、しかも学生だったらまず見かけることは無いだろうじゃん」
「???」
攻撃を受けている身としては回復も早いわけで、早々に復活した上条は先程から話題に出ている『パン
フレット』について今度は黄泉川に尋ねる。
「っつーか、ほんとに何なんですか? 『パンフレット』なんて見たことありませんよ?」
「ああ、そりゃそうじゃん。ありゃ主に学園都市外から来た『祭り』参加者に向けて用意されてるもんだか
らなぁ。もともと学園都市内にいて、しかも学生だったらまず見かけることは無いだろうじゃん」
「???」
そう言われてもいまいち理解し切れていない上条。
そんな上条に向かって苦笑しながら説明を続けていく黄泉川。
ちなみに、件の『パンフレット』を持っている吹寄はあまりこの話題を続けて欲しくは無さそうだが、教師
である黄泉川に対して強く出る事が出来ず、居心地が悪そうである。
そんな上条に向かって苦笑しながら説明を続けていく黄泉川。
ちなみに、件の『パンフレット』を持っている吹寄はあまりこの話題を続けて欲しくは無さそうだが、教師
である黄泉川に対して強く出る事が出来ず、居心地が悪そうである。
「少年に聞くけど、今日は何しにここへ来たんじゃん?」
「? 社会見学ですけど?」
唐突な黄泉川からの質問に戸惑いながらも上条が答える。
「なら、その社会見学は何をするもんじゃん?」
「え? 社会見学ってのは、だから、自分たちがいる社会の仕組みを見て学ぶって事でしょう?」
何だかつい最近似たような説明をした覚えがあるなあ、と思いながら答えると、
「じゃあ、その見学する社会ってのはどういうもんなんじゃん?」
さらに黄泉川が尋ねてくる。
「それは、えっと……自分の周囲にある環境とか、生活基盤の仕組みの事じゃないんですか?」
黄泉川からの質問の意図が分からないまま答える上条。それに対して、なおも質問が被せられる。
「? 社会見学ですけど?」
唐突な黄泉川からの質問に戸惑いながらも上条が答える。
「なら、その社会見学は何をするもんじゃん?」
「え? 社会見学ってのは、だから、自分たちがいる社会の仕組みを見て学ぶって事でしょう?」
何だかつい最近似たような説明をした覚えがあるなあ、と思いながら答えると、
「じゃあ、その見学する社会ってのはどういうもんなんじゃん?」
さらに黄泉川が尋ねてくる。
「それは、えっと……自分の周囲にある環境とか、生活基盤の仕組みの事じゃないんですか?」
黄泉川からの質問の意図が分からないまま答える上条。それに対して、なおも質問が被せられる。
・・・・・・・・・・・・・
「なら、学園都市にいる学生にとって、学ぶべき周囲の環境とか生活基盤の仕組みは何処のことだと思
う?」
「なら、学園都市にいる学生にとって、学ぶべき周囲の環境とか生活基盤の仕組みは何処のことだと思
う?」
その質問に、未だ意図は分からないままながらも何か引っかかりを覚える上条。
そう、そもそも社会見学とは、自分たちが生活している社会がどのように成り立っているのかを理解す
るために様々な業種の現場に赴き、実際に見学したりその仕組みを体験したりする事が多い。
ただし、それはあくまで一般的なものである。
上条たちが住んでいるこの学園都市は超能力開発の為に一般社会とは隔絶されたものである。
さらには数多くの研究機関が集まって独自の科学技術を擁しており、その生活基盤の仕組みもかなり
『外』とは違ったものとなっている。
そうした結果、都市内における科学技術は『外』のそれより二十年進んでいるとされ、さらに、独自の倫
理観、価値観といったものが存在する。
その結果はどうなるのか?
普段学園都市内で生活している学生にとってはあまり意識する事は無いが、都市内にいる人間と『外』
においては様々な認識のズレ、というものが確かに生じているのである。
ならば、学ぶべき社会とはどちらのことを指すのか?
そう、そもそも社会見学とは、自分たちが生活している社会がどのように成り立っているのかを理解す
るために様々な業種の現場に赴き、実際に見学したりその仕組みを体験したりする事が多い。
ただし、それはあくまで一般的なものである。
上条たちが住んでいるこの学園都市は超能力開発の為に一般社会とは隔絶されたものである。
さらには数多くの研究機関が集まって独自の科学技術を擁しており、その生活基盤の仕組みもかなり
『外』とは違ったものとなっている。
そうした結果、都市内における科学技術は『外』のそれより二十年進んでいるとされ、さらに、独自の倫
理観、価値観といったものが存在する。
その結果はどうなるのか?
普段学園都市内で生活している学生にとってはあまり意識する事は無いが、都市内にいる人間と『外』
においては様々な認識のズレ、というものが確かに生じているのである。
ならば、学ぶべき社会とはどちらのことを指すのか?
そうした事についてようやく考えが至った上条を見ながら、黄泉川は説明を続ける。
「学園都市にいる少年たちにとって、身近な環境ってのはもちろん学園都市の中の事なんだろうけどさ、
いつまでもここにいるってわけでもないじゃん。なら、学ぶべき社会ってのは自ずと解るもんじゃん」
いつまでもここにいるってわけでもないじゃん。なら、学ぶべき社会ってのは自ずと解るもんじゃん」
そう、いくら超能力開発の目的のために集め入れられた学生たちであろうと、一生をこの学園都市の中
で過ごすというわけではない。
大半の者はいずれここから『外』に出て行くことになる。(逆に言えば、一生を学園都市内で過ごす事に
なる者もいることはいるのだが…)
つまり、学生たちにとって、知っておくべき社会とは、自分が住まう学園都市の中だけでなく、『外』につ
いてもそれが言えるのである。
で過ごすというわけではない。
大半の者はいずれここから『外』に出て行くことになる。(逆に言えば、一生を学園都市内で過ごす事に
なる者もいることはいるのだが…)
つまり、学生たちにとって、知っておくべき社会とは、自分が住まう学園都市の中だけでなく、『外』につ
いてもそれが言えるのである。
「まあそんなわけで『外』の情報についても知っておいてもらいたい訳だけども、学園都市から『外』に学
生を集団で出すのは難しいじゃん」
「あ、はい」
過去、といっても記憶にあるのは夏休み以降からだが何度か学園都市から『外出』している上条はそ
のときにクリアした様々な条件を思い出しながら頷く。
ある意味機密データの固まりである生徒に対して行われた措置を、一人や二人ならともかく大量に行う
のは不可能ではないが、しかし、非常に煩雑なものとなるだろう。
「その代わりと言っちゃなんだけど、生徒を『外』に出すよりも、逆に『外』にあるものを都市内に入れた方
が情報の管理や対策、制限も掛けやすいわけじゃん。けど、そうやって『外』の企業やらを都市内で見学
させると、今度は都市内にある企業や研究機関からも自分たちも関心を持ってもらいたいって考え出し
たのさ。そうなると、いっそのことまとめてやった方が便利だってことでこうやって何箇所かの会場で集め
てそこに参加してもらうようになったわけじゃん」
生を集団で出すのは難しいじゃん」
「あ、はい」
過去、といっても記憶にあるのは夏休み以降からだが何度か学園都市から『外出』している上条はそ
のときにクリアした様々な条件を思い出しながら頷く。
ある意味機密データの固まりである生徒に対して行われた措置を、一人や二人ならともかく大量に行う
のは不可能ではないが、しかし、非常に煩雑なものとなるだろう。
「その代わりと言っちゃなんだけど、生徒を『外』に出すよりも、逆に『外』にあるものを都市内に入れた方
が情報の管理や対策、制限も掛けやすいわけじゃん。けど、そうやって『外』の企業やらを都市内で見学
させると、今度は都市内にある企業や研究機関からも自分たちも関心を持ってもらいたいって考え出し
たのさ。そうなると、いっそのことまとめてやった方が便利だってことでこうやって何箇所かの会場で集め
てそこに参加してもらうようになったわけじゃん」
「黄泉川先生、あの、そのことは今関係ないんじゃないですか?」
早くこの場から離れたい、というよりも、自分の持つ『パンフレット』について話されるのに抵抗があった
吹寄だが、あまりにもかけ離れた話題が続いているように思えるために、思わず会話に参加してしまう。
「まあまあ、話しはこれからじゃん。いきなり本題に入ってもいいけど、そこに行くまでの背景についても
知っていて欲しいわけじゃんよ。なんでそうなったのか、それを知っているといないとではえらい違いがあ
るもんじゃん」
早くこの場から離れたい、というよりも、自分の持つ『パンフレット』について話されるのに抵抗があった
吹寄だが、あまりにもかけ離れた話題が続いているように思えるために、思わず会話に参加してしまう。
「まあまあ、話しはこれからじゃん。いきなり本題に入ってもいいけど、そこに行くまでの背景についても
知っていて欲しいわけじゃんよ。なんでそうなったのか、それを知っているといないとではえらい違いがあ
るもんじゃん」
(あー、この人もやっぱ教師なんだなぁ……)
吹寄の言葉に答えてから説明を続ける黄泉川を見ながら、上条はそんな事を考えていた。
吹寄の言葉に答えてから説明を続ける黄泉川を見ながら、上条はそんな事を考えていた。
「学園都市にいる学生達の為に『中』と『外』を比べて見せるようにしてるわけだけど、そうやって『外』か
らやって来た企業にしてみれば、せっかく普段は見ることの出来ない学園都市に入ったんだから、自分
たちが持ち込んだ技術や情報を見せるだけじゃなく、都市内にあるものを見ようとしたって不思議はない
じゃん。だけど、都市内ならともかく『外』から来た部外者に貴重なデータをそう簡単には見せるわけが無
いだろうし、そうした外部向けの為に社会見学祭に参加している各企業や研究機関の内容を紹介してる
のが『パンフレット』ってわけじゃん」
黄泉川の言葉に上条が聞き返す。
「『パンフレット』が作られた理由は分かりましたけど、別にそんなの俺らに教えてくれててもいいんじゃな
いっすか?」
「いやいや、そうもいかないじゃん。学園都市が持っていたり都市内の研究機関が保有する技術や情報
は管理が厳しいからね。ちょっとした物でも取り扱いにはうるさいのよ。だから、サンプル品扱いで出され
ている物の遣り取りには色々な制約が絡んでくるじゃん。その一つである『パンフレット』だっておいそれと
は上げるわけにはいかないんじゃん」
「え? あれって、サンプル品なんですか?」
「そうじゃん。いくら簡単な紹介だからって、学園都市にある技術の一端を解説してるんだよ? 然るべ
き規制を掛けない事にはそこから辿られた情報を持って行かれる事だって有り得る訳じゃん。そうした事
を防ぐために、学園都市にある印刷・出版関係に属する所が集まって作るのがあの『パンフレット』なわ
けじゃん」
「なんか凄そうっすね」
「実際凄いじゃんよ。普通に読むのはいいけどそれをデータとして残そうとするのは出来なくなるようにし
てあるし、時間経過とともに文字のインクが劣化していくから祭りが終わった後に『外』に持ち出そうとして
も意味が無くなる様に出来てるじゃん」
ちなみに、黄泉川が語るとおりである。
肉眼で見る分には気が付かないが、特殊なインクと製紙を使った製本のために、不可視域のレベルで
出る反射光がちょうどジャミング効果のように働き、対象を光学的に捉えるカメラはもとより、電子的に保
存するデジタル機器に対してもコピーを取る事は不可能と言える。さらに、紙自体も特殊な処理がなされ
ている為にページに直接上書きして内容を残す事も出来ず、加えてインクとの反応により祭りの期間が
終わる頃には文字が識別できないようになり、ただの分厚くて重い紙の束に成り変るほどである。
「そうやって使われている学園都市の技術に対して対価を払う必要があるじゃん。外部から来てるところ
は自分たちの情報を公開したり、代金を支払う事で手に入れることが出来るけど、学園都市の学生に対
しては求められる事が違うんじゃんよ」
「どう違うんですか?」
「会場となっている全ての場所を回って一定数以上の出展ブースを見て回ってそれをレポートに纏める
事と、最低一つ、出展してるところと自分個人が契約を結んで企業なんかの研究や開発に協力する事が
条件になってるじゃん。期間中に全ての会場を回ろうとするとなるときっちり計画しとかないとスケジュー
ルに追われるだけになっちゃうだろうし、そもそも能力の高い学生は学校側が契約してる企業以外の所
と個人的に契約を結ばれる事を嫌う事が多いからね。申請しても学校側が許可しないってことも多いじゃ
ん。それに、個人的に契約を結ぶ事が出来なかった場合にはペナルティが科されることになってるから
ね。普通に考えると割に合わないって思えるじゃんよー」
確かに、黄泉川の言うとおりである。
ここまで聞いたところでは、デメリットばかりが目立っている様に思えてくる。
それほどのリスクに対して得る程のものがあると言うのだろうか?
らやって来た企業にしてみれば、せっかく普段は見ることの出来ない学園都市に入ったんだから、自分
たちが持ち込んだ技術や情報を見せるだけじゃなく、都市内にあるものを見ようとしたって不思議はない
じゃん。だけど、都市内ならともかく『外』から来た部外者に貴重なデータをそう簡単には見せるわけが無
いだろうし、そうした外部向けの為に社会見学祭に参加している各企業や研究機関の内容を紹介してる
のが『パンフレット』ってわけじゃん」
黄泉川の言葉に上条が聞き返す。
「『パンフレット』が作られた理由は分かりましたけど、別にそんなの俺らに教えてくれててもいいんじゃな
いっすか?」
「いやいや、そうもいかないじゃん。学園都市が持っていたり都市内の研究機関が保有する技術や情報
は管理が厳しいからね。ちょっとした物でも取り扱いにはうるさいのよ。だから、サンプル品扱いで出され
ている物の遣り取りには色々な制約が絡んでくるじゃん。その一つである『パンフレット』だっておいそれと
は上げるわけにはいかないんじゃん」
「え? あれって、サンプル品なんですか?」
「そうじゃん。いくら簡単な紹介だからって、学園都市にある技術の一端を解説してるんだよ? 然るべ
き規制を掛けない事にはそこから辿られた情報を持って行かれる事だって有り得る訳じゃん。そうした事
を防ぐために、学園都市にある印刷・出版関係に属する所が集まって作るのがあの『パンフレット』なわ
けじゃん」
「なんか凄そうっすね」
「実際凄いじゃんよ。普通に読むのはいいけどそれをデータとして残そうとするのは出来なくなるようにし
てあるし、時間経過とともに文字のインクが劣化していくから祭りが終わった後に『外』に持ち出そうとして
も意味が無くなる様に出来てるじゃん」
ちなみに、黄泉川が語るとおりである。
肉眼で見る分には気が付かないが、特殊なインクと製紙を使った製本のために、不可視域のレベルで
出る反射光がちょうどジャミング効果のように働き、対象を光学的に捉えるカメラはもとより、電子的に保
存するデジタル機器に対してもコピーを取る事は不可能と言える。さらに、紙自体も特殊な処理がなされ
ている為にページに直接上書きして内容を残す事も出来ず、加えてインクとの反応により祭りの期間が
終わる頃には文字が識別できないようになり、ただの分厚くて重い紙の束に成り変るほどである。
「そうやって使われている学園都市の技術に対して対価を払う必要があるじゃん。外部から来てるところ
は自分たちの情報を公開したり、代金を支払う事で手に入れることが出来るけど、学園都市の学生に対
しては求められる事が違うんじゃんよ」
「どう違うんですか?」
「会場となっている全ての場所を回って一定数以上の出展ブースを見て回ってそれをレポートに纏める
事と、最低一つ、出展してるところと自分個人が契約を結んで企業なんかの研究や開発に協力する事が
条件になってるじゃん。期間中に全ての会場を回ろうとするとなるときっちり計画しとかないとスケジュー
ルに追われるだけになっちゃうだろうし、そもそも能力の高い学生は学校側が契約してる企業以外の所
と個人的に契約を結ばれる事を嫌う事が多いからね。申請しても学校側が許可しないってことも多いじゃ
ん。それに、個人的に契約を結ぶ事が出来なかった場合にはペナルティが科されることになってるから
ね。普通に考えると割に合わないって思えるじゃんよー」
確かに、黄泉川の言うとおりである。
ここまで聞いたところでは、デメリットばかりが目立っている様に思えてくる。
それほどのリスクに対して得る程のものがあると言うのだろうか?
「そんなに大変なのに何で吹寄は『パンフレット』を貰おうとしたんだよ?」
上条からの問いに対し、吹寄の答えははっきりしない。困ったように 『ええと…、あの…』 等と歯切悪く
返すだけである。
そんな彼女の反応を見てニヤニヤしながら黄泉川が爆弾となる言葉を述べる。
「いやいや、学生にとってそう悪い事だらけとも限らないじゃん」
「ちょっ、せ、先生!」
慌てて吹寄が止めようとするが、時既に遅し、
「その『パンフレット』を持っている生徒は何処かしらと契約を結ぶって言ったじゃん。だから、自分達と契
約を結んで欲しい所は割と優遇してサンプルを渡してくれそうなもんじゃん。最終的に何処と契約を結ぶ
かは生徒の自由意志になってるから、上手くすればサンプル品の山を持ち帰ってくる事だって出来る訳
だからね。リスクはでかいが当たれば得るものもでかくなるって訳じゃん」
「そ、そんなに欲張ったりはしませんよ!」
黄泉川の説明に思わず大声を出してしまう吹寄。
だが、彼女のそんな態度が今の解説が当たらずとも遠からじ、といったところである事を表してしまって
いる。
ニヤニヤと笑い続けている黄泉川はもとより、『そっかー、サンプル品狙いかー。吹寄らしいっちゃらし
いよなー』 と呟く上条の二人に見られ続けた吹寄は、
「と、とにかく、私はこれから忙しいから貴様もさっさと集合場所に向かいなさいよ!」
などと叫ぶようにして足早に立ち去っていく。
そんな彼女を見送った上条も、『じゃあ、そろそろ俺も行かなきゃ……』 と言いながら黄泉川と別れて歩
き出そうとする。
だが、ガシッ、という音と共に襟首を掴まれて黄泉川のもとに引き寄せられる。
見れば、笑顔だが目は笑っていない様子。
「ふっふっふっ、しょ、う、ね、んー? ウチのことを気付かなかった事に対して何にも無しで済ますつもり
なのかー?」
というかマジでコワイですヨ黄泉川先生? っていうか肩に置かれた手がギリギリって、痛タタタタ!?
「ちょ、待って待って先生! だからそれは先生がいつもと違う格好だったから分からなかったんですっ
てばって、痛、痛いですって、ギブギブ、ギブ!」
「それはあんな命懸けの遣り取りをしたってのに少年がこれっぽっちも覚えようとしてないからじゃんよ。
あとこんな窮屈な格好はウチだってしたくてしてる訳じゃないんだよ学校が公式の場に出るんだからきち
んとしろって煩いから仕方なくしてるだけじゃん!」
思わず付いて出た一言がどうやら地雷を踏んだらしく、さらにギリギリと締め上げられていく上条。
薄れゆく意識の中でどうにか言葉を紡ぐ。
「きょ、今日は言わないでおこうと思ってたけど言うぞー。せーの、不幸…だー……」
上条からの問いに対し、吹寄の答えははっきりしない。困ったように 『ええと…、あの…』 等と歯切悪く
返すだけである。
そんな彼女の反応を見てニヤニヤしながら黄泉川が爆弾となる言葉を述べる。
「いやいや、学生にとってそう悪い事だらけとも限らないじゃん」
「ちょっ、せ、先生!」
慌てて吹寄が止めようとするが、時既に遅し、
「その『パンフレット』を持っている生徒は何処かしらと契約を結ぶって言ったじゃん。だから、自分達と契
約を結んで欲しい所は割と優遇してサンプルを渡してくれそうなもんじゃん。最終的に何処と契約を結ぶ
かは生徒の自由意志になってるから、上手くすればサンプル品の山を持ち帰ってくる事だって出来る訳
だからね。リスクはでかいが当たれば得るものもでかくなるって訳じゃん」
「そ、そんなに欲張ったりはしませんよ!」
黄泉川の説明に思わず大声を出してしまう吹寄。
だが、彼女のそんな態度が今の解説が当たらずとも遠からじ、といったところである事を表してしまって
いる。
ニヤニヤと笑い続けている黄泉川はもとより、『そっかー、サンプル品狙いかー。吹寄らしいっちゃらし
いよなー』 と呟く上条の二人に見られ続けた吹寄は、
「と、とにかく、私はこれから忙しいから貴様もさっさと集合場所に向かいなさいよ!」
などと叫ぶようにして足早に立ち去っていく。
そんな彼女を見送った上条も、『じゃあ、そろそろ俺も行かなきゃ……』 と言いながら黄泉川と別れて歩
き出そうとする。
だが、ガシッ、という音と共に襟首を掴まれて黄泉川のもとに引き寄せられる。
見れば、笑顔だが目は笑っていない様子。
「ふっふっふっ、しょ、う、ね、んー? ウチのことを気付かなかった事に対して何にも無しで済ますつもり
なのかー?」
というかマジでコワイですヨ黄泉川先生? っていうか肩に置かれた手がギリギリって、痛タタタタ!?
「ちょ、待って待って先生! だからそれは先生がいつもと違う格好だったから分からなかったんですっ
てばって、痛、痛いですって、ギブギブ、ギブ!」
「それはあんな命懸けの遣り取りをしたってのに少年がこれっぽっちも覚えようとしてないからじゃんよ。
あとこんな窮屈な格好はウチだってしたくてしてる訳じゃないんだよ学校が公式の場に出るんだからきち
んとしろって煩いから仕方なくしてるだけじゃん!」
思わず付いて出た一言がどうやら地雷を踏んだらしく、さらにギリギリと締め上げられていく上条。
薄れゆく意識の中でどうにか言葉を紡ぐ。
「きょ、今日は言わないでおこうと思ってたけど言うぞー。せーの、不幸…だー……」
どうにかこうにか黄泉川の機嫌を直してもらった上条は、ようやく解放されるとほうほうの体でクラスの
集合場所となっている所へ辿り着く事が出来た。
見れば、どうやら自分が最後だったようである。
「もう! 遅いですよ上条ちゃん! 迷子になっちゃったかと心配しちゃったじゃないですか!」
担任の小萌先生から早速叱られる上条。
「いや、これにはいろいろとですね先生……」
「そんな事は良いですから早く皆の所に言って下さいなのですよ!」
後ろからグイグイと押されながら注意が続く。
クラスの輪に混じった上条が見回すと、吹寄と目が合う。が、フン、とばかりに目を逸らされる。
そんな上条に対して、『イヤー色々大変だったみたいだにゃーカミやん』 などと声が掛かるがこちらは
徹底的に無視、無視の方向でいく。
そんなこんなで小萌先生による点呼も終わり、最後の諸注意が話されている。
「……ですから皆さんは自由行動で見学してもらって構いませんけど、できれば二、三人のグループで行
動する事をお勧めするのですよー。一人で動くのも良いですけど、皆で相談しながら見て回ると自分が気
が付かなかった所も知る事が出来るかもしれませんからー。後ですね、……」
なおも諸注意を語ろうとする小萌先生だが、その時、会場各所に設けられているスピーカーが、アナウ
ンスの音を流し始める。
集合場所となっている所へ辿り着く事が出来た。
見れば、どうやら自分が最後だったようである。
「もう! 遅いですよ上条ちゃん! 迷子になっちゃったかと心配しちゃったじゃないですか!」
担任の小萌先生から早速叱られる上条。
「いや、これにはいろいろとですね先生……」
「そんな事は良いですから早く皆の所に言って下さいなのですよ!」
後ろからグイグイと押されながら注意が続く。
クラスの輪に混じった上条が見回すと、吹寄と目が合う。が、フン、とばかりに目を逸らされる。
そんな上条に対して、『イヤー色々大変だったみたいだにゃーカミやん』 などと声が掛かるがこちらは
徹底的に無視、無視の方向でいく。
そんなこんなで小萌先生による点呼も終わり、最後の諸注意が話されている。
「……ですから皆さんは自由行動で見学してもらって構いませんけど、できれば二、三人のグループで行
動する事をお勧めするのですよー。一人で動くのも良いですけど、皆で相談しながら見て回ると自分が気
が付かなかった所も知る事が出来るかもしれませんからー。後ですね、……」
なおも諸注意を語ろうとする小萌先生だが、その時、会場各所に設けられているスピーカーが、アナウ
ンスの音を流し始める。
『ただ今よりーぃ…ぃ……、第○○回ーぃ…、社会見学祭をーぉ…ぉ……、始めます…ぅ……』
途端に周囲がざわつき始める。
先程まではまだ人の動きも少なかったが、今は活発に動き回り始めた為に上条たちの一クラス分の人
数がじっと立ち止まったままでいると、大きな交通妨害となりかねない。
それを見た小萌先生、仕方なく話を切り上げると
「もう! しょうがないのでお話しはこれで終わりです! 皆さん怪我などしないように見て来て下さいねー」
『はーい!』、などと途端に元気に返事をする生徒たち。現金なものである。
「それじゃあ今日の終わりの集合時間まで、解散します! 皆さん楽しんできてくださいなのですよー」
その言葉が終わるか終わらないかの内に動き出すクラスメイトたち。
めいめいがそれぞれ考える予定にそって別れて行く。
ある者達は比較的固まってグループで動こうとし、別の者は二、三人で連れ立って、また他の者は一人
でと、皆思い思いの方法で祭りに参加していく。
先程まではまだ人の動きも少なかったが、今は活発に動き回り始めた為に上条たちの一クラス分の人
数がじっと立ち止まったままでいると、大きな交通妨害となりかねない。
それを見た小萌先生、仕方なく話を切り上げると
「もう! しょうがないのでお話しはこれで終わりです! 皆さん怪我などしないように見て来て下さいねー」
『はーい!』、などと途端に元気に返事をする生徒たち。現金なものである。
「それじゃあ今日の終わりの集合時間まで、解散します! 皆さん楽しんできてくださいなのですよー」
その言葉が終わるか終わらないかの内に動き出すクラスメイトたち。
めいめいがそれぞれ考える予定にそって別れて行く。
ある者達は比較的固まってグループで動こうとし、別の者は二、三人で連れ立って、また他の者は一人
でと、皆思い思いの方法で祭りに参加していく。
その多くは常と変わらぬ行事を楽しみ、ある者はそこに隠された意味を知ることになり、またある者は
人知れず騒動に巻き込まれることにもなる。
されど、今はただ、これからの予定に心躍らせて歩き出すのみ。
人知れず騒動に巻き込まれることにもなる。
されど、今はただ、これからの予定に心躍らせて歩き出すのみ。
何はともあれ、社会見学祭、その始まりである。