とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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「ステイル、そういやお前なんで学園都市にいるんだ?」
 学校までの道のりを走っていく中、上条はふと浮かんだ疑問を口にした。
「それを君に言う義務が僕にあるのかい? まあ一応、やることがあるとだけ言っておこうか」
 横を走る赤い髪の神父は面倒くさそうに答える。視線は前を向いたまま、横の質問した少年の方など気にする様子もない。
「へぇ、いいのか? そのやることっていうのを優先しなくて」
「チッ、いちいちうるさいヤツだな。大体僕は……!?」
 突然ステイルが言葉と動きを止めた。それにつられて上条も走ることを中断する。
「どうしたんだ? 学校まではあともうちょっとだぞ」
「黙っていろ。これは……結界か。人払いのルーンを応用しているな」
 そう言われて上条もはっとする。たしかにこの感じには覚えがある、かつて神裂やステイルが使用してきた外部からの人の侵入を遮断する魔術だ。
「なら、俺の右手で壊しちまえば」
「だから黙っていろ、これはルーン自体を壊さなければ意味はないんだ。まあ、君ならこの結界ごと無視して進むことができるがね」
 ステイルはそのまましゃがみこんだ。地面に手を当て、何かを調べるようなしぐさをとる。
「先に行け、上条当麻。僕はこの結界の穴を見つけてから行かせてもらう。」
「そんなもん見つけられるのか?」
「侮るなよ、ルーンは僕の専門だ。この程度のものならすぐ終わるさ。それとも、僕がついていかないと君は怖いのかい?」
 そう言いながら見下すような笑みを浮かべてこちらを見てくる。憎まれ口をたたく余裕すらあるのならここは大丈夫なのだろう。
「へっ、なら俺が先に全部終わらせといてやるよ」
「なら助かるよ、余計な仕事をしなくて済みそうだ」
 そう言って走り出す上条。
 目的の場所まではあと少しだ。


 辿り着いた校舎には人の気配はなかった。校庭はガラガラで、避難はすでに完了しているようだ。それに何より、人払いのルーンが刻んであるならそもそも人がいるわけがない。
 もしそれを仕掛けた側の人間じゃない限り。
 ならば、校庭から見た屋上にたたずむあの人影は。
「篠原っ!」
 上条は、屋上の扉を勢いよく開けながら叫ぶ。その声に反応したのは柵に手をかけていた茶色がかった髪の少し幼い雰囲気をもつ少年だった。
「……屋上なんて初めて入ったよ。結構景色もいいし、転校してからすぐに来とけばよかった」
「……」
「やっぱお前は来ちまったんだな。なんか、そんな予感はしてたわ」
 ぐるっとこちらを向いて、篠原は柵に体を預けるようにもたれかかった。その表情は喜怒哀楽と呼ばれる感情を突き放したような、達観したものだ。
「なんでだ」
 呟くように言いながら、上条は一歩前に歩み出る。
「お前は一体何をしようとしてるんだよ、篠原!!」
 その問いかけに答える代わりに篠原は手を前へと出す。
「!!」
 バチィッという音が響き、それよりも早く篠原の手が光る。それと上条が右手を前に出すのは同時だ。そして篠原の手から飛んだ電流は上条の右手に着地して消えた。
「それが『幻想殺し』か。なるほど、すげーな」
 さほど起伏のない声で呟くように篠原が言う。
「篠原……」
 上条は自分の右手とそこにいる少年の顔を順に見ながら口からこぼれるように声を出した。
「俺にはやるべきことがある。今更引くつもりも、傷ついた誰かに許しを請うつもりもない」
 そこではじめて篠原の言葉に力が入る。そう言いながら一歩前へ踏み出た篠原を見ると、その表情は強い意志を持った、覚悟を決めたものとなっていた。
「邪魔するのなら容赦しねえぞ? 上条」


 人の気配が消え、車が一台も動いていない車道をツインテールの少女がテレポートで移動していた。その少女、白井黒子は道路の真ん中に立ち止まって小型の携帯電話を耳元にやる。
「初春、こっちはセブンスミスト周辺まで移動しましたわ。ここまでの逃げ遅れは0、どうやら皆無事避難できているようですわね」
『了解です。他の場所もほぼ確認できたみたいなので、白井さんは一度そのままこっちに戻ってきてください』
「……そういえば爆発の頻度が落ちているような気がするんですが、そちらに何か情報は入ってませんの?」
『いえ、警備員が一度返り討ちにあって以来逃げられたままで特に新しい情報はありませんけど』
 そうですの、と白井は一度会話を切る。
 頻度が下がっているということは敵が何かすらの目的を果たしつつあるか、あるいは捕まるなどによって行動不能に陥っているかだ。前者だ、と白井は思う。もし後者ならば警備員が相手を捕縛したという情報が回っているはずだ。最新の情報が入っていないということもあるが、初春飾利の情報収集能力を考えるとその可能性は低いだろう。もっとも、これはテロリスト達が目的なんてものを持っているならという話だが。
 もっと少ない可能性として一般人がそいつらをぶちのめしたとか、と考えているとほぼジャストミートでやりかねない人物が浮かび、白井の顔が青くなる。
(……いやいやお姉様は他の生徒と一緒に避難してるはずですの。まさかそんな)
 そんな風に白井は心の中で必死に否定の材料を探していく。手元にある携帯から『もしもーし、白井さーん?』なんて聞こえてくるがそんなものに構っている余裕はない。
 そのとき、ドガァッ!! という爆破音が響いた。その衝撃で白井はバランスを崩しつつも持ちこたえ、再び初春に話しかける。
「初春! 今の爆発がどこで起こったかそちらに詳細は出てます?」
『ちょっと待ってください。ええと……セブンスミストからだと大体北に一キロぐらいの場所ですね』
「テロリストの情報はそちらにありますの?」
『えーとですね、一部では黒いスーツを着た男達だとか発火、発電の能力者だとかいろいろ情報が回ってるみたいですが、ってもしかして白井さんっ!?』
「大丈夫ですの、少し様子を見てくるだけですわ。それにそっちに逃げ遅れた人がいたらいけないでしょう」
『だ、だめですってすぐに戻ってくださ』
 ブチッと。
 うるさい携帯を電源から切ってポケットの中にしまい込むと白井は北の方へと移動し始める。
 もしそこにお姉様が首をつっこんでいたならば、お上に睨まれる前にお姉様を連れて速攻でばっくれるために。


 また、その爆発が起こった場所では二人の黒スーツと白井黒子ではない空間移動能力者が対峙していた。その表情には焦りと疲弊の色が浮かんでいる。
 彼らはこの手の能力者のことは知識としては知っていたが、所詮逃げしかできない能力者だと思っていた。だが実際にやりあってみるとどうだ、この少女は今立っている場所から一歩も動かず、ただ手の中の軍用懐中電灯を揺らすだけでこちらの攻撃をその辺の車などで全て遮り、そして同時にそれらを上から降らせてくる。
 こんな反則な能力に勝てるわけがない。
 その能力『座標移動』をもつ少女、結標淡希は余裕しゃくしゃくといった様子で手の中の懐中電灯をぶらぶらと遊ばせている。
「あら、もう終わりでいいの? ならさっさと自主的に手に縄でもくくってくれないかしら」
「くっ……」
 結標の言葉に黒スーツの一人が思わず声を漏らす。霊装を巻いた右手を前に出すがそこから行動に移れない。もし動けばそれは徒労に終わり、おまけに上から乗用車のサービス付きだ。
 そのとき、その場にうぉぉぉおおおおおおという声が響く。硬直した方の横にいた黒スーツのものだ。その男はそのまま髪を二つに分けた少女に突進していく。その形相は決死の覚悟をしたといっても過言ではないくらい余裕がなかった。
 少女はそれを哀れむような目で見ながら、さっきまでと同様軍用懐中電灯を少し揺らした。そしてさっきまでと同様車が彼女と黒スーツの間に現れる。
 ドッと鈍い音を立て、それによってやはり黒スーツの突進は遮られた。
 それだけではすまない。止まった車に自分からはねられに行ったその男が衝撃に身悶えていると、その上から握りこぶしぐらいのアスファルトのかけらが無数に降り注ぐ。ガガガッ! とたっぷり十秒は音を立て、それらは器用に男の頭部のみを避けて体を築いた石の山に埋め立てた。
「勇気と無謀ってのはぜんぜん違うわよ? さてと、そろそろ飽きてきたしあなたはどうする?」
 そう言って結標は残りの黒スーツに懐中電灯を向けた。彼は手を前にかざしたまま動けない。
 逃げるにしてもこのままじゃ無理だ。何かきっかけがないと。
 そう考えながら下唇を噛んで沈黙を守る。そしてそれを破ったのは黒スーツの男でも結標でもなかった。

「結標……淡希……!?」

 言葉の主は黒スーツの後ろの角から出てきたツインテールの中学生ぐらいの少女だ。彼女は固まったまま黒スーツには目もくれずにもう一人の少女の方へ視線を向け続ける。
「白井黒子!? 何でこんなところに……?」
 一方のさらしの上から制服を羽織っただけの少女の方も反応する。それはさっきまでの戦闘では見せなかった表情だ。
「それはこちらの台詞ですの。一体何をしてらっしゃるのかしら、まさか今回の件もあなたが関わっているとか言うんじゃ……」
「何で私が街を爆破させなきゃなんないのよ。私の能力のこと忘れたのかしら」
「能力じゃなくても爆発なんて爆弾使えばできますわ。第一、あなたには前科がありますでしょう」
「……面倒ね。もういい、とりあえず一人は潰したし帰らせてもらうわ」
 そう言って結標は白井に背中を向ける。
「ちょっと待ちなさい!まだあなたには聞くことが」
「私に構うのはいいけど肝心の犯人に逃げられてるわよ」
 ほらそこと結標の指差す方を見ると、黒いスーツの男がまさに全速力といった感じで逃げていた。今まで特に気に留めなかったが、たしかにあれは初春から聞いた犯人の情報と一致している。
「もう一人はそこの石山の中に埋まってるわ。ここらに居たのはそいつらだけね、じゃあ後始末任せたわよ」
「ちょっと待っ――」
 白井が制止の声を言い切る前に結標はふっと姿を消した。
 納得のいかない顔のまま、ツインテールの少女はテレポートで逃げる男を追いかける。
 そしてそのまま無言でなかば八つ当たり気味のドロップキックを喰らわせた挙句スカートの下に忍ばせた鉄矢をテレポートでスーツに突き刺し完全に拘束した。
 ヒィッと情けない声を出す男の横でふんぞりかえって白井は考える。
 なぜ結標淡希がここいたのか。
 なぜ彼女はテロリスト達と敵対していたのか。
 ほかにもいろいろと疑問は浮かぶが、ため息を一つ漏らすとひとまずそれは中断してさきほど一方的に切った携帯の電源を入れて目的の番号を見つけて通話ボタンを押す。
「初春、さっきの爆破地点でテロリストらしき男を二人拘束しましたわ。―――ええ、こちらに警備員を回すよう手配してくださいな」
 まずは仕事を果たす。自分は風紀委員の一員なのだから。


 生徒達が避難した高校の屋上でバチバチッという音と電光が走る。
 それは歪な線を描きながら一瞬で現れては一瞬で消えることを繰り返していた。その両端にいるのはその学校の生徒である上条と篠原だ。
 上条は電流を避け、避けられない分は右手で打ち消し、前へ進もうとするという流れを繰り返す。だがどうしても電流を避けるために下がることを余儀なくされ、体力だけが削られている状態だ。おまけに一度電流が着地した場所は、それがそこから漏電しているかのようにまとわり着いていた。
 電流を飛ばしている方の篠原は、その場所から動かずにただ手を前にかざしているのみだ。
 その状況に、茶髪がかった少年は退屈そうに相手を挑発する。
「ほらどうした、逃げてるだけじゃぁ勝てねーぞ」
 その言葉を速度を緩めずに横側に前転しながら上条は聞く。その顔には焦りがにじんでいた。
(くそっ、たしかにあいつの言うとおり、このままじゃ勝てるどころか勝負にもなってねぇ。やっぱ一発覚悟で相討ち狙いしかないか)
 そう判断した上条は、立ち上がるとすぐに相手に突撃していく。篠原は今までと同様に電流を飛ばしただけだったが、相手が避ける動作すらせず突進してきたことに目の色を変えた。
 上条が避けると踏んであえて別の方向へ飛ばした電流は相手を貫くことなく見当違いのところへ着地する。それを気にも留めずに上条はその右手を相手に思い切り叩きつけた。
 だが、それはむなしく空を切る。その二、三歩先に篠原はおり、こちらが体勢を整える前に更に距離を置いていく。
「今のは焦った、まさか何も考えずに突進してくるとはな」
 その言葉通り、篠原の頬に冷や汗が一筋流れている。上条はこのやり方でいけると確信した。
今は避けられはしたが、何度も繰り返して次はまず相手を捕まえてしまえばいい。それができるまで何度かダメージは受けるかもしれないが、さっきまでの逃げの一手よりはましだ。
 足を半歩後ろにやり、上条は突っ込む体制をとる。だがそれは篠原の次の言葉で中断する。
「ちょっといろいろ理由があって、お前の右手には触れられたくねーんだ。だから、本気でいくぞ」
 そう言った篠原の全身から突然黒いもやのようなものがあふれ出す。それは見るだけで不快になるような雰囲気があり、上条は体の動作の全てが重くなるように感じた。

 そして次の瞬間、いくらかの黒いもやを残してそこから篠原の姿が消える。

「っ!?」
 正確には物凄いスピードで横に移動したのだが上条には一瞬横にぶれた篠原の姿しか映らない。そして見失った少年を見つけるために首から上を動かす前に、その首筋に強烈な衝撃が走った。
「がっ……!」
 思わず声を漏らし上条はその場に倒れる。その後ろには黒いもやに包まれた少年が立っていた。
「わるいがお前じゃ俺を止めることも、触れることすらできねーよ」
 そして篠原は倒れている上条から離れるように後ろに下がる。

「俺は『聖人』だ」


「もっとも、こう呼ぶってこと知ったのはつい最近だけどな」
 聖人。
 世界におよそ二十人もいない神の子に似た身体的特徴や魔術的記号を持つ人間であり、『聖痕』を開放することで人を超越した力を使うことができる。
 上条はそんな知識的なことは知らないが、彼の知ってる中では神裂火織やあの後方のアックアがおりその力は計り知れない。
 篠原の言葉に上条は倒れたまま唖然とした顔で右手を握り締める。
(聖人っ!? どうする、もしあいつの言うことが本当ならまともにぶつかったところでこっちに勝ち目はねえぞっ)
 立ち上がりながら、それでも迂闊に前に出ることができない。体の方向を篠原に向けたまま上条は硬直した。
「……ああ、これが気になってんのか? 心配すんな、別に何か特殊な力ってわけじゃない。俺自身にかけられた『呪い』みたいなもんだ。普段は聖人の力と拮抗させて気配すら消えてんだけどな」
 黙ったままの上条に、勘違いした篠原は自分にまとわりつくスモッグのようなもやに片手を入れてそう言う。
 目に見える特殊が攻撃的なものでないという情報を得て上条は少しほっとする。だが状況が変わったわけではない、上条はすぐに気を引き締めた。
「……お前の力の電撃はやっぱり魔術なのか?」
「そうらしいな、俺も詳しいことはわかってねーけど」
 上条の問いかけは気にはなっていたが、それより会話の間に何か策を思いつけばと思って振ったものであった。しかし、予想もしていない答えが返ってきたことにより上条の思考はそちらへと向く。
「そうらしい? お前は魔術師じゃないのか?」
「魔術を使う人間を魔術師って言うならそれはYesだけど、それ以外に何か概念でもあるなら多分Noだ。俺は魔術の使い方を教えてもらっただけだしな」
「教えてもらった? サイモンってやつにか?」
「! どうしてお前がそんなこと知ってんだ?」
「リアに直接聞いたんだよ、そのこともお前らがしようとしている『儀式』ってののことも」
「リア……だと?」
 リアの名前が出てきたことに篠原は余裕のあった表情を一変させる。それは信じられないことでも聞いたようなものだ。
「なんでリアの名前が出んだよ、あいつはホテルの部屋で拘束魔術で動けないはずだろうがっ!?」
「まさかっ……あれはお前がやったのか!?」
 上条はインデックスが居た場所で倒れてた黒いスーツの少女を思い出した。結局あのシスターから聞くことは出来なかったが、目に見えて衰弱していた少女とインデックスや篠原の言った『拘束魔術』という言葉で彼女に使われた力についてのおおよその予想はつく。
「……ああ、そうだ。あれは俺がやった」
「リアはっ……お前らの仲間が爆破しまわってる街中で倒れてた」
「!!」
「お前がかけた拘束魔術ってやつに逆らってそこまできたんだろうな、かなり衰弱してたよ」
「……」
「それでもあいつは自分のことよりお前の心配をしてた!お前がその『儀式』で死ぬって、それを止めてってそれこそなりふり構わないくらいに!」
 表情を驚きと苦悶に歪ませ、篠原はもはやなにも言えずにただじっと上条の言葉を聴いている。
 ツンツン頭の少年はその右の拳を握り締めて目の前の少年を睨みつけた。
「もう一度言うぞ、篠原。『お前は一体何をしようとしてるんだよ!』」
 上条はその足を前へ進める。篠原は黙秘を貫いている。
「お前が命を賭けてまで何をしようとしてるのかなんてわからない」
 上条はその右手を一際強く握り締めた。もう相討ち覚悟でまず捕まえるなんてやめだ。その程度の策で聖人の力に及ぶとも思えないし、それ以上にまずこいつはぶん殴ってやらなけりゃ気が済まない。
「ただ、それがお前を心配してくれている女の子を突き放してまですがるような勝手な幻想なら」
 力の差とかそんなものは関係ない。上条は右手を無言の篠原に向かって突き出す。

「まずはその幻想をぶち壊す!」


 人払いの魔術の穴を見つけたステイルは飛び交う電流やバチバチッという音を頼りに屋上の扉を開けた。そこには、先に行った上条当麻と少し幼さの残る茶髪がかった少年が向き合っている。
「……るせぇよ」
 茶髪がかった少年が搾り出すように言う。
「うるせぇっ!! お前に何がわかんだよ!」
 その少年が吠えた。そして次の瞬間にその姿が消え、ほぼ同時に上条が後ろへと吹っ飛ぶ。
 ドゴッと鈍い音を立て、上条の体が屋上の柵に叩きつけられた。声にならない空気を口から漏らして全身が逆に反れたが、それでも上条はすぐに前へと転がる。
 篠原が突っ込んできたからだ。的を外れた篠原の右手は柵へと突き刺さり、ガキイインッ!! と千切れるようにひしゃげた。
 そんな光景を見ながら、ステイルは屋上の隅へと移動し持っていた煙草に火をつける。
「勝手だってことぐらいわかってんだ! それでもやらなきゃなんねぇ!」
 立ち上がりつつも体勢を立て直せていない上条へ、篠原が一歩でそっちに近寄りそのままかかとで真横から頭へ蹴りつける。それをぎりぎりで頭を肩まで下げてガードするが、それでも衝撃を受けた上条の体は吹っ飛んで屋上を転がる。
「今も眠り続けている母さんのために! たとえ俺が死ぬことになろうともな!」
 篠原は続けて攻撃を加えるために一気に近寄るが、上条が右手を振り上げるのをみて少し大袈裟に距離をとる。どうやらよほどあの右手に触れたくはないらしい。
「……それがお前の理由か?」
 よろけながらも崩れた体勢を整えつつ上条は篠原を見据える。
「そうだ、母さんは車に撥ねられた。ガキの俺が、自分から向かっていった危険から庇ってな」
 攻撃に警戒しつつも、上条は黙って篠原のその言葉を聞いていた。
「何も知らない親父や周りは俺のせいじゃないって言ったよ。けどそうじゃない、聖人なんてい
 う力に溺れたガキがバカなことやった結果がこれだ。」
 下を向いてる上に黒いもやで表情のわからない篠原は言う。
「ガキだったからなんていう言い訳なんざ何の意味もねぇ! 罪を償うためには母さんの目を覚まさせる以外にはないんだ!」
「ふざんけんなっ、バカ野郎!!」
 そこで上条が声を上げる。それに反応して篠原とその周りのもやが少し揺れた。
「……んだと?」
「ふざけんなっつったんだ、償うとか何とか言いながら結局お前は逃げてるだけじゃねえか!」
 そう叫びながら上条は黒いもやに囲まれた少年へと突進していく。それを少しの間篠原は呆けたように見ていたが、その後慌てて上条から距離をとるために後ろへと下がった。しかしそんなことに構わずに上条は相手を追いかける。
「母親を言い訳にして、自分の辛い過去から、生きることから逃げてるだけだ!! 大体、お前が死んでそれで目を覚ました母親が喜ぶかよ! 自分よりも大事だって、そう思われて守られた命だろうが! お前が死ぬと目を覚ました母親も、それにきっとリアだってお前と同じになっちまう。それが嫌なら誰一人不幸にならずに済む方法を探して見せろよ、自分の命で全てを解決させようなんて安易な考えに甘えてんじゃねえぞ!!」
 そこまで言い切って思い切り振り回した上条の右拳はブンッと言う音を立てて空を切る。篠原は攻撃もせずにただ上条をかわしながらその少年の言葉を聞いていた。


 はあはあと息を荒げながらふらつく体のバランスをとりつつ、上条は近くに居た赤髪の神父に向かって手を伸ばしながら声をかける。
「ステイル、こいつは俺がやる、手は出さないでくれ」
「僕に指図するな。まあたしかに、あの様子じゃ君だけでも十分な気はするがね」
 そう言いながら二本目の煙草に火をつけつつ、ステイルはその煙草で篠原の方を促した。それと同時にドサッという音が聞こえて上条は顔を篠原の方へと向ける。
 そこには、ぜえぜえと片膝をついてあきらかに上条以上に息を荒げる篠原の姿があった。
「なっ、しのは――」

「自重していただきたいものですな」

 篠原の方へと手を伸ばしかけた上条の声は突然割り込んできた別の声によって途切れる。
「あなたにかけたその『罪』は普段は聖人の力と拮抗させて無効化している。その支えをなくせばこうなることぐらいわかっていたことでしょう」
「……サイモン、か……」
 搾り出すような声で篠原がサイモンと呼んだ突然の声の主が開けっ放しの屋上の扉から現れる。
 黒いスーツで身を包み、眼鏡をかけた初老の男。その手には鞘つきの剣のような物と黒い大きめのトランクケースを引きずっている。
「儀式の前にあなたに倒れられては全て無駄になります故、それをお忘れなきよう」
「なら……早く、やれ……」
 よろよろと重心が不安定なまま立ち上がる篠原に向かってサイモンは無言のまま近づいていく。
 いつの間にかトランクケースを置き去りにし、その手には一冊の本が収まっていた。
 そして剣を鞘から抜き、鞘の方はカーンという乾いた音と共にそのままそこに捨てられた。
 突然の闖入者にしばらくの間ただ突っ立っていた上条ははっと何かに気付いたように篠原の方に向かって走り出した。

 リアが言っていた中心格のサイモン、その男が抜き身の剣を持って篠原へと近づいていく。
 『儀式』の中で死ぬといった篠原、よくわからないがもしそれがその儀式の中の段階の一つだとしたら。

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 自分の嫌な予感にほぼ確信を持った上条は、その手を伸ばしながらダメージで上手く動かない足に鞭打って駆けていく。
 だが、それよりもサイモンが動く方が速い。

 淡く輝き始めた本が篠原の前方に舞い、その本もろとも篠原の体に抜き身の剣が突き刺さった。

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