とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第三戦-1

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ryuichi

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三沢塾。
そのビルの内部にある、校長室というプレートの下がった部屋。
豪華だが品のない内装をしたその部屋の奧には、校長が座るのだろう、黒壇と黒革の座席のセットが鎮座している。
その、黒壇の前に。
およそこの部屋の雰囲気にそぐわないものがあった。
丸テーブルと、向かい合って置かれた二つの腰掛け。
真っ白いそれらには、腕のある職人が彫ったのだろう、精密で美しい西洋風の模様が刻まれており、周囲の成金趣味丸出しの調度品とは一線を画している。
そして、カフェテリアから丸ごと抜き出してきたかのようなそのティーテーブルの一席に、
「…………………………」
垣根帝督は憮然とした表情をして座っていた。
「断然」
そんな垣根に、部屋の隅にて、薬缶の火加減を見ながら、アウレオルス=イザードが声をかける。
「我としては珈琲より紅茶の方が好みなのだが、貴様はどうだ? 珈琲を、というのならわざわざ入れてやらんこともないが、味は保証せん」
「……どっちも要らねぇよ」
「では紅茶だな」
「………………」
アウレオルスは、ティーテーブルと似た意匠のポットに茶葉を入れ、薬缶の湯を注ぐ。
しばらく蒸らしてから、ポットと同じ模様のティーカップを2つ用意し、それぞれにポットから香り高い紅茶を淹れると、そのうちの一つを垣根帝督の前に、もう一つを対面の席に、砂糖やミルクのセットを載せた盆をその中間に置いてから、自身は垣根の対面に設置された席に座る。
 そして―― 
「突然」
 湯気を立てる紅茶をストレートのまま一口飲み、
「まずは、何から話してもらうか」
 これから茶話でもしようかという口振りで、アウレオルスは垣根に問いかけた。



「武装解除せよ」
 垣根に剣を突きつけられた体勢のまま、アウレオルスが厳かに命令した。
「は?何言ってやがん……!?」
 あまりに場違いなその発言に、呆れた垣根が言葉を言い切る前に、変化は訪れた。
 垣根の身体が意志を離れて勝手に動き、自身の持っていた剣を手放し、さらに右手に装着していた籠手まで抜き取って地面に捨ててしまったのだ。
 ――アウレオルスの、言葉の通りに。
(なんだこりゃ!? 精神……いや、肉体を操作する能力か?)
 垣根が逡巡する間に、アウレオルスはスーツのポケットから太い鍼を一本取り出し、自身の頸に突き刺す。
「ハッ、動機付けってか? 不便だなぁオイ。能力は成る程トリッキーだが、そいつはまんま弱点だぜ!」
 相手の『言葉』に怯まず、新たな『未元物質』を作り出そうとする垣根。
 しかし――
「一切の攻撃行動を禁止」
 鍼を地面に放りながらアウレオルスが一言呟くと、
「んなっ……!?」
 垣根が頭の中で組んでいた『未元物質』の数式が、一瞬にして瓦解した。
(馬鹿な……精神にも干渉出来んのか?)
 何度組み直そうと、『未元物質』は数式の途中で崩壊する。
(だったら、直接殴りに行ってやろうじゃねぇかよ!)
 思い、足に力を入れる垣根だったが、
「くっそ……」
 まるで床に縫いつけられたかのように両足がその場から動かない。
(マジで攻撃が禁止されたってのか? ――野郎の言葉通りに)
 額から嫌な汗が一筋流れる。
 アウレオルスはそんな垣根の目の前に悠々と近づいてくる。
「当然。貴様を一度殺し、記憶を消去した上で結界の外へ捨て置く……ダミーが出来なかったそれを、我がすることは可能であるし、容易である。しかし、貴様のダミーを倒したその能力に興味が湧いた。断然。殺すよりは、茶でも沸かして語り合った方が面白そうである」
 自分のことを殺すと宣言した人間に対して、アウレオルスは突拍子もないことを告げる。
「はぁ? 誰がテメェなんぞと一緒に仲良くお茶しようって? フザケんじゃねぇぞ」
「全然。貴様の意見など聞いていない。――我について来い」
「っ!!」
 アウレオルスの言葉に素直に従い、歩き出す垣根の身体。
 それを疎ましく、気味悪く思いながらも、
(くそっ、訳がわかんねぇぞ!?)
 垣根に抵抗する術はなく、アウレオルスの後に続いて階上へ上っていったのだった。


「あぁ? テメェに話すことなんざ一つもねぇよ、アウレオルス=イザード」
 垣根は出された紅茶に手さえも触れず、アウレオルスの問いを乱暴に撥ね除ける。
「そうだな、まずはその特異な能力について教えてもらおう」
「だーかーらーよ―」
「何度も言おう。貴様の意見など聞いていない。――我の質問に対して、一切の虚偽なく返答せよ」
「『未元物質』。この世にもとより存在しない物質を生み出し、操作する能力だ………………っ!?」
 勝手にしゃべり始めた自分の口に驚愕する垣根に対して、アウレオルスは涼しい顔でその内容を吟味する。
「この世に存在しない、か。超能力とやらの仕組みは知らぬし、興味もないが……自然、そのような物質があるならば我の『リメン=マグナ』が破られることもあろう。だが、フン。その程度か。ならばいくらでも対処の仕様がある、つまらぬ能力だ。憮然。生かしてここに連れてくるだけの価値すらなかったやもしれぬな」
「テメ、言わせておけば……」
「まぁいい。次の質問だ。或いは、本来ならばこちらを先にすべきなのかもしれぬが……貴様、名は?」
「垣根帝督」
「所属」
「先進教育局、木原研究所」
 アウレオルスの問いにスムーズに答えていく自分の口に苛立ちを感じるも、垣根にはどうすることも出来ない。
「ならば、目的は?」
 ――どのような仕組みかはわからない。
 だが自分はアウレオルスの言葉の通り、彼の質問には正直に答えることしか許されていないらしい。
 故に垣根は、自らがここに来た『目的』を嘘偽りなく答えた。
「姫垣を――妹を守るためだ」
 これが垣根でなかったなら、雇われたから、金のため、異分子の排除――いくらでも他の答えが出てきただろう。
 しかし、垣根の、垣根帝督という人間の『目的』とは、ただひたすら垣根姫垣に集約される――それこそ、その他のあらゆることはそれに連なる『手段』でしかないように。
 だからこそ、垣根帝督はこれ以外に答えを持たない。
「……………………………ほぅ」
 垣根の答えを聞いた瞬間、アウレオルスの声音が変わった。
 『未元物質』に対する興味が失せた後、平坦になっていたそれが、最初以上の好奇心を窺わせる色に変わったのだ。
「妹を守る、か。――詳しく話せ」
 貴様の生に興味が湧いた。
 そう付け足すアウレオルスの表情に、垣根は先程までは見えなかった何かを垣間見た気がした。


 それはおそらく――人間らしさ、と呼ばれるものだったのだろう。



「足りんな」
 垣根から全てを聞いた後。
 アウレオルスの発した第一声はそれだった。
「…………テメェ、人にさんざしゃべらせといて、まだ聞き足りねぇってのか?」
 もう諦めた面もあるのだろう、垣根は自分の前に置かれているすっかり冷めた紅茶を一気に飲み干して、喉を潤してから言う。
「全然。そうではない。足りぬのは貴様の覚悟の方だ。貴様が真に妹の平穏を、救済を望むのであれば、貴様の覚悟はまるで足りん」
「……んだと? どういう意味だテメェ」
「敢然。垣根姫垣のために、それ以外の全てを利用し、切り捨て、敵に回すだけの覚悟。何もかもを――或いは自身の身さえも、彼女のための犠牲に強いる覚悟のことだ」
「ぁ? だから俺は――」
「ならば何故、貴様は姫神秋沙を差し出せという木原幻生の依頼を承諾しなかった?」
「――っ!」
「それで貴様の目的に少しでも近づくのならば、貴様はその依頼を断るべきではなかった」
「だが……」
「木原幻生に貢ぐような行為が嫌だった、そう言いたいのだろう。だが、否。真実は異なる。貴様は姫神秋沙を関係ない人間だからと同情し、守ろうとしたのだ。そしてその言い訳に木原幻生への嫌悪感を持ち出そうとしているに過ぎない」
「……………」
「歴然。図星だな。それが貴様の甘さだ。関係ないから何だと言うのだ。それが貴様の道を阻むのなら破壊しろ、完膚無きまでに叩き潰せ。利用できるなら利用し尽くせ、不要になったら切り捨てろ。どちらでもないなら無視しろ、貴様の行動の結果それが生きようが死のうが関心を持つな。――あれもこれも守ろうなどと、愚劣にも程がある」
「……テメェに言われる筋合いなんざねぇよ」
 絞り出すように呟く垣根。
 しかしそれは、アウレオルスの言葉に反論できないと言っているようなものだ。
「フン。昂然。ならば我も語ってやろう」
 まるで垣根のその言葉を待っていたとばかりに、アウレオルスは唇を歪める。
「我がここに来た理由、我の救出すべき女性(ひと)のことを」
「……秘密なんじゃなかったのかよ?」
 拗ねるような垣根の態度に、アウレオルスはやはり余裕を持って答える。
「言ったであろう。貴様のことが、少しばかり気に入ったのだよ」
 そして、アウレオルスは席を立ち、再び薬缶を沸かし始めた。
「少し長くなる、もう一度紅茶を入れよう」


「魔術、ね。どうやらカルト教団を乗っ取ったのは、テロ屋じゃなくまた別のオカルティズムだったらしい」
 アウレオルスの話を聞き終えた垣根は、もはや飲むことに抵抗のなくなった三杯目の紅茶に口をつけ、そんな感想を漏らす。
「当然。貴様の反応はもっともだ。純正な科学育ちの貴様に理解しろとは言わぬ。何より、魔術だ何だなぞは些細なことだ」
「魔道書とかいう核爆弾の設計図みてーなもんを十万飛んで三千冊も頭ん中に詰め込まれ、おまけに一年間の記憶しか持つことを許されていない、禁書目録……テメェはそいつのためだけに、テメェの属していたロシア成教を、そして世界中を敵に回した」
「純然。我は禁書目録のためにここまで至った。他のあらゆることを排除し、無視し、利用し、切り捨てて。この三沢塾も、ここに通う学生たちも――そして姫神秋沙も」
「俺とは違って、か?」
「当然」
「ちっ……」
舌打ちし、しかし垣根は今聞いた話を即座に頭の中で整理し、意趣返しとばかりに一つの事実をアウレオルスに突きつける。
「だが、一つ言っとくとよ、その魔道書を記憶しているせいで一年しか記憶が保たねぇってのはイギリス清教の方便だ。そっち方面にそこまで詳しい訳じゃねぇが、確か人間の記憶のキャパってのは140年生きてても埋まりゃしねぇらしいし、そもそも脳の中の情報を記憶する部位と思い出を記憶する部位とは全然別個らしいぜ?」
「顕然。そんなことはとっくに知っている」
「あ?」
 得意気に語った知識を簡単にあしらわれ、うっかり大口を開けて呆然としてしまう垣根。
「魔術師だから科学に疎いなどと思うな。何より我は錬金術師である。錬金術とは、科学と魔術の両面を持つものだ。我には化学をはじめ、自然科学の知識は十分にあるし、禁書目録を解放しようと、脳科学にも手を出した。直接最大主教の下についている必要悪の教会の魔術師どもはその言葉を疑わぬだろうが、我はもとよりあの女狐を信用していないからな。一年間しか保たない記憶など嘘であることは、とっくに気づいていた」
 アウレオルスは紅茶で喉を潤し、静かに続ける。
「そして、我はその記憶の絡繰りをすでに解き明かしている。禁書目録は、一年毎に記憶をリセットする霊装――『首輪』とでも呼ぶべきものをつけられているのだ。そして、その『首輪』を破壊すれば……」
「……禁書目録は解放される」
「そしてそのための力も手に入れた。『黄金錬成(アルス=マグナ)』。この術式さえあれば、どれほど強固な術式をも破ることが出来る」
「イメージ出来んのか? その強固な術式を壊すっつーよ」
 過去を話す中で語られた、アウレオルスの完成させたという術式の弱点を指摘する垣根だったが、
「明然。他の事物はいざ知らず、それが禁書目録のためであるのなら、我の思考に不可能はない」
 アウレオルスはそれにしっかりと答えを返す。
 その瞳は、全く揺るがない。
「成る程、な。だがそうすると一つわからねぇ。どうしてテメェは吸血鬼なんてもんを追い求める? 『首輪』を破壊すりゃいいなら、無限の記憶なんざ必要ねぇだろ」
「ならば、少し考えてみよ。例え『首輪』を破壊しても、禁書目録は依然として十万三千冊の魔道書を抱えていることに違いはない。それがある限り、禁書目録は魔道書の知識を求める輩によって危険にさらされ続けるであろう」
「確かにそうだが……いや、待てよ」
 得られた情報から、学園都市第二位の頭脳は一つの結論を導き出した。
「じゃあ……まさか、テメェの本当の目的は……十万三千冊の魔道書に関する全ての知識を吸血鬼の脳味噌に移し替えること、なのか?」
「ほぅ、快然」
 心なしか声を弾ませて言うアウレオルス。
「なかなか優秀だな。その通り、先程の説明は最大主教のそれと同じ方便。禁書目録を吸血鬼に噛ませる? 馬鹿を言うな。守るべきものを人外に変えるなど、出来ようはずがない。我は『首輪』を破壊した後、禁書目録から魔道書についての知識を抜き出し、吸血鬼に植え付け、それをイギリス正教に差し出すつもりだ」
「それは……」


 確かにそうすれば、魔術的観点から見て禁書目録に存在価値はなくなるだろう。
 禁書目録を、完全に救えるだろう。
 だが――


 その過程において、三沢塾の塾長らは殺された。
 学生たちは、死んでは生き返りの苦痛を繰り返すことを強制された。


 その結果において、禁書目録の身代わりとなった吸血鬼は、その自由を奪われることになる。
 それも、不死たる吸血鬼に、終焉が訪れることは決してない。
 永遠の生き地獄だ。


 そして、それは姫神秋沙と交わしたという協力関係に完全に違反することでもあるのだろう。
 姫神秋沙を裏切ることになるだろう。


 それでも、この男は――アウレオルス=イザードは、躊躇なくそれらを行うと言う。


 大衆は、おそらくそれを悪と、或いは非人間的と罵るだろう。
 どこかのツンツン頭の少年は、間違いなく右の拳をアウレオルスに向かって振り下ろすだろう。


 だが、垣根帝督は。
 そんなアウレオルス=イザードに全く異なる感想を抱いた。


「何だそりゃ――格好いいじゃねぇかよ」


 姫垣のために生きる自分と。
 禁書目録のために生きるアウレオルスと。
 そこには似通うところがあって、しかしアウレオルスの方がずっと高いところにいる。
 長い会話の末、そのことを悟った垣根は、アウレオルスに憧憬の念さえも抱いていたのだ。
「いいな。そういうの、本当に」
「現然。ようやく我が貴様を連れてきた理由を了解したか」
「あぁ……」
 垣根は椅子からゆっくりと立ち上がる。
「それが俺の道を阻むのなら破壊しろ、完膚無きまでに叩き潰せ。利用できるなら利用し尽くせ、不要になったら切り捨てろ。どちらでもないなら無視しろ、俺の行動の結果それが生きようが死のうが関心を持つな――その通りだ。全くもって俺は甘かった。こんなんでヒメを守ろうなんて、そのもの愚劣だった。だから……」


「だから――俺はテメェをぶっ殺すぜ」


「……ほう」
 アウレオルスの目が、細くなる。
「俺の仕事は三沢塾を奪い返すこと。そして今の三沢塾の支配者はテメェ。つまりテメェは俺の道のど真ん中に胡座かいて座ってやがるってことだ。だったら、俺はテメェをぶっ殺すべきだ――それしか道は、ねぇんだからな」
 テーブルから退き、いまだ座ったままのアウレオルスとの距離を測る垣根。
「俺にそのトンデモ能力……『アルス=マグナ』っつったか? その仕組みを教えちまったのは迂闊だったな。どんな能力だろうが、タネが分かっちまえばいくらでも対処のしようがあるんだよ」
 ハッタリでは、ない。
 本当に『アルス=マグナ』がアウレオルスの精神状態に由来するものであるのならば、相手の言葉の裏をつくこと、或いはそれこそハッタリを仕掛けることで、能力に穴を空けることは可能なはずだ。
「一応礼を言っておいてやる。説教じみててウザかったが、なかなか有意義な話だった。ありがとよ」
 言い、右手に『未元物質』の剣を出現させる垣根。
(やっぱりな。もう『攻撃禁止』の命令は解けてる。『アルス=マグナ』の根幹は言葉ではなく意識。アウレオルスが自分の下した命令を意識しなくなれば効果はなくなるってことだ)
 一方、アウレオルスは席から立ち上がらないまま、垣根を見据えて変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。
「励然。礼を言うのはこちらだ。我も貴様のような、我と同じ行動原理を持つ人間に会い、話すことが出来たのは僥倖である」
「ハン、言ってろ。俺は俺の道を阻むテメェをぶっ殺す。姫神秋沙は幻生に差し出し、利用する。そしてその結果――テメェの大事な禁書目録がどうなろうが興味はねぇ」
 大きく跳び、ティーテーブルの上に土足で踏み乗る垣根。
「悦然。それで良い。それが正解だ。貴様が口先だけの男ではないと分かると喜ばしい。故に――サービスだ。貴様のことは見逃してやろう」
「それがテメェの言う甘さだろうが!」
(野郎は意志を言葉にすることで強固にする。つまり一度に行える命令は一つまで!)
 垣根はテーブルの上をアウレオルスの方へ向かって高速で駆ける。
「我の道はすでに終端に近いのでな。この程度の障害は誤差でしかないのだ」
「だったらその誤差にやられちまえ!」
(『武装解除』なら、素手で殴りに行く)
 垣根に踏み荒らされ、倒れ、砕けるティーセット。
(『攻撃禁止』なら、防御は可能なはず。とびきり固い『未元物質』を纏ってこのスピードのままぶつかれば、ダメージは与えられる)
 ついにアウレオルスの目前に迫り、垣根は西洋剣を高く振り上げる。
(さぁ、どう来るっ!)



















「忘れよ」


「ん?」
 垣根帝督はふと、寄りかかっていた愛用のバイクから身を起こす。
「寝ちまってたのか……?」
 軽く目を擦った垣根は、そこで空が僅かに赤色を帯びているのに気づいた。
「夕方かよ……おいおい、どんなけ寝てたんだ。つーか、ここどこだよ」
 辺りを見回し、自分が見覚えのない区画にいることを確認する垣根。
 後方の巨大なビルからは、学生らしい少年少女たちがたくさん吐き出されている。
 どうやら塾か何かのようだ。
 無論、垣根にはまるで縁のない場所である筈だが――
「こんなところに用事でもあったのか俺は? つーか何も思い出せねぇ。確か午前中は幻生んとこにいたんだよな。その後は……んー? 何なんだよ、ったく。酔っ払いじゃあるまいし」
 右手で頭をがしがしと掻く垣根だったが、当然そんなことで記憶が戻ったりはしない。
「あ、今日ってヒメ友達と遊びに行ってるんだよな。もうそろそろ帰ってくる時間か? やべ、買い出し行かなきゃならねぇ」
 結局、垣根は違和感を抱えつつも、それを無視してバイクを発進させ、タイムセールに間に合うようスーパーに急ぐことにした。


 ――それが貴様の道を阻むのなら破壊しろ、完膚無きまでに叩き潰せ。利用できるなら利用し尽くせ、不要になったら切り捨てろ。どちらでもないなら無視しろ、貴様の行動の結果それが生きようが死のうが関心を持つな。


 頭の隅にこびりついて離れない、誰とも知れない者の声を聞きながら。



 そして、
『……………………』
 走り去っていく垣根のバイクを、ビルの物陰から見つめる存在があった。
 それは――機械で出来た動物のような形の四足歩行型のロボットは、ゆっくりと物陰からその身を現すと、軽い身のこなしで、垣根が去っていったのとは反対方向へ駆けていった。



『記憶が消去された、のでしょうか。少なくとも、三沢塾内部で垣根帝督に何かしらの処理が行われたのは間違いありませんね。三沢塾がただのカルト教団に支配されているだけ、という確率は低いと思われます――博士』
 学園都市内にある、とあるオープンカフェにて。
 丸テーブルに向かい合って座る二人の男がいた。
 一人はダウンジャケットを着込んだ若い男。
 もう一人は白衣に眼鏡をかけた、眼光の鋭い老年の男。
 白衣の男は耳に携帯電話をあてており、そこからは先ほど男を『博士』と呼んだ少年のような声が響いている。
「フン、おおかた魔術なぞというものの仕業であろうよ。アレイスターに報告すれば、後はあの『人間』が勝手に処理を進める」
『では、そのように。木原幻生の監視の方はどうしますか? 今日は垣根帝督を追っていましたが、明日からはまた私が?』
「いや、お前はそのまま垣根帝督の監視に回ってくれ。最近お前の監視が木原幻生にバレ始めている、馬場」
『えぇ、そんな感じはしていましたが……』
 馬場と呼ばれた電話の向こうの声が、少し困惑した調子を見せる。
『そもそも監視していることは暗黙の了解となっていますし、今更隠すことではないのでは?』
「それはそうだが、こちらの真の目的は、監視という名目で木原幻生の研究を盗むことだ。奴に好き勝手に研究させていれば、またこちらを出し抜こうとするに決まっているからな。だが、監視されていると分かれば、下手に研究を晒さないように警戒されるかもしれん」
『それも……そうですね』
「そういうことだ。明日からは木原幻生の監視は私と査楽で行い、お前は幻生の研究対象である垣根帝督の監視に移れ」
『はい、了解です』
 通話が切られ、『博士』は携帯電話を白衣のポケットにしまう。
「アレイスターも、『停滞回線』の使用を許可してくれればいいものを」
 テーブルの対面に座るジャケットの男、査楽が『博士』に話しかける。
「あれは学園都市の技術の結晶だ。老いぼれ研究者の監視にはもったいなさ過ぎる」
「まぁ、ですね。そういえば今回は、『停滞回線』が侵入できない、という理由で三沢塾に垣根帝督を送り込んだんでしたっけ」
『もうその時点で、三沢塾が異界であることなんて、明白な気もしますけどね』
 突如、先程の馬場の声が近場から聞こえた。
 いつの間にか、四足歩行型のロボットが、『博士』の足元に陣取っている。
 それを確認すると、『博士』は席から立ち上がった。
 一呼吸遅れて、査楽とロボットがそれに続く。
 オープンカフェを後にしながら、『メンバー』のリーダー――『博士』は、誰にともなく呟いた。
「三沢塾の件も、数日中には解決するだろう。――この街には得体の知れない技術が溢れている。逃げ切る事など出来んさ」


 垣根帝督の十番勝負


 第三戦 『アウレオルス=イザード』


 対戦結果――不戦敗




 次戦


 対戦相手――『馬場芳郎』

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