『映像を見た』
オンマイクにした携帯のスピーカーから、博士の声が流れてくる。
『こちらの監視をかいくぐり、垣根帝督が何かをするのか、それともこの混乱に乗じて木原幻生が極秘の実験を行うのか。両名を監視しておく必要があるが……お前のロボットは生物ではないし、垣根帝督は高速移動。これでは査楽の能力ではまるでついていけんな。仕方がない、私が応援に行く』
電話の向こうで、博士が何かの準備をしているのだろう、雑音が響いている。
『査楽には木原幻生本人と研究施設を中心に監視を続行させる。お前は、私が着くまで何とか逃げ切れ。その後は『最終手段』を使っても構わん。むしろ監視から逃れられたと思わせるために敢えて使うのもアリだ』
「……了解」
馬場が何とかそれだけ返すと、向こうから通話が切られた。
変わらずディスプレイに集中する馬場だったが、状況は改善されない。
地面に物が放置されている狭い路地を――つまりは能力による加速を行いづらい地形を選んで走行しているのだが、それでも垣根は器用に小加速を繰り返し、つかず離れずの距離でロボットを追いかけている。
「くそ……バイクがなくても充分機動力があるじゃないかっ」
後方から放たれた鏃を横にかわしながら、声に出して毒づく馬場。
その足は、まるで上半身とは別の生き物であるかのように、床に置かれたビニール袋を少しづつ引き寄せている。
足の指でその袋の中身をかき回しながら馬場は苦しげに呟いた。
「せめて……少しでいいから時間があれば…………っ!?」
だが、少し集中を足の方に散らしてしまったその隙に。
オンマイクにした携帯のスピーカーから、博士の声が流れてくる。
『こちらの監視をかいくぐり、垣根帝督が何かをするのか、それともこの混乱に乗じて木原幻生が極秘の実験を行うのか。両名を監視しておく必要があるが……お前のロボットは生物ではないし、垣根帝督は高速移動。これでは査楽の能力ではまるでついていけんな。仕方がない、私が応援に行く』
電話の向こうで、博士が何かの準備をしているのだろう、雑音が響いている。
『査楽には木原幻生本人と研究施設を中心に監視を続行させる。お前は、私が着くまで何とか逃げ切れ。その後は『最終手段』を使っても構わん。むしろ監視から逃れられたと思わせるために敢えて使うのもアリだ』
「……了解」
馬場が何とかそれだけ返すと、向こうから通話が切られた。
変わらずディスプレイに集中する馬場だったが、状況は改善されない。
地面に物が放置されている狭い路地を――つまりは能力による加速を行いづらい地形を選んで走行しているのだが、それでも垣根は器用に小加速を繰り返し、つかず離れずの距離でロボットを追いかけている。
「くそ……バイクがなくても充分機動力があるじゃないかっ」
後方から放たれた鏃を横にかわしながら、声に出して毒づく馬場。
その足は、まるで上半身とは別の生き物であるかのように、床に置かれたビニール袋を少しづつ引き寄せている。
足の指でその袋の中身をかき回しながら馬場は苦しげに呟いた。
「せめて……少しでいいから時間があれば…………っ!?」
だが、少し集中を足の方に散らしてしまったその隙に。
垣根帝督が、ロボットを追い越した。
「んなっ!? この野郎っ!」
垣根がとった行動は簡単。
凸凹の地面にではなく、平坦な壁に『未元物質』のレールを敷き、そこに足裏を合わせて大加速をかけたのだ。
ロボットの前方で、壁から足を剥がして着地する垣根は、自分の周囲に十数本もの『未元物質』の槍を出現させる。
こう来ると、障害物の多い路地を選んだことが裏目に出てしまう。
「逃げ場が……」
自ら袋小路に逃げ込んだようなものだ。
至近距離から放たれる槍の初速を上回る速度が出せなければ、真っ直ぐな通路など行き止まりも同然である。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それでも、せめてもの抵抗と逆方向にロボットを走らせる。
しかし垣根は、そんなものには構わずに、槍の照準を一斉にロボットに定める。
この距離では、万に一つも避けきれないだろう。
「これまでか……」
馬場は、『最終手段』の起動キーに手をかける。
その時――
垣根がとった行動は簡単。
凸凹の地面にではなく、平坦な壁に『未元物質』のレールを敷き、そこに足裏を合わせて大加速をかけたのだ。
ロボットの前方で、壁から足を剥がして着地する垣根は、自分の周囲に十数本もの『未元物質』の槍を出現させる。
こう来ると、障害物の多い路地を選んだことが裏目に出てしまう。
「逃げ場が……」
自ら袋小路に逃げ込んだようなものだ。
至近距離から放たれる槍の初速を上回る速度が出せなければ、真っ直ぐな通路など行き止まりも同然である。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
それでも、せめてもの抵抗と逆方向にロボットを走らせる。
しかし垣根は、そんなものには構わずに、槍の照準を一斉にロボットに定める。
この距離では、万に一つも避けきれないだろう。
「これまでか……」
馬場は、『最終手段』の起動キーに手をかける。
その時――
そう思った瞬間、最大限に開かれた竜王の顎が錬金術師を頭から呑み込んだ。
「痛ぇっ!?」
突然、垣根の頭を激しい痛みが襲った。
不意のことに混乱し、思わず『未元物質』の演算を止めてしまう。
途端に周囲に浮かせていた『未元物質』の槍は一本残らず消失するが、垣根は再度攻撃することもなく頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
突然、垣根の頭を激しい痛みが襲った。
不意のことに混乱し、思わず『未元物質』の演算を止めてしまう。
途端に周囲に浮かせていた『未元物質』の槍は一本残らず消失するが、垣根は再度攻撃することもなく頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
「……何だ? トラブルか?」
必勝の場面で攻撃を止めた垣根に、馬場は首を傾げる。
だが――
「これは、チャンスだ」
馬場はロボットを適当に走らせて、小さな隙間に隠れさせると、キーボードから手を離した。
そして、足元のビニール袋からあるものを取り出し、パソコンに接続する。
「見てろよ、これが俺の力だ……」
馬場は、それ――馬場自身の手で改良を施した、パソコンゲーム用のジョイスティックを握りしめ、不敵な笑みを浮かべた。
必勝の場面で攻撃を止めた垣根に、馬場は首を傾げる。
だが――
「これは、チャンスだ」
馬場はロボットを適当に走らせて、小さな隙間に隠れさせると、キーボードから手を離した。
そして、足元のビニール袋からあるものを取り出し、パソコンに接続する。
「見てろよ、これが俺の力だ……」
馬場は、それ――馬場自身の手で改良を施した、パソコンゲーム用のジョイスティックを握りしめ、不敵な笑みを浮かべた。
「ぁー、何だったんだ……つーかまだ痛ぇし」
垣根は頭を右手でマッサージしながら、忌々しげに呟く。
突如自身を襲った頭痛だったが、もう最初ほどの痛みはない。
それでも継続的な鈍痛が未だ頭に響いており、ただでさえ予定外の仕事ということで感じていたイライラ度が、さらに上がっていく。
「ちっ。んで、どこに行きやがった?」
極小の『未元物質』の粒子を飛ばし、周囲を索敵する。
まだそんなに時間は経っていない、すぐに捉えられる筈だ。
そして、その通り。
ソレはすぐに見つかった。
しかも、視覚で得られる情報とほぼ同時に。
つまりは垣根帝督のすぐ目の前に、ソレは存在していたのだ。
「んだぁ? 降参か、オイ」
予想外の登場に垣根が言葉を吐いた、次の瞬間。
ロボットの、鼻とも口とも言えない奇妙な部位が垣根の方へ向かって真っ直ぐに伸び、
垣根は頭を右手でマッサージしながら、忌々しげに呟く。
突如自身を襲った頭痛だったが、もう最初ほどの痛みはない。
それでも継続的な鈍痛が未だ頭に響いており、ただでさえ予定外の仕事ということで感じていたイライラ度が、さらに上がっていく。
「ちっ。んで、どこに行きやがった?」
極小の『未元物質』の粒子を飛ばし、周囲を索敵する。
まだそんなに時間は経っていない、すぐに捉えられる筈だ。
そして、その通り。
ソレはすぐに見つかった。
しかも、視覚で得られる情報とほぼ同時に。
つまりは垣根帝督のすぐ目の前に、ソレは存在していたのだ。
「んだぁ? 降参か、オイ」
予想外の登場に垣根が言葉を吐いた、次の瞬間。
ロボットの、鼻とも口とも言えない奇妙な部位が垣根の方へ向かって真っ直ぐに伸び、
ドウッ、とそこから青白い光線が放たれた。
「んなっ――!」
放たれて半秒としない内に、光線はドォン、と轟音を立てて、垣根と正面から衝突する。
「………………………っぶねぇ」
だが、垣根は無傷だった。
攻撃に対して自動で展開するように設定されている『未元物質』の壁の数式が発動、間一髪で垣根を光線から守ったのだ。
(んだよ、武装があったのか。だったら何でさっさと使わねぇ……!?)
心中で呟く垣根の目の前。
光線との衝突によって起こった土煙が晴れたその場所に、ロボットが再び『銃口』をこちらに向けて構えていた。
放たれて半秒としない内に、光線はドォン、と轟音を立てて、垣根と正面から衝突する。
「………………………っぶねぇ」
だが、垣根は無傷だった。
攻撃に対して自動で展開するように設定されている『未元物質』の壁の数式が発動、間一髪で垣根を光線から守ったのだ。
(んだよ、武装があったのか。だったら何でさっさと使わねぇ……!?)
心中で呟く垣根の目の前。
光線との衝突によって起こった土煙が晴れたその場所に、ロボットが再び『銃口』をこちらに向けて構えていた。
馬場芳郎は、ディスプレイを見つめながら、目にも止まらぬ速さでボタンを押し、スティックを回す。
「キーボード操作は偵察用だから、その状態では火器類は使えない。でもこのジョイスティック操作はガチガチの戦闘用。さっきまでの『俺』と同じだと思うなよ?」
唇の端を歪めながら、馬場は再び光線発射のコマンドを打ち込む。
「キーボード操作は偵察用だから、その状態では火器類は使えない。でもこのジョイスティック操作はガチガチの戦闘用。さっきまでの『俺』と同じだと思うなよ?」
唇の端を歪めながら、馬場は再び光線発射のコマンドを打ち込む。
「くっそ!」
連続で放たれる光線。
それらを垣根は『未元物質』の壁で全て防ぎきる。
「だぁー、ムカついた。何なんだ、オイ。今さら粋がっちゃってよ」
イライラと呟きながら、垣根は防御の合間に『未元物質』の槍で本体を叩こうとする。
しかし――
「? さっきまでと動きが……」
こちらから逃げながら辛うじて回避が可能、という状態だったロボットが、今ではこちらの攻撃を避けつつも一歩も退かず、それどころか光線の追撃を放ってくるようになった。
(さっきまでの大振りな避け方じゃねぇ。STGのチョン避けみてぇに最小限の振りだけで避けてやがる。何が起きやがった?)
かなり的を射た感想を抱きつつ、垣根は続けて攻撃を与える。
それでもロボットはその悉くを避け、ロボット側からの追撃も増えていく。
それに伴い、垣根の周囲に展開される『未元物質』の量も徐々に増えていく。
(ッ! めんどくせぇ。だがこんな程度の攻撃じゃ、通用しねぇぞ。第二位の演算能力を舐める……な……!?)
突然、新たな『未元物質』を造ろうとした垣根の思考が停止した。
その感覚を、垣根は知っている。
(演算能力の限界だと!? 有り得ねぇ! いつもならまだ全然余裕な筈……)
そこで、垣根は先ほどから自分を襲っている頭痛のことに思い至った。
(まさか、この頭痛が俺の演算能力を削って……いや、俺の演算能力を使って何かが余計なことをしてやがって、その結果頭痛が起こってるって考えるべきか)
しかし、原因が分かったところで、状況の解決には繋がらない。
こちらの演算能力の限界に気づいたのだろう、ポリバケツの上に乗ったロボットが、絶対の間合いから光線を撃ち込む準備を終えていた。
「ん、な、ろォォォォォォォォ!!」
身体を捻って避けようとするが、能力なしの人間と最先端科学の結晶であるロボットと、どちらが優勢かは言うまでもない。
一瞬の間すら置かず、ロボットが攻撃を放ち、
連続で放たれる光線。
それらを垣根は『未元物質』の壁で全て防ぎきる。
「だぁー、ムカついた。何なんだ、オイ。今さら粋がっちゃってよ」
イライラと呟きながら、垣根は防御の合間に『未元物質』の槍で本体を叩こうとする。
しかし――
「? さっきまでと動きが……」
こちらから逃げながら辛うじて回避が可能、という状態だったロボットが、今ではこちらの攻撃を避けつつも一歩も退かず、それどころか光線の追撃を放ってくるようになった。
(さっきまでの大振りな避け方じゃねぇ。STGのチョン避けみてぇに最小限の振りだけで避けてやがる。何が起きやがった?)
かなり的を射た感想を抱きつつ、垣根は続けて攻撃を与える。
それでもロボットはその悉くを避け、ロボット側からの追撃も増えていく。
それに伴い、垣根の周囲に展開される『未元物質』の量も徐々に増えていく。
(ッ! めんどくせぇ。だがこんな程度の攻撃じゃ、通用しねぇぞ。第二位の演算能力を舐める……な……!?)
突然、新たな『未元物質』を造ろうとした垣根の思考が停止した。
その感覚を、垣根は知っている。
(演算能力の限界だと!? 有り得ねぇ! いつもならまだ全然余裕な筈……)
そこで、垣根は先ほどから自分を襲っている頭痛のことに思い至った。
(まさか、この頭痛が俺の演算能力を削って……いや、俺の演算能力を使って何かが余計なことをしてやがって、その結果頭痛が起こってるって考えるべきか)
しかし、原因が分かったところで、状況の解決には繋がらない。
こちらの演算能力の限界に気づいたのだろう、ポリバケツの上に乗ったロボットが、絶対の間合いから光線を撃ち込む準備を終えていた。
「ん、な、ろォォォォォォォォ!!」
身体を捻って避けようとするが、能力なしの人間と最先端科学の結晶であるロボットと、どちらが優勢かは言うまでもない。
一瞬の間すら置かず、ロボットが攻撃を放ち、
垣根は吐き出された煙幕弾を正面から受けて、完全に視界を奪われた。
「観察対象を怪我させる訳にはいかないからな」
馬場は煙に紛れ、ロボットを現場から離脱させる。
コントローラに持ち替えたその瞬間からこの煙幕弾を撃ち込むことは出来たし、垣根当人に当てずとも、適当な場所に撃てばそれで用は済んだであろう。
それでも馬場が垣根に直接被弾させることにこだわったのは――
「これでどっちが上かは分かっただろ? 学園都市第二位」
にやにやと笑いながら、馬場は勝利に打ち震えていた。
馬場は煙に紛れ、ロボットを現場から離脱させる。
コントローラに持ち替えたその瞬間からこの煙幕弾を撃ち込むことは出来たし、垣根当人に当てずとも、適当な場所に撃てばそれで用は済んだであろう。
それでも馬場が垣根に直接被弾させることにこだわったのは――
「これでどっちが上かは分かっただろ? 学園都市第二位」
にやにやと笑いながら、馬場は勝利に打ち震えていた。
「だー、もうよ」
煙が立ち込め、視界の利かなくなった路地で。
垣根帝督は酷く低い声で唸る。
「今日は久しぶりのオフで。ヒメと買い物してて。そこにありもしない幻聴が聞こえて。そのせいで幻生の野郎の依頼に乗っちまって……」
誰にともなく、ぶつぶつと、或いは、沸々と。
「突然頭痛がして対象を仕留め損ねて、返り討ちに遭って、かと思ったら実弾使わずに手加減されて……」
煙が晴れると、そこにはこの上なくイラついている垣根の顔があった。
「ムカついた。あー、もうマジでムカついた。ムカついてムカついて仕方ねぇ」
垣根はすぐにロボットの位置を探知した。
向こうは、視界から逃れれば良いと考えているのだろう。
超高速で逃げ回れば捕まらないと思っているのだろう。
だが、それは余りにも舐めすぎだ。
学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督を、余りにも舐めすぎだ。
「――ぜってぇぶっ壊す」
呟いた次の瞬間には、垣根の姿はその場から消えていた。
煙が立ち込め、視界の利かなくなった路地で。
垣根帝督は酷く低い声で唸る。
「今日は久しぶりのオフで。ヒメと買い物してて。そこにありもしない幻聴が聞こえて。そのせいで幻生の野郎の依頼に乗っちまって……」
誰にともなく、ぶつぶつと、或いは、沸々と。
「突然頭痛がして対象を仕留め損ねて、返り討ちに遭って、かと思ったら実弾使わずに手加減されて……」
煙が晴れると、そこにはこの上なくイラついている垣根の顔があった。
「ムカついた。あー、もうマジでムカついた。ムカついてムカついて仕方ねぇ」
垣根はすぐにロボットの位置を探知した。
向こうは、視界から逃れれば良いと考えているのだろう。
超高速で逃げ回れば捕まらないと思っているのだろう。
だが、それは余りにも舐めすぎだ。
学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督を、余りにも舐めすぎだ。
「――ぜってぇぶっ壊す」
呟いた次の瞬間には、垣根の姿はその場から消えていた。
その日、学園都市は第七学区で、奇妙な現象が相次いで報告された。
その例の一つ。
柵川中学一年生の少女、初春飾利は、道を歩いていると、突然自分のスカートが上方へ思いっきりまくり上げられる感覚を覚えた。
「ひゃっ! さ、佐天さん! だから街中でスカートめくりするの止めて下さいって言ってるじゃないですか!」
スカートを抑えながら、いつもギリギリな悪戯を仕掛けてくる級友、佐天涙子を咎めようとした初春だったが、
「あ、れれ?」
初春の目の前で、その佐天もまた、スカートを目一杯、惜しげもなく、あっけからんと、オープンハートしてしまっていた。
「佐天さんじゃなかったんですか……? あれ、じゃあ、誰が……」
「……………だ」
佐天は、トランプマークの散りばめられたら可愛いパンツを風にはためかせながら、今見た光景を言葉にする。
「雪駄ババァだっ!」
「せっ……へ?」
「都市伝説だよ初春! 凄い速さで走る雪駄履いたお婆さんの! 余りに速すぎて姿は確認できなかったけど……でもでも、あんな速度で走れるなんて、絶対雪駄ババァだよ! いやぁ、まさか実在したなんて!」
「あ、あのー佐天さん?」
初春を置いてけぼりにして、佐天はなおもはしゃぎ続ける。
「うわー、すっごー! しかも、『二人』もいたしね!」
その例の一つ。
柵川中学一年生の少女、初春飾利は、道を歩いていると、突然自分のスカートが上方へ思いっきりまくり上げられる感覚を覚えた。
「ひゃっ! さ、佐天さん! だから街中でスカートめくりするの止めて下さいって言ってるじゃないですか!」
スカートを抑えながら、いつもギリギリな悪戯を仕掛けてくる級友、佐天涙子を咎めようとした初春だったが、
「あ、れれ?」
初春の目の前で、その佐天もまた、スカートを目一杯、惜しげもなく、あっけからんと、オープンハートしてしまっていた。
「佐天さんじゃなかったんですか……? あれ、じゃあ、誰が……」
「……………だ」
佐天は、トランプマークの散りばめられたら可愛いパンツを風にはためかせながら、今見た光景を言葉にする。
「雪駄ババァだっ!」
「せっ……へ?」
「都市伝説だよ初春! 凄い速さで走る雪駄履いたお婆さんの! 余りに速すぎて姿は確認できなかったけど……でもでも、あんな速度で走れるなんて、絶対雪駄ババァだよ! いやぁ、まさか実在したなんて!」
「あ、あのー佐天さん?」
初春を置いてけぼりにして、佐天はなおもはしゃぎ続ける。
「うわー、すっごー! しかも、『二人』もいたしね!」
街の中に、二陣の風が吹き荒れていた。
一つは馬場芳郎の操るロボット。
もう一つは垣根帝督それ自身。
構図は簡単。
逃げるロボットに、それを追いかける垣根、という形である。
先ほどまでの垣根の速力では、コントローラでの精密操作に切り替わった馬場のロボットについて行くことは難しかっただろう。
それが可能となっているのは――何と言うことはない、垣根の方もパワーアップしたというだけである。
「ムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたオラァァァァァァァァァァァァ!!」
怒声を上げながら、垣根は街中を『走る』。
地面や、或いは路地の壁なんて、『行儀正しい』場所だけではない。
街灯、信号、ビルの壁面、走行中の車の屋根、果ては空いている窓を通じてアパートや商店の内部まで。
至る所に『未元物質』の道を引き、それでも足りなければ空中に即席の橋を架けて。
摩擦が限りなく0に近い性質を持ち、超高速移動ができる『未元物質』、そして強い弾性を持ち、トランポリンのように跳躍できる『未元物質』。
この二つを使って、或いはこの二つしか使わずに、垣根帝督は自由に街中を走り回る。
縦横無尽という言葉が、これ以上ないくらいにしっくりくる光景だ。
但し、それをきちんと視認できている者は少ない。
そしてそれは、追いかけられている当人の馬場にも言えることだった。
一つは馬場芳郎の操るロボット。
もう一つは垣根帝督それ自身。
構図は簡単。
逃げるロボットに、それを追いかける垣根、という形である。
先ほどまでの垣根の速力では、コントローラでの精密操作に切り替わった馬場のロボットについて行くことは難しかっただろう。
それが可能となっているのは――何と言うことはない、垣根の方もパワーアップしたというだけである。
「ムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたムカついたオラァァァァァァァァァァァァ!!」
怒声を上げながら、垣根は街中を『走る』。
地面や、或いは路地の壁なんて、『行儀正しい』場所だけではない。
街灯、信号、ビルの壁面、走行中の車の屋根、果ては空いている窓を通じてアパートや商店の内部まで。
至る所に『未元物質』の道を引き、それでも足りなければ空中に即席の橋を架けて。
摩擦が限りなく0に近い性質を持ち、超高速移動ができる『未元物質』、そして強い弾性を持ち、トランポリンのように跳躍できる『未元物質』。
この二つを使って、或いはこの二つしか使わずに、垣根帝督は自由に街中を走り回る。
縦横無尽という言葉が、これ以上ないくらいにしっくりくる光景だ。
但し、それをきちんと視認できている者は少ない。
そしてそれは、追いかけられている当人の馬場にも言えることだった。
「何で……何でなんだ畜生がァァ!!」
人間の指の動きとは思えないような動作で、馬場の両手がコントローラを操作する。
しかし、それでも垣根と距離を空けることは出来ない。
一旦退いたと思ったら、規則正しく並ぶ街灯を足場に『跳び継いで』大回りし、ロボットの進路を前方から塞いでくる。
細い路地に逃げ込めば、隣のビルの窓からその中に入り、別の窓から飛び出すのを繰り返し、ぴっちりと併走してくる。
見えなくてもこちらの位置を知る術があるように――実際その通りなのだが――垣根はロボットを決して逃さない。
それどころか、どんどんと――先程よりもロボットは高速で走ってるにも関わらず、先程追いつかれたのに要した時間よりもずっと早く――ロボットは垣根に追い詰められていく。
「あれで……本気じゃなかったってのか……これが……学園都市第二位……!?」
その瞬間、ロボットの右足に『未元物質』の槍が突き刺さり、ロボットを地面に縫い付けた。
「そんな……」
馬場は操作ミスを犯していない。
正真正銘、実力で負けたのだ。
「クソッ……クソッ……クソッタレェェェェェェェ!!」
叫ぶ間に他の三肢にも槍が刺さり、ロボットは完全に身動きが取れなくなる。
と、そこで携帯電話が鳴った。
自動で繋がった回線の向こうから、博士の声が聞こえる。
『配置についた。垣根帝督の監視を始めている。『最終手段』を使って構わん』
「…………………っ」
馬場は、携帯と、ロボットのカメラが映し出す光景――垣根帝督がコツコツ、と靴音高らかにロボットに近づいてくる光景とを交互に何度か見――
「………………了解」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言うと、コントローラでとあるコマンドを打ち込んだ。
そして――
人間の指の動きとは思えないような動作で、馬場の両手がコントローラを操作する。
しかし、それでも垣根と距離を空けることは出来ない。
一旦退いたと思ったら、規則正しく並ぶ街灯を足場に『跳び継いで』大回りし、ロボットの進路を前方から塞いでくる。
細い路地に逃げ込めば、隣のビルの窓からその中に入り、別の窓から飛び出すのを繰り返し、ぴっちりと併走してくる。
見えなくてもこちらの位置を知る術があるように――実際その通りなのだが――垣根はロボットを決して逃さない。
それどころか、どんどんと――先程よりもロボットは高速で走ってるにも関わらず、先程追いつかれたのに要した時間よりもずっと早く――ロボットは垣根に追い詰められていく。
「あれで……本気じゃなかったってのか……これが……学園都市第二位……!?」
その瞬間、ロボットの右足に『未元物質』の槍が突き刺さり、ロボットを地面に縫い付けた。
「そんな……」
馬場は操作ミスを犯していない。
正真正銘、実力で負けたのだ。
「クソッ……クソッ……クソッタレェェェェェェェ!!」
叫ぶ間に他の三肢にも槍が刺さり、ロボットは完全に身動きが取れなくなる。
と、そこで携帯電話が鳴った。
自動で繋がった回線の向こうから、博士の声が聞こえる。
『配置についた。垣根帝督の監視を始めている。『最終手段』を使って構わん』
「…………………っ」
馬場は、携帯と、ロボットのカメラが映し出す光景――垣根帝督がコツコツ、と靴音高らかにロボットに近づいてくる光景とを交互に何度か見――
「………………了解」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言うと、コントローラでとあるコマンドを打ち込んだ。
そして――
ドォン、という轟音を響かせて、馬場のロボットが木端微塵に弾け飛んだ。
「あーあ、自爆しやがった」
爆風を『未元物質』の壁で遮りながら、垣根帝督は呆れ気味に声を出す。
「証拠の隠滅に技術の隠匿のためってところか? 構わねぇけどよ。自爆でも破壊のうちに入るだろ。任務完了だ」
粉々になり、半端な技術では解析や再生が不可能になったロボットの破片を踏み砕きながら、垣根はその場を後にする。
「しっかし、何なんだこの頭痛は。あーもうムカついた。テメェの頭にムカついたぞコラ…………ん?」
ガシガシと頭を掻いていた垣根だったが、突然、頭痛が治まり、頭が軽くなったような感覚を覚えた。
「……今さら治りやがった。マジで勘弁してくれよ、一回スキャンしといた方がいいか?」
〈スキャン……健康診断のようなものか。当然。自身の身は常に最高の状態に保っておくのは良いことだ。特に私の場合、肉体の健康状態も精神状態に影響しかねんしな〉
「テメェの意見なんざ聞いてね……ん、だ……」
突如、垣根の思考回路の中に知らない声が割り込んできた。
いや、違う。
知らない声ではない。
知らないのではなく――『忘れていた』。
「オイ……テメェ……」
〈また会えたな、垣根帝督。こちらとしては一刻も経っていないが……貴様の側からは、久しぶり、になるのか?〉
「どうしてテメェの声が俺の頭の中から響いてる……どうしてテメェが俺の頭の中にいるんだ? まさか、さっきまでの頭痛は……」
〈明然。『引っ越し』に際して、私が貴様の頭を少し整理していたからである。そのせいで貴様の戦いに支障をきたしてしまったようだが……許せ。他人の頭に潜るのは初めてだったのでな。色々と手間取ってしまったのだ。とまれ――〉
好き勝手に喚く声。
垣根は、頭の中に反響するそれの出所を追いかけるように、目を閉じて意識を集中させる。
〈垣根帝督、私は今日から貴様の頭の中に間借りさせてもらう〉
垣根が再び目を開くと、そこはいつかの、豪華だが悪趣味な一室――『今の今まで忘れていた』、三沢塾の、校長室だった。
別に設置されたらしいカフェテリアから丸ごと持ってきたかのようなティーテーブルまでそのままで、気がつくと垣根は二脚置かれた椅子の一つに座っている。
そして、その対面には――
〈的然。貴様に拒否権はないがな〉
「アウレオルス=イザード!」
5日前に会い、しかしそのことを垣根の頭からすっかり忘れさせていた張本人――いけ好かない緑髪白スーツの男、錬金術師・アウレオルス=イザードが、涼しい顔で座っていた。
爆風を『未元物質』の壁で遮りながら、垣根帝督は呆れ気味に声を出す。
「証拠の隠滅に技術の隠匿のためってところか? 構わねぇけどよ。自爆でも破壊のうちに入るだろ。任務完了だ」
粉々になり、半端な技術では解析や再生が不可能になったロボットの破片を踏み砕きながら、垣根はその場を後にする。
「しっかし、何なんだこの頭痛は。あーもうムカついた。テメェの頭にムカついたぞコラ…………ん?」
ガシガシと頭を掻いていた垣根だったが、突然、頭痛が治まり、頭が軽くなったような感覚を覚えた。
「……今さら治りやがった。マジで勘弁してくれよ、一回スキャンしといた方がいいか?」
〈スキャン……健康診断のようなものか。当然。自身の身は常に最高の状態に保っておくのは良いことだ。特に私の場合、肉体の健康状態も精神状態に影響しかねんしな〉
「テメェの意見なんざ聞いてね……ん、だ……」
突如、垣根の思考回路の中に知らない声が割り込んできた。
いや、違う。
知らない声ではない。
知らないのではなく――『忘れていた』。
「オイ……テメェ……」
〈また会えたな、垣根帝督。こちらとしては一刻も経っていないが……貴様の側からは、久しぶり、になるのか?〉
「どうしてテメェの声が俺の頭の中から響いてる……どうしてテメェが俺の頭の中にいるんだ? まさか、さっきまでの頭痛は……」
〈明然。『引っ越し』に際して、私が貴様の頭を少し整理していたからである。そのせいで貴様の戦いに支障をきたしてしまったようだが……許せ。他人の頭に潜るのは初めてだったのでな。色々と手間取ってしまったのだ。とまれ――〉
好き勝手に喚く声。
垣根は、頭の中に反響するそれの出所を追いかけるように、目を閉じて意識を集中させる。
〈垣根帝督、私は今日から貴様の頭の中に間借りさせてもらう〉
垣根が再び目を開くと、そこはいつかの、豪華だが悪趣味な一室――『今の今まで忘れていた』、三沢塾の、校長室だった。
別に設置されたらしいカフェテリアから丸ごと持ってきたかのようなティーテーブルまでそのままで、気がつくと垣根は二脚置かれた椅子の一つに座っている。
そして、その対面には――
〈的然。貴様に拒否権はないがな〉
「アウレオルス=イザード!」
5日前に会い、しかしそのことを垣根の頭からすっかり忘れさせていた張本人――いけ好かない緑髪白スーツの男、錬金術師・アウレオルス=イザードが、涼しい顔で座っていた。
「ええ。研究所にも、木原幻生本人にも怪しい動きはありませんでした。垣根帝督の方は?」
『これといった動きはない。ぶつぶつと独り言を呟いている以外はな』
「そうですか。まぁ、独り言なんて、言う人は物凄く言いますからね。特に今は、馬場に一度負かされたのが、頭にきてるんじゃないですか? まだまだ子供ですね」
電話で『メンバー』のリーダーである博士と連絡を取りながら、査楽は博士から任された木原幻生の監視を続ける。
どうやら木原幻生にも垣根帝督にも、こちらの監視を逃れて何かをやろう、という素振りは見えないようだが――
「そうすると、どうして垣根はあんなことをしたんですかね?」
『垣根帝督の独断だとすれば、自分と――そして妹をつけ回す虫を駆除しようとしただけかもしれん。木原幻生の指示だとすれば……フン。大方、茶目っ気と勘違いした、迷惑極まりないただのちょっかい出しなだけかもしれんな。あの古狸には、そういう厄介な面もある』
「なるほど。それでお気に入りのロボットを一台失っては、馬場も相当キていたでしょうね」
『あぁ。一台いくらすると思っている、と怒っていたな。スペアはあるようだから活動自体には支障はないが……馬場による垣根帝督の監視は制限されるだろうな』
「そろそろ本格的に『停滞回線』の使用許可が必要かもしれませんね」
『あぁ、癪な話だがな。上と掛け合ってみよう』
それだけ言うと、向こうから通話が切られた。
査楽は携帯を置いて、木原幻生の姿を映したモニターに目を向ける。
すると、
「おや?」
幻生が、小さく口を動かした。
音も拾える監視装置に感知されないということは、発声している訳ではないのだろう。
「独り言……」
先ほど自分で言った言葉を思い出し、査楽は構わず放っておくことにした。
査楽に高度な読唇術の術があったなら、或いは幻生が心中でこう呟いているのが分かっただろう。
『これといった動きはない。ぶつぶつと独り言を呟いている以外はな』
「そうですか。まぁ、独り言なんて、言う人は物凄く言いますからね。特に今は、馬場に一度負かされたのが、頭にきてるんじゃないですか? まだまだ子供ですね」
電話で『メンバー』のリーダーである博士と連絡を取りながら、査楽は博士から任された木原幻生の監視を続ける。
どうやら木原幻生にも垣根帝督にも、こちらの監視を逃れて何かをやろう、という素振りは見えないようだが――
「そうすると、どうして垣根はあんなことをしたんですかね?」
『垣根帝督の独断だとすれば、自分と――そして妹をつけ回す虫を駆除しようとしただけかもしれん。木原幻生の指示だとすれば……フン。大方、茶目っ気と勘違いした、迷惑極まりないただのちょっかい出しなだけかもしれんな。あの古狸には、そういう厄介な面もある』
「なるほど。それでお気に入りのロボットを一台失っては、馬場も相当キていたでしょうね」
『あぁ。一台いくらすると思っている、と怒っていたな。スペアはあるようだから活動自体には支障はないが……馬場による垣根帝督の監視は制限されるだろうな』
「そろそろ本格的に『停滞回線』の使用許可が必要かもしれませんね」
『あぁ、癪な話だがな。上と掛け合ってみよう』
それだけ言うと、向こうから通話が切られた。
査楽は携帯を置いて、木原幻生の姿を映したモニターに目を向ける。
すると、
「おや?」
幻生が、小さく口を動かした。
音も拾える監視装置に感知されないということは、発声している訳ではないのだろう。
「独り言……」
先ほど自分で言った言葉を思い出し、査楽は構わず放っておくことにした。
査楽に高度な読唇術の術があったなら、或いは幻生が心中でこう呟いているのが分かっただろう。
『全く、とんだ間抜けだなぁ。君たちは』と。
それと時を同じくして、木原研究所内にある、物置部屋のように扱われている場所に投げ込まれている、『本来はとっくに壊れて廃棄処分になっている筈のコンピュータ』が、何かのプログラムの実行が終了したことを告げていた。
垣根帝督の十番勝負
第四戦 『馬場芳郎』
対戦結果――相手途中棄権による不戦勝
次戦
対戦相手――『姫神秋沙』