「オイ、ちっと悪リィが」
「あ、え、は、はい………?」
一方通行はいくら探しても見つからない現状に少しだけイラだっていた。
これだけ探して見つからないという事は相当遠くに行っているか、影にいるかという事だ。
それならば、しらみつぶしに探しても良いがそれでは買い物の時間が無くなってしまう。
それだけは避けたかった。
なにしろ、リハビリという名目で連れてこられたものの、未だに体は痛むし、動きずらい。
一人、助っ人を得たものの、碌に打ち止めの姿格好も聞かずに飛び出してしまったため当てにならない。
というわけで、最も簡単な方法―――人に尋ねるという手に出たわけだ。
ちなみに声をかけた少女は背格好から見て、恐らくは高校生と見れる人物だった。
茶色の混じった腰まである黒髪を、頭の横で一房だけゴムで縛り、ピョコンと飛び出させている。
そして、顔にはフレームの細い知的そうに見える眼鏡。
なぜか眼鏡は妙にずり落ちているように見えた。伊達だろうか。
「この辺で、こンな感じのガキ見なかったかァ?」
そう言ってポケットからメモ帳を取り出して開き、少女へと突き出す。
そのメモ帳には妙に上手い打ち止めの似顔絵が一枚書かれていた。
「えと……見て、ません。ゴメンナサイ……」
「そうか。邪魔ァしたな」
オドオドとした少女に言うなり、早速再び歩き出そうとする一方通行。
そんな一方通行へと慌てて少女は、
「あ、ちょ、ちょっと……待って、下さいっ!」
「あン?」
少女の声に気づいて振り向く一方通行。
振り向いた先では少女がもじもじと何か言おうしていた。
どうやら、目の前の少女は人見知りをするタイプのようだ。
というか、今日は妙にこういうシュチュエーションに出会う確率が高いような気がする。
暫くすると、少女は意を決したように口を開いた。
「あの、インデッ――あ、白いシスターさんを見ませんでしたか……?私の、友達なんです……」
「しすたァ?」
出てきた珍しい単語に首を傾げる一方通行。
シスター。
"妹達"の上位体である少女なら毎日のように朝から晩まで見ているが、白いのは見た事が無い。
「あ、えっと、修道女さん、の事です……」
「あァ?そっちかよ。なら見た覚えはねェなァ。悪リィけどよォ」
「そ、そうですか……」
しょんぼりと言った感じで肩を落とす少女。
頭の横に出た髪も少女の感情を表すようにヘニャリといった感じに萎れていた。
手伝ってやるか?という考えが一瞬鎌首をもたげるが、一方通行も一応人探し中だ。
目の前の少女には悪いが、手伝っている暇は無いのである。
「ンじゃ、俺ァ失礼するぜ」
「あ、ま、待って……ッ!」
「ごふゥッ!?」
いきなり襟首を掴まれて首が締まった。
いつもなら反射している所だが、演算補助装置の電源の都合上今はつけていないのだ。
したがって、一方通行は生き物の作りとして正常に、息が詰まり、思い切り咳き込んだ。
思わず蹲り、ぜぇはぁ、と呼吸を正すのに数秒。
立ち直り次第、思い切り立ち上がり、少女へと再び向き直る。
「なァにしやがるンだ、コラァッ!」
「ひっ……ご、ごめんなさい、その……」
思いきり怒鳴りつけるが、目の前の少女が泣きそうな顔でコチラを見ているのでそれ以上は言えない。
一方通行にも良心というものはあるのだ。
目の前の少女は先程と同じようにもじもじとしていた。
このパターンにそろそろ飽き飽きしていた一方通行は腕を組み、爪先でリズムを取るように地面を叩き始める。
「言え」
「で、でも……」
「いいから言え」
「う、は、はい……」
その顔は口は引きつった笑いを浮かべているが、目はイラつきを宿したものだった。
一応、目の前の少女が言いやすいように笑顔で言うつもりだったのだが、失敗したようだ。
少女は相変わらず泣きそうな、または小動物の様なとも例えられる表情で、一方通行を見た後。
「実は、私……」
少女は決心したかのようにかなり大きい胸の前で両手の拳を握り締め、
「ま、迷子なんです……ッ!」
一方通行の時が止まった。
「……あ、あの……?」
「……はァ」
少女が困った様な表情で見てくるが、それに構わず溜息を一つつく一方通行。
そのまま虚ろな目で空を見上げて一方通行は思う。
……なンでェまた、今日に限ってこんな面倒ごとだらけなンだァ……?
その頃、眼鏡の少女は相変わらず一方通行を見てオロオロしていた。
結標・淡希は白い修道女服を着た少女を連れてとある駅へと続く歩道を歩いていた。
「あわき?」
「そう、結標・淡希。標を結ぶ淡い希望ってね。私の能力もそんなものよ」
「良い名前だね。うん」
白い修道女はその手にある携帯食であるクッキーを頬張り、もぐもぐと口を動かしつつ言葉を返す。
朝ご飯代わりにとポケットに入れて持ってきたものだが、どうやらそれが幸いしたらしい。
先程まで萎びた野菜ばりだった少女が此処までしっかりと復活するとは、やはり食は偉大だ。
「それで、貴女の名前は?」
「ん?」
少女はクッキーを口の中で咀嚼しつつ、首を傾げる。何かを考えているようだ。
結標よりも頭一つ分程小さい少女は首を傾げつつうーん、と唸り始める。
「どうかしたのかしら?」
「ううん。とうまがあんまり人に名前教えるなって言ってたんだけど……まぁ、いいよね」
とうま、という人は余程心配性らしい。
確かに学園都市内でも犯罪というものは起こるが、基本的に其れはすぐに鎮圧される。
第一、能力者だらけのこの街で誘拐等行っても、その事件専用の"風紀委員"が出てくれば、
能力次第ですぐに見つかってしまうのだ。
……まぁ、機密レベルとかそういう重要人物でも無い限りそれもないでしょう。
目の前の少女が、それだけのリスクを払ってでも誘拐すべき人物には結標には見えなかった。
「ん、私の名前は、インデックスだよ。禁書目録の方がいいかな?」
「偽名?」
「……いきなりとうまと同じようなこと言うんだね……」
ふむ、と結標は思考を走らせる。
この白い修道女――インデックスが偽名を使っているのは恐らく格好から推測するに、宗教関係の事情なのだろう。
どこかの国では、本当の名前は身内にしか教えないという決まり事もあったはずだ。
別段、結標は他人が信じるものに対してとやかく言う趣味も無いので、そこまで考えて簡単に思考を手放した。
と、思考の海から舞い戻った視線の先では、少女がガックリと肩を落としていた。
まさか本名だったのだろうか、と結標は慌て、咄嗟に考えの方向を変える。
そうだとしたら反射的にとは言え、かなり失礼な事を言ってしまったのかもしれない。
「え、えぇっと、ごめんね。ほら、あそこにファーストフード店があるわ。あそこで何か食べましょう?」
子どもをあやす時は食べ物で誤魔化すに限る。
結標は記憶の端から断片的な智識を引っ張ってきつつ、横断歩道を渡った先、道路の向かい側を指差した。
瞬間。
疾風と化した何かが真横を走りぬけて行った。
「は?」
慌てて、隣を見るが誰もいない。
そう、つい先程まで隣に立っていたはずのインデックスさえも。
となると考え付く事は一つ、
「あわき、あわき、はやくー!」
「速っ!?」
思わぬ俊敏過ぎる動きに驚きを隠せない結標。
空間移動能力者も真っ青の移動速度だ。
もしや肉体強化系能力者か何かなのだろうか、と思いつつ赤信号になりつつある横断歩道を急いで渡る。
渡りきった先、ファーストフード店の前では白い修道女こと、インデックスが瞳を輝かせていた。
「うふふ、ようやくお昼ご飯にありつけるのかも……ジュル」
「インデックスちゃん、涎、涎」
指摘されると慌てて修道服の袖で口元を拭うインデックス。
一応、まだ恥じらいなどの感情は捨てていないらしい。
「それじゃ、入りましょうか」
「やったー!」
元気に万歳するインデックス。
余程嬉しいらしく、手の中に居た猫が落ちたというのに全く気にした様子が無い。
猫の方は何やら悟りきったような視線でコチラを見ていた。中々に苦労人なのかもしれない。
そして、結標は内心で、こんな可愛い子を放置していくだなんて何を考えているのだろうか、とか、
会ったら絶対に説教してあげなければ、などとまだ見ぬ"とうま"という人物に対して義憤を燃やすのであった。
その様な事を考える結標のやや先を、スキップでもし始めそうな感じで店に入っていくインデックス。
店内は外見に比べて案外広かった。
まず最初に見えるのは入り口からカウンターへと伸びる通路とその左右に設置された十数個の長方形のテーブル。
通路はいくつか途中で枝分かれして他のテーブルなどへ行くための道となっていた。
道の端々には邪魔にならない程度に置かれた植木などの植物達。
インデックスについて行く様にしてカウンターまで歩く、その奥では何人かのスタッフが忙しく走り回っていた。
そのスタッフの一人、ショートカットの少女がこちらに気づき、走ってきた。
「お、おまたせしましたー!何にいたしますかっ!?」
やってきた店員である少女は妙に高いテンションでインデックスと結標の前へと滑り込んでくる。
此処の店員は中々に変わっているようだ。
「あわき、なに頼んでもいいの?」
「えぇ、良いわよ。好きなもの頼みなさいな」
その店員を余所に聞いてくるインデックスに優しく答えを返すと結標もメニューを物色し始めた。
メニューには典型的なファーストフード店の代名詞とも言えるパンとパンで肉を挟んだものがデカデカと載っている。
その他にもドリンクやサラダ、シェイクなども載っていて結構種類豊富だ。
「それじゃー、これとこれとこれとこれと――」
「って、そんなに食べるの……?あー……それじゃ、私はこれとこれとこれで、と」
「えぇっと、これとこれとこれと……これですね。承りましたー。それでは、確認させていただきます――」
店員はいくつかカウンターに設置されたレジを操作すると、復唱を開始する。
「あわき、ありがとね。私、あのままだったら多分行き倒れになってたかも」
「気にしないで良いわよ。その代わり、これ食べたら"とうま"を探す代わり、私の人探しも手伝ってもらうわよ?」
一方通行には既に連絡を入れてあるし、人手も増えるし、と内心で呟く結標。
彼の方もなんだか色々大変な事になっているとかなんとか言っていたが、結標はあまり覚えていなかった。
手を目の前に持って来れば、携帯のボタンを押した指の震えはまだなくなってもいないし、顔もまだ少し熱い。
……き、緊張、緊張のせいよ……っ!
思い返して思わずまた顔を赤く染める結標。
インデックスがコチラを見て不思議そうに首を傾げるが、結標の暴走し始めた思考は中々止まらなかった。
……あぁ、もう、なんであんなに緊張するのよ!冷静になりなさい、私!
「あのー?よろしいでしょうかー?」
「え?あ、え、えぇ、お願い」
「かしこまりましたー。それでは、暫くお待ちくださーい!」
店員の声にようやく現実へと戻ってくる結標が言葉を返すと、店員は走るようにして奥へと去って行った。
途中なんだか叫び声と共に食器か何かが落ちた音がしたが、気のせいだろう。
「それじゃあ、先にインデックスちゃんは席でも――」
さて、と前置きしてインデックスの方を向き、用件を伝えようとする結標。
しかし、それを遮る声が横から来た。
「あれ?シスターちゃんじゃないですかー?」
インデックスと二人して声のした方向に顔を向ける。
其処には―――、
「小学生……?」
「い、いきなり失礼なーっ!?」
「小萌先生。初めて会うんだから。仕方ないと思う」
「ひ、姫神ちゃんまでーっ!?」
見た目小学生が妙に似合う少女が何やら横に並んでいる巫女服の少女とコントをしていた。
結標は姫神と呼ばれた巫女服の少女を見て眉を顰める。
……?どこかで見たような……。
「あ。良かった良かった。知り合いに会えた。あわき、紹介するね。こもえにあいさだよ」
インデックスが二人へと駆け寄り紹介を始める。
その紹介を聞いた結標は疑問が氷解するかのようにキョトンとした表情となり、
「あいさ?もしかして、貴女は"吸血殺し"の姫神・秋沙?」
それを聞いた姫神も何かを思いだしたかのように掌を打ちつつ言葉を返す。
「そういう貴女は。"座標移動"の結標・淡希?」
「あれ?」
「ふえ?二人とも知り合いなのですかー?」
抗議を止めて向かい合う姫神と結標を交互に見る小萌。
「ん。小萌先生は昔私が居た学校。覚えてるよね」
「え、えぇ、勿論ですよー。霧ヶ丘女学院ですよね?」
姫神は頷き。
「そこの先輩」
「あ、成る程ー」
姫神の答えに納得したのか、小萌は結標へと向き直り、礼儀正しくお辞儀を一つ。
「はじめまして。私は姫神ちゃんの担任をしている小萌と申すものです」
「あ、はい。ご丁寧にどうも」
思わずお辞儀を返してしまう結標だったが、そこで頭の中にとんでもない疑問が飛び込んできた。
「……先生!?」
勢い良く顔を上げて小萌を凝視する結標。
嘘だ。どう見ても小学生にしか見えない等と頭の中を理解不能なデータが駆け回った。
そして、思いだすのは学園都市内で実しやかに噂される虚数学区の存在。
「あぁ、あの不老不死の完成体っていう……まさかこの目で本当に見れるだなんて……」
「ナチュラルに傷つく発言連発ですかーっ!?」
劇画調になって驚く結標に向かって涙目で抗議を再開する小萌。
それを見かねたのか姫神とインデックスは互いに視線を合わせ頷いた後、
「結標先輩。小萌先生を弄るのは其れくらいにした方がいい」
「ん、そうね……」
「こもえ、どうどう」
「姫神ちゃんまでですかー!?というか、私は馬じゃありませんー!」
キーッと両手を振り上げる様はまさに子どもという言葉が相応しかった。先生なのに。
それを見て楽しそうに表情を変えるインデックスと姫神。
結標はそれを見ていて笑顔になりそうになり、ふと気づいた。
私はこんな事をしていていいのか、"目的"を忘れるな、と罅割れた心が叫ぶのを。
「………」
「あ。あわき、あわき。来たみたいだよ?」
「ん?あら、本当ね」
無邪気にインデックスがコチラに向けてカウンターの奥からやってくる店員を指差した。
そのインデックスの笑顔を見てとある少女の言葉を思い出す。
『これから貴女を日常へ帰して差し上げますわ。どこかで誰かが思い、このわたくしが賛同した通りに』
自分が傷つけた少女、戦いの勝敗はもはや決したというのに最後まで意志を崩さなかった強い少女を。
そして、今もどこかで誰かのために走り回っているであろう少女の事を。
……あの子の思惑にはまっちゃったのかしら、私。
自分が一度は殺そうとした少女――白井・黒子を思い出して結標は思わず苦笑した。
罅割れた心が軋むが結標はこう思わずにはいられなかった。
……私は今あの子達のおかげで楽しい日常の中に居るのね。
インデックスを見つつ結標は今此処には居ない人々を思い、今度こそ本当の笑みを浮かべた。
……ありがとう。
○
風斬・氷華は現在進行形で迷子である。
頭の横から一房だけ髪を縛ってピョコンとさせている髪型の風斬は目の前を行く白い少年を見ていた。
見事なまでに白い頭髪と後ろからでは見えないが赤い瞳、そして少女なのか少年なのかわからない体格。
首には黒いチョーカーのようなものを付け、そこからは音楽プレイヤーの様なものがぶら下がっている。
そんな少年と風斬は路地裏を歩いていた。
向こう側に光が見えるが中々に長い道のようだ。
人気も見事なまでに無い。
「………」
なんとなく怖くなって周りを見渡すが、やはり何も無い。
なんだか来た道がなんとなく遠かった。
……ま、まさか……こんな路地裏に連れ込んで……。
色々思考が暴走気味なのは、とある白い修道女から叩きこまれた"夢見がち"という名の本のせいか。
もしもそういう事態になった場合は必ず正義のヒーローがやってくるのもだが、と風斬は思い、周りを見渡す。
天井はプラスチックの屋根になっていた。
何故路地裏にこんな屋根が、と思うが、取り敢えずは正義のヒーローならブチ破って来てくれる事だろう。
そして勧善懲悪の下、一撃必殺の破壊光線で悪役を改心させてから高笑いして去っていくのだ。
……どうしよう……会ってみたいけど、迷惑かな……。
既に正義のヒーローという偶像が来る事が前提になっている辺り飛躍し過ぎているが、風斬は気にしない。
そんなものが居たらまずあの不幸が口癖の少年の所に常時出現している気もするし。
そして、きっとまたフラグを立てるのだろう。
…………。
ふと、妄想の世界から帰ってきてみれば、いつの間にか足が止まっていた。
前の方では白い少年が振り向いてコチラを訝しげな顔で見ている。
「オイ、オマエ。なァにやってやがンだ。とっとと行くぞ」
「あ、は、はい……」
どうやら少年に特に悪意は無いらしい。
ちょっと残念な気持ちと同時に、わざわざ待っていてくれた少年の優しさを感じて、
なんとなく嬉しくなって笑顔になる風斬であった。
ちなみに風斬は知らない。
一方通行の頬に一筋の汗が流れていた事に。
「………」
状況を整理しよう。
少女が迷子と宣言した後、少女に向かって面倒臭そうに、
『付いて来たいならついて来い。オマエの知り合いもついでに探してやンよォ』
と言ったところまではよかったのだ。
問題はその後だ。
打ち止めはどこに行ったのだろうか等と考えていたら、何時の間にか現在位置がわからなくなっていた。
しかし、そんな事は最強の名にかけて言える筈もない。
これが今の状態だった。
どうしたものだろうか、と一方通行は思考を高速で走らせる。
このままでは、打ち止めに何を言われるかわかったものではない。
『わー、やっぱりアナタはドジっ子なのかもってミサカはミサカは一方通行萌えーって言ってみたり』
一瞬、簀巻キニシテヤル等と攻撃的な思考が流れるが取り敢えずはそれをスルー。
続いて、打開策を思案し始める。
演算補助装置の電源消費量や後ろの少女を考えなければ、結標に会った時の様に全力疾走でもして
派手に動き回わる事も出来るのだが、電源はともかく少女を置いて行くのは何となくプライドが許さない。
やっぱ歩くしかねェかァ、と結局原点に回帰した一方通行はまた前へと歩きだす。
少し見てみれば、後ろからは親猫についてくる子猫のように少女が急いでついて来ていた。
詰まるところ、少女と一方通行は二人して迷子になっていたのだった。
○
「あのなー、カミジョー、ってミサカはミサカは馴れ馴れしく言ってみたり」
「なんだー?」
「ミサカは実は空飛べるんよーって口調まで変えて衝撃の事実を喋ってみる」
「え?まじ?」
「嘘やー、ってミサカはミサカは可愛らしく小首を傾げてみる」
「あー、この辺だったよな、おばあさんの家」
「って、スルーかよ、ってミサカはミサカは地面に悲しみを書き綴ってみる。あ、ポエムっぽい」
猫がにゃーと鳴いた。
もう昼だというのに、其の広場は暗闇に包まれていた。
プラスチックの屋根に覆われた路地の中間地点にある広場。
四方をビルに囲まれた其処の左右の端にはバスケットボールのゴールが設置されている。
どうやらストリートバスケなどに使われているのか、幾つかのボールが転がっていた。
その暗闇に包まれている場所には幾つかの人影があった。
その人影の数は丁度十人分。
そして、其の内の一人分を除き、他の人影には共通している事があった。
その全てが地面に倒れ伏しているのだ。
「しっかし参ったぜよ」
ただ一つ立つ人影は、男の声を放つ。
ツンツンとした短い金髪にやや茶色いサングラスをかけた軽そうな大男。
名を土御門・元春という高校生である。
またの名を嘘つき村の住人。様々な場所で活躍している多角スパイである。
土御門は、黒のTシャツと青色のジーンズで包んだ其の身を動かし周りを見渡す。
周囲には黒いスーツを着込んだ九人の男達が倒れ伏していた。
顔にはサングラスが付けられているが、その誰も彼もが印象に残らない。
言ってしまえば、特徴の無い顔をしていた。
土御門はその全員が意識を失っている事を確認してから、同時に男達が目的の品を持っていないか確認。
持っていないのを確認すると同時に、土御門は立ち上がり、その表情を歪めた。
「……触ったら最後、殺すまで追跡する悪夢、か。本当にそんな霊装がこの都市に紛れ込んでいるとしたら――」
最後まで言う前に唇を噛み締める土御門。
その表情は彼の友人達が見たら驚く様な真剣なものだった。
土御門は顎に手を当てて暫し黙考。
結局、取り敢えずはこの男達をなんとかしなければ、という考えに至り、何か縛る物は無いかと周りを見渡し始める。
と、同時に広場に響く水風船が弾ける様な音。
土御門はその音に眉を訝しげに顰め、音のした方向へと振り向いた。
そこには――、
「水……?」
音のした方向、先程まで男達が倒れていた位置にはそれぞれ水溜りが出来ていた。
「なるほど……こいつ等は囮の使い魔というわけだにゃー」
土御門は水溜りへと近づき、そこに残った人型に切り取られた紙を拾う。
その紙の中央には、蛇がのた打ち回ったような記号の様なものが書いてあった。
「古典的な術式……しかもこれは、オレと同じタイプだぜい」
魔術師――陰陽師である土御門は、其れを見て僅かにだが驚きの表情を漏らす。
しかし、次の瞬間、その表情はすぐに引き締められた。
「全く……厄介事を持ち込んでくれるもんぜよ」
血反吐を吐き捨てるが如く空を見上げる土御門。
戦闘の邪魔だと道端に放ってあったオレンジ色の派手なジャケットを拾い、肩に担いだ。
そこで気づいた事が一つ。
「……濡れてるにゃー」
Tシャツがどんどん濡れたジャケットの影響を受けて侵食されていく。
土御門はサングラスを持ち上げなおしてプラスチックの屋根に覆われた路地裏へと向かう。
「覚悟しておくぜよ、犯人。今日の土御門さんは一味違うぜい」
なんだか黒い空気を発する男こと、土御門は更に暗い闇の中へと濡れたジャケットを持って去って行くのであった。