本日の実験を終えた垣根帝督は、木原研究所内にある資料室を訪れていた。
「やっぱり、研究資料と一緒に依頼の資料も放っぽってやがる。シュレッダーにもかけてねぇし。相変わらず、研究以外はズボラな野郎だ」
呟きつつ、垣根は姫神秋沙に関する資料を紙束の見つけ出す。
ざっと目を通して確認した後、それを小さく折りたたんでジーンズのポケットに入れたところで、突然資料室の扉が開け放たれた。
「こんな所にいたのかい」
言いながら入ってきたのは木原幻生その人。
「どうも、明日の依頼の資料を確認しようと思いまして」
努めて冷静に言いながら、垣根は部屋の隅に無造作に置かれている、明日行う予定の依頼についての資料の束を手に取る。
「……ふふん。熱心でいいことだ。ところでね、帝督くん。今日の実験の結果が出たんだけどね、見てくれるかな」
特に気にした様子もなく、垣根は資料室に設けられたら四角い机に数枚のコピー用紙を広げた。
「わかるよね」
「…………」
資料を覗いた瞬間、幻生の言わんとしていることは分かっていたが、
「……何が、ですか?」
垣根ははぐらかすような答えを返す。
「やれやれ、ここの数値だよ。一月に一回行っている検査実験。それの、ここ半年間の結果をグラフ化したものだ」
幻生は白衣の胸ポケットからボールペンを取り出すと、わざとらしく六つの棒グラフの天辺を繋ながら言った。
「段々上昇率が下がってきている。そして先月と今月じゃ、もうほとんど横這いだ」
「…………」
「天井が見えてきてしまったのかな。天上に届く前に、ね」
トントン、とボールペンの先で用紙を叩きながら、一体何がおもしろいのか、くつくつ、と声を押し殺して笑う幻生。
〈歴然。今のは『天井』と『天上』の音が同じことを利用した駄洒落と呼ばれる技法だ〉
(……いいからテメェは黙っててくれねぇか)
頭の中に響く声に釘を刺し、垣根は幻生に向き直る。
「確かに実験の結果が著しく良くなっている訳ではありませんが、悪くなっている訳でもありません。『未元物質』の能力は衰えていない、だったらまだ研究価値はあるでしょう。あなた方は、未だに『未元物質』が何であるか、その取っ掛かりすら掴めてはいないんですから」
文句を言うなら、まずは『未元物質』を解明してからにしろ。
その言い分は、今まで『未元物質』を研究してきた研究者たちが、今回のように垣根を手放そうとする度、『次の雇い主』を探すため、或いは移転のための時間稼ぎに言ってきたことだ。
こう言えば、その言葉を真に受けて――或いはその言葉が薄っぺらい自尊心に触れて、『未元物質』の研究を引き伸ばすことがあったのだ。
だが、
「何度も言うようだけど、私の興味は絶対能力、ただそれのみ。だから君の『未元物質』という能力それ自体には何の興味もないし――突き詰めてしまえば君が絶対能力者にさえなってくれれば、『未元物質』の実態を解明できなくとも構わない」
幻生が、気味の悪い笑みを浮かべる。
「そして今の君には、もう絶対能力者への進化の兆しが全く見られない。これは、新しい可能性に研究を移すべきかもしれないね」
「どういう……」
「新しい能力者を開発した方がいいかもしれないってことだよ。……あぁ、そういえば。姫垣くんは、能力開発していないんだっけ?」
「――――!」
ドガンッ、と大きな音を立てて。
机が真っ二つに弾けた。
「……それは、契約違反です。木原幻生さん」
幻生を睨みつけて、一言一言区切るように垣根が告げる。
「分かっているよ。流石に全く未知の可能性と現超能力者とでは、後者の方に天秤が傾かざるを得ない。――現段階では、ね。君にはもうしばらく付き合ってもらうよ。垣根帝督くん」
悪びれた様子もなく、飄々と言ってのける幻生に、
「…………失礼します」
垣根はそれだけ答えると、幻生の横をすり抜けて部屋を出て行った。
「やっぱり、研究資料と一緒に依頼の資料も放っぽってやがる。シュレッダーにもかけてねぇし。相変わらず、研究以外はズボラな野郎だ」
呟きつつ、垣根は姫神秋沙に関する資料を紙束の見つけ出す。
ざっと目を通して確認した後、それを小さく折りたたんでジーンズのポケットに入れたところで、突然資料室の扉が開け放たれた。
「こんな所にいたのかい」
言いながら入ってきたのは木原幻生その人。
「どうも、明日の依頼の資料を確認しようと思いまして」
努めて冷静に言いながら、垣根は部屋の隅に無造作に置かれている、明日行う予定の依頼についての資料の束を手に取る。
「……ふふん。熱心でいいことだ。ところでね、帝督くん。今日の実験の結果が出たんだけどね、見てくれるかな」
特に気にした様子もなく、垣根は資料室に設けられたら四角い机に数枚のコピー用紙を広げた。
「わかるよね」
「…………」
資料を覗いた瞬間、幻生の言わんとしていることは分かっていたが、
「……何が、ですか?」
垣根ははぐらかすような答えを返す。
「やれやれ、ここの数値だよ。一月に一回行っている検査実験。それの、ここ半年間の結果をグラフ化したものだ」
幻生は白衣の胸ポケットからボールペンを取り出すと、わざとらしく六つの棒グラフの天辺を繋ながら言った。
「段々上昇率が下がってきている。そして先月と今月じゃ、もうほとんど横這いだ」
「…………」
「天井が見えてきてしまったのかな。天上に届く前に、ね」
トントン、とボールペンの先で用紙を叩きながら、一体何がおもしろいのか、くつくつ、と声を押し殺して笑う幻生。
〈歴然。今のは『天井』と『天上』の音が同じことを利用した駄洒落と呼ばれる技法だ〉
(……いいからテメェは黙っててくれねぇか)
頭の中に響く声に釘を刺し、垣根は幻生に向き直る。
「確かに実験の結果が著しく良くなっている訳ではありませんが、悪くなっている訳でもありません。『未元物質』の能力は衰えていない、だったらまだ研究価値はあるでしょう。あなた方は、未だに『未元物質』が何であるか、その取っ掛かりすら掴めてはいないんですから」
文句を言うなら、まずは『未元物質』を解明してからにしろ。
その言い分は、今まで『未元物質』を研究してきた研究者たちが、今回のように垣根を手放そうとする度、『次の雇い主』を探すため、或いは移転のための時間稼ぎに言ってきたことだ。
こう言えば、その言葉を真に受けて――或いはその言葉が薄っぺらい自尊心に触れて、『未元物質』の研究を引き伸ばすことがあったのだ。
だが、
「何度も言うようだけど、私の興味は絶対能力、ただそれのみ。だから君の『未元物質』という能力それ自体には何の興味もないし――突き詰めてしまえば君が絶対能力者にさえなってくれれば、『未元物質』の実態を解明できなくとも構わない」
幻生が、気味の悪い笑みを浮かべる。
「そして今の君には、もう絶対能力者への進化の兆しが全く見られない。これは、新しい可能性に研究を移すべきかもしれないね」
「どういう……」
「新しい能力者を開発した方がいいかもしれないってことだよ。……あぁ、そういえば。姫垣くんは、能力開発していないんだっけ?」
「――――!」
ドガンッ、と大きな音を立てて。
机が真っ二つに弾けた。
「……それは、契約違反です。木原幻生さん」
幻生を睨みつけて、一言一言区切るように垣根が告げる。
「分かっているよ。流石に全く未知の可能性と現超能力者とでは、後者の方に天秤が傾かざるを得ない。――現段階では、ね。君にはもうしばらく付き合ってもらうよ。垣根帝督くん」
悪びれた様子もなく、飄々と言ってのける幻生に、
「…………失礼します」
垣根はそれだけ答えると、幻生の横をすり抜けて部屋を出て行った。
〈そちらにも、困難はあるようだな〉
木原研究所を出てしばらくしてから、頭の中からアウレオルスの声が響いてきた。
(テメェのに比べれば大したことじゃねぇ。禁書目録に例えるなら、まだヒメは『首輪』を嵌められる前の状態だ。何とでも、護り様がある)
半ば自身に言い聞かせるような言葉。
それすらもアウレオルスには伝わっているであろうことを知っていて、しかしだからこそ垣根はどこか安心した心地がした。
(俺の問題は俺が解決する。もとより超能力に関わりのねぇテメェには関係のない話だ。それより今はテメェの用件だろ)
心中で語りかけながら、垣根は先ほど資料室から掠めてきた姫神秋沙の資料を広げる。
(取り敢えず、こいつが生活してる霧ヶ丘女学院の寮の部屋を訪ねてみる。上手くいけばいきなり会えるかもだ)
木原研究所を出てしばらくしてから、頭の中からアウレオルスの声が響いてきた。
(テメェのに比べれば大したことじゃねぇ。禁書目録に例えるなら、まだヒメは『首輪』を嵌められる前の状態だ。何とでも、護り様がある)
半ば自身に言い聞かせるような言葉。
それすらもアウレオルスには伝わっているであろうことを知っていて、しかしだからこそ垣根はどこか安心した心地がした。
(俺の問題は俺が解決する。もとより超能力に関わりのねぇテメェには関係のない話だ。それより今はテメェの用件だろ)
心中で語りかけながら、垣根は先ほど資料室から掠めてきた姫神秋沙の資料を広げる。
(取り敢えず、こいつが生活してる霧ヶ丘女学院の寮の部屋を訪ねてみる。上手くいけばいきなり会えるかもだ)
しかし、物事はそうそう上手くは運ばない。
「た、退学したってどういうことだよ!?」
「今朝方、姫神秋沙の所持するレベル4『吸血殺し』の能力が失われたとの報告を本人から受けました。そのため、姫神秋沙を退学処分にし、本学の学生名簿より抹消、それに伴い寮も引き払って頂きました」
一体どこに不明な点があるのか、とでも言うような事務員の視線にイライラとしながら、垣根はアウレオルスに問いかける。
(どういうことだ、オイ。能力がなくなったって……)
〈おそらく『私』が『歩く協会』の機構を応用して姫神秋沙の能力を封じたのであろう。禁書目録救出の暁にはそのように処置する契約になっていたからな。しかし、憮然。学園都市では能力を失っただけで退学処分になるのか?〉
(あぁ、クソ食らえなシステムだろ。もっとも、それもエリート校に限った話だがな)
「それで、姫神さんはその後どちらに?」
心中の会話とは180度違う態度で事務員に質問する垣根。
「本日付けで園の方に転属になっています」
そう言って、事務員は学園都市内にあるとある施設のパンフレットを提示した。
所謂、置き去りと呼ばれる子供たちが集められた場所である。
(そういや姫神秋沙は孤児だったな……)
「分かりました、どうもありがとうございます」
丁寧に礼をしてパンフレットを仕舞うと、垣根は即座に回れ右をして道を戻る。
(ま、これで次の手掛かりは掴めた。まだ糸は切れてねぇさ)
「た、退学したってどういうことだよ!?」
「今朝方、姫神秋沙の所持するレベル4『吸血殺し』の能力が失われたとの報告を本人から受けました。そのため、姫神秋沙を退学処分にし、本学の学生名簿より抹消、それに伴い寮も引き払って頂きました」
一体どこに不明な点があるのか、とでも言うような事務員の視線にイライラとしながら、垣根はアウレオルスに問いかける。
(どういうことだ、オイ。能力がなくなったって……)
〈おそらく『私』が『歩く協会』の機構を応用して姫神秋沙の能力を封じたのであろう。禁書目録救出の暁にはそのように処置する契約になっていたからな。しかし、憮然。学園都市では能力を失っただけで退学処分になるのか?〉
(あぁ、クソ食らえなシステムだろ。もっとも、それもエリート校に限った話だがな)
「それで、姫神さんはその後どちらに?」
心中の会話とは180度違う態度で事務員に質問する垣根。
「本日付けで園の方に転属になっています」
そう言って、事務員は学園都市内にあるとある施設のパンフレットを提示した。
所謂、置き去りと呼ばれる子供たちが集められた場所である。
(そういや姫神秋沙は孤児だったな……)
「分かりました、どうもありがとうございます」
丁寧に礼をしてパンフレットを仕舞うと、垣根は即座に回れ右をして道を戻る。
(ま、これで次の手掛かりは掴めた。まだ糸は切れてねぇさ)
ところが、悪いことと言うのは、なかなかどうして続けざまに訪れるものである。
「……まだ来ていない、と」
「えぇ、午前中には学院を出たらしいのですが……まだ……」
困った顔で対応する施設の保育士に、垣根は張り付いていると言うより凍りついていると言った方が相応しいような笑顔を向けて言う。
「何か心当たりとか……」
「そう言われましても、こちらはまだ一度も直接顔を合わせたことすらありませんし……」
「……そうですか。ありがとうございました」
踵を返し、施設を後にする垣根。
(どーすんだぁオイどーすんだよコルァ! 姫神秋沙はどこで油売ってんだ道草喰ってんだ!)
〈ふむ。おそらく学院を出たものの、施設に行くのが何となく嫌になってそのままそこらを放浪しているのだろう〉
そういう癖のある女だった、とあっけからんと言うアウレオルスに頭を抱えつつ、現状を打開しようと質問を重ねる。
(姫神の行きそうなところに心当たりは……)
〈皆無だ〉
(……だろうな。っつか、じゃあそれこそ禁書目録の方なんてどうするつもりなんだ? 手がかりがないどころか、ひょっとするとイギリス清教に連れ帰られちまって、もう学園都市にはいねぇかもしれねぇぞ?)
言い忘れてたが俺ら能力者はそう簡単に外には出られねぇんだよ、と言う垣根に、アウレオルスはやはり落ち着いた様子で返す。
〈それはないな。私が『どの段階まで』禁書目録を救出したにしろ……『首輪』が外れたこと、魔道書についての知識がなくなったことをイギリス清教が自ら公言することはないであろう。そしてそうである限り、禁書目録は他の魔術協会にとって忌避すべき脅威であり、かつ格好の獲物でもある。そんな風に危険がいくらでも寄ってくる禁書目録だ。イギリス清教は彼女を学園都市から出すまい。ここは、魔術サイドにとっての中立地帯であるからな〉
(……だが、どの道学園都市のどこにいるかは分からないんだろ。つーか、そもそも発信機とか付けてねぇのかよ)
〈発信機……そうか、そうだったな〉
はっ、としたようにアウレオルスが声を上げる。
(? 何かあるのか?)
期待を込めた垣根の声に、アウレオルスが自慢げに答える。
〈当然。私をあまり甘く見ないことだな。三沢塾へ行け。鍵はそこにある〉
(お、おぉ分かったぜ!)
「……まだ来ていない、と」
「えぇ、午前中には学院を出たらしいのですが……まだ……」
困った顔で対応する施設の保育士に、垣根は張り付いていると言うより凍りついていると言った方が相応しいような笑顔を向けて言う。
「何か心当たりとか……」
「そう言われましても、こちらはまだ一度も直接顔を合わせたことすらありませんし……」
「……そうですか。ありがとうございました」
踵を返し、施設を後にする垣根。
(どーすんだぁオイどーすんだよコルァ! 姫神秋沙はどこで油売ってんだ道草喰ってんだ!)
〈ふむ。おそらく学院を出たものの、施設に行くのが何となく嫌になってそのままそこらを放浪しているのだろう〉
そういう癖のある女だった、とあっけからんと言うアウレオルスに頭を抱えつつ、現状を打開しようと質問を重ねる。
(姫神の行きそうなところに心当たりは……)
〈皆無だ〉
(……だろうな。っつか、じゃあそれこそ禁書目録の方なんてどうするつもりなんだ? 手がかりがないどころか、ひょっとするとイギリス清教に連れ帰られちまって、もう学園都市にはいねぇかもしれねぇぞ?)
言い忘れてたが俺ら能力者はそう簡単に外には出られねぇんだよ、と言う垣根に、アウレオルスはやはり落ち着いた様子で返す。
〈それはないな。私が『どの段階まで』禁書目録を救出したにしろ……『首輪』が外れたこと、魔道書についての知識がなくなったことをイギリス清教が自ら公言することはないであろう。そしてそうである限り、禁書目録は他の魔術協会にとって忌避すべき脅威であり、かつ格好の獲物でもある。そんな風に危険がいくらでも寄ってくる禁書目録だ。イギリス清教は彼女を学園都市から出すまい。ここは、魔術サイドにとっての中立地帯であるからな〉
(……だが、どの道学園都市のどこにいるかは分からないんだろ。つーか、そもそも発信機とか付けてねぇのかよ)
〈発信機……そうか、そうだったな〉
はっ、としたようにアウレオルスが声を上げる。
(? 何かあるのか?)
期待を込めた垣根の声に、アウレオルスが自慢げに答える。
〈当然。私をあまり甘く見ないことだな。三沢塾へ行け。鍵はそこにある〉
(お、おぉ分かったぜ!)
だがしかし、二度あることは三度あるとはよく言ったものである。
「……んで、これが何だってんだ?」
垣根はアウレオルスに指示された三沢塾校長室(当然不法侵入した)に置かれた机のとある引き出しから、ビニルに入った二種類の髪の毛を取り出した。
一方は黒、もう一方は銀色で、どちらも随分長い。
〈姫神秋沙と禁書目録の頭髪だ〉
(そういう趣味が……)
〈否。魔術とは便利なものでな。持ち物からその持ち主の居場所を特定する術式があるのだ。それを使えば、二人の位置などすぐに分かる。思い知ったか、これが錬金術師・アウレオルス=イザードだ〉
(…………あー)
垣根は脳内で誇らしげに騒ぐアウレオルスに、ビニル袋を揺らしながら問う。
(――んで、誰がその魔術を使うんだ?)
〈? 明然。私に決まっているであろう〉
(ほぅ、俺の脳味噌に寄生してるテメェが、どうやって魔術を使うって?)
〈…………………………〉
(確か超能力者の脳味噌じゃ魔術は使えねぇんだよな。三沢塾の学生は再生出来たからいいが俺はそうはいかねぇし、俺の脳がダメージを受けた結果テメェが消滅するっていうシナリオも有り得るぜ?)
〈………………………呆然。そういえばそうだったな〉
目を閉じれば、そこには脂汗を滝のように流しているアウレオルスの姿がありありと見えた。
〈だ、だが! そうだ! 禁書目録の『自動書記』なら、能力開発を受けていない人間に代わりに魔術を行わせることができ――〉
「だぁからその禁書目録を探してんだろうがこのスカシイケメンがぁぁぁぁぁ!!!!」
声に出して叫びながら、垣根は脳内でアウレオルスに向かって右ストレートの突っ込みを思いっきりお見舞いした。
「……んで、これが何だってんだ?」
垣根はアウレオルスに指示された三沢塾校長室(当然不法侵入した)に置かれた机のとある引き出しから、ビニルに入った二種類の髪の毛を取り出した。
一方は黒、もう一方は銀色で、どちらも随分長い。
〈姫神秋沙と禁書目録の頭髪だ〉
(そういう趣味が……)
〈否。魔術とは便利なものでな。持ち物からその持ち主の居場所を特定する術式があるのだ。それを使えば、二人の位置などすぐに分かる。思い知ったか、これが錬金術師・アウレオルス=イザードだ〉
(…………あー)
垣根は脳内で誇らしげに騒ぐアウレオルスに、ビニル袋を揺らしながら問う。
(――んで、誰がその魔術を使うんだ?)
〈? 明然。私に決まっているであろう〉
(ほぅ、俺の脳味噌に寄生してるテメェが、どうやって魔術を使うって?)
〈…………………………〉
(確か超能力者の脳味噌じゃ魔術は使えねぇんだよな。三沢塾の学生は再生出来たからいいが俺はそうはいかねぇし、俺の脳がダメージを受けた結果テメェが消滅するっていうシナリオも有り得るぜ?)
〈………………………呆然。そういえばそうだったな〉
目を閉じれば、そこには脂汗を滝のように流しているアウレオルスの姿がありありと見えた。
〈だ、だが! そうだ! 禁書目録の『自動書記』なら、能力開発を受けていない人間に代わりに魔術を行わせることができ――〉
「だぁからその禁書目録を探してんだろうがこのスカシイケメンがぁぁぁぁぁ!!!!」
声に出して叫びながら、垣根は脳内でアウレオルスに向かって右ストレートの突っ込みを思いっきりお見舞いした。
(あー、もう止めよっかなー! 手伝ってやるの止めよっかなー!)
〈やれやれ、最近の若者はすぐに飽きただの何だのと言って物事を放り出す。嘆かわしいことだ〉
(誰のせいだと思ってるんだ、アウレオルスさんじゅうはっさい?)
〈……貴様、今の思考を間違っても漢字変換するなよ〉
垣根帝督は無駄足を踏んだとばかりにさっさと三沢塾を離れ、第七学区を放浪していた。
しかし今回ばかりは手掛かりも何もなく、本当にあてもなく彷徨っているだけだ。
「こんなんじゃどう考えたって見つかりゃしねーもんな」
姫神秋沙の資料を広げ、声に出して溜め息を吐く垣根。
相変わらず頭の中には涼しい声が響いており、それが垣根のイライラを一層高めている。
アウレオルスの思考は全て垣根に伝わる訳ではない、と言っていたが、垣根の思考に応えるだけにしてはどうにも言葉数が多すぎる。
どうでもいいことでこちらのツッコミを誘う様子はまるで構ってちゃんそのものだ。
〈やれやれ、最近の若者はすぐに飽きただの何だのと言って物事を放り出す。嘆かわしいことだ〉
(誰のせいだと思ってるんだ、アウレオルスさんじゅうはっさい?)
〈……貴様、今の思考を間違っても漢字変換するなよ〉
垣根帝督は無駄足を踏んだとばかりにさっさと三沢塾を離れ、第七学区を放浪していた。
しかし今回ばかりは手掛かりも何もなく、本当にあてもなく彷徨っているだけだ。
「こんなんじゃどう考えたって見つかりゃしねーもんな」
姫神秋沙の資料を広げ、声に出して溜め息を吐く垣根。
相変わらず頭の中には涼しい声が響いており、それが垣根のイライラを一層高めている。
アウレオルスの思考は全て垣根に伝わる訳ではない、と言っていたが、垣根の思考に応えるだけにしてはどうにも言葉数が多すぎる。
どうでもいいことでこちらのツッコミを誘う様子はまるで構ってちゃんそのものだ。
〈ふ……そこで突っ込んでしまう貴様にとやかく言われる筋合いはないがな〉
「カッコつけといて否定はしないんだな……」
呆れながらもぼそり、と無意識に突っ込みを入れてしまう優しい垣根くん。
すると、
「もぅ、痛いですよー」
前方から突如声が聞こえてきた。
(痛い? しまった、今の声に出てたか? 白昼堂々大通りで独り言言ってる人間がいたら、確かに痛い!)
「え、えーと、いやこれは……」
垣根はまだ見ぬ突っ込み主に弁明しようとするが、
「あれ、いない……?」
「カッコつけといて否定はしないんだな……」
呆れながらもぼそり、と無意識に突っ込みを入れてしまう優しい垣根くん。
すると、
「もぅ、痛いですよー」
前方から突如声が聞こえてきた。
(痛い? しまった、今の声に出てたか? 白昼堂々大通りで独り言言ってる人間がいたら、確かに痛い!)
「え、えーと、いやこれは……」
垣根はまだ見ぬ突っ込み主に弁明しようとするが、
「あれ、いない……?」
目の前に人影はない。
「こっちですよー」
再び聞こえてきた声の出ところを探って視線を下に下げると、そこにはピンク色の髪をした幼女が一人尻餅をついていた。
「まったく、先生にぶつかっておいて謝りもしないなんて、一体どこの学校の生徒ちゃんですかー?」
「先生……?」
どうやら資料を見ながら歩いているうちに衝突してしまったようだ。
幼女は、立ち上がりながらよく分からないことを愚痴ったかと思うと、ふと垣根の持っている資料に視線を寄越した。
「姫神……秋沙……?」
「! テメェ、こいつのこと知ってるのか!?」
つい、語調を荒げてしまう垣根。
「むむぅ。度々先生に向かって失礼な子ですねー。でも、その様子だとやっぱりこの子を探しているんですねー。迷子ですか?それとも家出?」
対して、幼女は慌てた様子もなく垣根の手から資料を引ったくる。
「……あー、まぁ家出みてぇなもんだ」
「こっちですよー」
再び聞こえてきた声の出ところを探って視線を下に下げると、そこにはピンク色の髪をした幼女が一人尻餅をついていた。
「まったく、先生にぶつかっておいて謝りもしないなんて、一体どこの学校の生徒ちゃんですかー?」
「先生……?」
どうやら資料を見ながら歩いているうちに衝突してしまったようだ。
幼女は、立ち上がりながらよく分からないことを愚痴ったかと思うと、ふと垣根の持っている資料に視線を寄越した。
「姫神……秋沙……?」
「! テメェ、こいつのこと知ってるのか!?」
つい、語調を荒げてしまう垣根。
「むむぅ。度々先生に向かって失礼な子ですねー。でも、その様子だとやっぱりこの子を探しているんですねー。迷子ですか?それとも家出?」
対して、幼女は慌てた様子もなく垣根の手から資料を引ったくる。
「……あー、まぁ家出みてぇなもんだ」
正確には家を追い出された後、新しい家に行かずに放浪しているのだから、家出の真逆と言えなくもないが。
「で、テメェはこいつについて何か知ってんのか?」
「で、テメェはこいつについて何か知ってんのか?」
「いいえ、この子のことは今はじめて知りましたが……先生、この子を捜すの、手伝えると思いますよー?」
そう言って悪戯っぽく笑う幼女。
この幼女こそ、四度目にしてようやく垣根の前に現れた救世主であったのだった。
そう言って悪戯っぽく笑う幼女。
この幼女こそ、四度目にしてようやく垣根の前に現れた救世主であったのだった。
「マジでか……」
〈恟然。マジ出島〉
突如現れた幼女――その後の自己紹介で月詠小萌と名乗った幼女は、実は成人女性で、学園都市内のとある高校の教師であった。
それも確かに驚きの内容だったが――
「えっへん。言ったとおり、ほら、もう姫神ちゃん見つけちゃったのですよー」
無い胸を張って威張る月詠の指し示す先――人気のない児童公園のベンチに、大きな旅行用カバンを抱え、いつかと同じ巫女服を着た姫神秋沙の姿があった。
心理学の応用で家出した子の行動パターンなどを読み、そういった子供達が溜まっていそうなところに赴き、これを保護する――そんなことを『趣味』と言ってのけた月詠に半ば押し切られる形で(どうあっても姫神の資料を放そうとしなかった)彼女を姫神探しの一行に加えることにした。
大して期待はしていなかった垣根とアウレオルスであったが、姫神の資料を一読し、数分だけ考えた後月詠が提示した『候補地』。
数あるそれらの始めの二カ所目を巡ったところで、垣根たちは早速姫神秋沙の姿を発見してしまったのだ。
「それで、どうして姫神ちゃんを探していたんですかー?」
下手をすれば自身より年上に見えかねない少女をちゃん付けで呼び、月詠は垣根に問いかけてくる。
「ちょっとした野暮用だ」
「んー、不純なことじゃないですよねー?」
「全然、全く」
食い下がる月詠を適当に切り捨て、垣根は姫神に近づいていく。
「……!あなたは。……。いえ。何でもない」
垣根に気づいた姫神が、微妙な反応をする。
垣根の顔には見覚えがあるが、垣根は姫神のことを覚えていない筈であるということに思い至ったのであろう。
「久しぶりだな。姫神秋沙」
勿論実際は姫神のことを覚えている――思い出している垣根は、臆することなく少女に声をかける。
「!? あなたは。アウレオルスに。記憶を消去された筈」
「だったんだけどな。色々あったんだよ。今日はテメェに用事があって来たんだ……?」
そこで、垣根はあることに気づいた。
(そういやアウレオルス。姫神のその後を見るって話だったが、俺は実際何をすればいいんだ?)
〈言っていなかったか。簡単。私が姫神秋沙の能力『吸血殺し』を封じたとすれば、『歩く教会』の機構を利用した何かしらの霊装を姫神に持たせている筈〉
(だが見た感じ何も持ち歩いちゃいねーみたいだぞ?)
〈手に持つような物ではあるまい。身体から離してしまった途端に能力が再発してしまうのだからな。おそらく服の内側に隠してあるか、服そのもの、あるいは装身具といったものであろうな。だが不都合は無い〉
(何か見抜く方法でもあるのか?)
〈当然。今から私が伝える通りのことを姫神秋沙に言えばよい〉
(了解)
体感時間では数秒の遣り取りを脳内で済ませ、垣根は改めて姫神に向き直る。
「あー、用事ってのはだな……」
〈服を脱げ〉
「服を脱げ」
「…………………………」
「…………………………」
女性二人、どん引きである。
(って、全然不純じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!! 何言わせんだコラァァァァ!!!)
〈明然。不純な意図などない。霊装であるか否かなど、直接見れば魔術を使わずともすぐに分かる。故に衣服や装身具の提供を訴えただけだが?〉
(言い方ってもんがあるだろうが! 横柄なんだよ! 言葉数少なすぎんだよ!)
〈それが私のスタンスだ〉
(知らねーよぉぉぉぉぉぉぉ!!)
垣根が脳内で緊急会議を開いている間に。
「……垣根ちゃん……それは……何というか……余りにも露骨ですよ……」
月詠は携帯電話に手が伸びるまで後少しと言った雰囲気。
「あの時の仕返し? だとしても。頷くわけにはいかない。女として」
一方姫神はベンチから立ち上がると、どこからかスタンガンとしても使える学園都市製の特殊警棒を取り出し、垣根に向かって突き出してきた。
「あー、いや。ゴメン、今のは言い間違い。脱げじゃなくて、服を貸して欲しいというか……」
「私の服を。着たいと言うこと?」
「どうしてそうなるっ!?」
〈文脈的に正しい読みとり方だと思うが〉
(その一文目から間違ってんだよ! テメェのせいでな!)
いちいちアウレオルスに付き合ってやる垣根も垣根だが、当然その議論は姫神には伝わらない。
「問答無用。女の敵は。魔法のステッキで。成敗」
言い、姫神が魔法のステッキもとい警棒を振り上げる。
〈よし、向こうが先に手を出したぞ。正当防衛と称して適当に揉み合って服を脱がせ。後は私が何とかする〉
(何ともならねぇよ! 俺の人間としての尊厳が真っ逆様に焼却炉行きだよ!)
思いながらも、垣根は左手に『未元物質』の籠手を出現させ、振り下ろされる警棒に向かって叩きつける。
〈恟然。マジ出島〉
突如現れた幼女――その後の自己紹介で月詠小萌と名乗った幼女は、実は成人女性で、学園都市内のとある高校の教師であった。
それも確かに驚きの内容だったが――
「えっへん。言ったとおり、ほら、もう姫神ちゃん見つけちゃったのですよー」
無い胸を張って威張る月詠の指し示す先――人気のない児童公園のベンチに、大きな旅行用カバンを抱え、いつかと同じ巫女服を着た姫神秋沙の姿があった。
心理学の応用で家出した子の行動パターンなどを読み、そういった子供達が溜まっていそうなところに赴き、これを保護する――そんなことを『趣味』と言ってのけた月詠に半ば押し切られる形で(どうあっても姫神の資料を放そうとしなかった)彼女を姫神探しの一行に加えることにした。
大して期待はしていなかった垣根とアウレオルスであったが、姫神の資料を一読し、数分だけ考えた後月詠が提示した『候補地』。
数あるそれらの始めの二カ所目を巡ったところで、垣根たちは早速姫神秋沙の姿を発見してしまったのだ。
「それで、どうして姫神ちゃんを探していたんですかー?」
下手をすれば自身より年上に見えかねない少女をちゃん付けで呼び、月詠は垣根に問いかけてくる。
「ちょっとした野暮用だ」
「んー、不純なことじゃないですよねー?」
「全然、全く」
食い下がる月詠を適当に切り捨て、垣根は姫神に近づいていく。
「……!あなたは。……。いえ。何でもない」
垣根に気づいた姫神が、微妙な反応をする。
垣根の顔には見覚えがあるが、垣根は姫神のことを覚えていない筈であるということに思い至ったのであろう。
「久しぶりだな。姫神秋沙」
勿論実際は姫神のことを覚えている――思い出している垣根は、臆することなく少女に声をかける。
「!? あなたは。アウレオルスに。記憶を消去された筈」
「だったんだけどな。色々あったんだよ。今日はテメェに用事があって来たんだ……?」
そこで、垣根はあることに気づいた。
(そういやアウレオルス。姫神のその後を見るって話だったが、俺は実際何をすればいいんだ?)
〈言っていなかったか。簡単。私が姫神秋沙の能力『吸血殺し』を封じたとすれば、『歩く教会』の機構を利用した何かしらの霊装を姫神に持たせている筈〉
(だが見た感じ何も持ち歩いちゃいねーみたいだぞ?)
〈手に持つような物ではあるまい。身体から離してしまった途端に能力が再発してしまうのだからな。おそらく服の内側に隠してあるか、服そのもの、あるいは装身具といったものであろうな。だが不都合は無い〉
(何か見抜く方法でもあるのか?)
〈当然。今から私が伝える通りのことを姫神秋沙に言えばよい〉
(了解)
体感時間では数秒の遣り取りを脳内で済ませ、垣根は改めて姫神に向き直る。
「あー、用事ってのはだな……」
〈服を脱げ〉
「服を脱げ」
「…………………………」
「…………………………」
女性二人、どん引きである。
(って、全然不純じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!! 何言わせんだコラァァァァ!!!)
〈明然。不純な意図などない。霊装であるか否かなど、直接見れば魔術を使わずともすぐに分かる。故に衣服や装身具の提供を訴えただけだが?〉
(言い方ってもんがあるだろうが! 横柄なんだよ! 言葉数少なすぎんだよ!)
〈それが私のスタンスだ〉
(知らねーよぉぉぉぉぉぉぉ!!)
垣根が脳内で緊急会議を開いている間に。
「……垣根ちゃん……それは……何というか……余りにも露骨ですよ……」
月詠は携帯電話に手が伸びるまで後少しと言った雰囲気。
「あの時の仕返し? だとしても。頷くわけにはいかない。女として」
一方姫神はベンチから立ち上がると、どこからかスタンガンとしても使える学園都市製の特殊警棒を取り出し、垣根に向かって突き出してきた。
「あー、いや。ゴメン、今のは言い間違い。脱げじゃなくて、服を貸して欲しいというか……」
「私の服を。着たいと言うこと?」
「どうしてそうなるっ!?」
〈文脈的に正しい読みとり方だと思うが〉
(その一文目から間違ってんだよ! テメェのせいでな!)
いちいちアウレオルスに付き合ってやる垣根も垣根だが、当然その議論は姫神には伝わらない。
「問答無用。女の敵は。魔法のステッキで。成敗」
言い、姫神が魔法のステッキもとい警棒を振り上げる。
〈よし、向こうが先に手を出したぞ。正当防衛と称して適当に揉み合って服を脱がせ。後は私が何とかする〉
(何ともならねぇよ! 俺の人間としての尊厳が真っ逆様に焼却炉行きだよ!)
思いながらも、垣根は左手に『未元物質』の籠手を出現させ、振り下ろされる警棒に向かって叩きつける。
「――!?」
何の抵抗もなく姫神の手から弾き出される警棒。
姫神は高圧電流が流れており、ちょっと触れるだけでも失神しかねないそれを弾かれたことに驚愕しているようだが、何のことはない、絶縁性の『未元物質』で籠手を形作っただけである。
「……。私を。どうするつもりなの」
武器を失い、後ずさる姫神。
だがその背中はすぐに、公園に設置された自販機に触れてしまった。
〈行け。今が好機だ〉
尚も阿呆なことを叫ぶ脳内の声に、垣根は。
ドンッ、と自販機を叩き、
「……黙れよ」
声に出してアウレオルスを諫める。
「………………………」
すると、何故か小さく抗議していた姫神の声がなくなった。
それに気づいて垣根が視線を下げると、
(……おい、アウレオルス。もしかしてこれじゃないのか?)
姫神の胸元に、ネックレスのようなものが架かっているのが見えた。
垣根は空いている右手をネックレスの紐部分に伸ばし、それを引き上げる。
すると、その先には十字架を模したアクセサリーのようなものが繋がっていた。
〈昭然。間違いない。これが姫神秋沙の『吸血殺し』を封じている霊装だ。確かに『歩く教会』の機構を利用している。だが私の作品ではないな。この手際は……禁書目録か? 彼女に製作を依頼したということなのか……〉
ぶつぶつと呟くように思考するアウレオルス。
(ま、何にしろ姫神との契約は果たせてたってことだろ。しかも禁書目録がこいつを作ったってことは間違いなくテメェは禁書目録と会えてる。嫌な可能性は見えないぜ?)
〈……そうだな。私なら霊装の製作も自分でこなすと考えていたが……禁書目録の方から申し出たということもあるだろう。問題はない〉
思うところがあったようだが自己完結したらしいアウレオルス。
問題がないと言うなら、ひとまずこれで垣根の役目の第一段階は終了である。
「………………………」
「………………………」
〈この、あからさまに不審な目で貴様のことを見つめている姫神秋沙と、今にも携帯電話で人を呼びそうな月詠小萌をどうにかしたらな〉
(…………テメェが言うな)
何の抵抗もなく姫神の手から弾き出される警棒。
姫神は高圧電流が流れており、ちょっと触れるだけでも失神しかねないそれを弾かれたことに驚愕しているようだが、何のことはない、絶縁性の『未元物質』で籠手を形作っただけである。
「……。私を。どうするつもりなの」
武器を失い、後ずさる姫神。
だがその背中はすぐに、公園に設置された自販機に触れてしまった。
〈行け。今が好機だ〉
尚も阿呆なことを叫ぶ脳内の声に、垣根は。
ドンッ、と自販機を叩き、
「……黙れよ」
声に出してアウレオルスを諫める。
「………………………」
すると、何故か小さく抗議していた姫神の声がなくなった。
それに気づいて垣根が視線を下げると、
(……おい、アウレオルス。もしかしてこれじゃないのか?)
姫神の胸元に、ネックレスのようなものが架かっているのが見えた。
垣根は空いている右手をネックレスの紐部分に伸ばし、それを引き上げる。
すると、その先には十字架を模したアクセサリーのようなものが繋がっていた。
〈昭然。間違いない。これが姫神秋沙の『吸血殺し』を封じている霊装だ。確かに『歩く教会』の機構を利用している。だが私の作品ではないな。この手際は……禁書目録か? 彼女に製作を依頼したということなのか……〉
ぶつぶつと呟くように思考するアウレオルス。
(ま、何にしろ姫神との契約は果たせてたってことだろ。しかも禁書目録がこいつを作ったってことは間違いなくテメェは禁書目録と会えてる。嫌な可能性は見えないぜ?)
〈……そうだな。私なら霊装の製作も自分でこなすと考えていたが……禁書目録の方から申し出たということもあるだろう。問題はない〉
思うところがあったようだが自己完結したらしいアウレオルス。
問題がないと言うなら、ひとまずこれで垣根の役目の第一段階は終了である。
「………………………」
「………………………」
〈この、あからさまに不審な目で貴様のことを見つめている姫神秋沙と、今にも携帯電話で人を呼びそうな月詠小萌をどうにかしたらな〉
(…………テメェが言うな)
垣根はまず姫神に事情を話した。
『脳に寄生するアウレオルス=イザード』という事象を説明して理解してもらえるか心配だったが、もともとアウレオルスの魔術に触れており、自らも『吸血殺し』という異能を持っているためか、
「そう」
の一言で処理されてしまった。
何にしろ、垣根の意図せんことはきちんと伝わったようで、携帯電話を握りしめてわなわなしている小萌には、姫神の方から適当に説明してもらった。
「知り合い。スキンシップ」
……それにしてもあんまりな説明ではあったが。
「もう、垣根ちゃん。紛らわしいことしないでくださいよー」
……信じる月詠も月詠であったが。
「まぁ、やっとゆっくり話が出来るようになったからいいか」
「元はと言えば。あなたのせい」
「俺って言うか、アウレオルスな。そこは譲れねぇ」
的確な姫神の指摘をかわしつつ、垣根は姫神に言う。
「分かってもらえたと思うが、俺はアウレオルスのアフターサービスのためのただ働きのバイトだ。それでも頭の中からアウレオルスの五月蠅ぇ声を消去するためには仕方がねぇんで付き合ってやってる」
「えぇ。了解」
「そんじゃ、改めて聞くが……テメェのその十字架のペンダント。そいつはアウレオルスがテメェとの契約を果たすために、テメェに提供した『吸血殺し』封じのアイテムってことでオッケーなんだな?」
最初からこうやって聞けばよかった、と阿呆なことを言ったアウレオルスを恨みつつ姫神の返答を待つが、
「……………………」
姫神はこちらを見据えたままなかなか答えようとしない。
「どうした?」
「アウレオルスが。本当にあなたの脳内に住んでいるなら。自分のしたことくらい分かっている筈。どうして。そんなことを確認するの?」
「ん、あぁ」
確かにそれは気になるところであろう、と垣根はアウレオルスからの受け売りの知識を伝える。
「どうにも俺の中にいるアウレオルスには、俺が三沢塾に殴りこみに行った日――つまりは8月3日時点でのアウレオルス=イザードの知識と経験しかないらしい。だから、野郎は目的が果たされたのかどうか、直接知ってる訳じゃねぇんだ。ま、その十字架を見た時のアウレオルスの反応から察するに、問題はなさそうだが」
「…………そう」
何かを噛み締めるようにゆっくりと頷く姫神。
「……? もしかして、何か不具合でもあったのか?」
その様子に引っかかるものを覚えた垣根が問うが――
『脳に寄生するアウレオルス=イザード』という事象を説明して理解してもらえるか心配だったが、もともとアウレオルスの魔術に触れており、自らも『吸血殺し』という異能を持っているためか、
「そう」
の一言で処理されてしまった。
何にしろ、垣根の意図せんことはきちんと伝わったようで、携帯電話を握りしめてわなわなしている小萌には、姫神の方から適当に説明してもらった。
「知り合い。スキンシップ」
……それにしてもあんまりな説明ではあったが。
「もう、垣根ちゃん。紛らわしいことしないでくださいよー」
……信じる月詠も月詠であったが。
「まぁ、やっとゆっくり話が出来るようになったからいいか」
「元はと言えば。あなたのせい」
「俺って言うか、アウレオルスな。そこは譲れねぇ」
的確な姫神の指摘をかわしつつ、垣根は姫神に言う。
「分かってもらえたと思うが、俺はアウレオルスのアフターサービスのためのただ働きのバイトだ。それでも頭の中からアウレオルスの五月蠅ぇ声を消去するためには仕方がねぇんで付き合ってやってる」
「えぇ。了解」
「そんじゃ、改めて聞くが……テメェのその十字架のペンダント。そいつはアウレオルスがテメェとの契約を果たすために、テメェに提供した『吸血殺し』封じのアイテムってことでオッケーなんだな?」
最初からこうやって聞けばよかった、と阿呆なことを言ったアウレオルスを恨みつつ姫神の返答を待つが、
「……………………」
姫神はこちらを見据えたままなかなか答えようとしない。
「どうした?」
「アウレオルスが。本当にあなたの脳内に住んでいるなら。自分のしたことくらい分かっている筈。どうして。そんなことを確認するの?」
「ん、あぁ」
確かにそれは気になるところであろう、と垣根はアウレオルスからの受け売りの知識を伝える。
「どうにも俺の中にいるアウレオルスには、俺が三沢塾に殴りこみに行った日――つまりは8月3日時点でのアウレオルス=イザードの知識と経験しかないらしい。だから、野郎は目的が果たされたのかどうか、直接知ってる訳じゃねぇんだ。ま、その十字架を見た時のアウレオルスの反応から察するに、問題はなさそうだが」
「…………そう」
何かを噛み締めるようにゆっくりと頷く姫神。
「……? もしかして、何か不具合でもあったのか?」
その様子に引っかかるものを覚えた垣根が問うが――
「……何も」
俯いたまま。
ゆっくりと、しかししっかりと。
姫神は告げる。
ゆっくりと、しかししっかりと。
姫神は告げる。
「全て。あなたの言うとおり。この十字架は。私のチカラを封じるために。アウレオルス=イザードが与えてくれたもの。私は。アウレオルスに救われた」
言い終えてから、姫神は顔を上げて再度垣根を見る。
その顔は――かつて見た無表情なそれと寸分違わないように見えた。
(……だってよ)
自身と同じことを聞いていたであろう、脳内の三沢塾校長室のティーテーブルに座するアウレオルスに確認を取る垣根。
〈あぁ。了解した。協力に感謝する〉
それに、先ほどまでの釈然としない表情から解放されたアウレオルスが頷き返す。
(まだ、もう一個残ってるだろうが。むしろそっちが本題だ)
〈的然。分かっている〉
(ま、ここでもまた新たな問題が浮上するんだがな……)
思いながら、つい口に出して溜め息をつく垣根。
「ったく、禁書目録は一体どこにいるんだ?」
すると、
「インデックス……?」
「インデックスちゃんがどうかしたんですかー?」
その呟きに二通りの返答があった。
「なっ、テメェら禁書目録を知ってるのか!?」
思わず問うた垣根に、
「ええ」
「知ってますよー」
と当たり前だと言わんばかりに返答する姫神と月詠。
〈……楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、か〉
どうやら今度はそれほど苦労せずに済みそうだ。
その顔は――かつて見た無表情なそれと寸分違わないように見えた。
(……だってよ)
自身と同じことを聞いていたであろう、脳内の三沢塾校長室のティーテーブルに座するアウレオルスに確認を取る垣根。
〈あぁ。了解した。協力に感謝する〉
それに、先ほどまでの釈然としない表情から解放されたアウレオルスが頷き返す。
(まだ、もう一個残ってるだろうが。むしろそっちが本題だ)
〈的然。分かっている〉
(ま、ここでもまた新たな問題が浮上するんだがな……)
思いながら、つい口に出して溜め息をつく垣根。
「ったく、禁書目録は一体どこにいるんだ?」
すると、
「インデックス……?」
「インデックスちゃんがどうかしたんですかー?」
その呟きに二通りの返答があった。
「なっ、テメェら禁書目録を知ってるのか!?」
思わず問うた垣根に、
「ええ」
「知ってますよー」
と当たり前だと言わんばかりに返答する姫神と月詠。
〈……楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、か〉
どうやら今度はそれほど苦労せずに済みそうだ。
「第七学区の病院……あぁ、そこなら分かる。って、禁書目録は今入院してるのか?」
姫神と月詠から禁書目録の居場所を聞き出した垣根は、その予想外の答えについそう聞き返した。
「いいえ」
「入院してるのは上条ちゃんの方ですよ」
「上条?」
横から月詠が垣根の知らない名前を出す。
脳内のアウレオルスも、どうやらその名前には覚えがないようである。
すると、無表情ながらどこか言いにくそうな様子で、姫神が口を開いた。
「……上条当麻は。インデックスの。今のパートナー」
「………………」
チラリ、と脳内で対面の席に座っているアウレオルスの顔色を窺う。
それに気づいたのか、アウレオルスは垣根の顔を真っ直ぐに見ると、相変わらずの涼しげな調子で話し出す。
〈当然。禁書目録にはその年ごとにそばに寄り添うパートナーが存在した。一年しか記憶の保たない禁書目録と、ずっと一緒にいられるだけ強い者などいなかったからな。今は、その上条という人間がその位置にいるだけだ。何も不思議はないし、不都合もない〉
(だがよ、テメェが『首輪』の破壊に成功していればもう禁書目録は記憶を失うことはない。つまりその上条って奴はこれからずっと……)
〈当然だと言ったであろう〉
垣根の言葉を断ち切るように、アウレオルスが言う。
〈それで良い。例え禁書目録が私という存在の一切を忘れたままに救われようとも、私のことを思い出すことなく日々を過ごそうとも。彼女を助けることが出来れば、それだけで良い〉
(……とんだエゴイズムだな)
吐き出すような垣根の言葉に、
〈否定はせん。私は、彼女を救うことで自身を救おうとしている。或いは、救おうとしていた、か。……だが、貴様にそんなことを言われるとはな〉
(…………何だよ)
〈言ったであろう、嘘は吐けないと。貴様は私と同類。私と同じ思考を持つ。そんな言葉を吐きつつも、真実貴様は私の思考に賛同している〉
(…………ちっ)
〈感謝する〉
(っ………………)
〈守るべきものを第一に考え、そのために自身の相手への想いさえ押し殺してしまう不幸。自身と相手との時間さえ犠牲にしてしまう不幸。私と同じ思考をつが故に、そのことを知っている貴様だからこそ――私に意見することで、慰めようとでもしてくれたのだろう〉
――貴様相手になら、吐き出しても良いのだと。
(……みなまで言うなよ、俺が凄い恥ずかしい奴みたいじゃねぇか。つーか、そう言えるってことは、テメェがトレースしたその俺の考えは丸ごと余計なお節介だったってことか)
〈覚悟していたことであるからな。それでも――嬉しくはあった。だから、感謝する〉
(…………禁書目録の居場所が分かったんだ。さっさと行って用事済ませて、テメェもどこへなりとも消えやがれ)
アウレオルスの言葉には応えず、垣根はそう締めくくると精神世界から現実世界へ戻ってくる。
目の前には、アウレオルスに代わって仏頂面の姫神秋沙が立っている。
垣根の反応を窺っているのだろう。
「……そっか、了解。アウレオルスの用事は禁書目録に会うことだ。だれがパートナーだろうが関係ねぇよ。情報サンキューな」
垣根は、姫神に一方的にそう言うと、返答を待たずに公園を出た。
姫神と月詠から禁書目録の居場所を聞き出した垣根は、その予想外の答えについそう聞き返した。
「いいえ」
「入院してるのは上条ちゃんの方ですよ」
「上条?」
横から月詠が垣根の知らない名前を出す。
脳内のアウレオルスも、どうやらその名前には覚えがないようである。
すると、無表情ながらどこか言いにくそうな様子で、姫神が口を開いた。
「……上条当麻は。インデックスの。今のパートナー」
「………………」
チラリ、と脳内で対面の席に座っているアウレオルスの顔色を窺う。
それに気づいたのか、アウレオルスは垣根の顔を真っ直ぐに見ると、相変わらずの涼しげな調子で話し出す。
〈当然。禁書目録にはその年ごとにそばに寄り添うパートナーが存在した。一年しか記憶の保たない禁書目録と、ずっと一緒にいられるだけ強い者などいなかったからな。今は、その上条という人間がその位置にいるだけだ。何も不思議はないし、不都合もない〉
(だがよ、テメェが『首輪』の破壊に成功していればもう禁書目録は記憶を失うことはない。つまりその上条って奴はこれからずっと……)
〈当然だと言ったであろう〉
垣根の言葉を断ち切るように、アウレオルスが言う。
〈それで良い。例え禁書目録が私という存在の一切を忘れたままに救われようとも、私のことを思い出すことなく日々を過ごそうとも。彼女を助けることが出来れば、それだけで良い〉
(……とんだエゴイズムだな)
吐き出すような垣根の言葉に、
〈否定はせん。私は、彼女を救うことで自身を救おうとしている。或いは、救おうとしていた、か。……だが、貴様にそんなことを言われるとはな〉
(…………何だよ)
〈言ったであろう、嘘は吐けないと。貴様は私と同類。私と同じ思考を持つ。そんな言葉を吐きつつも、真実貴様は私の思考に賛同している〉
(…………ちっ)
〈感謝する〉
(っ………………)
〈守るべきものを第一に考え、そのために自身の相手への想いさえ押し殺してしまう不幸。自身と相手との時間さえ犠牲にしてしまう不幸。私と同じ思考をつが故に、そのことを知っている貴様だからこそ――私に意見することで、慰めようとでもしてくれたのだろう〉
――貴様相手になら、吐き出しても良いのだと。
(……みなまで言うなよ、俺が凄い恥ずかしい奴みたいじゃねぇか。つーか、そう言えるってことは、テメェがトレースしたその俺の考えは丸ごと余計なお節介だったってことか)
〈覚悟していたことであるからな。それでも――嬉しくはあった。だから、感謝する〉
(…………禁書目録の居場所が分かったんだ。さっさと行って用事済ませて、テメェもどこへなりとも消えやがれ)
アウレオルスの言葉には応えず、垣根はそう締めくくると精神世界から現実世界へ戻ってくる。
目の前には、アウレオルスに代わって仏頂面の姫神秋沙が立っている。
垣根の反応を窺っているのだろう。
「……そっか、了解。アウレオルスの用事は禁書目録に会うことだ。だれがパートナーだろうが関係ねぇよ。情報サンキューな」
垣根は、姫神に一方的にそう言うと、返答を待たずに公園を出た。
――向かう先は、決まっている。
「………………」
公園を後にする垣根帝督。
その後ろ姿を、姫神秋沙は無言で見送っていた。
「どうして嘘吐いたんですか?」
隣から(と言うには大分高さが足りないが)、月詠が声をかけてくる。
「……バレてた?」
「先生は先生ですからねー。嘘吐いたって簡単に分かっちゃうんですよー」
相変わらずの無乳を強調するように胸を反らす月詠に、姫神は静かに語り出す。
「……あの人は。あの子を救いたかったんじゃなくて。本当は。あの子に救われたかった」
「………………」
抽象的な姫神の語りを、月詠は一切口を挟まずに、しかし真摯に聞く。
成る程確かに、その様は教師に相応しい。
「それでも。あの人はあの子を救うための努力をした。自分が救われるために努力をした。……対して私は。あの人に頼りきりで。あの子だけでなく私も救ってくれると言ったあの人に頼りきりで。私はあの人には何もしてあげられなかった。交換条件はあったけれど。それは私の努力によるものではないし。何よりその条件すら私は満たすことが出来なかった」
一度区切って、姫神は噛み締めるように言う。
「だからせめて。例えあの人の残滓に過ぎないとしても。その心を救ってあげたかった。私を救おうとしてくれたあの人の心を。――嘘を吐いてでも」
姫神が、無表情のまま涙を一筋流した。
公園を後にする垣根帝督。
その後ろ姿を、姫神秋沙は無言で見送っていた。
「どうして嘘吐いたんですか?」
隣から(と言うには大分高さが足りないが)、月詠が声をかけてくる。
「……バレてた?」
「先生は先生ですからねー。嘘吐いたって簡単に分かっちゃうんですよー」
相変わらずの無乳を強調するように胸を反らす月詠に、姫神は静かに語り出す。
「……あの人は。あの子を救いたかったんじゃなくて。本当は。あの子に救われたかった」
「………………」
抽象的な姫神の語りを、月詠は一切口を挟まずに、しかし真摯に聞く。
成る程確かに、その様は教師に相応しい。
「それでも。あの人はあの子を救うための努力をした。自分が救われるために努力をした。……対して私は。あの人に頼りきりで。あの子だけでなく私も救ってくれると言ったあの人に頼りきりで。私はあの人には何もしてあげられなかった。交換条件はあったけれど。それは私の努力によるものではないし。何よりその条件すら私は満たすことが出来なかった」
一度区切って、姫神は噛み締めるように言う。
「だからせめて。例えあの人の残滓に過ぎないとしても。その心を救ってあげたかった。私を救おうとしてくれたあの人の心を。――嘘を吐いてでも」
姫神が、無表情のまま涙を一筋流した。
アウレオルスは、偽りの物語の中で消えていく。
その筋書きが例えハッピーエンドだとしても。
アウレオルスが思い残すことなく消えることが出来るとしても。
おそらくアウレオルスはバッドエンドであれ真実を知りたかった筈であり。
それを偽ったのは――紛れもなく姫神自身なのだ。
その筋書きが例えハッピーエンドだとしても。
アウレオルスが思い残すことなく消えることが出来るとしても。
おそらくアウレオルスはバッドエンドであれ真実を知りたかった筈であり。
それを偽ったのは――紛れもなく姫神自身なのだ。
「…………姫神ちゃんは、優しい子ですね」
月詠が、姫神を抱きしめる。
ともすれば身長差から姫神の方が月詠に抱きついているようにも見えるが、月詠は構わず、静かに涙を流す姫神の背中を優しく叩く。
「今日は先生の家で一緒にご飯を食べましょう。行くところがないなら、行きたい所が見つかるまで、先生の家にいていいですから」
慈しむような月詠の言葉。
その母親のような優しさに触れて、
「…………ありがとう」
姫神は、少しだけ表情を綻ばせたのだった。
月詠が、姫神を抱きしめる。
ともすれば身長差から姫神の方が月詠に抱きついているようにも見えるが、月詠は構わず、静かに涙を流す姫神の背中を優しく叩く。
「今日は先生の家で一緒にご飯を食べましょう。行くところがないなら、行きたい所が見つかるまで、先生の家にいていいですから」
慈しむような月詠の言葉。
その母親のような優しさに触れて、
「…………ありがとう」
姫神は、少しだけ表情を綻ばせたのだった。
垣根帝督の十番勝負
第五戦 『姫神秋沙』
対戦結果――完勝(決まり手・ドンッ!「……黙れよ」)
次戦
対戦相手――『禁書目録』