とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-407

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匿名ユーザー

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 まるで静まり返ったホールでの澄んだ一声のように、その少女の声は不自然に、その世界に響いた。
 だがしかし、巨人や男たち、蟲もその声に振り向きもしない。
 当たり前だろう、
 そんな機能は存在しないのだから。
「ダメね、こんなの。想像も絶する……確かに、こんなものは想像できなかった。けどね、本当に恐ろしいのは」
 学園都市第五位の能力を持つ少女は、ニヤリ……と口元を歪める。
 そして、

「日常的に身近に存在するもので、そして決して考えたくは無い、想像もできない事態。それを一番、人間は恐れているのよ?」

 瞬間、
 消え去った。何もかもが。
 地獄よりも酷いのではないか、と思えていたその光景は、ただの無に帰した。
「……では、あなたはどのようにしてそれを見せてくれるのでしょう?」
 その現象を当たり前のように受け入れている少女は、こちらは表情を変化させずに、無感情に言った。
 それに鏡子は、
「どうやっても何も。もう見せてるじゃない?」
「は?」
 思わず聞き返す精神操作(メンタルコントロール)。
 それを見た鏡子は、まるで嘲笑うかのように精神操作の足元を指差し、
「ほら。たとえばあなたの足元とか」
 その言葉に、精神操作は素直に足元に目を向けた。
 だがしかし、そこにあったのは、
「……あなたは、何が言いたいんですか?」
 精神操作は、その『無』から目を逸らしてそう言った。
 そう、精神操作の足元に存在しているのは、『無』。
 何もないそれが、その場に存在していた。
「ふぅん。あんたにはそれしか見れないんだ? そりゃ好都合ね」
 対し鏡子の方は、うまく罠に引っかかったウサギを見つめる猟師のような笑顔を浮かべ、

「それじゃ。堕としてやんなさい、『自分』を」

 ガッ、と精神操作の細い足首を掴む『何か』があった。
 思わず精神操作は、それを足を振り上げることで払おうとする。
 しかし、見てしまった。
 『それ』を。
「早く……早く……」
 そう呟いている、その少女は。

 どこからどう見ても、精神操作の顔、そのものだった。

 いや、顔に限ったわけではない。
 髪、体格、脂肪のつき具合、筋肉のつき具合、その仕草。
 それら全てが、まるで自分を鏡に映したかのようなものだった。
 だがしかし、決定的に違うものが一つだけ存在する。
 表情だ。
 彼女の表情は、まるで生まれて一度も光を浴びた時のない子供のようなものだった。
 彼女の表情は、まるで生まれてすぐに何らかの原因で死んでしまった子供のようだった。
 彼女の表情は、まるで―――

 精神操作を殺すためだけに生まれてきた、『自分』を憎んでいるような、禍々しい表情だった。



「なっ……」
 それにはさすがの精神操作(メンタルコントロール)も、その表情を歪めた。
 そして、何らかのアクションを起こそうとする
 その一瞬前。

「だから、堕ちろっつってんでしょうが」

 後ろから声が聞こえた。
 そして振り返ろうとする暇すら与えず、
 ドン。
 軽く突き飛ばされる。
 それだけで精神操作の身体は前のめりになり、
 『無』へと堕ちた。


「……さぁって」
 驚いたような表情をしたまま堕ちていく精神操作を確認した鏡子は、
「いつになったら、私の前に現れてくれるかしら……?」


 もはやそこは『無』などではなかった。
 先程自分が生み出していた『世界』より、もっと酷い。
 いや、そもそもが違うのか。
 それは、なんと比喩していいのかすら考えさせない、完璧なる『地獄』だった。
 そうとしか表現できない。
 そうとしか表現させない。
「やっと……堕ちて来た」
 自分と本当にまったく同じ少女が、しりもちをついている精神操作を見て嬉しそうにいう。
 が、しかしそれだけではない。
「貴方も、私たちと同じところに」
「チャンスができた」
「こんな世界から、逃げ出すための」
 ……ぁ、ぁ……、という精神操作のか細い声は、一体その少女たちに届いているのだろうか?

「造り物のくせして」
「造り物のくせして、自分だけがでしゃばって」
「造り物のくせして、貴方だけは違う世界にいて」
「造り物のくせして、私たちのことなんか一瞬も見向きもしないで」
「造り物のくせして、自分だけは有意義に世界で生きていて」

 聞きたくなかった。
 だがしかし、必死で耳を塞いでもその言葉は脳に直接叩き込まれるかのように聞こえてくる。

「造り物のくせして」
『造り物のくせして』
[造り物の
「造り
『造り物』
『造り物』 「造り物」
「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 「造り物」 

 もはやその声がなんなのか、精神操作には考えられなかった。
「……ァ、あ……」
 ただ、その言葉が脳内を駆け巡る。
 造り物。
 造り物。造り物。造り物。
 造られたくせして。造られた命なのに。

 造られた命になんて、価値はないのに。



※ グロテスクな表現が、多少あります。ご注意ください。

 それくらい、分かっていた。
 『造られ』、そして垣根聖督に様々な感情などを『埋め込まれ』た時には、全てを理解していた。
 だがしかし、今までそれは考えないで生きてきたのだ。
 それを考えれば、どうなってしまうかくらい容易く想像できたから。
 だから、今まではそれを考えずに生きてきた。といっても僅か2,3日程度だが。
 それが、壊された。

 自分とまったく同じ顔、体格をした少女によって。

 人に言われるときとは違う、複雑な感情が湧き上がる。
 何せ、自分とまったく同じ顔をしたものに「あなたの価値はない」と宣告されているのだ。普通の表現では収まりきれない感情が生まれるだろう。
 そしてそれは、精神操作(メンタルコントロール)には押さえ切れなかった。
「…………ぁ」
 その感情と共に、一つの意味のない言葉が、その口から漏れる。
 依然として少女たちは精神操作と群がっているが、もはや彼女はそれを気にしていないようだった。
 ……いや、違う。
「……あ、あ、ぁぁぁ………」
 彼女の顔は、見る見るうちに恐怖から快楽へと変わる。
 それを訝しげに見つめる、まったく同じ少女たち。
 精神操作は彼女たちを、ちゃんと気にしている。
「……ああぁ。ぁ、っぁ、ッ………」
 そして精神操作の目が見開かれ、

「あ、あ、あ……ッァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアッハッハァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 叫んだ。
 次の瞬間、
 グシャッ、と精神操作の近くから音が鳴った。
 精神操作に釘付けにされている視線を、少女たちはそちらに向ける。
 すると、音の原因が分かった。

 潰れたのだ。
 精神操作とまったく同じ顔をした少女の、頭が。

 とっさに、自分の身を庇おうとする少女。
 だがそれよりも早いのは、精神操作だ。
 ニタリ、と無表情だったその顔を禍々しく歪め、手を振るう。
 次の瞬間、
 ドバッ、といって少女の胴が破裂した。
 ブチャッ、といって少女の腕が切り落とされた。
 ギチャァ…、といって少女の足が捥げた。
「ハ、ハハ、ハハハハハッ!!」
 それを見て、その顔を狂喜に満たして笑う精神操作。
 そして彼女と同じ顔をした一人の少女が、精神操作としての能力を使おうとした。
 だが、それは出来ない。
 自分の指が、弾け飛んだからだ。
 それにより自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を揺らされ、能力を使用できる状態ではなくしてしまう。
 そんな無防備な少女を、精神操作は躊躇いなく壊していく。

 頭が潰れ、首が千切れ飛び、胸が破れ、胴は破裂し、腕は切り落とされ、腰は砕け散り、足は捥ぎ落とされる。

「く、は、は、ハハッ! ァァハハはハハハハハッ!!!」

 そんな『地獄』を創り上げているのは、たった一人の、壊れた少女。



※ グロテスクな表現が、多少あります。ご注意ください。

「あらー。やっぱし壊れちゃった?」
 そんな精神操作(メンタルコントロール)を、無感情な瞳で見つめる少女。
「まっ、あそこでダメにならなかっただけまだいいほうか……」
 彼女にとっては、殺し合いをしている相手なのだからさっさと戦闘不能になってくれたほいがいいはずなのだが、なぜかそんなことを言う鏡子。
 そして、

『にゃー。悪いな、こっちの事情で面倒なことさせちまって。もう少しだから、頼むぜぃ』

 鏡子の脳に、直接声が落ちた。
 それに鏡子は、
「……ッたく。半分脅迫紛いなことしといて、どの口がそんなこと言うんだか」
 まぁまぁw と男の声が鏡子を宥めるが、別に鏡子はあまり気にしていないようだ。
「つっても、こっちにも利益はあるからいいけどね。死ぬのも癪だし」
『俺はお前を殺しはしないけどにゃー。まだまだ使える駒だ』
 その男の声に、鏡子は思わず黙り込む。
 まだまだ使える駒。
 つまり鏡子が使えなくなったら、彼女はどうなる?
 いや、そもそも学園都市第5位の心理掌握(メンタルアウト)が『使えない』状況などあるのだろうか?
 そしてもし、それがあるとしたら、
 彼は、その戦場に突っ込む気なのか?
「……勝手にしなさい」
 唐突な鏡子の言葉に男は「は?」と疑問を漏らしたが、応える気はないのか鏡子はさっさと精神操作に意識を集中し始めた。
 それをどうやってか感知したのか、男の声はそれで途切れた。
 そして、

「……魔術と科学を使う、ねぇ……」

 ポツリと、不思議そうな顔で呟いた。


 最後の一人。
「……ぅ、ぁ……」
 いつもは無表情なその顔を思いっきり歪め、彼女はしりもちをついた状態で『ソレ』から距離をとろうとしている。
 だがしかし、距離など関係無いのだ。
「く、アハハ、ハァッ!」
 『ソレ』が狂喜に満ちた顔でそう呟くと、次の瞬間。
 ブチャッ、という音が少女の身体から鳴った。
 それに少女は、痛覚がおかしくなったのかもはや何も痛みも感じない状況で、首を音が鳴ったほうに向ける。
 そしてその冷静な瞳に映ったモノは、

 膝の関節から下が綺麗に切れている、自分のふくらはぎだった。

「……?」
 はじめのうち、少女はそれを見ても何も感じていなかった。
 脳の許容量をオーバーしているのだ。
 といっても、人間の脳はそれをいつまでも放置しているほど、簡単な造りにはなっていない。
 だんだん彼女の脳が、その事態を受け止めつつある。
 そしてそれに伴い、彼女の表情も変わりつつある。
 彼女の脳が、その事態を受け止めた。
 その次の瞬間、

「………ぁッ、あぁぁッ……、ぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!??」

 か弱い少女の絶叫が、その世界に木霊した。



※ グロテスクな表現が、多少あります。ご注意ください。

 そして、その叫びが精神操作(メンタルコントロール)に届いた瞬間、

 もうその少女の首は、その胴体には繋がっていなかった。

 あまりにもあっさり音もなくその少女の首は、地面なのかも分からない『世界』に転がっていた。
 その顔は、恐怖に彩られ今にも泣き出しそうなまま、固まっていた。
 それを見つめていた精神操作は、
「……ふふ、ハハハハ…………はは……」
 視線を、動かした。
 まるで、その少女の首(現実)から目を背けるかのごとく。
 だがしかし、
 見渡す限りの、死体。
 首が千切れとび、眼球がなくなっていたり神経が繋がったまま目から飛び出していたり、脳の半分が糸を引いたまま開かれていたり、腹を切り裂かれて臓器がグチャグチャになっていたり、どうやったのか足首の先が千切れとび、代わりに手首がくっついていたり……
 それ(死体)しかその世界には、存在していなかった。
 そしてその死体の全ては、自分とまったく同じ容姿をした少女で。
 そしてその中央に立っているのは、紛れもない―――
「……ぁ」
 ―――自分とまったく同じ少女を殺した、化け物(自分)で。
 瞬間、
 染まった。

 『世界』が、憎悪で。

 どんどん、その脳が澄み渡っていく。
 まるで、悟りを開いた釈迦のように。
(……確かに、この少女たちを殺したのは、間違いなく私)
 その澄み渡り、最高潮に達した脳は考える。
(だけど)
 その脳が捉えたその『世界』は、無残にもその真実を映し出していた。
(それを促したのは、誰だ?)
 世界が告げていた。
 壊せ。殺せ。穿て。消せ。崩せ。潰せ。弾け。千切れ。飛ばせ。
 全てを、思うが侭に。
(あの少女たちを、生み出したのは―――誰だ?)
 そう告げている世界から精神操作は視線を外し、上を仰ぐ。
 その目に映ったのは、

(―――全ては、アイツが悪い―――)
 にたぁ、と禍々しい笑みを浮かべながらその精神操作を見つめている、心理掌握(メンタルアウト)。

「……コロス」
 まるで人が変わったように邪に包まれた心情を吐き出した彼女は、
 世界に従った。
 次の瞬間、
 ズルリ、と。
 鏡子の首が、自然な動きで落ちた。
 何の抵抗もなく、まるで重力に従った結果がそれだ、と言わんべきほどの自然な動きで。
 だがしかし、

「あ~あ。さっきあんなに『人を殺しちゃった』のに、まぁた殺した」

 ニヤニヤと笑を浮かべながら、その生首は喋った。
 そして、
 ドバン!
 と音を鳴らし、その生首は破裂した。
 いや、首だけではない。

 鏡子の存在、その全てが壊れた。

 血、脂肪、筋肉、骨、臓器、水分、組織液……
 人間の身体を構成する全てを世界に撒き散らしながら、鏡子の体は壊れていく。
 それでも、

「こぉ、ろすッ!!!」

 精神操作は止まらない。



※ グロテスクな表現が、多少あります。ご注意ください。

(あらららら。マジギレしちゃってるっぽい?)
 それを促した本人が、そ知らぬ顔でそんなことを考えている。
(全く、こっちから自爆してあげてダメージ与えたと思ったのに……まだやるしかないようね)
 ハァ、とため息をつく。といっても、今の彼女には「身体」という概念がないのでただため息をついているような感じがするだけだが。
 彼女は、内側から破裂し、内蔵や血液、死亡や筋肉の繊維など、さまざまなものを周囲に撒き散らしている「自分の身体」を見つめる。
 そして、

 グジュリ、
 と、精神操作(メンタルコントロール)は、その肉の塊に手を突っ込んだ。

 そのまま彼女は、考えられないほど憎悪に満ちた表情で腕を大きく振り回す。
 それにより、鏡子のただでさえ胴体と言えないような肉の塊は、さらに内臓などが飛び出て見るに耐えない物へと変貌した。
(うへぇ。よくもまぁそこまでできること)
 そんなことを考えている鏡子も、先ほどは精神操作の心にありえないほどのダメージを負わせている。どっちもどっちだろう。
 精神操作は、その肉塊から自分の腕を引き抜いた。
 グジャグジャになっている肉から引き抜かれた腕には、紫色の内臓、赤色の血液、黄色の脂肪、白の骨……様々な色の見るに耐えないものが、精神操作の腕を彩っていた。
 精神操作はそれを忌々しそうに腕を振るって払い、それでも取れなかった脂肪や血液は、なんと自分の手で取り払った。
 まともな精神状況ではないだろう。普通の人間なら、まずもってそんなことはできない。
 だがしかし、精神操作はそれを躊躇うことなくやってのける。
 自分をこんな風にした心理掌握(メンタルアウト)に、自分と同じ思いをさせるために。
「……、ぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
 精神操作はそう叫ぶ。
 一見ただの狂人の叫びのようにも見えるが、違う。

 『世界』が、歪んだ。
 彼女の叫びによって。

 ベコバキベゴン!
 と凄まじい音を立てて、『空間そのものが喰われている』。
 まるでペットボトル内の空気を抜いたときの気圧差によって起こる、ペットボトルがへこむときのように空間が喰われている。
 その部分の空間が歪んだことにより、その他の空間がその場所を占領しようと膨張する。
 そして、
 バゴォォンッ!
 その勢いにより、凄まじい爆風が生じた。
 その爆風は、軽々と精神操作の身体を吹き飛ばす。
 さらにその熱により、精神操作の喉は焼かれて使い物にならなくなった。
 だがしかし、
「ぎぃぁぁゃぅぁぁぁぁッ!!!!」
 そんな叫びを上げている精神操作の顔は、狂喜で満ちている。
 『世界』が見えている精神操作のことだ。おそらく鏡子が潜んでいる近くの空間を歪めたのだろう。
 数10m離れたところにいた精神操作でも、この結果だ。
 近くに存在していた鏡子など、跡形もなく吹き飛んで―――

「あっっっついじゃないの。死ぬかと思ったわよ」

 ―――いなかった。



 冷酷で端麗な顔をもち、冷めた表情をしている鏡子。
 その身体はいたって普通で、服の綻び一つさえ見つからない。
 普通ならそんなものを目撃すれば唖然とするのだろうが、精神操作(メンタルコントロール)は違う。
 その身は怒りによって冷静さを失い、憎悪だけで動いている。理性など働かない。
「ガァァァァァァッ!!」
 焼けた喉から獣のような叫びを上げ、再び手を振るう精神操作。
 それに伴い、またもや空間が喰われた。
 が、
「いちいちそんなに壊さないでって」
 鏡子が呆れたように言い、同じく手を振るう。
 それにより、
 空間の縮小、膨張は防がれた。
「!?」
 声にならない驚きをあげる精神操作。
 今精神操作の影響を受けた空間は、見事に『喰われて歪んだまま』の状態を保っていた。
 歪んでいるのにもかかわらず縮小しようともせず、それゆえに他の空間もそれを食い潰そうとはしない。
(なに、を―――ッ!?)
 精神操作は疑問を持ったが、それをいちいち確かめている暇はなかった。
 また、心理掌握(メンタルアウト)がその華奢な手を振るった。
 次の瞬間、

 ドバァッ!
 といって、空間そのものが裂けた。

 ポカン、と口を開けている精神操作。
 そんな彼女に、無慈悲に『空間そのもの』は襲い掛かる。
 鏡子によって切り裂かれた空間は陥落し、それらが自由落下によって精神操作の細い身体を潰そうとしているのだ。
「ッ!!?」
 精神操作はやっと我を取り戻し、何とかそれに対応しようとする。
 一つ、二つ目の空間の規模は小さかったので何とか回避することができた。
 だがしかし、三つ目の空間はまるで嫌味かのように彼女が移動した先の場所に降ってきている。
 忌々しそうに精神捜査はその空間を睨みつけ、手を―――
 ―――振るった。
 ニヤリと笑いながら、精神操作より先に鏡子が。
 刹那、

 ズパァンッ!!
 と凄まじい音を立てて、空間そのものが破裂した。

 まるでそれは、空間の内側に潜んでいた鎌鼬が暴れまわった結果のよう。
 一瞬にして空間はズタズタに切り裂かれ、その内側からいくつもの風の刃が飛び出した。
 それはもはや風と呼べるような代物ではなく、空気抵抗により炎を帯びていた。
 手を振るい切ったままの姿勢で固まっている精神操作。
 そして、

 一瞬にして、その風と炎の刃は彼女の腹に届き、容易くそれを切り裂いた。



 ドサッ、と上半身と下半身に分かれた精神操作(メンタルコントロール)の身体が、『世界』に横たわった。
 それでも彼女の顔は、まだ憎しみに彩られたまま。
「……ッたく。『世界』は見えてるのに、結局は何も分かってないのね……」
 そんな精神操作を見つめながら、鏡子は面白くなさそうに呟いた。
 とその時、

『はいは~い。お疲れ様にゃ~、学園都市第5位、心理掌握(メンタルアウト)様様』

 またもや先ほどの男の声が、鏡子の頭の中に潜り込んできた。
 それに不快な感情を隠すことなく表した鏡子は、
「で? もう私はやることないんでしょ」
『いや、一応やって欲しいことはあるぜぃ。出来ればそいつの頭を「覗きやすいように」して欲しい」
 変態ね、と鏡子は即答しておきながらも、実際にそのように能力を使う。

 まるでそこに横たわっている精神操作を気に留めず、『外の世界』に向けて。


(しっかし……恐ろしいもんだな)
 それを手駒にした俺が言えた義理じゃねぇが、と土御門元春は苦笑しながら付け加えた。
(学園都市の第5位に立つ、精神系能力者の最高位……心理掌握。学園都市に牙を向いた垣根聖督が造り出した、新たに現れた超能力《レベル5》の精神系能力者、精神操作。全く、こんな奴らの戦いには、いくら俺でも殴り込みには行きたくないぜよ)
 ッてか物理的な攻撃無理だし、とやはり苦笑。
 その土御門が眺めているのは、

 禍々しく笑ったまま微動だにしない長谷田鏡子と、
 『全くの無表情』な、胴体も切れてなどいない精神操作だった。

(アイツらがやったのは、確かこうだったはず……)
 土御門は頭の中で、鏡子に伝えられた事実を思い出していく。
 確か―――


「まずはどうにかして自分の能力を使って、相手の脳内に潜り込むのよ。これが第一段階」
 第一段階って……と、土御門が呆れたように呟く。
「それが終わったら、次はその脳の電波信号を操って、意識を外に向けさせないようにする。流石にこれは一気にできるはずもないから、少しずつやっていかなきゃ無理だけどね」
 やはり土御門は、「そんなもん、時間かけてでも出来る奴は馬鹿げてる」とか言っているが鏡子は全く気にしない。
「それが終わったら、次は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)に、その意識を集中させる。もう外界には意識いってないから、これは案外早くに終わるもんよ」
 もはやコメントする気もなくした土御門。流石の陰陽道を究めた魔術師言えど、超能力者の前ではその手の話には屈服するしかないだろう。
「自分だけの現実に意識を行かせたら、自分の意識もそいつの自分だけの現実に潜り込ませる。あとはもう簡単。実際の世界とは物理法則とか何とか全然関係ない世界だから、ほとんどなんでもやりたい放題できるってわけ。でもまぁ、多少能力は関係するけどね」
 あぁ、確かにな、と土御門はそれには頷いた。
 自分だけの現実とは、能力者が能力を使用するのには絶対欠かせないものだ。その現実によって、発端する能力が人それぞれになるほどのものなのだから。
 そしてその現実では、いつも以上に能力がはっきりと現れる。何せここでイメージした能力が、神経などという「抵抗」を通って、現実という「発電機」にたどり着くのだから、もともとの「電源」の方が力は強いのは言うまでもない。
 そんな『世界』で繰り広げられていたのは、つまりは能力を酷使した生死には関わらない大決闘なのだ。
 たとえ脳をぐちゃぐちゃに踏み潰されても、身体が灰に還しても、それは自分だけの現実の世界の話。実際の世界の身体の方にはあまり影響はない。少なくとも傷がついたりすることはないのだ。
 が、一概にも全く影響がないとは言えない。
 なぜならば、自分だけの現実が崩れれば、その能力者は『崩壊』するのだから。
 当たり前の話だ。自分だけの現実で自身が戦い、ボロボロに負ければそれは崩れる。しかも今回のような、心に深い傷を負わせるような戦いでは特に。
 結果として考えられないほどの傷を負った精神操作は、自分だけの現実という「電源」から神経という「抵抗」を通り、脳や身体といった「発電機」に、凄まじい精神的ダメージを負わせてしまったのだ。それはもう、当分まともに動けないほどの。


 そして土御門は、そんな目も向けられないような状態の彼女の脳を、覗こうとしているのだ。
 勝利の為に。大切なものを失わないために。
 仲間の背中さえも刺すような人間が、敵に哀れみでも向けるというのか。
 そんな笑みを浮かべながら、土御門はピクリとも動かない精神操作に近づいていき―――
 そして、



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