とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

前日とて彼の日常

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 さてさて、冬も終わりに近づく三月。その十三日である。
 明日はホワイトデー。バレンタインデーにチョコを貰った男共が女性にお返しをする日。
 そんな日に上条当麻は、彼が通う学校の校舎の窓から頭を出して、溜め息を一つ漏らした。
「はぁ……『ホワイトデーのお返しは上条さんでっす☆』とか駄目かなぶべぼっ!!」
 両脇から同時に何の容赦も加減も躊躇いもない飛び膝蹴りを喰らい、上条は仰向けに倒れる。頭蓋骨からめぎょっとかいう感じのヤバめな音が聞こえた。
 そのまま激痛にのたうち回る彼に蹴りで追撃を加えながら、三馬鹿の一人である土御門元春は額を押さえるような仕草をする。
「カミやーん。ちょーっとばかしそれは調子に乗りすぎじゃないかにゃー?」
 サングラスで彼の表情は窺い知れないが、それでも分かるくらい彼は怒っていた。こめかみに青筋が浮かんでいるのがハッキリと見える。
「ホンマやでぇ、カミやん。ボク今ちょっぴり殺意が芽生えましたよ?」
 同じようにガスガスと追い討ちを敢行しているのは青髪ピアス、別名『形を成した変態』。エセ関西弁で喋る米所出身の胡散臭さ100%な、これまた三馬鹿の一人。
 そして三馬鹿の最後の一人である上条は、二人の蹴り地獄から辛くも脱出して両の側頭部を押さえながら叫ぶ。
「なんなんだ一体! ちょっとしたジョークでしょうが!!」
「実際にそれをやられたら大喜びしそうな奴がいることが気に食わないぜよ。五和とか」
「え、土御門クンそれ詳しく! カミやんテメエ羨まじゃないふざけるのも大概にせえよ!!」
「テメエは五和をなんだと思ってるんだよ! あと青ピは黙れ!!」
 ギャースギャースとまたいつもの如く下らなさがとどまる事を知らない喧嘩へと発展し、午後のまったりとした空気の流れていた校舎内はあっという間にアホ共のバトルフィールドへと変わる。
 いいぜてめえらが我が家の家計に余裕があると思っているならまずはその幻想をぶち殺すと右手を構える上条に、舞夏以外なら俺は平気で裏切るんだぜいと肩を回す土御門。そして絶対に負けられない戦いがここにあるとリア充の殲滅を誓った青髪ピアス。
 三者三様の思いを賭けた戦いの火蓋が、今切って落とされた。



「貴様ら! 廊下で暴れるな!!」
 瞬間教室の入り口から飛び出した影に強烈な飛び蹴りを喰らい、青髪ピアスは壁に叩きつけられた。闖入者はそのまま流れるようにお手本のような裏拳を決め、土御門も抵抗する間もなく崩れ落ちる。
 そして瞬時に土下座モードに移行しようとした上条は、しかし股間を膝で蹴り上げられ他二人と同じく一撃で廊下に沈んだ。
「勝者。吹寄制理」
 姫神秋沙の無情な声は、刹那に燃え尽きた三人の戦士たちには聞こえない。


「で? 何の話をしてたのよ?」
「……なんやっけ?」
「結局。忘れてしまう程度の話だったってこと」
「カミやんがホワイトデーのお返しのことで悩んでたのがムカついたんだにゃー」
「前言撤回。それは。とても重要」
 割とサクッと何事も無かったかのように復活した三馬鹿+二は、教室で机を囲んで先程の話題の続きを話し始めた。
「上条さんの上条さんは大丈夫だろうか……」
 但し、約一名は微妙に後遺症を恐れて自らのズボンの中を覗き込んでいたが。
「……ふんっ!」
「あげっ!?」
 吹寄のヘッドバットが頭頂にヒットし、上条は椅子から転げ落ちる。
「女子の前で何をやってるのよ貴様は!」
「吹寄が蹴ったんじゃん! じゃあお前上条さんの上条さんが死んだら責任取れよ!!」
 とか何とかよせばいいのにまた不用意な発言をする上条。予定調和のように他四名から私刑に合う。
 ボコられた上条は、不幸だーと決まり文句を呻くように発する。
 確かに彼は不幸だが、この台詞を吐くときはだいたい自業自得である。彼の辞書には多分、『デリカシー』という単語が載っていない。



「それで。上条君は。お返しは何をくれる予定なの?」
 ちゃっかり私刑にも参加していた姫神が、無残な姿で横たわる上条に問いかける。因みに彼女は義理チョコをクラスの男子『ほぼ』全員に配っていた。
 打たれ強さに定評のある上条はボロボロふらふらながらも立ち上がり、適当な椅子に腰掛けた。
「まあ、手作りクッキーが無難かなーって思ってるんだけど。一人一人に別のものを買う余裕もないし」
「……手作りクッキー」
「因みにボクは一人ひとり別々の」
「青髪君は。どうでもいい」
 姫神の辛辣な一言を受けて青髪ピアスが石化するのを横目に、上条は吹寄に話を振る。
「姫神は大丈夫だと思うけど、吹寄は甘いもの苦手だったりしないよな?」
「私は別に普通に甘いものも好きだけれど。けど貴様の手作りねぇ……」
「む、上条さんはお菓子作りも中々上手ですことよ? なあ土御門」
 本日二度目の死を迎えた青髪ピアスをつま先で小突いていた土御門は、上条の方へ目線を移してから一秒ほど考えて、
「……六十七点ってとこかにゃー」
「微妙!? いやそこそこか!?」
「なんだ、結局中途半端な出来なんじゃない」
 はん、と上条を見下したようにあざ笑う吹寄。
「……いいぜ、吹寄。お前が上条さんの手作りクッキーを微妙だっていうのなら、明日その舐めた幻想をぶっ壊してやる!!」
「いいわ、望むところよ!」
 ボス戦直前のようなテンションで宣戦布告をする上条と、それに真正面から応える吹き寄。
 ここで謎のファイティングスピリッツを発揮出来る辺り、なんだかんだで彼女も彼等と波長が合っているのだろう。





「とはいっても、そう大したもん作れるわけでもないしなぁ……」
 学校で大騒ぎした帰り道、上条は一人呟く。
 彼は他の大多数と同じく幼いころから親元を離れて学園都市で暮らしているため、家事などは一通り出来る。
 自炊もしているので料理もそこそこ上手いのだが、別に極めようともしていないのでいつまでたってもそこそこである。
 それでも同居人は美味しい美味しいと食べてくれるが、彼女は基本的に「美味しい」と「すごく美味しい」でしか食べ物を評価しない人間なのでこれまた微妙なところだ。
 現にイギリス清教のシスターの料理を食べたときには彼の料理の500倍美味いと評価していた。確かにそれくらい美味かったが。
「なんか御坂とか高そうなヤツくれたしなぁ。お返しは普通のでいいんだろうか」
「呼んだ?」
「どわあっ!」
 顎に手を当てて考え込んでいた上条は、不意に背後から投げかけられた声に素っ頓狂な声を上げる。
 振り返ると、呆れたような顔をした御坂美琴が立っていた。何でそんなにビビる必要があんのよと、額の辺りがビリビリしている。
 上条は眉毛を横一直線にして、猫背で恐る恐るといった感じに訊ねる。
「……もし、御坂サン? つかぬ事を窺いますが」
「何よ。いっとくけど、明日は三倍返しよ」
「……その、二月十四日に頂いた義理チョコって、お値段何桁です?」
「べっ、別に、大したもんじゃないわよ。……本命じゃあ、あるまいし」
 回答は尻すぼみに消える。なにやら照れているような美琴を尻目に、上条はますます背中を丸めて同じ質問を重ねる。
「で、何桁?」
「なんでそんなに値段が気になるのよ。普通に五桁だけど、それが?」
 『普通』の感覚がお嬢様補正されている美琴の回答。対して庶民街道まっしぐらなパンピー上条は、最早お辞儀をするかのような姿勢になっている。
「五桁で、普通……。ゼロがよっつ、普通に、諭吉。それを三倍返し。最低でも一人三諭吉……」
 ふふ、ふふふ、と不穏な声が漏れる。手はだらんと垂らしたまま、顔も伏せたままで不気味に腹を震わせる。
 ただならぬ様子に美琴は困惑し、思わず一歩二歩と後ずさった。
「ちょ、ちょっと? どうしたの?」



「ふは、ふははは! お返しだけで諭吉がいっぱい飛んでいく!! はははははは!!」
 両手を広げ、天を仰いで爆ぜるように大声で笑い出した上条。唐突に発狂した意中の異性を前にして、美琴は本気で慌てふためき出す。
 しかしながらこんなイレギュラーな状況の対処法を心得ているはずもなく。
「はははははは! お財布も軽くなって羽ばたけそう! ぶっはっはっはははは!!」
「お、落ち着きなさいよ! 別にアンタのお返しにそんなに期待してないから、値段なんて全然気にしないわよ!!」
「よし分かった確かに聞いたぞ御坂」
「……、え?」
 美琴はまたもや唐突に止んだ笑い声に疑問符を飛ばしたが時既に遅し。節約の鬼、策士上条の策は既に成り、言質は取られてしまっている。
「それじゃあお前のも上条さんの手作りクッキーで問題ないな! よし御坂、明日は楽しみにしてろよ!」
 何事も無かったかのように颯爽と立ち去る少年の背へ、怒声と共に電撃が飛んだ。
 予定調和である。



 いつも通りに美琴と鬼ごっこを楽しんだ(割と命がけだが)後に、上条は近所のスーパーへと向かっていた。
 狙いは夕方の安売りだ。自身の不幸や同居人の食費のお陰で上条家の家計はファイヤーカーなので、こういった節約(先の攻防など含む)は彼の習慣となりつつある。
「おい、上条当麻」
 と、そんな彼を待ち構えていたかのように一人の人影が進路を塞いだ。
 二メートルを越す身長に染めているらしい真っ赤な髪、相変わらずやたらに香水臭い不良神父。
「ん? ステイルか。なんで学園都市にいるんだ?」
 様々な事件で何度となく上条と共闘してきた魔術師ステイル=マグヌスは、なにかやりにくそうに視線を泳がせた後、咳払いを一つして懐から何か包みを取り出した。
「……その、これを」
 何か照れている魔術師を前に、上条は怪訝な顔で、
「……いや、俺BとかLとかな趣味はないんで」



 沈黙。ステイルの表情が、十四歳の少年らしいものから平気で人を焼き殺す魔術師のそれへと移り変わっていく。
 あ、これはまずいか? と思った上条が動くよりも早く、ステイルはいつの間にか手に持っていたカードを上条の額にペタリと貼り付ける。
 一瞬固まった後に、鞄を持っていない左手でそれを取った。
 見る。見覚えのあるカードだ。そう確か、ルーンの
「――Kenaz」
「ってあぶなっ!!」
 ステイルの声に合わせてルーンが発火する。上条は間一髪でルーンを宙に放ったので手が焼失することは無かったが、散った火花の一つが髪に引火した。
「うおっちゃあああああ!! ハゲる! 焦げてハゲるぅぅぅぅぅ!!」
「いちいち茶化すな鬱陶しい。先月彼女から貰ったチョコのお返しだ、神裂からのものも一緒に入っている」
「なに落ち着いてるんだよこれ早く消せよ! 二度目の死は毛根の死でしたとか洒落にならねえぞ!!」

 結局付近の公園の水道の水を頭から被ることで事なきを得たが、その頃にはステイルはどこかへと行ってしまっていた。
 雨でもないのに頭からズブ濡れになった上条は、公園で遊んでいた子供達からの容赦ない視線の中でポツリと一言
「……ってか、ここまで来たんなら直接渡していけよ」
 あの厄介な十四歳は、インデックスに対しては妙にピュアである。



 濡れ鼠のまま街を歩くのも何なので、髪が乾くまでベンチに座ってボケーっとすることにした上条。
 まだまだ風は冷たいけれど寒くは無い。暑かったわけでもないのだが(熱かったが)どこか心地良い。
 夕の空が焼けていくのをぼんやりと見つめながら、気が抜けたのか彼は次第にウトウトし始める。
 寝るならさっさと寮の部屋に戻るべきなのだが、それすら億劫になりつつあった。
 しかし、そんな甘美なまどろみを破る声が一つ。



「……ッ! てめえ」
 重い瞼を上げて見てみれば、どこか下っ端臭のする金髪の男が眼前で顔を歪めていた。
 上条は記憶を探る。……なんか見覚えがある気がするのだが、どうにも思い出せない。或いはこのまどろみから抜け出せば思い出せるかもしれないが、それも面倒だ。
 結論は出た。
「……あと五分」
「もー、そんなこと言って五分後にはあと十分とか言うんでしょー……って違えええ!!」
 おい起きんかいコラと襟首を掴まれてガクガク揺さぶられるも、上条は「うあー」とか「んがー」とか気の抜けた返事を返すばかり。
 痺れを切らした下っ端は拳を握りしめるが、それを横合いから別の手が制した。
「駄目だよ、はまづら」
「だけど滝壺、こいつスキルアウトの解体のときに……」
 なにやら騒がしくなってきたので、流石に上条も目元を擦りながら覚醒した。
 見覚えのあるいつぞやのジャージ男と、見覚えの無い小動物を思わせるジャージ姿の女の子が視界に入った。
「……えーと、なんだっけ、馬鹿面?」
「は・ま・づ・ら! テメエわざと間違えてんだろ!?」
 そうだ、思い出した。浜面仕上。かつてスキルアウトのチームを率いていた人物で、諸事情で上条が説教して真正面から殴り飛ばした人物だ。
 そのときは随分と見上げた根性なしだったのだが、今の彼はどことなく雰囲気が違った。
 それは彼自身の内から滲むものであると共に、
「……?」
 その横の女の子の存在によって生まれるものだ。
「……なあ、その、子、かの、じょ?」
「はぁ!? あ、ああ。一応そうだけど」
 上条は激怒した。そして叫ぶ。リア充爆裂しろ、と。
 彼が変わったのは分かる。今の彼はきっとマイナスなんかではない。彼女が出来たのだって、彼がその手を取った結果なのだろうと思う。
 だがそれはそうとして憎い。リア充が憎い。理論とか理屈とか抜きにしてかわいい彼女を連れている人間を見ると憎いと思ってしまうのはもはや摂理と言ってもいいのではないだろうか仕方ないじゃない非リア充なんだもの。
 そんな、真に満たされない人々に聞かれたら共感半分殺意半分を向けられるであろうことを考え、暗いオーラを発する上条。



「いいぜ…………、なんかもうその幻想をぶち殺す!!」
「理不尽!?」
「大丈夫、私は理不尽にぶち殺されるはまづらを応援してる」
「滝壺さんそれは応援しちゃ駄目!!」
「私も応援するー、ってミサカはミサカは後ろから抱き着いてみたり!」
 流れでワーワーやっていると、またなにやら聞き覚えのある声が聞こえた。
 辺りを見回してみれば、浜面の彼女らしい小動物系の少女の腰に更に小動物的なちんまいのが抱きついていた。
 なんだかデジャヴだ。
「あれ、ラストオーダー? 何やってるんだ、こんなところで」
「見つけましたよ上位個体、とミサカは照準をアホ毛に合わせます」
 ジャコっと物騒な音が聞こえた。これもまた激しくデジャヴである。
「御坂……妹だよな。またゴーグル取られたのか」
「また貴方のところに逃げ込んだのですね、とミサカは上位個体から視線を逸らさずに答えます」
 打ち止めと御坂妹。共にとある実験にて作られた『妹達』と呼ばれる御坂美琴のクローンだ。もっとも打ち止めの方は彼女達より大分ちんまりしているが。
 以前にも打ち止めが御坂妹の軍用ゴーグルを奪って姉妹仲良く(かどうかは微妙なところかもしれないが)追いかけっこをしているところに遭遇したことがある。
(なんかあの時飽きたとか言ってなかったっけー、と上条は思い起こしてみたり)
 脳内で彼女らの物真似をしてみたが誰もツッコミしてくれなかった。当たり前だ。
「さて、逃げるのを止めたということは覚悟はいいのですね? とミサカは引き金に指をかけます」
「きゃー助けてー、ってミサカはミサカは一般人を盾にしてみたり」
「え? 何? 俺?」
 御坂妹の銃口から逃れるように、打ち止めは浜面の後ろに回りこむ。
 対していまいち状況を飲み込めていない浜面は、前後のミサカを交互に見てはオロオロしている。
 御坂妹は一瞬とても面倒くさそうな顔をして(基本無表情なのにこういう表情は出来る)更に一瞬考えてから、
「まあいいや、とミサカはズダダダダー」
「あ」
「あっ」


「ぎゃああああああああ!!」
「は、はまづらぁぁぁぁぁぁぁァァァ!!」
 かくして、浜面仕上の短いリア充人生は終わりを告げた。
 などということも無かったが、超連射されたゴム弾を全身に浴びた浜面は理不尽にも大地に倒れ伏した。
 余りの惨状に上条は一瞬言葉を失ったが、すぐに思い直して再び暗いオーラを発した。
「まあいいか……どうせコイツ彼女から本命チョコ貰ったりお返ししたりそのままいただいちゃったりしてるんだよ畜生。上条さんも出会いが欲しい」
「ズダダダダー、とミサカは掃射を続けます」
「ほぎゃああああああああ!!」
 そして気付かない間に第二の盾にされていた上条も浜面と運命を同じくして公園の土に頬ずりすることとなった。
 因みにこれは不幸というよりは天罰である。
「あー10032号悪いんだー、ってミサカはミサカは責任転嫁!」
「いい加減に観念しなさい、とミサカは何事も無かったかのように上位個体を追います」
 かくして嵐は通り過ぎ、残されたのは二人の被害者と普通に無傷な滝壺理后。
 しばらくミサカ姉妹のほうを目で追っていた彼女は、やがて浜面の傍にしゃがみこむと、つんつんと指先で彼の背中をつつく。
「大丈夫。私はそんないじられ役の二人を応援してる」
 暗に「諦めろ」と言われているようで、かえって辛い応援だった。



 やはり割とすぐに復活した上条は、浜面らを放置してさっさとスーパーへ行き買い物を済ませてきた。
 今日の夕飯と明日の朝食、それとクッキーの材料なんかも購入し、安売りとはいえなかなかの出費になってしまった。
 これは冗談ではなくお財布が空を飛べそうだ。
「はー……。にしても、今日はなんか妙な奴らに会うなぁ」
「……それはこっちの台詞だクソッタレ」
 声は真正面から。
 視線を上げると、そこにはアルビノ系美少女の鈴科百合子が可憐な花の如く立っていた。



「……あ、どうも」
「じゃねェよ誰が鈴科だ。ンないい加減な方法でスルーしようとしてンじゃねェぞ三下が」
 訂正、そこには白髪赤目の一方通行がいかにも不機嫌そうに立っていた。
 正直今日は割と疲れたのでスルーしてさっさと帰宅したかったのだが、運命は基本的に上条には味方しない。
 しかし一方通行と正対したところで、特に話題など無い。彼とは何かと縁があるが、だいたい会うときは切羽詰った状況なのでなごやかに話をしたことも無い。
 呼び止めた一方通行にしてもそれは同じらしく(単にスルーされそうになったのが気に食わなかっただけっぽい)、やや気まずげに視線をさ迷わせた後、上条の買い物袋で止まる。
「……それ、アレか。ホワイトデーの」
「え? ああ、クッキーでも作ろうかと思って」
 軽く買い物袋を持ち上げて応える。一方通行の視線はその動きに合わせて上下した。
「ってか、なんだ。お前もチョコ貰ったのか」
「……いらねェって言ったンだがな。あのガキ、最終的には受けとらねェと代理演算切るとか言い出しやがったから、嫌々」
 あのガキ、というのは打ち止めのことだろう。ロシアで一緒にいたところに遭遇したことがある。
 代理演算というのがよく分からなかったが、まあ一方通行を説得する材料に成り得るなにかしらなのだろう。
「まァ受け取った手前何かやるべきなンだろうってのは分かるンだが、ンなイベントになんざ全く縁が無かったから勝手が分からねェンだよ。やっぱそォいう菓子類が一般的なのか」
「まあ、無難なとこではあるんじゃないか。最近は色んなとこでホワイトデー用のヤツ売ってるし」
 なんだか初めて平和な会話が成立している気がする。学園都市第一位の怪物といえど、こういうことで頭を悩ませたりするんだな、と上条は少しばかり和む。
 もしやこのまま仲良い感じになれるんではなかろうかと淡い期待を寄せるが、

「おー、久しぶりなのよな」
 残念ながら、運命は基本的に彼には味方しない。よってそんな幻想は粉々に打ち砕かれることとなる。



「えーと、そっちのアルビノ系美少女は彼女さん?」
「建宮!? ひさしぶりだけど被せボケはマズイって!! てかなんで学園都市に!?」
 現れたのは建宮斎字。神裂なども所属する『天草式十字凄教』の元教皇代理だ。
 クワガタみたいに真っ黒な髪を上条よりも派手に逆立てて、首から小型扇風機をぶら下げていたり靴紐がやたら長かったりと、周囲の環境に溶け込むことを重視する天草式にしては奇抜な格好をしているのが特徴だ。
「いや、単純に暇だったのよな。因みに五和もこっちに来てるぞ」
「軽っ! 天草式フットワーク軽すぎるだろ!!」
「いやいや、そこかしこで女をたらしこんでるお前さんには負けるのよな。そちらの彼女は何人目なのやら」
 ミシッ、と音が聞こえた。音源は一方通行の持つ杖。
 ああこれはヤバイ、と上条は慌ててフォローに回る。
「いや建宮、コイツ男だから! だいたい上条さんはそんなに女の子と縁がありません!!」
「おお、男なのか。あんまりにもひょろいから間違えたのよな。すまんすまん」
 ミシミシという音が大きくなる。
 地雷原を横転で転がりまわる建宮を前に、上条はフォローの鬼となることをここに決意する。
 運命がなんだ、不幸がなんだ。そんな曖昧なものは強引に踏破するのみ。
「しっかしアレだな、お前さんはBとかLとかもいけちゃう感じなのか?」
「いやだから違えよ! 別に普通に友人だって!!」
「あなたにもお友達が出来たんだね、ってミサカはミサカは再び抱きついてみたり!」
 と、上条が必死に取り繕っているところに打ち止めが登場した。
 もう嫌な予感しかしないのだが、先手を打とうとした時には既に遅かった。
「ああ、なるほど。そちらの白髪少年はBとかLとかじゃなくロリとかコンだったか。これは失礼したのよな!」
 イメージとしては、地雷原に一掃。
 ブチッという音と共に、一方通行がチョーカーに手を伸ばした。
 割と命がけの鬼ごっこ、第二ラウンド開始。



 小一時間ほど走り回ってから、最終的に建宮を差し出しすことで一方通行から開放された上条。
 夜の帳は既に降り、いつもより大分遅い帰宅となってしまった。
(ああ、今日はなんか疲れた。さっさとクッキー作って寝ようそうしよう)
 溜め息と共に自室のドアを開ける。



 瞬間、噛まれた。
「あだだだだだだだだ!! ただいまより前に噛み付くなインデックス!!」
「遅いんだよとうまお腹すいたお腹すいたお腹すいた!!」
 そういえばラスボスがまだ残っていた。
 しかし上条のHPはもう残り少ない。まともに相手をしては待っているのはゲームオーバーのみだ。
(……とは言っても先手を取られた上条さんに成す術は無いのであった。ちゃんちゃん)
 諦めの境地というやつだ。
 もう大概慣れっこなので、頭に噛み付かれたままで上条は室内へと歩みを進めた。
 買い物袋を一旦床に置き、鞄も適当に放り投げる。
 と、そこでテーブルの上にあるものが視界に入った。
 あらかじめ彼女のおやつ用に買っておいたケーキだ。まあそんなにお高いものでは無い普通のショートケーキ。それがイチゴを上に乗せたまま、食いかけで放置されている。
 大変ご立腹なインデックスに頭をかじられながら、上条は少し考えてから頬をかく。
(……いらない心配かけちまったみたいだな)
 くだらないトラブル続きだったので遅くなることを連絡してなかったのだが、待っていた彼女はそれなりに真剣に心配していたようだ。
 彼の帰りが遅くなるときは、大抵何らかのトラブルに首を突っ込んだときだ。そんなとき彼女がどんな気持ちで一人待っているのか、上条は知らない。
「……ほら、インデックス。いい加減離れなさい。晩飯作るから」
「ううーっ」
「んで、そのケーキもさっさと食え。賞味期限今日までだったろ、確か」
「あっ。う、うん。分かったんだよ」
 少しうろたえたようにしながら、インデックスがテーブルに向かう。
 少し微笑んでからそれに背を向けて、上条は買い物袋を再び持ち上げてから冷蔵庫を開けた。
 袋の中身の冷蔵品を冷蔵庫へ移し終えて一旦扉を閉め、少し考えてから再び開く。
 中を探って、食べかけのチョコを取り出した。それを手にとって、一考。
(……ま。お返しのクッキーを一人分だけチョコチップ入りクッキーにしても、特に問題は無いわな)
 少し笑ってから、チョコを冷蔵庫に戻す。
 夕食をさっさと作ってしまおう。クッキー作りに一手間増えることになったわけだし。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー