放たれた巨大な円錐状の結晶群は、あっと言う間に垣根が立っていた場所を貫いた。
姫垣の『原石』としての能力のものだろう粉塵が、ダイヤモンドダストがごとく辺りを覆い隠す。
しかし――
「生存確認(まだしんでいません)」
「だろうね、そうじゃないと流石に困るよ」
姫垣、幻生の言葉に続くように粉塵が晴れると、そこには『未元物質』の壁によって全ての結晶を防ぎ切った垣根の姿があった。
それを認めると、姫垣は追撃を行おうとし――そこで照準を定め直す羽目になる。
垣根が動いたのだ。
それも、前方――姫垣の方へではない。
右斜め前方、実験室の角隅。
つまりは木原幻生のいる方へ、だ。
「要はテメェがヒメを操ってるってことなんだろ!だったら話は早ぇよなぁ!?」
姫垣のコントローラーである幻生を直接叩く。
何かしらの装置――電磁波を利用して動物の動きを制御するという装置を破壊する。
それが最善の策。
無論、幻生に近づいていく間にも横合いから姫垣の攻撃は続くが、垣根が側面に張った『未元物質』の障壁を前に、水晶のような物質は次々と砕けて床へと降り注いでいく。
「攻撃無効(あたりません)」
無感動に報告する姫垣には目もくれず、否、意図的に無視しながら、垣根は幻生へと攻撃の照準を定める。
対し幻生は、
「聞いていなかったかな? これは『体晶』と『原石』の掛け合わせの運用だと」
やれやれ困った、とでも言うように首を横に振る。
自分が狙われていることにも構わず、だ。
「解析開始(しらべはじめます)」
後方で姫垣が告げるが、垣根の耳には入ってこない。
ただ前方に意識を集中させ、
「ぶっ潰れろ!!」
垣根は一辺きっちり1メートルの立方体状の『未元物質』を創造、幻生の言葉も聞かずその頭部へ向けて発射する。
そして、
ガァン! と、『未元物質』は実験室の壁にめり込んだ――幻生が立っていた、その背後の壁に。
幻生はいない。
ただ、幻生の着ていた白衣だけが空中をゆっくりと漂い、落ちていく。
「だから――」
「!?」
突然、直下から声が聞こえた。
慌てて目線を下に送ると、そこには低い姿勢で構えを取るようにしながらこちらを見ている幻生の姿があった。
「だから、私が戦うのは好ましくないんだけどね」
姫垣の『原石』としての能力のものだろう粉塵が、ダイヤモンドダストがごとく辺りを覆い隠す。
しかし――
「生存確認(まだしんでいません)」
「だろうね、そうじゃないと流石に困るよ」
姫垣、幻生の言葉に続くように粉塵が晴れると、そこには『未元物質』の壁によって全ての結晶を防ぎ切った垣根の姿があった。
それを認めると、姫垣は追撃を行おうとし――そこで照準を定め直す羽目になる。
垣根が動いたのだ。
それも、前方――姫垣の方へではない。
右斜め前方、実験室の角隅。
つまりは木原幻生のいる方へ、だ。
「要はテメェがヒメを操ってるってことなんだろ!だったら話は早ぇよなぁ!?」
姫垣のコントローラーである幻生を直接叩く。
何かしらの装置――電磁波を利用して動物の動きを制御するという装置を破壊する。
それが最善の策。
無論、幻生に近づいていく間にも横合いから姫垣の攻撃は続くが、垣根が側面に張った『未元物質』の障壁を前に、水晶のような物質は次々と砕けて床へと降り注いでいく。
「攻撃無効(あたりません)」
無感動に報告する姫垣には目もくれず、否、意図的に無視しながら、垣根は幻生へと攻撃の照準を定める。
対し幻生は、
「聞いていなかったかな? これは『体晶』と『原石』の掛け合わせの運用だと」
やれやれ困った、とでも言うように首を横に振る。
自分が狙われていることにも構わず、だ。
「解析開始(しらべはじめます)」
後方で姫垣が告げるが、垣根の耳には入ってこない。
ただ前方に意識を集中させ、
「ぶっ潰れろ!!」
垣根は一辺きっちり1メートルの立方体状の『未元物質』を創造、幻生の言葉も聞かずその頭部へ向けて発射する。
そして、
ガァン! と、『未元物質』は実験室の壁にめり込んだ――幻生が立っていた、その背後の壁に。
幻生はいない。
ただ、幻生の着ていた白衣だけが空中をゆっくりと漂い、落ちていく。
「だから――」
「!?」
突然、直下から声が聞こえた。
慌てて目線を下に送ると、そこには低い姿勢で構えを取るようにしながらこちらを見ている幻生の姿があった。
「だから、私が戦うのは好ましくないんだけどね」
直後、垣根の身体は大きく後方へ飛ばされていた。
「がっ!?」
腹部に胃の中を掻き回されたかのような鋭い痛みが走る。
床を転がりながら、垣根は幻生が正拳突きの体勢で静止しているのを見た。
(殴られた……?)
まるで幻生の行動を目視出来なかった。
しかし、だとしても、
(確かに自動防御は発動した筈……!?)
垣根の思考が目前の光景によって停止させられる。
(馬鹿な……)
そこには、粉々に破壊された『未元物質』の壁の破片が落ちていたのだ。
「自動防御を突破したのがそんなに意外かい?」
「っ!」
姿勢を整えながら、幻生は垣根の心中を読んだように問いかける。
「こんなこと、『未元物質』の情報を与えた数多にだって出来ただろう。その身体中の傷だってその結果だろうに。まぁ、私のと方法は違うかもしれないけれどね。なにしろ、今考えられるだけで自動防御を突破する方法なんて四十二通りはある」
「なっ……」
「今のはその中でも割とオーソドックスな方法だよ。――自動防御は体表に張った膜に設定以上のエネルギーがかかると、それを防ぐのに最適な大きさ、硬さの『未元物質』を生成する。その生成スピードは0.01秒以内。この数値は中々優秀だ。但し、『一度衝撃を受けて『未元物質』が発現している場所』となると話は変わってくる――」
タン、と軽い音がして。
「――0.27秒。これは余り誉められたら数値じゃないね」
幻生が、すぐ鼻の先まで移動してきていた。
「!?」
構えも間に合わぬうちに、幻生の攻撃が来た。
直後、強い衝撃が腹部に走る。やはり、防御を貫通されたのだ。
だが、今回はその仕組みが見えた。
(二連撃……)
一度わざと弱い攻撃を仕掛けることで強度の弱い『未元物質』を出現させ、その同じ場所に――幻生の言う通り、演算が複雑になってしまうが故に生成スピードが遅くなってしまう――次の『未元物質』が生成される前に、かつ生成されている『未元物質』を破壊する以上の力で攻撃を叩き込めば、確かに理論上は突破されてしまうだろう。
だが、
(『最適な固さ』っつったって、何も『さっきよりちょっと強く叩きました』で壊れる固さじゃねぇんだぞ。どんなに弱く殴ろうが、少なくともコンクリ以上の強度の壁は生成される筈だ。それを『一打目から0.27秒以内に』だと?)
にわかには信じがたいことだった。
「驚くほどのことじゃあないよ、一体誰が数多の坊主に戦い方を教えたと思ってるんだい?」
「ちっ……」
「ほら、のろのろしている内に、向こうの準備が整ったみたいだよ」
幻生が、チラリと姫垣の方へ視線を送ると同時。
「解析終了(しらべおわりました)」
無機質な声が響き、空中の姫垣がくるり、と垣根の方へと向いた。
そして水晶体の雨が垣根へと降り注ぐ。
「このっ……」
即座に『未元物質』の障壁展開する垣根。
しかし、
「――!?」
水晶体が、障壁を通過した。
腹部に胃の中を掻き回されたかのような鋭い痛みが走る。
床を転がりながら、垣根は幻生が正拳突きの体勢で静止しているのを見た。
(殴られた……?)
まるで幻生の行動を目視出来なかった。
しかし、だとしても、
(確かに自動防御は発動した筈……!?)
垣根の思考が目前の光景によって停止させられる。
(馬鹿な……)
そこには、粉々に破壊された『未元物質』の壁の破片が落ちていたのだ。
「自動防御を突破したのがそんなに意外かい?」
「っ!」
姿勢を整えながら、幻生は垣根の心中を読んだように問いかける。
「こんなこと、『未元物質』の情報を与えた数多にだって出来ただろう。その身体中の傷だってその結果だろうに。まぁ、私のと方法は違うかもしれないけれどね。なにしろ、今考えられるだけで自動防御を突破する方法なんて四十二通りはある」
「なっ……」
「今のはその中でも割とオーソドックスな方法だよ。――自動防御は体表に張った膜に設定以上のエネルギーがかかると、それを防ぐのに最適な大きさ、硬さの『未元物質』を生成する。その生成スピードは0.01秒以内。この数値は中々優秀だ。但し、『一度衝撃を受けて『未元物質』が発現している場所』となると話は変わってくる――」
タン、と軽い音がして。
「――0.27秒。これは余り誉められたら数値じゃないね」
幻生が、すぐ鼻の先まで移動してきていた。
「!?」
構えも間に合わぬうちに、幻生の攻撃が来た。
直後、強い衝撃が腹部に走る。やはり、防御を貫通されたのだ。
だが、今回はその仕組みが見えた。
(二連撃……)
一度わざと弱い攻撃を仕掛けることで強度の弱い『未元物質』を出現させ、その同じ場所に――幻生の言う通り、演算が複雑になってしまうが故に生成スピードが遅くなってしまう――次の『未元物質』が生成される前に、かつ生成されている『未元物質』を破壊する以上の力で攻撃を叩き込めば、確かに理論上は突破されてしまうだろう。
だが、
(『最適な固さ』っつったって、何も『さっきよりちょっと強く叩きました』で壊れる固さじゃねぇんだぞ。どんなに弱く殴ろうが、少なくともコンクリ以上の強度の壁は生成される筈だ。それを『一打目から0.27秒以内に』だと?)
にわかには信じがたいことだった。
「驚くほどのことじゃあないよ、一体誰が数多の坊主に戦い方を教えたと思ってるんだい?」
「ちっ……」
「ほら、のろのろしている内に、向こうの準備が整ったみたいだよ」
幻生が、チラリと姫垣の方へ視線を送ると同時。
「解析終了(しらべおわりました)」
無機質な声が響き、空中の姫垣がくるり、と垣根の方へと向いた。
そして水晶体の雨が垣根へと降り注ぐ。
「このっ……」
即座に『未元物質』の障壁展開する垣根。
しかし、
「――!?」
水晶体が、障壁を通過した。
破壊では、ない。
先程幻生が見せたような荒っぽいやり方では、決してない。
あえて表現するなら、まるで水飴の中に割り箸を突っ込んだかのような様子で。
それは言い換えるなら、貫通の際に『未元物質』の硬度が水晶体と相対的に考えた場合に水飴程度の硬さしか持たないように変質させられたということか。
(いや――)
垣根は、幻生と距離をとる方向へとその場を飛び退きながら思考する。
(変質じゃねぇ、『中和』だ)
ガギンッ! という音とともに、『未元物質』も壁を突き抜けて床に――先程まで垣根が立っていた位置に刺さった水晶体。
その先端部分は、酸の中に投げ込まれた鉄片のように僅かに溶けていた。
(俺の能力を『解析』して、それを『中和』出来るような物質に水晶体を変化させたのか)
姫垣の発言を整理すると、そういうことになるのだろう。
それは姫垣の持つ能力が、己の生み出す物質の性質を自由に変化させることが可能であることを意味し――そして、それによって本来この世界に存在しない『未元物質』を『中和』させたということは……
「!?」
思考が纏まりかけた瞬間、次なる水晶体の攻撃が来た。
当然、先程と同じように『未元物質』の壁を貫通してくるため、垣根は直接これを回避しなければならない。
垣根は即座に自身の足元に摩擦の少ない『未元物質』のレールを敷き、高速移動を開始。その後を、ガガガガガッ! と連続的な音を立てて、巨大な生け花が垣根のルートを追うように何本も生けられていく。
(まぁ、いい。『どっちだろうと』……いや、『どれだろうと』構わない)
道は見えた。
細い、一筋の――だが確かな道だ。
(けどそのためには、やっぱり幻生の野郎を沈めておかなきゃならねぇ)
進行方向に壁が迫ってくる。
部屋の角にいた幻生を攻め、その後反対方向に後退しているため、現在垣根は部屋を四角形と見たとき、幻生のいる『頂点』を一端として持つ『辺』たる壁際を走行している形になる。
当然正面も壁となれば、開けている右側――後ろ以外に唯一行き止まりではない方向に身体をかわすしかなくなるわけだが……
「はっ!」
垣根は左側――壁面へ向かって大きくジャンプした。
そのまま行けば蛙のごとくぺちゃりと潰れるのがオチであったが、垣根は空中で体勢を入れ替えると、壁面に足をつけ一瞬静止する。
靴底に、高速移動する時とは逆に摩擦の大きな『未元物質』を貼り付けたためだ。
そのまま、逆方向斜め上へ向かって壁伝いに走る垣根。
水晶体が追いかけて壁に穴を空けていくのを後目に、速度の落ちた後半は手も使ってロッククライミングがごとき有り様で、部屋の天井近くかつ『辺』の中点あたりまで到達。そのままスタリ、と天井に足を置き、天地ひっくり返ったクラウチングスタートの構えをとる。
その隙を逃さぬとばかり撃ち込まれる水晶体。
次の瞬間、ガギンッ! と水晶体が天井を砕き、緊急用スプリンクラーの配管か何かを傷つけたのであろうか、突如室内に人工の雨が降り注ぐ。
その際生じた雨霧と土埃を抜け、垣根が現れる。
着弾の直前に天井を蹴り回避したのだ。
目指す先は斜め下方向――幻生の立つ場所だ。
「やれやれ、諦めの悪い」
嘆息する幻生へ、
(俺の研究データを元に戦略を立ててんなら、今まで使ったことの無い使い方の『未元物質』を使えば勝機はある!)
垣根は、巨大な円錐状の『未元物質』――姫垣が用いている水晶体と同じ形状の『未元物質』を六つ生成、発射する。
「研究データにない形の『未元物質』なら突破できるとでも? 浅はかだねぇ」
言いながら、幻生は次々と襲来する『未元物質』を最小限の動きでリズムよく回避する。
そして、外れた『未元物質』は、水晶体と同様ガギンッ! と音を立てて床に突き刺さって行く。
「それに空中からというのも浅はかだ。攻撃主である姫垣くんから最遠、かつ私の立つ場所までの最短のルートとして壁を選んだんだろうけど……」
幻生は水流に視界を妨げられながらも上方を見続け、垣根のいる場所を確認する。足は天井、頭は床を向いており、さながらプールの飛び込み台から飛び降りているような体勢だ。
「自由落下なんていうのはね、止まっているのと同じことだよ」
垣根の現在位置――高度を確認。0.1秒間での移動距離からその速度を瞬時に計算。
加速度も考慮に入れ、垣根の正確な落下位置、時刻を算出する。
そして、絶好のポジションで拳を握りしめ、これを待ち受ける。
無論、それで安心する訳ではない。
目は垣根から離すことなく、何かしらの変化――能力使用の兆候が見えれば、即座に対応する腹積もりだ。
「飛んで火に入る、だ」
垣根が、自分で飛ばした円錐の底面――頂点を下にして撃ち出したため、底面は円錐の最高度部分となる――と同じ高さまで到達、その身体が円錐の側面をかするようにして通過した。
その、次の瞬間。
「……!」
先程幻生が見せたような荒っぽいやり方では、決してない。
あえて表現するなら、まるで水飴の中に割り箸を突っ込んだかのような様子で。
それは言い換えるなら、貫通の際に『未元物質』の硬度が水晶体と相対的に考えた場合に水飴程度の硬さしか持たないように変質させられたということか。
(いや――)
垣根は、幻生と距離をとる方向へとその場を飛び退きながら思考する。
(変質じゃねぇ、『中和』だ)
ガギンッ! という音とともに、『未元物質』も壁を突き抜けて床に――先程まで垣根が立っていた位置に刺さった水晶体。
その先端部分は、酸の中に投げ込まれた鉄片のように僅かに溶けていた。
(俺の能力を『解析』して、それを『中和』出来るような物質に水晶体を変化させたのか)
姫垣の発言を整理すると、そういうことになるのだろう。
それは姫垣の持つ能力が、己の生み出す物質の性質を自由に変化させることが可能であることを意味し――そして、それによって本来この世界に存在しない『未元物質』を『中和』させたということは……
「!?」
思考が纏まりかけた瞬間、次なる水晶体の攻撃が来た。
当然、先程と同じように『未元物質』の壁を貫通してくるため、垣根は直接これを回避しなければならない。
垣根は即座に自身の足元に摩擦の少ない『未元物質』のレールを敷き、高速移動を開始。その後を、ガガガガガッ! と連続的な音を立てて、巨大な生け花が垣根のルートを追うように何本も生けられていく。
(まぁ、いい。『どっちだろうと』……いや、『どれだろうと』構わない)
道は見えた。
細い、一筋の――だが確かな道だ。
(けどそのためには、やっぱり幻生の野郎を沈めておかなきゃならねぇ)
進行方向に壁が迫ってくる。
部屋の角にいた幻生を攻め、その後反対方向に後退しているため、現在垣根は部屋を四角形と見たとき、幻生のいる『頂点』を一端として持つ『辺』たる壁際を走行している形になる。
当然正面も壁となれば、開けている右側――後ろ以外に唯一行き止まりではない方向に身体をかわすしかなくなるわけだが……
「はっ!」
垣根は左側――壁面へ向かって大きくジャンプした。
そのまま行けば蛙のごとくぺちゃりと潰れるのがオチであったが、垣根は空中で体勢を入れ替えると、壁面に足をつけ一瞬静止する。
靴底に、高速移動する時とは逆に摩擦の大きな『未元物質』を貼り付けたためだ。
そのまま、逆方向斜め上へ向かって壁伝いに走る垣根。
水晶体が追いかけて壁に穴を空けていくのを後目に、速度の落ちた後半は手も使ってロッククライミングがごとき有り様で、部屋の天井近くかつ『辺』の中点あたりまで到達。そのままスタリ、と天井に足を置き、天地ひっくり返ったクラウチングスタートの構えをとる。
その隙を逃さぬとばかり撃ち込まれる水晶体。
次の瞬間、ガギンッ! と水晶体が天井を砕き、緊急用スプリンクラーの配管か何かを傷つけたのであろうか、突如室内に人工の雨が降り注ぐ。
その際生じた雨霧と土埃を抜け、垣根が現れる。
着弾の直前に天井を蹴り回避したのだ。
目指す先は斜め下方向――幻生の立つ場所だ。
「やれやれ、諦めの悪い」
嘆息する幻生へ、
(俺の研究データを元に戦略を立ててんなら、今まで使ったことの無い使い方の『未元物質』を使えば勝機はある!)
垣根は、巨大な円錐状の『未元物質』――姫垣が用いている水晶体と同じ形状の『未元物質』を六つ生成、発射する。
「研究データにない形の『未元物質』なら突破できるとでも? 浅はかだねぇ」
言いながら、幻生は次々と襲来する『未元物質』を最小限の動きでリズムよく回避する。
そして、外れた『未元物質』は、水晶体と同様ガギンッ! と音を立てて床に突き刺さって行く。
「それに空中からというのも浅はかだ。攻撃主である姫垣くんから最遠、かつ私の立つ場所までの最短のルートとして壁を選んだんだろうけど……」
幻生は水流に視界を妨げられながらも上方を見続け、垣根のいる場所を確認する。足は天井、頭は床を向いており、さながらプールの飛び込み台から飛び降りているような体勢だ。
「自由落下なんていうのはね、止まっているのと同じことだよ」
垣根の現在位置――高度を確認。0.1秒間での移動距離からその速度を瞬時に計算。
加速度も考慮に入れ、垣根の正確な落下位置、時刻を算出する。
そして、絶好のポジションで拳を握りしめ、これを待ち受ける。
無論、それで安心する訳ではない。
目は垣根から離すことなく、何かしらの変化――能力使用の兆候が見えれば、即座に対応する腹積もりだ。
「飛んで火に入る、だ」
垣根が、自分で飛ばした円錐の底面――頂点を下にして撃ち出したため、底面は円錐の最高度部分となる――と同じ高さまで到達、その身体が円錐の側面をかするようにして通過した。
その、次の瞬間。
「……!」
幻生の目の前に、垣根帝督がいた。
(どういうことだ? まだ余裕はあったはず。能力? いや、使用している素振りは……)
予想外の事態に対応が間に合わない。
そのうちに、垣根は『未元物質』で西洋風の両刃剣を生成、上方へ大きく振りかぶった。
「研究データに無い『形』? お笑いだな」
「……そうか、攻撃用の『未元物質』を足場に……」
結論から言ってしまえば、垣根は単に摩擦の限りなく少ない『未元物質』を使った高速移動に自由落下の速度を上乗せして、幻生の予想を超えるスピードを出しただけに過ぎない。
問題なのは、高速移動には足裏と地面との両方に摩擦の少ない『未元物質』を展開する必要があることだ。
足裏の方は、垣根の体勢から幻生には確認出来ない。『滑り止め』用の『未元物質』を真逆のそれに変えるのは簡単だろう。
ならば地面、即ちレールとなる方の『未元物質』はどうしたか。
その答えは円錐の側面。
垣根が放った円錐は、いつもの攻撃用『未元物質』のようにただ固い、或いは鋭いといった攻撃的性質を持つだけでなく、その表面に高速移動用レールに使用する摩擦の少ない『未元物質』がコーティングされていたのだ。
『形』はブラフ。真の目的は研究データには無い『未元物質』の『用途』と『性質』との組み合わせでの利用。
(まぁ、これも『未元物質』を『中和』した上で攻撃も同時にこなすあの水晶体から思いついたもんだが……これで詰めだ)
幻生は何とか左腕を頭の前に掲げてガードしようとしているが、そんなものではどうにもならない。
垣根の創り出した両刃剣は、人間の腕など骨ごとぶった切って余りある切れ味を持っている。
「終わりだ幻生!」
垣根は両刃剣を縦一文字に振り下ろし――
予想外の事態に対応が間に合わない。
そのうちに、垣根は『未元物質』で西洋風の両刃剣を生成、上方へ大きく振りかぶった。
「研究データに無い『形』? お笑いだな」
「……そうか、攻撃用の『未元物質』を足場に……」
結論から言ってしまえば、垣根は単に摩擦の限りなく少ない『未元物質』を使った高速移動に自由落下の速度を上乗せして、幻生の予想を超えるスピードを出しただけに過ぎない。
問題なのは、高速移動には足裏と地面との両方に摩擦の少ない『未元物質』を展開する必要があることだ。
足裏の方は、垣根の体勢から幻生には確認出来ない。『滑り止め』用の『未元物質』を真逆のそれに変えるのは簡単だろう。
ならば地面、即ちレールとなる方の『未元物質』はどうしたか。
その答えは円錐の側面。
垣根が放った円錐は、いつもの攻撃用『未元物質』のようにただ固い、或いは鋭いといった攻撃的性質を持つだけでなく、その表面に高速移動用レールに使用する摩擦の少ない『未元物質』がコーティングされていたのだ。
『形』はブラフ。真の目的は研究データには無い『未元物質』の『用途』と『性質』との組み合わせでの利用。
(まぁ、これも『未元物質』を『中和』した上で攻撃も同時にこなすあの水晶体から思いついたもんだが……これで詰めだ)
幻生は何とか左腕を頭の前に掲げてガードしようとしているが、そんなものではどうにもならない。
垣根の創り出した両刃剣は、人間の腕など骨ごとぶった切って余りある切れ味を持っている。
「終わりだ幻生!」
垣根は両刃剣を縦一文字に振り下ろし――
そして、幻生の掲げた左腕によってその勢いを止められた。
「なっ!?」
「着眼点は良い。素直に今のは一本取られたと自白しよう。だけどね、まぁ・・・・・・何と言うのかな。情報不足、と言うのは酷だろうし。ならば、運が悪かった、と言うべきかな」
幻生の左腕は剣撃によってわずかに傷つき、その傷口から『鉛色をした金属製の何かを覗かせていた』。
「義手だよ、私の左腕は。生身の腕なら切り落とせたかもしれないけれど、学園都市製の特殊合金の厚い層は破れなかったみたいだね」
言いながら幻生は自由な右腕を引く。そこからの素早い二連撃。
幻生の拳はまたも『未元物質』を突き破り、垣根の腹部を強打する。
「ごぉあ……がぁっ!!」
先ほどの打撃を超える衝撃に、垣根は大きく弧を描いて吹き飛ばされ、ノーバウンドで反対側の壁に叩きつけられた。
再び、しかし今度は自分の意思ならず自由落下する垣根の身体。
それは、床から2メートル程のところで停止することとなる。ガガガガガッ! という連続的な音とともに。
まともに回避行動すら取れなくなった垣根帝督は、姫垣の放った水晶体によって右肩と左脇腹を貫かれ、壁面に縫いとめられてしまったのだ。
まるで人間大の昆虫標本が飾られているかのような奇妙な光景の中、姫垣が無機質な声を上げる。
「攻撃成功(当たりました)」
そして垣根は、降り注ぐ人工の雨に濡れ、頬に涙のような雫を落としながら、完全に意識を失った。
「着眼点は良い。素直に今のは一本取られたと自白しよう。だけどね、まぁ・・・・・・何と言うのかな。情報不足、と言うのは酷だろうし。ならば、運が悪かった、と言うべきかな」
幻生の左腕は剣撃によってわずかに傷つき、その傷口から『鉛色をした金属製の何かを覗かせていた』。
「義手だよ、私の左腕は。生身の腕なら切り落とせたかもしれないけれど、学園都市製の特殊合金の厚い層は破れなかったみたいだね」
言いながら幻生は自由な右腕を引く。そこからの素早い二連撃。
幻生の拳はまたも『未元物質』を突き破り、垣根の腹部を強打する。
「ごぉあ……がぁっ!!」
先ほどの打撃を超える衝撃に、垣根は大きく弧を描いて吹き飛ばされ、ノーバウンドで反対側の壁に叩きつけられた。
再び、しかし今度は自分の意思ならず自由落下する垣根の身体。
それは、床から2メートル程のところで停止することとなる。ガガガガガッ! という連続的な音とともに。
まともに回避行動すら取れなくなった垣根帝督は、姫垣の放った水晶体によって右肩と左脇腹を貫かれ、壁面に縫いとめられてしまったのだ。
まるで人間大の昆虫標本が飾られているかのような奇妙な光景の中、姫垣が無機質な声を上げる。
「攻撃成功(当たりました)」
そして垣根は、降り注ぐ人工の雨に濡れ、頬に涙のような雫を落としながら、完全に意識を失った。
目を開く。
そこは三沢塾の校長室だった。
〈起きたか。否、覚醒というのは違うな。貴様は未だに気を失っている〉
ティーテーブルとお揃いの椅子に座り、悠然と、そして当然のように紅茶をすすっている男が垣根に言葉をかけてきた。
「……今取り込み中だってことくらい分かってんだろうが。テメェに用なんかねぇよ、アウレオルス=イザード」
低い声で呟き、自らの座る椅子から立ち上がりこの場を去ろうとする垣根。
しかし、そこで引っ張られるような違和感に気づく。
「……!」
右肩と左脇腹に――つまりは姫垣に攻撃を受けた場所に、アウレオルスが使っていた医療用の針をそのまま刀剣ほどの大きさに巨大化させたようなものが刺さっていた。
「がぁ……ぁ……」
認識と同時に痛みが来た。抗おうにも、身体がまるで動かない。針によって、身体が椅子に縫いとめられているのだ。
〈当然。ここが意識だけの空間とは言え、否、だからこそ身体の受けたダメージも感じるものだ〉
「く……そ……」
〈先ほど私に用がないと言ったな。だが、私は貴様に用がある、少々付き合え。なに、外の基準で考えればそれほど長い時間にはならない〉
苦痛にあえぐ垣根を無視して、アウレオルスは一方的に話を進める。
〈まず聞こう。策はあるか?〉
「……?」
〈現状を打破する――木原幻生を倒し、垣根姫垣を救う――その具体的な策はあるか?〉
「……いや」
かろうじて首を横に振る垣根。
アウレオルスは、ふむ、と言って紅茶を一口飲むと、素っ気無く言った。
〈私にはある〉
「!? それは……」
〈蹶然。そういきり立つな。策と言うよりは、道筋、手段のようなものだ〉
「……どういう」
〈キャパシティダウンに倒れたときにも言った。知恵とはこの上のない力を持ち得る〉
カップを置くと、アウレオルスは両肘を机の上に立て、前かがみになって顎を支える体勢を取る。
〈話は変わるが……垣根帝督、貴様は様々な性質を持つ『未元物質』を用いて多彩な技を見せる。例えば摩擦の少ない『未元物質』同士による高速移動。例えば硬質な『未元物質』による防御。例え鋭利な『未元物質』による攻撃。貴様の『未元物質』それ自体は、この世界の物理法則をすら無視出来る超物質だ。だが、果たして本当にそうなのか?〉
「何が……言いたい……」
〈摩擦が少ないから移動が早い。硬質だから防御力が高い。鋭利だから攻撃力が高い。これらは、『この世界の物理法則』ではないのか?〉
「――!?」
〈いや、混乱させるまでも無い、結論から先に言おう。本当にそうなのか、答えはイエスだ。『未元物質』はこの世界の物理法則に縛られない。ただ、貴様はその『異世界の物理法則』を内に対してしか適応できていない。『未元物質』が出現し、外界、この世界に触れた瞬間に、『未元物質』はこの世界の法則に支配されてしまっている。それは何故か。貴様が外界に対して『異世界の物理法則』に則ったアプローチを行っていないからだ。その結果、『未元物質』はこの世界に対しては何の影響力も持っていないように見えてしまう〉
「……………………」
アウレオルスの言葉を咀嚼する。学園都市第二位の脳をフル回転させ、その意味を考える。
「つまり、その『異世界の物理法則』をこの世界にも顕現させられれば……この世界にたいして『干渉』が行えれば、今まで不可能だった何かが出来る可能性があるってことか」
それは、二つの目的――木原幻生を倒し、垣根姫垣を救う――のどちらにも繋がる筈だ。
『干渉』は本当の意味で研究データにない能力使用法であるし、そして『干渉』を通じて姫垣にも……
「……だが、それは道筋ですらねぇよ。せいぜいが『目的地はコチラ』の矢印標識だ。俺には『干渉』の仕方が……」
〈『干渉』の仕方がわからぬのは、単に貴様がこの世界を知らないからだ。貴様は自分の能力たる『未元物質』については十二分に理解している。『異世界の法則』内で何が起こせるかが分かっている。だが、その起こった何かがこの世界にどのような結果をもたらすのかは知らない。対して――私は『黄金練成』を可能とした錬金術師。『黄金練成』は思い描いた『結果』を現実化するものであり、そのために世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築する必要がある。つまり、『私は起こった何かがこの世界にどのような結果をもたらすのかを知っている』〉
「それは……」
それはまるで、数式の左辺と右辺をそれぞれが片方ずつ持っているようなもの。それらを繋げれば、そこには一本の式が出来上がる。
〈そして、私は現在貴様の脳に居場所を借りている。私の全ての記憶と知識と経験が貴様の脳細胞に一時的に記録されている。……はじめは、私がここを去るときに脳細胞ごと死滅させて一切を消去する腹積もりでいた。私の極めた錬金術の秘を貴様なんぞに残したくは無かったし、理解できるとも思えなかった。だが、どうやら私の錬金術と貴様の『未元物質』は相性が良いようだ。哄然。面白い。科学と魔術の交差から何が生まれるのか……垣根帝督。私の全ての記憶と知識と経験を、貴様に授けよう。それが、私の我儘に付き合ってくれた貴様へのプレゼントだ〉
アウレオルスが立ち上がり、テーブルを半周して垣根の横に立ち、右手を差し出してくる。
垣根は、無言でその手を取り、力を込める。
途端に肩と腹部に刺さっていた針が抜け、軽い音を立てて床を転がる。
ゆっくりと立ち上がった垣根は、握手をした体勢のままアウレオルスを見据える。
「恩に着る……」
〈――思考は繋がっているから、わざわざ確認する必要はないが、一応言っておく。私は、貴様を助ける訳ではないぞ〉
語るアウレオルスの足が、爪先から順に空中に溶けるように分解して行く。それはいくらかの単位で羽根のような形を作り、次々と垣根の背中へと引き寄せられていく。
「分かってる。テメェが力を――いや、知恵をくれるのは、垣根姫垣を、俺の世界を守るため。そこには俺自身は含まれていない。俺はヒメに救われた。それだけで充分だ。俺はこれ以上を要求しない。ただ、ヒメさえ救われればそれで良い。――テメェがそうであったように」
アウレオルスの胴体が消えて行く。対して垣根の背中には一対の大きな純白の翼が形成されていく。
〈その通りだ。貴様と私は同じ道を行くもの。改めて、最期に貴様と出会えて良かった。ありがとう〉
「その台詞、そっくりそのまま返すぜ」
もうアウレオルスの身体は右腕と顔しか残っていない。左半分が徐々に消えて行く顔面に普段は見せないような優しげな表情を浮かべて、アウレオルスは言った。
そこは三沢塾の校長室だった。
〈起きたか。否、覚醒というのは違うな。貴様は未だに気を失っている〉
ティーテーブルとお揃いの椅子に座り、悠然と、そして当然のように紅茶をすすっている男が垣根に言葉をかけてきた。
「……今取り込み中だってことくらい分かってんだろうが。テメェに用なんかねぇよ、アウレオルス=イザード」
低い声で呟き、自らの座る椅子から立ち上がりこの場を去ろうとする垣根。
しかし、そこで引っ張られるような違和感に気づく。
「……!」
右肩と左脇腹に――つまりは姫垣に攻撃を受けた場所に、アウレオルスが使っていた医療用の針をそのまま刀剣ほどの大きさに巨大化させたようなものが刺さっていた。
「がぁ……ぁ……」
認識と同時に痛みが来た。抗おうにも、身体がまるで動かない。針によって、身体が椅子に縫いとめられているのだ。
〈当然。ここが意識だけの空間とは言え、否、だからこそ身体の受けたダメージも感じるものだ〉
「く……そ……」
〈先ほど私に用がないと言ったな。だが、私は貴様に用がある、少々付き合え。なに、外の基準で考えればそれほど長い時間にはならない〉
苦痛にあえぐ垣根を無視して、アウレオルスは一方的に話を進める。
〈まず聞こう。策はあるか?〉
「……?」
〈現状を打破する――木原幻生を倒し、垣根姫垣を救う――その具体的な策はあるか?〉
「……いや」
かろうじて首を横に振る垣根。
アウレオルスは、ふむ、と言って紅茶を一口飲むと、素っ気無く言った。
〈私にはある〉
「!? それは……」
〈蹶然。そういきり立つな。策と言うよりは、道筋、手段のようなものだ〉
「……どういう」
〈キャパシティダウンに倒れたときにも言った。知恵とはこの上のない力を持ち得る〉
カップを置くと、アウレオルスは両肘を机の上に立て、前かがみになって顎を支える体勢を取る。
〈話は変わるが……垣根帝督、貴様は様々な性質を持つ『未元物質』を用いて多彩な技を見せる。例えば摩擦の少ない『未元物質』同士による高速移動。例えば硬質な『未元物質』による防御。例え鋭利な『未元物質』による攻撃。貴様の『未元物質』それ自体は、この世界の物理法則をすら無視出来る超物質だ。だが、果たして本当にそうなのか?〉
「何が……言いたい……」
〈摩擦が少ないから移動が早い。硬質だから防御力が高い。鋭利だから攻撃力が高い。これらは、『この世界の物理法則』ではないのか?〉
「――!?」
〈いや、混乱させるまでも無い、結論から先に言おう。本当にそうなのか、答えはイエスだ。『未元物質』はこの世界の物理法則に縛られない。ただ、貴様はその『異世界の物理法則』を内に対してしか適応できていない。『未元物質』が出現し、外界、この世界に触れた瞬間に、『未元物質』はこの世界の法則に支配されてしまっている。それは何故か。貴様が外界に対して『異世界の物理法則』に則ったアプローチを行っていないからだ。その結果、『未元物質』はこの世界に対しては何の影響力も持っていないように見えてしまう〉
「……………………」
アウレオルスの言葉を咀嚼する。学園都市第二位の脳をフル回転させ、その意味を考える。
「つまり、その『異世界の物理法則』をこの世界にも顕現させられれば……この世界にたいして『干渉』が行えれば、今まで不可能だった何かが出来る可能性があるってことか」
それは、二つの目的――木原幻生を倒し、垣根姫垣を救う――のどちらにも繋がる筈だ。
『干渉』は本当の意味で研究データにない能力使用法であるし、そして『干渉』を通じて姫垣にも……
「……だが、それは道筋ですらねぇよ。せいぜいが『目的地はコチラ』の矢印標識だ。俺には『干渉』の仕方が……」
〈『干渉』の仕方がわからぬのは、単に貴様がこの世界を知らないからだ。貴様は自分の能力たる『未元物質』については十二分に理解している。『異世界の法則』内で何が起こせるかが分かっている。だが、その起こった何かがこの世界にどのような結果をもたらすのかは知らない。対して――私は『黄金練成』を可能とした錬金術師。『黄金練成』は思い描いた『結果』を現実化するものであり、そのために世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築する必要がある。つまり、『私は起こった何かがこの世界にどのような結果をもたらすのかを知っている』〉
「それは……」
それはまるで、数式の左辺と右辺をそれぞれが片方ずつ持っているようなもの。それらを繋げれば、そこには一本の式が出来上がる。
〈そして、私は現在貴様の脳に居場所を借りている。私の全ての記憶と知識と経験が貴様の脳細胞に一時的に記録されている。……はじめは、私がここを去るときに脳細胞ごと死滅させて一切を消去する腹積もりでいた。私の極めた錬金術の秘を貴様なんぞに残したくは無かったし、理解できるとも思えなかった。だが、どうやら私の錬金術と貴様の『未元物質』は相性が良いようだ。哄然。面白い。科学と魔術の交差から何が生まれるのか……垣根帝督。私の全ての記憶と知識と経験を、貴様に授けよう。それが、私の我儘に付き合ってくれた貴様へのプレゼントだ〉
アウレオルスが立ち上がり、テーブルを半周して垣根の横に立ち、右手を差し出してくる。
垣根は、無言でその手を取り、力を込める。
途端に肩と腹部に刺さっていた針が抜け、軽い音を立てて床を転がる。
ゆっくりと立ち上がった垣根は、握手をした体勢のままアウレオルスを見据える。
「恩に着る……」
〈――思考は繋がっているから、わざわざ確認する必要はないが、一応言っておく。私は、貴様を助ける訳ではないぞ〉
語るアウレオルスの足が、爪先から順に空中に溶けるように分解して行く。それはいくらかの単位で羽根のような形を作り、次々と垣根の背中へと引き寄せられていく。
「分かってる。テメェが力を――いや、知恵をくれるのは、垣根姫垣を、俺の世界を守るため。そこには俺自身は含まれていない。俺はヒメに救われた。それだけで充分だ。俺はこれ以上を要求しない。ただ、ヒメさえ救われればそれで良い。――テメェがそうであったように」
アウレオルスの胴体が消えて行く。対して垣根の背中には一対の大きな純白の翼が形成されていく。
〈その通りだ。貴様と私は同じ道を行くもの。改めて、最期に貴様と出会えて良かった。ありがとう〉
「その台詞、そっくりそのまま返すぜ」
もうアウレオルスの身体は右腕と顔しか残っていない。左半分が徐々に消えて行く顔面に普段は見せないような優しげな表情を浮かべて、アウレオルスは言った。
〈最期に、貴様に私の魔法名を教えよう。Honos628――『我が名誉は世界のために』。貴様の世界に、幸あらんことを〉
そして、アウレオルス=イザードは――コピーであれ、本物と同じ意思と想いを持った、たった一人の小さな少女のために生きた錬金術師は、垣根帝督のもとから去っていった。