とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-507

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ryuichi

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だれでも歓迎! 編集
「だからねー、最近のイギリスは力つけすぎだと思うのよー」
蝋燭の明かりだけがぼんやりと周囲を照らす、薄暗い部屋。
その主である『殲滅白書』所属の魔術師であるワシリーサは、右耳につけたイヤリング型の霊装を通じて遥か遠方の
『交渉相手』と密談を交わしていた。
「暗号解読のエキスパートであるオルソラ=アクィナス、250人ものシスターを束ねるアニェーゼ=サンクティスの改宗。
天草式十字凄教の合流に、聖人・神裂火織の存在。更にはリドヴィアの身柄を押さえたことで、あのオリアナ=トムソン
さえいまやイギリス勢なのよねー。それに――」
彼女はそこで一旦言葉を切ると、
「つい先日は『神の右席』にして聖人たる、後方のアックアを撃破。その顛末を掴んでないとでも思ってるのかしらん?」
通信の向こうで苦笑する気配が伝わる。
「そんなわけで祖国思いの私としては、イギリスばっかりいい目見るのはずるーい、と思っちゃったりするんだけど。
ちょーっとひとつ頼まれてくれないかしら? 同志であるあなたに、ぜひとも手に入れてもらいたい品があるのよー」
めちゃくちゃな論理の飛躍……いや、論理にすらなっていない言い草に、しかし相手は気を悪くすることもない。
それは"相手がワシリーサの発言の意図を正確に理解している"ことを意味していた。
「やー、本当なら私が直接そっち行ければいいんだけどねー」
中間管理職はつらいのよホント、とため息をついた後、彼女はどこか楽しそうにこう言った。

「そういうわけだから、噂の『アレ』、あなた方の力で何とか手に入らないかしら?」


現象管理縮小施設。

既に「街」と呼ぶに相応しい広さを誇る「殲滅白書」の本部でも、際立って年代を感じさせる建造物の中を、
サーシャは周囲に殺意をまき散らしながら早足で歩いていた。
「ワシリーサ殺すワシリーサ殺すワシリーサ殺す」
呪詛のように呟きながら歩く姿に、すれ違う同僚たちはあからさまに視線を逸らす。

第一の質問ですが、彼女はなぜそんなにも怒り狂っているのですか。
第一の解答ですが、その問いに答えるには二時間ほど遡る必要があります。



『大事な手紙だから、中を見ちゃだめだからねー』
上司にそう厳命され、最寄りの街へ使いに出されてから一時間。
ようやく目当ての店に辿り着いたサーシャは、せっかくだし昼ごはんは外で食べて帰ろうか、などと考えながら
薄暗い店内へ足を踏み入れる。
「おお、サーシャちゃんか。今日はどうした?」
霊薬の材料を買いに行くうちにすっかり顔なじみになった、三十代後半の店主が相好を崩した。
体格がよく見た目も怖いが、意外と気前よく金額の端数をおまけしてくれたりするので、サーシャも含めて
客からの評判はそう悪くない。
「第一の解答ですが、これをお願いします」
言って、ワシリーサから預かってきた手紙を渡す。
店員はペーパーナイフでピッと封筒の端を切ると、便箋に目を落とし――その笑顔が固まった。
「あー、うん。そうだよな。サーシャちゃんも年頃だもんなぁ」
嬉しさと寂しさが絶妙のバランスでブレンドされた、何とも微妙な笑顔を浮かべる店主。
まるで可愛い一人娘のウェディングドレス姿を見た父親のような、といえばわかりやすいだろうか。
「……?」
その奇妙な反応に、サーシャは店員の手から素早く便箋をひったくると、文面に目を通す。
そこには上司の本来の筆跡とは似ても似つかない、可愛らしい丸文字でこう書かれていた。

『避妊具がほしいんです。色は可愛いピンクで、なるべく薄いのをください』

今すぐ帰って息の根を止めようと思った。


そんなわけで。

ノックの代わりにハンマーを振り上げ、まずは扉に怒りをぶつけようとした瞬間、
『噂の『アレ』、あなた方の力で何とか手に入らないかしら?』
ドアの向こうからそんな声が聞こえ、サーシャは怪訝な顔で動きを止めた。
『いやぁー、我ながら無理言ってるなーって自覚はあるんだけどねー。イギリス清教に対抗できる
レベルの品を、当のイギリス清教の魔術師に依頼するって、どう考えてもむちゃくちゃだし?』
この上司は何を言っている? それも各国の十字教が極めて微妙な関係にあるこんな時に、一体誰と話している?
『もちろん報酬は弾むわよー? 「殲滅白書」のまとめ役なんて立場にいると、なかなか他じゃ手に入らない
ものなんかも手に入っちゃったりするからねー』
内通。そんな言葉が頭の片隅をよぎり、思わず心臓が大きく跳ねた。
『やー、さすがにサーシャちゃんひとりでイギリス勢に勝てるとは思ってないけどねー。でも、やり方次第じゃ
ロシア成教内でトップくらいは狙えるんじゃないかなー?」
「………っ!」
上司の楽しげで無防備な声をそれ以上聞いていることができず、サーシャは部屋の前から走り去った。


その日の夜、サーシャはベッドの中で眠れない夜を過ごしていた。
気にかかっているのはもちろん、昼間に偶然聞いてしまった上司と『誰か』の会話だ。
(第一の質問ですが、ワシリーサはロシア成教を裏切るつもりなのでしょうか)
イギリス製の霊装の調達。ロシアの頂点を狙う。彼女は確かにそう言った。
そして、その計画の核になるのは他ならぬサーシャである、とも匂わせていた。
(第二の質問ですが、そうなったら私はどうするのでしょうか)
自分にとって、ワシリーサは必ずしも良い上司ではない。むしろ人として容赦なくダメな部類である。
適当な理由をでっち上げて、どう見ても上司の趣味でしかない拘束服を着させたり。
用事で街へ出た時、気付かないうちに背中に「見られると感じちゃうんです♪」と書いた紙を貼られたり。
自室の引き出しを開けたら下着が全部スケスケのものに替えられていたり。
盗撮された着替えシーンが、うっかりミスで危うくロシア成教の信徒全員に配信されかけたり。
今日だって、顔見知りの前で大恥をかかされたばかりだ。
(………見捨てよう)
半ば本気でそう思うが、実際そんなことはできないだろうという自覚もあった。
もしいまこの瞬間ワシリーサがロシアを敵に回したら、自分はきっと彼女の側につく。

「……違う」

がばっ、と勢いよくベッドから身を起こし、身支度を整える。

『もし君が世界の敵になっても、僕は君の味方だよ』という、使い古された言葉がある。
だが、手遅れになるまで何もできなかった者に、今更一体何ができるというのだろう?
本当に相手のことを大切に想うのならば、そうなる前に止めてやらなければ意味がないのだ。
そう、たとえ愛する相手をその手で傷つけることになったとしても。

サーシャは着慣れた拘束服――全力戦闘のための装束を身に纏うと、決意を胸に部屋を後にした。

ワシリーサの寝室の前。
「……まだ、起きているようですね」
彼女の部屋の扉、小さな鍵穴からはうっすらと明かりが漏れてきている。
小さくノックをしようと、右手を軽く持ち上げたところで、
「あれ? サーシャちゃぁん?」
中から声がかけられた。
「どうしたのー? はっ!? ま、まさか夜這い!? 夜這いなのねそうなのね――ッ!?」
「入ります」
戯言は無視して扉を開けると、鏡台の前で髪を梳いているワシリーサの姿が目に入る。
シャワーを浴びたばかりなのか、肌は軽く上気していた。
「冗談はともかく、こんな遅くにどうしたのかな? もうすぐ日付変わっちゃうよん?」
「第一の解答ですが、大切な話があります」
話を切り出したサーシャに、ワシリーサは何やらショックを受けた様子で、
「はっ!? ま、まさか愛の告白!? そしてめくるめく愛欲の宴!?」
「今すぐその口閉じないと縫い付けますが」
『サーシャちゃんつめたーい、だけどそこがいーい♪』などと呟く上司の口を一瞬本気で縫い付けようと
霊装に手を伸ばしかけ、深呼吸して気を取り直す。
「第一の質問ですが、昼間話していたことは本当ですか。イギリス清教の霊装の件です」
相手の虚をつく意味も含め、単刀直入に訊ねると、ワシリーサはあからさまにうろたえた反応を返した。
「な、なんのことかなー?」
「申し訳ありませんが、立ち聞きしてしまいました。もう一度第一の質問ですが、あれは本当ですか」
目線を逸らそうとするワシリーサだが、サーシャの真剣な視線がそれを許さない。
やがて、観念するように彼女はぽつりと呟いた。
「んー、聞いてたんならそれが真実だよ」
「第二の質問ですが、なぜですか」
「え?」
「今のロシア成教が、『殲滅白書』が、そんなに不満なのですか。本気で敵対したいと思うほど、
あなたは今ここでこうしているのが嫌なのですか!」
「サーシャちゃん……」
彼女には珍しい怒声に、ワシリーサは驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべる。
「わたっ、私は! 今の自分が、今ここでこうしていられることが何より幸せです…っ! 毎日毎日
馬鹿なことばっかりやってる上司がいて、ろくでもない目にばっかり遭わされて、でもそんな生活が
本当に心の底から楽しいと思えて……っ!
堰を切ったように溢れ出す想い。自分でも何を喋っているかわからず、それでも口をついて出る言葉は
止められない。
「あなたにとっては、そうでなかったというんですか!」
そんなサーシャの姿に、ワシリーサはわたわたと両手を振りながら弁解の言葉を紡ぐ。
「あ、ああああのね、サーシャちゃん。ひょっとして、何かとーんでもない勘違」

ぴんぽーん。

「「え?」」
慌てたワシリーサの声は、間の抜けたインターホンの電子音で中断された。

「……こんな時間に誰かしらん?」
「いや、そもそもこの部屋にインターホンなんてありませんが」
戦慄するサーシャをよそに、ワシリーサの耳元、イヤリング型の霊装が淡い光を放つ。
昼間と同じ、超長距離通信術式が起動した印だ。
『えーと、夜分遅くにすまんのよな。まだ起きてるのよな?』
霊装から響く申し訳なさそうな声は、若い男のものだった。
「お、おおおおお―――ッ! まさか、あなたから通信が入るってことは!」
『ご注文の品が手に入ったのよな。知り合いがロシアに行く用事があるっていうから、急ぎで持ってって
もらったわけなのよ。そろそろ着いてる頃じゃないのよな?」
こうしている間にも、謎の"ぴんぽーん"は鳴り続けている。
「んー、サーシャちゃん、悪いけど私いま寝間着だから代わりに出てくれる?」
「………」
心霊現象の解析と解決を目的とした部署にいるサーシャではあるが、不気味なものは不気味である。
恐る恐る扉を開けると、そこには夜中だというのにサングラスをかけた少年が立っていた。
「ちわーっ、お届け物だにゃー」
気のせいか、どこかで見たような顔だった。
「じゃ、これ。受け取りにサイン頼むにゃー」
「あ、え、ええと、サイン……って、何にサインさせるつもりですか」
「ちっ、もう少しだったのに」
舌打ちとともに『メイド誓約書』と書かれた書類を引っ込める少年をきっ!と睨み付け、ドアの外へ
追い出すと、サーシャは届いた荷物―― 一抱えもある細長いダンボール箱を持って部屋の中へ戻る。
「―――ッ!?」
まさか、これが。
「ありがとー、ちょっとごめんねー」
思った瞬間、横合いから伸ばされたワシリーサの手が、サーシャの手から箱をかっさらっていく。
「待っ――」
制止するも時すでに遅し。ワシリーサの手は瞬時に荷物を開封し、中から『それ』を取り出していた。
イヤリングからの声が、まさに見ているかのような絶妙のタイミングで周囲に響き渡る。

『じゃじゃーん! これがイギリスが誇る最高傑作のひとつ!『大天使ロリメイド』なのよな――っ!!』

「「…………………」」
何故か感極まったように涙するワシリーサと、驚きのあまりぱくぱくと口を開閉するだけで言葉の出ないサーシャ。
そんな二人に構わず、『声』は誇らしげに続ける。 
『いやー、これ手に入れるのなかなか苦労したのよな。まだ試作段階の品を土下座して譲ってもらって、
デザインを崩さないよう細心の注意を払いながら天草式の術式を織り込んだ、この世に一着だけの究極にして
至高の霊装なのよな! これなら起伏に乏しいサーシャちゃんでも存分に戦えるのよな……』
普段の彼女が聞いたらバールを持って襲い掛かるようなことを言われているが、幸か不幸か放心状態の彼女の
耳には全く入らない。入ってもそのまま素通りしている状態である。一方のワシリーサは我に返ったらしく、
「すっばらしい!! サーシャちゃんの魅力にこの霊装を上乗せすれば、あんな淫乱娘(スクーグズヌフラ)なんて
相手にもならない!」
ちなみにスクーグズヌフラは性魔術のエキスパートであり、エロい格好にも魔術的な意味があるが、サーシャのは
単なる上司の趣味であり何の意味もない。
「第三の、質問、ですが……造反する、とかじゃ、なかったんですか」
呆然と呟くサーシャに、ワシリーサは今まで見たことがないほど"本気で"慌てた様子で。
「え、えーと。ごめんねー? 別に脅かすつもりとか、いや全くなかったわけじゃないんだけどこういうんじゃなくて。
あの、ほら、サ、サプライズプレゼントー♪って感じで、ね?」
「第四の質問、ですが、」
俯いたサーシャの頬をつうっと一筋、涙が伝い、
「わあああああぁぁぁ――っ!」
すとん、とその場にへたり込み、彼女は声を上げて泣き出した。

『あーあ。泣ーかしたー』
「ちょっ!? え!? あ、あのね!? ど、どどどどうすればいいの!? と、とりあえず脱げばいいのかしらん!?」
動転するあまり意味不明な行動を出る上司。そんな中、部屋には呆れたような気の抜けた声が響く。
『えーと、お取込み中悪いのよな。それで、報酬の方はどうなるのよな?』
「空気読めよこの野郎」
『怖――っ!? 口調変わってるのよな!』
まあ、状況が状況とはいえ、今のは単なる八つ当たりである。尽力には感謝と対価をもって報いるべきなのは確かだ。
ワシリーサはこほん、とひとつ咳払いすると、泣いているサーシャをなだめるように、
「えーとね、すっごく言いづらいんだけど。これ送ってもらうお礼に、サーシャちゃんが着てるとこ写真に、その、ね?」
申し訳なさげに最低なことを口にした。そんな彼女の姿に、サーシャは涙とともに湧き上がるもう一つの感情を自覚する。
そして、その『感情』に従うまま、彼女は口にした。
「第一の解答ですが。着てもいいです」
ぴたり、とワシリーサが凍りついたように停止する。
「いま、何て?」
「繰り返しになりますが。着てもいいです」
小さく、しかしはっきりと答えるサーシャに、今度はワシリーサの目にうっすらと涙が浮かぶ。
「うわあああああん、私は嫌がるサーシャちゃんが見たくてこれ買ったのにぃぃぃぃ! やーだー!
いやがってくれなきゃやーだー!」
『うわぁ……』
駄々っ子のようにじたばたしながらマジ泣きする上司に、ドン引きする部下と通信相手。
「でっ、でも着てくれるっていうならそこは気が変わらないうちに甘えておくべきかしら!
さ、さあ、ずずずいっと着替えちゃって!」
気を取り直したのか、『大天使ロリメイド』を押し付け、ぐいぐいとサーシャをユニットバスへ押しやるワシリーサ。

やがて、着替えを終えたサーシャがカーテンの向こうから姿を現した。

「……ふ」
「ふ?」
「ふにゅぅ」
奇声とともにワシリーサが昏倒した。かと思うと、勢いよくがばっと起き上がり霊装に向かってまくし立てる。
「この度は素晴らしい品物をありがとうございました! 迅速かつ丁寧なご対応をいただき、大変気持ちの良い
お取引ができました! また機会があったらぜひお願いいたします!」
『あっはっは、ネットオークションの評価文みたいな感想、痛み入るのよな!』
「えーと、とりあえず、わかっていますよねー?」
『もちろんなのよ。これで俺らはお互い他人同士。次会ったときは初対面なのよな!』
大いに盛り上がる二人を前に、サーシャは愛用のバールをそっと手に取った。
「なるほど、これは確かに拘束服とは違います。着ているだけで魔力が増幅されていくのがよくわかります。
……殺せないまでも、あなたにダメージを通せるくらいには」
「え? えーと、サーシャちゃん? 目が怖いんだけどー」
冷や汗を浮かべる上司を前に、サーシャは心の中から湧き上がる感情――純粋な殺意に身を任せ、得物を振りかぶる。
「ぬぅおあああああっ!?」
間一髪回避したワシリーサの横を、霊装で威力を強化されたバールが通り抜けていく。
魔力の余波はそのまま向かいの壁を砕き、隣の部屋へ飛んで行った大きめの破片が、姿見の前でポーズをとっていた
スクーグズヌフラ(全裸)の頭にぶち当たり、そのまま昏倒させる。
「ちょっ、ちょっとサーシャちゃん!? それ当たったら本気で死んじゃう――ッ!?」
「ちょこまかとすばしっこいです。なおも逃げるというなら」
 びしっ!とサーシャは上司の膝にバールを向け、

「まずはその関節をぶち壊す」

「どこかで聞いたような台詞なのにめちゃくちゃ怖いぃぃぃ――ッ!?」
『あー、なんか写真どころじゃないみたいだし、俺はもう寝るのよな』
 ヴン、と小さな羽音のような音を立てて、通信が切断される。
「ちょっ、待って――」
壁際に追い詰められ、がたがたと震えるワシリーサのすぐ横に、投げつけられたバールが突き刺さる。
ひっ、と短く悲鳴を上げた彼女を見下ろして、サーシャはベルトからゆっくりとハンマーを引き抜いた。
「最後の質問ですが――」
一撃必殺の魔力が込められたハンマーが、ゆっくりと振りかぶられる。
「――言い残すことはありますか」

今夜もロシアの一角に、爆音と悲鳴が響き渡る。

                                  了

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