とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-518

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ryuichi

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「ってぇ、あの野郎……あちこち噛みやがって……」
 上条は全身に残っている歯形を擦り、夜の道を歩いていた。
 コンビニの袋を下げ、自分の寮の下まで辿りついた時、上条は妙な不安に襲われていた。
 首を捻りつつ、エレベータに乗り込み、ボタンを操作する。
 初めは無視していた根拠すらないその不安が一気に首をもたげたのは、ほど近い川沿いに雷光にも似た閃光を見たときであった。
「なんだ、ありゃぁ?」
 上条は廊下から身体を乗り出す様にして、その閃光の消えて行く様子を見た。
(どこかで………つい最近、どこかで見た気が………)
 上条は記憶を懐古する。
 脳細胞の、本当に端っこにあるような、何かが引っかかるような、その程度の記憶を。
(御坂の電撃じゃない………なにかの、魔術みてぇな)
 上条はそこまで思い出すと、寮の部屋に飛び込む。
「インデックスは……い、ない?」
 部屋の中に白いシスターの姿はない。
(小萌先生のところか? それとも―――)
 上条の脳裏に、最悪の事態が浮かぶ。
「インデックス!!」
 コンビニの袋を部屋に投げ捨て、上条は駆け出した。



 上条が部屋を飛び出した頃、インデックスは河川敷付近を走っていた。
「この辺だったと思うんだけど……」
 ちょうど上条がコンビニへと出かけたとき、インデックスは学園都市の異変を感じていた。
「魔力の流れが集まってる……見たことないものかも」
 インデックスはキョロキョロと辺りを見回し、魔力の根源を探る。
 学園都市中にやんわりと漂っている魔力に混じって、別の魔力の後も残っていた。
「誰か魔術師同士が戦ってたみたいなんだよ………」
「おや―――」
 後ろからの声に、インデックスは警戒心を抱きながらも振り返る。
 敵意のない声の主は、『妹達』と呼ばれるクローンのうちの一人だった。
「あなたはあの人と一緒にいるシスターではありませんか、とミサカは確認します」
「クールビューティーが何をしてるのかな?」
「いえ、ミサカ達はお世話になっている人の指示である物を回収しに来ただけです、とミサカは報告します」
 御坂妹は挙動不審なシスターに首を傾げつつ答える。
 インデックスは御坂妹の話をほとんど聞いていないようなくらい、周囲に気を回していた。
「どうかしたのですか?」
「ううん、なんでもない。束ねられた魔力の足跡は……向こうに行ってるのかな」
 そういうと白いフードをたなびかせ、インデックスは踵を返して駆けて行く。
「何だったのでしょうか?」
「そんなことよりも運ぶのを手伝ってください10032号、とミサカ19090号は荷物の重さに嘆息します」
 御坂妹は振り返り、自分と同じ姿をした少女に囲まれた物体に目をやる。
 白い布で覆われた細長く3メートル程の物体。
「丁重に扱ってください。ただの鉄槍ではないらしいので、とミサカは進言します」

「この辺だとは、思うんだけどな」
 インデックスが御坂妹と遭遇していたころ、上条はそこから少し上流に登った所に辿りついていた。
「インデックスは………いねぇか」
 キョロキョロと辺りを見回し、人影を探す。
 探していたシスターさんどころか、魔術師と思しき姿すら見えない。
「ちくしょうっ!!」
 上条は川沿いに目をやりながら地を蹴る。
 どちらに走ればいいのかは分からなかったが、なんとなく、駆けださなければいけないような気がした。
「とりあえず、むこ―――っ!?」
 どんっ、と柔らかい何かに激突したような衝撃を受け、上条は体勢を崩す。
 ちょうど人とぶつかったような衝撃に、若干慌てながら、上条は顔の前で両手を合わせた。
「すいません、前見てなくて―――?」

 誰も、いない。

 上条はキョトン、とした顔で周りを見る。
 少なくとも周囲に誰かが居る気配はない。
「? おかしいな………」
 確実に『誰か』とぶつかったはずなのだが、上条は首を捻る。
 ぶつかった事もスルー出来るくらいに急いでいた人なのだろうか。
 人にぶつかるようなことがあれば、大概は不幸な目にあう上条にとって、何もないのは最高に幸せではある。
「なんだ? 気味わりぃな……」
 上条が何気なく右手を上げ、頭を描こうとしたとき。
 バギンッ! という何かが壊れるような音が周囲に響く。
「っ!?」
 上条の目が驚愕に見開かれる。
 慌てたように右手を振り抜く。何かの布のようなものに引っかかったような感触が上条の手に残る。
「あーあー、ニーベルンゲンに伝わる隠れ蓑だって聞いてたんですけど………偽物つかませれたかな?」
 楽しげな、それでいて背筋を凍らせるような女の声。
 殺気をはらんだようなその声の主は、ゆっくりと黒いコートだった物を捨てる。
「ふむふむ。なるほど、そういうことですか」
 冷たい視線が、上条へと向けられる。
「な、なんなんだよ………」
 彼女の目にあったのは、ただ単純なる興味だった。
 友達や、恋人や、憧れの人へ向けるような興味ではなく、もっと単純な。
 小さな子供が、与えられた新しい玩具に向けるような、興味に満ち溢れた視線。
「やぁやぁ、まさかこんなに簡単に遭えるとは思ってなかったですよ、『幻想殺し』。いや、上条くん?」
「て、テメェ………」
 上条は奥歯を噛みしめる。
 身体の中に危険度を指すメーターでもあれば、確実に振り切っていたであろう。
「魔術師か?」
「ふふふ―――」
 上条の問いに、パウラは嘲笑した。
 魔術師、という呼ばれ方に不満を抱くような、くすぐったがるような、そんな表情を浮かべている。
「個人的なこだわりなんですけどね―――」
 パウラは右面についた仮面に手を添える。
 暗い中に赤く光る目のような光点が、点であるにもかかわらずドロドロとした血の流れを感じさせる不気味なものだった。
「科学者、って呼んでくれた方がしっくりくるんですけどもね。あ、パウラでも良いですよ? 愛を込めてくれれば」
 そう言って、パウラはニヤリと口角をあげる。
 背筋が凍るような言葉に、上条は足が震えるのを感じた。
「科学者………パウラ………アンタ、もしかして」
「っと、もしかして、ということは……もうアレからお聞きになったみたいですね」
 それは好都合だ、と言わんばかりにパウラは懐から小さな槍を取り出す。
「その右腕、提供してもらえませんか?」
 ダンッ! という地面を蹴る音がしたかと思えば、パウラは2、3メートルあった距離を一瞬でゼロにすると、上条へと刃物を向ける。
「くそっ!!」
 連日の戦闘で動きの悪い身体を殆ど引きずるようにして、上条はその一撃を横っ飛びにかわす。
 対象のいなくなった刃物が空を切る――――――筈だった。

「つっ!?」
 上条は自分の腹部にかすかながら痛みを感じる。
 バッサリと切られた服の奥に、赤黒い血がにじむのが見えた。
(傷が開いた!?)
 上条は一瞬、傷口へと気を取られた視線を、パウラへと戻す。 
 相変わらず笑っている彼女の手には、血で彩られた槍状の刃物が握られていた。
(かわしきれなかった?)
 自分の身体が100%思い通りに動いていないのは分かってはいたが、それでもさっきくらいの一撃なら問題はなかったはずだった。
 上条は思う。
 科学者と名乗るだけあって、戦闘には余りにも『緩慢にみえる』その一撃は、図らずも喧嘩慣れしている上条には余裕をもって回避できる攻撃であったはずだと。
 理解を超えた何か、が混在している。
 その事実に上条が気付いたとほぼ同時に、パウラは楽しげに口を開いた。
「私の姿がどう見えてますかね、上条くん」
 ゆらり、と、陽炎のようにパウラの姿が消える。
 声だけが聞こえる方には、何の影さえも見えない。
(何か、仕掛けが………霊装はどれだ?)
 幾つか心当たりはある。
 壊れたはずの黒いコート。血のような赤で光る目。そして、持っている小さな槍。
「見えてるものがすべてじゃない、なんて哲学的な事を言うつもりはないですがね」
「うあっ!?」
 『消えているように見えた』パウラは、上条のすぐ後ろに姿を現すと、持っている刃物を振るう。
「っ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 怯みかけた心を立て直し、上条は右手を握る。
 異能の力に対し、絶対の効果を発揮する『幻想殺し』を、パウラの持つ槍へと照準を合わせる。
 固く握られた右手は、槍を掠めるような軌跡を描き、拳を向けられた槍の切っ先は、上条の右頬を切る。
 赤い血が飛び散り、上条の右手と右頬に鋭利な切り傷が真っ直ぐな線となり現れる。
「狙いは良かったと思いますけどね? 残念、コレには魔術要素はないんです」
 してやったり、という満足げな表情で、パウラは上条を見下すように笑っている。
「異能の力以外は、打ち消せないんですよねぇ?」
「…………………………………」 
 上条は口をつぐんだまま自らの右手に、ちらりと視線を向ける。
 ポタポタと滴り落ちる血が、地面に染みを作っていく。
(傷は深くねぇみたいでよかった……)
 刃物に対し、掠めただけで済んだその傷は、上条にとって継承と呼べる程度のものであった。
 だが、『もし右手で、真正面から槍を受けていたら』―――――。
 今頃、右腕は血だらけになっていただろう。
(結果的にはいい結果、ってことなんだろうけどな………)
 上条は右手を握りしめ、また開く。
(まだアイツの魔術の正体は掴んでねぇ……けど、恐らくは何らかの方法で『光を捻じ曲げ』てる)
 上条はつい最近のありがたーい補習で聞いた、小さな先生の言葉を思い出す。

「いいですかー、上条ちゃん。五感を誤魔化す能力にも幾つかあります。気配を断つ『視覚阻害(ダミーチェック)』、光そのものを捻じ曲げてしまう『偏光能力(トリックアート)』、その他にも―――』

(『偏光能力』に似た効果の魔術だと思うんだが………くそっ)
 上条は奥歯を噛みしめる。
 今目の前に立っているように『みえる』パウラが、本物かどうかすら分からない。
 右手で触れることが出来れば、打開策は発見されるかもしれないものの、『見えない物と闘う』なんていうことはまさに雲をつかむような話だった。
 その実験がてら少しずらして攻撃してみたら、今回のパウラは見えるままが実像だった。
(いっそずっと使ってくれてた方が分かりやすくていいんだけどな)
 息を整え、唯一の対抗手段となりうる右手を握る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 上条は真っ直ぐに、パウラがいるように見える場所へと駆ける。
 勘でしかないその行為は、判断ミスであれば命取りではある。
 それでも、上条は動くしかなかった。
 ニタリと笑うパウラの手に握られた刃物が月光に煌めく。
 現か幻か。
 上条には分からない。
 上条の突き出した右手よりも早く、刃が振り下ろされる。

「ここは………」
 無機質な白い天井が眼に入る。
 寝かされているベッドは移動可能なパイプ式で、どう考えても寮の一室にあるようなものではない。
 上半身を起こし、布団の中から腕を取り出す。
「っ! と……」
 その行為に妙な重さを感じ、雨宮は視線を向ける。
 月明かりに照らし出されたのは黒い髪と泣き腫らした痕の残る顔だった。
「気が付いたかい?」
 ふと、病室の扉が開き、低い声が響く。
 見舞いの女の子を起こさないよう程度に留められた声の主は、カエルのような顔の医師だった。
「術中からずっと心配してくれてたみたいだよ?」
「…………そうですか」
 雨宮は佐天の頭の上に手をそえる。
 寝息で軽く上下するその肩は、彼女が生きていることを実感させるものだった。
 数秒だけ、柔らかな目で彼女を見ていた雨宮は、病室に入ってきた医師に目を戻す。
「生きてるんですね、俺」
「どうやったかまでは知らないけどね。その子が言うには、青い服の外人に助けてもらったらしいね。いきなり屋上に患者が現れるなんて初めてだったね?」
 はて、とでもいうかのように、医師は手を顎に添える。
 深く考えているのかいないのかもわからない、読めない表情だった。
「さて、本題だけどね」
「なんですか?」
 佐天の頭から手を離し、雨宮はベッドから下りる。
 軽く体を動かしてみるも、動きに問題はなさそうだ。
「レベル4であるはずの君が、能力開発も受けていない体だったって言う事には触れないでおくよ?」
「沢山の妹さんを紹介して、案内までしてくれた貴方が知らなかったと」
「あの時は『まだ』患者さんじゃなかったからね? それより、話を進めるけどいいかな?」
 表情一つ変えないで、カエル顔の医師は続ける。
「IDを持たない人間がこの街の外を囲んで何やらお祭りをしているらしいんだね」
「なるほど。それに乗り込んで一緒に踊って来い、ってことですか」
 雨宮は着ていた手術衣を脱ぐと、隣に畳まれていた学生服に袖を通す。
「ちなみに、街の中の不審者にはあの少年と小さいシスターさんがお話してるみたいだよ?」
「上条とインデックスか………俺も、どうして貴方がそこまで知ってるのかは聞きませんよ」
 雨宮は着替え終わると、その場を病室の扉へと向かう。
「その子、疲れてると思うんで寝かせてあげて下さい。あと、起きたら『ありがとう』って伝えてもらえるとありがたいです」
「自分で言えば良いじゃないのかな?」
「そうですね。縁があれば、そうします」
 雨宮が扉を開いた先、廊下には白い布で覆われたものを持った妹達が控えていた。
「恩に着るよ」
「いえ、以前、最後までご案内出来なかったお詫びとでもとってください、とミサカは頭を下げます」
 雨宮はその布を投げ、その場から駆けだす。
 殺せない槍を手に、胸に刻んだ願いを行使する為に。

「刃の軌道を上に! 斬撃を停止し、その正体を現せ!」
 上条の右の方から、透き通るような声が響く。
 その瞬間、刃を持つパウラの左腕が跳ね上がり、見えていた姿が蜃気楼のようにぶれる。
「なっ!?」
 新たに現れた『本当の』パウラの姿は、驚愕の表情で彩られていた。
 上条は思い切り腰を捻り直し、右腕を振るう。
「うおおおおおおおおおッ!!」
 渾身の力で振るわれた右腕は的確にパウラの左頬を射抜く。
「がぁっ!?」
 パウラの身体が宙を舞う。
 地面を転がり、2、3メートル先で横たわっている。動く気配はない。
「とうま!」
「やっぱり、さっきのはインデックスか………わりぃ、助かった」
 上条の元にインデックスがパタパタと駆け寄ってくる。
「とうま! また一人で無茶したんだね」
「はぁ、そう言うお前も一人で行こうとしてたんじゃねぇかよ」
「もうっ! 私はともかく、とうまは魔術とは無関係のはずなんだよ」
 インデックスが頬を膨らませ、上条の背をバシバシと叩く。
「いてぇよ!」
「ふふん。これに懲りたらもう部屋で大人しくしてると良いんだよ」
「つうか、テメェ一人じゃどうしようもなかったじゃねぇか!!」
 上条はポカポカと殴ってくるインデックスの両手を捉える。
「ふ、は、ははははははははははっ!!」
「ッ―――!!」
 2、3メートル先。
 横たわっていた筈のパウラが楽しそうに笑っている。
 その顔から白い面は取れ、血にような赤い義眼がおどろおどろしく光っている。
「戦闘中に、女の子と談笑? いやいや、緊張感が足りないんじゃないかな、上条くん」
「テメェ…………ノビてたんじゃねぇのかよ」
 上条は右手をさっと、インデックスの前に伸ばす。
 攻撃が飛んでくる気配はない。
「まぁさか、禁書目録がやってくるとは思いませんでしたけど。そういえば、貴方が管理者だったんですよね、迂闊でした」
「むぅ、なんだか馬鹿にされたような気はするけど。そんな事より、貴女は誰で何が目的なのかな?」
 相変わらず余裕を絶やさない笑みで笑うパウラは、ゆっくりと口を開く。
「そうですねぇ。そこの『幻想殺し』を解剖する、ですかね? なんなら、貴女もバラしましょうか?」
「そんな物騒なことを言って! この術式の匂いはローマ正教の魔術師だね」
「さすがは、イギリス清教が作った魔導書図書館ですか………まぁ、『そんなもの』を生み出す英国も他人のことは言えないでしょうよ」
 今にも飛び出していきそうなインデックスを抑え、上条はパウラの右目を見る。
 負の感情を全て混ぜ合わせたようなその色は、猟奇的であり、残虐的であり、絶望的であった。
「私の術式がバレても困るので、さっさと片づけちゃいましょうか」
 にやり、と笑ったパウラの声は、あろうことかすぐ後ろから聞こえた。

 今までのような幻影を利用したようなものではなく、純粋な移動速度の速さ。
 それは聖人である神裂やアックアさえも彷彿とさせるような、おおよそ常人離れしたものだった。
「インデック―――!?」
 上条がそれに反応したときには、インデックスの身体は宙を舞い、上条の腹部に重い拳が入っていた。
「がっ、はぁ!?」
 女性の腕の力では考えられないほどの力だった。
「あはははは。いやいや、流石は学園都市、良いものがいっぱい落ちてましてね?」
 まるでプレゼンでもするかのように話す。
「『幻想御手』でしたっけ?」
「テメェ………まさか」
 地面に叩きつけられた上条は、その体勢のままパウラを見上げる。
「皮肉なもんですよねぇ、まさか『魔術御手』なんて名前にされるとは思いませんでしたけど」
 そう言って、ポケットから音楽用のデータスティックを取り出す。
「上条くんは確か錬金術師と面識があるはずですよね?」
「!?」
「アウレオルス=イザード………あの錬金術師が何か関係があるっていうの?」
 すぐ横からインデックスが噛みつく。
「さすがは禁書目録。この手の話は食い付きがいいですね」
 パウラは蔑むような目で、インデックスを見ている。
「『グレゴリオの聖歌隊』」
「!!」
 パウラの呟きに、インデックスが目を見開く。
(グレゴリオ……アウレオルス………)
 上条はその場に立ちあがり、記憶を遡る。
(ステイルにその効果の説明を聞いた気が………)
「確か、多数の祈りを集めることによる―――」
「そう、3333人の祈りを集めることによって発動させる大魔術。アウレオルスはそれを応用して、大勢の学生に詠唱させることで強大な防衛を張ってたんだよ」
「その通り。上条くんも覚えてるとは意外でしたけどね」
 パウラは右手で持っていたメモリースティックを握りつぶす。
 グシャリ、と音を立てて破壊されたそれは、小さな破片となって地面に落ちていく。
「学生に撒いたのは混乱を招く為ではなく、あくまで下準備ですね。もっとも、それ以外の純粋なる魔術師を使ってブーストもしていますが」
「その学生による詠唱で肉体強化の補助魔術を常時展開している、ってとこだね。周りから流れてくる魔力の流れはそのせいなんだよ」
「………って、ことはなんだ? 『魔術御手』を使ったやつは魔術を使わされてる、ってことかよ?」
「そう、なるね」
「ふざけんな―――」
 上条は歯噛みする。
 能力者は魔術を使えない。
 土御門元春がどうなった。『偽・聖歌隊』の学生がどうなった。
 上条の脳裏に、赤い血が蘇る。
「アイツらが何をしたってんだよ! 何にも関係ねぇだろうが!!」
 上条は咆哮する。
 目の前の理不尽さに愕然としながら、その右手を握りしめる。
「テメェの利益の為なら他人がどうなってもいいってのかよ! 傷ついた他人の上に立っておいて、それで信者を救えるって、胸を張れるのかよ!」
 上条は真っ直ぐに、パウラへと言葉をぶつける。
 彼女は表情を崩さない。
 あくまでそれが当然であるとでも言うかのように。
 悠然と笑っている。
「いいぜ………テメェがそんな考え方を曲げねぇってんなら、その幻想をぶち殺す!」
 上条は身をかがめ、地面を蹴る。

「そんな身体で、ワタシに勝てるとでも?」
 上条の突き出した拳をなんなく受け止め、パウラは不敵に笑う。
 突っ込んできた上条の勢いをそのまま利用し、反対側へと投げ飛ばす。
「くっ!!」
 地面に叩きつけられ、上条は背中にビリビリとした痛みを感じる。刹那、顔をしかめている間もなく地面を横に転がる。
 上条がその場を離れた瞬間、パウラの足が地面へとめり込む。
「観念してください。命までとは言いませんよ。後方のアックアも言っていたでしょう?」
 パウラは上条に左手を向ける。
 カッ、といきなり照明用のライトでもぶち当てられたような閃光が上条の視界を覆う。
「ぐううぁぁっ!?」
 バギンッ!! と、反射的にかざした右手が何かを掻き消す。
「あはっ! いいね、便利な能力ですね」
「ごっはぁぁぁっ」
 パウラは上条の脇腹に蹴りを入れると、一足飛びでインデックスの元へと移動する。
「こうすれば、どうなるかな?」
「んにゃぁ!?」
 パウラはその右腕をインデックスの首に回し、左手で彼女の首元に刃物を向ける。
「インデックス!!」
「とうま! 私の事は大丈夫だから、こんな奴の言う事なんか聞いちゃいけないんだよ」
 パウラに抑えられたまま、インデックスが叫ぶ。
 上条はどうする事も出来ないまま、歯を食いしばる。
「まぁ、別に動くなとは言いませんよ?」
 悪戯っぽくパウラが微笑む。
 その表情には可愛気と言うものは存在しない、純粋なる悪意から来るものだった。
「私を人質にでもとったつもりかもしれないけど―――」
 インデックスは大きく息を吸い込むと、お腹の底から空気を吐き出すように叫ぶ。
「右腕の拘束を解除!」
 ――――――『強制詠唱』
 先程、上条への斬撃の軌道を捻じ曲げたインデックスの扱う技術は、不意を突きさえすれば、パウラ本人の意思に関わらずその行動を操作できるものだった。
 だが―――
「『強制詠唱』ねぇ………」
「な、なんで!?」
 相変わらず、しっかりとインデックスを拘束したまま、パウラは不敵に笑う。
「さて、『禁書目録』に問題です。ワタシは一体何の魔術を得意としているでしょうか?」
 左手に持った小さな刃物を器用に回し、パウラはインデックスから上条へと視線を移す。
「テメェ、インデックスを離しやがれ!」
「あっはっは。 ハイ、そうですね、って離す奴がいますか? 貴方はともかく、少なくとも『禁書目録』は貰って行きたいんですけども」
「がぁぁぁぁぁぁッ!!」
 パウラが視線を外した瞬間、インデックスはその大きな口を開けると、自らを拘束していた右腕にかぶりつく。
 ガギンッ! という甲高い音が聞こえ、インデックスの顔が苦痛に歪む。
「残念でした。生憎、ワタシの右腕は義手ですよ?」
 涙を浮かべたインデックスを蔑むような目で見る。
「で、答えは分かったかな? ヒントはワタシの魔法名、『unda447』。英語にするなら『Wave』というところですね」
「!!――――――波動か」
 捕らえられたインデックスに代わり、上条が答える。
「さっきの『強制詠唱』を無効化したのも音の波を捻じ曲げたからなんだね」
「その通り」
 術式の秘密を暴かれたというのに、どこか嬉しそうな顔でパウラは続ける。
「上条くんの思った通りだと思いますよ? ワタシの姿が見えたり見えなかったりしたのも、波を捻じ曲げただけです」
「いいのかよ……困るんじゃなかったのか?」 
「科学者たるもの、他人に自分の研究成果をプレゼン出来たときが華ですからね」
 パウラは表情を崩さない。
 上条との間合いを計りつつ、不敵に笑うだけだった。

 誰もいない学園都市の闇を切り裂いて、科学と魔術に染まった人間が宙を舞う。
 ビルからビルへと飛び回り、一直線に学園都市の外を目指す。
(魔力の流れの中心部は……あっちか)
 感覚を研ぎ澄まし、流れている魔力の出所を探る。
(それにしても………『グレゴリオの聖歌隊』の紛い物まで持ち出してくるとは―――)
 雨宮は学園都市のあちこちから集約されている微小な魔力を感じつつ、下唇を噛む。
 少しだけ速度を速める。
 目指す先はローマ正教の魔術師の集まっているだろう地点。
(集約した術式を束ねてんのか………)
 あちこちに居る学生が詠唱した魔術を一旦集約し、そこからパウラの元へと送り届ける。
 ズレやラグを修正する変電所のような機関を担う部分がある。
(そこを叩けば―――)
「少なくとも、彼女の戦力は大きく削れますね」
「!!」
 不意に横から飛んできた声に、雨宮はゆらりと視線を向ける。
「神裂さんか」
 大きな日本刀を携えた神裂火織が雨宮に速度を合わせるように隣を駆ける。
「同じ方へ走っているところを見ると、貴方もあの術式の阻止に?」
「…………」
 雨宮は神裂を一瞥するだけで何も答えない。答える必要がない、とでもいうかのように視線を前方へと戻す。
「協力に感謝しますよ」
「別に協力するわけじゃないですよ。俺は俺のやりたい事をやるだけです」
 すぐ近くに見えてきた学園都市の防壁を確認する。
 警備が厳しくなっている様子はない。
「それより、神裂さん。インデックスの元へ行かなくていいんですか?」
「行きたくないと言えば嘘になりますが、先に片づけることもありますし―――」
 神裂は一瞬、躊躇うように言葉を飲み込む。
「あの少年を、上条当麻を信用していますから」
 柔らかく微笑む。
 その顔は子を慈しむ母のような、愛する人を見る少女のような顔だった。
(これが天草式の女教皇様、ね………)
 意外な一面もあるんだねー、と失礼極まりない感想を抱きつつ、最後にビルの端から学園都市の壁へと飛ぶ。
「貴方だって、同じでしょう?」
「なにがです?」
「貴方だって上条当麻を信頼しているからこそ、こっちに来たんじゃないですか?」
 警備ロボットの走るレールを踏みつぶし、学園都市の外部の空を二つの影が舞う。
「ええ―――」
 ズドォォンッ! と人間が落ちたにしては大きすぎる音を響かせ、敵の本丸へと突撃する。
 変電所を構築していた魔術師群が驚きの声をあげ、身を固める。
「友達、ですからね」
 殺せない槍を振るい、儀式場ごと群がっていた魔術師を薙ぎ倒す。
 二人の聖人による一方的な殲滅戦が始まった。

「っ!!」
 その異変に初めに気付いたのはインデックスだった。
 パウラへと常に供給されていた魔力の流れがぷつり、と切れる。
 原因も、その意図さえも、インデックスには掴めない。
 それでも、この瞬間が『聖人級の戦力に対し自分たちが対抗できる瞬間』である事実には変わりない。
「ッ!?」
 パウラの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。
 自分の用意していた戦力の要が破られた事によるショックは思いの外大きかったようだ。
「そんな―――」
 パウラの手から刃物が零れ落ち、地面にぶつかる。
 その瞬間だった。
 物陰から飛び出してきた白い影がパウラの右腕を吹き飛ばし、捕らえられていたインデックスを解き放つ。
「やっと出てこれたのよな」
 クワガタみたいな黒い髪に、異常に長い靴紐。下げられた扇風機に、握られたフランベルジェ。
 なにからなにまで異常な格好をした男が上条の前に立っていた。
「お前………」
「覚えてくれてたんならそれでいいのよな。本当はもっと早く助太刀したかったんだけどよ。禁書目録が捕らえられてる上に、聖人級の戦力と来たもんだ」
 チャンスが来るまで待ってんってことよ、天草式の教皇代理・建宮斎字は弁明する。
 パウラから逃げてくるインデックスを庇うようにして、建宮はパウラへと剣を向ける。
「助かったんだよ」
「禁書目録の保護を最優先、ってのが女教皇からのご命令だったんでな。手荒になっちまったが勘忍してくれると嬉しいのよ」
 インデックスが無事であることに安堵しつつ、上条は建宮の隣に立つ。
「わりぃ、助かったよ」
「礼を言われるようなことじゃねぇのよな。むしろこっちが一般人を巻き込んだことに謝るってのが筋ってもんなのよ」
 驚愕のまま固まっていたパウラがよろよろとふらつく。
 信じられないような顔で建宮を見ていた。
「聖人一人なら返り討ちにできるくらいの戦力は置いておいたのですが………」
 神裂一人で殴りこんでも返り討ちにできるくらいの、対聖人用装備は整えておいた、その筈だった。
 魔力の中継点を狙われることは想定の範囲内であり、そこに襲撃を掛けるであろうイギリス清教の切り札となる神裂対策も万全。
 パウラの作戦は完璧である筈だった。
「二人、いたとしたら?」
 建宮は口を開く。
「まさか………あの、実験動物が」
 パウラは苦虫を噛み潰したような顔で奥歯を噛む。
「あの時殺し損ねたアイツがっ! またもワタシの邪魔をするってのかぁぁぁぁ!!」
 さっきまでの不気味なまでの冷静さをかなぐり捨て、パウラは激昂する。

 人工聖人、雨宮照が生きているという事実は、パウラの計画にとって大きな誤算だった。
 自らの『作品』となるはずのそれは、結果として自らを滅ぼしかねない存在となり、二度も殺し損ねることになった。
 一度目は生み出した瞬間。
 二度目は復讐を遂げようとした瞬間。
 どちらも視界の端に飛び込んでくるのは、青い影。
「アックアァァァァァァァァァァァァ!!」
 地獄の底から湧きあがるかのような、恨みの込もった叫びが夜の街に響く。
「観念するのよな」
 建宮は真っ直ぐに、フランベルジェの切っ先をパウラへと向ける。
「……………」
 強化術式を失ったパウラに、勝てる手段は残されていない。
 時間をかければ二人の聖人はあっという間にこの場に辿り着くだろう。
 残された選択肢は、一つしかない。
「一旦、引かせていただきます」
「させると思ってんのか」
 建宮は一直線にパウラの懐へと飛び込むと振りかぶった剣を振るう。
 ガギィンッ! と金属同士がぶつかった音が響く。
 僅かに残された義手の部分で、フランベルジェの切っ先を受け止めたパウラは左手でポケットからパンパイプを取り出す。
「ワタシの勝ちとは言いませんが―――」
 パウラが口にあてたその笛からは何も聞こえない。
 透明な音色に合わせるかのように、彼女の姿が、音が、存在感までもが透けていく。
「―――負けることはしない主義ですから」
 怪しい声だけが響く。
 パウラの赤く光る義眼だけが宙に浮いている。
「そんなことで、許されるわけがねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 バギンッ!! 何かが破壊される音が鳴る。
 見えない何かが吹き飛び、街灯の柱へと激突する。
 複雑に組まれていたパンパイプがバラバラに弾け、消えかかっていたパウラが姿を現す。
 完全に気を失い、微動だにしない彼女に建宮が近づいていく。
 赤い義眼にが入り、バラバラと崩れ落ちていく。
「これで終わりよな」
 なにやら魔術を施したのだろうか。
 建宮が投げた紐でパウラの身体が拘束されていく。
「終わった、のか」
 上条は安堵のため息をつく。
 後ろから駆けよってきたインデックスの笑いかけたところで、上条の視界はブラックアウトした。


 上条が目覚めたとき、既に変わらない日常が戻ってきていた。
 唯一いつもと違う点と言えば、自分の身体が寮のベッドの上にあることで、普段それを占拠しているシスターさんはベッドにもたれかかるように眠っていた。
「…………なんだったんだろうな」
 昨夜のことが夢であったかのような、はっきりしない頭に喝を入れようと洗面台へと赴く。
 何も変わらない、それでいて何処か腑抜けた自分の顔が鏡に映っていた。
 その日、社長出勤で三時限目からの登校を決めると、雨宮の姿は見あたらない。
 小萌先生曰く、急な引っ越しが決まったらしい。何処に行ったのかさえ分からないという。
 土御門によると、『魔術御手』の影響下にあった学生は散り散りに行動していた天草式の面々によって無事保護されていたらしい。
 『なんでお前が知っているんだ』というツッコミは胸にしまい、上条は溜息をつく。
「まったく、お前はまた裏で暗躍してたのか?」
「どうかにゃー? まぁ、色々とお仕事があったことは否定しないぜよ」
 威張るような顔を見せる土御門に一発くれてやろうと思い、右手を握ったところで上条は思いとどまる。
「そういえば、アイツは?」
「アイツじゃ分かんないぜよ」
「雨宮、あれは何処に行ったんだよ?」
 上条の疑問に、土御門は視線を逸らし、窓の外を見る。
 釣られるようにして、上条もその方向に目をやる。
 広がっている校庭には学生たちが歩いているだけだった。
「アイツは『一応』ローマ正教の人間だからにゃー。イギリス清教に属する土御門さんはあんまり詳しくなんです」
「思いっきり知ってます、って目してたぞ」
 上条は視線を土御門の緊張感のない顔に向ける。
 土御門はふざけた表情を崩さないまま、言葉を続ける。
「カミやんが心配するようなことじゃないんだぜい。縁があればまた会えるぜよ」
 学園都市の上は、今日も青空が広がっていた。

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