とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-597

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ryuichi

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 所詮、神様から見放された不幸少年上条当麻の最期なんてこんなものだ。


 俺の頭に羽が触れた瞬間、得体の知れない衝撃が頭の深奥まで貫いたのを感じた。
 薄れゆく意識の中で思う。ああこれは『死んだ』な、と。
 大切な『何か』が失われてしまったのが分かる。そしてそれが無くなるということは、『上条当麻』の死を表すということも。
 大して驚きはない、悲しくも苦しくもない。あの羽がヤバイというのは直感で分かっていたから、むしろ記憶だけで済むなんて僥倖だとすら思える。
 毎日が不幸まみれだった俺が死ぬ間際に浮かべた言葉が僥倖だなんて、なんていうか、皮肉というか滑稽というか。
 ああ、そうだ。本当に俺の日々は不幸だった。この間も家電はビリビリの雷で死んだし。携帯は踏み砕いたし。
 最近に限ったことじゃない。小さなことばかりでもない。そう、例えば――ああ、これは走馬灯ってやつなんだろうか。

 最初に自分の『不幸』を自覚したのは、たしか幼稚園に通っていた頃だ。
 とは言ってもそれは俺の印象に深く残った、とびきりの不幸があったってわけじゃない。
 『疫病神』 そう呼ばれていたからだ。
 それがもう不幸だって? ……まあ、それもそうか。
 とにかくその頃から俺はとことん不幸だったらしく、級友とその親達は揃って俺を疫病神呼ばわりしていた。
 くだらない迷信だと父さんは憤っていたけれど、俺はそうだと言い切れなかった。実際に級友を何度か俺の不幸に巻き込んだこともあったから。
 そんなわけで、俺にはろくに友達もいなかった。幼稚園児に不幸なんてよく分からなかっただろうが、親の感情ってのは子にも伝染するものだ。実際に不幸に巻き込まれて体感した子は言うまでもない。
 級友達に石を投げられた。
 彼らはそれを見て笑った。大人達も笑った。
 笑わない大人だっていた。なにかとても汚いものを見るような目でこっちを見ていた。
 それが、覚えている中での最初の不幸。
 多額の借金を背負った男に刺されたこともある。もっとも、不幸中の幸いというべきか致命傷にはならなかったが。
 けれどその時のことはハッキリと覚えている。当たり前か。いじめなんて日常茶飯事だったけれど、そこには殺意なんて無かったんだから。ときには面白半分やストレス解消で殴られたりもしたけれど、その多くは大人も子供も見えない不幸を恐れて、それを呼ぶ俺を忌んでいただけだったんだから。
 「お前のせいだ」と言われた。
 幼稚園の近所に済む男だったらしい。借金を背負うことになった理由は知らないけれど、それは『不幸』な俺のせいにされた。勿論そんなのは責任転嫁も甚だしいことで俺の不幸とは一切関係ない話――のはず――だ。
 俺が直接的に不幸っていうのを体感したのは、それが最初だった。
 痛かった。恐かった。辛かった。何かとても悪いことをしてしまったような気がしてずっと泣いていた。

 テレビが取材に来たこともある。
『疫病神』としてカメラに映された。もっと愉快な話題は無かったのかと思わないでもないが、多分他人の不幸は蜜の味ってやつだろう。結局その考え方は俺には最期までよく分からなかったけれど。
 その目を、今でも覚えている。そこに悪意は無かった。善意だって勿論。
 そこには純粋な好奇心しかなかった。『疫病神』という化け物か、珍獣か。そんな『もの』に向けた目だった。

 そんな日々を過ごしながらも、俺が曲がってしまわなかったのはひとえに両親のおかげだ。
 父さんも母さんも、決して俺を疫病神だとは呼ばなかった。きっと沢山迷惑をかけてきたはずだ。沢山不幸に巻き込んだはずだ。それでも俺を見捨てなかった。俺がいじめられれば憤ってくれた。俺が苦しかったら傍にいてくれた。不幸と相殺してもおつりがくるくらいに、俺をたくさん愛してくれた。

 それでも、俺への周囲の目が変わるわけじゃあなかった。
 だから、俺は学園都市に送られた。『不幸』なんて迷信を信じない、科学の街へ。

 だが、この街でも俺は不幸だった。
 レベル0、それが俺に与えられた評価。
 それも並みのレベル0では無い。『0に等しい』でも『限りなく0』でもなく、『全くの0』。得体の知れない脳の開発を受けた結果が、『君には超能力は絶対に習得できません』だ。
 それでも、俺はそんなにそれを不幸だとは思わなかった。
 元から妙な力が宿っていたから? 違う。
 友達が出来たから。両親以外の、かけがえの無い存在が出来たからだ。
 住むことになった寮の隣人の、土御門元春。義妹ラブのなにやら胡散臭いヤツだが、この街で最初に出来た、気が置けない友人だ。
 青髪ピアス(名前なんだっけ)。こっちはロリ含む雑食らしい。会ったときからただの変態だった。
 こいつらと馬鹿話をしていると妙に疲れるが、そんなくだらない時間が楽しかった。学園都市に来る前には、決して過ごしたことの無い時間だった。
 吹寄制理を初めとするその他のクラスメイト達。俺は学園都市に来ても不幸だったけれども、彼らは俺を疫病神とは呼ばなかった。むしろ俺の不幸を逆手にとって、一部の連中は俺のことを不幸の避雷針代わりにしやがったりと、なんやかんやで俺を輪の中に受け入れてくれた。なんだか吹寄にはなんだか嫌われっぱなしだったけれど。
 小萌先生。初めて会った頃から、身長は俺の方が高かった。最初は何の冗談だと思っていたけど、いつも親身になって接してくれる、素敵な先生だった。
 ビリビリこと御坂美琴。彼女とは初めてあった頃から喧嘩ばかりしているけれど、そんな関係もどこか心地よかった。殺人級の電撃は勘弁して欲しいが。
 結局、彼女には最期まで嫌われっぱなしだった。もう少し違う出会い方をしていれば、きっといい友達になれたと思うのだけれど。

 そして、『禁書目録』インデックス。
 彼女とは会って一週間しかたっていないけれど、それでもいつの間にか欠かせない存在になっていた。彼女が俺と同じように『不幸』だからだろうか。
 彼女が泣くのは悲しい。彼女には、いつも笑っていて欲しい。
 二人の魔術師、ステイル=マグヌスと神裂火織。友人というよりは敵だったけれど、最後には同じ志を持つ、戦友のようになれたんではないかと勝手に思っている。

 彼らに会ったのも、また不幸の一つなのだろうか。
 確かにこの一週間で三回は死に掛けたが(その最後の一回でこうして死んでいくわけだが)、あまりこれを不幸だとは思いたくない。
 俺が彼らと出会わなければ、彼らはきっとずっと死にも等しい苦しみを味わい続けたのだろうから。
 俺は死んでしまうけれど、その不幸の連鎖を断ち切れたのだから。
 最後の最期でこんな役立たずの右腕が役に立ったのだから。
 これはこれで良かったんじゃないかと思う。

 明日か、明後日か、それよりもっと先の未来か。彼女が目覚めて、俺が目覚めて。
 俺の記憶が無いことを知ったら、彼女は泣いてしまうのだろうか。それとも無理矢理にでも笑おうとするのだろうか。
 どっちにしても、嫌だな、と思う。彼女には心から笑っていて欲しい。この感情がどこから沸いて来るのか分からないけれど、そう思わずにはいられない。
 この思いだけは、死んでほしくないと思ってしまう。
 理不尽な『不幸』が、俺の大切な思い出達を殺してしまうのだとしても。
 このちっぽけな幻想だけは殺さないで欲しいと、心の底から思う。
 こんなくそったれの右手で、初めて掴み取れた幻想なのだから。



粉雪が降り積もるように、何十という光の羽が上条の全身へと舞い降りた。

 (大切な思い出――なんだ、そうか)

上条当麻は、それでも笑っていた。

 (大切だったんだ。ずっと、全部)

笑いながら、その指先は二度と動かなかった。

 (ああ、ちくしょう)

この夜。

 (俺は、本当は幸せだったんじゃないか)

上条当麻は―――――

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