とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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『ベツレヘムの星』に残された、たった一つの脱出用コンテナの扉が外側からロックされた。乗っているのは、今しがた、ツンツン頭のただの高校生にしか見えない上条当麻に、無理やり乗せられたフィアンマで。
 直後に、短いレールを滑って、大空へと投げ出される。
 降下し、小さくなっていくコンテナを、上条はしばらく見送っていた。
 やがて、振り切るように上条は視線を上げる。
 最後のコンテナは射出された。
 もう、安全に要塞から脱出する術は存在しない。
 そのときだった。
 突然の爆音と供に現れた一機の戦闘機。しかもそのコクピットに見える、着ているものがいつもの常盤台中学の制服でない以外は、端正な顔立で短めの茶髪の二つの同じ顔の少女に、上条は見覚えがあった。
 んな……!
 降って沸いた脱出手段。
 上条が愕然しているその傍で、既にコクピットを飛び出した茶髪の少女=御坂美琴がVTOL機の主翼に張り付いて上条当麻へと手を差し出していた。
 上条は、一瞬、その差し出された手に、まるで夢遊病者のように『右手』を伸ばした。
 あと数ミリ、指が触れ合うギリギリ。
 しかし、そこで上条は思い出す。まだ、ここでやらなければならないことがあったことを。
 静かに首を横に振る。伸ばした手を引っ込める。
「まだ、やるべきことがある」
 そう言って、驚嘆の表情を浮かべる美琴の救いの手を振り切ろうとして、
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
 ところが一瞬で我を取り戻した美琴は引かない。さらに強引に手を伸ばし、無理矢理、少年の腕を掴もうとする。
 主翼から身を乗り出して。


 その瞬間、ゴゴンと要塞が大きく振動した。


「ひゃっ!」「おわっ!」
 その衝撃にVTOL機の主翼の先端が要塞の表面に触れて、バランスを崩す!
 危険を察知した操縦桿を握るミサカ一〇七七七号が緊急回避!
 もちろん彼女は衝突の危険から自分の身を守るために行動したのではない。
 この至近距離だ。
 衝突に巻き込まれるであろう、少年の身を案じたのだ。
 しかし、その突発的な回避行動はもう一人の少女の現在位置を把握せずにやってしまったものでもあった。
 いや、彼女は少女を信じていたのかもしれない。
 自分たちの素体(オリジナル)にして、学園都市二三〇万人の中でも七人しかいない超能力者(レベル5)である少女を。
 ところが、超能力者(レベル5)の彼女でも、不測の事態に突然の対策も取れるはずもなく、その体は、程なく、少年の体をクッションにして要塞に投げ出されてしまった。
「お姉さま!」
 珍しく、本当に珍しく悲痛な声をあげた妹達(シスターズ)は旋回し、再び要塞へと舵を切る。
「来るな!」
 が、美琴がそれを止めた。
 もちろん、コクピット内にいる妹達(シスターズ)には、その声は届かない。しかし、美琴の声は確かに妹達(シスターズ)に聞こえた。
 彼女の表情が、唇の動きが、全身で表現したから届いたのだ。
 わずかな沈黙。刹那のような永遠の沈黙。
 その沈黙を打ち破ったのは静かに瞳を伏せた妹達(シスターズ)。
 もう一度、旋回し、今度は要塞に背を向けて、
「お姉さま、その人と供に無事脱出されることを信じています、と心の底から祈祷し、ミサカはこの場を離れます。またミサカの命を救っていただいたことに感謝申し上げます、とミサカは……」
 少年と少女には聞こえていないであろう、呟きを残し、彼女は、VTOL機は要塞から遠ざかる。
 後に続く爆音の中。
 涙をこらえ、歯軋りしていたことに、感情に乏しいはずの彼女は気づいていただろうか。




 そして――物語は分岐する――


「この馬鹿、なんて無茶しやがる!」
「仕方ないじゃない! だいたい、こうなったのはアンタが手を引っ込めたからでしょうが!」
「アホか! 俺は、まだここでやることがあったんだよ! お前だって、俺の言葉に気づいたんだろ!?」
「気づいたわよ! でもね、こんな今にも墜ちそうなモノに乗っかってる人を見かけて、それを見殺しにできると思うの!? アンタが逆の立場だったらどう!?」
「う゛……!」
 問われて上条は呻く。これまで幾度も危機に瀕している誰かを目の当たりにして、自分から、その危険に突っ走って飛び込んでいったのは上条当麻の方だ。
 これでは、『危ないからお前は来るな』と言ったところで、説得力の欠片もありはしないし、上条の知る御坂美琴の性格を考えれば、首を突っ込んでくるのも当然の帰結と言えよう。
「はぁ……分かったよ。じゃあ、お前も手伝ってくれ。その後、二人で何とか脱出しようぜ」
「そうこなくっちゃ!」
 美琴がはちきれんばかりの笑顔になって、
 しかし、上条も正直言って、ここに協力者がいるのはありがたかった。
 一人で解決する、と言えば聞こえはいいが、その孤独感は想像を絶するものであり、それが和らぐのだ。
「よく結婚式のスピーチなんかで、『二人なら幸せは倍増で不幸は半分になる』と言われるけど、その通りだな」
 苦笑を浮かべて、溜息を吐きながら呟く上条。もちろん、彼は深い意味など考慮せずに呟いている。
 彼が強調したいのは『二人なら不幸は半分になる』というところである。
 だからと言って、聞いていた方が、そう受け取るとは限らない。
「けっ……ケッコ……ン式!? なななななななな何言ってんの、アンタ! いいいいい今はそんな場合じゃないでしょっ!!」
 美琴はと言うと、『結婚式』というキーワードの方が重要だったらしい。顔を真っ赤にして、思いっきりどもりながら叫んでいる。
 もちろん、超鈍感な上条は気づかない。なぜ、美琴の顔が赤いのかも、その言葉が妙におかしいのかも。
「そうだな、お前の言うとおり、今はそんな場合じゃない。とにかく――」
「そ、そうよ! 今はやることがあるんでしょっ!」
 上条の爽やかな笑顔に、美琴は真っ赤になったまま言葉を返す。
 話はかみ合っているのだが、相変わらず、内に秘めたる思いが違う二人である。
 そんな二人の会話が終わるのを見計らっていたのだろうか。
『とうま』
 ずっと上条が聞きたかったはずの声が響いたのは、このときだった。


 遠隔制御霊装はフィアンマの手を離れたが、まだ起動しているのだろう。誰の手にも収まらなくなった少女の意識が、霊装の周囲を漂っているのだ。
『とうま』
 ゆらり、と。
 空気から浮かび上がるように、透き通る少女の体が生じた。銀髪碧眼の、白を基調とした修道服に実を包んだ聖少女の体が。
 重力を無視し、それは逆さまのまま上条の顔を見ている。
 彼女は言う。
『どうして脱出しなかったの?』
「まだ何も終わってないからだ」
 上条は答え、さらに『ベツヘレムの星』の中へと進む。美琴は黙って上条の後を追う。
 いつもなら、我先にこの会話に割り込んできそうな彼女ではあるが、彼女は空気が読める。
 なんとなく、今、この二人の間に入るのはやってはいけないことだと理解しているのだろう。
 透き通る少女の存在が霊装の位置を知らせてくれる。
「お前の霊装のこともそうだけど、この要塞そのものも面倒も見なくちゃならないしな」
 そこまで言うと上条はふと、顔を曇らせた。
 少年がこんな表情をしたことを美琴は見たことがある。
 そう。あれは、深遠の闇が覆う夜空の下で美琴が上条に思いのたけをぶつけた数日後のことだ。再会した少年は今と同じ表情をしていた。
 それは、
「……ごめんな」
 記憶喪失のことである。
 上条が周りに、正確にはインデックスに隠し続けてきたこと。七月二十九日のあの日、病室に現れた彼女を思いやっての行動。
 そのときは正しいと信じていた自分。
 しかし、それは本当にインデックスにとってはどうなのか、ということに気づかされてしまった。
 事実を知ったインデックスがショックを受ける顔を見たくなかったという建前で、本音は、自分の元からインデックスが離れてしまうのが怖かったのかもしれない。
「お前に酷いことをしてきた。ずっと、お前をだまし続けてきたんだ。今から全部話す。ここから無事に帰還できる保証なんてない。だから、話せる内に話しておく」
 ほんのわずかに上条は俯いた。
 それからもう一度、自分の意思で顔を上げた。
「俺は」
 告げる。
 そのために口を開くことが。
 こんなにも勇気がいることだと思ったのは。
 これが初めてだった。
「俺は」
 今までずっと隠してきたこと。
 記憶喪失。
 その事実を。




『良いよ』
 上条が語り続ける事実を遮るように、インデックスの声が聞こえた。
『そんなの、もうどうでもいいよ。いつものとうまが帰ってきてくれたら、何でも良いよ』
「…………、」
 ほんのわずかに彼は黙った。この優しさに甘えるなと、強く思った。
「必ず、戻る」
 だからこそ生きて帰らなければならない。
 そのために上条当麻は誓う。
「こんな霊装越しだけじゃない。戻ったら、ちゃんとお前の前で頭を下げるから」
 少年はそのための行動を開始する。
 周囲を見渡し、要塞の現状を把握して、インデックスを通じてイギリス清教へとアドバイスを求める。
 が、それは不可能だった。
 もちろん、上条にもそれは分かっていた。
 だから、
「―― 一足先に戻ってくれ」
 右手を伸ばし、小さな円筒形の霊装を掴み取る。それだけで、音を立ててインデックスを縛り付けていた霊装は崩れていった。
 同時に、元々透明な少女の体がさらに透明になり、やがて完全に消滅する。
 少女は笑顔を浮かべていた。笑顔の少女の唇が動く。
 もう声は届かない。しかし、上条にも少女が何と言ったか理解できた。
 ――待ってるから――
 その言葉を胸に、少年は力強く一歩を踏み出す。
「行くぞ御坂。俺にもお前にも待っている人がいる。必ず生きて帰ろうぜ」
 肩越しに振り返った少年の表情にはすべてを吹っ切ったとびっきりの笑顔があった。
 本音を言えば、美琴はインデックスに『敵わない』と思ってしまった。
 二人の絆の間に自分が入り込む余地が無いような、そんなことを認めざる得なかった。
 何と言っても上条が記憶喪失のことを隠していたのは周囲に対する気配りなどではなく、たった一人の少女のためだと知ったから。
 それが美琴の胸を押し潰しそうになったのだが、少年の笑顔を見て、そんな悲壮感は吹き飛んだ。
「そうね」
 だからこそ、御坂美琴も前を見る。
 もちろん、諦めるつもりは無い。しおらしい話を聞かされたからといって、それくらいで諦める御坂美琴ではないことを本人が一番自覚しているから。
 でなければ彼女は低能力者(レベル1)から超能力者(レベル5)に昇り詰められるわけが無いし、何度敗れようが勝てるまで上条に挑むわけが無い。
「アンタは、誰一人欠けることなく、みんなで帰ることを望む奴だもんね」
 上条の笑顔に、美琴はとびっきりのウインクを返していた。

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