視界が開ける。
今度こそ本当の覚醒だ。
状況は先ほどと全く変わっていない。
両の手を後ろで組んでこちらを無遠慮に眺める木原幻生。
翼を展開して宙に浮かびこちらを無感動に見つめる垣根姫垣。
そして実験室の壁面に二本の水晶体によって縫い付けられた自分――垣根帝督。
何も変わっていない、状況は何一つ変わっていない。
今度こそ本当の覚醒だ。
状況は先ほどと全く変わっていない。
両の手を後ろで組んでこちらを無遠慮に眺める木原幻生。
翼を展開して宙に浮かびこちらを無感動に見つめる垣根姫垣。
そして実験室の壁面に二本の水晶体によって縫い付けられた自分――垣根帝督。
何も変わっていない、状況は何一つ変わっていない。
だが、それでも。
垣根帝督はこの数瞬の間に変わっていた。
その脳内には、アウレオルス=イザードが18年間を費やして手に入れたあらゆる情報が乱流していた。
(所々黒マーカーで塗りつぶしたような『error』がある……これは魔術関係ってことか……今必要な情報をかき集めて整理、と……成る程、『知っている』ってのは確からしいな)
アウレオルスの知識の中には、ある事象をインプットすることでその『原因』或いはその『結果』を即座に弾き出すことが出来るという計算装置があった。
さながら世界の方程式だ。おそらくはこれが世界のシュミレーションというものの本質なのだろう。
アウレオルスの記憶を参照するに、どうやらこれは『黄金錬成』の呪文詠唱に成功したことで得た『この世界そのもの』という膨大な情報をアウレオルス個人の頭で効率的に処理できるように構築されたもののようだ。
呪文詠唱は『グレゴリオの聖歌隊』を用いて多人数で行われたが、意識をそのままこの世界に顕現させる『黄金錬成』の術式が適応されるのはアウレオルス一人の意識のみであることを考えれば、そういった処理が行われるのも頷ける。
無論、その方程式には魔術の知識も必要だったのだろう、途中式の所々に黒マーカーが引かれている。
だが、数値を入れれば勝手に計算してくれるのだから、特に問題にはならないだろう。
電卓のプログラミングの組み方を知らなくとも、値を打ち込めば誰でも答えを出せるのと同じだ。
(知識はオッケー。次は出力端子だ。外の世界のものに触れ、『干渉』するための『未元物質』。これは軟質で自由に動かせ、広い範囲をカバーでき、かつ戦闘の邪魔にならないような形状が望ましい……)
思い、垣根はその形を決定し、即座に展開する。
その脳内には、アウレオルス=イザードが18年間を費やして手に入れたあらゆる情報が乱流していた。
(所々黒マーカーで塗りつぶしたような『error』がある……これは魔術関係ってことか……今必要な情報をかき集めて整理、と……成る程、『知っている』ってのは確からしいな)
アウレオルスの知識の中には、ある事象をインプットすることでその『原因』或いはその『結果』を即座に弾き出すことが出来るという計算装置があった。
さながら世界の方程式だ。おそらくはこれが世界のシュミレーションというものの本質なのだろう。
アウレオルスの記憶を参照するに、どうやらこれは『黄金錬成』の呪文詠唱に成功したことで得た『この世界そのもの』という膨大な情報をアウレオルス個人の頭で効率的に処理できるように構築されたもののようだ。
呪文詠唱は『グレゴリオの聖歌隊』を用いて多人数で行われたが、意識をそのままこの世界に顕現させる『黄金錬成』の術式が適応されるのはアウレオルス一人の意識のみであることを考えれば、そういった処理が行われるのも頷ける。
無論、その方程式には魔術の知識も必要だったのだろう、途中式の所々に黒マーカーが引かれている。
だが、数値を入れれば勝手に計算してくれるのだから、特に問題にはならないだろう。
電卓のプログラミングの組み方を知らなくとも、値を打ち込めば誰でも答えを出せるのと同じだ。
(知識はオッケー。次は出力端子だ。外の世界のものに触れ、『干渉』するための『未元物質』。これは軟質で自由に動かせ、広い範囲をカバーでき、かつ戦闘の邪魔にならないような形状が望ましい……)
思い、垣根はその形を決定し、即座に展開する。
背中から生える、一対の翼型の『未元物質』を。
右の翼を上方に、左の翼を下方にはためかせて、背中側から水晶体を切断する。
水晶体と触れて少し中和された『未元物質』を即座に補強、そのまま空気に翼を叩きつけ、一度大きく羽ばたく。
すると、垣根の身体は熱気球のように空中で静止した。
「おやおや、攻撃をまねたと思ったら今度は翼かい?」
フン、と鼻を鳴らすと、幻生はもう興味はないとばかりに実験室に設置された機械をいじり出す。
「AIM拡散力場も若干検出されているねぇ。これは『原石』故かはたまた『体晶』故か……んん、不規則なノイズも混じっているようだ。これを究めれば『原石』について何か……いや、この乱れはどこかで見たことがあるなぁ。ねぇ垣根帝督。君は知らないかい……!?」
軽い口調でおどけるように言いながら垣根を振り返った幻生の顔が固まった。
「……どういうことだい?」
幻生は目の前の状況に困惑を示す。
「その翼は何だい? どうして、『どうして空中に静止しているのにその翼は羽ばたいていないんだい?』」
鳥獣の持つ翼の機能を完全に無視した飛び方。
垣根の『未元物質』に、そのようなことを可能とする使い方はなかった筈だ。
「はっ、おいおいいーのか『未元物質』研究者!? 俺の能力のことは飽きる程調べて調べて調べ尽くしたんじゃねぇのかよ!」
幻生に挑発する垣根は、
(よし、取り合えず『干渉』も成功。準備運動は充分だ)
心中で試みの成功を確認する。
垣根の行っている浮遊方法は、一般的な翼を用いた飛行ではない。
むしろ、先ほど例えに出したように、熱気球の浮き方に近い。
一度目の羽ばたきで乱した空気を『未元物質』の翼の中に取り込み、上昇気流に仕立て上げたのだ。
その仕組みはこの世界の物理法則とはまるで異なる。そもそもが空気の温度や気圧に変化すら起こってはいない。
自身を浮遊させるような上昇気流を起こすという『結果』を式に代入して得た、この世界の上昇気流の仕組みを一切無視し、必要な現象だけを抽出したものとしての『原因』。純粋化、単純化され、一つ一つの値やベクトルへと噛み砕かれたそれをなぞるように、翼内を通過した空気に『干渉』する。
それだけで、垣根はこの世界では有り得ない一つの奇跡を成し遂げる。
(或いはこの世界のベクトルを知り尽くしてる第一位みてぇな野郎なら、こんな計算装置くらい内蔵してんのかもしれねぇが……俺は今までこの世界の法則にマトモに向き合ったことはねぇし、そもそもそんなことに掛けられる演算処理能力のキャパはねぇ。そこへ来るとこの『世界の方程式』は、成る程、俺の能力にぴったりはまりやがる)
己の得た新たな力の感触を確かめると、垣根は幻生に向き直る。
「んじゃまぁ、反撃開始だ木原幻生!」
「反撃? おかしなことを言うもんじゃない。私一人すら超えられないというのに、私と垣根姫垣の二人を相手にして勝てると……」
「そっちこそアホ抜かすな。何が『二人』だ」
「!?」
垣根の言葉に幻生は姫垣を振り返る。
「何だと……」
姫垣は変わらず空中に浮遊している。
だが、それだけだった。
垣根に対して攻撃行動を行わない。
「一体何が……」
義手の左腕に埋め込んだコントローラーを操作し姫垣を『自動運転』から『手動運転』へと切り替える。
しかし、それでも姫垣は反応しない。故障でないのなら、考え得る原因は一つ。
「電磁波が……遮断されている……?」
「違ぇよ。遮断じゃねぇ、ジャミングだ。元々の電磁波と同一周波数の異なる電磁波を流して、元々の電磁波を攪乱した」
「馬鹿を言うな、ジャミングだと!? 『超電磁砲』ならいざ知らず、君には電磁波を起こす能力はない!」
幻生の声から余裕が消え、口調が厳しくなった。
対して、垣根は落ち着いた口で答える。
「あぁその通りだ、俺は電磁波なんて起こしちゃいない」
「なっ……?」
「ただ、テメェがヒメを操るためにこの部屋に放っている電磁波に『干渉』して、元々の電磁波を防碍する電磁波に変えただけだ。いや、違うか。実際に計測したら電磁波に変化なんて起きちゃいねぇだろうからな。『干渉』した電磁波に、『他の電磁波にぶつかるとそれを電波防碍されたのと同じ状態にさせる』という性質を与えたって言う方が正確か」
語る垣根の姿は、どこかアウレオルスのそれに似ていた。
「そ、それこそ無理な話だ。君の能力は、この世界に対して一切影響力を持たない!」
「あーぁ」
垣根は、大きく溜息を吐いた。
水晶体と触れて少し中和された『未元物質』を即座に補強、そのまま空気に翼を叩きつけ、一度大きく羽ばたく。
すると、垣根の身体は熱気球のように空中で静止した。
「おやおや、攻撃をまねたと思ったら今度は翼かい?」
フン、と鼻を鳴らすと、幻生はもう興味はないとばかりに実験室に設置された機械をいじり出す。
「AIM拡散力場も若干検出されているねぇ。これは『原石』故かはたまた『体晶』故か……んん、不規則なノイズも混じっているようだ。これを究めれば『原石』について何か……いや、この乱れはどこかで見たことがあるなぁ。ねぇ垣根帝督。君は知らないかい……!?」
軽い口調でおどけるように言いながら垣根を振り返った幻生の顔が固まった。
「……どういうことだい?」
幻生は目の前の状況に困惑を示す。
「その翼は何だい? どうして、『どうして空中に静止しているのにその翼は羽ばたいていないんだい?』」
鳥獣の持つ翼の機能を完全に無視した飛び方。
垣根の『未元物質』に、そのようなことを可能とする使い方はなかった筈だ。
「はっ、おいおいいーのか『未元物質』研究者!? 俺の能力のことは飽きる程調べて調べて調べ尽くしたんじゃねぇのかよ!」
幻生に挑発する垣根は、
(よし、取り合えず『干渉』も成功。準備運動は充分だ)
心中で試みの成功を確認する。
垣根の行っている浮遊方法は、一般的な翼を用いた飛行ではない。
むしろ、先ほど例えに出したように、熱気球の浮き方に近い。
一度目の羽ばたきで乱した空気を『未元物質』の翼の中に取り込み、上昇気流に仕立て上げたのだ。
その仕組みはこの世界の物理法則とはまるで異なる。そもそもが空気の温度や気圧に変化すら起こってはいない。
自身を浮遊させるような上昇気流を起こすという『結果』を式に代入して得た、この世界の上昇気流の仕組みを一切無視し、必要な現象だけを抽出したものとしての『原因』。純粋化、単純化され、一つ一つの値やベクトルへと噛み砕かれたそれをなぞるように、翼内を通過した空気に『干渉』する。
それだけで、垣根はこの世界では有り得ない一つの奇跡を成し遂げる。
(或いはこの世界のベクトルを知り尽くしてる第一位みてぇな野郎なら、こんな計算装置くらい内蔵してんのかもしれねぇが……俺は今までこの世界の法則にマトモに向き合ったことはねぇし、そもそもそんなことに掛けられる演算処理能力のキャパはねぇ。そこへ来るとこの『世界の方程式』は、成る程、俺の能力にぴったりはまりやがる)
己の得た新たな力の感触を確かめると、垣根は幻生に向き直る。
「んじゃまぁ、反撃開始だ木原幻生!」
「反撃? おかしなことを言うもんじゃない。私一人すら超えられないというのに、私と垣根姫垣の二人を相手にして勝てると……」
「そっちこそアホ抜かすな。何が『二人』だ」
「!?」
垣根の言葉に幻生は姫垣を振り返る。
「何だと……」
姫垣は変わらず空中に浮遊している。
だが、それだけだった。
垣根に対して攻撃行動を行わない。
「一体何が……」
義手の左腕に埋め込んだコントローラーを操作し姫垣を『自動運転』から『手動運転』へと切り替える。
しかし、それでも姫垣は反応しない。故障でないのなら、考え得る原因は一つ。
「電磁波が……遮断されている……?」
「違ぇよ。遮断じゃねぇ、ジャミングだ。元々の電磁波と同一周波数の異なる電磁波を流して、元々の電磁波を攪乱した」
「馬鹿を言うな、ジャミングだと!? 『超電磁砲』ならいざ知らず、君には電磁波を起こす能力はない!」
幻生の声から余裕が消え、口調が厳しくなった。
対して、垣根は落ち着いた口で答える。
「あぁその通りだ、俺は電磁波なんて起こしちゃいない」
「なっ……?」
「ただ、テメェがヒメを操るためにこの部屋に放っている電磁波に『干渉』して、元々の電磁波を防碍する電磁波に変えただけだ。いや、違うか。実際に計測したら電磁波に変化なんて起きちゃいねぇだろうからな。『干渉』した電磁波に、『他の電磁波にぶつかるとそれを電波防碍されたのと同じ状態にさせる』という性質を与えたって言う方が正確か」
語る垣根の姿は、どこかアウレオルスのそれに似ていた。
「そ、それこそ無理な話だ。君の能力は、この世界に対して一切影響力を持たない!」
「あーぁ」
垣根は、大きく溜息を吐いた。
「一体いつの話をしてんだ、テメェは」
「…………ま、まさか貴様ッ!!」
幻生の表情が、戸惑いから何かを確信した顔へと変わる。
「今更気づいたって遅ぇよ」
言って、垣根は右の翼を前方――幻生の方へ向かって一振りする。
すると、翼を通過した流水――先程の姫垣の攻撃によって天井から降り注いでいた人工の雨の水滴が、急激に角度を変え、幻生の立つ位置めがけて降り注ぐ。
「くっ……」
幻生の顔が歪む。
あの雨には何かがある、電磁波に施されたような、何かしらの細工が。
そう思うものの、『未元物質』の槍や円錐体ならいざ知らず、隙間なく浴びせられる雨の水滴を全て避けることは出来ない。
幻生は半身になると、義手である左腕を前方に対し構える。
自身を襲う範囲の雨粒だけでも、丈夫な左腕でガードしようとしたのだ。
だが、
「グ、ァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!???」
幻生は次の瞬間全身に攻撃の連打を受けていた。
まず、義手を形作る学園都市製の特殊合金が雨粒を浴びてみるみる溶けていった。
続いて、義手のガードを容易く突破した雨粒は、幻生の身体へと『突き刺さった』。まるで水の硬度ではありえない。それこそ銃弾のように、乱射されたマシンガンの弾丸のように、だ。
硬いのならば弾き返そうと残された右腕を懸命に振るが、それも左目と右太股を貫かれた痛みに一時停止する。
そしてひるんだところに言葉通り雨霰と降り注ぐ水滴によって、幻生の身体には大小様々な風穴が空くこととなった。
「が……はぁ、はぁ……『干渉』……そうか、なるほど……確かにこれは……『干渉』と呼ぶべきシロモノだ……」
それでも幻生は生きていた。片膝をつきすらしていない。
「へぇ、タフだな。――そう、『干渉』だ。さっきの電磁波は異世界の法則を用いた、『この世界の法則に則った結果』へのショートカットだったが、こっちは逆。この世界の法則を用いた、異世界の法則下での『この世界ならあり得ない筈の結果』。『濾過』ぐらいは知ってるだろ、科学者。そいつを濾紙の代わりに『未元物質』でやっただけだ。普通は水道水なんざ濾過したってどうにもならねぇが、まぁ水道水だって純物質のH2Oって訳じゃねぇんだ。もっとキメの細かい濾材……いや違うか、網の目自体がこの世界のそれとはまるで異なる濾材を使えば、変化は起こる。金属に対してはこれを溶かし、人体に対してはこれを貫く液体になるっつー変化がな。もっとも、普通に計測したらpH自体はまるで変わってねぇだろうが」
垣根の解説に、幻生は全てを理解したようだった。だらりと両腕を垂らし、ふらふらと身体を左右に揺らし――
「く、は、はははははははははははっははははははっ、がっ、ははははぁっはははははは!!!!!!!!」
壊れた人形のように笑い声を上げた。
そして、垣根を『見た』。
おそらくは、この部屋に入って初めて。
今までのような興味の失せたものに対する冷めた目ではなく、『原石』たる姫垣を見ていたのと同じ、好奇の目で。
幻生の表情が、戸惑いから何かを確信した顔へと変わる。
「今更気づいたって遅ぇよ」
言って、垣根は右の翼を前方――幻生の方へ向かって一振りする。
すると、翼を通過した流水――先程の姫垣の攻撃によって天井から降り注いでいた人工の雨の水滴が、急激に角度を変え、幻生の立つ位置めがけて降り注ぐ。
「くっ……」
幻生の顔が歪む。
あの雨には何かがある、電磁波に施されたような、何かしらの細工が。
そう思うものの、『未元物質』の槍や円錐体ならいざ知らず、隙間なく浴びせられる雨の水滴を全て避けることは出来ない。
幻生は半身になると、義手である左腕を前方に対し構える。
自身を襲う範囲の雨粒だけでも、丈夫な左腕でガードしようとしたのだ。
だが、
「グ、ァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!???」
幻生は次の瞬間全身に攻撃の連打を受けていた。
まず、義手を形作る学園都市製の特殊合金が雨粒を浴びてみるみる溶けていった。
続いて、義手のガードを容易く突破した雨粒は、幻生の身体へと『突き刺さった』。まるで水の硬度ではありえない。それこそ銃弾のように、乱射されたマシンガンの弾丸のように、だ。
硬いのならば弾き返そうと残された右腕を懸命に振るが、それも左目と右太股を貫かれた痛みに一時停止する。
そしてひるんだところに言葉通り雨霰と降り注ぐ水滴によって、幻生の身体には大小様々な風穴が空くこととなった。
「が……はぁ、はぁ……『干渉』……そうか、なるほど……確かにこれは……『干渉』と呼ぶべきシロモノだ……」
それでも幻生は生きていた。片膝をつきすらしていない。
「へぇ、タフだな。――そう、『干渉』だ。さっきの電磁波は異世界の法則を用いた、『この世界の法則に則った結果』へのショートカットだったが、こっちは逆。この世界の法則を用いた、異世界の法則下での『この世界ならあり得ない筈の結果』。『濾過』ぐらいは知ってるだろ、科学者。そいつを濾紙の代わりに『未元物質』でやっただけだ。普通は水道水なんざ濾過したってどうにもならねぇが、まぁ水道水だって純物質のH2Oって訳じゃねぇんだ。もっとキメの細かい濾材……いや違うか、網の目自体がこの世界のそれとはまるで異なる濾材を使えば、変化は起こる。金属に対してはこれを溶かし、人体に対してはこれを貫く液体になるっつー変化がな。もっとも、普通に計測したらpH自体はまるで変わってねぇだろうが」
垣根の解説に、幻生は全てを理解したようだった。だらりと両腕を垂らし、ふらふらと身体を左右に揺らし――
「く、は、はははははははははははっははははははっ、がっ、ははははぁっはははははは!!!!!!!!」
壊れた人形のように笑い声を上げた。
そして、垣根を『見た』。
おそらくは、この部屋に入って初めて。
今までのような興味の失せたものに対する冷めた目ではなく、『原石』たる姫垣を見ていたのと同じ、好奇の目で。
「面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェ面白ェなぁオイ未元物質!! 現実世界に『干渉』!? 何でもっと早く言わねぇんだクソ野郎! それだけでテメェの活用方法はゴマンと増える! 正直よぉ、この一年でテメェの評価ってのはガタ落ちしてたんだぜぇ。今までは『未元物質』っつー能力が全くのブラックボックスだったからこそ将来の可能性を考えて第二位にいたわけだが、この一年俺様が研究してその化けの皮を剥がしちまった。摩訶不思議! ファンタスティック! だがそいつは全部絵本の中の妄想話で、この世界にゃ何の影響もねぇ、ってなぁ!! ところがどうだ!? 今のテメェの能力は『干渉』はぁぁ! 今までのつっっっっかえねぇクソみたいな能力とはまるで違う! これなら『絶対能力』への道が拓けるかもしれねぇ! もう『原石』と『体晶』の実験なんざどうでもいい! 垣根姫垣は返してやる! 一生遊べる金をくれてやる! だからさっさと俺様に研究させやがれ!」
人が変わったように、叫び、喚く幻生。
垣根はそれを中空から見下ろしながら、静かに告げた。
「……ある意味テメェはすげぇよ。なんたって、その演説には一ミリたりとも嘘が見えねぇ。命乞いでも何でもない、テメェは本当にただ『絶対能力』を開花させることしか考えてねぇ。表彰状モンの『マッドサイエンティスト』だ。そうすると逆に不思議だ。どうしてテメェはそこまで『絶対能力』に拘る?」
「愚問だ垣根帝督。『マッドサイエンティスト』だからだろうが」
垣根の質問に幻生は一瞬の躊躇いもなく即答する。
「……マトモに答える気はねぇか。じゃあ最後の質問だ。回答によっちゃ、その提案を呑んでやってもいい」
「何だ?」
「俺をもう一度研究する――その前に、『原石』能力者の能力を失わせる研究をする気はあるか? ヒメの『原石』としての能力を取り除き……ヒメを『一般人』に戻す気はあるか?」
例え自身が地獄の果てに墜ちようとも、姫垣が何不自由なく幸せな生活を送れればそれで良い。
それは、つい先程アウレオルスとした約束だ。
だが。
「愚問だ愚問だ垣根帝督ぅぅぅぅ! テメェは鼻をかんだ後のティッシュを広げて箱に戻すか? 使い切ったボールペンの芯を大事に取っておくか?」
「…………そうか」
冷めた声で呟くと、垣根は両翼を大きくはためかせた。
途端に、ボゴンッ! という音とともに実験室の天井が丸ごとなくなった。
『上昇気流』に巻き込まれて強引に壁との接続を引きちぎられ、宙を舞ったのだ。
「じゃあ……」
飛び込んでくるのは満天の星明かり。
垣根はその光に両翼を翳す。
「ここで仕舞いだ。木原幻生」
『未元物質』の翼、その羽根の隙間から幾本もの可視性の光線が放たれた。
星の光に『干渉』し、異世界の『回折』という物理法則を適応させたのだ。
それらは中空で絡み合い、太い一本の光線へと変化すると、そのまま傷ついて動けないでいる木原幻生へと突き刺さった。
ドゴォン!! という大きな音が鳴り響く。
光線の余波だけで、実験室内のあらゆる機材が台風に直撃されたかのように乱雑に飛び、転がる。
「ハァッハハハハハハハハハハッハァッ!!! すげぇ!! すげぇぞ『未元物質』ァァァァァァ!!」
光の中から絶叫が聞こえる。だがそれも圧倒的なまでの光量と爆音の中で、電池が切れたかのようにプツリ、と途切れてしまった。
数秒遅れて、部屋の外から鉄筋が地面に降り注ぐような連続的な音が響いてきた。おそらくは天井がどこかに着地したのだろう。天井と一緒にスプリンクラーも吹き飛んだため、それを最後に室内は静かになった。
そして、かつての実験室はミサイルでも撃ち込まれたかのような瓦礫だらけの惨状を見せていた。
幻生の姿は、最早確認できない。
光線に焼かれて死んだか、瓦礫に潰されて死んだか。
何にせよ、垣根にはもうどうでもよいことであった。
「……まだ、終わってねぇ」
やるべき事が、もう一つあるのだから。
人が変わったように、叫び、喚く幻生。
垣根はそれを中空から見下ろしながら、静かに告げた。
「……ある意味テメェはすげぇよ。なんたって、その演説には一ミリたりとも嘘が見えねぇ。命乞いでも何でもない、テメェは本当にただ『絶対能力』を開花させることしか考えてねぇ。表彰状モンの『マッドサイエンティスト』だ。そうすると逆に不思議だ。どうしてテメェはそこまで『絶対能力』に拘る?」
「愚問だ垣根帝督。『マッドサイエンティスト』だからだろうが」
垣根の質問に幻生は一瞬の躊躇いもなく即答する。
「……マトモに答える気はねぇか。じゃあ最後の質問だ。回答によっちゃ、その提案を呑んでやってもいい」
「何だ?」
「俺をもう一度研究する――その前に、『原石』能力者の能力を失わせる研究をする気はあるか? ヒメの『原石』としての能力を取り除き……ヒメを『一般人』に戻す気はあるか?」
例え自身が地獄の果てに墜ちようとも、姫垣が何不自由なく幸せな生活を送れればそれで良い。
それは、つい先程アウレオルスとした約束だ。
だが。
「愚問だ愚問だ垣根帝督ぅぅぅぅ! テメェは鼻をかんだ後のティッシュを広げて箱に戻すか? 使い切ったボールペンの芯を大事に取っておくか?」
「…………そうか」
冷めた声で呟くと、垣根は両翼を大きくはためかせた。
途端に、ボゴンッ! という音とともに実験室の天井が丸ごとなくなった。
『上昇気流』に巻き込まれて強引に壁との接続を引きちぎられ、宙を舞ったのだ。
「じゃあ……」
飛び込んでくるのは満天の星明かり。
垣根はその光に両翼を翳す。
「ここで仕舞いだ。木原幻生」
『未元物質』の翼、その羽根の隙間から幾本もの可視性の光線が放たれた。
星の光に『干渉』し、異世界の『回折』という物理法則を適応させたのだ。
それらは中空で絡み合い、太い一本の光線へと変化すると、そのまま傷ついて動けないでいる木原幻生へと突き刺さった。
ドゴォン!! という大きな音が鳴り響く。
光線の余波だけで、実験室内のあらゆる機材が台風に直撃されたかのように乱雑に飛び、転がる。
「ハァッハハハハハハハハハハッハァッ!!! すげぇ!! すげぇぞ『未元物質』ァァァァァァ!!」
光の中から絶叫が聞こえる。だがそれも圧倒的なまでの光量と爆音の中で、電池が切れたかのようにプツリ、と途切れてしまった。
数秒遅れて、部屋の外から鉄筋が地面に降り注ぐような連続的な音が響いてきた。おそらくは天井がどこかに着地したのだろう。天井と一緒にスプリンクラーも吹き飛んだため、それを最後に室内は静かになった。
そして、かつての実験室はミサイルでも撃ち込まれたかのような瓦礫だらけの惨状を見せていた。
幻生の姿は、最早確認できない。
光線に焼かれて死んだか、瓦礫に潰されて死んだか。
何にせよ、垣根にはもうどうでもよいことであった。
「……まだ、終わってねぇ」
やるべき事が、もう一つあるのだから。
垣根は翼を微調整し、空中を滑るように姫垣のもとへと進んでいく。
そして、目を開いたまま、一切の生物的反応を起こさずに空中に漂っている姫垣の身体を抱く。
「ァ、ァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
途端に、姫垣の身体が痙攣を始めた。
それに連動するように、背中の三対六枚の羽根が蛇のようにうねり、六方向から一斉に垣根へと襲いかかる。
(『体晶』による暴走状態……接触してきた『外敵』に対する本能的な拒絶行動、か)
状況を分析し、垣根もまた翼を大きく広げた。
(イケる筈だ……)
垣根は右手を握りしめる。
そこには、先ほど串刺し状態を逃れるために破壊した水晶体の一欠片があった。
「しらべおわりました(解析終了)ォォォォォォォォォォォ!!!」
垣根が、六方向へと円錐形の『未元物質』を放つ。
瞬時に衝突する羽根と円錐。
先程と同じならば、垣根の『未元物質』が『中和』され、消えてしまう筈だが……
「ァァァァァァaaaァaaaaaaaeeaeaeae????」
『中和』されたのは、姫垣の羽根の方だった。
姫垣の六枚の翼は、それぞれ半分ほどの長さにまで縮んでいたのだ。
「そっちがこっちを『中和』出来るなら、こっちもそっちを『中和』出来るだろ。んでもって……」
垣根は両翼を一瞬のうちに二倍ほどの幅と長さを持つそれへと変化させ、姫垣の身体を丸ごと包み込んだ。
「互いに『中和』し合うってことは、同じ世界のプラスマイナス、正反、正負、陽陰の性質を持ってるって事だ。そう、ヒメの能力が、『原石』が『科学』だろうが『魔術』だろうが或いは本当に『原石』と称されるべき双方とも更に異なる超常能力だろうが……俺の『未元物質』は、それと同じフィールドに存在する能力だ」
確かに垣根の能力は能力開発の結果開花した。
公式には、そういうことになっている。
だが、例えば科学的見地からは何の意味もなくとも魔術的な能力を、または科学的でも魔術的でもない能力を開花させる何かしらのアクションが、開発中の垣根に対し、日常の何気ない物事に隠れて意図せず行われていたとしたら、それは本当に超能力であるのか。
或いは逆に、垣根の能力が真に科学の産物だとしても、姫垣の能力が日常に隠れた科学的作用によって開花したものではないという確証はどこにもないのではないか。
兄妹だからか、それともそんなものは全く関係ないのか――推測はいくらでも出来るが、無意味だ。
大事なことは一つ、垣根の『未元物質』と姫垣の『原石』は、その根源を同じくする。
なればこそ、こうして『中和』が出来る。
そして、この世界に権限した能力生成物を『中和』出来るなら、その本源たる『原石』という能力そのものも『中和』出来るのではないか?
「――出来るか、じゃねぇ。やるんだ」
羽根の一枚一枚に組み込まれた感覚器から姫垣の情報を受信、解析。
そこから『未元物質』と同じ法則下にあるデータをピックアップ。
アウレオルスから譲り受けたこの世界の法則も転用し、『この世界の法則の適応出来ないデータ』もまた並行して弾き出していき、取捨選択の速度と正確性を向上させる。
「iaaeaeaaaaaaaaaaaaaa……」
その間にも姫垣の抵抗は続く。垣根の翼に覆われた空間の中で新たに果物ナイフ程度の大きさ形の水晶体を数十に渡り発現させ、
「aaaaaaaaaaaaaaa!!」
その刃先を垣根の方へと向け、一斉に撃ち出す。
「負けっかよぉぉぉぉ!!!!」
対して垣根も同形同数の『未元物質』を発現させ、真正面から迎え撃つ。
両陣はその投擲者達の中間で出会い、そして。
そして、目を開いたまま、一切の生物的反応を起こさずに空中に漂っている姫垣の身体を抱く。
「ァ、ァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
途端に、姫垣の身体が痙攣を始めた。
それに連動するように、背中の三対六枚の羽根が蛇のようにうねり、六方向から一斉に垣根へと襲いかかる。
(『体晶』による暴走状態……接触してきた『外敵』に対する本能的な拒絶行動、か)
状況を分析し、垣根もまた翼を大きく広げた。
(イケる筈だ……)
垣根は右手を握りしめる。
そこには、先ほど串刺し状態を逃れるために破壊した水晶体の一欠片があった。
「しらべおわりました(解析終了)ォォォォォォォォォォォ!!!」
垣根が、六方向へと円錐形の『未元物質』を放つ。
瞬時に衝突する羽根と円錐。
先程と同じならば、垣根の『未元物質』が『中和』され、消えてしまう筈だが……
「ァァァァァァaaaァaaaaaaaeeaeaeae????」
『中和』されたのは、姫垣の羽根の方だった。
姫垣の六枚の翼は、それぞれ半分ほどの長さにまで縮んでいたのだ。
「そっちがこっちを『中和』出来るなら、こっちもそっちを『中和』出来るだろ。んでもって……」
垣根は両翼を一瞬のうちに二倍ほどの幅と長さを持つそれへと変化させ、姫垣の身体を丸ごと包み込んだ。
「互いに『中和』し合うってことは、同じ世界のプラスマイナス、正反、正負、陽陰の性質を持ってるって事だ。そう、ヒメの能力が、『原石』が『科学』だろうが『魔術』だろうが或いは本当に『原石』と称されるべき双方とも更に異なる超常能力だろうが……俺の『未元物質』は、それと同じフィールドに存在する能力だ」
確かに垣根の能力は能力開発の結果開花した。
公式には、そういうことになっている。
だが、例えば科学的見地からは何の意味もなくとも魔術的な能力を、または科学的でも魔術的でもない能力を開花させる何かしらのアクションが、開発中の垣根に対し、日常の何気ない物事に隠れて意図せず行われていたとしたら、それは本当に超能力であるのか。
或いは逆に、垣根の能力が真に科学の産物だとしても、姫垣の能力が日常に隠れた科学的作用によって開花したものではないという確証はどこにもないのではないか。
兄妹だからか、それともそんなものは全く関係ないのか――推測はいくらでも出来るが、無意味だ。
大事なことは一つ、垣根の『未元物質』と姫垣の『原石』は、その根源を同じくする。
なればこそ、こうして『中和』が出来る。
そして、この世界に権限した能力生成物を『中和』出来るなら、その本源たる『原石』という能力そのものも『中和』出来るのではないか?
「――出来るか、じゃねぇ。やるんだ」
羽根の一枚一枚に組み込まれた感覚器から姫垣の情報を受信、解析。
そこから『未元物質』と同じ法則下にあるデータをピックアップ。
アウレオルスから譲り受けたこの世界の法則も転用し、『この世界の法則の適応出来ないデータ』もまた並行して弾き出していき、取捨選択の速度と正確性を向上させる。
「iaaeaeaaaaaaaaaaaaaa……」
その間にも姫垣の抵抗は続く。垣根の翼に覆われた空間の中で新たに果物ナイフ程度の大きさ形の水晶体を数十に渡り発現させ、
「aaaaaaaaaaaaaaa!!」
その刃先を垣根の方へと向け、一斉に撃ち出す。
「負けっかよぉぉぉぉ!!!!」
対して垣根も同形同数の『未元物質』を発現させ、真正面から迎え撃つ。
両陣はその投擲者達の中間で出会い、そして。
無音。
衝突音も衝撃音もない。
垣根が即座に水晶体の成分を分析し、それと過不足なく『中和』するような性質、量の『未元物質』をもって迎撃したためだ。
(『中和』はもう完璧にマスター出来てる。だが、駄目だ。こいつに集中しちまうと、『原石』の情報解析の手が止まっちまう!)
苦虫を噛む表情の垣根を嘲笑うように、
「aaaaaaaaaaaa!!」
姫垣の次の攻撃が放たれる。
「ちぃっ!」
再び『未元物質』をもってこれを『中和』する。
(くそっ! かと言って『中和』を疎かにも出来ねぇ。量が足りないなら兎も角、多すぎて『未元物質』がヒメに当たっちまったりしたら……)
「aaaaaaaaaaaaaaa、a、aaaa、ta……tata……s……」
「――?」
姫垣の叫びが変化した。ただの雑音だったそれが、テレビのチューニングを合わせるように、少しずつ鮮明になっていく。
「ta、tataaaaaaaa、sss、aa、ke、a、t……たす……k……te…………………aa、a………………………たす、けて……」
垣根が即座に水晶体の成分を分析し、それと過不足なく『中和』するような性質、量の『未元物質』をもって迎撃したためだ。
(『中和』はもう完璧にマスター出来てる。だが、駄目だ。こいつに集中しちまうと、『原石』の情報解析の手が止まっちまう!)
苦虫を噛む表情の垣根を嘲笑うように、
「aaaaaaaaaaaa!!」
姫垣の次の攻撃が放たれる。
「ちぃっ!」
再び『未元物質』をもってこれを『中和』する。
(くそっ! かと言って『中和』を疎かにも出来ねぇ。量が足りないなら兎も角、多すぎて『未元物質』がヒメに当たっちまったりしたら……)
「aaaaaaaaaaaaaaa、a、aaaa、ta……tata……s……」
「――?」
姫垣の叫びが変化した。ただの雑音だったそれが、テレビのチューニングを合わせるように、少しずつ鮮明になっていく。
「ta、tataaaaaaaa、sss、aa、ke、a、t……たす……k……te…………………aa、a………………………たす、けて……」
「たすけて……てーと、にぃ」
「くっっっっっっっっっっっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
垣根は一切の攻撃行動をやめ、姫垣に最接近し、その身体を両の腕でしっかりと抱きしめた。
途端に姫垣の放った水晶体群がゼロ距離から垣根の身体を貫いたが、無視した。
「助けるから! 絶対助けるから!」
姫垣の耳元でそう叫び、情報解析を急ぐ。
(手が、足りねぇ! もっと解析装置が必要だ)
バッ! と垣根の背中からもう二対の翼が出現する。
それらも合わせ、合計三対六枚となった翼と、そして二本の腕で、姫垣を包み込む。
「今、助けるから! ヒメを苦しめるもの全部、俺が取っ払ってやるから!」
解析終了。
そして、その情報を『中和』する『未元物質』の生成を始める。
更にアウレオルスから受け継いだ情報を参照し、姫垣の体内、脳内の『原石』情報に『干渉』するためのプログラムを組む。
垣根独力では年単位の時間が掛かっていたであろうそれが瞬く間に組み上がっていくことについても、今は亡き脳内の同居人に感謝しなければならない。
「あっ、と……すこ、しっ、っ!?」
容赦なく身体中を叩く水晶体に意識を飛ばされそうになる。
「っと、まだまだ……」
傾きかけた体勢を何とか整え、作業を続行する。
その間――気を失っている間でさえ、垣根の両腕は決して緩まない。
「よしっ、痛っ、ぁ、『中和』用『未元物質』、生成終了……がっ、はぁっ……」
度重なる攻撃に臓器が掻き回され、逆流した胃液と血液との混じったグロテスクな何かが口から溢れ出る。
(こんなもんじゃねぇ……ヒメはきっと、もっと苦しい思いをしてる筈だ……)
「っそ、はっ、はっ、ぁ……『未元物質』の脳内『干渉』用プログラム……完成……!!」
バサッ! と、垣根の翼が大きく広がった。羽根一枚一枚の持つ出力端子へ『未元物質』とプログラムとが流し込まれていく。
そして――
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」
羽根が翼から分離し、根元の方を注射針のようにして姫垣の身体へ次々と打ち込まれていく。ワクチンである『未元物質』とプログラムを流し終えた羽根は傷跡を残さずに姫垣の身体から抜け、ふわりと宙を舞う。それが次々と、何度も――垣根の三対六枚の翼がすべて生え変わるまで行われた。
垣根は一切の攻撃行動をやめ、姫垣に最接近し、その身体を両の腕でしっかりと抱きしめた。
途端に姫垣の放った水晶体群がゼロ距離から垣根の身体を貫いたが、無視した。
「助けるから! 絶対助けるから!」
姫垣の耳元でそう叫び、情報解析を急ぐ。
(手が、足りねぇ! もっと解析装置が必要だ)
バッ! と垣根の背中からもう二対の翼が出現する。
それらも合わせ、合計三対六枚となった翼と、そして二本の腕で、姫垣を包み込む。
「今、助けるから! ヒメを苦しめるもの全部、俺が取っ払ってやるから!」
解析終了。
そして、その情報を『中和』する『未元物質』の生成を始める。
更にアウレオルスから受け継いだ情報を参照し、姫垣の体内、脳内の『原石』情報に『干渉』するためのプログラムを組む。
垣根独力では年単位の時間が掛かっていたであろうそれが瞬く間に組み上がっていくことについても、今は亡き脳内の同居人に感謝しなければならない。
「あっ、と……すこ、しっ、っ!?」
容赦なく身体中を叩く水晶体に意識を飛ばされそうになる。
「っと、まだまだ……」
傾きかけた体勢を何とか整え、作業を続行する。
その間――気を失っている間でさえ、垣根の両腕は決して緩まない。
「よしっ、痛っ、ぁ、『中和』用『未元物質』、生成終了……がっ、はぁっ……」
度重なる攻撃に臓器が掻き回され、逆流した胃液と血液との混じったグロテスクな何かが口から溢れ出る。
(こんなもんじゃねぇ……ヒメはきっと、もっと苦しい思いをしてる筈だ……)
「っそ、はっ、はっ、ぁ……『未元物質』の脳内『干渉』用プログラム……完成……!!」
バサッ! と、垣根の翼が大きく広がった。羽根一枚一枚の持つ出力端子へ『未元物質』とプログラムとが流し込まれていく。
そして――
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!」
羽根が翼から分離し、根元の方を注射針のようにして姫垣の身体へ次々と打ち込まれていく。ワクチンである『未元物質』とプログラムを流し終えた羽根は傷跡を残さずに姫垣の身体から抜け、ふわりと宙を舞う。それが次々と、何度も――垣根の三対六枚の翼がすべて生え変わるまで行われた。
その結果。
「a……a……a……ぁ……ぁ……」
姫垣の水晶体の翼が先端から空気に溶けていくようにして消えていく。
姫垣の瞳に、光が戻っていく。
そして、かくん、と首が傾ぎ、目が閉ざされ、
「っと……」
垣根の腕に重さが来た。水晶体による――『原石』による飛行能力が失われたのだ。
「成功……したのか?」
垣根は姫垣の身体を抱いたまま下降する。床は先ほどの光線によって滅茶苦茶になっているため、床から円錐型の『未元物質』を生やし、台座のようになったそこへ降り立つと、姫垣の身体をその上へ横たえる。
「ヒメ! おい、ヒメ!」
身体を揺すっていいのかも分からず、ただ耳元で呼びかける。
「起きてくれ! 起きてくれよ、ヒメ! なぁ!」
満身創痍の自分の身体を顧みず、ただ妹の名を叫ぶ。その瞳から、涙が一滴落ちた。
姫垣の頬を、滴が叩いた。
姫垣の水晶体の翼が先端から空気に溶けていくようにして消えていく。
姫垣の瞳に、光が戻っていく。
そして、かくん、と首が傾ぎ、目が閉ざされ、
「っと……」
垣根の腕に重さが来た。水晶体による――『原石』による飛行能力が失われたのだ。
「成功……したのか?」
垣根は姫垣の身体を抱いたまま下降する。床は先ほどの光線によって滅茶苦茶になっているため、床から円錐型の『未元物質』を生やし、台座のようになったそこへ降り立つと、姫垣の身体をその上へ横たえる。
「ヒメ! おい、ヒメ!」
身体を揺すっていいのかも分からず、ただ耳元で呼びかける。
「起きてくれ! 起きてくれよ、ヒメ! なぁ!」
満身創痍の自分の身体を顧みず、ただ妹の名を叫ぶ。その瞳から、涙が一滴落ちた。
姫垣の頬を、滴が叩いた。
「……ん。てーとにぃ?」
姫垣の瞳が、再び開かれた。
姫垣の瞳が、再び開かれた。
「――ヒメ!」
垣根は姫垣の身体を強く抱きとめる。台座にしゃがみ込み、背を丸めて、
「ヒメ! ヒメ! ヒメ!」
大きく嗚咽する。
「て、てーとにぃ!? どどどどうしたの!? って、てーとにぃの背中からなんか生えてる!?」
「良かった! 本当に良かった!」
垣根は一層姫垣を強く、互いの肩に相手の顔が触れるほど密に抱きしめる。
「わわ! 苦しいよてーとにぃ! へ、夜? 星? それに……」
垣根に支えられて天を見上げる恰好になった姫垣は、空を舞う羽根に気がついた。
「わぁ、綺麗……」
星明りに照らされる純白の台座の上に、抱き合う少年と少女。少年の背からは六枚三対の翼が生え、空舞う純白の羽根は星の光を反射して煌めく。
「なんだか……」
垣根の耳元で、姫垣が囁く。
「なんだか、てーとにぃ。天使さんみたい」
「……そんなんじゃねぇ。そんな綺麗なもんじゃねぇんだよ、俺は」
嗚咽交じりの垣根の言葉を、
「ううん」
姫垣は垣根の肩に乗せた顔を左右に小さく動かして否定する。
「綺麗だよ。すっごく、綺麗だよ」
くす、と笑って、姫垣は垣根の首に両腕を回し、抱き返す。
「……ごめんな、ヒメ」
抱き合った姿勢のまま、垣根は姫垣の耳元で言う。
「どうして謝るの?」
姫垣もまた、垣根の耳元で言葉を紡ぐ。
「俺のせいで、ヒメに辛い思いをさせた」
「そんなことないよ。てーとにぃのせいじゃない。それに、てーとにぃはヒメのこと、助けてくれたんでしょ?」
「どうして……」
「良く覚えてないけど……何だかすごい苦しくて、身体中痛くて。たすけて、てーとにぃって、心の中でずっとてーとにぃのこと呼んでて。……それで目が覚めたら、てーとにぃがヒメのこと抱きしめてくれてた。だから、きっと……てーとにぃ……が……」
「!? おい! どうしたヒメ!」
姫垣の言葉が弱く、小さくなっていく。
「ううん……なんだか、ねむくなって、きて……」
「無理すんなよヒメ、どっか痛いとか……」
「でね、だから……てーとにぃが、たすけてくれたんだって……おもって……」
「ヒメ! もういい、しゃべるな! ヒメ!」
「だから……いわなくちゃって……おもって……」
姫垣の唇が、垣根の耳に触れるほどの距離で小さく動く。
垣根は姫垣の身体を強く抱きとめる。台座にしゃがみ込み、背を丸めて、
「ヒメ! ヒメ! ヒメ!」
大きく嗚咽する。
「て、てーとにぃ!? どどどどうしたの!? って、てーとにぃの背中からなんか生えてる!?」
「良かった! 本当に良かった!」
垣根は一層姫垣を強く、互いの肩に相手の顔が触れるほど密に抱きしめる。
「わわ! 苦しいよてーとにぃ! へ、夜? 星? それに……」
垣根に支えられて天を見上げる恰好になった姫垣は、空を舞う羽根に気がついた。
「わぁ、綺麗……」
星明りに照らされる純白の台座の上に、抱き合う少年と少女。少年の背からは六枚三対の翼が生え、空舞う純白の羽根は星の光を反射して煌めく。
「なんだか……」
垣根の耳元で、姫垣が囁く。
「なんだか、てーとにぃ。天使さんみたい」
「……そんなんじゃねぇ。そんな綺麗なもんじゃねぇんだよ、俺は」
嗚咽交じりの垣根の言葉を、
「ううん」
姫垣は垣根の肩に乗せた顔を左右に小さく動かして否定する。
「綺麗だよ。すっごく、綺麗だよ」
くす、と笑って、姫垣は垣根の首に両腕を回し、抱き返す。
「……ごめんな、ヒメ」
抱き合った姿勢のまま、垣根は姫垣の耳元で言う。
「どうして謝るの?」
姫垣もまた、垣根の耳元で言葉を紡ぐ。
「俺のせいで、ヒメに辛い思いをさせた」
「そんなことないよ。てーとにぃのせいじゃない。それに、てーとにぃはヒメのこと、助けてくれたんでしょ?」
「どうして……」
「良く覚えてないけど……何だかすごい苦しくて、身体中痛くて。たすけて、てーとにぃって、心の中でずっとてーとにぃのこと呼んでて。……それで目が覚めたら、てーとにぃがヒメのこと抱きしめてくれてた。だから、きっと……てーとにぃ……が……」
「!? おい! どうしたヒメ!」
姫垣の言葉が弱く、小さくなっていく。
「ううん……なんだか、ねむくなって、きて……」
「無理すんなよヒメ、どっか痛いとか……」
「でね、だから……てーとにぃが、たすけてくれたんだって……おもって……」
「ヒメ! もういい、しゃべるな! ヒメ!」
「だから……いわなくちゃって……おもって……」
姫垣の唇が、垣根の耳に触れるほどの距離で小さく動く。
「てーと、にぃ……ありがとう……」
垣根の首に回されていた姫垣の両腕が、だらりと垂れ下がった。
「ヒメ!? おいヒメ! ヒメ!」
姫垣の身体を抱え直し、その顔を見る。瞳は再び閉じられ、身体は反応しない。
「ヒメ! くそ、どうしてだよ! 『原石』は完全に取り除いたのに! ヒメ! 起きてくれ! 目を覚ましてくれよ、ヒメ! ヒメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」
垣根の絶叫が響く。
しかしその願いは届くことなく。
垣根姫垣は眠り続け、垣根帝督は妹を胸に抱いたまま気を失った。
「ヒメ!? おいヒメ! ヒメ!」
姫垣の身体を抱え直し、その顔を見る。瞳は再び閉じられ、身体は反応しない。
「ヒメ! くそ、どうしてだよ! 『原石』は完全に取り除いたのに! ヒメ! 起きてくれ! 目を覚ましてくれよ、ヒメ! ヒメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」
垣根の絶叫が響く。
しかしその願いは届くことなく。
垣根姫垣は眠り続け、垣根帝督は妹を胸に抱いたまま気を失った。
「ふーん。それで、本当に『原石』能力はなくなったわけ?」
10月1日。
学園都市内にあるとある邸宅にて、自分が家主だとでも言いたげな堂々とした様子でパソコンを叩く少女、雲川芹亜は、背後に立つ本当の家主、貝積継敏に問いかける。
「あぁ、確認した。垣根姫垣は『原石』でもなければ能力者でもない。ただの一般人になっていたよ」
「じゃあ何で意識不明のままなの、その子は」
「『原石』ではなく、問題は『体晶』の方にあったのだ。『体晶』服用の後遺症と言ったところか。垣根帝督は『原石』自体が体内から取り除かれれば、それに作用する『体晶』も無意味なものになると考えたのだろうが、そうはいかなかった。『体晶』は未だ姫垣の体内に残存し、影響を与え続けている。もっとも、帝督は『体晶』に副作用があることを知らなかったのだから、無理からぬ話だが。副作用さえなければ、姫垣も目を覚ましただろうな」
「そういうことね。『原石』無効化なんて言ったら、貝積は喉から手が出るほど研究したがるんじゃないかと思うけど」
後ろを振り返らず、ひたすらパソコンに向かう雲川。この会話に、世間話以上の意味はないのだ。
「あれは特例だ。互いの能力が似通っていたためにできた芸当。とても一般化できる方法ではない」
「あら、残念。で、お兄さんの方はそれから?」
「二週間余り昏睡状態が続いたが、『冥土返し』の手によって一命を取り留めた。そして、頓挫した『一方通行』の『絶対能力進化計画』と入れ替わりに彼を被検体とした新たな『絶対能力進化計画』が開始された」
「素直に従うとは思えないけど」
「姫垣を人質に取った。彼女の所在は帝督には知らされず、彼が命令に従えば姫垣を回復させるよう手を打つ、拒否すれば生命維持装置を外す、ということだそうだ」
「胸糞悪い話ね。上層部には姫垣を治す気なんてさらさらないように思えるけど」
「あぁ、だろうな。だがそれも、昨日までの話だ」
「『一方通行』の黒い翼……」
「あれのおかげで、統括理事長は計画の主軸を『一方通行』へ戻したらしい。そして、垣根帝督は暗部の一組織に身を落とすこととなった」
「それでお終い? 救われない話だけど」
「木原幻生の話から、随分脱線してしまったがな。で、その木原幻生のパソコンのメールデータは復元はまだか?」
「そう急かすな貝積……と。これで復元完了だけど」
そう言い、雲川は貝積にパソコンのディスプレイを示す。そこには、貝積の言葉通り、幻生の行ったメールのやりつりの記録が表示されている。
「出来たか! それで、『原石』の情報は!?」
「急かすなと言った貝積。今検索をかける」
二人が幻生のデータを漁っているのは、彼が『原石』に関わっていたということが明らかになったからだ。『未元物質』による攻撃によって幻生の研究所はほぼ全壊してしまい、8月10日に起こった事件の詳細がわかるまでに時間が掛かった。その上、研究所の『発掘作業』では幻生の有用な個人研究データを探ることが優先されたため、実用的ではない『原石』の情報は後回しにされてしまったのだ。
ちなみに、幻生本人も瓦礫の山の中からプレスされ干物のような状態で発見され、同じく発見された完成版の『体晶』は暗部組織や被検体の能力者に使用されている。
「……と、出た。どうやら海外のブローカーか何かと『原石』の譲渡についてやりとりしてるようだけど。そこから『原石』を取り寄せられなかったから自前で用意したってことかしら。てっきり場当たり的に『原石』の実験をしたんだと思っていたけど、そうでもないのか」
「ブローカー? まさかそこは、大量に子供たちを……」
「いや、まだ手中には収めていないみたい。それもあって、あちらは譲渡を拒んだんでだろうけど。相手の名前は……ん?」
雲川が眉をひそめて、ディスプレイを覗きこむ。
「どうした?」
「いや……」
貝積の問いに、雲川はディスプレイのある一行を示し、宙に目をやって考え込むようにして答える。
10月1日。
学園都市内にあるとある邸宅にて、自分が家主だとでも言いたげな堂々とした様子でパソコンを叩く少女、雲川芹亜は、背後に立つ本当の家主、貝積継敏に問いかける。
「あぁ、確認した。垣根姫垣は『原石』でもなければ能力者でもない。ただの一般人になっていたよ」
「じゃあ何で意識不明のままなの、その子は」
「『原石』ではなく、問題は『体晶』の方にあったのだ。『体晶』服用の後遺症と言ったところか。垣根帝督は『原石』自体が体内から取り除かれれば、それに作用する『体晶』も無意味なものになると考えたのだろうが、そうはいかなかった。『体晶』は未だ姫垣の体内に残存し、影響を与え続けている。もっとも、帝督は『体晶』に副作用があることを知らなかったのだから、無理からぬ話だが。副作用さえなければ、姫垣も目を覚ましただろうな」
「そういうことね。『原石』無効化なんて言ったら、貝積は喉から手が出るほど研究したがるんじゃないかと思うけど」
後ろを振り返らず、ひたすらパソコンに向かう雲川。この会話に、世間話以上の意味はないのだ。
「あれは特例だ。互いの能力が似通っていたためにできた芸当。とても一般化できる方法ではない」
「あら、残念。で、お兄さんの方はそれから?」
「二週間余り昏睡状態が続いたが、『冥土返し』の手によって一命を取り留めた。そして、頓挫した『一方通行』の『絶対能力進化計画』と入れ替わりに彼を被検体とした新たな『絶対能力進化計画』が開始された」
「素直に従うとは思えないけど」
「姫垣を人質に取った。彼女の所在は帝督には知らされず、彼が命令に従えば姫垣を回復させるよう手を打つ、拒否すれば生命維持装置を外す、ということだそうだ」
「胸糞悪い話ね。上層部には姫垣を治す気なんてさらさらないように思えるけど」
「あぁ、だろうな。だがそれも、昨日までの話だ」
「『一方通行』の黒い翼……」
「あれのおかげで、統括理事長は計画の主軸を『一方通行』へ戻したらしい。そして、垣根帝督は暗部の一組織に身を落とすこととなった」
「それでお終い? 救われない話だけど」
「木原幻生の話から、随分脱線してしまったがな。で、その木原幻生のパソコンのメールデータは復元はまだか?」
「そう急かすな貝積……と。これで復元完了だけど」
そう言い、雲川は貝積にパソコンのディスプレイを示す。そこには、貝積の言葉通り、幻生の行ったメールのやりつりの記録が表示されている。
「出来たか! それで、『原石』の情報は!?」
「急かすなと言った貝積。今検索をかける」
二人が幻生のデータを漁っているのは、彼が『原石』に関わっていたということが明らかになったからだ。『未元物質』による攻撃によって幻生の研究所はほぼ全壊してしまい、8月10日に起こった事件の詳細がわかるまでに時間が掛かった。その上、研究所の『発掘作業』では幻生の有用な個人研究データを探ることが優先されたため、実用的ではない『原石』の情報は後回しにされてしまったのだ。
ちなみに、幻生本人も瓦礫の山の中からプレスされ干物のような状態で発見され、同じく発見された完成版の『体晶』は暗部組織や被検体の能力者に使用されている。
「……と、出た。どうやら海外のブローカーか何かと『原石』の譲渡についてやりとりしてるようだけど。そこから『原石』を取り寄せられなかったから自前で用意したってことかしら。てっきり場当たり的に『原石』の実験をしたんだと思っていたけど、そうでもないのか」
「ブローカー? まさかそこは、大量に子供たちを……」
「いや、まだ手中には収めていないみたい。それもあって、あちらは譲渡を拒んだんでだろうけど。相手の名前は……ん?」
雲川が眉をひそめて、ディスプレイを覗きこむ。
「どうした?」
「いや……」
貝積の問いに、雲川はディスプレイのある一行を示し、宙に目をやって考え込むようにして答える。
「この、送信相手のジョージ=キングダムって名前。どっかで見たことがあるような気がするんだけど」
垣根帝督の十番勝負
第八戦 『木原幻生』
対戦結果―― 辛勝
次戦
対戦相手――『一方通行』