地平の向こうから、空が紅に染まる刻。
アベル=V=スカーレットは真紅の髪と風景の色合いが織り成す光景だけで一枚の絵が描けそうな立ち居振る舞いで、とある公園に佇んでいた。
彼にも一つの目的があり、その為にはストーカーまがいのことも厭わないつもりでいたのだ。その為に普段の行動範囲の遥か遠くにある第七学区にまで足を伸ばし、とある少女を待っていた。
そんな彼の前に現れたのは、
「よ、よう。アベル…だったか?」
どこかぎこちない笑みを浮かべる上条当麻と、
「……」
上条の後ろでぺこり、と頭を下げる姫神秋沙だった。
その手を、指まで絡めてしっかりと握りあって。
アベル=V=スカーレットは真紅の髪と風景の色合いが織り成す光景だけで一枚の絵が描けそうな立ち居振る舞いで、とある公園に佇んでいた。
彼にも一つの目的があり、その為にはストーカーまがいのことも厭わないつもりでいたのだ。その為に普段の行動範囲の遥か遠くにある第七学区にまで足を伸ばし、とある少女を待っていた。
そんな彼の前に現れたのは、
「よ、よう。アベル…だったか?」
どこかぎこちない笑みを浮かべる上条当麻と、
「……」
上条の後ろでぺこり、と頭を下げる姫神秋沙だった。
その手を、指まで絡めてしっかりと握りあって。
「こ、恋人のフリをして欲しい!?」
数分前、アベルからは見えない路地裏。
思わぬ遭遇をした上条と姫神だったが、彼女の方はそのことよりも目の前にいる謎のイケメン君を切り抜けることに大事を置いているようで、何故上条がここにいるのかという疑問は出てこなかった。
……もっとも、それ以上に驚愕の言葉を彼女は口にしたのだが。
上ずった声で上条が繰り返したその言葉に、姫神はこくりとうなずく。
「また。昨日みたいに言い寄られるのは。ちょっと恥ずかしい」
「いや、確かにその気持ちは分かるけど何も俺で無くても―――」
そう言う姫神は上条の手を握ったままで距離を詰めているので、その柔らかい手触りが上条の思考に多大なバグを発生させていた。
(何で俺はほとんどゼロ距離で姫神に手を握られているんでせうか!?一瞬前まで気まずい沈黙が流れていたはずなのに、姫神の手って柔らかいっていうか髪からも良い匂いっていうか、っていやそうじゃ無くて!!!)
「上条君?」
「いえ何でも無いですハイ!」
けっこうな至近距離から小首を傾げて顔を覗きこまれ、かえって顔が赤くなる上条。その頭に拒否するという選択肢はすでに存在しなかった。というか拒否できる男がいるなら見てみたい。
「じゃあ。改めて。お願い。」
「お、おう」
「そうだよな、手くらい握って、当然か…」
大覇星祭の時は気にしていた手を握ったままそう言われ、もうなるようになれと半ばヤケになっていた上条は、ふと。
「なぁ、姫神」
「何?」
「あのアベルをかわして、どこまでこれを続けるんだ?」
考える間も無く、姫神は即答した。
数分前、アベルからは見えない路地裏。
思わぬ遭遇をした上条と姫神だったが、彼女の方はそのことよりも目の前にいる謎のイケメン君を切り抜けることに大事を置いているようで、何故上条がここにいるのかという疑問は出てこなかった。
……もっとも、それ以上に驚愕の言葉を彼女は口にしたのだが。
上ずった声で上条が繰り返したその言葉に、姫神はこくりとうなずく。
「また。昨日みたいに言い寄られるのは。ちょっと恥ずかしい」
「いや、確かにその気持ちは分かるけど何も俺で無くても―――」
そう言う姫神は上条の手を握ったままで距離を詰めているので、その柔らかい手触りが上条の思考に多大なバグを発生させていた。
(何で俺はほとんどゼロ距離で姫神に手を握られているんでせうか!?一瞬前まで気まずい沈黙が流れていたはずなのに、姫神の手って柔らかいっていうか髪からも良い匂いっていうか、っていやそうじゃ無くて!!!)
「上条君?」
「いえ何でも無いですハイ!」
けっこうな至近距離から小首を傾げて顔を覗きこまれ、かえって顔が赤くなる上条。その頭に拒否するという選択肢はすでに存在しなかった。というか拒否できる男がいるなら見てみたい。
「じゃあ。改めて。お願い。」
「お、おう」
「そうだよな、手くらい握って、当然か…」
大覇星祭の時は気にしていた手を握ったままそう言われ、もうなるようになれと半ばヤケになっていた上条は、ふと。
「なぁ、姫神」
「何?」
「あのアベルをかわして、どこまでこれを続けるんだ?」
考える間も無く、姫神は即答した。
「私の部屋。近いから。だから。そこまで」
「………え?」
呆ける上条を連れて、姫神はアベルの下へと突撃していく。
呆ける上条を連れて、姫神はアベルの下へと突撃していく。
―――彼らの後ろに付いてくる、もう一つの不安要素に気付かぬまま。
かくして、アベルの前にぎこちない笑みを浮かべて現れた上条と姫神。
上条の手は姫神の白くてキレイな指で包まれていて、おまけに彼女から宣言された言葉が脳内でぐるぐる回り、とてもマトモな演技をできるとは思えない。
(何ですか、何なんですかこのシチュエーションはぁぁぁぁ!?)
上条の前、車止めに腰を降ろしているアベルの表情は泣きそうでいるような驚いているような不思議なもので、
「ああ、成程……上条、さんと…秋沙さん、は……そういう仲でしたか……」
などと一見して“造り出された”状況を飲み込んだらしく、言葉に困っている。前日に愛を告白した相手が人気の無い路地で男と手を握って歩いていたのだから、その衝撃たるや想像を絶するものだろう。
夏休みの最後に初めて海原光貴(偽者)と会話をしたときを思い出し、なんだかアベルが可哀そうになる。
アイツは体(かお)が偽者で中身(こころ)が本物だったが、コイツは本当に本物なのだ。
それを改めて確信させられる上条。
(あれ?でも俺の名前ってコイツに言ったっけ……?)
そんな隣で、姫神はくい、と手を引く。無表情な彼女も、どうしてもこのイケメン君とは離れたいらしい。
上条の手は姫神の白くてキレイな指で包まれていて、おまけに彼女から宣言された言葉が脳内でぐるぐる回り、とてもマトモな演技をできるとは思えない。
(何ですか、何なんですかこのシチュエーションはぁぁぁぁ!?)
上条の前、車止めに腰を降ろしているアベルの表情は泣きそうでいるような驚いているような不思議なもので、
「ああ、成程……上条、さんと…秋沙さん、は……そういう仲でしたか……」
などと一見して“造り出された”状況を飲み込んだらしく、言葉に困っている。前日に愛を告白した相手が人気の無い路地で男と手を握って歩いていたのだから、その衝撃たるや想像を絶するものだろう。
夏休みの最後に初めて海原光貴(偽者)と会話をしたときを思い出し、なんだかアベルが可哀そうになる。
アイツは体(かお)が偽者で中身(こころ)が本物だったが、コイツは本当に本物なのだ。
それを改めて確信させられる上条。
(あれ?でも俺の名前ってコイツに言ったっけ……?)
そんな隣で、姫神はくい、と手を引く。無表情な彼女も、どうしてもこのイケメン君とは離れたいらしい。
「上条君。早く。行こう」
「あ、ああ……って!?」
上条の顔の近くで喋ろうとしたのか、体を寄せる姫神。
その結果、彼女のそれなりに―――否、至近距離ではかなり存在を主張している胸が上条の二の腕に触れそうになったり触れてしまったりして、上条の表情がビキン、という音と共に硬直する。
(姫神サン!?気付いてるの!?気付いてますよね!?)
「……早く」
しかし、自分から手を握ったことで姫神の頭は一杯になっているのか、彼女は上条の顔の近くでも限界を越えて顔が赤くなったり湯気が上がったりはしない。
実は、姫神も姫神で大いに緊張しており、その上げ句に上条に抱きついていることすら自覚が無い。彼女としては上条の顔の近くで喋ろうと思ったが故の行動なのであって、その結果上条当麻の脳内でどれほどの戦争が行われているのか、知る由もないのだ。
―――もっとも、この場において一番不幸なのは、そんな(端から見れば)甘ったるい光景を見せつけられているアベルに他ならないのだが。
ともあれ苦笑い極まれりという表情のアベルに、ここから早くいなくなってあげるのが最善の手段だと切実に確信した上条は、
「じゃ、行こうぜ。姫神」
そう言って歩き出そうとした瞬間。
「早く行こう」
姫神もまた、同じタイミングで一歩を踏み出した。
彼らは腕を密着させられるほど近くにいるわけで、体は緊張でがちがち。互いに異性をエスコートした経験なんてあるわけもなく、
「あ、ああ……って!?」
上条の顔の近くで喋ろうとしたのか、体を寄せる姫神。
その結果、彼女のそれなりに―――否、至近距離ではかなり存在を主張している胸が上条の二の腕に触れそうになったり触れてしまったりして、上条の表情がビキン、という音と共に硬直する。
(姫神サン!?気付いてるの!?気付いてますよね!?)
「……早く」
しかし、自分から手を握ったことで姫神の頭は一杯になっているのか、彼女は上条の顔の近くでも限界を越えて顔が赤くなったり湯気が上がったりはしない。
実は、姫神も姫神で大いに緊張しており、その上げ句に上条に抱きついていることすら自覚が無い。彼女としては上条の顔の近くで喋ろうと思ったが故の行動なのであって、その結果上条当麻の脳内でどれほどの戦争が行われているのか、知る由もないのだ。
―――もっとも、この場において一番不幸なのは、そんな(端から見れば)甘ったるい光景を見せつけられているアベルに他ならないのだが。
ともあれ苦笑い極まれりという表情のアベルに、ここから早くいなくなってあげるのが最善の手段だと切実に確信した上条は、
「じゃ、行こうぜ。姫神」
そう言って歩き出そうとした瞬間。
「早く行こう」
姫神もまた、同じタイミングで一歩を踏み出した。
彼らは腕を密着させられるほど近くにいるわけで、体は緊張でがちがち。互いに異性をエスコートした経験なんてあるわけもなく、
Q:ここに上条当麻の不幸体質が加わるとどうなるでしょうか?
がつっ、と。
彼らの足はできそこないの社交ダンスみたいに絡みあって、バランスを崩した二人は、
間抜けな音と共に上条当麻は姫神秋沙の上に、彼女を押し倒すように転んでしまった。
ひくっ、とアベルの笑みが引きつる音がやけに聞こえる。
「な………」
両手を姫神の肩に乗せ、足は丁度良い位置で彼女を押さえてしまっているこんな状況が理解できない上条。
「…………」
目を丸くし、顔を赤くして黙りこくっているだけで、噛みつく、電撃を浴びせる、ボディーブローを叩き込むなどの暴力に訴えない姫神。
「え……っと」
おまけに、普段表情の硬い姫神が顔を真っ赤に染めて驚いているというのは上条には新鮮で、それも相まって彼女と数センチの間にある柔らかな空気を薄める理由が見つからない。
彼らの足はできそこないの社交ダンスみたいに絡みあって、バランスを崩した二人は、
間抜けな音と共に上条当麻は姫神秋沙の上に、彼女を押し倒すように転んでしまった。
ひくっ、とアベルの笑みが引きつる音がやけに聞こえる。
「な………」
両手を姫神の肩に乗せ、足は丁度良い位置で彼女を押さえてしまっているこんな状況が理解できない上条。
「…………」
目を丸くし、顔を赤くして黙りこくっているだけで、噛みつく、電撃を浴びせる、ボディーブローを叩き込むなどの暴力に訴えない姫神。
「え……っと」
おまけに、普段表情の硬い姫神が顔を真っ赤に染めて驚いているというのは上条には新鮮で、それも相まって彼女と数センチの間にある柔らかな空気を薄める理由が見つからない。
ただし、見つからなくても、理由は外からやってきた。
バチィ、と。
上条がこの数か月の間に何度も聞いた心臓に悪い放電音。
「アーンーターはー……」
革靴(ローファー)を鳴らし、低い低い声で唸る女子の声。
「……っ!!」
それに反射的に飛び起きた上条が右手を突き出した瞬間。
ズガァン!!と空気を裂く轟音と共に、雷撃の槍が襲ったのだ。
そしてそれは、姫神の前に立ちはだかる上条の右手の後には微塵も通らない。
光が霧散した後、残滓のスパークの中でにへら、と力無く笑う上条の視線の先に、
上条がこの数か月の間に何度も聞いた心臓に悪い放電音。
「アーンーターはー……」
革靴(ローファー)を鳴らし、低い低い声で唸る女子の声。
「……っ!!」
それに反射的に飛び起きた上条が右手を突き出した瞬間。
ズガァン!!と空気を裂く轟音と共に、雷撃の槍が襲ったのだ。
そしてそれは、姫神の前に立ちはだかる上条の右手の後には微塵も通らない。
光が霧散した後、残滓のスパークの中でにへら、と力無く笑う上条の視線の先に、
「アンタはー、こんなところで女の子を押し倒すようなー、見境いの無いエロ野郎だったのかしらー?」
冷たい目の御坂美琴が、いた。
時間は、上条と姫神が恋人ごっこの打ち合わせをするさらに15分程前に遡る。
御坂美琴は、街でとある少年を見つけてしまった。
大覇星祭で罰ゲームの約束をしたままイタリア旅行に行きやがった、あのツンツン頭の少年を。
普段の様子なら何のことはなしに話しかけ、そのまま罰ゲームに連行しようかと思っていたのだが、
………その少年の様子がおかしい。
何かの目を気にしているような挙動不審さ。
いつも無気力に『うだー……』とか言って歩いている彼を見慣れている彼女には、それが際立って違和感となっている。
彼は御坂には気付く様子を見せず、どこかへ歩いていく。
「何なの、あの変な……」
自問自答を繰り返すうちにいつのまにか彼を尾けながら、彼女は気付いてしまった。
彼の歩く先に、黒髪ロングの女子高校生がいることを。
よく覚えてはいないが、あれは確か少年と同じ高校のものだった、と思う。
(え、何アイツ!?女の子をストーカーしてるの!?)
うわ、結構幻滅……などと言おうとして、また気付いた。
「あれ?私も同じことしてるんじゃ……?」
御坂美琴は、街でとある少年を見つけてしまった。
大覇星祭で罰ゲームの約束をしたままイタリア旅行に行きやがった、あのツンツン頭の少年を。
普段の様子なら何のことはなしに話しかけ、そのまま罰ゲームに連行しようかと思っていたのだが、
………その少年の様子がおかしい。
何かの目を気にしているような挙動不審さ。
いつも無気力に『うだー……』とか言って歩いている彼を見慣れている彼女には、それが際立って違和感となっている。
彼は御坂には気付く様子を見せず、どこかへ歩いていく。
「何なの、あの変な……」
自問自答を繰り返すうちにいつのまにか彼を尾けながら、彼女は気付いてしまった。
彼の歩く先に、黒髪ロングの女子高校生がいることを。
よく覚えてはいないが、あれは確か少年と同じ高校のものだった、と思う。
(え、何アイツ!?女の子をストーカーしてるの!?)
うわ、結構幻滅……などと言おうとして、また気付いた。
「あれ?私も同じことしてるんじゃ……?」
彼を見つけてからおよそ10分。御坂美琴もまた、ツンツン頭の少年をストーキングしていたことに。
(うわーーーっ!!!違う違う違う!私のは………そう、尾行よ!アイツがどこでどんな行為に至るのかをこの目で確かめる必要があるのよ。そう。だからこれは断じて―――)
自分に言い訳を課したところで、空しいだけだった。
「もういいや。アイツを捕まえるのは今日は止めよう……」
と思い、今来た道を引き返そうとして、
前方で、ツンツン頭の少年と黒髪ロングの(顔を見ると結構美人な)女子高校生が、手を握りあっている光景を目にしてしまったのだ。
「っ!?」
あまりに唐突な展開に、彼女の頭にこの道を引き返すという選択肢はとうに消え失せていた。
自分に言い訳を課したところで、空しいだけだった。
「もういいや。アイツを捕まえるのは今日は止めよう……」
と思い、今来た道を引き返そうとして、
前方で、ツンツン頭の少年と黒髪ロングの(顔を見ると結構美人な)女子高校生が、手を握りあっている光景を目にしてしまったのだ。
「っ!?」
あまりに唐突な展開に、彼女の頭にこの道を引き返すという選択肢はとうに消え失せていた。
そして、今。
上条当麻はいきなり叩き込まれた御坂の雷撃に、驚きながらも少しほっとしていた。
(いや、手段には感謝していない。けれど、あの訳の分からない空気を打破するには誰かにぶった切ってもらうのが一番だったんだ……)
そうとは知らない御坂はこちらに歩いてくると、軽く溜め息を吐く。
「アンタねぇ、いくらなんでもやって良いことと悪いことがあるでしょうが。……その、こんな……所で……」
最初は威勢も良かったのに、だんだん顔が赤くなっているのはなぜだろう?と首を傾げる上条だったが、
「………。上条君……また?」
いつの間にか上条のすぐ背後にいた姫神が、のっぺりとした表情で問うていた。
普段表情の変化が読みにくい彼女なのに、普段と変わらない表情のはずなのに、その目が怖い。
「ぃやっ?姫神サン、貴女は何か重大な勘違いをなさっていませんか!?」
嫌な汗をダラダラと流して釈明するも、前に姫神、後ろに御坂という狭みうちの状態にある上条当麻の精神的寿命はものすごい勢いですり減っていく。
上条当麻はいきなり叩き込まれた御坂の雷撃に、驚きながらも少しほっとしていた。
(いや、手段には感謝していない。けれど、あの訳の分からない空気を打破するには誰かにぶった切ってもらうのが一番だったんだ……)
そうとは知らない御坂はこちらに歩いてくると、軽く溜め息を吐く。
「アンタねぇ、いくらなんでもやって良いことと悪いことがあるでしょうが。……その、こんな……所で……」
最初は威勢も良かったのに、だんだん顔が赤くなっているのはなぜだろう?と首を傾げる上条だったが、
「………。上条君……また?」
いつの間にか上条のすぐ背後にいた姫神が、のっぺりとした表情で問うていた。
普段表情の変化が読みにくい彼女なのに、普段と変わらない表情のはずなのに、その目が怖い。
「ぃやっ?姫神サン、貴女は何か重大な勘違いをなさっていませんか!?」
嫌な汗をダラダラと流して釈明するも、前に姫神、後ろに御坂という狭みうちの状態にある上条当麻の精神的寿命はものすごい勢いですり減っていく。
だが、思わぬ救いがそこにはあった。
ズバッ!!、と。
赤い流星がよぎったような錯覚すら上条達に抱かせて、御坂と上条の間にルビーの髪のイケメン君が立ちはだかったのだ。
「ちょっと!?」
「アベル……?」
割り込まれた御坂は今にも溢れそうな電撃を一瞬でチャージし、そこらのスキルアウトも裸足で逃げ出す気迫でアベルに迫る。
「アンタ、何だか知らないけど―――」
だが、アベルはそれに動じなかった。何事も無い……、それこそ子猫を扱う爽やかなイケメンの顔で、
「上条さん」
と。
姫神秋沙では無く、上条当麻に。
凛とした声で確認を取った。
「貴方は、秋沙さんの彼氏なんですよね?」
「な……っ!?」
「はい?」
顔を赤くした御坂の帯電が目に見えて倍加するのにも構わず、アベルはもう一度問う。
赤い流星がよぎったような錯覚すら上条達に抱かせて、御坂と上条の間にルビーの髪のイケメン君が立ちはだかったのだ。
「ちょっと!?」
「アベル……?」
割り込まれた御坂は今にも溢れそうな電撃を一瞬でチャージし、そこらのスキルアウトも裸足で逃げ出す気迫でアベルに迫る。
「アンタ、何だか知らないけど―――」
だが、アベルはそれに動じなかった。何事も無い……、それこそ子猫を扱う爽やかなイケメンの顔で、
「上条さん」
と。
姫神秋沙では無く、上条当麻に。
凛とした声で確認を取った。
「貴方は、秋沙さんの彼氏なんですよね?」
「な……っ!?」
「はい?」
顔を赤くした御坂の帯電が目に見えて倍加するのにも構わず、アベルはもう一度問う。
「貴方は、秋沙さんを“守ってくれる”んですよね?」
そこに、昨日見せたプレイボーイじみた雰囲気は一切無かった。
あるのは、一つの恋の結末(バッドエンド)を知った男の顔だった。
(こんなのって―――)
8月の終りに会った、とある名も知らない魔術師の顔がよぎる。偽者のくせに本物だった、いじけ虫な男が。
思わず本当のことを言いそうになる上条だが、
それを姫神は無言で頑なに制する。何かに怯えるような震えすら感じさせる彼女の所作に、それを止められる上条。
だから上条はこう応えた。
あるのは、一つの恋の結末(バッドエンド)を知った男の顔だった。
(こんなのって―――)
8月の終りに会った、とある名も知らない魔術師の顔がよぎる。偽者のくせに本物だった、いじけ虫な男が。
思わず本当のことを言いそうになる上条だが、
それを姫神は無言で頑なに制する。何かに怯えるような震えすら感じさせる彼女の所作に、それを止められる上条。
だから上条はこう応えた。
「ごめん、アベル。でも……“守るのは”本当だから」
彼氏だとは一言も言わなかったが、アベルにはそれで十分だったらしい。
それは良かった、と。彼は言う。
自分の恋が終わったくせになんだこの爽やかさ、と思う上条に、アベルはさらに信じられない動作を続けた。
「では、このお邪魔虫達は退散しましょう」
そう言って、その背後。
何か帯電したままブツブツと危険な領域に突入している御坂に向き直り、
バヂンッ!!!
と。
アベルの左手が彼女の肩に置かれた瞬間、彼女の体に満ちていた電撃が四方へ霧散したのだ。
それは良かった、と。彼は言う。
自分の恋が終わったくせになんだこの爽やかさ、と思う上条に、アベルはさらに信じられない動作を続けた。
「では、このお邪魔虫達は退散しましょう」
そう言って、その背後。
何か帯電したままブツブツと危険な領域に突入している御坂に向き直り、
バヂンッ!!!
と。
アベルの左手が彼女の肩に置かれた瞬間、彼女の体に満ちていた電撃が四方へ霧散したのだ。
まるで、―――上条当麻の右手で打ち消したかのように。
「!?」
だが当のアベルは奇妙な現象に周囲の3人が絶句している事に溜め息を吐き、
「さぁ、お早く。秋沙さんを連れて、お行きください」
この一撃をぶつけられたら多分この世の女性はすべからく彼に魅了されてしまうのではないかと思う程、爽やかすぎるアベルの微笑みがそこにはあった。
夕暮れの路地裏に、理解不能な空気が広がる。
「………っは!?」
それから一早く自我を取り戻した上条は(断じてアベルの笑みに見とれていた訳ではない………と思いたい)、姫神を連れてその場をダッシュで走り去る。
「あ、ああ。サンキューな、アベル!!」
「……え、と」
姫神のほうは未だぼんやりした目だが、何とか上条の走りには付いてくる。
どうにか角を一つ曲り、御坂の視界から彼等が消えた瞬間、
「アンタねぇ……何してくれてんのよ……ッッ!!!」
雷鳴と共に、何故怒るのかもわかっていない御坂美琴の叫びが轟いた。
それを全身で受け止めているであろうアベルの無事を結構真剣に祈りつつ、上条と姫神は走ってゆく。
だが当のアベルは奇妙な現象に周囲の3人が絶句している事に溜め息を吐き、
「さぁ、お早く。秋沙さんを連れて、お行きください」
この一撃をぶつけられたら多分この世の女性はすべからく彼に魅了されてしまうのではないかと思う程、爽やかすぎるアベルの微笑みがそこにはあった。
夕暮れの路地裏に、理解不能な空気が広がる。
「………っは!?」
それから一早く自我を取り戻した上条は(断じてアベルの笑みに見とれていた訳ではない………と思いたい)、姫神を連れてその場をダッシュで走り去る。
「あ、ああ。サンキューな、アベル!!」
「……え、と」
姫神のほうは未だぼんやりした目だが、何とか上条の走りには付いてくる。
どうにか角を一つ曲り、御坂の視界から彼等が消えた瞬間、
「アンタねぇ……何してくれてんのよ……ッッ!!!」
雷鳴と共に、何故怒るのかもわかっていない御坂美琴の叫びが轟いた。
それを全身で受け止めているであろうアベルの無事を結構真剣に祈りつつ、上条と姫神は走ってゆく。
その雷鳴を、遠くに聞く男がいた。
科学の街にあって、その周囲だけは江戸の世にタイムスリップしたような錯覚を覚えさせる黒塗りの二本差しの刀。日本特有の、拵えと呼ばれる刀の組合わせだ。
それでいて、髪はアラブ、服装は和、瞳の色は洋と国籍はバラバラだ。
しかし、この街では国籍など些細なこと。それを全て吹き飛ばして彼の特異性を証明することが、目の前で起こっていた。
「警備員(アンチスキル)……と言ったか?」
彼は今、学生寮と学生寮の間にある小さな公園にいた。
夕食の匂いが漂う、普通の光景だ。
科学の街にあって、その周囲だけは江戸の世にタイムスリップしたような錯覚を覚えさせる黒塗りの二本差しの刀。日本特有の、拵えと呼ばれる刀の組合わせだ。
それでいて、髪はアラブ、服装は和、瞳の色は洋と国籍はバラバラだ。
しかし、この街では国籍など些細なこと。それを全て吹き飛ばして彼の特異性を証明することが、目の前で起こっていた。
「警備員(アンチスキル)……と言ったか?」
彼は今、学生寮と学生寮の間にある小さな公園にいた。
夕食の匂いが漂う、普通の光景だ。
―――そこに、警備員の一個小隊が倒れ伏していなければ、の話だが。
彼らが纏っているのは、対暴走能力者用の装備。
敵を殺すことを目的としてはいないが、普通の拳銃や刃物では衝撃すら届かない防御を重視した装備だ。
そのはず、なのに。
彼らは今、為す術無く地に伏していた。
伏している理由までも様々。血溜りの中に沈む者もいれば、何かに怯えるようにがたがたと震え続ける者もいる。一見外傷は無いが石のように動かない者も、腕が変な方向に曲ってしまっている者も。
ただし、その中に一人、高校生程の少女を混ぜて。
彼らの布陣は少女を中心に円を描いている。傍目から見れば、警備員の目的は少女の保護だったであろうことが容易に推測できる。
もっとも、倒れた状態の彼らでは壁にすらならないが。
そして、既に気を失っている少女の元で“目的”を果たすと、ふと思いだしたように立ち上がる男。
「科学の街の末端兵では、この“正宗”を理解することなどできないか。……それも当然だ」
どこか自嘲を含む言葉は、独り言
敵を殺すことを目的としてはいないが、普通の拳銃や刃物では衝撃すら届かない防御を重視した装備だ。
そのはず、なのに。
彼らは今、為す術無く地に伏していた。
伏している理由までも様々。血溜りの中に沈む者もいれば、何かに怯えるようにがたがたと震え続ける者もいる。一見外傷は無いが石のように動かない者も、腕が変な方向に曲ってしまっている者も。
ただし、その中に一人、高校生程の少女を混ぜて。
彼らの布陣は少女を中心に円を描いている。傍目から見れば、警備員の目的は少女の保護だったであろうことが容易に推測できる。
もっとも、倒れた状態の彼らでは壁にすらならないが。
そして、既に気を失っている少女の元で“目的”を果たすと、ふと思いだしたように立ち上がる男。
「科学の街の末端兵では、この“正宗”を理解することなどできないか。……それも当然だ」
どこか自嘲を含む言葉は、独り言
では、なかった。
「お前のような者が、この街にはいるのだからな」
言葉を投げかけられた“相手”は、吐き捨てるように言う。
「どの口がほざく。魔術師」
そこに居たのは、一人の少年。
学生服は普通だが、金髪にサングラスというあまりに目立つ風貌。にも関わらず、その気配は極限まで薄い。目を合わせ、会話を交してようやく、その気配が術式によるフェイクでないことを認識できるレベルだ。
「どこの魔術師だか分からない格好だが……少なくとも陰陽術をかじっているな?」
距離は、10メートル。
一触即発の火花を散らす空間には男の言葉がやけにこだまする。
だが、少年の方はそんな物言いにどこか苛立ちを覚えたようで、
「ああ。“少し”な」
そんな言葉と共に、少年は躊躇無くベルトから鈍色の金属を引き抜いた。
標準を定め、引き金に指を掛け、力を込めて、撃つ。
手慣れした動作には一切の無駄も無く、コンマ1秒の間に鉛の弾は男に直撃する。
だが、その瞬間に。
チン、と。
響いたのは、サイレンサーを経由した気の抜けた発砲音では無い。
日本刀の鍔を戻した時特有の小さな金属音だ。
そして、少年の放ったはずの弾丸は男を貫くことはおろか、その背後にあるブロック塀に当たって跳弾することさえ無かった。
何故なら、
言葉を投げかけられた“相手”は、吐き捨てるように言う。
「どの口がほざく。魔術師」
そこに居たのは、一人の少年。
学生服は普通だが、金髪にサングラスというあまりに目立つ風貌。にも関わらず、その気配は極限まで薄い。目を合わせ、会話を交してようやく、その気配が術式によるフェイクでないことを認識できるレベルだ。
「どこの魔術師だか分からない格好だが……少なくとも陰陽術をかじっているな?」
距離は、10メートル。
一触即発の火花を散らす空間には男の言葉がやけにこだまする。
だが、少年の方はそんな物言いにどこか苛立ちを覚えたようで、
「ああ。“少し”な」
そんな言葉と共に、少年は躊躇無くベルトから鈍色の金属を引き抜いた。
標準を定め、引き金に指を掛け、力を込めて、撃つ。
手慣れした動作には一切の無駄も無く、コンマ1秒の間に鉛の弾は男に直撃する。
だが、その瞬間に。
チン、と。
響いたのは、サイレンサーを経由した気の抜けた発砲音では無い。
日本刀の鍔を戻した時特有の小さな金属音だ。
そして、少年の放ったはずの弾丸は男を貫くことはおろか、その背後にあるブロック塀に当たって跳弾することさえ無かった。
何故なら、
拳銃は斬られていた。
それも、直線ではない。拳銃の銃口と薬室の金具同士が絡むように複雑な軌道で、だ。
「ッ!?」
冷や汗が吹き出す金髪の少年が思わず距離を取るのを眺めながら和服の男は言う。
「警告はした。追って来るならば、次は少年を斬る」
「お前……!」
そう言いながら、和服の男は日本刀を構えた。
ただし、鞘から抜刀せず、帯から直接引き抜いて。
黒の棒でしか無いはずのそれを、地面を撫で切りにする軌道で軽く振る。
そして、爆発が起きた。
火薬によるものではない。純粋な何かの力によって、整備された公園の土が丸ごと抉られ、巻き上げられたのだ。
周囲を覆い尽くす土煙や石つぶての攻撃は大した程では無い。当然、目的は、
「くそっ!!」
土煙を蓑にした、逃走だ。
一陣の風が煙を吹き払った先、倒れた警備員と少女だけの光景に少年は舌打ちをする。
和服の男を追おうにも、手掛かりは何も無い。遠くからはサイレンも近付いている以上、この辺りが引き際だった。
(それでも……)
ギリギリまで情報を目に焼き付けようとした少年の目に映ったのは、倒れた少女。その、首筋。
「ッ!?」
冷や汗が吹き出す金髪の少年が思わず距離を取るのを眺めながら和服の男は言う。
「警告はした。追って来るならば、次は少年を斬る」
「お前……!」
そう言いながら、和服の男は日本刀を構えた。
ただし、鞘から抜刀せず、帯から直接引き抜いて。
黒の棒でしか無いはずのそれを、地面を撫で切りにする軌道で軽く振る。
そして、爆発が起きた。
火薬によるものではない。純粋な何かの力によって、整備された公園の土が丸ごと抉られ、巻き上げられたのだ。
周囲を覆い尽くす土煙や石つぶての攻撃は大した程では無い。当然、目的は、
「くそっ!!」
土煙を蓑にした、逃走だ。
一陣の風が煙を吹き払った先、倒れた警備員と少女だけの光景に少年は舌打ちをする。
和服の男を追おうにも、手掛かりは何も無い。遠くからはサイレンも近付いている以上、この辺りが引き際だった。
(それでも……)
ギリギリまで情報を目に焼き付けようとした少年の目に映ったのは、倒れた少女。その、首筋。
吸血鬼に噛まれたような、二つの赤い穴が穿たれているのを。
上条と姫神は、どこだかも分からない路地を走り抜け、少し大きな通りを歩いていた。
「っ……はあ」
「ごめん、姫神。大丈夫か?どこかで休むっていう選択肢も……」
ほとんど上条のペースで走らされた彼女は、どこか苦しそうだ。
そう思って肩を貸そうとした上条に、姫神はさすがにそれは、といった表情で首を横に振る。
「大丈夫。自分で。歩ける」
相変わらず手をつないだままの二人。傍目にはデートを楽しむカップルにしか見えないのだが、その空気はどこか気まずい。
原因は、言わずもがな。
「なぁ、姫神……」
「アベル君の。こと?」
その一点。
あの、アベル=V=スカーレットという少年のことだ。
ただ、上条と姫神の間には彼の事に関して微妙な差異があった。
上条が気に掛けているのは、彼の思い。
自分が告白した相手が他の誰かと付きあっていることをあそこまで爽やかに受けとめられる人間など、そうはいない。
こちらが引け目を感じるほどの、あんな態度で。
軽い男と言えばそこまでなのだが、上条にはどうにもそう思えないのだ。
「やっぱり、アイツをちゃんと、お前の意志で、振ってやるべきなんじゃないのか」
「………私は」
対して、姫神の言葉は上条の予想とは違うものだった。
「アベル君が。嫌い」
「え?」
初対面であの印象なのだから仕方ないか?と思う上条ではあったが、姫神は言い直した。
「嫌い……?違う。変……?とにかく。良く分からない。の」
「良く、分からない……」
言い直そうとして、失敗した。
それでも、上条の返事にこくり、と頷く姫神。
「何だか。昨日よりも。今日。さっきよりも。今。……段々。アベル君を嫌いになっていくの」
「どういうことだ?」
段々嫌いになるという表現は彼女も納得いかない言葉だったらしく、首を傾げて言う。
「でもそれは。私にも分からない感情なの。まるで。本能みたいなところで私が彼を避けているような」
「本能……ねぇ」
「私の本能。それは……」
「っ……はあ」
「ごめん、姫神。大丈夫か?どこかで休むっていう選択肢も……」
ほとんど上条のペースで走らされた彼女は、どこか苦しそうだ。
そう思って肩を貸そうとした上条に、姫神はさすがにそれは、といった表情で首を横に振る。
「大丈夫。自分で。歩ける」
相変わらず手をつないだままの二人。傍目にはデートを楽しむカップルにしか見えないのだが、その空気はどこか気まずい。
原因は、言わずもがな。
「なぁ、姫神……」
「アベル君の。こと?」
その一点。
あの、アベル=V=スカーレットという少年のことだ。
ただ、上条と姫神の間には彼の事に関して微妙な差異があった。
上条が気に掛けているのは、彼の思い。
自分が告白した相手が他の誰かと付きあっていることをあそこまで爽やかに受けとめられる人間など、そうはいない。
こちらが引け目を感じるほどの、あんな態度で。
軽い男と言えばそこまでなのだが、上条にはどうにもそう思えないのだ。
「やっぱり、アイツをちゃんと、お前の意志で、振ってやるべきなんじゃないのか」
「………私は」
対して、姫神の言葉は上条の予想とは違うものだった。
「アベル君が。嫌い」
「え?」
初対面であの印象なのだから仕方ないか?と思う上条ではあったが、姫神は言い直した。
「嫌い……?違う。変……?とにかく。良く分からない。の」
「良く、分からない……」
言い直そうとして、失敗した。
それでも、上条の返事にこくり、と頷く姫神。
「何だか。昨日よりも。今日。さっきよりも。今。……段々。アベル君を嫌いになっていくの」
「どういうことだ?」
段々嫌いになるという表現は彼女も納得いかない言葉だったらしく、首を傾げて言う。
「でもそれは。私にも分からない感情なの。まるで。本能みたいなところで私が彼を避けているような」
「本能……ねぇ」
「私の本能。それは……」
「吸血鬼!!??」
「「!?」」
思いがけず彼らの耳に飛びこんだ言葉に、弾かれたように声の方向を見る上条と姫神。そこは、通りからさらに細い路地に向かう入り口だった。
そこに救急車が幾つも群がり、周囲の野次馬を警備員が抑えている。
「何……だ?」
「………っ」
ここから子細は聞き取れないが、野次馬達の断片的な言葉には必ずとあるフレーズが交じっていた。
思いがけず彼らの耳に飛びこんだ言葉に、弾かれたように声の方向を見る上条と姫神。そこは、通りからさらに細い路地に向かう入り口だった。
そこに救急車が幾つも群がり、周囲の野次馬を警備員が抑えている。
「何……だ?」
「………っ」
ここから子細は聞き取れないが、野次馬達の断片的な言葉には必ずとあるフレーズが交じっていた。
それは――吸血鬼。
ぎゅっ、と。上条の手に加わる力が増す。それこそ、痛いほどに。
それに応じて隣を見た上条は思わずぎょっとした。
「姫神……?」
彼女は、震えていたのだ。
寒さで震えるのでもなく、心の揺らぎがそのまま体に映っていた。
「おい!姫神!?」
「上条……君」
焦点の定まらぬ彼女の目に映っているのは、きっと上条とは全く違うもの。
かろうじて上条の言葉に応じ、そして、
それに応じて隣を見た上条は思わずぎょっとした。
「姫神……?」
彼女は、震えていたのだ。
寒さで震えるのでもなく、心の揺らぎがそのまま体に映っていた。
「おい!姫神!?」
「上条……君」
焦点の定まらぬ彼女の目に映っているのは、きっと上条とは全く違うもの。
かろうじて上条の言葉に応じ、そして、
がくり、と。
糸の切れた人形のように、彼女の体は崩れ落ちた。
あれだけ強い力で握っていた手すら、あっさりと離して。
「姫神ッ!?」
慌てた上条が必死で呼び掛けても、肩をゆさぶっても、彼女は意識を取り戻さなかった。
悪夢にうなされる青い顔のまま、全身の力を失って。
あれだけ強い力で握っていた手すら、あっさりと離して。
「姫神ッ!?」
慌てた上条が必死で呼び掛けても、肩をゆさぶっても、彼女は意識を取り戻さなかった。
悪夢にうなされる青い顔のまま、全身の力を失って。