とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 9-988

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ryuichi

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 私は真っ白だった。
 何も無いから、ただ真っ白だった。
 ちょっと前まで、あの夏の日まで。

 今日もとうまは帰りが遅い。またどこかで女の子でも助けているのだろうか。
 こんな夜は、いつも心配で堪らなくなる。とうまは絶対帰ってくると信じているけれど、それでも不安なことに変わりはない。
 私には、とうましかいない。ひょうかは友達だけれどあまり会えないし、あいさやまいかとも仲良しだけれどそこまで深い仲というわけでもない。
 こもえは世話焼きだから迷惑をかけても嫌な顔一つしないけど、だからといってあまり甘えてはいけないと思う。
 私の――インデックスの居場所は、とうまの傍にしかない。
 もしとうまがいなくなったら、私はイギリス清教に帰ることになるだろう。
 イギリス清教には、居場所がある。けれどそれはきっと、魔導書図書館としての、『禁書目録』としての場所だと思う。
 かつて私を追っていた二人の魔術師は、たまに私を気遣うような仕草を見せることもある。けれどそれだって、きっと私が『禁書目録』だからだ。価値があるのは私じゃない。
 『私』の居場所は、とうまの傍にしかない。
 だけど、それをとうまに押し付けることは出来ない。とうまにはとうまの人生があって、私がそれを妨げるわけにはいかない。
 とうまの幸せが戦うことなら、私がそれを邪魔しちゃいけない。
 とうまは優しいから、私が泣いて縋ればきっとすごく躊躇う。それでとうまがどこにもいかないかといったらそれは難しいと思うけど、何の効果も無いわけじゃないと思う。
 だから私はそれをしようとは思わない。私はとうまの足枷にはなりたくない。
 別に偉いわけじゃない。単純に私は恐いのだ。とうまの足枷になって、とうまに嫌われたら、と。
 とうまは優しいから、私を嫌いになったりはしない。分かっているし、信じている。けれど、それでも不安なことに変わりはない。
 それにとうまだって、私のことを考えてないわけじゃない。考えてないわけじゃないけど、それでも、行くのだ。


 とうまが何で戦うのか、前に聞いたことがある。そのときとうまは「自分の為」と言っていた。
 きっとそれは、紛れもない真実なのだと思う。とうまは自分の為にしか戦わない。ただひたすら自分の幸せの為だけに、とうまはいつも誰かを守ってボロボロになるまで戦い続ける。
 たまに思うこともある。なんで私に助けを求めてくれないのかと。
 私にだけじゃない、とうまは基本的に人に助けを求めない。その時々で共闘することはあっても、自分からそう働きかけることは滅多にない。
 自分はいつも他人を助けにいくのに、おかしな話だと思う。
 とうまが呼びかければきっと沢山の人が助けに来てくれるのに、頑固だとも思う。
 けれど多分、とうまは別にそれが嫌なわけじゃない。関係の無い人間を巻き込むことは嫌うけれど、それは本質じゃない。
 とうまただ、誰よりも早く助けを求める人のところに行きたいだけなんだと思う。
 別に傲慢なわけでも、無謀なわけでもない。オルソラのときのことなんかを考えるとそうとしか思えない気もするけれど、そうじゃない。
 とうまは、自分がどれだけ無力なのかを知っている。
 けど、同時にとうまは、分かっているんだと思う。
 別にヒロインなんて誰でもいいのだ。
 ただ誰かが不安で恐くて悲しくて、独りで声も出せずに泣いていて、「助けて」と誰かに手を伸ばしていて。
 そんな時に、誰かが手を掴んでくれるのが、どれだけ頼もしいか。何の根拠もない「大丈夫だ」という一言が、どれだけ心強いか。どんな苦境にあっても、ただ一人の味方がいるだけで、どれだけ救われるか。
 別にヒーローなんて誰でもいいのだ。
 何の力もないただの一人の人間に、どれだけの力があるのか。
 きっととうまは、それを知っている。
 だからとうまは戦うんだと思う。
 それくらい私にも分かる。その力強さを受け取ったから、知っている。


 そしてとうまは、一度繋いだ手を決して離したりはしない。別の誰かを引きずり上げる為に一旦解くことはあっても、それが終わればまた手を絡めてくれる。
 だからとうまは、本当に沢山の人と手を繋いでいる。とうまの傍にいる私でさえ、把握しきれないくらいに。
 そしてその中には、私も。

 時計の針が10時を指した。いよいよ本格的に遅い。これはもう確定だ。
 きっととうまは今日もボロボロになっているんだろう。心配だけど、私に出来るのは待つことだけだ。
 そう、待つことは出来る。他に何も出来なくたって、ただ心配して待つことは出来る。
 それだって、少しくらいの意味はある。それで決定的に何かが変わるとは思えないけど、絶対に無意味じゃない。
 そのうち、またあのカエルみたいなお医者さんから電話がかかってくるだろう。
 そしたら急いで家を出て、怪我の具合を確かめた後に思いっきり怒ろう。容赦なく噛み付いてやろう。
 私にはそれくらいしか出来ないけれど。
 ただ一人の、何の力もない人間でも。
 ただ一人、自分のことを想ってくれる人がいることが、どれだけ嬉しいか。
 その一人分の温もりが、どれだけ優しいか。
 私はとうまに教わったから。


 私はもう、真っ白ではないのだから。




 目覚めたその時には、俺は真っ白だった。
 何か持っていたのかも知れないけど、何を持っているのかも知らなかった。
 だから、真っ白だと思っていた。

 目が覚めたら、病室だった。
 馴染んだ場所だ。俺の始まりも、この病室だった。
 今はもういない、『誰か』の思い出話を聞いたのも。
 腹の辺りに、僅かに重みを感じる。目をやれば、そこにインデックスが顔を伏せて眠っていた。
 また心配をかけたな、と思う。
 インデックスがいつも、一人で何を思って俺を待っているのかは知らない。いつも最後は怒って噛み付かれて終わるけれど、それまでどんな思いで一人の夜を過ごしているのか、俺には分からない。
 泣いていなければいい、なんて思うのは俺の我が侭だろう。泣かせたくないなら早く帰ってやればいいんだから。一人にしなければいいんだから。
 別に、優先順位の話じゃない。インデックスより他の誰かが大切だから、彼女を一人にするわけじゃない。
 まして、俺でなくてはいけないわけでもない。俺がやりたいだけだ。
 結局のところ、それも我が侭だ。
 誰でもいのだということは分かっている。その手を取ることが出来るなら、誰だって立ち上がってもいいはずだ。
 そして、俺はその声を聞いた。誰かの助けてくれって声を、俺は何度も聞いた。
 だから、俺は行く。別にそれ以上のなんでもない。特別なことをしているわけでもない。
 助けたいと思える理由があるから、助ける。
 自分で言うのもなんだが、『ムカついたから殴る』と同じレベルの話だ。とても褒められたことではない。
 俺がもっと強ければ、インデックスにも心配をかけることはないんだろうけど。無いものねだりをしても仕方ない。あるもので出来ることをするだけだ。
 そう、今この手の中にあるもので。


 たまに、考える。インデックスのことだ。
 インデックスは、今俺の傍にいる。何の躊躇いもなく俺を慕って、俺を想って、俺の隣にいてくれる。
 けれど、インデックスが想う『俺』は、この俺じゃない。
 それは確実に、死んでしまった方の『俺』だ。俺が始まる前に終わってしまった、インデックスの為に結末まで突き進んだ『上条当麻』だ。
 今の俺は、そいつとは違う。
 そのことを話さなかったのは、俺だ。インデックスの泣き顔を見たくなかった俺だ。
 今でも、たまにそのことを考える。
 「『俺』が戦った理由は、そんなものを見て笑みを作るようなつまらないものじゃない」
 なんとなくそれだけは理解出来た。だから嘘をついた。
 だけど、同時に。俺はその理由に隠して、インデックスに手錠をかけたのだ。
 何も無くて、透明で真っ白だと思っていた俺の手の中に、唯一残っていたものに。
 それが何なのかはよく分からなかった。家族でも友達でも恋人でもない、けれど大切なもの。
 ただ手放したくない、と思った。だから手錠をかけた。誇れる理由の後ろに、ちっぽけな理由を隠した。
 俺の記憶喪失をインデックスが知っても、彼女は俺の傍にいてくれる。それくらい分かっているし、信じている。けれど、それでも不安は募るばかりだ。
 卑怯だと思う。情けないと思う。最低で、くだらない人間だ。
 それでも、俺は嘘をつき続ける。
 その温もりに、優しさに、甘えて。

 それでもいずれ来るのだろう。告げる時が。
 いつか乗り越えなくてはいけないのだから。
 俺は、真っ白ではなかったのだから。

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