とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

EX-05

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ryuichi

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だれでも歓迎! 編集
月曜日 16:00

 月曜日の夕刻、下校時刻を少し過ぎた沿道は家路を急ぐ生徒達の喧騒で溢れている。一日の苦
行(授業)からようやく開放された生徒達が少々浮かれ気味なのは仕方ないことだろう。だがそんな
生徒達の中、ただ一人ドンヨリとした負のオーラを噴き出す人物がいた。重い足取りで歩くツンツン
した黒髪の男子高校生はふと立ち止まるとハアァァァっと大きなため息をつく。

「どうしたの? 君は。まるで予防注射の列に並ぶ小学生みたいな浮かない顔をして」

 そういって上条の背中に声を掛けたのは腰まで届く長い黒髪の女子高校生だ。少しばかり抑揚
の乏しい口調は姫神秋沙が不機嫌だからではない。それどころかあふれ出る笑みを必死にかみこ
ろしていたりする。そのことに気付かれるが恥ずかしいのか、姫神秋沙はスタスタと上条を追い越し
ながら話しかけてくる。

「さあ。帰りましょう」

 話は前日の日曜日に遡る。
 とある事件において上条は頬に傷を負ってしまった。とはいえそれはかすり傷程度なのだが、問
題は『バイ菌が入るといけないから傷を見せなさい』と迫ってきた姫神から逃れようと『かすり傷なん
か唾でも付けてりゃ良いんだよ』と言ってしまったことだ。

 結果、姫神は『治療』という大義名分を振りかざし上条の頬の傷に唇を重ねてきた。狼狽える上条
に『君は自分の頬を舐めることはできない。だから私の出番』と涼しい顔で言い放ち、さらには『傷
の経過観察も必要』と言い張り、月曜日の放課後に上条宅を訪問することを強引に承知させたの
だ。僅かばかりの抵抗を試みた上条であったが、その日の事件の中で今まで秘密にしてきた妹達
のことや天草式のことが姫神にバレたこともあり全面降伏せざるを得ず、今現在に至っている。

 はああぁぁぁぁ!っと上条は本日5度目のため息をつくと、意を決して姫神に声を掛ける。

「あのさ、姫神。やっぱり、わざわざ俺ン家まで来なくても良いんじゃ……」

 上条の一言に姫神秋沙の軽やかだった足取りがピタッと止まる。そして一呼吸置いて静かに振り
向いた姫神秋沙は右手を頬に手を当て考え込むような仕草をする。

「なるほど。言われてみれば。君の言うことにも一理あるかも」
「なっ、そうだろ。姫神。そうすりゃお前の手間も省けるんだし」
「確かに。余計な手間は省ける。
 でも。意外。君って大胆。ふふっ。
 こんな公衆の面前で私に『治療』して欲しいだなんて」

 口元に妖艶な笑みを浮かべたかと思うと姫神秋沙は潤んだ瞳で上条を見つめ、白磁のような両
腕を伸ばし細く滑らかな指で上条の両頬を優しく包み込む。とたんに上条の心拍数は一気にレッド
ゾーンまで跳ね上がる。レッドアウト寸前で何とか踏み止まった上条は真っ赤になった顔をブルン
ブルン!っと大きく振ると、思わず姫神の指から逃れ一歩後ずさっていた。

「えっ?ちょ、ちょっとタンマ。待て姫神!お前はなにか誤解してるぞ。
 さっきのは今ここで姫神に『治療』して欲しいと頼んだ訳じゃない。
 治療自体が必要ないんじゃないかと……」

 姫神は一度目をパチクリさせると上条の言葉を理解したのか表情を曇らせて上条に伸ばしていた
腕を力なく降ろしていく。上条はホッと胸を撫で下ろしつつも、姫神の寂しそうな様子にある種の後
ろめたさを感じてしまう。

「(姫神の善意をあんな風に無下に断っちゃ……無神経だったかな?)あのさ……」
「ちっ!」
「「………………………………」」

「ちょっと待て!姫神。今お前『ちっ!』って言わなかったか!?」
「な。なんのことかな?」
「ちょっときつい言い方しちゃったかなって反省しかけたのに……
 上条さんをからかってんなら上条さんは許しませんのことよ!」
「そんなことはない。でも。君の希望がそういうことなら。……仕方ない」
「そうか、姫神。ようやく判ってく……」
「『治療』は君の下宿でしてあげる!」

「こら!だから、なんでふりだしに戻るんだよ! もう治療はいらないんじゃ……」
「ふっ。あまい。あまいね。上条君!
 通常。皮膚常在菌が傷口の皮下組織まで化膿させるには組織1gにつき10万~100万個の細
 菌が必要。でも。傷口に有機物系の異物があるとたった200個の菌で見事に感染成立。ちなみ
 に異物って木のトゲでもOK!」
「OK!じゃねえ!それにそんなネガティブ豆知識なんて聞きたくねえし!
 わかりました。上条さんの負けです。もう姫神さんに全てお任せしますからッ!」
「ありがとう。理解してくれて」


月曜日 16:15

 下宿のドアを前にして上条は今日何度目か判らないため息を漏らす。この状況を同居人(インデ
ックス)にどう説明すべきか? いくら考えた所で良いアイデアが浮かぶハズもなくとうとう半ばやけ
ぎみにドアノブをまわしていた。

「(もう、なるようになりやがれッ)ただいま!」
「おかえり! とうま……って、あれっ? どうしてあいさと一緒なの?」
「えーっと、それはなんて言いましょうか? あのーっ」
「気にしないで。私は。上条君の『治療』にやって来ただけ」
「ちりょう……ってなんのこと? とうま?」
「いや。それは、その──っ、なんと言いましょうか……」
「つまり。こういうこと」
「痛ッ!」

 姫神は狼狽える上条の右頬の絆創膏に手を伸ばし絆創膏を一気に引きはがす。そして痛がる上
条を無視して上条の顎とうなじに手を添えたかと思うと頬の傷口に唇を押し当てた。

 唐突に始まった姫神の『治療』に言葉を失うインデックスだがすぐにその肩がワナワナと震えだす。
同時に上条の生存本能が『インデックス暴発警報』を脳内に鳴り響かせる。早くインデックス大魔神
を鎮める方法を考えねば!っと青ざめる上条に地獄の底から響いて来るようなインデックスの声が
浴びせられる。

「と・う・ま!いったい何してるの!?」
「イヤ。これは上条さんがナニしているわけではなく、ナニされてるだけなんですけど……」 

 何とかインデックスを落ち着かせようとする上条だが姫神の『治療』を受けて赤くなったニヤケ顔が
インデックスをさらに逆上させる。

「ちょっと!あいさ。何してるの!」

 大声をあげるインデックスをよそにたっぷり10秒間上条の頬に押しつけていた唇をチュ!と音を
立てて外すと姫神は怒りに震えるインデックスにあくまで涼しい顔で答える。

「何って。だから。これはただの『治療』」
「そう、そうだぞ。インデックス。これは唾液の殺菌効果を利用した『治療』行為というヤツで、科学的
 にいうとだな……」

 事ここに至り、生き残るにはもはや屁理屈だろうがインデックスを言いくるめるしかないと打算した
上条は姫神の言葉尻に便乗する。それがインデックスの怒りの炎に油を注ぎ込むことになるとも知
らずに。

「なにさ。とうまったら、あいさばっかりえこひいきして!」
「いや、そんなことは無いぞ!インデックス」
「じゃあ、わたしもとうまを『治療』するッ!」
「わっ、よしなさい!インデックス。お前は真似しなくていいからッ!」

 今まさに上条に飛び掛かろうとするインデックスを両手で牽制しつつ上条はなんとか距離を取ろう
と後退するが既に閉じてしまった玄関のドアが後退を許さない。上条は右手を背後に回してドアノ
ブを必死に探すがなかなか掴めない。

「なんだ……そうなんだ。とうまはわたしの『治療」なんて要らないって言うんだね」

 いつの間にか少し悲しげな声になっていたインデックスに気付き、上条はその動きを止める。

「あんのぉぉぉぉ?インデックス……さん?」
「だったら……覚悟はいい?!とぉぉぉうぅぅぅまぁぁぁああああッ!」
「うわぁ!インデックス。待てぇぇぇええええッ!」

 普段見ることのないインデックスのしおらしさに戸惑った分、反応が遅れてしまう。大きく開いた口
から覗くキラリときらめく犬歯に上条は死を覚悟するが後頭部を噛み砕くはずの痛撃はいつまで
経っても訪れない。それどころかなぜだかインデックスはプリンの容器に頬ずりして鼻歌を唄って
いたりする。

「ゴージャスプリン~♪ゴ~ジャスプ~リ~ン~♪
 ああ、なんて神々しいのかしら。卵の黄身の濃厚さも、甘めのシロップとさっぱりとしたホイップクリ
 ームが奏でる絶妙なハーモニーも、ふんわりと舌の上でとろける食感も、総重量480gっていう食
 べ応えもなにもかもが大満足のこの一品。定価628円のゴージャスプリン。うふふ。15日と21時
 間18分ぶりだね」

 一体何が起きたのかまるで判らない上条であったが姫神秋沙の後ろに回した右手が上条にVサ
インを送っていることに気付く。どうやら、上条の命を救った一品はインデックスが上条に飛び掛か
る寸前に姫神秋沙がカバンから取り出したもののようだ。

「ありがとう。あいさ。最近とうまは金欠だとかいって食後のデザートを全然買ってくれないんだもの」
「それはよかった。そうだ。今日いくらか食材を持ってきたのだけれど。夕飯作ろうか?」
「ほんと?あいさ。実は昨日の朝から5食連続のモヤシ料理でへきへきしてたんだよ」
「じゃあ。私。部屋にあがってもいいかしら?」
「もちろん。大歓迎だよ。あいさ!」


月曜日 17:30

「「「ごちそうさまでした」」」

 上条家の食卓に3人の声がこだまする。
 食事前の不機嫌さもどこへ行ったのか、インデックスも大満足の様子だ。

「あーっ、とってもおいしかったよ。あいさ」
「どういたしまして」
「いやー、ホントに美味かった。
 でも使ってる食材が違うって訳じゃないのにできあがった料理の味がこんなに美味しいってことは
 やっぱり、姫神の料理の腕が凄いってことなんだよなあ。誰かさんと違って」
「それはどういうことかな?とうま」
「いえ、今のは普段喰っちゃ寝だけして家事もしない誰かさんのことを言っている訳ではなく……」
「と──う──ま──っ!」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ふ、不幸だぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 上条の迂闊な一言に、溜まりに溜まっていたインデックスのストレスがとうとう大噴火してしまう。
インデックスに噛み付かれ絶叫を放ちながらゴロゴロと床を転げ回る上条を横目に姫神秋沙は手
早くテーブルの食器をキッチンに運んでいく。5分経っても終わらないリビングの喧騒に食器を洗う
手を止めると、ため息と一緒に小さな独り言が唇からこぼれ落ちた。

「毎回毎回良く飽きもせず。        (羨ましい……)」


月曜日 17:47

 姫神秋沙が食器の後片付けを終わらせた頃、ようやく上条はインデックスの噛みつき攻撃から解
放されていた。インデックスの不満は全て発散したようだが、その代わり上条の身体には至る所に
インデックスの噛み傷が刻み込まれていた。

「ったく、あちこち噛み付きやがって、合宿の時の蚊かよ。お前は?」

 インデックスに嫌みを言ったつもりなのに当のインデックが嫌な顔をするどころかなぜか嬉しそうに
上条を見つめてくるので上条は自分が何かとんでもない間違いを犯したのではないかと狼狽える。

「な、なんなんですか?インデックスさん。無邪気に明るいその笑顔は?」
「とうま。今のって私達が初めて会った時にとうまが私に言った言葉と同じだね。憶えてる?」

 上条当麻へと向けられたインデックスの言葉は上条を激しく動揺させる。上条の知らない上条当
麻との思い出を懐かしそうに話す目の前の少女に対してどう反応して良いものか?しかし戸惑って
いる時間は無く、一瞬躊躇した後、上条は当たり障りのない受け答えでその場を逃れることにした。

「そっ、そうか?そうだったかな。
 おっと、そうだった。これから姫神を下宿まで送ってかなきゃいけないんだった。
 じゃっ!そういうことでインデックス。話はまた後でってことで!」
「ちょ、ちょっと、とうま!」
「ほら、姫神。そろそろ帰らないと遅くなるぞ!」
「えっ?あ。うん」


月曜日 18:12

「はい。どうぞ。暖(あった)まるよ」
「サンキュー!でも今さらだけどいいのか?俺なんかが部屋に上がり込んだりして」

 そもそも上条は姫神を寮の前まで送ったら直ぐ帰るつもりだった。しかし「私が煎れるお茶なんて
不味くて飲めたもんじゃないというんだね。君は!?」と絡んできた姫神に押し切られ、姫神の部屋
でお茶をご馳走になることになってしまった。少し居心地悪そうな上条に対して、ちゃぶ台の向こうの姫神は平然とした顔で

「大丈夫。それに。男子寮で女の子と同棲している強者の君に言われても説得力ないし」
「ぶっフ-ッ!どっ、同棲だなんて。俺とインデックスはそういう関係じゃ……」
「判ってる。今のは冗談」
「な、なんだ。じょ、冗談か!?アハ、ハハハ」 

 上条の乾いた笑い声を最後にそこで二人の会話が途切れてしまった。時計の秒針の刻む音が室内を満たす妙な静寂が2分ほど続いた時、姫神秋沙がポツリと言葉を紡ぎ出す。

「どうして?」
「なっ、なんだいきなり?」

 姫神の問い掛けの意味が分からず狼狽える上条に姫神は意を決して胸の内に秘めていた思い
を吐き出す。

「どうして君は誰でも彼でも救おうと頑張れるの?
 いつもそのせいで君は不幸な目にばかり遭っているのに」
「なんだ、そんなことか。
 別に俺は『他人を救う』だなんてそんな大それた事なんかしてねえよ。
 それに俺が不幸な目に遭うのはただただ上条さんが生まれついての不幸体質なだけで」
「それは嘘。だって三沢塾の時も。それに大覇星祭の時だって……
 いつも困っている誰かのためにボロボロになるまで頑張って」

「嘘っていわれてもなあ。
 でもなんていうかさあ。
 もし俺が『幸運にも』いままでの事件に巻き込まれなかったら、俺は今幸せだったのかな?」
「えっ?」

「例えば俺が三沢塾の事件に『幸運にも』巻き込まれなかったとしたら。
 そうしたら確かに腕を切り落とされることもなかったかもな。
 けど思うんだよ。
 あの時『幸運にも』姫神の苦しみや悲しみに気付かなかった俺は幸せだったのかな?って。
 だから俺は『幸運にも』三沢塾の事件に巻き込まれたんだと思ってる。
 それに、おかげでこうして姫神の笑顔を見ることができるんだからきっと俺は幸せ者なんだよ」
「なっ…………」
「おい、どうした。急に赤くなって。大丈夫か?……って、なんで今度は急に俺を睨むんですか?
 姫神さん」
「…………君って本当に天然。(そうやって見境無く色んな娘にフラグを立てていくんだね)」
「はあっ?」
「…………それに本当に鈍感。(なんで私の気持ちに気付かないの。馬鹿!)」

「えっ、なんか言った?」
「気にしないで。どうせ死んでも治らない」
「なにか良く判りませんが、そこはかとなく姫神さんに馬鹿にされているような気がするのですが」
「自覚してるなら。それで良い」

「あのなあ。
 どうせ上条さんは後先考えずに突っ走る単細胞な馬鹿ですよ。
 でもさ。姫神は大怪我って思うかもしれないけど、実際はそんな大したことないから」
「たった数ヶ月の内に。入院するほどの怪我を何度もする方が尋常じゃない」
「はッ、ははは。
 で、でもさすが学園都市だよな。どんな傷だって跡形も残さず直してくれるんだから!」

 恋愛に関してあまりに鈍感すぎる上条にほとほと呆れる姫神秋沙にふとイタズラ心が芽生えたの
はこの時だった。

「でも。まだここに傷が残ってる」

姫神秋沙が指差したものは上条の左手小指の付け根についた歯形だ。

「イヤ。これはさっきインデックスに噛まれたやつだろ。こんなの傷の内にも入んねえよ。
 唾でも付けてりゃすぐに治る…………」

 その瞬間『しまった!』と後悔した上条だがもはや手遅れであった。まんまと罠にはまった獲物
(上条)へ向けて小悪魔的な笑みを浮かべつつ姫神秋沙は艶のある口調で話しかける。

「じゃあ。私が治療してあ・げ・る」
「いッ、いや。姫神。いいから。大丈夫だって。それに自分の手ぐらい自分で舐められるし」
「じゃあ。君の口が届かないところを治療してあげる」

「ま、待て!姫神。落ち着くんだ!いいから落ち着け!!」
「落ち着くのは。一人で騒いでる君の方。一度深呼吸でもしてみたら」
「そ、そうか!?そ、そうだな。ス──ッ、ハア────ッ」
「どう。少しは落ち着いた?」
「ああ。でも、どうして姫神さんは上条さんの方へにじり寄ってくるのですか?」
「ふふ。何故だと思う?」


「は、はやまるんじゃない!姫神。
 上条さんには治療しなきゃいけない所なんて一つもありませんから!」
「あれ。君は気付いていないの?治療しなきゃいけないところが一つまだ残ってる」
「えっ!?そんな訳無いだろ。
 インデックスに噛み付かれたところだって赤くなっちゃいるけど別に血が出てる訳じゃないし」
「やっぱり気付いてない。これで自分の顔を見てみれば」

 姫神秋沙はどこからか手鏡を取り出すと上条の目の前に差し出す。差し出された上条は手鏡を
覗き込み顔のどこかに傷がないかと必死に探すもののどこにも傷らしきものは見当たらない。

「おい!姫神。傷なんてどこにも……うっ」

 その瞬間、上条は言葉を失う。姫神に文句を言おうと覗き込んでいた手鏡を外してした瞬間、姫
神秋沙が上条の唇に唇を重ねてきたのだ。同時に上条の周囲から音が消えて無くなる。それだけ
ではない。目を閉じて頬を真っ赤に染めた姫神秋沙の表情、重ねた唇の柔らかさ、上気した体温、
ほのかに漂うシャンプーの香り、それに上条の心臓とシンクロするように早まった姫神秋沙の鼓動
を脳に伝える以外、上条の五感はその機能を全てを放棄したようで、時間すら止まった気がする。
一体どのくらいそうしていたのか判らない。だが息すらできなくなっていた上条が苦しさに耐えかね
るまで二人はただ静かに唇を重ねていた。

「ぶは──っ、なっ、なっ、なっ……なにをなさるんですか?姫神さん」

 姫神秋沙も上気して真っ赤に染まってしまった自分の顔や潤んだ瞳を上条に見られるのは恥ず
かしかったが、突然の出来事に自分以上に狼狽えている上条の様子が可笑しくて、姫神は平静を
装って答えることができた。

「なにって。治療」
「はぁッ? なんでいきなりそうなるんだ!」
「えっ?もっと雰囲気出してからの方が良かった?ふふっ」
「そんなことは言ってねえ!俺は口に怪我なんかしてなかったぞ! 何のイタズラだこれは!」
「…………イタズラなんかじゃない!」
「えっ?」

 そう言う姫神秋沙の表情はいつの間にか真剣なものに変わっていた。

「君は。困っている誰かを助けるためなら。例え自分が大怪我したっても構わないと思ってる。
 でも。これだけは憶えていて。君が傷つくと悲しむ女子(ひと)がいるってことを。
 君が大怪我してないかって何時も心配している女子(ひと)がいるってことを。
 そして君が無事に帰ってくることを祈っている女子(ひと)がいるってことを!」
「いや、姫神。別にそんな大それたことじゃないだろ!それにさっきのと何の関係が……」
「だから今のは。正確には治療じゃなくて予防注射。
 君が傷つくと悲しむ女子(ひと)が一杯いることを君に忘れないで欲しいから!
 私だってそう。だから何があっても必ず帰ってきて」



月曜日 20:45

 夜も更けた公園のブランコに星空を眺めながら物思いにふける男子高校生がいた。姫神秋沙の
寮から帰る途中の上条当麻だ。

「俺が傷つくと悲しむ女子(ひと)が一杯いる…………か、そんなこと考えたこともなかったな。
 俺はみんなの笑顔が見たくて突っ走ってきたけどそれが誰かを悲しませたこともあったなんて。
 必ず帰ってきて…………か。
 あぁ。そうだな!別に俺は死にたい訳じゃない。
 そう。俺は何があっても絶対に諦めない。
 だから必ずここに帰ってくる。俺の居場所はここにあるんだから」

「そう。それは良かったわね!」

 不意に背後から掛けられた聞き覚えのある声とバチバチッ!という耳慣れた空電音に上条は総
毛立つ。

「も、もしや、その声は御坂さん?」
「御坂さん?じゃないでしょ!
 さっきからこの美琴さんが何回もわざわざアンタに声をかけてあげてるって言うのに散々無視して
 くれちゃって!デフォであたしを無視するフィルターをその呆けた頭にセットしてるんなら、一度私
 の電撃でリセットしてあげわよ!」
「いえ!そんな、上条さんは決して御坂さんを無視していたわけではなく……」
「はあ!? じゃあどういうことなのよ!」
「いや、姫神に言われたことを考えてただけで」
「なっ、なに、よその女の名前を出してんのよ!アンタは!!いっぺん死になさい!」

 そしていつものように女子中学生との楽しい(?)追いかけっこを骨の髄まで堪能して上条が下宿
に帰った時には日付は既に変わっていた。さすがにインデックスも寝てるだろうと静かにドアを開け
抜き足で部屋に入り音を立てないように慎重にドアを閉める。だがその背中に浴びせられたドスの
効いた声に上条はその全てが無駄であったことを知る。

「と・う・ま!」
「そっ、その声は。イ、インデックスさん。まだ起きていらっしゃったのですか?」
「とうま。今何時だと思ってるの?一体秋沙の下宿で今までなにしてたの!?」
「ま、待て!インデックス。お前なにか勘違いしてるぞ!別にやましいことなんて何も……」
「とぉぉぉぉうまぁぁぁぁぁああああああ!」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ふ、不幸だぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 その夜、とある学生寮にとある不幸な高校生の絶叫が響き渡ったという。

月曜日 24:25

「痛ててて。インデックスのやつ、思いっきり噛み付きやがって。
 はああぁぁぁぁ。今日は散々の一日だった。さっさと日記書いて寝よ」

『○月○日(月)
 姫神が治療と称してやって来た。
 インデックスはあれが不満らしいが、姫神が治療だって言うんだからあれは治療なんだよ。
 そしてなぜかその後、夕食と翌日の弁当作りを一緒に行うことに。
 やっぱり姫神って料理が上手いよな。
 幸せも束の間ご立腹モードのインデックスに体中噛み付かれる。不幸だ!
 結局、姫神を下宿まで送り届けて帰って来たときには日付が変わっていた。
 でも姫神が下宿で噛み傷を治療してくれたことはインデックスには内緒にしとこう』

おわり

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