炎天下の中を歩き続ける事に嫌気が差したか、上条はあまり使わない自律バスを使うことにした。使わない理由は、主に乗車料金にある。
幸い、今いる地点から上条の寮の近くまで行く路線が通っていたので選ぶ事の出来た選択肢である。
バス停で待つこと暫し。
「暑そうだね。汗。拭く?」
待つ間も照りつける太陽に刺激を受けたか、額から吹き出る汗を拭う上条に向けて、スカートのポケットに手を入れながら姫神が尋ねてきた。先程のタオルを取り出そうと言うのだろうか。
意識しなくとも、上条の鼻腔の奥にタオルに染み付いていた姫神の体臭と思しき香りが蘇ってくる。
「い、いやいや。それには及びませんですって」
首と左手をもげそうな位の勢いで横に振り、遠慮を態度で示す。
「……そう」
少々、いや、かなり残念そうに、姫神はポケットに入れた右手を引き抜いた。
そんな寸劇をしている間に、一台の自律バスが近づいてきた。前面から窺える電光板の路線番号から見て、目当てのバスに間違いない。
上条はバス停に付いているボタンを押した。暫らくして、自律バスが音も無上条たちの目の前で停車する。
静かに開いたドアから、まず上条が先に乗り込み、姫神の乗車をエスコートする。
二人が乗り込んでから数秒後、他に乗り降りする者がいないと判断したバスが、再び走り始めた。
車内を見回すと、先客が少なからず存在しており、空席も疎らにしかなかった。その中でちょうど二人がけの座席が開いているのを発見し、二人はそこに腰掛けた。
その席はバスの左側にあったので、まず上条が窓際に座り、次いで姫神が通路側に腰掛ける。
(考えてみると、なんか気を休めて腰を下ろすのは久しぶりのような気がするなー)
ふと、上条の頭にそんな考えが浮かんできた。
思い返してみれば、学校を出てからはずっと歩き通しで、ファミレスに着いた後は、腰を下ろしたものの座っているより立っていた時間の方が長かったような気もする。何より姫神の思いがけない行動にドキリとさせられた事もあり――――。
そんな取り止めも無い事を考えている内に、上条の思考領域を睡魔と言う名の敵が幅を利かせ始めてきた。
(妙に疲れたよなー……)
疲労と言う要因もあり、上条は抗うことなくその敵に屈伏した。
幸い、今いる地点から上条の寮の近くまで行く路線が通っていたので選ぶ事の出来た選択肢である。
バス停で待つこと暫し。
「暑そうだね。汗。拭く?」
待つ間も照りつける太陽に刺激を受けたか、額から吹き出る汗を拭う上条に向けて、スカートのポケットに手を入れながら姫神が尋ねてきた。先程のタオルを取り出そうと言うのだろうか。
意識しなくとも、上条の鼻腔の奥にタオルに染み付いていた姫神の体臭と思しき香りが蘇ってくる。
「い、いやいや。それには及びませんですって」
首と左手をもげそうな位の勢いで横に振り、遠慮を態度で示す。
「……そう」
少々、いや、かなり残念そうに、姫神はポケットに入れた右手を引き抜いた。
そんな寸劇をしている間に、一台の自律バスが近づいてきた。前面から窺える電光板の路線番号から見て、目当てのバスに間違いない。
上条はバス停に付いているボタンを押した。暫らくして、自律バスが音も無上条たちの目の前で停車する。
静かに開いたドアから、まず上条が先に乗り込み、姫神の乗車をエスコートする。
二人が乗り込んでから数秒後、他に乗り降りする者がいないと判断したバスが、再び走り始めた。
車内を見回すと、先客が少なからず存在しており、空席も疎らにしかなかった。その中でちょうど二人がけの座席が開いているのを発見し、二人はそこに腰掛けた。
その席はバスの左側にあったので、まず上条が窓際に座り、次いで姫神が通路側に腰掛ける。
(考えてみると、なんか気を休めて腰を下ろすのは久しぶりのような気がするなー)
ふと、上条の頭にそんな考えが浮かんできた。
思い返してみれば、学校を出てからはずっと歩き通しで、ファミレスに着いた後は、腰を下ろしたものの座っているより立っていた時間の方が長かったような気もする。何より姫神の思いがけない行動にドキリとさせられた事もあり――――。
そんな取り止めも無い事を考えている内に、上条の思考領域を睡魔と言う名の敵が幅を利かせ始めてきた。
(妙に疲れたよなー……)
疲労と言う要因もあり、上条は抗うことなくその敵に屈伏した。
左手を握る上条の力が微妙に増したのを感じて、姫神は上条の方へと顔を向けた。
「どうかした……」
の、と最後まで口には出せなかった。
姫神の視界に入った上条の姿は、左肘を窓枠に置いて頬杖を付き両目を閉じている、端的に言うと寝てます、と言う言葉を体現していた。
座席に着いてからもののニ三分でこうも容易く眠りに付いてしまった事に、姫神は呆れると共に、胸の中に何か暖かいものが満ちてくるのを感じた。
強いて名前を付けるのなら、その感情は幸福感と言うものだろうか。
眠りに落ちてしまったのなら、普通は四肢からは力が抜けていくものだ。
しかし上条はそうはならず、逆に放すまいと言わんばかりに力を込めてきた。
少なくとも、姫神秋沙にはそう感じられた。
無論それは自分に都合よく解釈を重ねている、と言う考えも浮かんできている。
しかし姫神はその考えを黙殺し、己の頭を上条の右肩に預ける。
(今だけ。今だけでも。この幸福感に浸らせて欲しい)
そしてそのままゆっくりと瞳を閉じた。
「どうかした……」
の、と最後まで口には出せなかった。
姫神の視界に入った上条の姿は、左肘を窓枠に置いて頬杖を付き両目を閉じている、端的に言うと寝てます、と言う言葉を体現していた。
座席に着いてからもののニ三分でこうも容易く眠りに付いてしまった事に、姫神は呆れると共に、胸の中に何か暖かいものが満ちてくるのを感じた。
強いて名前を付けるのなら、その感情は幸福感と言うものだろうか。
眠りに落ちてしまったのなら、普通は四肢からは力が抜けていくものだ。
しかし上条はそうはならず、逆に放すまいと言わんばかりに力を込めてきた。
少なくとも、姫神秋沙にはそう感じられた。
無論それは自分に都合よく解釈を重ねている、と言う考えも浮かんできている。
しかし姫神はその考えを黙殺し、己の頭を上条の右肩に預ける。
(今だけ。今だけでも。この幸福感に浸らせて欲しい)
そしてそのままゆっくりと瞳を閉じた。
行間
バスと言う乗り物は様々な人が利用する。
例えば、放課後寄り道をした帰りに家まで歩くのが面倒になってバスを利用とする高校生だっているだろう。
今乗ってきた彼女も、そんな一人だ。
バスに乗り込み車内を見回す。どこかに空いている席は無いものか。
そうやって視線をさ迷わせている内に、思いがけない光景を目撃してしまった。
クラスメイトが二人、仲睦ましげに寄り添い合って眠っているではないか。
男子の方は、クラスどころか校内、もしかしたら学区内でだってそれなりに名が知られている生徒だ。最も、その名前の売れ方はあまり好意的な物では無いけれど。
女子の方は、詳しくは知らないけれど先日転校して来た生徒で、転校して来る前からこの男子生徒と知り合っていたらしい。その容姿は、正直自分よりも綺麗だと思う。
つい数時間前に教室で行ったやり取りが思い出される。
(あれからずっと二人でいたのかな)
それは勿論そうだろう。
その間、二人でなにをしていたんだろう?
そう考えた瞬間、彼女の胸に小さな痛みが走った。それは棘が刺さったような鋭い痛み。
今までそんな事を考えた事もなかった。
だけど、どうやら自分はこの光景を見て嫉妬を覚える程度には、この男子生徒に惹かれていたみたいである。
この男子生徒がどのような人間であるかはこの5ヶ月足らずの間で把握していたつもりでいたのだが。
(これがカミジョー属性っての?あの学級委員の言い草もバカに出来ないわねー)
頭の中に蒼色の頭をした男子生徒他がの賜っていたフレーズが過ぎる。
とりあえず、今の自分に出来る事は。
(この画を記録してみんなに知らせる事かしら?)
そう思考する彼女の右手にはカメラ機能付きの携帯が握り締められていた。
例えば、放課後寄り道をした帰りに家まで歩くのが面倒になってバスを利用とする高校生だっているだろう。
今乗ってきた彼女も、そんな一人だ。
バスに乗り込み車内を見回す。どこかに空いている席は無いものか。
そうやって視線をさ迷わせている内に、思いがけない光景を目撃してしまった。
クラスメイトが二人、仲睦ましげに寄り添い合って眠っているではないか。
男子の方は、クラスどころか校内、もしかしたら学区内でだってそれなりに名が知られている生徒だ。最も、その名前の売れ方はあまり好意的な物では無いけれど。
女子の方は、詳しくは知らないけれど先日転校して来た生徒で、転校して来る前からこの男子生徒と知り合っていたらしい。その容姿は、正直自分よりも綺麗だと思う。
つい数時間前に教室で行ったやり取りが思い出される。
(あれからずっと二人でいたのかな)
それは勿論そうだろう。
その間、二人でなにをしていたんだろう?
そう考えた瞬間、彼女の胸に小さな痛みが走った。それは棘が刺さったような鋭い痛み。
今までそんな事を考えた事もなかった。
だけど、どうやら自分はこの光景を見て嫉妬を覚える程度には、この男子生徒に惹かれていたみたいである。
この男子生徒がどのような人間であるかはこの5ヶ月足らずの間で把握していたつもりでいたのだが。
(これがカミジョー属性っての?あの学級委員の言い草もバカに出来ないわねー)
頭の中に蒼色の頭をした男子生徒他がの賜っていたフレーズが過ぎる。
とりあえず、今の自分に出来る事は。
(この画を記録してみんなに知らせる事かしら?)
そう思考する彼女の右手にはカメラ機能付きの携帯が握り締められていた。
「……ん?」
閉じられていた上条の瞼がゆっくりと開いていく。
「あー、やべ、寝ちまってたか」
そう一人ごち、身動ぎ一つ入れようとしたところでその違和感に気付いた。
「ん、なん、だ……」
右半身が妙に重いので視線をそちらに向けると、そこにあったのは。
「んぅ…………」
右腕を抱え込むように抱きこんで眠る姫神の姿だった。
ご丁寧にも、肘の辺りに深く考えたら拙くなりそうな感触のするものが押し当てられている。
(って何なんですかこの素晴らし、いや、とんでもねー体勢はーっ!?)
叫びを飲み込んだ自分を褒めてやりたい、と半ば現実逃避を行いながら周囲を見回し、気付く。
「あ、っちゃぁ……」
窓の外には、乗ったものと同じ型の自律バスがずらりと並んでいた。
どうやら、終点のバスターミナルまで乗り過ごしてしまったようである。
「ふ、不幸だ……」
どの口でそれをぬかすのか。
閉じられていた上条の瞼がゆっくりと開いていく。
「あー、やべ、寝ちまってたか」
そう一人ごち、身動ぎ一つ入れようとしたところでその違和感に気付いた。
「ん、なん、だ……」
右半身が妙に重いので視線をそちらに向けると、そこにあったのは。
「んぅ…………」
右腕を抱え込むように抱きこんで眠る姫神の姿だった。
ご丁寧にも、肘の辺りに深く考えたら拙くなりそうな感触のするものが押し当てられている。
(って何なんですかこの素晴らし、いや、とんでもねー体勢はーっ!?)
叫びを飲み込んだ自分を褒めてやりたい、と半ば現実逃避を行いながら周囲を見回し、気付く。
「あ、っちゃぁ……」
窓の外には、乗ったものと同じ型の自律バスがずらりと並んでいた。
どうやら、終点のバスターミナルまで乗り過ごしてしまったようである。
「ふ、不幸だ……」
どの口でそれをぬかすのか。
「だー……、やぁ、っとここまで帰ってこれた事に上条さんは感動すら覚えてしまいます」
「つくづく。大袈裟だね。君は」
あの後。
眠っている姫神を起こし、折り返しのバスを利用して寮近くのバス停まで辿り着いた時には、既に日は沈み切っていた。
「予定よりも遅くなっちまったなぁ。インデックスの奴、空腹で暴れてなきゃ良いけど」
「その危惧は。世間一般とは掛け離れている様な気がするのだけれども」
日中よりも心持ち距離を狭めた立ち位置で、上条の言葉に突っ込みを入れる。
「……最近、凶暴性が増したんだ」
誰の所為?とは思っても、それは口には出さなかった。それが優しさと言うものだろう。
そんな事を話しながら、二人はエレベーターに乗って7階へ。
「ところで」
エレベーターが動き出してから、何となしに姫神が口を開いた。
「私の事。どう説明するつもり?」
「どう、ってなぁ。そのまま説明するしかないだろ」
それがどうかしたのか、と言わんばかりの口調で上条が答える。
「そう。ならいいけど」
姫神の意図が判らず、首を捻る。
そうしている間に、エレベーターは上条の部屋がある7階へと到着した。
がたつきながらドアが開く。すると、目前に見覚えのある物体と顔が現れた。
「よーっす、上条当麻ー。お、それといつかの巫女さんかー」
上条のクラスメイトにして隣人である土御門元春の義妹の土御門舞夏と、その足代わりに使われる清掃ロボットだ。
「ふんふん。やっぱり上条当麻は上条当麻だなー」
二人の、特にしっかりと繋がれている手をまじまじと見てから、舞夏はそう感想を述べた。
ちなみにエレベーターのドアは彼女の操るモップで閉じるに閉じれなくなっている。
「どういう意味だよ」
「言葉通りだなー。ところで兄貴を見なかったかー?」
上条の問い掛けをさらりと流して、逆に質問をしてきた。
「土御門か?いや、知らないけど」
言われて上条は、土御門が放課後の騒動に参加していなかった事に気付く。今日は最後まで授業を受けていた筈なのだが。
「そういや、いつの間にかいなくなってたな。何か用事か?」
「別にたいした用事でもないんだなー。いつも通り泊まりに来ただけなんだなー。ただ、今日泊まりに来ることは兄貴は知っていた筈なのにいないからおかしいと思っただけなんだー」
舞夏の返答に、上条は首を傾げる。
あの土御門が舞夏の宿泊を事前に知っていていなくなると言う事は、もしかして……。
「また厄介事か?」
「何か心当たりでもあるのかー?」
ポロリと出た上条の言葉に舞夏が食いつく。
「あ、いや、なんでもないんだ」
「そうかー」
と言って、舞夏はドアの前からロボットを動かした。
「邪魔して悪かったなー。……ところで上条当麻ー」
脇を通り過ぎていく二人の背中に舞夏が質問を投げかける。
「今夜は三人でするのかー?」
「何の話だっ!!」
「つくづく。大袈裟だね。君は」
あの後。
眠っている姫神を起こし、折り返しのバスを利用して寮近くのバス停まで辿り着いた時には、既に日は沈み切っていた。
「予定よりも遅くなっちまったなぁ。インデックスの奴、空腹で暴れてなきゃ良いけど」
「その危惧は。世間一般とは掛け離れている様な気がするのだけれども」
日中よりも心持ち距離を狭めた立ち位置で、上条の言葉に突っ込みを入れる。
「……最近、凶暴性が増したんだ」
誰の所為?とは思っても、それは口には出さなかった。それが優しさと言うものだろう。
そんな事を話しながら、二人はエレベーターに乗って7階へ。
「ところで」
エレベーターが動き出してから、何となしに姫神が口を開いた。
「私の事。どう説明するつもり?」
「どう、ってなぁ。そのまま説明するしかないだろ」
それがどうかしたのか、と言わんばかりの口調で上条が答える。
「そう。ならいいけど」
姫神の意図が判らず、首を捻る。
そうしている間に、エレベーターは上条の部屋がある7階へと到着した。
がたつきながらドアが開く。すると、目前に見覚えのある物体と顔が現れた。
「よーっす、上条当麻ー。お、それといつかの巫女さんかー」
上条のクラスメイトにして隣人である土御門元春の義妹の土御門舞夏と、その足代わりに使われる清掃ロボットだ。
「ふんふん。やっぱり上条当麻は上条当麻だなー」
二人の、特にしっかりと繋がれている手をまじまじと見てから、舞夏はそう感想を述べた。
ちなみにエレベーターのドアは彼女の操るモップで閉じるに閉じれなくなっている。
「どういう意味だよ」
「言葉通りだなー。ところで兄貴を見なかったかー?」
上条の問い掛けをさらりと流して、逆に質問をしてきた。
「土御門か?いや、知らないけど」
言われて上条は、土御門が放課後の騒動に参加していなかった事に気付く。今日は最後まで授業を受けていた筈なのだが。
「そういや、いつの間にかいなくなってたな。何か用事か?」
「別にたいした用事でもないんだなー。いつも通り泊まりに来ただけなんだなー。ただ、今日泊まりに来ることは兄貴は知っていた筈なのにいないからおかしいと思っただけなんだー」
舞夏の返答に、上条は首を傾げる。
あの土御門が舞夏の宿泊を事前に知っていていなくなると言う事は、もしかして……。
「また厄介事か?」
「何か心当たりでもあるのかー?」
ポロリと出た上条の言葉に舞夏が食いつく。
「あ、いや、なんでもないんだ」
「そうかー」
と言って、舞夏はドアの前からロボットを動かした。
「邪魔して悪かったなー。……ところで上条当麻ー」
脇を通り過ぎていく二人の背中に舞夏が質問を投げかける。
「今夜は三人でするのかー?」
「何の話だっ!!」