とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第二幕-1

最終更新:

index-ss

- view
だれでも歓迎! 編集
[10]Accelerator03―結標淡希の一番長い一日 その2

 がちゃがちゃがちゃ、ガンッ、ガンッ。
 何度も何度も響く騒音。
 スーパーの買い物袋を両手で抱える結標の前ではなんだか物騒な光景が展開されていた。
 ガンッ、ガンッ。
 だが一見開放的なガラスの自動ドアはその鍵を持つもの以外を頑なに拒み続ける。 
「ちッ、閉まッてやがる」
 一方通行は履き捨てるようにそう言うと自分のズボンのポケットをごそごそとするがどうやら目的の物は見つからないようだ。
 状況から推測するに多分部屋の鍵。
 この男、どうやら鍵を部屋の中に忘れてきたらしい。
 同居人が居るとの事だがマンションのロビーに設置された呼び出し用のインターホンを操作しても反応が無い所を見ると恐らく外出中。
 教職員用に貸し出されている高級マンション。
 きっとセキュリティレベルは結構高いのだろう、ちらほらと監視カメラも見受けられる、当然ながらオートロック。
 部屋の鍵となるカードキーを通すスロットの様な物が自動ドアの横にあった。
 おそらくカードキーを通せばその自動ドアもすんなり開くに違いない。
 でも鍵が無い。
 だから目の前の事態も仕方の無い事なのかもしれないと結標は思った。
「無駄にセキュリティかけんじャねェよ、クソがァ!」
 そう言って乱暴にもう一発自動ドアを蹴っ飛ばす一方通行。 
 ガァーン、と言う音と共にマンションの入り口の扉に一方通行の靴跡が白く残った。
 そこで結標は少し首をかしげた。 
(でも一方通行が本気で蹴ったら一発で吹っ飛びそうなもんだけど、『残骸』の時はトランク破壊してたし)
 自動ドアはいまだ健在だ、頑なに無法者を拒む姿は信頼すら覚える。
 対爆仕様にでもなってるのか?と結標もぺたぺたと触ってみるが特に普通の自動ドアとの違いは判らなかった。
 鳴り響く騒音を出来るだけ無視して結標は自動ドアの前の呼び出し用のパネルへと視線を動かした。
 部屋の住民を記載した四角いプレートがパネルの上に取り付けられているのに気づいて”ソレ”を読んでみた。
 さっきまで一方通行が押していたのは13階のボタンだったはずだ。
 13階の住民は一人しか居ない。
 他の部屋のパネルには空白で埋まる白いプレートがはめられているだけ。
(黄泉川? よみかわって読むのかしら? 一方通行の本名?)
 そのプレートには漢字三文字で”黄泉川”と書かれていた。
 下の名前の記載は無い。
(まさか黄泉川一方通行とか!? いやいや……そりゃないか……)
 大体彼の[一方通行]と言う呼び名は彼の絶大な能力に対する異名のようなものであり、当然本名は他にある。
 だが彼の場合はちょっとばかし能力が有名すぎるのだ。
 学園都市230万人の第一位。 
 必然的に通り名がそのまま定着してしまっていた。
 彼の本名を知ってそうな人間には少し心当たりがあるけど結標も一方通行の本名を知らない。
 その学園最強は今マンションの自動ドア一つ開けることは出来ないでいる。
 絶賛自動ドアと格闘中。
(というかいまだに破壊されないその電子錠とガラスの強度の方がすごいんだけど、なんか笑える)
 最強の能力者と目の前にいる白い少年のギャップが少しおかしくて結標は苦笑してしまった。
「あン!? 人が苦労してるッてのに何面白おかしく笑ッてやがんだ」
 不機嫌そうな顔を結標へと向ける一方通行。
 彼はそのままツカツカと結標に接近してきた。
「うひゃ、な、なに?」
 思わず後ずさりする結標の背中何かが当たった。
 壁。
 洋風レンガ調のタイルの表面をしたマンションの壁。
 結標の顔の横を灰色のトレーナーに包まれた一方通行の手が通過した。
 手は結標の後ろの壁で止まる。
(近い! 近いってば! 顔近いって!! なにこの月曜夜9時の展開は!?)
 覗きこむようにした一方通行の顔と結標の顔と距離は約15センチ。
 大接近中だ。
 間近で見ると、なるほど、彼の顔立ちは悪くない。
 少々ワイルド味が強すぎるが美形といっても差し支え無い。 
 ただ彼の特徴とも言える鋭い目つきだけはやっぱり恐かった。
 結標は若干顔を引き気味にして懸命に一方通行の視線に耐える。
「名前は?」
「はっ?」
「お前の名前だ、三下」
 名前、個人の呼称、若しくは愛称。
 なんで今更と思ったが、よく考えてみれば結標が彼に名前を伝えたことなんて無かった。
 残骸事件の時はそれこそ一蹴。
 つまり彼は名前も知らない女の子を無理やり連れまわしていたのだ。  
「む、結標淡希……」
 少しビビッてる彼女だったが反応は意外と早かった。
 強引な一方通行にドキドキする自分自身に少し戸惑いつつも小さく名前を告げる。
 その声の節々は震えている。
「結標……淡希……」
 ……。
 ゆっくりと復唱し考え込む一方通行。
 少しだけ考え込んだ後、更に接近する一方通行、もはや目と鼻の先という表現がぴったり来るぐらい二人の顔は接近していた。
 一方通行の吐息が軽く結標の顔に掛かる。
(わぁぁぁ! 私は、その、えっと! 初めてなんだけど、私ッ、もっとムードとかあっても!)
 混乱する思考が余計に彼女を焦らせる。 
「ひぁッ」
 肩に暖かい感触を覚え、思わず変な声を上げてしまった。
 結標の両肩にそれぞれ一方通行の両手が置かれていた。
 後ろには壁、前には学園最強。
 結標の動きは完全に押さえ込まれてしまった。
「よし、淡希と呼ぶか」
 少年は際限なく赤く顔を染める結標の目を正面から見て、いつもの『一方通行スマイル』を浮かべた。
 驚きの表情のままでその端整な顔を硬化させ結標の両手から買い物袋がどちゃりと床に落ちた。
(私のファーストキスはこういう場所で無理やりなの!? それはちょっと無いんじゃないのぉぉ!)
 結標は顔を真っ赤にしつつ既にこれ以上下がれないけどわたわたと後ずさる。

「う、わ、えっと、こういう強引なのは、そのちょっとわぁぁあぁあ!?」

 終いには目を瞑って身を強張らせる結標に白い少年は告げるのだった。
「んじャ、いッちョ向こう側に[座標移動](ムーブポイント)で飛ばせ」と
「初のとば……へっ? [座標移動](ムーブポイント)……」
 落ちた買い物袋の中からコロリとジャガイモが転がり出た。
 コロコロコロ……トン。
 ジャガイモが彼女の靴に当たってもしばらく結標淡希は固まったままだった。


数分後――。
 低振動エレベータを使って13階にあるという目的地までわずかに数秒。
 エレベーターを降りてすぐのところに目的の部屋は在った。
 材質の良くわからない高級そうなドアの横に掛けられたプレートには大きく”黄泉川”と書かれている。
 マンションの入り口で見た名前と同じだ。
 結標の視界の端で白い少年ががちゃがちゃとドアノブを捻るがやはり開かない。
 鍵が掛かっているようだ。
「チッ」
「ここもオートロックなのね……」
 なんだかしおらしく買い物袋をぶら下げて呟く結標。
 一方通行はグイグイとひとしきりドアノブを捻った後、
「淡希、もう一回だ!」
「あ゛~、はいはい」
 はぁ、――と溜息をついてドアと格闘する一方通行に向けて右手の人差し指を向け、彼を囲うようにくるくると回す。
 いつも使ってる懐中電灯の代わりだ、こうして対象を区切ったほうがなんだかやりやすいのだ。
 傍から見ると少し可愛い仕草に見えるのかもしれないがその効果は覿面(てきめん)だった。
 一瞬の間を置いて一方通行の姿が虚空へと消え、少ししてから玄関のドアが中から開いて一方通行が顔だけ扉の外へ出してきた。
 [座標移動](ムーブポイント)成功。
(これ失敗してたら殺されるところだわッ、いやマジで)
 先程もこうやってセキュリティを突破したのだがやっぱり心臓に悪い。
 本来自分以外を飛ばすことに躊躇しない結標だったがやっぱり一方通行を飛ばすのだけは生きた心地がしなかった。
 万が一にも失敗するわけにはいかないのは自分自身を飛ばす時となんら変わりない。
 細心の注意を払い、計算式に間違いが無いかチェックしてから飛ばす。
(壁に埋まっても壁を破壊してすぐ脱出しそうな気もするけど……とりあえず、よかったぁぁぁ)
 ホッとそれなりに豊かな胸を撫で下ろし安堵の息をつく結標を見て一方通行が不機嫌そうな声を上げる。
「淡希、早く入りやがれ」
 既に彼は結標の事を下の名前で呼ぶことにしたようだ。
 結標は少し照れくさかったので
「あ~はいはい、今行く今行く」
 とおざなりに返事をした。
 結標の口調もなんだか溜め口になりつつあった。
 いい加減装うのも疲れてきたのだ。
「お、おじゃましまーす」
 おっかなびっくり一方通行が開ける玄関の扉を潜って部屋へと入る。
 第一印象は『広ッ!』の一言。
 明らかに家族用の広さを持つ4LDKの広々とした空間。
 フローリングの床はピカピカに磨かれており、結標のスニーカーインの靴下で歩いたらツルリと足を滑らしてしまいそうだ。
 結構小奇麗に片付けられており、所々の棚や台には酒(多分洋酒)のビンや趣味の良い置時計などが置かれ
雑誌や新聞などもキチンと棚に整頓されている。
 細かい事に中央に置かれたテーブルにはテレビやコンポ等のリモコンが並べて置かれており、近くにあった棚に小姑がするように
小指を走らせて見たがむしろ触る前より綺麗になった。
 『棚』が、じゃない、『結標の指』が、だ。 
「これはまた、徹底的に綺麗ね……一体どうやって磨けばここまで……」
 感嘆の声を上げることしか出来ない。
 これまた綺麗に位置取りされた大型のソファーに乱暴に腰を下ろす一方通行が疑問に答えてくれた。
「また黄泉川の奴が始末書書かされたらしいからな、昨日徹底的に掃除してやがッた」
 なんで始末書を書いて部屋が綺麗になるのかいまいち理解できないが「へ、へぇ、そうなの」と曖昧に返事しておく。
 一方通行は「はンッ、おかげでこッちはカードキーが行方不明、いい迷惑だ」とソファーから立ち上がり、部屋につながった
キッチンへと結標を促す。 
 案内されるままに一方通行に続く結標。 
「……これ調理器具なの? なんだかちょっとした未来みたいな光景なんだけど……」
 キッチンを見て思わず疑問に満ちた声を上げる結標。
 マンションにしては結構広いキッチンをぐるりと見渡せば。
 変なパイプの付いた電子レンジ(らしきもの)。
 AI搭載機能の食器洗い機(みたいなもの)などなど……。
 そんなハイテク機材の数々が転がっていた。
 でもそのどれもがまるっきり使用感が無い。
 良く言えば新品同様。
 悪く言えばほったらかしで使ってない。

「まぁ、そこらのガラクタはどうでもいいから、そろそろ始めるとするか」
 なんだか気合が入ってる学園最強を余所にやな予感が耐えない結標だったが面と向かって嫌とも言えない。
(こうなったらやるしか、無い!!)
 どうせ逃げられないのなら腹を据えて取り組んだ方がマシ、と判断し結標は
「や、やったろうじゃない、極上のメニューを作ってやるわよ」
 と返事を返した。



「淡希、塩コショウ寄越せ」
「……はいはい」
 右手の人差し指をくるくる回して調味料の棚から[座標移動](ムーブポイント)で一方通行へと小瓶をパスする。
 虚空から現れた塩コショウの入った小瓶を受け取り一方通行が声を掛けてくる。
「鍋に肉は入れないのか?」
「お肉は最後に決まってるでしょ、塩コショウ持ってるなら丁度いいからそっちの肉にも塩コショウ振って寝かしといてよ、
それ終わったらご飯ご飯、ご飯炊いて、白米が肝心なの」
 意外にも素直に従ってくれる一方通行。
 さっきから彼は青いチェックの入ったエプロンを着けてさっきから結標の指揮の下せわしなく動いている。
 彼はステンレスのトレイに置かれた牛肉と挽肉に塩コショウで軽く下味をつけていた。
(意外っていえば意外)
「ねぇ一方通行、アンタの名前って黄泉川っていうの?」
 他に話題も見つからないので聞いてみたが「あん? んなわけねェだろッ」とのお言葉を頂いたのでこの話題には
触れないことに決めた。

『んじャ、いッちョ向こう側に[座標移動](ムーブポイント)で飛ばせ』

 その言葉を思い出して結標淡希の顔が少し赤くなった。
 結標の脳裏にその台詞の前後の状況が事細かにフラッシュバック&リプレイ。
(あ~! なんであんな勘違いをしたのかしらッ、恥ずかしいったらありゃしない)
 ポカポカと自分の頭を叩く結標。
 彼女もオレンジのチェックの入ったエプロンを着用している。
 彼女の自前では無くキッチンにかけてあった物だ。
 羽織っていた制服の上着は綺麗に畳まれて居間のソファーの上に置かれて居る。
 幸いこの部屋は暖房が効いているのでちびT一枚でも別に寒くない。
 またしても彼女の露出度は結構高めだ。
「ねぇ?」
「あン?」
「なんでこの部屋には三つも四つも五つも炊飯ジャーがあるの? 不思議で仕方ないんだけど、てか邪魔じゃないの?ゴロゴロと」
 結標の質問に一方通行は天井を見ながら、
「あァ、それは確か万能の品がどうとか言ッてたな。 とりあえず飯炊くのはこいつだけで、他は別の用途だ。蒸し魚
作るときとか使うらしいぞ、あとシチュー煮込んだり」
 と並んで置いてある炊飯ジャーの一個を蹴りつつ面倒くさそうに説明してくれた。
「炊飯ジャーでどうやってご飯以外の物を作るのか想像できないんだけど……」
 と結標。
「全くだ、フザケンナよこの白米マニアがとか思ッたンだがなァ……しかも結構イケル味だったりするから余計に」
 これには彼も同意を示してくれた。
 ちょっと最後の辺りは声が小さくて聞き取れなかったが。 
(真ん中のがご飯用なら両脇のは一体何? もしかして一人一個? それともどこぞのパン職人漫画みたいにパン焼き用?)
 そんな有り得ない様子を想像してると少しおかしかった。
 炊飯ジャーに[一方通行用]とか書かれていたら多分お腹を抱えて笑ってしまったかも知れない。
 トントントントン、リズミカルにまな板を叩く音と鍋でお湯が煮えるグツグツという音が心地よい旋律を奏でる。
「おい……」
「何?」
 横合いから声を掛けられたが包丁を使ってる時に目を離すと危ないので声だけ返す。
「なんでニンジンがみじん切りなんだ? 普通カレーなら乱切りとかじゃネェのか?」
 綺麗に一口サイズにカットされたジャガイモとタマネギの他に結標の前のまな板にはみじん切りにされたオレンジ色がこんもりしてた。
 ニンジンのみじん切り。
 木っ端微塵、それはちょっと違うか……。
「ニンジン嫌いの子がおとなしく食べてくれるのかしら、それ?」
 「おお」とか言いつつ、ポン♪、と手を打つ学園最強。
 ここまでギャップがあるともはや警戒するのも馬鹿馬鹿しい。
 どうやら一方通行はご飯のセットを終えたようだ、手持ち無沙汰に肉をつんつんとしている。
 とりあえず彼には「ハンバーグ用の下ごしらえをしておいて」とだけ指示をしておく。
 紅い瞳を凶暴にぎらつかせて青いエプロン姿の学園最強が動く。
 一応手順自体は事前に説明してあるし問題無い。
 その後姿に結標は声をかけた。
 理由はちょっと気になったから、ただそれだけ。
「ねぇアンタはなんでそこまでしてニンジン嫌いの子にわざわざニンジンを食べさせようとするの?」
 結構前から疑問に思っていた事だった。
 最初に説明を聞いた時からだったかも知れない。
 野菜の皮を剥いていた一方通行が顔を上げた。 
 拳をわなわなと震わせて一方通行は語る。
「俺のこの目の事をアナタはニンジンの食べ過ぎかも? だから真っ赤真っ赤♪とか言いやがって、あのクソガキ。 
この目は能力の弊害だッての!人をウサギみたいに言いまくりやがッて。 自分はニンジン食べれない癖に。
無意識に必要最低限以外の物を反射してたから色素が薄いだけでニンジンは関係ネェよ。 
終いには『わ~、おめめがまっかだぁ~、はい、ロー○子供ソフト、ドラゴンケースに入れてね』とか
(中略)
大体黄泉川も芳川の奴も[打ち止め](ラストオーダー)の味方ばかりしやがって、絶対泣かす!」
 あんまり力が入りすぎて少年の手に中のタマネギが砕けた。
(なんだろう……ものすごく愚痴られてないかしら私)
 突然ガシっと結標の肩が掴まれた。
「うひゃ、危ない、危ないから包丁がいま指掠めたって!」
「だから淡希、お前と俺でアイツに一泡噴かせてやる、いいな」
「は、はいッ!?」
 またしても条件反射で答えてしまう結標。
 残骸事件での恐怖が刷り込まれてしまっているのだどうしても逆らえない。
 一応結標の返事に満足したのか一方通行も作業に戻り、結標の隣でトントンと包丁がまな板を叩く音が聞こえ出した。
 すこしばかり手際は悪いが捨てたものではない、包丁は良いリズムを刻んでいた。

 ざっくざく、ざっくざく、ざっくざく。
 ぽたり。
 うう。
 ざっくざく、ざっくざく、ざっくざく、ざくざくざくざく。
 ぽたぽたり、ぽたりぽたり。
 う゛う゛。

 包丁の音に混じってなんだか変な音が聞こえる。
 なんだか咽ぶような押し殺した声。
 出所は結標のすぐ隣。
「ね、ねぇ?一方――、ええええ」
 一方通行の紅い目からとめどなく溢れる涙。 
 頬を伝いそれはまな板へと落ち、弾けた。
「アンタ……もしかして泣いてるの?」
 恐る恐る声を掛ける。
「これは、俺の涙なのか……くッ、止まりやしねェ」
 彼は左腕で乱暴に目を擦るが後から後から涙は溢れてきた。
 あの学園最強が涙を零している? そんな馬鹿な――。

 ざっくざっくざくざく。

 再び包丁で野菜を刻む音が聞こえ、今度は結標の頬に暖かい感触が伝った。
(え、私も涙……これって)
 少年が向かうまな板へと視線を向ける結標。
 まな板にはみじん切りにされた白い野菜。
 丸くて先がちょっと尖ってる。
 茶色い薄皮は剥ぎ取られつるりと凹凸のない表面は薄い繊維が透き通って見える。

 俗に言うたまねぎ。

 結標の脳裏にたまねぎの知識が浮かんだ。

[たまねぎ]
 漢字で書くと玉葱。
 学名はAllium cepa、英Onion。
 ネギ科(クロンキスト体系以前の分類法ではユリ科)の多年草。
 本来苺なみに甘いが、辛味もそれ以上に有している為、辛く感じる。
 硫化アリルが多く含まれている。
 硫化アリルが気化すると、目・鼻の粘膜を激しく刺激。
 これによって涙が出る。 もはや常識だ。
 切れば涙が出る、今時小学生でも知っている。

「反射させなさいよ……たまねぎぐらい」
 結標淡希の呆れた呟きは咽び泣く一方通行の声にかき消された。 
                                            [12月23日―PM12:30]

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー