とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第二幕-4

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[13]Accelerator04―結標淡希の一番長い一日 その3

 染み一つ、皺一見つからない白いテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には結標と一方通行の努力の成果が置かれていた。
 テーブルの中央には『例のニンジン嫌いな子供用』に調整された『カレー』の鍋。
 結標は自分の細い小指で鍋の淵を軽くなぞって、ちろりと舐めてみた。甘い。
「これなら大丈夫だと思うわ。我ながら自信作と言ってもいいわね」
 満足そうな顔で一方通行へと振り返りながら結標は更に口を開いた。
「なにやってんの?いまさら冷蔵庫なんかごそごそして。このカレーは完璧よ?」
「あァん!?何言ッてやがる淡希。福神漬けの野郎がまだだろうがよッ。おッと、あッたあッた。黄泉川の奴が後先考えずに片付け
やがるから冷蔵庫の中身までごちャごちャになッてやがる」
 その後、結標は「福神漬け無くして何がカレーかッ!」と学園都市最強の福神漬け至上主義を聞く羽目となった。
 そしていい加減、話にうんざりしてきた頃、変化が訪れた。それが幸か不幸かは神のみぞ知る所だが、科学万歳な学園都市には神を
崇めるような習慣は無い。なにせ教会の類すら無いのだ、この街には。
「たっだいまー!とミサカはミサカは多分寝てる貴方に聞こえるようにわざわざ大音量を披露してみたり!」
「はぁー、やっと帰ってきたわね。打ち止め(ラストオーダー) 、ちゃんと靴を揃えてから上がりなさい」
 扉が開かれる音と同時に訪れた二つの声は結標と一方通行の度肝を抜いた。
 家主が居ない部屋に若い男女が二人っきり。一方通行の同居人であろう声の主達への上手い説明の言葉は結標の頭がフル回転しても
咄嗟には出てこない。戸惑う結標と違い一方通行の判断はメチャ迅速だった。即急即時即座即決即断即行、思考時間にしてわずか1秒以下。
 一方通行は結標の華奢な肩をがっしり掴むと大型冷蔵庫の下部にある野菜室の引き出しを開け放った。そこには野菜など一切無く、
お弁当用の小さなベビーチーズとか口の開いたお菓子の箱しか入ってない、ほぼがらんどうの空間が口を開けていた。
「ちょ!?何する気!痛いッ!痛いってば!むー!むー!」
 不穏な空気を察して抗議の声を上げる結標を、白い少年は残虐な光を讃えた紅い瞳を光らせて野菜室へと押し倒す。激しい抵抗も虚しく
結標は野菜室の引き出しの中へと押し込まれてしまった。この場合はまさに、収納されてしまった、の方がぴったりくる。
「狭い!超狭い!てか足痛いってばッ!何これ?猟奇殺人!?どこのホラー小説!?無理無理絶対無理!」
「黙ッてそこに入ッてろ!」
「ちょ、説明とか一切無し!?すっごく無理があるわよ、これ。ねぇ?ちょっと、話聞きなさいよ一方通行っ閉めるなぁ!」
 結標は膝を抱えたままの体勢で一方通行へと罵声を飛ばすが、当の一方通行はあっさり無視して野菜室の引き出しを元に戻した。
 当然結標の視界は真っ暗になった。
(暗ッ!狭!あと寒!)
 普段から野菜が入ってないのかあまり変な匂いはしなかったが、完全な密室となった野菜室の中はあまりにも狭すぎて身動き一つ
出来ない。
 自力で脱出するには自分自身を座標移動(ムーブポイント)するぐらいしか思いつかない。手や足はおろか指一本ですら動かすのが困難なぐらい
ぎっちぎちなのだ。比較的スリムな結標でも正直辛い。
 でもって勝手に脱出した場合、高確率で一方通行に苛められるであろうことが容易に想像できて結標は少し悲しくなった。
(私、今ならいい死体の演技できるわ、多分。いざとなったら適当に脱出するしか無いわね、マジで)
 外の様子が見えないので仕方なく耳を澄まして脱出のタイミングを図る。理想的なのはキッチンに誰も居なくなるのがもっともいい。

『むむむ、今、女の声が聞こえたような!キッチンが怪しい!行くぞワトソン君。とミサカはミサカは名探偵の気分を味わってみたり』
『はいはい、ホームズさん。でもドタバタ走らないの』
 一方通行の声を聞きつけたのか声がキッチンへと近づいてくる。接触まであと数秒といったところだろうか。
 そこでプチンと言う音がして、冷蔵ファンが動きを止め、噴き出されていた冷風も止まった。恐らく外の一方通行がコンセントを
抜いたのだろう。
(い、一応助かった?お腹壊すのだけは避けれたかも)
『料理!?しかもハンバーグ入りのカレーとか妙においしそうな物を!?そ、そんな、不器用な一方通行とか萌えだったのに……。
ミサカの幻想はバラバラに砕け散ってしまったかも知れない、とミサカはミサカはがっくりと膝を突いてうなだれてみたり。でもカレーに
ニンジンが入って無いところを確認してアナタの優しい一面を発見し、ミサカはミサカはその一部始終をミサカネットワークに
配信してみたりする』
『よし、クソガキ。お前ベランダからダイブするのと階段で1階までロックンロールするのとどッちがいい?いますぐ選べ』
『わーい、なんだか聞いたことがあるような台詞キター、とミサカはミサカは叫びながら逃げ回ってみたり』
 外ではなんだかホームコメディが繰り広げられてそうだ。ドタドタと走り回る音が聞こえる。
『何やってるの貴方たち。あら?今日のお昼はカレーなの?貴方が作ったのかしら』
 トントンとフローリングの床を歩く音がしてもう1人の声がキッチンに増えた。声からすると20台前半辺りの女性。結標はなんだか
その声に柔らかそうな印象を覚えた。
『おい芳川、”野菜室は空”だぞ』
 しれしれっと嘘を言い放つ一方通行の声がした。
(あー、なんだかそろそろ足とか、手とか、背中とか、とにかく体の節々が痛い!ヘルプミー)
 もはや限界と座標移動(ムーブポイント)で自分自身を飛ばそうと思考を走らせはじめた瞬間。暗闇に光が差した。
「私のポッキーが確かここに……ッ?」
「あ……」 
 キッチンの一角に3点リーダーが通過し、たっぷり30秒ほど時間が止まった。
 20台ぐらいの若い女性と目が合った。ショートボブの可愛い感じのお姉さん。
 彼女はややあってから、
「……よいしょっと」
 野菜室の引き出しを元に戻そうとした。見なかったことにするつもりだ。
「ああ、待って。閉めないでッ!お願い!」
 再び暗闇に閉ざされかけた野菜室で、ちょっぴり涙目になりながら結標は懇願した。


 両手を自分の膝の上に乗っけて、洋風の椅子に腰掛けた結標の目の前に置かれたティーカップに柑橘系の香りをさせる紅茶が注がれる。
 詳しい銘柄とかは良くわからない。紅茶もティーカップもだ。
「あ、どうも……」
 紅茶を入れてくれたのはさっきのショートボブのお姉さん。結標がかしこまってお礼を言うと「どういたしまして」と返してくれた。
 お姉さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、結標は少し記憶を整理してみる。傾けたティーカップから口の中に紅茶の風味が広がった。
(えーと……野菜室から引っ張り出されて、名前を教えてもらって、それから)
 まず結標の正面で学園最強の能力者(アクセラレーター)を「いーじゃん、いーじゃん」とからかってるもう1人のお姉さんへと首を動かす。
彼女は黄泉川。黄泉川愛穂がフルネームだ。とある高校の体育教師をしていて、学園都市の治安を担う警備員(アンチスキル)としての一面も
あるとかないとか。首の後ろあたりで長い髪を無造作に纏めている。服装は動きやすそうなジャージの上下。
 これは料理の合間に一方通行が言ってたことだが黄泉川には強能力者(レベル3)程度ならポリカーボネート製の盾一個で難なく制圧してしまう
名物警備員(アンチスキル)とかいう伝説があるらしい。特別な装備も無しで『それ』を実行する姿は結標の頭ではちょっと想像がつかない。
 あと『この部屋』も彼女が借りているという事だ。結標が野菜室から救出された後にひょっこりと帰ってきた。

『は~いタダイマ、タダイマーじゃん、おやおや珍しいことにお客さんじゃんよー?。居候の分際でこんな可愛い女の子連れ込んで……。
こちとら長々と続いた、校長のロシア談義で心身共にお疲れさんだってのに、二人でラブラブ?スーパー生意気じゃんよー』

 結標の記憶が正しければそれが黄泉川の第一声だったはずだ。その『じゃんじゃん』言う独特の口調はなんだか前に聞いたことがある気も
するのだがあれは一体どこだったか?奥歯に挟まった物が取れないような妙な気分が結標を襲う。
(思い出したくないような気もするけど、これは何故?)
 それでも彼女の顔を見るのは初めてだったし、多分自分の思い違いだろうと結標は早々に結論をだし納得した。
 続いて黄泉川の右側の席をチラリと見る結標。そこには先ほど紅茶を入れてくれたショートボブの女性が座っていた。
 優雅にティーカップを傾けて就職情報雑誌に目を落としている。多分傾けてるカップの中身は結標の持ってるものと同じ。
 さっき軽く自己紹介してもらったが名前は芳川桔梗というらしい。騒ぎまくりの黄泉川とは随分対照的で、落ち着いた雰囲気の知的美人と
いったところだろうか。野菜室から助けてもらったり紅茶を入れてもらった事もあり、少し贔屓目ではあるが、結標は芳川をそう評価した。
「桔梗ー、今日の就職活動はどうだったじゃんよー?いいところあったかい?」
「別に。特に惹かれる所は無かったわね。というか大半が打ち止め(ラストオーダー) の子守だったような気までするわ」
 芳川は黄泉川と他愛の無い会話を交わしながら『この事態』を静観するつもりのようだ。
(まぁ、この二人は別にいいんだけど……)

 最後に控えるのは見た目10歳児くらいの小さな女の子。芳川の隣に置かれたお子様用の椅子から身を乗り出し、目を吊り上げている。
「えーと……すっごく嫌われてる気がするわ……一方通行、パスッ」 
 比喩抜きでバチバチする幼女の視線に耐えかねて結標は思わず一方通行に助けを求めた。
 幼女の「この女誰?」といった感じの不満ビームの矛先が結標から一方通行へと切り替わった。
「――チッ。オイ、クソガキ、とりあえず、その眼鏡はなンだ、その眼鏡は。俺には眼鏡属性なンてもンはねェぞ」
 一方通行が指差す幼女の鼻の上にあるのは、エンジ色の細いフレームが、四角いレンズの下側だけをなぞる今風な眼鏡。
 しかも少し幅が大きいのか折角の眼鏡は半分ずり下がってたりする。さっきから何回も位置を直してたりする。
「これ?今日芳川に買って貰ったの。似合ってる?とミサカはミサカはある言葉を期待しつつ眼鏡のフレームを持ち上げてみたり。
これでミサカの知的なイメージが5アップ。アナタはたちまちメロメロ。とミサカはミサカはオデコの眼鏡ででこでこでこりん♪とか
懐かしいフレーズを口にしてみたり」
「……」
 紅茶を楽しむ芳川に目で『語りかける』一方通行。いやもう視線の強さは目で『殺す』レベルまで達している。
「大丈夫よ。度は入ってないから。それより、貴方も野菜室に女の子押し込めるより先に早くお世辞の一つや二つ覚えたほうがいいわよ」
「社交辞令ってのは社会に出る上では結構重要な技術じゃんよー。覚えておいて損は無いじゃん。あと女の子を冷蔵庫の野菜室に押し込むの
は流石にどうかと思うじゃんよ」
「突ッ込むところはそこじャねェだろうが!」
「いや、私を野菜室に押し込めるのは充分突っ込むところだと思うわよ。って聞いてないわね」
 学園都市最強の能力者のガンツケはおろか、突っ込みを受けても、大人の女性ニ人はどこ吹く風といった様子だ。一向に堪えない。
 黄泉川、芳川は両名とも氷を浮かべた冷水にポッキーを濡らしてポリポリと齧ってる。
 食事の前にお菓子を食べるのは正直どうかと思ったが結標はとりあえず話が進まないので幼女の方に集中することにした。
「えーと、ら、ら、らす……」
 結標は一方通行から「このクソガキはなんたら」と紹介してもらったのだが、なんとも耳に慣れない名前だったので
ついつい記憶を探ってしまう。でも結局思い出せないので自然と言葉が詰まってしまう。
 幼女は、おでこに人差し指を当てて壊れたプレーヤーの様に幼女の名前の先頭ニ文字を連呼する結標の方へ、向き直って口を開いた。
「ミサカの名前(パーソナルネーム)は打ち止め(ラストオーダー) 。もしくはミサカ20001号でもいいかも!とミサカはミサカは改めて自己紹介してみたり。
貴女の名前は結標淡希でいい?唐突で悪いんだけど。この人(アクセラレーター)とは一体どういった関係で?ミサカが納得できる理由を
400字詰めの原稿用紙3枚以内で簡潔かつ明瞭にまとめて即座に答えて欲しいかも、とミサカはミサカは知的な一面をアピールしてみたり
しつつ説明を要求してみたりしてみる」
 幼女の要求した答えを探して結標淡希はさらに頭を悩ませるのだった。


 しばらくして、結標の口から出たのは、
「えっと、私は、ほら、コイツの女友達でね。夏休みの終わりぐらいからちょくちょくと。今日はおいしいカレーの作り方を教えて欲しいと
コイツに頼まれて、仕方なくね」
 という半分以上が嘘で構成された言葉。これでも必死に考えた末のベターな答えだった。
「この人(アクセラレーター)に友達なんて居るわけ無い!とミサカはミサカは断言してみる!」
 打ち止め(ラストオーダー) はきっぱりと言い切った。
「即答すンなッこのクソガキ!」
 結局お茶を濁しながら『例のハンバーグカレー』を5人分それぞれの皿へと注いでいく結標の姿をまだ納得してません、といった
打ち止め(ラストオーダー) の視線が追う。
「うう、視線が痛い」
 結標は仕方なく一方通行を促すことにした。
「ほら、あなたもフォローしてよ」
「――あー、大体そンな感じだ」
 結標の肘に小突かれて一方通行もぶっきらぼうに口裏を合わせた。打ち止め(ラストオーダー) もそれで納得したのか『例のカレー』が
よそわれた皿を見て「わーい」と喜びの声を上げた。
(本当はニンジンがこれでもかってぐらい入ってるんだね、そのカレー)
 無邪気に喜ぶ打ち止め(ラストオーダー) の笑顔で結標の良心がちくりと痛んだ。
「やほーい!最初は『この泥棒猫が!』とか思ってたけど淡希は実はいい人だったかも!ってミサカはミサカは……淡希?
ミサカのカレーはなんだか、どんどんとミサカの手の届かない所に行っちゃうんだけど、とミサカはミサカは状況を説明してみたり」
 どうやら痛んだ良心は無駄だった様だ。
「……なんだか、打ち止め(ラストオーダー) ちゃんの頭上にある私の力作カレーが急降下しそうな予感がするわ。湯気がでてるしきっと熱い
でしょうね。大火傷かしら?こういうときは何て言うべきなの?打ち止め(ラストオーダー) ちゃん。4、3、2――」
「ご、ご、ごごごめんなさい。ミサカはミサカはいきなり4から始まるカウントダウンの恐怖に身を震わせながら一生懸命謝ってみたり!
だから罪の無いカレーを落とさないで!ってミサカはミサカは懇願してみる!!」
 ガタガタと震え涙目になる幼女の前へ、カレーを座標移動(ムーブポイント)し、その頭をポンポンと軽く叩いて結標も席に戻った。
(びっくりしてる、びっくりしてる)
 突然、何も無い虚空から出現したカレーに、目をパチクリさせる打ち止め(ラストオーダー) を見て結標はニヤリと微笑んだ。

『いただきます(じゃんよ)(とミサカはミサカはお行儀良く手を合わせて言ってみたりする)』
 テーブルに着いた全員が手を合わせて言ったが、一方通行だけは一人やる気なさそうに口ぱくでごまかしていた。
 言い終わるなりスプーンを握りなおし、カレーにぱくつき「カレーウマー」と口から光線でも吐き出しそうなリアクション
で感嘆の声を上げる打ち止め(ラストオーダー) 。大人の女性二名もニコニコと舌鼓を打っていた。一応好評のようだ。
 どうやら隠されたニンジンの味には気づいていないようだが、作った本人としては打ち止め(ラストオーダー) の無邪気な反応が
この料理に対する最大限の賛辞とも取れ、なんだか嬉しくなってしまう。自然と結標の顔が穏やかに笑みを形作る。
 ふと結標は黄泉川の隣に座ってる一方通行へと声を掛けた。
 彼の前の皿の中身はあまり減っていなかった。「食べないの?」と聞いたら「甘すぎィンだよ」と返ってきた。
 どうも彼は甘いのは苦手のようだ。だったらカレールーを二種類用意すればよかったのにとも思ったがそれは黙っておいた。
「アンタが作れって言ったんでしょう……ニンジンが――むー!むー!」
 突然とんでもない速度で回りこんできた一方通行の右手が結標の口を塞いだ。
 カレーの皿から顔を上げた打ち止め(ラストオーダー) が「?」と首を傾げた。
「喋るな。それ以上一言も喋ンじャねェぞ。ネタ晴らしはあのガキが食べ終わッてからだ、いいな?」
 打ち止め(ラストオーダー) の様子をちらりと伺い、結標の耳元に口を寄せて、彼は囁いた。
「――!――!」
 顔を真っ赤にして、声にならない悲鳴を上げながら何度も何度も頷く。思わず心臓の音が部屋中に聞こえるんじゃないかとまで思った。
 ややあって一方通行は結標を開放した。開放された結標は「ぷはぁ」と久方振りの空気を肺に送り込んで
「死ぬかと思った……」と小さく零す。
 『それ』は恥ずかしくてなのか、息が出来なくてなのかの答えは、結標の胸にだけひっそりと仕舞われた。
「これはまた随分と仲がいいじゃんよー」
「そうね、独り身には少々目の毒だわ。打ち止め(ラストオーダー) の教育上も良くないからラブシーンはベランダでやって欲しいわね」
「はっ!?これはもしかして食べ物で懐柔された!?淡希がミサカを謀った!?ミサカはミサカは疑心暗鬼に陥って軽く混乱してみたり!」
 品のよくない笑いを浮かべる黄泉川。適当に見当違いの相槌を打つ芳川。スプーンを握り締めて叫ぶ打ち止め(ラストオーダー) 。
 赤い顔をして荒い息をつく結標と、不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向く一方通行。
 多分これは自分が経験した中でもっとも騒がしい昼食の一幕だ――と結標はそう思った。


「淡希淡希遊んで欲しいかも、とミサカはミサカは淡希の了解も得ずにいきなりその胸に飛び込んでごろごろと甘えてみたり!トゥ!」
「え、うひゃぁ!?」
 結標の胸に飛び込んでくる小さな魔物。可愛さ余って痛さ100万t。ヘッドダイビングを敢行した幼女を結標は変な悲鳴を
上げながら受け止める。打ち止め(ラストオーダー) の頭が結標の鳩尾にヒットしいい感じに息が詰まってしまう。
「えへへへ、ふかふかーぷにぷにーいい匂いするー、ここミサカの定位置にしたいかもってミサカはミサカは簡潔に要求してみたり」
「ぐぅ。打ち止め(ラストオーダー) くすぐったいからやめてちょうだい」
 少し遅めの昼食を取った後、結標達はリビングのソファーでくつろいでいた。
 隣には一方通行。そして結標の膝の上にはさきほど飛び込んできた打ち止め(ラストオーダー) が座る。
 黄泉川と芳川は「昼食の礼じゃんよー」「お客さんに皿洗いまでさせられないでしょ?」と2人仲良くキッチンだ。時折キッチンから
もれてくるのは水音と食器同士が奏でる不協和音。それに混じって「桔梗、1秒間に16連射じゃんよー」「無理よ」とか聞こえてくる。
 確かAI搭載の全自動皿洗い機があったような気がするのだが、どうやら本当に使われていないようだ。
(しっかし可愛いわね、この子)
「うりうり」
「きゃははははは、淡希くすぐったいかも~、とミサカはミサカは率直な感想を口にしてみたり」
 自分の膝の上の打ち止め(ラストオーダー) の髪を撫で回して「ハフゥ」とあったかい溜息をつく結標。
 癒されまくりでマイナスイオン充填完了だ。隣の一方通行がそれを見てあからさまな舌打ちをしたがそれはどういう意味なのだろうか?
 一方通行では無いので結標にその真意の程はわからない。
 膝の上で暴れる打ち止め(ラストオーダー) を落ち着かせるために手前のテーブルからTVのリモコンを取りチャンネルを適当に切り替える。
 学園都市のローカル番組も見れるらしく沢山のチャンネルがあった。
 この時間はあまり面白い番組はやっていないようだ。せわしなくリモコンを操作して膝のお子様が焦れ始めた頃にようやく
お目当ての子供向けのアニメ番組が表示された。
 超機動少女カナミン(マジカルパワードカナミン) とか丸っこい字のタイトルが流れていた。
 少しだけ打ち止め(ラストオーダー) と一緒になって眺めてみたが初めて見る番組なので内容がさっぱり判らない。
 だが膝の上の打ち止め(ラストオーダー) はと言えば食い入るように映像に夢中だった。映像が進む度に「おおー」とか「どきどき」とか
率直な感想を口にする打ち止め(ラストオーダー) の方は見ていても一向に飽きが来なかった。

 しばらくして両手一杯の荷物を持って黄泉川と芳川がやってきた。二人は結標達が座る三人掛けのソファーとは放れて置かれた、透明な
テーブルを挟んで独立した、一人掛けのソファーにそれぞれ座った。
 ゴトンと硬い音をさせて透明なテーブルの上に”持っていた物”を広げて、
「打ち止め(ラストオーダー) が淡希っちにすっかり懐いてるじゃんよー。居候一号、そっぽを向いてるのは焼き餅かい?」
 と聞く。
 居候一号――これは恐らく一方通行を指している。いつの間にか結標にも『淡希っち』と愛称が付いていた。
「愛穂、それだと『どっち』に対しての焼き餅なのかわかりづらいわよ、一応教師でしょう?」
「い、一応だと!居候三号め!私は体育教師であって国語教師では無いじゃんよー!」
 プルタブを開ける音がして黄泉川の持つ350mlのアルミ缶から白い泡が吹き出る。透明なテーブルの上には大量の酒。缶ビールをはじめ、
チューハイ、ワイン、ウイスキー、吟醸、泡盛、梅酒などなど。とにかく所狭しとアルコールが広げられていた。
「ど、どこから?洋酒は確かに部屋に置いてあったけど」
「戸棚の中にぎッしりとあンだよ」
 黄泉川と向かい合う芳川もなんだか梅酒をグラスに注いでちびちびと口に運んでいた。
「オイ、駄目人間一号ニ号……未成年の人間が三人も居る上にまだ日も高いうちから酒盛り始めンじャねェよ。酒臭ェだろうが!」
「若いうちから細かい事気にするなじゃん!それにもう一人来る予定だし、今日の黄泉川せんせーのお仕事は昼まで。
後は野となれ山となれじゃんよー」
「淡希、淡希ッ。ミサカもあれ飲んでみたい!ってミサカはミサカは好奇心全開で要求してみたり」
 おいしそうにグラスやら缶やらを傾ける大人の女性ズを横目で見て、興味を抱いたのか打ち止め(ラストオーダー) の期待に満ちた
視線が結標を真下から打ち抜く。正直幼女の要求を叶えてあげてもいい、と頭に過ぎったが、すんでのところで理性が歯止めを
掛けてくれた。未成年の飲酒は法律で禁止されています。
「打ち止め(ラストオーダー)そんなの駄目に決まってるでしょう!?お酒ばっかり飲んでると駄目人間になっちゃうわよ?」
 結標の細い指が指し示すのは隣で呆れた顔をする学園最強。幼女が縦に握った右拳を左手に打ち付けるとなんだか可愛い音がした。
「淡希……それはどういう意味だ?随分と楽しそうだな、ヲイ。俺も酒は飲まねェンだが。その顔を見る限り聞く耳持ッてやがらねェな。
あとクソガキ!間髪入れずに納得すンじャねェよ!なンだ、その、ポン☆、ッてのは」
 激しく語気を荒げる一方通行に打ち止め(ラストオーダー) が「えへへ」と可愛らしく頭を掻くので結標も真似して「えへへ」を敢行してみる。
「チッ!」 
 効果は抜群だ。やたらとあからさまな舌打ちだけを残し、オーバーレブ寸前まで達していた一方通行の戦意は見事に殺(そ)がれた。
「「イエーイ☆」」
 パチンと小気味の良い音をさせ、ハイタッチをする結標&打ち止め(ラストオーダー)。傍目からは仲の良い姉妹か親子のように見える。


 まあそれでもお酒に対する興味は少しも薄れないようで駄々っ子モードを駆使して幼女はお酒を要求してきた。
「淡希っち、なんだか打ち止め(ラストオーダー) のお姉さんかお母さんみたいじゃん。よし、私が許す。チューハイなら一口ぐらい
飲んでも平気じゃんよー。パスッ」
 黄泉川はそう言うと緑のラベルのアルミ缶を一個投げてよこした。結標はライムの絵が書かれた350ml缶を受け取ってプルタブに
爪を掛ける。軽い抵抗と共に空気が漏れる音がした。
「あの、私も未成年なんですけどね……聞いてないですね、そうですね。いいです飲みますから。飲めばいいんでしょう。
この部屋では私に選択権って無いのね。それにしても、なんだか爪が割れそうで恐いのよね、プルタブって」
 アルコールなんてクリスマスのシャンパンぐらいしか飲んだこと無かったが軽く口をつけてみると口当たりはそう悪くなかった。
 アルミ缶を両手で持ってクピクピと呷る結標の膝の上では、お姫様がその様子を見て口を尖がらせていた。
「あー、ミサカもソレが飲みたーい!飲みたい、飲みたい、飲みたい!淡希の馬鹿ー!
淡希の怪我はもう治ってるのよ!淡希の意気地なし!ミサカはミサカは反旗を翻して振り返らずに走り去ってみたりしてみる。ちらり」
 ジタバタと結標の膝の上では幼女がご乱心だ。さっきまでの上機嫌はどこへやら、一転して駄々っ子と化した。打ち止め(ラストオーダー) は
ひとしきり暴れた後に結標の膝から飛び降りて、部屋の隅っこの観葉植物の陰に隠れてしまった。拗ねてるみたいだ。
「打ち止め(ラストオーダー) ……。最後の方、意味がわからないんだけど、とりあえず……こうしてやるっ!」
 結標は左手の人差し指で対象を指定。一瞬の後、観葉植物の陰から幼女の姿が虚空に消えた。
「ひゃあ、びっくりした。う、あひゃははははは、淡希ちょっと、それは、ぐひょい、くるしいかも、ってミサカはミサカはぁぁぁ――」
 観葉植物に隠れていた打ち止め(ラストオーダー) を座標移動(ムーブポイント)で再び膝の上に持ってきて左手で柔らかい脇腹をくすぐる結標。
 たちまち陥落する幼女。笑い疲れた幼女は荒い息をついてぐったりと手足を投げ出している。とりあえずこれでお酒の件は解決した。
 結標は隣に座る一方通行の方をチラリと覗いてみた。一言で言うならぶっきらぼうな表情。
 けだるそうな視線で結標と打ち止め(ラストオーダー)を眺めている。何か私の顔についてるのかしら?と結標は思わず勘繰ってしまう。
「淡希っちに焼き餅なのか?それとも打ち止め(ラストオーダー) に焼き餅なのかはっきりするじゃんよー!」
「寝てろ酔ッ払い」
 空き缶、空き瓶を量産する黄泉川の言葉に一方通行は打てば響く反応で返した。
 その『酔っ払い』という括りには自分も含まれてるのだろうか?と思ったが、ほどよく体を回ってきた酔いが結標の思考を妨げる。
 自分の顔に仄かな熱を感じたが結標はそれをアルコールのせいにする事にした。

 一人分スペースの開いた三人掛けのソファーの片隅では、綺麗に畳まれた紺色の上着の上で携帯電話が静かに震えていた。
                                                 [12月23日―PM14:00]


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