[17]Accelerator05―結標淡希の一番長い一日 その4
丁度とある坂道でちょっとした窃盗事件が起きていたのと同じ頃、黄泉川愛穂の部屋は結構散らかり始めていた。
結標がこの部屋に来た時には驚くほど片付いていたはずなのだが今では見る影も無いぐらいに混沌としている。
結標がこの部屋に来た時には驚くほど片付いていたはずなのだが今では見る影も無いぐらいに混沌としている。
(あの短時間でここまで散らかせるとは……)
結標は思わず顔に手を当てた。
これで片付けた人間と散らけた人間が同じだなんて、正直な話全然信じられない。
いや、もしかしたら自分で散らけるからあれだけ片付けに力が入るのだろうか?
(いや、それは考えすぎね)
一方通行がいうのは部屋が片付いてる時は何か揉め事というか、問題が起こったときだけ、との事だったが。
結標のつま先に何かが当たった。
空き缶だ。
下を見れば床には空き缶がいくつも転がっている。
ぐびが生だったり、札幌が黒かったり、端麗が緑だったり、七福神の一人があれだったり、冬季限定のサワーがどうだとかアクアがブルー
だとかギュギュっと何かが搾ってあったり。とにかく銘柄はいろいろ。
(えーと、一本、二本、三本……あぁ、めんどくさい、あといっぱい!)
全部集めれば冬休みの工作として結標の身長くらいありそうなでっかい電気ネズミとか作れたりしそうだ。
作るのが誰かは知らない。少なくても私では無い。と結標は思った。
とりあえず手当たり次第で手に持った学園都市指定のゴミ袋へと空き缶達を次々放り込んでいく。
自分だって客のはずなのになんで結標が掃除してるのか……それは結標本人にだってわからない。
一つわかっている事は、今この部屋にいる人間の中で彼女以外は掃除しそうに無いって事だけだ。
芳川なら掃除ぐらいしそうなのだが、彼女も今は散らける側っぽい。
「ん……?」
空き缶は当然、発生源になっている黄泉川、芳川両名の側に集中している。
酒のつまみにとガラステーブルの上の深皿には、柿の種とかチーズおかきとかのお菓子類がこんもりと盛られていた。
打ち止めにはお酒は飲ませないようにしていたので彼女用のオレンジジュースのコップも置かれていた。
そのすぐ側には打ち止めの小さな背中。
可愛らしい青のワンピースは打ち止めによく似合っている。
後ろを向いてるので表情まではわからない。
でも、なんだか小刻みに小さな肩が震えている。カリカリと変な物音もする。
「打ち止め?」
どうしたんだろう?と疑問を持って結標が声をかける。
声に応えて打ち止めがくるりと振り返った。
(うわぁ……まじで?)
結標はそう思った。
「ハムスターみたいよ……打ち止め」
そして率直な感想が口に出た。
「――、―――――、―――――」
振り返った打ち止めの口元には食べかすがいっぱい。
口いっぱいに頬張っている。まさにハムスター。
でも頬張ったまま喋るのでまるで言葉になっていない。
「ごっくんしなさい……打ち止め。ごっくんってしてから喋りなさい」
こくこく。打ち止めの首が上下に大きく振られた。可愛い。
「お酒のつまみばかり食べてると鼻血でるわよ、打ち止め」
オレンジジュースが減っていく。
「っぷは――チーズおかきの真ん中っておいしいかも……。ミサカはミサカはもうコレに夢中だったりする」
小皿の上には真ん中だけ無くなったチーズおかきの成れの果て。
ごっくん、と残骸を飲み込んだ打ち止めの口元をスカートのポケットからハンカチを取り出して拭ってあげる。
打ち止めは「うにゅ~」とわけのわからない鳴き声を発していた。ますます小動物のようだ。
「はぁ……なんで私こんな事してるんだろう……」
元凶たる人物の方へと視線を送り、やがて諦めたかのようにぼやく。
打ち止めの不思議そうな瞳でそれを見ていた。
結標は思わず顔に手を当てた。
これで片付けた人間と散らけた人間が同じだなんて、正直な話全然信じられない。
いや、もしかしたら自分で散らけるからあれだけ片付けに力が入るのだろうか?
(いや、それは考えすぎね)
一方通行がいうのは部屋が片付いてる時は何か揉め事というか、問題が起こったときだけ、との事だったが。
結標のつま先に何かが当たった。
空き缶だ。
下を見れば床には空き缶がいくつも転がっている。
ぐびが生だったり、札幌が黒かったり、端麗が緑だったり、七福神の一人があれだったり、冬季限定のサワーがどうだとかアクアがブルー
だとかギュギュっと何かが搾ってあったり。とにかく銘柄はいろいろ。
(えーと、一本、二本、三本……あぁ、めんどくさい、あといっぱい!)
全部集めれば冬休みの工作として結標の身長くらいありそうなでっかい電気ネズミとか作れたりしそうだ。
作るのが誰かは知らない。少なくても私では無い。と結標は思った。
とりあえず手当たり次第で手に持った学園都市指定のゴミ袋へと空き缶達を次々放り込んでいく。
自分だって客のはずなのになんで結標が掃除してるのか……それは結標本人にだってわからない。
一つわかっている事は、今この部屋にいる人間の中で彼女以外は掃除しそうに無いって事だけだ。
芳川なら掃除ぐらいしそうなのだが、彼女も今は散らける側っぽい。
「ん……?」
空き缶は当然、発生源になっている黄泉川、芳川両名の側に集中している。
酒のつまみにとガラステーブルの上の深皿には、柿の種とかチーズおかきとかのお菓子類がこんもりと盛られていた。
打ち止めにはお酒は飲ませないようにしていたので彼女用のオレンジジュースのコップも置かれていた。
そのすぐ側には打ち止めの小さな背中。
可愛らしい青のワンピースは打ち止めによく似合っている。
後ろを向いてるので表情まではわからない。
でも、なんだか小刻みに小さな肩が震えている。カリカリと変な物音もする。
「打ち止め?」
どうしたんだろう?と疑問を持って結標が声をかける。
声に応えて打ち止めがくるりと振り返った。
(うわぁ……まじで?)
結標はそう思った。
「ハムスターみたいよ……打ち止め」
そして率直な感想が口に出た。
「――、―――――、―――――」
振り返った打ち止めの口元には食べかすがいっぱい。
口いっぱいに頬張っている。まさにハムスター。
でも頬張ったまま喋るのでまるで言葉になっていない。
「ごっくんしなさい……打ち止め。ごっくんってしてから喋りなさい」
こくこく。打ち止めの首が上下に大きく振られた。可愛い。
「お酒のつまみばかり食べてると鼻血でるわよ、打ち止め」
オレンジジュースが減っていく。
「っぷは――チーズおかきの真ん中っておいしいかも……。ミサカはミサカはもうコレに夢中だったりする」
小皿の上には真ん中だけ無くなったチーズおかきの成れの果て。
ごっくん、と残骸を飲み込んだ打ち止めの口元をスカートのポケットからハンカチを取り出して拭ってあげる。
打ち止めは「うにゅ~」とわけのわからない鳴き声を発していた。ますます小動物のようだ。
「はぁ……なんで私こんな事してるんだろう……」
元凶たる人物の方へと視線を送り、やがて諦めたかのようにぼやく。
打ち止めの不思議そうな瞳でそれを見ていた。
「淡希っちぃ、その制服って霧ヶ丘女学院(きりがおかじょがくいん)だろ?結構いいとこ通ってるじゃんよ」
声の主は一人掛け用ソファーには背を預け、缶ビール片手にほろ酔い状態の黄泉川。
飲み始めより大分アルコールがまわって来た様で頬はほんのりと桜色に染まっている。
髪をかきあげる。ただその仕草だけでも同性である結標から見ても妙に色っぽい。
(こういうのってフェロモンっていうのかしら?それとも大人の魅力?)
結標だって年頃の女の子だ。化粧もすればアクセサリーだってつける。
いつもは二つに分けて纏めている髪をほどいたりして髪型を変えてみるのも良いだろう。香水を少しつけてみるのもありだ。
クローゼットを開いてコーディネイトを考えて時間をかけてオシャレな服を選んで着こなせば、それなりに大人びて見えたりもする。
(……と思うわ、この人見てるとなんか自信無くなるけど)
だが黄泉川のソレはそういう後付の色っぽさとは一線を画す物だ。人工物では無くあくまでも本人から滲み出る天然の色気。
(着ているのは普通のジャージの上下なのに……羨ましい限りだわ)
ピンク色の毛布を抱えた結標はとりあえず、「ええ、"一応"」と限りなくグレーゾーンの言葉でお茶を濁した。
結標淡希は一応霧ヶ丘女学院所属にはなっているがそれはあくまでも記録上だ。
残骸事件の影響でいまだ扱いは留学中のまま。
学園都市の中にいないと言う事になっているので今は霧ヶ丘女学院の女子寮には住んでいない。
現在はあのプカプカ逆さ人間がどこからか手配したワンルームマンションで一人暮らし中。
風の噂で耳にした話だと残骸事件で結標に協力していた仲間達も似たり寄ったりな境遇らしい。
もっとも連絡は取れた試しが無いのだが。
(とはいえ、実際問題として霧ヶ丘への復学の見込みは低いのよね……。アレイスターは長点上機学園か常盤台付属辺りにでも転入処理して
やっても良いとか言っていたけど、どこまで本気やら)
実際、大能力者(レベル4)である結標が申請を出せば大抵の学校は「はいはい」と二つ返事を返してくるだろう。
少し考えただけでもいろいろなパターンが思い浮かぶ。
転校、転入、新しい空間。
(それもいいかもしれない)
結標がふと口を開いた。
そういえばこの黄泉川は現役の教師だったはずだ。
(どんな学校なんだろう)
「黄泉川さんの所の学校……」
少しばかり黄泉川の勤める学校に興味が湧いた気がした。
「うん?」
「高校でしたか?」
「そうじゃんよ」
グビっと缶を傾ける黄泉川。教え子達の事でも考えてるのか、その表情は柔らかい。
「どんな学校ですか?特徴っていうか、その、特色みたいな?そんなのってあります?」
「いや、全然無いじゃん」
即答。
思考時間にして一秒以下だろう。
「学力レベルが高かったり?」
「いや、全然」
これも即答。
空き缶が床に転がった。
「スポーツが盛んだったり?」
「コレといって記録を残してるクラブは無いじゃんよ」
三度即答。
ガラステーブルの上の皿から柿の種を口に運び、ぽりっと齧る。
「小学校からエスカレーター式のマンモス学校?」
「うちは高校のみの単品だったりするじゃん」
しつこいが即答だ。
辛いものばかり食べてたら甘いものが欲しくなったのか、今度はコンビニ羊羹に手を伸ばす。
「じゃあ……」
少し間を空けて結標が本命を聞く。
器用に片手と口で羊羹の包みが開かれた。
「能力開発が」
「それもいたって平凡なもんじゃんよ。上は強能力者が片手の指でお釣りが来るぐらい。下は正真正銘の無能力者まで。
特徴っていう程の特徴は……、無いことも無いか。強いていえば生徒がやたらと個性的な事ぐらいじゃんよ。
特に一年生のクラスの一つは個性的って言葉が馬鹿らしくなる様なのが何人かいるじゃん。まぁ、見てる分には退屈しないかもね」
皆まで言うなとばかりに途中で先を言われてしまった。
ここで黄泉川が再び缶ビールを呷り始めたので結局それ以上は聞くことが出来なくなってしまった。
「ふぅ」
(個性的……。個性的とそうでないの線引きってどこからかしら?)
結標はそこで毛布を持って三人掛けソファーの前まで来て、そこで寝ている人物へと視線を落とした。
そう、個性的な人間ならここにもいる。それもとびきりの。
学園都市最強。質、量を問わず、あらゆるベクトルを支配下におく超能力者(レベル5)。学園都市の全能力者二百三十万人の中の第一位。
現在むかつくぐらい気持ち良さそうに睡眠中。
穏やかな寝息が結標の耳に届く。
変な人格の人間を個性的って乱暴に一括りにしてもいいのなら、結標の知っている人物の中に一方通行程個性的な人間も見当たらない。
彼がこうなったのは確か十分ぐらい前の事だっただろうか?確か三十分まではいかなかったと思うが、とにかく少し前。
「勝手にやッてろ」
の捨て台詞と共に三人掛けソファーを大胆に占領して、不貞寝してしまった事だけははっきり思い出せる。
(一方通行って学校行ってるの?)
結標の手がソファーで寝ている一方通行の肩辺りまで毛布を掛けた。
もともと、こうする為に隣の部屋から毛布を持ってきたのだ。
更にソファーのアームレストは枕には少々硬すぎるだろうと、少年の頭を下から少し持ち上げて白と水色のクッションを二つ折りにして
滑り込ませた。
毛布がくすぐったかったのか一方通行が身じろぎし、ゴロンと寝返りを打った。
横を向いていた白い少年の顔が九十度向き変更で結標の正面へと来る。
ビクゥ!?と露出している結標の肩が大きく震えた。
「び、びっくりさせないで欲しいわ……」
多分今の台詞を一方通行が聞いていたら確実に半殺しモードだろう。
だけど寝顔だけは、なんというかとても穏やかであり、なんだかカワイイ気がしないでも無い。
「う゛ッ……」
思わずたじろぐ結標。不覚にもスヤスヤと寝息を立てぐっすりと夢の中にいる一方通行に目を奪われてしまう。
(反則だわ……この顔は反則だってば……なんでこんなに)
「カワイイじゃんよぉ。なんなら襲ってもいいよ淡希っち」
「ひぇえぇぇ!?」
結標の心の声に合わせる様に黄泉川の声が訪れた。
変な悲鳴が結標の喉から飛び出た。
完全な不意打ちに呼吸は乱れ、心臓はバクバクと落ち着かない。
ただ口をパクパクと開いたり閉じたりするだけで声にならない。
それでも、しどろもどろでなんとか言い訳を探す。
「み、見とれてませんよっ!寝顔がカワイイなんて思ってませんよ!」
結標はそう言い切り、身振り手振りを織り交ぜてブンブン両手を振り回して黄泉川に訴える。
が、返ってくるのは暖かな視線が二つ。
いつの間にか芳川まで「あらあら、初々しいわねぇ」とかすっかりお姉さんモードだ。
ガラステーブルを挟んで黄泉川と一緒に
「若いわねぇ」
「若いじゃんよ」
「でも口喧嘩してなかった?」
「喧嘩するほど仲が良いじゃんよ。それに一方通行と口喧嘩できるなんて人間、そうそういないじゃんよ」
とか少し暢気な会話をしている。
「夫婦喧嘩っていうんだよね。ってミサカはミサカはミサカネットワークから引き出した情報を得意気に使ってみたりする」
にょきっと出てきた打ち止めが会話に乱入した。そして結標のスカートの裾を引っ張る。
「淡希、夫婦喧嘩って何?ミサカはミサカは詳しく聞いてみる」
「ぁぅ……」
答えられない。
「違うじゃん打ち止め、あれは痴話喧嘩っていうじゃんよ。キチンと固有名詞で登録しておくじゃん」
「愛穂」
「何?桔梗」
「あんまり打ち止めに変な事ばかり教え込まないで頂戴」
「そっかそっか、わかったじゃん。なら打ち止め、夫婦の一個下のランクで『恋人』とか『彼女』とか登録しておくといいじゃん、これなら
バッチリじゃんよー」
なにがバッチリなのかわからない。
ばちこーん☆と黄泉川のウインク。
「だ、だから違うっ!私はコイツ(アクセラレーター)とは何でも無いんですって!?さっきから何回もそう言ってるのに信じ――」
「ぶぅぇつにぃー、淡希っちの事だとは一言も言って無いじゃんよー」
「あらあら……墓穴を掘ったわね」
ニヤニヤとした生暖かい視線の中、結標に出来るのは両手をバタバタと振って抗議する事ぐらいだった。
「ミサカもこの人で遊びたいかも、とミサカはミサカは準備運動を始めてみたり」
幼女が助走をつけようと壁際まで下がったのはすぐ後の事。
ソファーにダイブしようとした打ち止めを結標が空中で阻止して一言。
このままでは自分の身が持たない、と結標の目が物語っていた。
「ら、打ち止め……さ、散歩、そう、外に散歩とか行きましょうよ。ついでにお菓子的な物、買ってあげるから、ね、ね」
[12月23日―PM15:17]
声の主は一人掛け用ソファーには背を預け、缶ビール片手にほろ酔い状態の黄泉川。
飲み始めより大分アルコールがまわって来た様で頬はほんのりと桜色に染まっている。
髪をかきあげる。ただその仕草だけでも同性である結標から見ても妙に色っぽい。
(こういうのってフェロモンっていうのかしら?それとも大人の魅力?)
結標だって年頃の女の子だ。化粧もすればアクセサリーだってつける。
いつもは二つに分けて纏めている髪をほどいたりして髪型を変えてみるのも良いだろう。香水を少しつけてみるのもありだ。
クローゼットを開いてコーディネイトを考えて時間をかけてオシャレな服を選んで着こなせば、それなりに大人びて見えたりもする。
(……と思うわ、この人見てるとなんか自信無くなるけど)
だが黄泉川のソレはそういう後付の色っぽさとは一線を画す物だ。人工物では無くあくまでも本人から滲み出る天然の色気。
(着ているのは普通のジャージの上下なのに……羨ましい限りだわ)
ピンク色の毛布を抱えた結標はとりあえず、「ええ、"一応"」と限りなくグレーゾーンの言葉でお茶を濁した。
結標淡希は一応霧ヶ丘女学院所属にはなっているがそれはあくまでも記録上だ。
残骸事件の影響でいまだ扱いは留学中のまま。
学園都市の中にいないと言う事になっているので今は霧ヶ丘女学院の女子寮には住んでいない。
現在はあのプカプカ逆さ人間がどこからか手配したワンルームマンションで一人暮らし中。
風の噂で耳にした話だと残骸事件で結標に協力していた仲間達も似たり寄ったりな境遇らしい。
もっとも連絡は取れた試しが無いのだが。
(とはいえ、実際問題として霧ヶ丘への復学の見込みは低いのよね……。アレイスターは長点上機学園か常盤台付属辺りにでも転入処理して
やっても良いとか言っていたけど、どこまで本気やら)
実際、大能力者(レベル4)である結標が申請を出せば大抵の学校は「はいはい」と二つ返事を返してくるだろう。
少し考えただけでもいろいろなパターンが思い浮かぶ。
転校、転入、新しい空間。
(それもいいかもしれない)
結標がふと口を開いた。
そういえばこの黄泉川は現役の教師だったはずだ。
(どんな学校なんだろう)
「黄泉川さんの所の学校……」
少しばかり黄泉川の勤める学校に興味が湧いた気がした。
「うん?」
「高校でしたか?」
「そうじゃんよ」
グビっと缶を傾ける黄泉川。教え子達の事でも考えてるのか、その表情は柔らかい。
「どんな学校ですか?特徴っていうか、その、特色みたいな?そんなのってあります?」
「いや、全然無いじゃん」
即答。
思考時間にして一秒以下だろう。
「学力レベルが高かったり?」
「いや、全然」
これも即答。
空き缶が床に転がった。
「スポーツが盛んだったり?」
「コレといって記録を残してるクラブは無いじゃんよ」
三度即答。
ガラステーブルの上の皿から柿の種を口に運び、ぽりっと齧る。
「小学校からエスカレーター式のマンモス学校?」
「うちは高校のみの単品だったりするじゃん」
しつこいが即答だ。
辛いものばかり食べてたら甘いものが欲しくなったのか、今度はコンビニ羊羹に手を伸ばす。
「じゃあ……」
少し間を空けて結標が本命を聞く。
器用に片手と口で羊羹の包みが開かれた。
「能力開発が」
「それもいたって平凡なもんじゃんよ。上は強能力者が片手の指でお釣りが来るぐらい。下は正真正銘の無能力者まで。
特徴っていう程の特徴は……、無いことも無いか。強いていえば生徒がやたらと個性的な事ぐらいじゃんよ。
特に一年生のクラスの一つは個性的って言葉が馬鹿らしくなる様なのが何人かいるじゃん。まぁ、見てる分には退屈しないかもね」
皆まで言うなとばかりに途中で先を言われてしまった。
ここで黄泉川が再び缶ビールを呷り始めたので結局それ以上は聞くことが出来なくなってしまった。
「ふぅ」
(個性的……。個性的とそうでないの線引きってどこからかしら?)
結標はそこで毛布を持って三人掛けソファーの前まで来て、そこで寝ている人物へと視線を落とした。
そう、個性的な人間ならここにもいる。それもとびきりの。
学園都市最強。質、量を問わず、あらゆるベクトルを支配下におく超能力者(レベル5)。学園都市の全能力者二百三十万人の中の第一位。
現在むかつくぐらい気持ち良さそうに睡眠中。
穏やかな寝息が結標の耳に届く。
変な人格の人間を個性的って乱暴に一括りにしてもいいのなら、結標の知っている人物の中に一方通行程個性的な人間も見当たらない。
彼がこうなったのは確か十分ぐらい前の事だっただろうか?確か三十分まではいかなかったと思うが、とにかく少し前。
「勝手にやッてろ」
の捨て台詞と共に三人掛けソファーを大胆に占領して、不貞寝してしまった事だけははっきり思い出せる。
(一方通行って学校行ってるの?)
結標の手がソファーで寝ている一方通行の肩辺りまで毛布を掛けた。
もともと、こうする為に隣の部屋から毛布を持ってきたのだ。
更にソファーのアームレストは枕には少々硬すぎるだろうと、少年の頭を下から少し持ち上げて白と水色のクッションを二つ折りにして
滑り込ませた。
毛布がくすぐったかったのか一方通行が身じろぎし、ゴロンと寝返りを打った。
横を向いていた白い少年の顔が九十度向き変更で結標の正面へと来る。
ビクゥ!?と露出している結標の肩が大きく震えた。
「び、びっくりさせないで欲しいわ……」
多分今の台詞を一方通行が聞いていたら確実に半殺しモードだろう。
だけど寝顔だけは、なんというかとても穏やかであり、なんだかカワイイ気がしないでも無い。
「う゛ッ……」
思わずたじろぐ結標。不覚にもスヤスヤと寝息を立てぐっすりと夢の中にいる一方通行に目を奪われてしまう。
(反則だわ……この顔は反則だってば……なんでこんなに)
「カワイイじゃんよぉ。なんなら襲ってもいいよ淡希っち」
「ひぇえぇぇ!?」
結標の心の声に合わせる様に黄泉川の声が訪れた。
変な悲鳴が結標の喉から飛び出た。
完全な不意打ちに呼吸は乱れ、心臓はバクバクと落ち着かない。
ただ口をパクパクと開いたり閉じたりするだけで声にならない。
それでも、しどろもどろでなんとか言い訳を探す。
「み、見とれてませんよっ!寝顔がカワイイなんて思ってませんよ!」
結標はそう言い切り、身振り手振りを織り交ぜてブンブン両手を振り回して黄泉川に訴える。
が、返ってくるのは暖かな視線が二つ。
いつの間にか芳川まで「あらあら、初々しいわねぇ」とかすっかりお姉さんモードだ。
ガラステーブルを挟んで黄泉川と一緒に
「若いわねぇ」
「若いじゃんよ」
「でも口喧嘩してなかった?」
「喧嘩するほど仲が良いじゃんよ。それに一方通行と口喧嘩できるなんて人間、そうそういないじゃんよ」
とか少し暢気な会話をしている。
「夫婦喧嘩っていうんだよね。ってミサカはミサカはミサカネットワークから引き出した情報を得意気に使ってみたりする」
にょきっと出てきた打ち止めが会話に乱入した。そして結標のスカートの裾を引っ張る。
「淡希、夫婦喧嘩って何?ミサカはミサカは詳しく聞いてみる」
「ぁぅ……」
答えられない。
「違うじゃん打ち止め、あれは痴話喧嘩っていうじゃんよ。キチンと固有名詞で登録しておくじゃん」
「愛穂」
「何?桔梗」
「あんまり打ち止めに変な事ばかり教え込まないで頂戴」
「そっかそっか、わかったじゃん。なら打ち止め、夫婦の一個下のランクで『恋人』とか『彼女』とか登録しておくといいじゃん、これなら
バッチリじゃんよー」
なにがバッチリなのかわからない。
ばちこーん☆と黄泉川のウインク。
「だ、だから違うっ!私はコイツ(アクセラレーター)とは何でも無いんですって!?さっきから何回もそう言ってるのに信じ――」
「ぶぅぇつにぃー、淡希っちの事だとは一言も言って無いじゃんよー」
「あらあら……墓穴を掘ったわね」
ニヤニヤとした生暖かい視線の中、結標に出来るのは両手をバタバタと振って抗議する事ぐらいだった。
「ミサカもこの人で遊びたいかも、とミサカはミサカは準備運動を始めてみたり」
幼女が助走をつけようと壁際まで下がったのはすぐ後の事。
ソファーにダイブしようとした打ち止めを結標が空中で阻止して一言。
このままでは自分の身が持たない、と結標の目が物語っていた。
「ら、打ち止め……さ、散歩、そう、外に散歩とか行きましょうよ。ついでにお菓子的な物、買ってあげるから、ね、ね」
[12月23日―PM15:17]