とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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◇序章:不可能の実現化 Person_Of_Mirror


「んぁ?」
 黒のキャンパスに数多の白点が穿たれた様な夜天。
 目を開いて一番最初に視界に入ったのはそれだった。
 大の字になって空を仰いでいる体を起こして寝ぼけ眼で辺りを見回す。
「……どこだ此処」
 塵の山。
 見てすぐさま浮かんできた感想はそれだった。
 辺りを埋め尽くすのは、使う事が出来なくなった様な粗大塵達。
 ハンドルの無い自転車、割れたCD、砕けたピアノ。
 果ては真っ二つになった冷蔵庫まで塵山の一部として積まれている。
……粗大塵置き場?
 当たらずも遠からずと言ったところだろう。
 寝ぼけた頭を右手で掻きながら思う。
……確か、さっきまで地域の清掃活動中で……。
 そう、今日は昼から高校全体の行事である地域清掃活動に参加していた筈だ。
 空を見上げてみる。
……今、何時だ?
 満月が浮かぶ空はあまりにも、黒い。
 間違いなく真夜中と呼べる時間帯には入っているだろう。
「痛っ」
 左手に鋭い痛みが走った。
 どうやら粗大塵の中に何か鋭利なものが混じっていたらしい。
 しかし、その痛みをキッカケに思考が冴えて来る。目が覚め始めた証拠だ。
……なんで俺、こんな所で寝てんだ?
 取り敢えずの応急処置として左手を舐めつつ思う。
……一体何が――まさかまたインデックスを狙って……。
 魔術結社の類が攻めて来たのか。
 有り得る。が、しかし――、
……あそこには土御門も居たし、なんでこんな所に。
 見回すが先程まで一緒にいた筈の金髪の男――土御門の姿は何処にも無い。
 暫し腕を組んで黙考。
……どうなってんだ?
 というか、
「寒っ!?」
 睡眠で溜めた熱も全て冬の風に冷やされてしまった様だ。
 両手で身を抱くと柔らかいが、すっかり冷め切った肉の感触が返って来た。
「こ、凍える……って、なんだこの感触」
 感触の出所である場所へ視線を向ける。
 あるのは線の細い白い肌が映える肩。
「……」
 それを掴むようにしているのは、同じく白い少女の様な手。
 月光に照らされるその色は青白く、一種の芸術作品の様な雰囲気を放っていた。
「……」
 視線を下ろす。
「ぶっ!?」
 思わず勢い良く噴き出した。
 跳ね上げる様にしてすぐさま赤く染まった顔を上げる。お月様は丸かった。
「な、な、なぁ――ッ!?」
 見えたのは――強いて表現するならば禁断の聖域としておこう。
 真に遺憾ながら細かな描写は控えさせていただく。真に遺憾ながら。
「何か!何か隠すもの!?」
 混乱した頭を振り回す様にして辺りを再度見回し、
「あった!」
 手近にあった毛布を引き寄せ、急いで己の身を包み、
「ふぅ……」
 安堵の溜息を一つ。
「って、落ち着いてる場合じゃねぇっ!」
 叫ぶがその音も虚しく夜空に木霊するだけだ。
 毛布から足を出して見てみる。
 どう見てもその線、その肌の色は自分の体のものではない。
 そして、先程見た光景から判断出来る事。それは――、
「あははは、どう見ても女の子ですよねー――……なんででせう?」
 固まった笑顔で首を傾げてみるが答えが出る筈もない。
 何せ判断材料が全くと言って良いほど無いのだから。
 気が付いてみると確かに声も高く、明らかに男のものとは違っていた。
 つまりこれは自分の体が女性のものとなっているわけで――。
「待て待て待て、落ち着け、俺。そんなわけがないだろう」
 毛布を引き寄せて体を冬の冷たい風から守りつつ思う。
……つまり夢!嗚呼、早く起きるんだ、俺!学校に送れちゃうぞっ☆
 頬を抓ってみる。痛かった。
 そういえばさっき左手を怪我した時もそうだったが感覚はある。
「ということは」
 夢ではない。
「まさか新手の魔術攻撃か――?」
 有り得ない話ではないだろうが――その想像には一つの問題点があった。
 右手を眼前へと持ってくる。
 あるのは白い肌に月光を反射させるやはりか細い手。
……幻想殺しで無力化出来ない魔術?
 そんなものが在るのだろうか。
「でもなぁ……」
 実際にこうして異常事態が起きているのだから――あるのだろう。
 ともあれ、
「という事はこれは現実。紛れも無いリアルなのである」
 他人事の様に言ってみるが、冷たい風が吹いて毛布を揺らすだけだ。
 しかも隙間から僅かに吹き込んできて寒い。流石粗大塵。見事に穴だらけだ。
「はぁ……」
 浮かんで来る感想は唯一つ。ただひたすらに、
「不幸だぁ……」
 肩を落として呟く様に。
 声と共にホロリと落ちた液体が地面に跳ねて染み、消えた。
 上条当麻。不幸に愛される男――現少女である。


  ◇○◇ 


 何時までも落ち込んでいるだけでは何も始まらない。
 それが考えた末に出した結論だった。
 粗大塵の海の中響くのは、ぺたぺたという可愛らしい足音。
……冷たいよー!?足の裏が!足の裏がぁっ!
 歩く度に足の裏が冷え切ったアスファルトと接触して神経が絶叫を上げる。
 寒いというよりも痛いという一線を見事に超えた感覚。
「いかん、マジで死ぬ。確実に死が近づいている。死神がくる……奴が来るぅ」
 混乱ここに極まれり。
 ぶつぶつと呟きながら裸体に毛布一枚、その上素足で歩いている人物。
 確実に誰かが見たら変質者と間違われるに違いない。
 幸い、粗大塵置き場には人の気配が無いのでその心配はなさそうだが。
 だが、
「まず此処が何処だか確認しねーと……」
 と、何か現在地を示す様な物はないかと探すが見つからない。
 四方を囲むのは巨大な白亜の建物。
 まるで隔離されているような気分になるが、建物と建物の間には少しの間がある。
 どうやら此処は四方をビルに囲まれた路地裏のようなものらしい。
「……にしたって」
 塵の山へと振り返ってみる。
 ひしゃげた自動車なんかも積み重ねてあった。どうやって運んで来たんだ、あれ。
「ん?」
 再び前を向いて歩いているととある物が視界に入った。
 僅かだが端の方に罅の入ったスタンドミラーだ。
 近づいて良く見てみると解かるが――、
「えらく古いデザインだな……でも、まだ使えそうなのに勿体ねー」
 つくづく貧乏生活が染み付いた台詞だとは思うが、本音なのだから仕方が無い。
 時代はエコライフなのである。
 暴食シスターのせいで食費なんかも抑えないと辛いし。
 前の持ち主への文句を垂らしつつ、鏡の前に立つ。
 直後、
「――!」
 目を見開いた。
 其処に映るのは碧眼を宿した目を限界ギリギリまで見開いて呆然としている少女の姿。
 黒髪の長髪は腰の辺りまで伸びており、癖毛一つ無く真っ直ぐとしていた。
「……」
 動いてみる。
 鏡の中の少女も動いた。
「……誰?」
 解かりきった事だ。
 所々に穴が開いた毛布に身を包んだその姿。明らかに現在の自分である。
 映る顔は整っており、普段ならば可愛らしいとでも表現出来ただろうが、如何せん自分自身の事だ。
 苦い顔は出来ても賞賛など出来る筈もない。
 だが、解かっていても否定しなければ男としてのアイデンティティーが壊れそうなのである。
 ダンディズムハートはデリケートなのだ。
「うぅ、お家に帰りたい……」
 目尻に浮かんだ涙を目を擦る様にして拭う。
 が立ち止まっている時間はあまり無い。
 ビルとビルの隙間、路地裏へと肩を落としながら向かう。
 取り敢えず、家に帰れば一〇万三〇〇〇冊とかいう馬鹿みたいに膨大な魔道書の知識を持つ少女が居るのだ。
 彼女に状況を説明さえすれば何らか解決策を打ち出してくれるに違いない。
 とことん人頼りだが仕方が無いだろう。
 魔術知識の乏しい当麻にとって、頼れるのは彼女か友人の土御門のみなのだから。
 しかし、
「……暗い」
 夜の路地裏は勿論暗い。あと寒い。
 不良達もこんな暗い所を集会所にする気はないようで、ただひたすらに当麻の足音が響くだけであった。
 ぺたぺた。
 ぺたぺたぺたぺた。
……どこまで続いてんだ?この路地裏。
 ぺたぺたぺたぺたぺた。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺた。
 足音が狭い路地裏に反響する。
 上を見上げてみればそこあるのは満丸のお月様。実に美しい。
「お」
 視線を元に戻してみれば光が見えた。
 点の様な光だが、紛れもなく出口が近くなって来た証拠である。
 後少し、後少し、と目を煌かせて歩を進めているうちに段々と光の点が大きくなってきた。
 と、唐突に足が止まる。
 原因は簡単。一つの問題に気付いたからである。
……っと、やべえ。そういえばこんな格好じゃ人前に出れねえじゃねーか。
 なんという構造的欠陥。
 急に冷静な思考になってみるが時既に遅し。後ろを振り返っても暗闇しか見えない。
 第一、粗大塵置き場に服が落ちているとは思えないし、恐らくは見つける前に凍死する。
 事態は一刻を争うのだ。
「……」
 そーっと路地裏から顔を出してみる。
 思ったよりも――人通りは少ない。というか無かった。
 街灯はついているものの、照らされる大通りらしき道路には一つとして人影が見えない。
……そんな夜遅くなのか?
 取り敢えず疑問は置いておく。今の当麻にそんな余裕は無いのだから。
「よし」
 毛布を改めて強く身に纏わせ直す。

 そして一歩を踏み出し、路地裏から脱出。
 すると同時に街灯の光が身を照らし始めた。
 久方ぶりに人工の光に身を晒すと何だか暖かかった。ビバ科学文明。
「後は、電光掲示板でもあればい――」
「おーい、そこの君~?」
「ひぃっ!?」
 何か場所を示すものはないか、と探そうとした矢先に話かけられ、鼓動が一気に跳ね上がる。
 声に壊れたカラクリ人形の様に振り向けば、そこにいるのは――、
「いよっす。一体こんな時間に何してんじゃん?」
 緑色のジャージを着た、女性らしい女性だった。
 何が女性らしいのかと言うとそのボリュームだったのだが。
 擬音で表すとドカーン!とかドキューン!とか更に言うならボイーン!とかその辺りのボリューム。
 人間というものはここまで進化出来るものなのか、恐るべし。
 知り合いにも何人かロケットが居るが今は彼女らは関係ない故、割愛しておこう。
「何難しい顔して私の胸を凝視してるじゃん?私にそっちの趣味はないじゃんよ?」 
 ケラケラと笑う女性は笑顔を浮かべていた。
 長い髪を後ろでまとめた雑な髪型の持ち主。
 しかし、なんだかその髪型が緑色のジャージという衣装と相俟って妙に色っぽい雰囲気を醸し出していた。
「いや、あのそういうわけでは――って」
 言葉が途中で止まる。
 何故ならその笑顔を向ける女性は――、
「黄泉川、先生?」
「ん?」
 手に持った警棒で肩を叩きながら女性――黄泉川愛穂は首を傾げる。
 いかん、まさかこんな時に知り合いに遭遇するとは予想外だ。
 しかも黄泉川は"警備員"だった筈。
 どう見ても補導対象である格好の当麻を見逃す、という展開にはなりそうにもない。
「いえ、あの、その、えっと」
「私の名前知ってる、と先生って事はウチの生徒じゃん?」
「え、あ、そ、そうです、はい」
 いかん、どう対処すれば良いのか解からない。
 というか、向けられる笑顔が逆に怖い。
 なんというか、『先生は怒らないから言ってみなさい?』と言われている様な気がするのだ。
……うう、悪い事はしていないのにこの追い詰められた感は一体なんですかー!?
 思わず後退る。
 しかし、黄泉川はというと笑顔のまま一歩前へ。
「うぁ……」
「なんで毛布なんて被ってるんじゃん?」
「そ、それは……」
 当麻一歩後退。
 黄泉川一歩前進。
「……さ」
「さ?」
「さむがりなもんで……」
 空気が硬直した。
 しかし、
「どわっ!?」
 冬の風はそんな嘘など許してくれなかったようだ。
 突如起こった突風により、毛布が見事なまでに捲れ上がり顔に覆い被さる。
 そして、風が止むと同時に、
「……」
 落ちて元に戻った。
「ほほ~……寒いのに中身裸なんて凄いじゃん?」
 口調は軽いが笑顔に影がかかってる黄泉川。
「あ、あは、あははは」
「あはははは」
 一息。
 体に先ほどよりも強く毛布を巻きつけ、準備は万端。
「それじゃ!急いでますんで、失礼をば!」
「待つじゃん?」
「ふげっ!?」
 逃げようとした途端に毛布の襟首部分を掴まれてつんのめる。
 同時に首が締まる様な状態となり、
……息が!息がぁっ!
 暴れるが、逃げようとしていると思われたのか拘束は弱まらない。
 まずい、死ぬ。というか、視界が白くなってきた。
 酸欠だ、と気づいた時にはもう遅い。
「あ……」
 白が埋め尽くす視界の中、誰のものか解からない声が響く。
 それは自分だったのかも知れないし、黄泉川のものだったのかもしれない。
 ただ確かな事は、上条当麻の意識が失われた、という事だけだった。


  ◇○◇ 


「んぁ……?」
 体を起こし、目を擦りながら辺りを見回す。
 小さな部屋。
 一片が三、四メートル程の四角い部屋の端にはベッドが置かれ、中央には丸いテーブルが設置されていた。
 その内のベッドの上に自分が居るのだと再確認しつつ、上条当麻は思う。
……連れてこられた?
 寝て起きたばかりだというのに、どうしてか記憶は鮮明だ。
 首を締められて意識を失った当麻を黄泉川がこの部屋まで連れてきた、そんなところだろう。
「ん?」
 見れば、体は緑色のジャージに包まれていた。
 黄泉川が着せてくれたのだろうか。
 どちらにしろ、彼女には礼を言わねばなるまい。まずは、この状況を解決してからだが。
……大きいな。
 サイズが合わない。
 なんというか、これなら下を穿いていなくても上着だけで最低限は隠せそうだ。
 取り敢えずはベッドから降り、立ち上がろうとする。
「っと、うお」
 少しバランスを取るのに失敗。
 が、なんとか立ち直り、テーブル付近まで歩く。
 体がガラリと変わったせいか色々不具合が出ていそうだったが、意外に簡単に修正する事が出来た様だ。
 取り敢えずはテーブルに手を置く。
……さてと、ここは、警備員の詰め所かなんかか?
 まさかいきなり牢獄に投げ入れられる事はないと思うが。
「でもなぁ」
 裸で真夜中の街をうろつく女。どう見ても不審者だ。
 牢獄にぶち込まれてもなんら不思議ではない。
「取り敢えず、黄泉川先生には悪いけど――」
 この建物から脱出しなければ。
 何だか暖かい湯気を上げる紅茶の乗ったテーブルの誘惑を無視して扉へと駆け寄る。
 その際にジャージのズボンの裾が若干長い事に気づいたので捲り上げておく。
 準備万端。
 いざ出陣。
「あ、起きたじゃん?」
 出陣した途端に全軍全滅とはまたシュールな。
「ん?何、遠い目して呆けてんじゃん?」
「いやー、三日天下っていうのもこういう気分だったのかなぁ、と」
「?」
 疑問詞ばかりだが当麻の手かけていたドアノブを反対側から先に回して現れた黄泉川にイラついた様子は無い。
 むしろ面白い子だなぁ、と興味津々の視線で見られている様な気がする。
 というか、絶対にそうだ。
「まぁ、元気そうで何よりじゃん」
 彼女は腰に手を置き、
「で、だけど」
 声音を変えて告げた。
 急に場の空気が変化する。
 変化は朗らかなものから緊張した、真剣と呼べる空気へとだ。
 何時の間にか紅茶から上がっていた湯気も消えていた。
「なんであんな事してたの」
「へ?」
 間抜けな返事と表情を返してしまうが、黄泉川の表情は眉を立てたものだ。
 彼女は言葉を続け、
「年頃の女の子があんな事しちゃ駄目じゃん?」
「あ」
 彼女の感情の理由を漸く理解出来た。
 それは、
「確かに君みたいな年頃は勉強ばっかりでストレスとかも溜まるかもしれないけど――」
 怒りと心配。その両方を合わせた様な感情だ。
「って、あ、ちょ、誤解です!違うんです!」
 その真摯な感情を向けられていると悟った瞬間、言葉は紡がれていた。
「違う?」
「あ、えと」
 しまった。
 無意識の内に出て来てしまった台詞故、後先を考えていなかった。
 今更になって後悔するが、時既に遅し。黄泉川は怪訝な表情でこちらの言葉を待っている様だった。
 仕方が、無い。
「その、実は――」
 しどろもどろになりつつも取り敢えずの回避策として重要なところを伏せて話していく。
 当麻が黄泉川に話した内容はこうだ。
 今日、友人達と共に地域清掃活動に貢献していたら突如意識を失い、起きた時には既に深夜だった。
 しかも、起きた場所は路地裏の粗大塵捨て場で、その上素っ裸で放置されていたのだ、と。
「それで仕方なくあんな格好で……」
「ふぅん……」
 こちらを品定めする様な眉を立てた半目。
……やっぱりきつかったか?
 とてもではないが、当麻の話した内容は信じられるものではなく、咄嗟に考えた言い訳感が拭えない。
 黄泉川は暫く半目をこちらへと向けた後に僅かに身を屈め、
「ちょっと失礼」
「え?って、ひゃぁ!?」
 当麻の着ているジャージを捲り上げた。
 視界が緑色に染まる。
「って、ひょぁー!?」
 ペタペタと体が触られる感触。
 どうやら着せられたのはジャージだけで下着はつけていなかったらしい。
 暫くそのまま触られ続けた結果、満足したのか黄泉川は身を持ち上げてから満足そうに、
「よし、暴行された痕とかはないようじゃん?良かった良かった」
 ご機嫌そうな顔で自分の言葉に頷いた。
 一方、当麻はというと、
「うぅ、もうお嫁にいけない……」
 俗に言う女の子座りの状態でよよよ、と床を涙に濡らしていた。
「裸でそんなところに放置されたなんて聞いたら、なんかあったと思っちゃうじゃん?」
「それはまぁ……」
 そうだけど、こちらにも心の準備とかそういうものが必要な訳でして。
……だけど。
 黄泉川は納得してくれた様だ。
 これならなんとか何事もなく開放されるかもしれない。勿論、そう簡単に行くとは思っていないが。
 腕を組んで頷く彼女は、
「そんじゃ、今日のところは良し!」
「へ?」
 拍子抜けするように口をポカンと半開きにしてしまう。
 対する当麻は困惑した表情を作り、
「……良いんですか?」
 疑問の言葉を投げかけるが、彼女は動じない。
「良いも何も、もう夜遅いし。事情が聞けて問題ないなら拘束しておく必要が無いじゃんよ」
「でも――」
 と、続けようとしたところで頭に手を乗せられた。
 黄泉川は悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「それに、生徒の言葉を教師が信じないでどうするんじゃん」
 絶対の自信を込めた一言を放った。

「あ――」
 改めて思い知らされた。
 彼女はどれだけおちゃらけてても、やはり教師だったのだ。
「だから」
 彼女は当麻の頭を撫でつつ、
「今日のところは、取り敢えず名前だけでも教えてくれておいたら良いじゃん?」
「え?」
 言われると同時に思考が停止する。
「そしたら、後からでも色々聞けるし」
 それは仮釈放というのではないでしょうか。
 まずい。これは限りなくまずい事態だ。
 素直に『上条当麻です』等と言ったら再び不審な目で見られるに違いない。
 彼女と自分は知り合いだ。
 少なくとも黄泉川愛穂という人物は知り合いの名前を忘れる様な性格ではない。
「どうしたんじゃん?」
 一切の邪気がない表情。
 どうする、と考えるが一向に良い案が思い付かな――否、あった。
「上条です」
「かみじょう?」
 その案とは――苗字だけを言って誤魔化してしまおうというものだ。
 上条という苗字だけならばそんなに珍しいものでもないし、これならば本名を言わなくても済む。
「名前は?」
 駄目でした。
「うぐっ」
「名前は?」
 黄泉川先生、笑顔に影がかかっていらっしゃいます。
 彼女のその笑みを見るのは本日二度目だがやはり恐い。
 これが大人の実力か。なんというプレッシャーだ。
「と、とうこ」
「とうこ?」
 見事なまでの安直さだと思うが許していただきたい。
 何せこの場凌ぎの口から出任せである。というか、これで信じられたら奇跡だ。
「かみじょう、とうこ、っと」
 が、彼女はメモを取り、
「よし、メモ完了じゃんよ。それじゃあ、帰ってよし。良ければ車で送るけど?」
 奇跡が起きた。
……あいむうぃなぁあああああああああああああああ!
 神よ、この時ばかりはアナタを信じよう。
「何、天に向かって拳を突き出してるんじゃん?」
「いえ、ちょっとラオウ様が降臨しまして」
「?」
 いかん、変な子に見られたかもしれない。
 ここでまた目を付けられるのも厄介だし、早く脱出しなくては。
「あ。あと、大丈夫です。第七学区まで帰ってこられれば後はどうにでもなりますから!」
「そう?」
 ドアノブに手をかけて開く。と、同時に冷たい風が全身を撫で上げた。
 さっきは黄泉川の身に遮られて気付けなかったが、どうやら此処は小さなプレハブの中だったようだ。
 しかし、先程よりは寒く感じない。何せ今の自分には身を覆う緑ジャージがあるのだから。
「あ、そういえばこのジャージ……」
「学校で返してくれればいいじゃんよー」
 振り返ってみればテーブルの上にカップラーメンを乗せている女教師の姿。
 一体何処から出した。


  ◇○◇ 


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