とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

前編

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◇奇人達の変態境界線 Border_Line_Breaker 前編 


 清々しい朝の空気が世界を満たしていた。
 陽光は燦々と大地を照らし、どこからともなく吹く風が草木を揺らす。
 そんな爽やかな朝だ。
 光を浴びる大地からは春間近独特の生命の気配が溢れ、多彩な音を織り交ぜた音楽を流れる。
 音の正体は多くの人々の動く音であり、動きがある場所は巨大な一つの街であった。
 ビルが大量に建ち並んだ近代的な街だ。
 街の周りには白い金属製と見える外壁があり、外界とは完全に切り離され隔離されていた。
 外壁には所々に金属製の板が設置され、その板には一つの名が書かれている。
 記された文字の音は『学園都市』。
 そんな学びの都を意味する名を冠した街の中を人々は急ぎ足で、或いはのんびりと歩んで行く。
 歩む人々の表情は様々だ。
 眠そうな顔や嫌そうな顔、元気が有り余って仕方ないという顔に怒りの顔。
 本当に多くの表情を浮かべながら人々は各々の目的地へと動いて行く。
 だが、そんな活気に満ちた学園都市の中、一つ陰鬱な気配を止め処なく放つ場所があった。
 気配の出所は学園都市のとある場所にビルの並び――とある高校の学生寮だ。  
 学生寮と言っても見た目はワンルームマンションそのものであり、何とも庶民性が見出せる造りをしていた。
 そして、黒色にも例えられそうな陰鬱な気配はその学生寮の七階にある一室から漏れ出すものであった。
 トレーニング用機材とメイド服を着込んだ女性が描かれた漫画本という異色の組み合わせに満ちた空間。
 だが、現在はそのある種特色とも言える異彩達は全て部屋の隅へと追いやられていた。
 代わりとばかりに部屋の中央にあるのは木製の茶色いテーブルだ。
 そして、現在そのテーブルの周りには四人の少年少女が居た。
 一人は正座で。一人は胡坐で。
 一人はテーブルに突っ伏し、最後の一人は仰向けに倒れているという状況。
 ふと、そんな混沌とした状況の中、正座をしていた黒い長髪の少女は考えていた。
 どうしてこんな事になったのだろうか、と。

   ○

……逃げ出したいです……安西先生……。
 痺れかけた足を崩しつつ上条当麻の偽者――略して偽当麻は思う。
 直後に『諦めたらそこで試合終了だよ』と豊満な男性の声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。
 ともあれ、と偽当麻はある種の宝石の如き美しさを放つ碧眼を顔を俯かせて前髪で隠しながら動かす。
 慣れぬ体に緑色の長袖ジャージの裏地が擦れてくすぐったかったが、そこは我慢。
……うぅ、どうしたもんかなぁ。
 前髪の間から見えるテーブルの向こう側には短い黒髪を四方八方に立てた毬栗の様な髪型の少年が居る。
 その少年の名は上条当麻――偽当麻の"オリジナル"とも言える存在である。
 上条当麻の記憶を受け継いだ"偽物"である偽当麻は顔を青くしながらも必死に打開策を模索していた。
 打開策案は幾つかある。
 しかし、それのどれもが話術といったものによるものであり、決して"上条当麻"の得意分野とは言えない。
 現状唯一の味方である巧みな話術による誘導を得意とする友人、土御門元春はと言えば隣でぬくぬくと気絶中。
 偽当麻には自分から目の前の少年とテーブルに突っ伏す修道女へと声をかける勇気は無い。
 結果を言ってしまうと――つまるところ完全に手詰まり状態であった。
 ふと、先の見えない思考の海を模索する中、偽当麻はここまでに到る経緯を思い出す。
……土御門に押し倒されて、それから――。
 狙いを済ましたように上条当麻とインデックスがそこに現れた。
 困惑する偽当麻を余所に当麻とインデックスは偽当麻の腕を引っ張り、気絶した土御門の下から救出。
 後にわかるが事情を聞こうとして部屋の隅に置いてあったテーブルを持ち出して部屋の中央に設置。
 現在に到るというわけだ。
 ちなみに事情を聞こうとした当麻の第一声は、
『えぇっと……貴方様は土御門の彼女さんでありませうか?』
 というものであった。
 この言葉を聞いた途端、偽当麻の一切が停止した。
 喋り方も奇抜なものであったが、その内容は口調などを遥かに凌駕する驚愕にも似た感情を偽当麻へと与えていた。
 何せ第一声が『貴方は隣に居る男の彼女ですか?』なのである。
 偽当麻は今でこそ性別を女としているが、"上条当麻"の記憶を持っているのだ。
 所謂、体は女。頭は男。
 その偽当麻に向かって突然の『彼女』発言である。
 思わず思考停止してしまっても誰が偽当麻を責める事が出来ようか。否、出来まい。
 確かに押し倒されている女性とそれを押し倒している男性。

 それだけを見ればそれなりの関係を持った二人に見えなくもないし、気持ちもわからなくもない。
 犯罪的な方向を見なければ"恋人"という結論に到るのも仕方がない事だろう。
 だがしかし、それは早計だ。
……でもなぁ……。
 小さく溜息を吐く。
 本物である上条当麻に真実を言う事は出来ない。
……いや。
 正直なところ言いたく無いだけなのだ。
 きっと真実を言えば自分は色々なものを捨てる事になる。
 それは性別が変わったという小さな事だけではない様な、もっと大きな繋がりも失くしてしまう気がして。
 そんな子どもの我侭の様な感情が真実を言う事を、全てを捨て去る事を拒否する。
 自分が自分で在りたいと思うのは悪い事ではないと偽当麻は思う。思い込む。
 少なくとも、この気持ちに区切りをつけるまでは――。
……ん?
 と、思考を一区切りさせて正面に座る少年へと再び前髪に隠された視線を向けと同時に偽当麻は首を傾げた。
……俺、何そわそわしてんだ?
 自分で目の前の少年を『俺』などと言うと若干不思議な気分になってくるが、ここでは敢えて気にしない。
 気にしたら負けかな、と偽当麻はどこかで聞いた事があるフレーズを思考の中に流しつつ、ふと時計を見る。
……あ。
 今更ながら思い出したが、そういえば今日は平日である。
 清掃活動があったのは月曜日。
 土御門は『清掃活動をしたのは二日前だ』と言っていたし、今日は恐らくだが水曜日の筈だ。
 時計の針達が指す時刻は『七時十分』。
 常人ならばまだまだ余裕があると思うだろうが、"上条当麻"という学生はちょっと事情が違う。
 彼は"不幸の塊"とまで称される類稀なる素質の持ち主である。
 恐らくという言葉では済まされない確率で、地獄絵図の如き過酷な登校が待っているのは確実だ。
 特に最近は何故か某ビリビリ電撃中学生や某風紀委員との遭遇率が高い為、危険度もそれに比例して鰻上り状態。
 故に最近の上条当麻は早めの登校を心掛けていた。
 それでも遅刻するのは流石上条当麻と言ったところだろうか。
 本当に通学は地獄だぜ。
……となると――残り時間は約二十分。
 成る程。これで当麻がそわそわと落ち着かないのも理解出来た。
 現状を考えると当麻は偽当麻との問答を終えた後、土御門を叩き起こさねばならないのである。
 さぞかし切羽詰っている事だろう。
 だがそれは偽当麻にとっては好機と言える事態であった。
 切羽詰っているという事は精神的にも余裕が無いという事。必ず付け入る隙が出来る筈だ。
 此処まで思考するのに使った所要時間は約三分。
 流石だ、と自分の思考回路に賞賛を送ると同時――偽当麻はついに俯いていた顔を上げた。
 表情は眉を立てたしっかりとした決意を込めた表情。
「あ、あの――えとだな!」
 勢いをつける為に出来るだけ大きな声で真っ直ぐ視線を当麻へと向ける。
 なんだか鏡に映った自分を見ている様な気分になって不思議な感じがした。
「ど、どうした?」
 当麻は若干怯んだ様子で問い返してくる。
 どうやら偽当麻の大きめの声量に圧倒されたらしい。
 そんな当麻の様子を見て、偽当麻は思う。
……今なら行ける筈――ッ!
 追い詰められた状態の人間というものは、判断力が鈍る。
 だから偽当麻は言葉を続けた。
「か、彼女じゃないんだ!その、なんていうか、その……そう、俺とあいつは友達!友達なんだよ!」
 "彼女"という単語のところで一瞬詰まるが勢いのままに言葉を放つ。
 元男である偽当麻にとっては自分の事を女性を意味する"彼女"と発音する事すら辛いのである。
 その辺りは理解していただきたい。
「えぇっと……彼女、じゃない……のか?」
「友達!」
「あ、ああ、そうだな。そうだよな。あの超絶シスコンの土御門に彼女が出来る筈がないか」
 もはや勢いだけで叫んでいるので若干言語能力に障害が出ているが偽当麻は気にしない。
「うぅむ……」
 当麻は腕を組んで唸る。
 どうやら今更自分が言った事が早計であった事に気が付いたらしい。
 再び始まるのは当麻の唸り声を開始音とした思考の時間。
 だが偽当麻には、当麻に思考の時間を与える気など――毛頭無い。
「あ、もう七時二十分か――そろそろ学生は学校に行く時間だなぁっ!?」
「!?」
 実にわざとらしく解かり易く、大きな声で時計を指差しながら叫ぶ。
 すると案の定当麻は目を丸くして驚いた表情で偽当麻と同じ方向を勢い良く見た。
 時刻的に今から出発して遅刻圏ぎりぎりといったところである。

 今から偽当麻の正体を問答し、土御門を起こす。
 どちらもしなければならないのが上条当麻の辛いところだが――、
……どう考えてもそれは不可能――ッ!
 ならば彼が優先するのはどちらか。
 それは土御門の目を覚まさせる事に違いない。
 彼ならば偽当麻の正体を知っている――そう当麻は考える筈だ。
 そう考えると彼を起こした方が無駄は極力省けるし、当初の目的も果たせて一石二鳥。
 そして、それは偽当麻にとってもこの上無い援軍を呼び寄せる事と同義。
 正に完璧なる作戦。
 かつて、これほどまでに頭が回った事があっただろうか。否、皆無である。
 もしかしたら新しい体の方が随分とスペックが高いのかもしれない。
 だとしたら【影鏡死徒】に多少感謝しなければならないだろう。
 さあ――上条当麻よ、土御門を起こすが良い。
 そして、自分は勝利を得るのだ。完璧なまでの頭脳による勝利を――。
「まぁ、まだ余裕があるしちょっとばかし遅れてもいいよな」
 瞬間――思わず座ったまま器用に偽当麻は滑って床に頭を強打した。
「っぅううう!ぐぁぁあ!なんでそうなる!?」
 間違いなくタンコブが出来た頭を片手で押さえつつ偽当麻は叫びながら立ち上がる。
 が、それが間違いであった。
「……へ?」
「あ」
 思わず間抜けな表情を浮かべて固まる偽当麻。
 当麻の予想外の発言に思わずツッコミを入れてしまったが、勢いのまま動いた為その後を考えていなかった。
 どうする偽当麻。どうする上条当麻。
 どうやら新しい体になっても上条当麻の脳は上条当麻のものらしい。
 【影鏡死徒】も名前の割には全く当てにならないようだ。
 葛藤する偽当麻に対して座った当麻はというとキョトンとした表情で首を傾げ、
「なんか俺変な事言ったか?」
 至極真っ当な事を言って下さった。
「うぅっ……!」
 偽当麻の唸り声と共に無意識に足が一歩後ろに下がる。
 ここに来てまさかの立場逆転。追い詰められているのは当麻ではなく偽当麻。
 必死に打開策を考えるが、全く思い付かない。
 当麻はというと沈黙を続ける偽当麻をキョトンとした表情から怪訝そうな表情へと変え視線を向けていた。
「あ、あれだ!」
「ぬぉ!?」
 偽当麻はもはや破れかぶれとなりつつも一歩踏み出し、中腰になって勢い良くテーブルに手を置く。
 快音と共に至近距離で当麻と視線が合う。近くで見る自分の顔は再び怯んでいた。
 打開するならば――今をおいて他には無い。
「学校に遅刻すると先生が困るだろう!?」
「いや、ウチの学校の先生ってそういう生徒が居ると何故か喜んでなぁ……」
「それに単位とかそういうのが足りなくなるし!」
「俺は一応今学期のはしっかりとってるからもう大丈夫だ」
「学校で待っている人がいるだろ!?」
「いや、居ないだろ。何時でも会えるような連中ばっかりだし」
「登校とは神聖なものであり、かの聖ジョージもそう言ってるんだ!」
「え、あ、え?えーっと、宗教関連はもう間に合ってますんで」
 勢いだけでゴリ押しという作戦は脆くも崩れ去った。もはや退路は無く、進路すらも無い。
「と、とにかく遅刻は駄目なんだ!とっとと出てけぇえええええええええ!」
 進退に困った偽当麻は混乱を極め、ついには叫ぶと同時に当麻を突き飛ばした。
「って、ちょ、待てうごぁっ!?」
「あ……っ」
 鈍い音を立てて当麻の頭が隅の方に追いやられていたトレーニング機材の角に直撃する。
 音の鈍さはそのまま痛みに直結し、彼の頭を押さえて転がる様子からもその辛さも察する事が出来た。
「あの、えと……」
 声を掛けようとするが当麻は激しく転がり続けるだけで聞いてもらえる状況でもなさそうだ。
 が、彼は暫くは悶絶を続けていたものの、唐突にその回転運動を停止させユラリと立ち上がる。
 その表情は――、
……ひっ。
 まるで憤怒の鬼神の如きもの。ついでに付け加えるならばちょっぴり涙目であった。
 それに釣られるように余りの恐怖で涙目になる偽当麻へと当麻はギラつき、僅かに血走った視線を向け、
「なにしやがる!この――」
「うぁ……っ」
 当麻のとんでもない声量に思わず頭を両手で押さえて身構えたが、

「男女――ッ!」
「あ?」
 次の瞬間、偽当麻の全ての感情が冷却された。
 男女――それは文字通り"男の様な女"という意味でとって問題無いだろう。
 では、誰が男女なのか。
 決まっている。現在当麻と相対しているのは自分だ。
 つまり彼が呼んだのは自分の事なのだろう。
 だが、それは言ってはならぬ言葉だ。現在偽当麻の中でも最上位に位置するある主の禁則事項。
 目の前の男はそれに触れた。それを許せるのか。否。断じて否である。
 故に偽当麻は先程まで目尻に浮かび掛けていた熱い液体を振り切り、眉を立てて眼前の男を睨む。
「誰が男女だ、この単細胞!」
「いきなり人の頭を殺人的な鉄製角にぶつけておいてその言い草か!?」
「それはテメエが勝手にぶつかりに行っただけだろうが!そんな事もわかんねえのか、この馬鹿!」
 我ながら子供の言い合いだと思うが、もはや走り出した感情を止める事は出来ない。
 至近の今にも顔と顔がくっつきそうな距離で二人は睨み合う。
「んだとこの男女!」
「ま、また言いやがったな、毬栗頭!」
「はン、何度でも言ってやらぁ、この男女男女男女男女ぁ――ッ!」
「――ッ!」
 プチリ、と何かが。決定的な何かが当麻の罵声を起因として偽当麻の中で切れた。
 楔を失ったように怒りの感情が偽当麻の身を焼き、心を真赤に染め上げて行く。
 そして感情に動かされるが如く体は右手の拳を勢い良く振り上げ、
「誰が男女だ、この野郎!俺はおと――んがっ!?」
 少しばかり後ろに下がった当麻の右手に頭を鷲掴みにされ、動きを強制的に停止させられてしまった。
「ち、ちくしょっ!この!コラッ、離せ!むきぃいいいいいいいいい!」
「はっはっはー、どうしたのかなー、男女ちゃん?そんなんじゃ上条さんには全然届きませんよー?」
 真っ暗な視界の中に当麻の得意気な、実に苛立たしい声が響き渡る。
 声に向かって腕を振り回して攻撃を試みるがリーチ差からか全く当たる気配が無い。
 こちらの頭を掴んでいる右腕を攻撃してみるが攻撃力が無さ過ぎるのか効果が無いようだ。
 ならば、と相手の右腕を掴んで引っ掻こうとするが産まれたての爪は余りにも頼りなかった。
 成す術無く逃れ様と暴れるしかない偽当麻。
「このっ!くぁっ!うらああああああ!」
「はっはっはっ」
 身長差は余り無い筈なのに届かない攻撃。
 だがそれは逆を言うならばリーチの差も余り無いという事である。
 ならばそのリーチ差を埋めるための方法は――ある。
……喰らいやがれぇええええええええ!
 その方法とは――足技。
「って、うぉぁっ!?」
 片足を勢い良く振り上げて相手を蹴るという単純だが有効的な奇襲は成功した。
 当麻の手が彼の悲鳴と共に偽当麻の頭から外れる。
 真っ暗闇に包まれていた視界に光が戻り、一瞬目を焼くが直に回復。
 灯りを消された電球がなんだか哀愁を放つ天井が視界内に広がった。
…………え?天井?
 体が宙に浮く感覚。
 知覚出来る世界は何故かスローモーションで神経が研ぎ澄まされている事が解かる。
 何が起こった、と高速化された思考の中で思うが――答えは一つだ。
……嗚呼、成る程。
 慣れぬ体で勢いをつけ過ぎたせいでバランスを崩してしまったのだ。
 結果、偽当麻の体はそのまま慣性に引っ張られて天井を前にした仰向けの体勢で投げ出される。
「はうっ!?」
「あ」
 仰向けになったと思った瞬間に感じたのは軽い落下の感覚と唐突な鈍痛。
 強い衝撃がもたらしたそれは骨と鉄の衝突による不協和音を奏でつつ偽当麻の脳を揺らす。
 衝撃の余韻の中、当麻の唖然とした表情が見え――、
……あれ?なんか、ぼぅっと……あ、駄目だ、俺……。
 直後、偽当麻の意識は暗転した。


   ○

「う、うぅん……?」
 目が覚めると眼前には見知った様な見知らぬ様な妙にぼやけた天井があった。
「うぅ……」
 額に手を当てながら体を起こす。
 なんだかまだ視界が揺れている様な気がして妙に気持ちが悪いが、とにかく今は状況の把握が先決だ。
 取り敢えずは、辺りを見回す。
 周囲に広がるのは相変わらずトレーニング機材が所々に放置された土御門の部屋だ。
…………って、事は。
 自分の体を見下ろしてみる。
 緑色のジャージが自分の身を包んでおり――僅かだが胸の起伏もあるし、腕も細かった。
 やっぱりというかなんというか――どうやら今までのは夢ではないらしい。
 再び視線を部屋内へと戻す。
 偽当麻が転んだ場所には銀の輝きを放つトレーニング用機材が設置されていた。
 恐らくアレに後頭部をぶつけたのだろう。
 自分の頭の強度に感謝しつつ背筋を走る寒気を振り切る。
 一歩間違えば大惨事である。
 丈夫で良かった、と心の底から偽当麻は思って生みの親に感謝した。
……いや、そもそもその親がいけないんだけどな?
 そんな事を思いながら後頭部を触ってみるとちょっとだけ触れた部分が腫れているのが解かった。
 刺激を与えられたせいか鈍い痛みが蘇ってくる。
……って、土御門達は?
 ふと思い出しながら目を細めて周囲を見渡して見るが土御門達の姿は見当たらない。
「ん?」
 その代わりとばかりに部屋の中央に設置されたテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。
 頭のたんこぶが出来た部分を擦りながら立とうとするが、どうやら足が痺れたらしい。
 仕方がないので、四つん這いの体勢になり四肢を使って何とかテーブルまで近づく。
 紙はこの部屋の隅で埃を被っている電話の横に置かれているメモ帳から一枚破いたものらしかった。
 そして、その紙には男の――見慣れた字体で、 
『学校に行って来る。さっきは言い過ぎた。悪い』
 と、書かれており、ついでに言うならば――、
『あと悪いけど時間がなくってな。良ければそいつの飯でも作ってやってくれ。 上条当麻より』
 とも付け足すように紙の下の方に書かれていた。
 偽当麻はそれを見て首を傾げる。
……そいつ?
 先程までこの部屋に居た人物は四人。
 書いた本人である当麻は当然違うだろうし、土御門は当麻に連れて行かれたのか姿形すら見えない。
 となると――、
「まさか――ひっ!?」
 急に重力が増したかの様に体が地面へと向かって引っ張られる。
 否、それは重力が増したのではない――"重量"が増したのだ。それも人間一人分の重量が。
 恐る恐る背に感じる重量感の正体を確かめようと振り返る。
 そこには、人が居た。良く見知った人の姿があった。
「ォ、――――」
「ぇ……」
 その人はゆっくりと可愛らしい、けれど若干乾いた唇を動かて言う。
「おなかへった」
「ぁ……その」
「おなかへった」
「えと……」
 怯むばかりの偽当麻に対してその人物は少しだけムッとした顔になり、
「おなかへった、って言ってるんだよ?」
 などと横暴な、しかし彼女らしい事を言って下さった。
 その人――白い高貴なティーカップの様な印象を与える修道女服を身に纏った少女の名は、インデックス。
 "上条当麻"のパートナーであり――今でも守りたいと思える大切な少女であった。


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