とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

後編

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だれでも歓迎! 編集
 甘ったるい匂いが広がる。
 匂いを放つ煙の出所は底の浅い金属性の鍋であり、鍋が置かれているのは小さめのキッチンだ。
 キッチンには現在、黒い長髪を首の後ろで纏めた髪型の少女が居た。
 彼女は忙しなくキッチン内を右往左往しながら、何かをしているようであった。
 勿論、キッチンでやる事と言えば一つしかないのは周知の事実。
「うぁぁあ、ま、間に合わなねぇーっ!」
 すなわち、料理である。


      ●


 時期的にはクリスマス。
 世の中の殆どの人々はお祭り騒ぎが出来るという事で活気付くどこかの誰かの誕生日だ。
 実際、此処――学園都市も年に一回の祭典という名目の下、商業活動に精を出していた。
 行きゆく人々が通る歩道でクリスマスケーキを売るアルバイトの人々然り。
 クリスマスと全く関係の無いものを売るために派手な塗装を施した商品をサンタの衣装で売り込む人々然りである。
「うぅむ、上手くいかないもんだなぁ……生地は冷まさなきゃいけなかったのか……」
 そんな活気溢れた街中の喧騒から少しばかり離れた場所に少女は居た。
 長い黒髪を元気なく垂らしながらちょっとばかり猫背で歩く彼女の姿には覇気がない。
 彼女の名は、上条とうこ。
 少し訳ありの純情硬派な自称漢女である。
 彼女は猫背の体勢のまま黒い革の財布の中身を覗きため息を一つ。
「いかん、これはいかん……資金的にも精神的にも後一回が限度だ……っ」
 言葉の最後が若干の震えを帯びる。
 それは畏怖、もしくは恐怖。
 目指す先にあるものがあまりに高い場合、恐れ戦くのは生物として当然の反応だ。
 だがしかし、彼女の目は死んではいない。
 とうこは砕けそうな意志を必死に抑え込みながら足を踏み出す。
 彼女の背は既に猫背ではなかった。
 真っ直ぐに背筋を伸ばし、目標が篭る城砦を迷いなく見上げる姿はまさに戦士。
「いくぞ、最終決戦――第二ラウンドだ」
 宣言と共に彼女は戦場へと足を踏み入れた。
 最終決戦なのに第二ラウンドなんてあるのかなんてツッコミはもはや無粋。
 だから言葉の意味を深く考えてはいけない。
 勝負は常に三回までリベンジ可能。
 ただし自分が勝った場合はその限りではない。その限りではない。
……うわぁ、こんでるなぁ。
 そんな事を思いつつ、戦場ことスーパーの入口で周囲を見回す。
 スーパーの通路という通路は人によって埋まっていた。
 若干背の低いとうこにとってはまるでそびえ立つ城壁の如き人々の群れ。
 だが、
……迷ってる暇はねぇ、一直線に目標まで突き抜ける――ッ!
 籠は既に手に持っている。
 ちなみに大きさは機動力を損ねない為に小さめのものをチョイス。
 買い物の量に合わせて籠の大きさを選ぶ事が出来るのもこの店の特徴だ。
 と、小柄さを利用して右へ左へ他の客を回避して先へと進むとうこ。
 自分で小柄とか評するのは少しばかり悲しいものがあるが、それが現実。
 何処かの青い狸も曰く、たたかわなくちゃ、げんじつと。
 だとかなんだとか。
 ともあれ、回避成功、回避成功、回避成功、回避成功、回避成功。
「おっと……」
 暫らくすると人ごみを抜けた。
 とうこの視線の先にあるものはただ一つ。
「っと、あったあった――ってあぶねっ!後一つかよ!?」
 出来合いのスポンジケーキである。
 ふっくら柔らか、黄色い身体は卵の輝き。
 なんと眩しい事か。
「いやぁ、良かった良かった……あぶねぇなぁ……」
 額に浮かんだ汗を拭いながらとうこは、知らずピンチを回避出来た事に安堵する。
 と、その時だ。
「あーっ!売り切れてるー!?」 
 隣から威勢の良いしかし残念に満ちた叫び声が聞こえた。
「……?」
 気になったのでゆっくりそちらを向いてみる。
「あ」

 ジャーンジャーンジャーン!

「げぇっ!ビリビリ!?」
「誰がビリビリよ!?あんたまでアイツみたいな呼び方やめなさいよね!私には御坂美琴っていう名前がねぇ――」
「あ、急がないといけないでございます。料理の時間が、ホホホホ――」
「待て」
 逃亡失敗、腕を捕まれた。
「ひぃ!お情けを!とうこさんはこのスポンジケーキを使って至高のショートケーキをばっ!」
「うふふ、なら私が究極のチョコレートケーキを作ってあげるわ。だから譲りなさい」
「あなた相変わらず俺に対しては遠慮なしですよねぇ!?」
「あら」
 それを聞くと彼女は今まで掴んでいた手を離し、とうこの肩に手を置く。
 オーケー、逃げ場はない。
 それから彼女は肩まである茶髪を揺らしながら可愛らしいお嬢様スマイルを浮かべ、
「私達、友達でしょ?友達に遠慮なんていらないじゃない?」
「友達と書いて下僕と読む……」
「なんか言った?」
「いえ、何も……うぅ、不幸だぁ……あれ?」
 追い詰められて縮こまりつつもとうこはふと疑問に思う。
「なあ……御坂ってお嬢様学校に行ってんだろ?」
「え?えぇ、まぁね。それがどうかしたの?」
「……スポンジケーキくらい自分で作れば……ひぃ!なんかバチッって鳴ったぁ!しかも耳元で!」
「時間がないの。いいから譲るの?譲らないの!?」
「当方に降伏の用意ありー!だからビリビリするのはやーめーてぇえええ!?」


      ●


 追い出されました。
「それでも買って来るのは根性があるというかなんというか……」
「なによ、せっかく見つけたのに買えないなんて勿体ないじゃない?」
 とてもお嬢様とは思えない悪戯っぽい笑顔を浮かべる御坂。
 そんな表情を見つつとうこは溜息を吐いた。
「で……お前はクリスマスって事で遊びに来る両親の為にケーキを作りたいけど」
「……う」
「時間がないから焦っていたと……だからってビリビリしますか?とうこさんはまだ耳元が痛い痛いですよ?」
「悪かったわよ……でも本当に慌ててたから……」
 御坂は両手を組みあわせて互いの人差し指をクルクルと居心地が悪そうにしている。
 別段責めたわけではないのが、流石の彼女もさっきのは悪いと思ったのだろう。
「……まぁ、親孝行は良い事ですよ?」
「で、でしょ!?」
「でも、ああいう恐喝まがいの事は駄目だぞ」
「きょ、恐喝……っ!?」
「そう!嫌がる漢女から無理矢理大切なものを奪うだなんて……っ!いやらしい!」
「いやらしかないわ!?というか、なんだか今、乙女のイントネーションが若干違ったような気がするんだけど……」
「話をそらすんじゃありません!」
「どっちがよ?!」
 ビシリと勢いに任せて御坂を指差すと彼女は怯んで僅かに後ろに下がる。
 現在、とうこと御坂が歩いているのはスーパーを出て、とうこの住むマンションまで一直線の道だ。
 ちなみにとうこの手には何もなく、御坂の右腕の肘部分にはスーパーのビニール袋が下げられている。
 先程の戦利品は協議の結果、御坂に譲る事になったのだ。
 親孝行は出来る内にしておくのが鉄則である。
 それを手伝えるのであれば、とうこに悔いはない。
 きっと作る予定であったケーキやそこまでに犠牲になった彼らも許してくれる事だろう。
 彼らの犠牲は無駄ではなかったのだ。
 エイメン。
 などと説教をかましている間にとうこの住んでいるマンションの近くまでついてしまった。
「っと、そろそろ分かれ道だな」
「え?あんたの家ってこの近くだったの?」
 首を傾げる御坂。
「ん。そういえば御坂には教えてなかったか。まぁ、今度機会があったら教えるから、今日は急いでるんでまたな!」
「あ、うん。わかった」
 頷き若干早口気味に言うとうこに対して、御坂も訝しげながら小さく頷き返す。
「じゃ、御坂も気をつけろよ」
「え、えーっと……あ、あんたも気をつけなさいよ?」
「おう」
 御坂の言葉を背に受けながらとうこは歩き出す。
 背後からは御坂の首を傾げる気配が感じられるがとうこの足は止まらない。
 何せ、難題はまだ一つも解決していないのだから。
「こうなれば……ッ」
 最終手段しかあるまい。


      ●


「ふぅ……今日も一日お疲れさまなんだにゃ~」
 金の短髪の下、色モノサングラスの中で目を細めながら土御門元春は階段を昇っていた。
 響くのは硬質的な音の連続であり、冷たい風を身体で切る音だ。
「さぶさぶ……そういえばとうこがなんか楽しみにしてろとか言ってたけど、クリスマスプレゼントかにゃー?」
 土御門は階段を昇りながらも予想に首を傾げる。
 そう、今日はクリスマス。
 本来の意味はともかくとして、日本人としては祭りを楽しむべき日なのだ。
 仮にも十字教の信者である者がそんな風に思うのはどうかと思うが、自分の魔法名が魔法名である。
 気にしても仕方あるまい。
「っと、しっかしこの時期にエレベーター故障は辛いんだぜぃ」
 横目で見る階段の手摺りの横にはエレベーターが通る縦穴を内包した壁がある。
 きっと奴は正月に備えて今頃英気を養っている事であろう、地獄へ落ちろ。
「あー、なんかこう、純白のサンタメイドさんが告白でもしにきてくれないかにゃ~」
 別に本心ではないが何か言わないとやってられない。
 そんな土御門なのであった。
「っと、ご到着~。はー、寒いんだぜぃ、鍵鍵……って、とうこが居るんだったにゃー」
 同棲というのもなんだが一緒に住んでから数ヶ月。
 一人暮らしの時の癖は意外に抜けないものである。
「たっだいまーだぜーぃ」
 そんなわけで扉を開けて、外気を侵食してくる住居内の暖かい空気を味わいつつ土御門は、




「お、おかえりなさいませ、ご主人様!」
 全思考と時を停止させた。


    ●


……駄目か!?
 白と赤で彩られたサンタメイド服とかいう奇妙極まりない格好をした上条・とうこは一筋の汗を流した。
 ケーキ作りに初挑戦という事を危惧した舞夏が最終手段にと、渡してくれた紙袋。
 其の中身はなんととうこが最も嫌がる品の一つ、女性用の衣服なのであった。
 舞夏にとっては厚意のつもりなのだろうが、ある意味生き地獄である。
 しかし、何か用意するといった手前漢女として嘘をつくわけにはいかない。
 だからこその苦行。
 ちなみに笑顔は花丸です。やる時はトコトンやる。
 それが上条の家訓である。
「ご、ご主人様?」
 だけど少しどもってしまうのは勘弁していただきたい。
 何せ、メイドなんてやるのは今日が初めてなのだ。
 今日は聖夜だからとかいう意味の分からない理由で居なくなった武装侍女くらいしか見本はいないし。
 そもそもこんな恥ずかしい台詞をどもらないで言うには相当な訓練が必要だと思う。
 世の中のメイドさんは偉大だ。
 そんな事をしみじみと思っていると固まっていた土御門に動きがあった。
 それは、わなわなと身を震わす振動と言える動きであった。
 正直、不気味だ。
「つ、つち……ご主人様、ど、どうなされましたか?」
「と」
「と?」
 彼はわなわなと震えたまま眉を立て、身を一歩分後ろへ引き、
「とうこがついに狂ったんだぜぃいいいいいいいいいいいいいい!?」
 叫んだ。
「えーっ!?」 
 あんまりである。ここまでしたのに狂人扱いとは、流石に酷すぎではないだろうか。
 故にとうこは抗議の為に動く。
 その第一歩として勢い良く立ち上がり、飛びかかろうとし、
「だが、押し倒す。それが俺のジャスティス」
「ちょっ!?」
 立ち上がる段階でサングラスの下の目を血走らせた土御門に押し倒された。
「は?え?」
 何だこの展開は。
 幾らなんでも超展開にも程があると小一時間問い詰め、
「とうこぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「いやぁあああああああああああああああああ!?」
 土御門の顔が迫ってくる。
 両手は何時の間にか動かせないように土御門の手によって封じられている。
 なんと用意周到な男であろうか。知ってたけど。
……あ、俺結構冷静だなぁ……。
 思ってる間にも土御門の顔が段々と迫ってくる。
……まぁ、性別的には問題ないし、土御門なら……いいかなぁ……。
 もはや現実逃避のレベルに至ったとうこ。
 ある意味悟りを開いてしまったのかもしれない。神上の名は伊達ではなかったり伊達だったり。
 そんなわけで、



 チュ。




    ●




「でも、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 勢い良く身を起こすと同時に布団が吹っ飛んだ。
 身体は汗だく、心も汗だく。
 もしも心象風景が見れたなら今頃心の中は創世紀の大洪水の如く、冷や汗が暴れ狂う河と化して――、
「んぅ……むにゃー」
「へ?」
 隣から聞こえるのは聞き覚えがあるようなないような声。
 その声の持ち主を確かめようと目を向けると、
「ぶっ!?」
 そこには肌色の物体があった。
 具体的に言うなら人肌があった。
 ちなみにその持ち主は結構高い背を持っていた。
 あと言うなら裸でした。
「つつつつつ、土御門ぉっ!?って、寒い……?」
 ぺたり。
 身体を抱いてみるとそこに感じるのは――人肌の温もり。
 とうこの全行動が動きを止める。
……え?
 一瞬の疑問。
 そして時は動き出す。
 とうこは恐る恐る視線を下げると、そこには肌色があった。
 そしてその肌色の持ち主は――、
「俺?!」
 待て。
 落ち着くんだ。
 こういう時は素数を数えるべきだ。
「ん?ぁ、ああ……とうこ起きたのかにゃー……?」
「つ、土御門!?どうなって――」
「あぁ、昨日は激しかったからにゃー。記憶が飛んで――」
 嗚呼、成る程、と土御門の言葉をそれ以上聞かない様に聴覚をシャットダウン。
 そして、とうこは頷きを一つ。
「い――」



    ●


◇奇人達の変態境界線 Border_Line_Breaker 後編 




「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 勢い良く身を起こすと同時に額に何かが直撃した。
「~~~~~~~~~~~っ!?」
 痛い。
 どれくらい痛いかというと、まるでバットで頭を殴られた時くらい痛い。
 危うくまた夢の世界へと爽やかに旅立つところであった。
「大丈夫ですか?」
 痛みのあまり悶え転ぶとうこへとかけられる冷静な声。
 その声を切欠とし、とうこは目を完全に覚まし、身体を勢いのままに持ち上げる。
「ハッ!?夢!?夢なのか?!今までのは夢だったのか!?夢なんだよな!?」
 問いかけが向かう先に居るのは額を赤くした侍女服姿の女性――犬井虎子だ。
「……なんだかわかりませんが、取り敢えず夢だと思われます」
 彼女は正座の状態のまま頷き、自らの膝を軽く叩き、
「わたくしの、膝枕の上で今までお眠りになられていましたので、間違いないかと」
「あ、え?あぁ、そっか……俺、寝ちまってたのか……?」
「えぇ、土御門の住宅に着いた途端にパタリと急に」
 そう言う犬井の表情は相変わらず無表情でピクリともしやしない。
「そっかぁ……夢かぁ……」
 それにしてはリアルだった様な気がする。
 でもそういえば、土御門の視点で何か考えていた様な気がしないでもない。
 つまりアレは夢なのだ。なんだか記憶に生々しく焼き着いているけれどあれは夢なのだ。
 うむ、夢だ。
「ふぅ……」
「もう一度聞かせていただきますが……大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫……というか、あんたこそ大丈夫か?額かなり赤くなってるけど」
 言うと彼女は今更気づいたかの様に額に手をやり、一撫で、二撫で。
「大丈夫です」
「あ、そう……な、ならいいんだ」
 真正面から向き合うと相変わらず無表情過ぎて良く解らない人である。
 取り敢えず、とうこは深呼吸を開始。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて。
 目の前で金属製の扉が勢い良く開いた。
「たっだいまーなんだにゃーっ!」
「き――」
 吸って――。
「きゃぁあああああああああああああああああああああああ!?」
 吸った空気は全て咆哮に変換されました。
 響き渡る叫び声と共に素早く犬井の後ろに隠れるとうこ。
「うぉおお!?な、なんやー!?」
「耳が。痛い……」
「な、なんなのよ、この声は!?新手の健康法でもやってるの!?」
「そういうのやるのはお前だけだと思うんだけどって上条さんは――あ、痛ぇっ!?」
 咆哮の余韻に耳を塞いで扉から部屋を覗き込む影が四つ。
 どれもこれも見覚えのある顔ぶれだ。
 それを見つつ、とうこは身体を硬くしながら、犬井の背に隠れる。
 心の中にあるのは何故あいつらが、という焦りと疑問だ。
「……あのジャージの子?それともあのメイド服の人?」
 視線をあちこちにやるが、意味はなく、土御門を見ても彼は笑うだけ。
 真意が全く読めない。
「あぁ、ジャージの奴だ。おーい、頭大丈夫かー?」
「な、なぁっ!?い、いきなりなんだと、こ――」
 そこまで言って、途中でとうこの言葉が止まる。
 原因は、玄関に居る皆の視線が叫んだ瞬間に一気にとうこに収束した為だ。
「あ、いや、うぅ……」
 とうこは身を縮ませて弱々しい唸り声をあげる。
 が、玄関側に居る五人組は決して待ってはくれない。
 彼らの筆頭としてまず部屋に玄関から部屋に足を踏み入れてきたのは額部分できっちり髪を分けた少女だ。
 彼女の名は吹寄制理。
 健康マニアの自称フォークボールも投げれる委員長気質の勉強家。
 続いて彼女について来たのは、日本人形の様な前髪を切り揃えた髪型の少女、姫神秋沙である。
 彼女は相変わらず微妙に眠たそうな目をしつつ、犬井の前まで歩いてくる。
 其の他大勢については以下省略。
 だがそれでは可哀想なので青髪ピアスと毬栗頭と色物サングラスの三人衆だとだけここに名言しておこう。
「この子がその、新しくうちの学校に転入してくる子で良いの?」
「ん、たぶんな」
「たぶんじゃなくて、そうだにゃー」
……土御門!?
 思わず目を見開いて仰天してしまう。
 もう既に土御門にまで情報が回っていたのか。
……でも。
 では何故こんな所に、しかも何故わざわざこんなメンバーを集めて来たのか。
 これは何か。新手のいじめか何かか。
「よろしく?」
「うほっ、良い乙女……」
 姫神が軽く手を振ってくるが、反射的に犬井の背に顔を埋めてしまう。
 今はなんというか、心の準備が出来ていないのだ。あと青髪ピアスが何か妙な言動してたけど知らない。
 というか犬井はさっきから石の様に動かないが一体どうしたのだろうか。
 と、気になって視線を送ってみると彼女も眼球だけを動かしてコチラを見てくれた。
 傍目から見たらかなり怖いんじゃないだろうか、とか思うが今頼りになるのは彼女だけだ。
「……た、助けてくれ!」
 犬井にしか聞こえない様な小声で救援を要請。
 すると彼女は暫く考えていたのか停止していたが、すぐに小さく頷いた。
……や、やったこれで助かる……!
 安堵の感覚が一気に心の中に広がる。
 会ったばかりの人間を頼りにするのはどうかと思うが、この場合は特例だ仕方がないだろう。
 そんな風に自分に言い聞かせていると犬井はとうこから視線を外し、土御門達へと向き直った。
「皆様」
 そして、凛とした声を狭めの部屋へと鳴り響かせる。
 良く通る彼女の声は一瞬で二人でじゃれあっていた青髪ピアスと上条や他の皆の動きを止めた。
 彼女はそれに満足するかのように一度目を伏せてから開き、周りを見渡す。
「はじめてお目にかかります。わたくし、とうこ様の侍女の犬井虎子と申します」
 そして会釈を送り、一歩前に出て来た吹寄へと視線を合わせる。
「あ、え、あ……どうも、ってなんであんたら私を前に押し出してるのよ!?」
「あ、いや、俺らああいう丁寧な言葉遣いなんて出来ないんでございます事よ!?」
「そうでありんすよ!?」
「……」
 訂正、どうやら強制的に前に出されたようだ。
 ちなみにどう考えても間違った敬語を放っているのは言わずもがな上条と青髪ピアスである。
 姫神は呆然と土御門は悪戯を思いついた子どもの様な笑みを浮かべてその様子を眺めていた。
……チクショウ、土御門の奴……まさか今日の朝の仕返しのつもりか?
 まあ、あんな事になれば怒っても当然の様な気がしなくもない。
 ともあれ、と犬井を見ると彼女もコチラを見ていた。
 まるで何かの許可を待つかの様にただジッとコチラを見ていた。
……えーっと、なんだろうか。
 取り敢えず頷きを一つ。
 すると彼女も頷いてくれた。どうやら意思の疎通は出来たらしい。
 もしかしたら彼女と自分は相性が良いのかもしれないとか思う、とうこであった。
「こちらに……隠れていますが、とうこ様はこの通り大変な人見知りでして……」
「?」
 言葉に上条が首を傾げるが、即座に睨みつけて黙らせておいた。
 視線言語の内容は、
『黙ってろ』
 である。
 流石に自分自身だけあって通じたらしい、彼は首を傾げたまま黙ってしまった。
 素直に聞く辺り何か事情があるとでも悟ったのだろう。勿論、聞いてきても話すつもりはないが。
「皆様には失礼ですが、暫くはこのままで居させていただきたいと思いますので、ご了承をお願いいたします」
「は、はぁ……」
 眉を顰めてながらも納得したのか最前線に立つ吹寄は頷く。
 が、すぐに次の疑問を思いついたのか彼女は整った形の眉をピクリと動かすと、
「そういえば、貴女達は土御門とはどういったご関係なんですか?」
……うわ。
 なんとも答え難い質問だ。
 素直に裏の仕事上の関係とも言えない上に、コチラの格好は侍女服にジャージ。
 ジャージはともかくとして侍女服である。とてもではないが、言い逃れるのは困難を――、
「わたくしは先程言った通り、とうこ様の侍女です」
 成る程、とその場に居る全員が再確認の意味も含めて頷いた。
 確かに無難な答えだ。
 それでいて無理がない。
 しかし、無理が出てくるのはここからである。
 侍女付きの少女という謎が多過ぎる未知に溢れた自分の事をどう説明する気なのか。
 とうこは待つ、若干の期待と不安を抱きつつ、彼女の言葉を待ち、
「とうこ様は――」
 緊張に乾いた喉がゴクリと音を鳴らす。
「そちらの土御門の――」
 名を出されたせいか、土御門が眉を僅かに動かす。
 が、犬井はすぐに言葉を紡がず、一旦そこで切り皆が自分に注目しているのを確認。
 そして頷いてから、こう言い放った。





「婚約者なのです」





「「ぶぅうっ!?」」
 土御門ととうこが同時に噴出した。
 思わず体勢を崩しそうになるが犬井にしがみついていたおかげでなんとか立て直す事が出来た。
 というか、いきなり何を言いやがりますか、この方は。
 婚約者。
 それは将来を約束した者達に送られるある意味称号とも言える単語。
 リッチでブルジョアな上流階級な方々が使われると思われるおよそとうこでは思いつかない様な言葉である。
 確かにそんな身分ならば侍女が付いていてもおかしくないかもしれないが、流石にそれは無理がある。
 が、
「そ、そうなのかぁ!土御門ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「つ、土御門が僕らを裏切っとったなんて!ぜ、絶望したぁ!友情より婚約者を取る土御門に絶望したわぁっ!」
 馬鹿二人はどうやら完全に信じ切ったようだ。殴って良いだろうか。
「い、犬井、婚約者って違――」
「とうこ様、照れる事はありません」
 駄目だこの人、聞く気すらないらしい。
 それに彼女の目が語っていた。
 許可はいただきました、と。
 その時、とうこは彼女に嵌められた事を悟った。
 先程の頷きの応酬はそういう意味が込められていたのだ。
 安易に頷くのではなかったと今更ながら後悔。
 急いで土御門を見れば彼は冷や汗を大量に流しながら閉口していた。
 どうやら任務の事情で反論は出来ないらしい。
 大人の社会って何だか不公平だ。
 ならば、
……あと頼りになるのは吹寄だけか!?
 取り敢えず、いくらなんでも婚約者はない。
 あの委員長気質の吹寄だったらツッコミの一つや二つ入れてくれるに、
「土御門……アンタねぇ……」
 彼女は額に指を当てて顰め面で土御門の方に視線を向ける。
……そうだ吹寄!お前がナンバーワンだ!さぁ、偉大なるツッコミを早く!ハリー!ハリーハリー!……あれ?
 が、吹寄はすぐにコチラを横目で見てから溜息を一つ。
「……そういう趣味だったわね……」
 納得してしまわれました。
「何納得――うぼもがもがもがーっ!?」
「納得していただけたようで何よりです」
 叫ぼうとしたが犬井の白い手袋に口を塞がれ声が途絶える。
 きっと吹寄達からの角度ではとうこの口が押さえられている事など見えもしないだろう。
 なんという完璧なる侍女だ。隙がない。
 終わった、段々顔が青くなりつつある土御門と共にそう思った、その瞬間であった。
「待って」
 神は降臨した。
「……何か?」
 だが、神――姫神に対して完璧なる侍女は揺るぎ無き鉄仮面を持って相対する。
「この子と。この人の付き合いは何時頃から?」
 そう言って、とうこと土御門を交互に指差す。
 いいぞ、姫神。お前がナンバーワンだ。代わりに吹寄には王子ポジションを与えよう。
 ちなみに土御門の周りで絡みついている馬鹿達はもう完全に無視しておく事にしておいた。
「生まれた時からです」
「生まれた時からとな――んぐぅ!?」
 またもや飛び出してくる純白の手袋。
 あまりの速度に頭が吹き飛びそうになってしまうほどだ。侍女恐るべし。
「生まれた時……」
 顎に握り拳の中、僅かに突き出した人差し指を当てて思案する姫神。
「それじゃあ。学園都市には前から居たの?」
 質問は続く。
「いえ、コチラに来たのは最近です」
「婚約者なのに。今まで離れ離れ?」
「とうこ様の家庭にも色々事情が御座いまして」
「……。じゃあ。最後に一つ」
「どうぞ」
 犬井が目を閉じて頷くと、姫神は真っ直ぐととうこに視線を向けてきた。
……なんだ?
 疑問に思うと同時に彼女は口を開き、音を響かせる。
 ある意味、致命的な一言を。
「失礼だけど。私達と同年代?」
「―――っ!?」
 思わず犬井の肩を掴んだまま後ろへよろける。
 犬井も一瞬、とうこの体重に引かれるが無理矢理身体を持ち上げて体勢を修正。
 結果、とうこだけ倒れる事となった。
「あだっ!?」
 痛い。
 しかし、その痛みはとうこを今まで縛っていた緊張から解き放つ切欠ともなった。
 故にとうこは勢いのまま、立ち上がり、
「どう見ても同年代だろ!?」
 姫神へと叫ぶ。
 が、姫神は眉を顰めた後、少しだけ罪悪感を感じたのか眉尻を下げ、
「ごめん」
 それだけ言って顔を背けてしまった。
 嗚呼、確かに解ってはいた。
 帰ってきて鏡の前で少し自分の状態を確認した時の何とも言えない感覚を。
 まるで某噛みつき修道女の様なボディラインを持っているという事を。
 男としてはそれで良い。それで良いのだ。
 が、しかし、それによって同年代として見られないのはかなりショックである。
「くぅっ……やっぱりこの体格じゃそうは見えないのか!?そうなのか!?」
「……。私からは。なんとも……」
 姫神は目を逸らしっぱなしであった。
 ちなみに今、吹寄も目を逸らした。
 青髪ピアス達は土御門と一緒に外に出て行ったらしい。
 何やら打撃音と罵声が玄関の方から聞こえてくるが気にしない。
 ともあれ、背丈は姫神より若干小さい程度なのに同年代に見られないとは。
 これが何時かクラスの女子が言っていた、体格格差社会というものなのだろうか。
「くそぅ、これが人間の限界か……ッ!」
「人間と言うより……」
 姫神の言葉を無視して膝をついて床を叩き嘆くが状況は変わらない。
 だから気にしないのだ。何故なら上条とうこは男の子なんだから。
……漢女と書いて、『おとめ』と読むきん……ッ!
 拳を握って上を向くと、いきなり姫神の顔がアップであった。
「うわぁあああああああああああああ!?」
「ん。漸く。まともに話せた」
「へ?」
 思わず尻餅をついて、後退った体勢のまま固まってしまう。
 見れば、姫神の表情は僅かに口元を緩めた笑顔だ。
 彼女が笑うなんて珍しい。
 勿論、とうこがあまり見た事がなかっただけかもしれない可能性も否めないが。
 兎にも角にも個人的には珍しい事なのである。
「まともに。顔見てくれなかったから」
「あ……」
 今更、解った。
「え……」
 彼女は心配してくれていたのだ。
 初対面である筈のとうこが笑わない、ただそれだけを心配してくれたのだ。
 顔が、胸が熱くなる。
「う……」
 自分は、もう彼女達と関係は持てないと思っていた。
 もう二度と、同じ様な関係には戻れないのだと――全て消え去ってしまった事なのだと。
……けど……。
 だが、それがどうしたというのだろう。
 "上条当麻"は一度記憶を失い、全てを失っているのだ。
 仮初で塗り固めた嘘の仮面を被った自分も彼らは受け入れてくれた。
 ならば、今更何を恐れる必要があるのだろうか。
 そう、そうなのだ。
……う。
 彼女達は、変わらずに今も上条当麻の――上条とうこの大切な、友達なのだ。
「……ひっ」
「「え?」」
「ひ、うぁ……」
 確かに失ってしまった絆はもう取り戻す事は出来ないだろう。
 あれは"上条当麻"の物だ。上条とうこの物ではない。
 しかし、無くなってしまったとしても、絆はもう一度作れるのだ。
「う、う……」
「ちょ、ちょっと、姫神さん!?」
「いや。私。何もしてない」
 彼女達はこんなにも自分の事を考えてくれているではないか。
 そういう人達なのだ、彼女達は。
 だから、嘆き、怯えるのは止めよう。
 この身は既に"上条当麻"ではなく、厳密に言えば人間でもない。
 だけど、彼女達はそんな事に関係なくきっと自分の事を受け入れてくれるだろう。
 それは自分に都合が良い、ただの妄想かもしれない。
 もしかしたら拒絶されるかもしれない。
 だけど、きっと大丈夫。
 大丈夫、なのだと、少なくとも今のとうこには、そう思えた。
「う……うわぁああああああああああああああああああああああん!」
「わ」
「とうこ様……?」
 思わず姫神の胸に飛び込み、泣き出す。
 溜まっていたものを全て吐き出す様にただ叫び、涙を流す。
 周りの皆が困った雰囲気を発しているが、今は許して欲しい。
 泣き終われば、また頑張れる。
 だから今は、泣かせておいて欲しい。
 とうこは泣き叫ぶ。
 部屋に響くのは、文にならないただの音。
 それは悲しくも、どこか嬉しげな響きを含む音。
 音を運ぶのは、緩やかに吹く風だ。
 風の行き先には空があり、晴天が広がっている。
 晴天の下にあるのは、新たな命が芽吹き始めた大地だ。
 春は近く、寒さに凍える季節はもうすぐ終わりを迎える。
 来るのは暖かい風が吹く、出会いの季節だ。

 幸先は良く、上条とうこは相も変わらず、幸せ者であった。


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