(3-1)
季節外れの暑さに見舞われた秋晴れのある日、とある建物のとある一室に2人の美少女と
平凡そうな1人の男子高校生がテーブルを囲んで座っていた。
扇風機がウィンウィンと音を立てながら回っているものの少しも涼しくならないせいか彼らは
イライラしているようだ。
そしてついに一人の美少女が大声をあげる。
「なんなのよおおおぉぉぉーっ。この扱いの違いはああぁぁ!!」
「仕方ありません、とミサカは諦め口調で呟きます」
「全く!なんで私達が扇風機一つしかない相部屋なのよ。納得できないわ」
「何ブツブツ文句言ってやがる。俺の部屋なんてただの倉庫だぞ。窓一つねぇぞ!
ここが気に入らねぇなら替わってやるよ」
「遠慮する。あーあ、今頃秋沙はクーラー付きの個室でくつろいでいるのよね。きっと」
「「「 はああぁぁぁぁぁっ 」」」
大きなため息をつく上条、御坂美琴、御坂妹であったがその姿は滑稽でしかない。
上条達は今学園都市にある巨大遊園地クラウンパレスに来ている。
とはいえ上条達は客として来ている訳ではなかった。
上条、御坂美琴、御坂妹はそれぞれライオンの王様、キツネの王妃様、ウサギのお姫様の
着ぐるみを着て特設ステージ裏の控え室にいる。
頭部を外しているとはいえ通気性の悪い着ぐるみを着た3人の額には珠の汗が光っている。
とはいえ上条達はアルバイトとして来ている訳でもなかった。
秘密結社キシサクマアがこの遊園地で行うと予告した犯行を阻止するためである。
「総司令(ラストオーダー)も何考えてんのよ。犯行予告があったんならここを休園にす
りゃ良いだけの話じゃない。何でわざわざ相手に合わせるのかしら?」
「上位個体のことです。どうせ『面白ければそれで良い』としか思っていないのでしょう、
とミサカは上位個体には何を言っても無駄でしょうと諦めつつお姉様にとりあえずの
相槌を打ってみます」
一週間前、画面に大写しされた男は例のごとく高笑いしたあと次の犯行を予告してきた。
「貴様達!ヒヨコ爆弾を処理したからといっていい気になるんじゃない。あんなものは
小手調べにすぎないのよな。次の標的は学園都市最大の遊園地クラウンパレスなのよ。
週末そこで行われるキャラクターショーに乱入してショーを見に来た子供達の夢を破壊
してやるから覚悟しておくが良い。
貴様達に我々の行動を止めることなぞ出来んぞ!うわっはっはっは─────っ!」
「「「「 はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ 」」」」
例によってあまりのくだらなさにため息しか出ない上条、御坂美琴、姫神秋沙、御坂妹で
あったが総司令(ラストオーダー)だけはなぜかやる気満々だった。
「秘密戦隊『Railar(レイラ)』の諸君!
我々は秘密結社シキサクマアの野望を打ち砕かなければならない。
諸君の健闘を祈る、ってミサカはミサカは浮かない顔した皆を鼓舞しようとここ一番の
笑顔で激励してみる」
「総司令(ラストオーダー)!そんなことしなくても犯行予告があったんなら、その日は
そこを休園にすれば良いだけでしょ。何でわざわざ相手に合わせんのよ!?」
「休園なんてしたらショーを観たいっていう子供達の夢を壊すことになるの。そうなったら
その日を楽しみにしている子供達がどれほどショックを受けるかお姉様は想像できないの?
ってミサカはミサカは真剣な眼差しでお姉様に反論してみる」
「うっ、そう言われればそうだけど………判ったわよ。やりゃぁ良いんでしょ!」
「ありがとう。
それじゃお姉様達だけ働かせる訳にはいかないから本ミッションにはミサカも参加するのって
ミサカはミサカは総司令自ら現場に出動することで部下思いの一面を見せてみたりして」
「ラストオーダー!ひょっとして、ホントは自分がショーを観たいだけじゃないの!?」
「えへっ!そうなの。ホントは遊園地のキャラクターショーって一度見てみたかったの
ってミサカはミサカはキラキラ目を輝かせてつい本音を打ち明けてみたりして」
「それなら私達を巻き込まないで自分でお金を払って見に行けばいいでしょ!」
「だって、あの人は全然家には帰ってこないし。
黄泉川も芳川も忙しいの一点張りで連れて行ってくれないんだもの
ってミサカはミサカは日頃溜まった不満をここでぶちまけてみる」
「あんたが普段何しているかは知らないけど、それって公私混同って言うのよ」
「それじゃあ、お姉様も納得してくれたということで本ミッションの説明を始めるの
ってミサカはミサカは強引に話を進めてみる」
「こら!私は全然納得してないわよ!」
文句を言う御坂美琴を無視して総司令(ラストオーダー)の説明は続き、犯行が予告された
この日上条達はつつがなく遊園地クラウンパレスに送り込まれたのだった。
(3-2)
「いくら任務とはいえこんな着ぐるみ着せられたんじゃテンション下がっちゃうわね」
「学園都市とはいえ着ぐるみにまで先端技術が活用される段階には至っていないのですね
とミサカは遠回しに暑いと愚痴ってみます」
「秘密結社キシサクマアの犯行を防ぐためだからって何で私達が着ぐるみの中に入らない
といけないのかしら?」
「不測の事態に備えて出演者の安全を確保するためだそうです
とミサカは上位個体が口にした取って付けた理由をやる気なさげに反芻してみます」
「じゃあ、観客の安全はどうすんのよ?」
「それは総司令が身体を張って警戒するから大丈夫だそうです
とミサカは上位個体を全く信用していない口調で事務的に報告します」
「それでラストオーダーは観客席の最前列に座っていたのか」
「違うわよ!あれはただ単にショーを楽しんでるだけよ。
左手にジュースを持って膝の上のポップコーンを右手でバクバク食べてちゃ周囲の警戒
なんてできる訳ないでしょ!」
「「「 はああああああぁぁぁぁぁぁっ 」」」
またまた3人からは長いため息が漏れてしまった。
「本当になんで秋沙だけがクーラー付きの個室なのよ。もう!」
「仕方ありません。
なんと言っても本日のショーは『超機動少女カナミン=ダイバージェンス=』ショーなのですから
とミサカは同じ文句を繰り返すお姉様にウンザリしながらこちらも同じ返事を返してみます」
「それは分かってるんだけど…………だからってなんで私達には扇風機一台なのよ!」
「それも仕方がないことです。
私達着ぐるみ隊は所詮カナミンショーが始まるまでの前座に過ぎませんから
とミサカはお姉様にもういい加減にして下さいって感じで呟きます」
ドンヨリとした空気が満たす上条達の控え室に遊園地のスタッフの声が響いた。
「着ぐるみ隊の皆さん。そろそろ出番で~す!」
「「「はあぁ~~い」」」
やる気の無さを醸し出す気の抜けた返事をした3人は渋々重い腰を上げた。
20分後。
「うだあぁあぁぁーっ!」
ステージ裏に戻ってきた上条は着ぐるみの頭部を外すなり思わず絶叫していた。
クラウンパレスのイメージキャラクター達によるショーが終わったステージは次のカナミンショーに
備えて舞台転換中であり今はスピーカーから流れる軽快な音楽が特設ステージを満たしている。
「なに騒いでんのよ!あんたは。鬱陶しい!」
「暑いんですよ。見て下さい。滝のように流れ落ちるこの汗!季節は秋だって言うのに
何で今日はこんなに暑いんですか?上条さんへの嫌がらせですか?」
「先日の台風がもたらしたフェーン現象のために本日関東地方では最高気温が30℃を突
破することが予告されています、とミサカは事実のみを淡々と報告します」
「言っとくけど、私達だって暑いのよ」
「何言ってんだ!お前達なんかイスに座って手を振ってただけだろ!
俺なんて会場中を走り回されたんだぞ。なんで王様がバク転までしなきゃなんねぇんだよ!」
「しょうがないでしょ!そういうキャラ設定なんだから」
「もう上条さんはボロボロです。これがあと2ステージもあるだぞ。
やってられるかあぁあぁぁぁぁっ!」
「男でしょ!諦めなさい」
廊下で上条達が騒いでいると『姫神秋沙様控え室』と書かれたドアが開き姫神秋沙が顔を
覗かせた。
「お疲れ様。上条君」
満面の笑みで上条を労う姫神秋沙を前にして、御坂美琴と御坂妹は顔を寄せ合い大声で
ヒソヒソ(?)話を始めた。
「どうして私達には労いの言葉が無いのかしら?」
「そこはかとなく感じる悪意は気のせいでしょうか?とミサカも遠回しにお姉様と同意見
ですと呟いてみます」
わざとらしい御坂美琴と御坂妹のトゲのある会話にこめかみ当たりをヒクヒクさせながらも、
にこやかな笑みは崩さずに姫神秋沙は話を続ける。
「暑かったでしょ。上条君。
どう?次の出番まで私の控え室で涼んでいく?クーラー効いているわよ」
「クッ、クーラー!?俺もそっちに入って良いのか?姫神」
「もちろん。それに冷たい麦茶もある」
「麦茶まであるのか?ごくっ……。姫神様!!この上条はあなた様の下僕です。
是非とも姫神様のお部屋にぐあげはぁひゃあぁぁぁー!」
「あっ、ゴメン!手が滑ったわ」
「ゴォラーッ!御坂。どう手が滑ったら缶ジュースの中身が着ぐるみの背中に流れ込んで
くるんだよ!?」
「不幸な偶然が重なっただけよ。アンタにはよくあることでしょ」
「あのなぁ!」
「だから謝ってるでしょ。お詫びに身体を拭いてあげるから私達の控え室にいらっしゃい」
「でも、俺はこれから姫神の…………」
「い・い・か・ら・来なさい!!」
「ちょっと待て。イテッ!耳を引っ張るな。わっ!御坂妹まで、きゃあ──────」
あっけにとられた姫神秋沙が我に返ったのは上条の悲鳴を断ち切るように御坂達の控え室
のドアがバタン!と豪快に音を立てて閉じられた後だった。
(3-3)
絶好のチャンスを御坂姉妹に横取りされた姫神秋沙は突然のことに言葉を失っていた。
「…………はっ!しまった。先を越された。…………でも次は私の番。…………ふふっ」
残念そうな顔をしたのも束の間、不穏な笑みを残して姫神秋沙も控え室のドアを閉じた。
一方、御坂達の控え室に連れ込まれた上条は部屋の中央にある丸イスに座らされていた。
目の前では丸イスに座った御坂美琴が左側の机に左肘をつきつつ上条を見据えているし、
背後では御坂妹が壁際に立って上条を見下ろしている。三人が身に着けている着ぐるみの
せいで少し間の抜けた空気が室内には漂うものの御坂美琴と御坂妹から発せられる妙なプ
レッシャーに上条は内心ビクついていた。
(いったい上条さんはこれから何をされるのでしょう?)
「脱ぎなさい!」
「え”っ?何を仰っているのですか?御坂さん」
「なに赤くなってんのよ。私はそのライオンの着ぐるみを脱ぎなさいって言ってんの」
「あっ、そうか?」
「なに変な想像してんのよ。こんの馬鹿!」
「アハッ、アハハハ、そうだよな」
上条がバツが悪そうに頭を掻くと着ぐるみのファスナーを下ろして着ぐるみの上半身を腰
の位置まで下ろした。
1ステージを終えてかいた汗と御坂美琴に流し込まれたジュースのせいでTシャツはずぶ濡れだった。
それなのに汗は少しも止まる気配はなく思わず愚痴がこぼれ落ちる。
「ふいーっ、あっちぃぃーっ」
気付くと御坂美琴も着ぐるみの上半身を腰まで降ろしていた。
首にタオルを引っ掛けたTシャツ姿の御坂美琴はテーブルの上にあった水筒を手に取ると
左手に持ったカップにスポーツドリンクをトクトクと注いでいく。
(本当なら今頃クーラーの効いた姫神の控え室で麦茶を飲んでたはずなのに…………
なんで他人が美味そうにスポーツドリンクを飲むのを見てなきゃなんねえんだ。
なんたる不幸)
上条が頭の中でブツブツ文句を言っていると上条の目の前になぜかそのカップが差し出された。
「はい」
「えっーと、御坂。これは何かな?」
「カップに入った美琴さん特製スポーツドリンクよ。見て判んない?」
「それは判るんだけど、渡されたこれを俺は一体どうすれば…………」
「アンタにあげる。ノド乾いてるんでしょ」
「えっ?俺が飲んで良いの?」
「なに、意外そうな顔してんのよ。たまたま今日は水筒いっぱいに作っちゃったのよ。
一人じゃ飲みきれないからカップ一杯ぐらいならアンタに恵んであげるわ。
優しい美琴さんに感謝しなさい」
「ホントに良いんだな!後で返せって言っても無理だからな」
「馬鹿言ってないでさっさと飲みなさい!」
「じゃあ遠慮無く。ゴクゴクッ…………プッファーッ、美味い!生き返るぜ」
「そっ、そう?じゃあもう一杯飲んでみる?」
「えっ、いいの?ホントに?」
「あんなに美味しそうに飲んでくれたんだから、もう一杯ぐらいなら良いわよ」
そう言って御坂美琴がカップに注いでくれたスポーツドリンクを上条は一気に飲み干した。
「ゴクゴクッ…………やっぱり美味い!これならいくらでも飲めるぜ!」
「そんなに美味しい?じゃあもっと飲んで良いわよ!」
「いいのか?そんなことしたら御坂が飲む分がなくなっちゃうだろ!」
「気にしなくていいわよ。私ならいつも飲んでるし。
それに今そんなにノド乾いていないからアンタが全部飲んだっていいわよ」
額に汗を滲ませている御坂美琴が顔を真っ赤にしてそんなことを言っても説得力はない。
しかし今が上条のポイントを稼ぐ絶好のチャンスとみた御坂美琴は多少の不自然さはこの
際押しの一手でなし崩しにするつもりだった。
それにこの特製スポーツドリンクも本当はこの日のために土御門舞夏に頼み込んで作り方
を教えて貰ったものだったし、昨夜遅く黒子が寝入ったの見計らってこっそりベッドを抜
け出して準備した苦労の一品であった。
その甲斐あって上条が絶賛してくれたのだからこうして何回もカップにスポーツドリンク
を注ぐことができるのが楽しくて仕方がない。自然とその頬も弛んでしまう。
「いや、そういう訳にはいかない。作ったお前に言うのも変だけど滅茶苦茶美味いぞ!
そうだ、今度俺にもこいつの作り方を教えてくれよ」
「えっ!?…………いっ、いいわよ。教えてあげる!
でもさすがに常盤台の学生寮でって訳にはいかないから私がアンタの下宿に行って教え
てあげる。じゃあアンタの下宿の住所を教えてよ」
「ああ、良いとも。俺の下宿は第7学区………………」
「ふんふん。………………のとある学生寮の7階ね」
(3-4)
御坂美琴は携帯端末を取り出し上条の住所を登録し始めたがその手は震えていた。
平静を装っていたが心臓は8ビートを打ち鳴らし頭の中では天使達が舞い踊っていた。
ようやく上条の自宅住所をゲットできたのだ。
これからは上条に会いたくなれば放課後に繁華街を歩き回って上条の姿を探す必要はない。
上条の下宿前で偶然を装って待ち伏せすれば良いのだ。
その上スポーツドリンクのおかげで上条家に上がり込む正当な口実まで手に入った。
(こっ、ここにコイツは住んでいるのね。
ありがとう!舞夏。アンタが友達で本当に良かったと生まれて初めて思ったわ。
アンタのおかげでコイツの下宿に行く大義名分が手に入ったし。
だけどその時ってどんな格好で行けば良いのかしら?
たまには私服なんてのも良いかな?
そしたら『私服の美琴も可愛いな』とか思ってくれるかな、えへっ、えへへっ。
でっ、でもそれなら私服のスカートの下まで短パンっていうはおかしいわよね。
そうよね。もしもってことがあるから………………ってもしもっていうのは万一転んで
スカートがめくれちゃったりした時に短パンだったら笑われるかなってだけの話で……
…………って誰に言い訳してんだろ?私。
一体どんな格好(下着)だったら笑われないかな?
お気に入りのUSAちゃん柄やカエル柄っていうのは子供っぽいわよね?やっぱり。
でも大人っぽい下着なんて持ってないし、どんなのが良いかも分かんないし……
頼りになるのは黒子なんだけど…………ダメ!黒子に知られるのだけは絶対にダメ!
となると残るのは佐天さんと初春さん…………はぁっ、やっぱり自分で行くしかないか。
よしっ!黒子と行ったランジェリーショップへ今度一人で行ってみよう!
覚悟して待ってなさい。にへへへっ」
現在、御坂美琴は心ここにあらず妄想の彼方へトリップ中である。
そんなこと分かるはずもない上条は携帯端末に住所登録していたハズの御坂美琴が画面を
見つめたまま彫像のように全く動かなくなったことに気付いて「どうした御坂?」と声を
掛けようとした。
しかしその寸前御坂美琴の口元がニヤリと緩むと「にへへへっ」と不気味に笑いだしたも
のだから一瞬躊躇してしまう。
話しかけるタイミングを完全に外された上条は御坂美琴がこちらの世界に帰ってくるを
ただ待つしかなかった。
そんな上条に背後から御坂妹が声を掛けてきた。
「ではミサカが当麻さんの背中の汗を拭いて差し上げます、とミサカはおもむろに当麻さん
のTシャツと背中の間にタオルを突っ込んで背中をフキフキしてみます。」
「うひゃひゃっ、くすぐったい!御坂妹。自分でやるからタオルを渡してくれ」
「そうですか?とミサカは残念そうな顔で当麻さんにタオルを渡します。
では当麻さんの着替えのTシャツはここに置いておきますね」
「サンキュー…………って、ときに御坂妹!」
「何でしょう?とミサカは当麻さんの問い掛けに間髪入れずに返事をします」
「確か俺の着替えは電子鍵をかけた俺の控え室に置いといたハズなんだが…………」
「ミサカの前ではあんな電子鍵なんて無いのと同じですよ、とミサカは胸を張って答えます」
「そんなこと言ってるんじゃなくて…………」
「心配要りません。ミサカが手にしたのはこのTシャツだけです、とミサカは当麻さんの
心配が杞憂であることを前もって宣言します。ミサカは決してバックの中にあった当麻
さんの青いトランクスを取り出したとか、それをじっくり観察したとか、ホッペで感触
を確認したとか、ましてや頭に被ったりとかした訳ではありませんとミサカの潔白を念
には念を入れて力説します」
「あのなぁーっ」
「なんでしょう?」
「…………もういい」
「そうですか。では最後に。
いくら男性の衣服とはいえ柔軟剤を入れて洗濯した方が下着はゴワゴワせずに済みますよ
とミサカは少しヒリヒリする頬をさすりながら当麻さんに柔軟剤の使用を強くお薦めしてみます」
「…………」
それ以上御坂妹につっこむのが怖くなった上条は右手に持っていたカップを机に置き、渡
されたタオルを頭に乗せると両手でガシガシと汗を拭きはじめた。
次に濡れたTシャツを脱いで身体の汗を拭うと新しいTシャツに袖を通した。
この時、上条はたとえ上半身だけとはいえ自分の裸を晒しているのが思春期の女子中学生
の前であることに全く気付いていなかった。
(3-5)
妄想トリップからようやく帰還した御坂美琴が携帯端末から視線をあげると最初に目に飛
び込んできたものは上半身の裸を晒した上条当麻だった。
(きゃっ!なんでレディーの前で裸を晒してんのよ。コイツ!
ビックリしたじゃない。……………………でも、
服の上からじゃ気付かなかったけど意外と筋肉質なのね。胸板も結構厚いし。
やっぱり人前でも堂々と着替えができるのは身体に自信があるからなのね。
ハーァ、私だったら絶対無理!あーあ。なんで私の胸ってこんなに小さいのよ。
もう少し大きかったらコイツに見られても恥ずかしくないのに…………
…………って何バカなこと考えてんのよ!私は)
あらぬ方向に妄想が脱線しかけた御坂美琴は瞬く間に顔を赤くしていった。
本日なぜか御坂美琴の思考は暴走気味だった。
「おっ、ようやく還ってきたか?」
「えっ、何の話?」
「いや、携帯端末を睨んだまま身動き一つしないし、時々「にへへっ」と笑ったかと思う
と顔を赤くさせるし、どこかの空想世界にでもトリップしてんじゃないかと思ってさ」
「馬鹿言ってんじゃないの。この部屋が暑いからに決まってんでしょ!
ほらアンタだってまだ汗かいてるじゃない!」
御坂美琴は妄想に浸っていたことを誤魔化そうと首に掛けていた自分のタオルを外して立
ち上がると上条の額の汗をゴシゴシと拭きはじめた。
「冗談だよ、御坂。サンキューな!」と言いかけて今度は上条が固まってしまう。
今、上条の顔前には立ち上がった御坂美琴のTシャツがある。
首にタオルを掛けていた時は気付かなかったが、御坂美琴の汗を含んだTシャツはその下
の薄いピンクのスポーツブラを透かして見せていた。しかも素肌に貼り付いたTシャツは
そのブラに包まれた慎ましやかな双丘の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
そして上条はその二つの膨らみの頂きでブラとTシャツを下から押し上げる小さな二つの
蕾に気付いてしまった。とたんに上条の心臓は激しく鼓動しはじめ心臓から送り出される
熱い血潮は上条の顔を瞬く間に紅潮させていく。
「ん?どうしたのよ?アンタこそ顔が赤いわよ。ひょっとして熱中症?」
「ピ、ピンク……」
「ピンク???何それ」
「いや、なんでも……」
「???変なの」
怪訝そうに上条の汗を拭きながら、ふと御坂美琴は上条が言ったピンクの意味に気付く。
その瞬間、御坂美琴は慌てて背を丸めると引き戻した両手で自分の胸を隠すように両手を
クロスさせた。
背を丸めた状態でうずくまり上条を見上げる御坂美琴の顔は少し涙目であった。
「みっ、見た?」
「えっ、えーっと…………」
「………………………………」
「そのーっ、ゴメン!」
「………………………………いわよ!」
「な、なに?」
「怒んないわよ!こんなことぐらいで(私だってアンタの着替えを見ちゃったんだし)
不可抗力なんでしょ!」
「そりゃ、そうなんだけどさ。やっぱりゴメン!」
「だからっていつまでこっち見てんのよ。早くあっちを向きなさい」
「わっ!ホントにゴメン」
上条が後を向いたのを確認すると御坂美琴はようやく上体を起こし自分の胸元に視線を落とす。
(うわーっ、汗でスケスケじゃないこのTシャツ…………って、え”っ!!)
その時はじめて御坂美琴は自分の胸の先端がTシャツを押し上げてその存在を主張してい
ることに気付いた。
(なっ、なんで今日に限ってニプレスを着けてないのよ。私。
まさかこれもアイツに見られちゃったわけ?
ひょっとしてエッチな娘(こ)だと思われた?わぁぁーん、どうしよーっ)
御坂美琴は目に涙を浮かべつつ急いで濡れたTシャツを脱ぎタオルで徹底的に身体の汗を
拭き取ると乾いたTシャツを着込み何度もブラが透けて見えないことを確認した上でさら
に念を入れて胸元を隠すようにタオルを首から掛けるとようやく一安心した。
そして大きく深呼吸してから上条に声を掛けた。
「もう良いわよ。こっちを向いても」
「いいのか?じゃあそっち向くぞ!」
振り返った上条と御坂美琴が目を合わせるとどちらも顔を赤らめ照れくさそうにアハハッ
と笑い出した。
上条も御坂美琴も気付かなかったが二人の様子をじっと見つめる御坂妹は少し不機嫌そう
に眉間にしわを寄せていた。
(コードレッド・グレードαの緊急事態発生!発信者ミサカ10032号は本緊急事態に
対して第23017回全ミサカ評議会の即時開催を要求します)
ミサカネットワークに発信された御坂妹の呼びかけは瞬時に世界中に散らばる妹達(シス
ターズ)の間を駆け巡った。
季節外れの暑さに見舞われた秋晴れのある日、とある建物のとある一室に2人の美少女と
平凡そうな1人の男子高校生がテーブルを囲んで座っていた。
扇風機がウィンウィンと音を立てながら回っているものの少しも涼しくならないせいか彼らは
イライラしているようだ。
そしてついに一人の美少女が大声をあげる。
「なんなのよおおおぉぉぉーっ。この扱いの違いはああぁぁ!!」
「仕方ありません、とミサカは諦め口調で呟きます」
「全く!なんで私達が扇風機一つしかない相部屋なのよ。納得できないわ」
「何ブツブツ文句言ってやがる。俺の部屋なんてただの倉庫だぞ。窓一つねぇぞ!
ここが気に入らねぇなら替わってやるよ」
「遠慮する。あーあ、今頃秋沙はクーラー付きの個室でくつろいでいるのよね。きっと」
「「「 はああぁぁぁぁぁっ 」」」
大きなため息をつく上条、御坂美琴、御坂妹であったがその姿は滑稽でしかない。
上条達は今学園都市にある巨大遊園地クラウンパレスに来ている。
とはいえ上条達は客として来ている訳ではなかった。
上条、御坂美琴、御坂妹はそれぞれライオンの王様、キツネの王妃様、ウサギのお姫様の
着ぐるみを着て特設ステージ裏の控え室にいる。
頭部を外しているとはいえ通気性の悪い着ぐるみを着た3人の額には珠の汗が光っている。
とはいえ上条達はアルバイトとして来ている訳でもなかった。
秘密結社キシサクマアがこの遊園地で行うと予告した犯行を阻止するためである。
「総司令(ラストオーダー)も何考えてんのよ。犯行予告があったんならここを休園にす
りゃ良いだけの話じゃない。何でわざわざ相手に合わせるのかしら?」
「上位個体のことです。どうせ『面白ければそれで良い』としか思っていないのでしょう、
とミサカは上位個体には何を言っても無駄でしょうと諦めつつお姉様にとりあえずの
相槌を打ってみます」
一週間前、画面に大写しされた男は例のごとく高笑いしたあと次の犯行を予告してきた。
「貴様達!ヒヨコ爆弾を処理したからといっていい気になるんじゃない。あんなものは
小手調べにすぎないのよな。次の標的は学園都市最大の遊園地クラウンパレスなのよ。
週末そこで行われるキャラクターショーに乱入してショーを見に来た子供達の夢を破壊
してやるから覚悟しておくが良い。
貴様達に我々の行動を止めることなぞ出来んぞ!うわっはっはっは─────っ!」
「「「「 はあああああぁぁぁぁぁぁぁっ 」」」」
例によってあまりのくだらなさにため息しか出ない上条、御坂美琴、姫神秋沙、御坂妹で
あったが総司令(ラストオーダー)だけはなぜかやる気満々だった。
「秘密戦隊『Railar(レイラ)』の諸君!
我々は秘密結社シキサクマアの野望を打ち砕かなければならない。
諸君の健闘を祈る、ってミサカはミサカは浮かない顔した皆を鼓舞しようとここ一番の
笑顔で激励してみる」
「総司令(ラストオーダー)!そんなことしなくても犯行予告があったんなら、その日は
そこを休園にすれば良いだけでしょ。何でわざわざ相手に合わせんのよ!?」
「休園なんてしたらショーを観たいっていう子供達の夢を壊すことになるの。そうなったら
その日を楽しみにしている子供達がどれほどショックを受けるかお姉様は想像できないの?
ってミサカはミサカは真剣な眼差しでお姉様に反論してみる」
「うっ、そう言われればそうだけど………判ったわよ。やりゃぁ良いんでしょ!」
「ありがとう。
それじゃお姉様達だけ働かせる訳にはいかないから本ミッションにはミサカも参加するのって
ミサカはミサカは総司令自ら現場に出動することで部下思いの一面を見せてみたりして」
「ラストオーダー!ひょっとして、ホントは自分がショーを観たいだけじゃないの!?」
「えへっ!そうなの。ホントは遊園地のキャラクターショーって一度見てみたかったの
ってミサカはミサカはキラキラ目を輝かせてつい本音を打ち明けてみたりして」
「それなら私達を巻き込まないで自分でお金を払って見に行けばいいでしょ!」
「だって、あの人は全然家には帰ってこないし。
黄泉川も芳川も忙しいの一点張りで連れて行ってくれないんだもの
ってミサカはミサカは日頃溜まった不満をここでぶちまけてみる」
「あんたが普段何しているかは知らないけど、それって公私混同って言うのよ」
「それじゃあ、お姉様も納得してくれたということで本ミッションの説明を始めるの
ってミサカはミサカは強引に話を進めてみる」
「こら!私は全然納得してないわよ!」
文句を言う御坂美琴を無視して総司令(ラストオーダー)の説明は続き、犯行が予告された
この日上条達はつつがなく遊園地クラウンパレスに送り込まれたのだった。
(3-2)
「いくら任務とはいえこんな着ぐるみ着せられたんじゃテンション下がっちゃうわね」
「学園都市とはいえ着ぐるみにまで先端技術が活用される段階には至っていないのですね
とミサカは遠回しに暑いと愚痴ってみます」
「秘密結社キシサクマアの犯行を防ぐためだからって何で私達が着ぐるみの中に入らない
といけないのかしら?」
「不測の事態に備えて出演者の安全を確保するためだそうです
とミサカは上位個体が口にした取って付けた理由をやる気なさげに反芻してみます」
「じゃあ、観客の安全はどうすんのよ?」
「それは総司令が身体を張って警戒するから大丈夫だそうです
とミサカは上位個体を全く信用していない口調で事務的に報告します」
「それでラストオーダーは観客席の最前列に座っていたのか」
「違うわよ!あれはただ単にショーを楽しんでるだけよ。
左手にジュースを持って膝の上のポップコーンを右手でバクバク食べてちゃ周囲の警戒
なんてできる訳ないでしょ!」
「「「 はああああああぁぁぁぁぁぁっ 」」」
またまた3人からは長いため息が漏れてしまった。
「本当になんで秋沙だけがクーラー付きの個室なのよ。もう!」
「仕方ありません。
なんと言っても本日のショーは『超機動少女カナミン=ダイバージェンス=』ショーなのですから
とミサカは同じ文句を繰り返すお姉様にウンザリしながらこちらも同じ返事を返してみます」
「それは分かってるんだけど…………だからってなんで私達には扇風機一台なのよ!」
「それも仕方がないことです。
私達着ぐるみ隊は所詮カナミンショーが始まるまでの前座に過ぎませんから
とミサカはお姉様にもういい加減にして下さいって感じで呟きます」
ドンヨリとした空気が満たす上条達の控え室に遊園地のスタッフの声が響いた。
「着ぐるみ隊の皆さん。そろそろ出番で~す!」
「「「はあぁ~~い」」」
やる気の無さを醸し出す気の抜けた返事をした3人は渋々重い腰を上げた。
20分後。
「うだあぁあぁぁーっ!」
ステージ裏に戻ってきた上条は着ぐるみの頭部を外すなり思わず絶叫していた。
クラウンパレスのイメージキャラクター達によるショーが終わったステージは次のカナミンショーに
備えて舞台転換中であり今はスピーカーから流れる軽快な音楽が特設ステージを満たしている。
「なに騒いでんのよ!あんたは。鬱陶しい!」
「暑いんですよ。見て下さい。滝のように流れ落ちるこの汗!季節は秋だって言うのに
何で今日はこんなに暑いんですか?上条さんへの嫌がらせですか?」
「先日の台風がもたらしたフェーン現象のために本日関東地方では最高気温が30℃を突
破することが予告されています、とミサカは事実のみを淡々と報告します」
「言っとくけど、私達だって暑いのよ」
「何言ってんだ!お前達なんかイスに座って手を振ってただけだろ!
俺なんて会場中を走り回されたんだぞ。なんで王様がバク転までしなきゃなんねぇんだよ!」
「しょうがないでしょ!そういうキャラ設定なんだから」
「もう上条さんはボロボロです。これがあと2ステージもあるだぞ。
やってられるかあぁあぁぁぁぁっ!」
「男でしょ!諦めなさい」
廊下で上条達が騒いでいると『姫神秋沙様控え室』と書かれたドアが開き姫神秋沙が顔を
覗かせた。
「お疲れ様。上条君」
満面の笑みで上条を労う姫神秋沙を前にして、御坂美琴と御坂妹は顔を寄せ合い大声で
ヒソヒソ(?)話を始めた。
「どうして私達には労いの言葉が無いのかしら?」
「そこはかとなく感じる悪意は気のせいでしょうか?とミサカも遠回しにお姉様と同意見
ですと呟いてみます」
わざとらしい御坂美琴と御坂妹のトゲのある会話にこめかみ当たりをヒクヒクさせながらも、
にこやかな笑みは崩さずに姫神秋沙は話を続ける。
「暑かったでしょ。上条君。
どう?次の出番まで私の控え室で涼んでいく?クーラー効いているわよ」
「クッ、クーラー!?俺もそっちに入って良いのか?姫神」
「もちろん。それに冷たい麦茶もある」
「麦茶まであるのか?ごくっ……。姫神様!!この上条はあなた様の下僕です。
是非とも姫神様のお部屋にぐあげはぁひゃあぁぁぁー!」
「あっ、ゴメン!手が滑ったわ」
「ゴォラーッ!御坂。どう手が滑ったら缶ジュースの中身が着ぐるみの背中に流れ込んで
くるんだよ!?」
「不幸な偶然が重なっただけよ。アンタにはよくあることでしょ」
「あのなぁ!」
「だから謝ってるでしょ。お詫びに身体を拭いてあげるから私達の控え室にいらっしゃい」
「でも、俺はこれから姫神の…………」
「い・い・か・ら・来なさい!!」
「ちょっと待て。イテッ!耳を引っ張るな。わっ!御坂妹まで、きゃあ──────」
あっけにとられた姫神秋沙が我に返ったのは上条の悲鳴を断ち切るように御坂達の控え室
のドアがバタン!と豪快に音を立てて閉じられた後だった。
(3-3)
絶好のチャンスを御坂姉妹に横取りされた姫神秋沙は突然のことに言葉を失っていた。
「…………はっ!しまった。先を越された。…………でも次は私の番。…………ふふっ」
残念そうな顔をしたのも束の間、不穏な笑みを残して姫神秋沙も控え室のドアを閉じた。
一方、御坂達の控え室に連れ込まれた上条は部屋の中央にある丸イスに座らされていた。
目の前では丸イスに座った御坂美琴が左側の机に左肘をつきつつ上条を見据えているし、
背後では御坂妹が壁際に立って上条を見下ろしている。三人が身に着けている着ぐるみの
せいで少し間の抜けた空気が室内には漂うものの御坂美琴と御坂妹から発せられる妙なプ
レッシャーに上条は内心ビクついていた。
(いったい上条さんはこれから何をされるのでしょう?)
「脱ぎなさい!」
「え”っ?何を仰っているのですか?御坂さん」
「なに赤くなってんのよ。私はそのライオンの着ぐるみを脱ぎなさいって言ってんの」
「あっ、そうか?」
「なに変な想像してんのよ。こんの馬鹿!」
「アハッ、アハハハ、そうだよな」
上条がバツが悪そうに頭を掻くと着ぐるみのファスナーを下ろして着ぐるみの上半身を腰
の位置まで下ろした。
1ステージを終えてかいた汗と御坂美琴に流し込まれたジュースのせいでTシャツはずぶ濡れだった。
それなのに汗は少しも止まる気配はなく思わず愚痴がこぼれ落ちる。
「ふいーっ、あっちぃぃーっ」
気付くと御坂美琴も着ぐるみの上半身を腰まで降ろしていた。
首にタオルを引っ掛けたTシャツ姿の御坂美琴はテーブルの上にあった水筒を手に取ると
左手に持ったカップにスポーツドリンクをトクトクと注いでいく。
(本当なら今頃クーラーの効いた姫神の控え室で麦茶を飲んでたはずなのに…………
なんで他人が美味そうにスポーツドリンクを飲むのを見てなきゃなんねえんだ。
なんたる不幸)
上条が頭の中でブツブツ文句を言っていると上条の目の前になぜかそのカップが差し出された。
「はい」
「えっーと、御坂。これは何かな?」
「カップに入った美琴さん特製スポーツドリンクよ。見て判んない?」
「それは判るんだけど、渡されたこれを俺は一体どうすれば…………」
「アンタにあげる。ノド乾いてるんでしょ」
「えっ?俺が飲んで良いの?」
「なに、意外そうな顔してんのよ。たまたま今日は水筒いっぱいに作っちゃったのよ。
一人じゃ飲みきれないからカップ一杯ぐらいならアンタに恵んであげるわ。
優しい美琴さんに感謝しなさい」
「ホントに良いんだな!後で返せって言っても無理だからな」
「馬鹿言ってないでさっさと飲みなさい!」
「じゃあ遠慮無く。ゴクゴクッ…………プッファーッ、美味い!生き返るぜ」
「そっ、そう?じゃあもう一杯飲んでみる?」
「えっ、いいの?ホントに?」
「あんなに美味しそうに飲んでくれたんだから、もう一杯ぐらいなら良いわよ」
そう言って御坂美琴がカップに注いでくれたスポーツドリンクを上条は一気に飲み干した。
「ゴクゴクッ…………やっぱり美味い!これならいくらでも飲めるぜ!」
「そんなに美味しい?じゃあもっと飲んで良いわよ!」
「いいのか?そんなことしたら御坂が飲む分がなくなっちゃうだろ!」
「気にしなくていいわよ。私ならいつも飲んでるし。
それに今そんなにノド乾いていないからアンタが全部飲んだっていいわよ」
額に汗を滲ませている御坂美琴が顔を真っ赤にしてそんなことを言っても説得力はない。
しかし今が上条のポイントを稼ぐ絶好のチャンスとみた御坂美琴は多少の不自然さはこの
際押しの一手でなし崩しにするつもりだった。
それにこの特製スポーツドリンクも本当はこの日のために土御門舞夏に頼み込んで作り方
を教えて貰ったものだったし、昨夜遅く黒子が寝入ったの見計らってこっそりベッドを抜
け出して準備した苦労の一品であった。
その甲斐あって上条が絶賛してくれたのだからこうして何回もカップにスポーツドリンク
を注ぐことができるのが楽しくて仕方がない。自然とその頬も弛んでしまう。
「いや、そういう訳にはいかない。作ったお前に言うのも変だけど滅茶苦茶美味いぞ!
そうだ、今度俺にもこいつの作り方を教えてくれよ」
「えっ!?…………いっ、いいわよ。教えてあげる!
でもさすがに常盤台の学生寮でって訳にはいかないから私がアンタの下宿に行って教え
てあげる。じゃあアンタの下宿の住所を教えてよ」
「ああ、良いとも。俺の下宿は第7学区………………」
「ふんふん。………………のとある学生寮の7階ね」
(3-4)
御坂美琴は携帯端末を取り出し上条の住所を登録し始めたがその手は震えていた。
平静を装っていたが心臓は8ビートを打ち鳴らし頭の中では天使達が舞い踊っていた。
ようやく上条の自宅住所をゲットできたのだ。
これからは上条に会いたくなれば放課後に繁華街を歩き回って上条の姿を探す必要はない。
上条の下宿前で偶然を装って待ち伏せすれば良いのだ。
その上スポーツドリンクのおかげで上条家に上がり込む正当な口実まで手に入った。
(こっ、ここにコイツは住んでいるのね。
ありがとう!舞夏。アンタが友達で本当に良かったと生まれて初めて思ったわ。
アンタのおかげでコイツの下宿に行く大義名分が手に入ったし。
だけどその時ってどんな格好で行けば良いのかしら?
たまには私服なんてのも良いかな?
そしたら『私服の美琴も可愛いな』とか思ってくれるかな、えへっ、えへへっ。
でっ、でもそれなら私服のスカートの下まで短パンっていうはおかしいわよね。
そうよね。もしもってことがあるから………………ってもしもっていうのは万一転んで
スカートがめくれちゃったりした時に短パンだったら笑われるかなってだけの話で……
…………って誰に言い訳してんだろ?私。
一体どんな格好(下着)だったら笑われないかな?
お気に入りのUSAちゃん柄やカエル柄っていうのは子供っぽいわよね?やっぱり。
でも大人っぽい下着なんて持ってないし、どんなのが良いかも分かんないし……
頼りになるのは黒子なんだけど…………ダメ!黒子に知られるのだけは絶対にダメ!
となると残るのは佐天さんと初春さん…………はぁっ、やっぱり自分で行くしかないか。
よしっ!黒子と行ったランジェリーショップへ今度一人で行ってみよう!
覚悟して待ってなさい。にへへへっ」
現在、御坂美琴は心ここにあらず妄想の彼方へトリップ中である。
そんなこと分かるはずもない上条は携帯端末に住所登録していたハズの御坂美琴が画面を
見つめたまま彫像のように全く動かなくなったことに気付いて「どうした御坂?」と声を
掛けようとした。
しかしその寸前御坂美琴の口元がニヤリと緩むと「にへへへっ」と不気味に笑いだしたも
のだから一瞬躊躇してしまう。
話しかけるタイミングを完全に外された上条は御坂美琴がこちらの世界に帰ってくるを
ただ待つしかなかった。
そんな上条に背後から御坂妹が声を掛けてきた。
「ではミサカが当麻さんの背中の汗を拭いて差し上げます、とミサカはおもむろに当麻さん
のTシャツと背中の間にタオルを突っ込んで背中をフキフキしてみます。」
「うひゃひゃっ、くすぐったい!御坂妹。自分でやるからタオルを渡してくれ」
「そうですか?とミサカは残念そうな顔で当麻さんにタオルを渡します。
では当麻さんの着替えのTシャツはここに置いておきますね」
「サンキュー…………って、ときに御坂妹!」
「何でしょう?とミサカは当麻さんの問い掛けに間髪入れずに返事をします」
「確か俺の着替えは電子鍵をかけた俺の控え室に置いといたハズなんだが…………」
「ミサカの前ではあんな電子鍵なんて無いのと同じですよ、とミサカは胸を張って答えます」
「そんなこと言ってるんじゃなくて…………」
「心配要りません。ミサカが手にしたのはこのTシャツだけです、とミサカは当麻さんの
心配が杞憂であることを前もって宣言します。ミサカは決してバックの中にあった当麻
さんの青いトランクスを取り出したとか、それをじっくり観察したとか、ホッペで感触
を確認したとか、ましてや頭に被ったりとかした訳ではありませんとミサカの潔白を念
には念を入れて力説します」
「あのなぁーっ」
「なんでしょう?」
「…………もういい」
「そうですか。では最後に。
いくら男性の衣服とはいえ柔軟剤を入れて洗濯した方が下着はゴワゴワせずに済みますよ
とミサカは少しヒリヒリする頬をさすりながら当麻さんに柔軟剤の使用を強くお薦めしてみます」
「…………」
それ以上御坂妹につっこむのが怖くなった上条は右手に持っていたカップを机に置き、渡
されたタオルを頭に乗せると両手でガシガシと汗を拭きはじめた。
次に濡れたTシャツを脱いで身体の汗を拭うと新しいTシャツに袖を通した。
この時、上条はたとえ上半身だけとはいえ自分の裸を晒しているのが思春期の女子中学生
の前であることに全く気付いていなかった。
(3-5)
妄想トリップからようやく帰還した御坂美琴が携帯端末から視線をあげると最初に目に飛
び込んできたものは上半身の裸を晒した上条当麻だった。
(きゃっ!なんでレディーの前で裸を晒してんのよ。コイツ!
ビックリしたじゃない。……………………でも、
服の上からじゃ気付かなかったけど意外と筋肉質なのね。胸板も結構厚いし。
やっぱり人前でも堂々と着替えができるのは身体に自信があるからなのね。
ハーァ、私だったら絶対無理!あーあ。なんで私の胸ってこんなに小さいのよ。
もう少し大きかったらコイツに見られても恥ずかしくないのに…………
…………って何バカなこと考えてんのよ!私は)
あらぬ方向に妄想が脱線しかけた御坂美琴は瞬く間に顔を赤くしていった。
本日なぜか御坂美琴の思考は暴走気味だった。
「おっ、ようやく還ってきたか?」
「えっ、何の話?」
「いや、携帯端末を睨んだまま身動き一つしないし、時々「にへへっ」と笑ったかと思う
と顔を赤くさせるし、どこかの空想世界にでもトリップしてんじゃないかと思ってさ」
「馬鹿言ってんじゃないの。この部屋が暑いからに決まってんでしょ!
ほらアンタだってまだ汗かいてるじゃない!」
御坂美琴は妄想に浸っていたことを誤魔化そうと首に掛けていた自分のタオルを外して立
ち上がると上条の額の汗をゴシゴシと拭きはじめた。
「冗談だよ、御坂。サンキューな!」と言いかけて今度は上条が固まってしまう。
今、上条の顔前には立ち上がった御坂美琴のTシャツがある。
首にタオルを掛けていた時は気付かなかったが、御坂美琴の汗を含んだTシャツはその下
の薄いピンクのスポーツブラを透かして見せていた。しかも素肌に貼り付いたTシャツは
そのブラに包まれた慎ましやかな双丘の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
そして上条はその二つの膨らみの頂きでブラとTシャツを下から押し上げる小さな二つの
蕾に気付いてしまった。とたんに上条の心臓は激しく鼓動しはじめ心臓から送り出される
熱い血潮は上条の顔を瞬く間に紅潮させていく。
「ん?どうしたのよ?アンタこそ顔が赤いわよ。ひょっとして熱中症?」
「ピ、ピンク……」
「ピンク???何それ」
「いや、なんでも……」
「???変なの」
怪訝そうに上条の汗を拭きながら、ふと御坂美琴は上条が言ったピンクの意味に気付く。
その瞬間、御坂美琴は慌てて背を丸めると引き戻した両手で自分の胸を隠すように両手を
クロスさせた。
背を丸めた状態でうずくまり上条を見上げる御坂美琴の顔は少し涙目であった。
「みっ、見た?」
「えっ、えーっと…………」
「………………………………」
「そのーっ、ゴメン!」
「………………………………いわよ!」
「な、なに?」
「怒んないわよ!こんなことぐらいで(私だってアンタの着替えを見ちゃったんだし)
不可抗力なんでしょ!」
「そりゃ、そうなんだけどさ。やっぱりゴメン!」
「だからっていつまでこっち見てんのよ。早くあっちを向きなさい」
「わっ!ホントにゴメン」
上条が後を向いたのを確認すると御坂美琴はようやく上体を起こし自分の胸元に視線を落とす。
(うわーっ、汗でスケスケじゃないこのTシャツ…………って、え”っ!!)
その時はじめて御坂美琴は自分の胸の先端がTシャツを押し上げてその存在を主張してい
ることに気付いた。
(なっ、なんで今日に限ってニプレスを着けてないのよ。私。
まさかこれもアイツに見られちゃったわけ?
ひょっとしてエッチな娘(こ)だと思われた?わぁぁーん、どうしよーっ)
御坂美琴は目に涙を浮かべつつ急いで濡れたTシャツを脱ぎタオルで徹底的に身体の汗を
拭き取ると乾いたTシャツを着込み何度もブラが透けて見えないことを確認した上でさら
に念を入れて胸元を隠すようにタオルを首から掛けるとようやく一安心した。
そして大きく深呼吸してから上条に声を掛けた。
「もう良いわよ。こっちを向いても」
「いいのか?じゃあそっち向くぞ!」
振り返った上条と御坂美琴が目を合わせるとどちらも顔を赤らめ照れくさそうにアハハッ
と笑い出した。
上条も御坂美琴も気付かなかったが二人の様子をじっと見つめる御坂妹は少し不機嫌そう
に眉間にしわを寄せていた。
(コードレッド・グレードαの緊急事態発生!発信者ミサカ10032号は本緊急事態に
対して第23017回全ミサカ評議会の即時開催を要求します)
ミサカネットワークに発信された御坂妹の呼びかけは瞬時に世界中に散らばる妹達(シス
ターズ)の間を駆け巡った。