(3-21)
ブラックキャットが現れてから姫神秋沙はずっと探っていた。
もちろん一番格好良い登場のタイミングを窺っていた訳ではない。
舞台から感じる違和感の正体を探っていたのだ。
突如舞台に現れたブラックキャットの第一印象は(変態!?)の一言に尽きた。
不覚にもそのコスチュームのエロさに唖然となった。
町中を巫女装束で歩いても平気な姫神秋沙ですら流石にアレを着る度胸はない。
(あんなモノを人前で着るだなんて…………一体どんな神経してるのかしら?)
しかし外見とは裏腹にブラックキャットの戦闘力は桁外れに高かった。
流石に一人で超能力者(レベル5)に喧嘩を売るだけのことはある。
その動きはとても人間のものとは思えない。
(能力者でもないのに御坂さんを圧倒するなんて…………凄い女(ひと)。
実はあのコスチュームが筋力を強化している…………って訳無いわね。
エロさは十二分に強化しているみたいだけど…………
それに薬を使っているようにも改造人間にも見えない…………でもあの胸。
あの巨乳だけは改造手術のおかげかも。
多分そう。きっとそう。そうじゃなきゃいけない!!)
妙に乳に対して対抗意識を燃やす姫神秋沙であった。
実は、近頃Bカップのブラが少し窮屈に感じ始めたことが嬉しくて堪らなかった。
(ふふっ。順調ならもうすぐ私もCカップ。
これでバスト勝負なら御坂さんに圧勝。
まあ所詮相手は発育途上前の中学生。
御坂さんには悪いけど年上のアドバンテージは有効に利用しないとね。
上条君にアピールするならやっぱり私もセクシーなスーツに替えた方が良いかしら?)
などと一人ほくそ笑んでいたのだ。
それなのに目の前に現れたのが巨乳&露出女である。
下には下(A、AA)がいるように上にも上(D、E、F)がいるのだった。
最初ブラックキャットのエロさに唖然とし、次にその戦闘力の高さに驚いた姫神秋沙だったが
最後はこの女に巨乳を与えやがったエコ贔屓な神様に思いつく限りの暴言を吐きかけていた。
暴言の弾切れでようやく冷静になると、いつの間にか舞台を包む空気が一変していたこと
に気付いた。
(あれっ!?おかしい。
あの露出女の放つプレッシャーは確かに凄いけど…………
それ以外の強いプレッシャーも感じる。これは一体…………何?)
それはこの場に居る学園都市の住人の中で唯一姫神秋沙だけが感知できたものだった。
舞台ではブラックキャットが学園都市製バトルスーツを着た御坂美琴を圧倒している。
相手が魔術師だとうすうす感づいているからこそ姫神秋沙は不思議だった。
以前、姫神秋沙はインデックスから魔術について話を聞いたことがある。
魔術師はそもそも能力を持たない普通の人間だということ。
魔術に必要な魔力は体内で様々な術的作業を行って初めて生まれること。
そして強力な魔術ほど莫大な魔力が必要であり、その魔力精製作業が魔術師の身体を圧迫
するために強力な魔術師ほど運動機能としての持久力が少ないこと。
ブラックキャットが強力な魔術によって戦闘力を飛躍的にあげているのならば、超能力者
(レベル5)を圧倒し続けるには100m走のペースでフルマラソンを走りきるほどのスタミナか
外からのサポートが必要なハズだ。
姫神秋沙は何かしらの魔術がある種の力場を形成しているのだろうと考えたが、いくら
神経を研ぎ澄ましてもその正体が判らない。
姫神秋沙が判らないのは当然である。
魔術に精通した人間であったならばカナミンショーを見に来るとは思えない年齢の人間が
観客席にチラホラと混じっている不自然さに気付いたかもしれない。
しかし彼らは天草式十字凄教の精鋭10名である。
風景に溶け込むように巧妙に群衆に紛れ込む彼らは自分の隣に座っている学生にすらその
存在を認識させていない。
姫神秋沙はカナミンを介してではあるが世界で唯一魔術を扱える能力者である。
それに魔術を指南した人物が10万3000冊の魔導書を持つ禁書目録(インデックス)
なのだから科学サイドでは魔術に詳しい人間だと言える。
しかし膨大な魔力を持ち強力な魔法を使えても魔術に関する知識と経験は魔術サイドに
おいては初級者レベルに過ぎなかった。
対する天草式十字凄教の実戦部隊は少人数ながらもその実力は今や魔術サイドにおいて
トップクラスと言われている。
例えるなら才能溢れる素人ボクサーと世界チャンピオンとの一戦だろう。
(3-22)
天草式のメンバーの内5人は舞台を取り囲むように観客席のみならず通路やスタッフルーム
にまで入り込んでいる。
彼らを線で結べば陰陽道における魔除けの呪符『五芒星』になるのだが、存在感を際だた
せることなくそこに存在する彼らに誰も気付かない。
また五芒星の内にできる五角形の頂点には前もって緑、紅、黄、白、黒のビニールテープ
で舞台の床に×マークが描いていた。
緑、紅、黄、白、黒はそれぞれ陰陽五行説の木・火・土・金・水の5元素を表す。
五和の登場に合わせて彼らが所定の位置に動いたことで五芒星が完成し五和への防御術式が発動したのだ。
姫神秋沙が感じた違和感の正体はこれであった。
五和は常にこの五角形の内側に身を置きつつフリウリスピアのリーチを最大限利用し闘っていた。
だから緒戦において下手へ後退する御坂妹を追撃しなかったのだ。
5人が五芒星を構築し、残り5人が五芒星を介して戦闘によって消耗していく各種術式を
補強していた。
一見すると彼らは舞台に向かってただ声援を送っているようにしか見えない。
しかし彼らは声援の中に五和をアシストする言霊を組み込んでいた。
超能力者と対峙している五和は一瞬たりとも気を抜くことなどできない。
だから天草式のメンバーは反射速度や筋力を増強する術式や防御魔術・回復魔術などを
五和に替わって常に上書きしていた。
つまり御坂美琴は11人の魔術師を相手に闘いを繰り広げていたのだ。
天草式の精鋭が相手では姫神秋沙がどんなに神経を研ぎ澄まそうが相手の術が何なのか、
どこに何人潜んでいるのかを探り当てることなどできない。
ようやく姫神秋沙は相手が魔術師の集団であり、その実力が今の自分では太刀打ちできな
いほど高いことに気付く。
だが姫神秋沙は諦めなかった。
姫神秋沙の使い魔(アガシオン)はカナミンの容姿をしているが、元々は大地を走る竜脈
からテレズマを吸い上げ姫神秋沙に集める式神のような存在だ。
もし今強力な魔術が発動しているならその影響は水面に伝わる波紋のように竜脈に乱れを
生じさせるはずである。
姫神秋沙はカナミンを介して僅かな竜脈の乱れを読み取り波紋の中心にある術式の起点を
探し出そうとした。
そして目を閉じて意識を地下の竜脈に向ける。
(クラウンパレスって不思議な所。
たくさんの竜脈が地下で交差してる。まるで人体の経絡。
地表近くに3本、それに地下深くに5本の大きな流れがある。
それに細かい支流が100本以上。
あれっ?……………………
表層の3本からテレズマが渦を巻くように地上に吸い上げられている。
それだけじゃない。渦はもっと下まで伸びて全部の竜脈に繋がっているみたい。
あからさまに不自然なんだけど……………………
ここから100mも離れてるから…………こことは関係ない…………のかな???)
姫神秋沙は改めてこの会場の真下を流れる2本の大きな竜脈とその12本の支流に意識を集中させる。
確かにそれらの竜脈の流れが時々わずかに揺らぐのを感じる。
(この揺らぎを生む波紋の中心がこの魔術の起点となる魔術師か霊装のはず)
しかしその作業は砂浜に落ちた米粒を探すようなものであり、とてつもない集中力を必要とした。
姫神秋沙の額に珠のように噴き出す汗はこの陽気のせいだけではない。
集中すること十数分ようやく波紋の中心を探り出した。
(見つけた!
舞台の上。しかも1カ所じゃない。5カ所!
あれかしら!舞台の床にビニールテープで描かれた×印。
あそこに何かしらの霊装が隠されているハズ。
よーし。あそこに魔法を叩き込めば…………)
しかしその時、鳩尾を押さえる御坂美琴に槍が叩き付けられようとしていることに気付いた。
(あっ。危ない!御坂さん!!)
姫神秋沙は魔法攻撃を後回しにして急いでカナミンを御坂美琴のもとに向かわせる。
カナミンは塔の先端から一直線に御坂美琴の後ろに舞い降りると、イージスフィールドを
まとわせた薄紫色に輝くマジカルステッキを頭上高く掲げた。
「バキッ」
マジカルステッキが振り下ろされたフリウリスピアを受け止めると低い打撃音が舞台に鳴り響いた。
(2-23)
同時にカナミンの体内を「ズゥーン」というとてつもなく重い衝撃が通り抜ける。
それはまるで打撃の瞬間に穂先が変質しその質量を何千倍にも増やしたような一撃だった。
その瞬間カナミンの両腕にノイズのようなさざ波が走りその肌にパズルのような線が浮びあがった。
『運動量保存則』を無視した攻撃は学園都市製耐爆スーツであっても防ぐことはできなかっただろう。
もし御坂美琴がこの一撃を食らっていたら一瞬で意識を刈りとられていたに違いない。
渾身の打撃を受け止められたブラックキャットがカナミンを睨み付けてくる。
少し遅れてダメージの抜けきらない御坂美琴が不思議そうに後ろを振り返ってきた。
御坂美琴と視線を合わせるとカナミンはニッコリと微笑みウインクしてみせた。
その表情は(大丈夫!私に任せて)と言っているようだ。
カナミンがグリップを握る右手の人差し指を立てると指先に白い羽毛のような『癒之御使
(エンゼルフェザー)』が現れる。
そして『癒之御使(エンゼルフェザー)』を御坂美琴に届けようとするが、その直前にブラック
キャットに先手を打たれてしまう。
(御坂美琴が回復して2対1となれば勝機はない)そう判断した五和は先手を取って攻撃
魔術を2人にぶつけることにしたのだ。
五和は大きく後方に飛び退き2人から距離を取る。
跳躍中にフリウリスピアを脇に挟み左手の円形盾の裏から青い紙切れと鉛筆を取り出し、
着地と同時に床に青い紙切れを叩き付け鉛筆で青紙に点を穿つ。
水を象徴する青紙に点を穿つことで氷の術式を発動させる。
すると青紙から1mもある鋭い氷柱が「ジャキン!」と突き出る。
そして次々と現れる尖った氷柱がその鋭い先端をミサカ美琴達に向け襲いかかる。
対して、カナミンはマジカルステッキを握る右手に力を込め前方へ先端を振り出す。
「シュプリームフレア」
赤く輝くマジカルステッキから火炎がほとばしり押し寄せる氷柱をことごとく溶かしていく。
だがその拍子に御坂美琴に向かうはずだった『癒之御使(エンゼルフェザー)』はヒラヒラと
舞い上がってしまう。
一方、五和は「チッ!」と舌打ちすると今度は両掌を身体の前で打ち合わせる。
五和の両掌にはそれぞれ『火』の文字が書かれていた。
二つの『火』を重ねることで炎の術式が発動し炎の龍が解き放たれる。
五和の両手からこぼれ出た炎が瞬く間に全長5mもの炎の龍へと成長する。
そして炎の龍は鉄傘近くまで舞い上がるとそれ自身がまるで意思を持つかのようにその炎
の瞳で御坂美琴達を睨み付ける。
近くの照明用ライトが炎の龍の放つ高熱で次々と砕け散り、粉々になったガラスがさらに
溶かされ、まさにガラスの雨となって舞台に降り注ぐ。
炎の龍は炎が溢れ出す口を大きく開けると御坂美琴達に炎の牙を突き立てようと襲いかかる。
「スプラッシュ・ウイップ」
マジカルステッキから大量の水が吹き出すと水の鞭となって炎の龍を迎え撃ち、水の鞭が
炎の龍に何重にも巻き付きその身体を締め上げていく。
しかし炎の龍の熱量は巻き付いた水の鞭から大量の水蒸気を噴きあがらせる。
炎の龍が水の鞭を焼き千切ろうと身をくねらせる度に水の鞭からさらに激しく水蒸気を吹き上がらせていく。
だが炎の龍は徐々にその動きを鈍らせ、僅ではあったがその身体を萎ませ始めた。
劣勢とみた五和は円形盾から細長い赤紙を取り出すとフリウリスピアの柄に貼り付ける。
するとフリウリスピアの穂先が真っ赤に輝き出す。
その赤光を放つ穂先を五和が炎の龍にかざすと炎の龍は再び火勢を強めていく。
五和はフリウリスピアの三つ又の穂先と柄を「火」という漢字の3画に対応させ、貼り付
けた赤い紙を4画目とすることでフリウリスピアに火の象徴を与えていた。
それを炎の龍にかざし三重に火を重ねることで炎の龍はその火勢を一気に倍増させたのだ。
一気に膨れあがった炎の龍は今にも水の鞭を引き千切りそうだ。
御坂美琴は目の前でぶつかり合う魔術を何もできずに眺めていた。
一度弱まったはずの炎の龍が再び火勢を増し迫ってきているのに身体はまだ動かない。
「炎の龍の額にある核を潰して!」という声を聞いた気もするが、ブラックキャットから
受けたダメージが抜けきっていない身体はまだ言うことを聞いてくれない。
そんな御坂美琴の頭に一度は舞い上がってしまった『癒之御使(エンゼルフェザー)』が
静かに舞い降りてきた。
(3-24)
時間を遡ること5分、ミサカ100032号こと御坂妹は暴徒鎮圧用の非致死性ゴム弾を
装填したライアットガンを構えていた。
先ほど舞台において五和に軽くあしらわれてしまった御坂妹は武器を持ち替え観客席の左
後方にある照明灯の基部に移動していた。
攻撃をロングレンジからの銃撃に切り替えたのだ。
とはいえ標的までは僅か40m、ライアットガンであっても確実に仕留められる距離である。
照準を女幹部の背中に合わせた時、彼女のオリジナルである御坂美琴にフリウリスピアが
振り下ろされようとしていた。
御坂妹は迷わず引き金を引き絞る。
「ダァン!バキッ!」
しかし外れるはずのないゴム弾は標的に命中しなかった。
ゴム弾は舞台の床で跳弾し奥の書き割りを破壊しただけだった。
狙撃に気付いた標的が回避した訳ではない。
それなのに弾は標的をかすりもしなかった。
表情の変化に乏しい御坂妹ではあるがその顔には明らかな戸惑いの色が浮かんでいる。
「ナゼ???とミサカは戸惑います。ミサカの射撃手順にミスはありませんでした。
この銃に不具合が生じた形跡も見あたりません。一体何が起こったのでしょう?」
御坂妹は気付かないが天草式が展開した魔法陣には弾丸よけの術式も組み込まれていた。
五和達が今回の闘いにおいて御坂美琴の次に警戒していたのは遠距離からの狙撃であった。
その弾丸よけの術式は光学操作系の能力に酷似しており、防御対象にむけて遠距離から
殺気を集中させる者に対してのみ作用しその視覚情報を攪乱する。
御坂妹が標的に集中するほど照準は少しずつ狂わされていくのだ。
(標的は何らかの方法で照準を狂わせている模様。
光学操作系能力の可能性が高いと思われるもののその原理は不明。
現状のままではミサカの銃弾が標的を捉える可能性は0.01%以下です、
とミサカ10032号は現状を報告します)
(大丈夫です。私達がついています、とミサカ10039号は声高らかに宣言します。
ようやくミサカ達の出番がやって来ました。全員先ほどの狙撃を観測しましたか?」
(ギリギリ間に合いました、
とミサカ17255号は左側階段後方より息を整えつつ報告します)
(10分も前に到着し5列目左端の座席を確保済みです、
とミサカ19090号は余裕の表情で報告します)
(4分前から待機中のミサカも正面階段の中段からしっかり観測しました、
とミサカ15678号は申告します)
(7分前から座席『ほ-43』にて観戦中です
とミサカ10100号は途中売店でジュースを買わなければもっと早かったのにという
事実は秘匿しつつ報告します)
(正面最前列『最終信号』の左横を確保しました、
とミサカ19961号は上位個体とポップコーン争奪戦を繰り広げつつ仕事はちゃんと
していますよと報告します)
(右後方照明灯基部からは観客席の妹達(シスターズ)の配置まで良く判ります
とミサカ16483号は報告します。しかしミサカ13577号の姿が確認できません。
どうしたのでしょう?)
(上手側舞台袖に潜伏中です、
とミサカ13577号は侵入に使った段ボール箱の中から舞台を覗き見つつ『どこかの
段ボール箱を被った工作員』気分を満喫しています)
「ミサカ10032号の視覚に何らかの欺瞞情報が上書きされた可能性が94%以上
とミサカ10039号は共有された視覚情報から判断します」
「お姉様に視覚を操作されている様子がないことからこの能力の作用範囲は特定の条件を
満たすものに限定されていると考えられます、とミサカ19090号は推測します」
「ミサカ10032号の視覚に何らかの細工がされているなら、9人の視覚情報から標的
の3次元像を再構成すれば特定パターンのノイズが現れるはず
とミサカ15678号は提案します」
「ミサカ達9人から任意にピックアップした視覚情報から1510通りの3次元像を再構築し
比較すればミサカ10032号の視覚に上書きされた欺瞞情報を割り出すことは可能です
とミサカ16483号は補足します」
「妹達(シスターズ)9968名で演算すれば47秒で結果が出るはずです
とミサカ10039号は演算開始の号令を全ミサカに発信します」
────────────────────────────────
(3-25)
「演算終了。
ミサカ10032号の照準誤差が発射直前の3.2秒間に指数関数的に増加したことを
確認。標的への集中によって視野が狭くなることに乗じて狙撃者の視覚を撹乱したもの
と結論づけます、とミサカ19090号は演算結果を報告します」
「ではミサカ10032号は照準後ミサカ達のナビゲートに従って照準を修正して下さい。
敵能力の影響が少ないミサカ10100号、13577号、19090号、19961
号が3次元像を構築し、残りのミサカがナビゲートします
とミサカ10039号は射撃手順を懇切丁寧に説明します」
「「「「「「「「 了解 」」」」」」」」
その時舞台では一度弱まった炎の龍が再び火勢を強めてカナミンを圧倒しつつあった。
「お姉様がピンチです、とミサカ10032号は簡潔に報告します。
能力の起点と思われる赤光を放つ槍の穂先に照準をセットしました。
以後のナビゲートをお願いします」
「了解、では照準を現在より右に1度23分、下に0度14分修正して下さい
とミサカ10039号はナビゲートします」
「了解。発射します!」
打ち出された御坂妹の弾丸はフリウリスピアの穂先を捉えた。
穂先にヘビー級プロボクサーのパンチ並みの衝撃を受け、五和はフリウリスピアを炎の龍
から大きく逸らしてしまう。
術式を破られた炎の龍はその火勢を急速に減じていく。
五和は弾かれたフリウリスピアを引き戻して術式の再構築を図るが、もうその火勢が戻る
ことはなかった。
五和の目の前で炎の龍が薄れると、そこには砂鉄の剣で炎の龍の額を貫き炎の核を切り
裂いた御坂美琴の姿が現れた。
御坂美琴はさらに五和に斬りかかろうとするが、カナミンにスーツの襟を掴まれに空中へ
釣り上げられてしまう。
「ちょっ、ちょっと!」
文句を言う御坂美琴に構わずに空中に飛び上がったカナミンはマジカルステッキを白く輝かせる。
「クリスタルダイヤモンド!」
するとカナミンを取り巻くように空中に5つの氷の槍が現れる。
そしてカナミンがマジカルステッキを振るうとそれらは矢のように飛んで舞台に描かれた
5つの×マークを同時に射抜いた。
すると五芒星に注がれていた大量の魔力が行き場を失い暴走する。
うっすらと燐光を放つ五芒星が浮き出たと思った瞬間、眩いほどの閃光を伴い周囲に電磁
パルスを撒き散らし会場内のいくつかの電子機器を故障させる。
それは意外な所にまで作用した。
自爆機能など付いているハズのないスピーカーがなぜか大爆発したのだ。
周囲に大量の部品を撒き散らし、部品の一つが天井にまで届いた程だ。
当然のことながらそのスピーカーの横には世界一不幸な高校生上条当麻がいた。
上条当麻は舞台でバトルを続けている美少女達のことを皆良く知っている。
だからこそどちらかに肩入れする訳にもいかず戦闘開始以来目立たぬように舞台の片隅にいたのだ。
そんな上条を爆風が舞台中央へ押し出した。
さらに天井まで吹き飛んだ部品が照明用ライトを上条目がけて落下させる。
「おっわったった!」
上条はとっさに身体を捻って落下してきたライトを避けたが更にバランスを崩す結果と
なり上条は顔面から舞台に倒れ込む。
しかし上条が顔面を叩き付けたのは硬い床板ではなく柔らかい物体だった。
それは天草式の術式が破られたことに気を取られた五和の無防備な胸だった。
上条は不幸(?)にもそんな五和の胸の谷間に顔をすっぽり埋めていた。
1.3秒後その正体に気付いた上条は慌てて五和から離れる。
先に口を開いたのは狼狽える上条ではなく五和だった。
「だ、大丈夫ですか?当麻さん」
「わっ、悪りぃ。五和」
「いえ、気になさらないで下さい。当麻さんのお役に立てたのなら嬉しいです」
そして顔を赤らめて見つめ合う五和と上条。
「「ビッシィィッ!!」」
上条と五和は気付かなかったが、この時舞台奥と舞台袖にいた二人の美少女のこめかみに
浮かんだ青筋がブチ切れていた。
その一人、御坂美琴は既視感(デジャヴ)に囚われていた。
(なによ!アイツったらデレデレしちゃって!巨乳がなんだっていうのよ!!
でも、さっきの光景ってどこかで見たことがある…………どこだったかしら?…………)
もう一人の姫神秋沙も上条が口にした名前に聞き覚えがあった。
(上条君ったら。もう!なんで私じゃないのよ!私だってそれなりに大きいのに…………
でも。さっきの名前はどこかで聞いたことがある…………どこだったかしら?…………)
(( …………、あーっ!思い出した!! ))
(3-26)
御坂美琴は思い出した。
(そうだ!街でサッカーボールがアイツの頭に当たって隣の女の胸に倒れこんだ時だ。
それにあの巨乳はスパリゾート安泰泉の湯船でチラッと見えたあの胸)
姫神秋沙も思い出した。
(そうだ。インデックスさんが『たまに上条君の下宿に来る』って言っていた女の名前。
そしてこの露出狂の名前も五和)
((ということは…………この巨乳女(露出女)は私の敵!))
御坂美琴と姫神秋沙。二人の心が一つになった瞬間であった。
「いくわよ、秋沙!」
「任せなさい。御坂さん!」
「いっけえぇぇ────────────!」
超電磁砲(レールガン)が咆吼を響かせ観客席を背にする五和に放たれる。
「ひッ!!」その迫力に思わず五和は上半身を捻ってその一撃を回避してしまった。
(しまった)と五和が観客席へ振り向いたとき、観客席に直撃すると思われたのレールガンが
魔法障壁(イージスフィールド)に弾かれ斜め上方に飛び出すのが見えた。
「ほら、どんどん行くわよ!」
続けて御坂美琴からレールガンが3連射される。
一撃目。なんとか素早い足裁きで身体を横に滑らせて避けることができた。
しかし天草式からのサポートが途切れた状態での無理な体重移動は五和をふらつかせる。
二撃目。回避を諦めフリウリスピアを両手できつく握りしめ身構える。
レールガンが直撃すれば魔術的補強を施したフリウリスピアとはいえタダでは済まない。
だから弾き返すのではなく斜め後方に弾いて逸らす必要があった。
五和は音速の3倍で飛来するコインをフリウリスピアの柄に当て後方に弾き飛ばすという
神業を完璧にやってのけた。
同時にフリウリスピアが砕けないようにレールガンの衝撃を手首、肘、肩、腰、膝、足首
全てを使って受け流す。
それでも獰猛な衝撃は五和の身体の中で荒れ狂い骨・筋肉・関節構わず容赦なく軋ませる。
しかも一瞬遅れでやってきた衝撃波が身体の外から追い討ちをかける。
三撃目。最後の一撃もフリウリスピアで弾いた。
しかし二撃目のダメージが残る五和の身体はもはやその衝撃を受け流すことができない。
もろにレールガンの衝撃を受けたフリウリスピアは粉々に砕け散り、衝撃波は五和を大きくよろめかせる。
「これでお終いよ!」
フリウリスピアを失いバランスを崩した五和にトドメのレールガンが放たれた。
しかし激しい閃光が舞台を満たしたもののその後に続くハズの爆音と衝撃波はなぜか起こらなかった
閃光がおさまった舞台では御坂美琴と五和の間に割って入った怪人(上条)が御坂美琴へ向け右手を突き出していた
「なっ、なんで?」
戸惑う御坂美琴。そして呆然と立ちつくす五和。
怪人(上条)は彼女たちには構わず、とってつけたようなセリフを吐き出す。
「ブラックキャット様!我々ではとても敵いません。
ここはひとまず撤退しましょう。
憶えていろ!カナミン。それに雷光の双子(ジェミニ)。
次こそは叩きのめしてやるからなああぁぁぁ!」
怪人(上条)は捨てぜりふを吐きながらブラックキャットの手を引いて舞台上手へと脱兎
のごとく走り去ってしまった。
あまりの急展開に御坂美琴は舞台上で呆気にとられて身動きできないでいる。
「こうしてカナミンと『雷光の双子(ジェミニ)』によって学園都市の平和は守られた。
しかし学園都市を狙う悪の組織が滅んだ訳ではない。
超機動少女(マジカルパワード)カナミンの闘いはまだ終わらない!
頑張れカナミン!学園都市の平和を守れるものは君達しかいない!」
舞台のスピーカーからとってつけたようなナレーションが流されると、舞台下手から進行
係のお姉さんが登場する。
「みなさ~ん。どうでしたか~~?」
お姉さんは今回の騒動があたかも脚本通りだったかのように、にこやかな表情で観客席に
手を振ると、めくれ上がった床板を軽やかなステップで避けて歩き、砕け散ったガラス片
は軽く跳び越えて舞台中央までやって来た。
さすがプロ根性が為せる業である。
「これをもちまして『超機動少女カナミン=ダイバージェンス=』ショーは終演で~す。
では皆さん!学園都市の平和を守ってくれたカナミンさんと本日の特別ゲスト『雷光の
双子(ジェミニ)』さんに大きな拍手を!」
「「「わあ──────!」」」
観客席から割れんばかりの大きな拍手と歓声が沸き上がる。
ブラックキャットが現れてから姫神秋沙はずっと探っていた。
もちろん一番格好良い登場のタイミングを窺っていた訳ではない。
舞台から感じる違和感の正体を探っていたのだ。
突如舞台に現れたブラックキャットの第一印象は(変態!?)の一言に尽きた。
不覚にもそのコスチュームのエロさに唖然となった。
町中を巫女装束で歩いても平気な姫神秋沙ですら流石にアレを着る度胸はない。
(あんなモノを人前で着るだなんて…………一体どんな神経してるのかしら?)
しかし外見とは裏腹にブラックキャットの戦闘力は桁外れに高かった。
流石に一人で超能力者(レベル5)に喧嘩を売るだけのことはある。
その動きはとても人間のものとは思えない。
(能力者でもないのに御坂さんを圧倒するなんて…………凄い女(ひと)。
実はあのコスチュームが筋力を強化している…………って訳無いわね。
エロさは十二分に強化しているみたいだけど…………
それに薬を使っているようにも改造人間にも見えない…………でもあの胸。
あの巨乳だけは改造手術のおかげかも。
多分そう。きっとそう。そうじゃなきゃいけない!!)
妙に乳に対して対抗意識を燃やす姫神秋沙であった。
実は、近頃Bカップのブラが少し窮屈に感じ始めたことが嬉しくて堪らなかった。
(ふふっ。順調ならもうすぐ私もCカップ。
これでバスト勝負なら御坂さんに圧勝。
まあ所詮相手は発育途上前の中学生。
御坂さんには悪いけど年上のアドバンテージは有効に利用しないとね。
上条君にアピールするならやっぱり私もセクシーなスーツに替えた方が良いかしら?)
などと一人ほくそ笑んでいたのだ。
それなのに目の前に現れたのが巨乳&露出女である。
下には下(A、AA)がいるように上にも上(D、E、F)がいるのだった。
最初ブラックキャットのエロさに唖然とし、次にその戦闘力の高さに驚いた姫神秋沙だったが
最後はこの女に巨乳を与えやがったエコ贔屓な神様に思いつく限りの暴言を吐きかけていた。
暴言の弾切れでようやく冷静になると、いつの間にか舞台を包む空気が一変していたこと
に気付いた。
(あれっ!?おかしい。
あの露出女の放つプレッシャーは確かに凄いけど…………
それ以外の強いプレッシャーも感じる。これは一体…………何?)
それはこの場に居る学園都市の住人の中で唯一姫神秋沙だけが感知できたものだった。
舞台ではブラックキャットが学園都市製バトルスーツを着た御坂美琴を圧倒している。
相手が魔術師だとうすうす感づいているからこそ姫神秋沙は不思議だった。
以前、姫神秋沙はインデックスから魔術について話を聞いたことがある。
魔術師はそもそも能力を持たない普通の人間だということ。
魔術に必要な魔力は体内で様々な術的作業を行って初めて生まれること。
そして強力な魔術ほど莫大な魔力が必要であり、その魔力精製作業が魔術師の身体を圧迫
するために強力な魔術師ほど運動機能としての持久力が少ないこと。
ブラックキャットが強力な魔術によって戦闘力を飛躍的にあげているのならば、超能力者
(レベル5)を圧倒し続けるには100m走のペースでフルマラソンを走りきるほどのスタミナか
外からのサポートが必要なハズだ。
姫神秋沙は何かしらの魔術がある種の力場を形成しているのだろうと考えたが、いくら
神経を研ぎ澄ましてもその正体が判らない。
姫神秋沙が判らないのは当然である。
魔術に精通した人間であったならばカナミンショーを見に来るとは思えない年齢の人間が
観客席にチラホラと混じっている不自然さに気付いたかもしれない。
しかし彼らは天草式十字凄教の精鋭10名である。
風景に溶け込むように巧妙に群衆に紛れ込む彼らは自分の隣に座っている学生にすらその
存在を認識させていない。
姫神秋沙はカナミンを介してではあるが世界で唯一魔術を扱える能力者である。
それに魔術を指南した人物が10万3000冊の魔導書を持つ禁書目録(インデックス)
なのだから科学サイドでは魔術に詳しい人間だと言える。
しかし膨大な魔力を持ち強力な魔法を使えても魔術に関する知識と経験は魔術サイドに
おいては初級者レベルに過ぎなかった。
対する天草式十字凄教の実戦部隊は少人数ながらもその実力は今や魔術サイドにおいて
トップクラスと言われている。
例えるなら才能溢れる素人ボクサーと世界チャンピオンとの一戦だろう。
(3-22)
天草式のメンバーの内5人は舞台を取り囲むように観客席のみならず通路やスタッフルーム
にまで入り込んでいる。
彼らを線で結べば陰陽道における魔除けの呪符『五芒星』になるのだが、存在感を際だた
せることなくそこに存在する彼らに誰も気付かない。
また五芒星の内にできる五角形の頂点には前もって緑、紅、黄、白、黒のビニールテープ
で舞台の床に×マークが描いていた。
緑、紅、黄、白、黒はそれぞれ陰陽五行説の木・火・土・金・水の5元素を表す。
五和の登場に合わせて彼らが所定の位置に動いたことで五芒星が完成し五和への防御術式が発動したのだ。
姫神秋沙が感じた違和感の正体はこれであった。
五和は常にこの五角形の内側に身を置きつつフリウリスピアのリーチを最大限利用し闘っていた。
だから緒戦において下手へ後退する御坂妹を追撃しなかったのだ。
5人が五芒星を構築し、残り5人が五芒星を介して戦闘によって消耗していく各種術式を
補強していた。
一見すると彼らは舞台に向かってただ声援を送っているようにしか見えない。
しかし彼らは声援の中に五和をアシストする言霊を組み込んでいた。
超能力者と対峙している五和は一瞬たりとも気を抜くことなどできない。
だから天草式のメンバーは反射速度や筋力を増強する術式や防御魔術・回復魔術などを
五和に替わって常に上書きしていた。
つまり御坂美琴は11人の魔術師を相手に闘いを繰り広げていたのだ。
天草式の精鋭が相手では姫神秋沙がどんなに神経を研ぎ澄まそうが相手の術が何なのか、
どこに何人潜んでいるのかを探り当てることなどできない。
ようやく姫神秋沙は相手が魔術師の集団であり、その実力が今の自分では太刀打ちできな
いほど高いことに気付く。
だが姫神秋沙は諦めなかった。
姫神秋沙の使い魔(アガシオン)はカナミンの容姿をしているが、元々は大地を走る竜脈
からテレズマを吸い上げ姫神秋沙に集める式神のような存在だ。
もし今強力な魔術が発動しているならその影響は水面に伝わる波紋のように竜脈に乱れを
生じさせるはずである。
姫神秋沙はカナミンを介して僅かな竜脈の乱れを読み取り波紋の中心にある術式の起点を
探し出そうとした。
そして目を閉じて意識を地下の竜脈に向ける。
(クラウンパレスって不思議な所。
たくさんの竜脈が地下で交差してる。まるで人体の経絡。
地表近くに3本、それに地下深くに5本の大きな流れがある。
それに細かい支流が100本以上。
あれっ?……………………
表層の3本からテレズマが渦を巻くように地上に吸い上げられている。
それだけじゃない。渦はもっと下まで伸びて全部の竜脈に繋がっているみたい。
あからさまに不自然なんだけど……………………
ここから100mも離れてるから…………こことは関係ない…………のかな???)
姫神秋沙は改めてこの会場の真下を流れる2本の大きな竜脈とその12本の支流に意識を集中させる。
確かにそれらの竜脈の流れが時々わずかに揺らぐのを感じる。
(この揺らぎを生む波紋の中心がこの魔術の起点となる魔術師か霊装のはず)
しかしその作業は砂浜に落ちた米粒を探すようなものであり、とてつもない集中力を必要とした。
姫神秋沙の額に珠のように噴き出す汗はこの陽気のせいだけではない。
集中すること十数分ようやく波紋の中心を探り出した。
(見つけた!
舞台の上。しかも1カ所じゃない。5カ所!
あれかしら!舞台の床にビニールテープで描かれた×印。
あそこに何かしらの霊装が隠されているハズ。
よーし。あそこに魔法を叩き込めば…………)
しかしその時、鳩尾を押さえる御坂美琴に槍が叩き付けられようとしていることに気付いた。
(あっ。危ない!御坂さん!!)
姫神秋沙は魔法攻撃を後回しにして急いでカナミンを御坂美琴のもとに向かわせる。
カナミンは塔の先端から一直線に御坂美琴の後ろに舞い降りると、イージスフィールドを
まとわせた薄紫色に輝くマジカルステッキを頭上高く掲げた。
「バキッ」
マジカルステッキが振り下ろされたフリウリスピアを受け止めると低い打撃音が舞台に鳴り響いた。
(2-23)
同時にカナミンの体内を「ズゥーン」というとてつもなく重い衝撃が通り抜ける。
それはまるで打撃の瞬間に穂先が変質しその質量を何千倍にも増やしたような一撃だった。
その瞬間カナミンの両腕にノイズのようなさざ波が走りその肌にパズルのような線が浮びあがった。
『運動量保存則』を無視した攻撃は学園都市製耐爆スーツであっても防ぐことはできなかっただろう。
もし御坂美琴がこの一撃を食らっていたら一瞬で意識を刈りとられていたに違いない。
渾身の打撃を受け止められたブラックキャットがカナミンを睨み付けてくる。
少し遅れてダメージの抜けきらない御坂美琴が不思議そうに後ろを振り返ってきた。
御坂美琴と視線を合わせるとカナミンはニッコリと微笑みウインクしてみせた。
その表情は(大丈夫!私に任せて)と言っているようだ。
カナミンがグリップを握る右手の人差し指を立てると指先に白い羽毛のような『癒之御使
(エンゼルフェザー)』が現れる。
そして『癒之御使(エンゼルフェザー)』を御坂美琴に届けようとするが、その直前にブラック
キャットに先手を打たれてしまう。
(御坂美琴が回復して2対1となれば勝機はない)そう判断した五和は先手を取って攻撃
魔術を2人にぶつけることにしたのだ。
五和は大きく後方に飛び退き2人から距離を取る。
跳躍中にフリウリスピアを脇に挟み左手の円形盾の裏から青い紙切れと鉛筆を取り出し、
着地と同時に床に青い紙切れを叩き付け鉛筆で青紙に点を穿つ。
水を象徴する青紙に点を穿つことで氷の術式を発動させる。
すると青紙から1mもある鋭い氷柱が「ジャキン!」と突き出る。
そして次々と現れる尖った氷柱がその鋭い先端をミサカ美琴達に向け襲いかかる。
対して、カナミンはマジカルステッキを握る右手に力を込め前方へ先端を振り出す。
「シュプリームフレア」
赤く輝くマジカルステッキから火炎がほとばしり押し寄せる氷柱をことごとく溶かしていく。
だがその拍子に御坂美琴に向かうはずだった『癒之御使(エンゼルフェザー)』はヒラヒラと
舞い上がってしまう。
一方、五和は「チッ!」と舌打ちすると今度は両掌を身体の前で打ち合わせる。
五和の両掌にはそれぞれ『火』の文字が書かれていた。
二つの『火』を重ねることで炎の術式が発動し炎の龍が解き放たれる。
五和の両手からこぼれ出た炎が瞬く間に全長5mもの炎の龍へと成長する。
そして炎の龍は鉄傘近くまで舞い上がるとそれ自身がまるで意思を持つかのようにその炎
の瞳で御坂美琴達を睨み付ける。
近くの照明用ライトが炎の龍の放つ高熱で次々と砕け散り、粉々になったガラスがさらに
溶かされ、まさにガラスの雨となって舞台に降り注ぐ。
炎の龍は炎が溢れ出す口を大きく開けると御坂美琴達に炎の牙を突き立てようと襲いかかる。
「スプラッシュ・ウイップ」
マジカルステッキから大量の水が吹き出すと水の鞭となって炎の龍を迎え撃ち、水の鞭が
炎の龍に何重にも巻き付きその身体を締め上げていく。
しかし炎の龍の熱量は巻き付いた水の鞭から大量の水蒸気を噴きあがらせる。
炎の龍が水の鞭を焼き千切ろうと身をくねらせる度に水の鞭からさらに激しく水蒸気を吹き上がらせていく。
だが炎の龍は徐々にその動きを鈍らせ、僅ではあったがその身体を萎ませ始めた。
劣勢とみた五和は円形盾から細長い赤紙を取り出すとフリウリスピアの柄に貼り付ける。
するとフリウリスピアの穂先が真っ赤に輝き出す。
その赤光を放つ穂先を五和が炎の龍にかざすと炎の龍は再び火勢を強めていく。
五和はフリウリスピアの三つ又の穂先と柄を「火」という漢字の3画に対応させ、貼り付
けた赤い紙を4画目とすることでフリウリスピアに火の象徴を与えていた。
それを炎の龍にかざし三重に火を重ねることで炎の龍はその火勢を一気に倍増させたのだ。
一気に膨れあがった炎の龍は今にも水の鞭を引き千切りそうだ。
御坂美琴は目の前でぶつかり合う魔術を何もできずに眺めていた。
一度弱まったはずの炎の龍が再び火勢を増し迫ってきているのに身体はまだ動かない。
「炎の龍の額にある核を潰して!」という声を聞いた気もするが、ブラックキャットから
受けたダメージが抜けきっていない身体はまだ言うことを聞いてくれない。
そんな御坂美琴の頭に一度は舞い上がってしまった『癒之御使(エンゼルフェザー)』が
静かに舞い降りてきた。
(3-24)
時間を遡ること5分、ミサカ100032号こと御坂妹は暴徒鎮圧用の非致死性ゴム弾を
装填したライアットガンを構えていた。
先ほど舞台において五和に軽くあしらわれてしまった御坂妹は武器を持ち替え観客席の左
後方にある照明灯の基部に移動していた。
攻撃をロングレンジからの銃撃に切り替えたのだ。
とはいえ標的までは僅か40m、ライアットガンであっても確実に仕留められる距離である。
照準を女幹部の背中に合わせた時、彼女のオリジナルである御坂美琴にフリウリスピアが
振り下ろされようとしていた。
御坂妹は迷わず引き金を引き絞る。
「ダァン!バキッ!」
しかし外れるはずのないゴム弾は標的に命中しなかった。
ゴム弾は舞台の床で跳弾し奥の書き割りを破壊しただけだった。
狙撃に気付いた標的が回避した訳ではない。
それなのに弾は標的をかすりもしなかった。
表情の変化に乏しい御坂妹ではあるがその顔には明らかな戸惑いの色が浮かんでいる。
「ナゼ???とミサカは戸惑います。ミサカの射撃手順にミスはありませんでした。
この銃に不具合が生じた形跡も見あたりません。一体何が起こったのでしょう?」
御坂妹は気付かないが天草式が展開した魔法陣には弾丸よけの術式も組み込まれていた。
五和達が今回の闘いにおいて御坂美琴の次に警戒していたのは遠距離からの狙撃であった。
その弾丸よけの術式は光学操作系の能力に酷似しており、防御対象にむけて遠距離から
殺気を集中させる者に対してのみ作用しその視覚情報を攪乱する。
御坂妹が標的に集中するほど照準は少しずつ狂わされていくのだ。
(標的は何らかの方法で照準を狂わせている模様。
光学操作系能力の可能性が高いと思われるもののその原理は不明。
現状のままではミサカの銃弾が標的を捉える可能性は0.01%以下です、
とミサカ10032号は現状を報告します)
(大丈夫です。私達がついています、とミサカ10039号は声高らかに宣言します。
ようやくミサカ達の出番がやって来ました。全員先ほどの狙撃を観測しましたか?」
(ギリギリ間に合いました、
とミサカ17255号は左側階段後方より息を整えつつ報告します)
(10分も前に到着し5列目左端の座席を確保済みです、
とミサカ19090号は余裕の表情で報告します)
(4分前から待機中のミサカも正面階段の中段からしっかり観測しました、
とミサカ15678号は申告します)
(7分前から座席『ほ-43』にて観戦中です
とミサカ10100号は途中売店でジュースを買わなければもっと早かったのにという
事実は秘匿しつつ報告します)
(正面最前列『最終信号』の左横を確保しました、
とミサカ19961号は上位個体とポップコーン争奪戦を繰り広げつつ仕事はちゃんと
していますよと報告します)
(右後方照明灯基部からは観客席の妹達(シスターズ)の配置まで良く判ります
とミサカ16483号は報告します。しかしミサカ13577号の姿が確認できません。
どうしたのでしょう?)
(上手側舞台袖に潜伏中です、
とミサカ13577号は侵入に使った段ボール箱の中から舞台を覗き見つつ『どこかの
段ボール箱を被った工作員』気分を満喫しています)
「ミサカ10032号の視覚に何らかの欺瞞情報が上書きされた可能性が94%以上
とミサカ10039号は共有された視覚情報から判断します」
「お姉様に視覚を操作されている様子がないことからこの能力の作用範囲は特定の条件を
満たすものに限定されていると考えられます、とミサカ19090号は推測します」
「ミサカ10032号の視覚に何らかの細工がされているなら、9人の視覚情報から標的
の3次元像を再構成すれば特定パターンのノイズが現れるはず
とミサカ15678号は提案します」
「ミサカ達9人から任意にピックアップした視覚情報から1510通りの3次元像を再構築し
比較すればミサカ10032号の視覚に上書きされた欺瞞情報を割り出すことは可能です
とミサカ16483号は補足します」
「妹達(シスターズ)9968名で演算すれば47秒で結果が出るはずです
とミサカ10039号は演算開始の号令を全ミサカに発信します」
────────────────────────────────
(3-25)
「演算終了。
ミサカ10032号の照準誤差が発射直前の3.2秒間に指数関数的に増加したことを
確認。標的への集中によって視野が狭くなることに乗じて狙撃者の視覚を撹乱したもの
と結論づけます、とミサカ19090号は演算結果を報告します」
「ではミサカ10032号は照準後ミサカ達のナビゲートに従って照準を修正して下さい。
敵能力の影響が少ないミサカ10100号、13577号、19090号、19961
号が3次元像を構築し、残りのミサカがナビゲートします
とミサカ10039号は射撃手順を懇切丁寧に説明します」
「「「「「「「「 了解 」」」」」」」」
その時舞台では一度弱まった炎の龍が再び火勢を強めてカナミンを圧倒しつつあった。
「お姉様がピンチです、とミサカ10032号は簡潔に報告します。
能力の起点と思われる赤光を放つ槍の穂先に照準をセットしました。
以後のナビゲートをお願いします」
「了解、では照準を現在より右に1度23分、下に0度14分修正して下さい
とミサカ10039号はナビゲートします」
「了解。発射します!」
打ち出された御坂妹の弾丸はフリウリスピアの穂先を捉えた。
穂先にヘビー級プロボクサーのパンチ並みの衝撃を受け、五和はフリウリスピアを炎の龍
から大きく逸らしてしまう。
術式を破られた炎の龍はその火勢を急速に減じていく。
五和は弾かれたフリウリスピアを引き戻して術式の再構築を図るが、もうその火勢が戻る
ことはなかった。
五和の目の前で炎の龍が薄れると、そこには砂鉄の剣で炎の龍の額を貫き炎の核を切り
裂いた御坂美琴の姿が現れた。
御坂美琴はさらに五和に斬りかかろうとするが、カナミンにスーツの襟を掴まれに空中へ
釣り上げられてしまう。
「ちょっ、ちょっと!」
文句を言う御坂美琴に構わずに空中に飛び上がったカナミンはマジカルステッキを白く輝かせる。
「クリスタルダイヤモンド!」
するとカナミンを取り巻くように空中に5つの氷の槍が現れる。
そしてカナミンがマジカルステッキを振るうとそれらは矢のように飛んで舞台に描かれた
5つの×マークを同時に射抜いた。
すると五芒星に注がれていた大量の魔力が行き場を失い暴走する。
うっすらと燐光を放つ五芒星が浮き出たと思った瞬間、眩いほどの閃光を伴い周囲に電磁
パルスを撒き散らし会場内のいくつかの電子機器を故障させる。
それは意外な所にまで作用した。
自爆機能など付いているハズのないスピーカーがなぜか大爆発したのだ。
周囲に大量の部品を撒き散らし、部品の一つが天井にまで届いた程だ。
当然のことながらそのスピーカーの横には世界一不幸な高校生上条当麻がいた。
上条当麻は舞台でバトルを続けている美少女達のことを皆良く知っている。
だからこそどちらかに肩入れする訳にもいかず戦闘開始以来目立たぬように舞台の片隅にいたのだ。
そんな上条を爆風が舞台中央へ押し出した。
さらに天井まで吹き飛んだ部品が照明用ライトを上条目がけて落下させる。
「おっわったった!」
上条はとっさに身体を捻って落下してきたライトを避けたが更にバランスを崩す結果と
なり上条は顔面から舞台に倒れ込む。
しかし上条が顔面を叩き付けたのは硬い床板ではなく柔らかい物体だった。
それは天草式の術式が破られたことに気を取られた五和の無防備な胸だった。
上条は不幸(?)にもそんな五和の胸の谷間に顔をすっぽり埋めていた。
1.3秒後その正体に気付いた上条は慌てて五和から離れる。
先に口を開いたのは狼狽える上条ではなく五和だった。
「だ、大丈夫ですか?当麻さん」
「わっ、悪りぃ。五和」
「いえ、気になさらないで下さい。当麻さんのお役に立てたのなら嬉しいです」
そして顔を赤らめて見つめ合う五和と上条。
「「ビッシィィッ!!」」
上条と五和は気付かなかったが、この時舞台奥と舞台袖にいた二人の美少女のこめかみに
浮かんだ青筋がブチ切れていた。
その一人、御坂美琴は既視感(デジャヴ)に囚われていた。
(なによ!アイツったらデレデレしちゃって!巨乳がなんだっていうのよ!!
でも、さっきの光景ってどこかで見たことがある…………どこだったかしら?…………)
もう一人の姫神秋沙も上条が口にした名前に聞き覚えがあった。
(上条君ったら。もう!なんで私じゃないのよ!私だってそれなりに大きいのに…………
でも。さっきの名前はどこかで聞いたことがある…………どこだったかしら?…………)
(( …………、あーっ!思い出した!! ))
(3-26)
御坂美琴は思い出した。
(そうだ!街でサッカーボールがアイツの頭に当たって隣の女の胸に倒れこんだ時だ。
それにあの巨乳はスパリゾート安泰泉の湯船でチラッと見えたあの胸)
姫神秋沙も思い出した。
(そうだ。インデックスさんが『たまに上条君の下宿に来る』って言っていた女の名前。
そしてこの露出狂の名前も五和)
((ということは…………この巨乳女(露出女)は私の敵!))
御坂美琴と姫神秋沙。二人の心が一つになった瞬間であった。
「いくわよ、秋沙!」
「任せなさい。御坂さん!」
「いっけえぇぇ────────────!」
超電磁砲(レールガン)が咆吼を響かせ観客席を背にする五和に放たれる。
「ひッ!!」その迫力に思わず五和は上半身を捻ってその一撃を回避してしまった。
(しまった)と五和が観客席へ振り向いたとき、観客席に直撃すると思われたのレールガンが
魔法障壁(イージスフィールド)に弾かれ斜め上方に飛び出すのが見えた。
「ほら、どんどん行くわよ!」
続けて御坂美琴からレールガンが3連射される。
一撃目。なんとか素早い足裁きで身体を横に滑らせて避けることができた。
しかし天草式からのサポートが途切れた状態での無理な体重移動は五和をふらつかせる。
二撃目。回避を諦めフリウリスピアを両手できつく握りしめ身構える。
レールガンが直撃すれば魔術的補強を施したフリウリスピアとはいえタダでは済まない。
だから弾き返すのではなく斜め後方に弾いて逸らす必要があった。
五和は音速の3倍で飛来するコインをフリウリスピアの柄に当て後方に弾き飛ばすという
神業を完璧にやってのけた。
同時にフリウリスピアが砕けないようにレールガンの衝撃を手首、肘、肩、腰、膝、足首
全てを使って受け流す。
それでも獰猛な衝撃は五和の身体の中で荒れ狂い骨・筋肉・関節構わず容赦なく軋ませる。
しかも一瞬遅れでやってきた衝撃波が身体の外から追い討ちをかける。
三撃目。最後の一撃もフリウリスピアで弾いた。
しかし二撃目のダメージが残る五和の身体はもはやその衝撃を受け流すことができない。
もろにレールガンの衝撃を受けたフリウリスピアは粉々に砕け散り、衝撃波は五和を大きくよろめかせる。
「これでお終いよ!」
フリウリスピアを失いバランスを崩した五和にトドメのレールガンが放たれた。
しかし激しい閃光が舞台を満たしたもののその後に続くハズの爆音と衝撃波はなぜか起こらなかった
閃光がおさまった舞台では御坂美琴と五和の間に割って入った怪人(上条)が御坂美琴へ向け右手を突き出していた
「なっ、なんで?」
戸惑う御坂美琴。そして呆然と立ちつくす五和。
怪人(上条)は彼女たちには構わず、とってつけたようなセリフを吐き出す。
「ブラックキャット様!我々ではとても敵いません。
ここはひとまず撤退しましょう。
憶えていろ!カナミン。それに雷光の双子(ジェミニ)。
次こそは叩きのめしてやるからなああぁぁぁ!」
怪人(上条)は捨てぜりふを吐きながらブラックキャットの手を引いて舞台上手へと脱兎
のごとく走り去ってしまった。
あまりの急展開に御坂美琴は舞台上で呆気にとられて身動きできないでいる。
「こうしてカナミンと『雷光の双子(ジェミニ)』によって学園都市の平和は守られた。
しかし学園都市を狙う悪の組織が滅んだ訳ではない。
超機動少女(マジカルパワード)カナミンの闘いはまだ終わらない!
頑張れカナミン!学園都市の平和を守れるものは君達しかいない!」
舞台のスピーカーからとってつけたようなナレーションが流されると、舞台下手から進行
係のお姉さんが登場する。
「みなさ~ん。どうでしたか~~?」
お姉さんは今回の騒動があたかも脚本通りだったかのように、にこやかな表情で観客席に
手を振ると、めくれ上がった床板を軽やかなステップで避けて歩き、砕け散ったガラス片
は軽く跳び越えて舞台中央までやって来た。
さすがプロ根性が為せる業である。
「これをもちまして『超機動少女カナミン=ダイバージェンス=』ショーは終演で~す。
では皆さん!学園都市の平和を守ってくれたカナミンさんと本日の特別ゲスト『雷光の
双子(ジェミニ)』さんに大きな拍手を!」
「「「わあ──────!」」」
観客席から割れんばかりの大きな拍手と歓声が沸き上がる。