自分の右手を見る。
見慣れた手である。日焼け具合や血管の位置も覚えて――覚えきっていると言っていい。
さらに付け加えるならば、特になんの変哲もない手でもある。少なくとも外見上では。
「……うーむ」
そんな自分の利き腕を見下ろして、彼――上条当麻は教壇の上に立って白墨を持たされたまま、
とりあえず呻くように独りごちた。
そこは自分が通う高校の、自分が通う教室である。普段は何かとやかましいが、授業中ともなれば
静まり返っている。当然といえば当然だが。
そんな静寂の中で、自分の一挙手一挙動に同級生全員の注目が集まっているのをなんとなく
自覚しつつも当麻はあえてぶつぶつと言い続ける。
「幻想ならなんでも殺せる、というのは便利かもしれん。しかしアレだな、数学の二次関数とか
称するともっぱらのうわさに聞く、奇っ怪で極めて近く限りなく遠い異次元のものではないかと
想像される理解不能で正体不明の怪奇そのものな得体の知れない未知の言語を解く上では何の役にも
立たねえというのでは困るぞ俺の右腕。これは幻想じゃないっつーのか?
どう見たってこんなわけのわからんモノは幻想だろうが二次関数」
黒板に記された数式からは極力目を逸らしながら――その黒板の目前に立っているのだからどう
あがいたところで逸らしようがないのだが――、ぶつぶつと続ける。
「……上条ちゃーん?」
「そういやアレだよな。幻想ならなんでも殺せるのにRPGとかアクションゲーで行き詰った時役に立ったりは
しなかったよな。超魔界村を一周でクリアできたりすればすげー便利なのに。あれはゲームだから幻想じゃないって
ことか?意外とうるさいな、マイ右腕。別にゲームでも幻想は幻想なんだから殺してくれたってよかろーに」
結局視線を逸らすのは諦めて思い切って体を90度回転させ、腕を組んで心持ち斜めにポージングしながら、
顎を引いて遠くを見るように顔を上げた状態で独り言を続ける。
「……上条ちゃん、なにを遠い目で堂々と窓の外を見ながらぶつぶつと回想モードに入ってるんですかー?」
教師が咎めるように手を振りかざし、微妙に上を向いている当麻の視界に入ろうと飛び跳ねているのが気配で知れた。
だがそれもやはりあえて無視しつつ、
「まあそもそも幻想なら殺せるってのがどうにも曖昧だしなー。もうちょっとこう具体的なのが欲しかったな、うん。
どんなゲームでもあっという間にクリアできる!スパロボのF完をNTなしでクリアできる右腕!とかだったらすっげー自慢できたんじゃねえのか?」
しれっとした顔を取り繕いつつもドラマだがゲームだが漫画だったかで見たようなポーズと表情を、頭をフル回転させて懸命に思い出し、
それを模倣しながらずらずらと喋り続ける。
確か記憶にある「ロンリー・ダンディズムなポーズ」というのはこういう感じだったように記憶している。
「上条ちゃん、遠くを見つめながら何もかもを投げ捨てた漢の目をしてないで早く黒板に答えを書いてくださーい」
(つーか漫画に頼るロンリー・ダイナミズムってのもなんかアレだよな)
何か――よくわからない何かを促してくる教師の声は意識の外へ放り出す当麻の脳裏に、思わずそんなことがふと浮かぶ。
だがこの際、そんなことは重要ではない。今重要なのはとにかくこの場の停滞を極力自然な形でもって偽装し、
さらにその上でそれとなくフェードアウトしていくための方法を考えること――ようするに、ごまかしてずらかることだ。
それ以外のことはまったく度外視すべきことだろう。多分。
「上条ちゃんってば。すっとぼけても先生は許してあげませんよ?あれは絶対に居眠りしかかってたときの顔ですよねー?」
(考えろ、考えるんだ上条当麻。オマエは仮にも学園最強のレベル5を拳ひとつで殴り倒し、世界で20人も
いないとかいう聖人に向かって素手で突撃する分の悪い賭けは嫌いじゃない的などうしようもなく救い難いアホだろうが――ッ!)
「上条ちゃーん……」
思考は様々な意味で混迷を深めつつあるような気がしたが、やはりそれも心の奥底に押し込めてとにかく必死に考える。
といって、もはや何をどう考える必要があって今これほど必死になって考えているのかもわからなくなってきたが。
「くそッ……マジでヤバいな、これは。この上条さんをもってしてもここまでスーパーピンチに追い込まれるとは……
今の世の中荒れ放題ってのは本当かもしれん……!」
びっしりと冷や汗をかきながらも戦慄し呻く――ただ、何に戦慄しているのかはすでに自分でもわからなかった。
見慣れた手である。日焼け具合や血管の位置も覚えて――覚えきっていると言っていい。
さらに付け加えるならば、特になんの変哲もない手でもある。少なくとも外見上では。
「……うーむ」
そんな自分の利き腕を見下ろして、彼――上条当麻は教壇の上に立って白墨を持たされたまま、
とりあえず呻くように独りごちた。
そこは自分が通う高校の、自分が通う教室である。普段は何かとやかましいが、授業中ともなれば
静まり返っている。当然といえば当然だが。
そんな静寂の中で、自分の一挙手一挙動に同級生全員の注目が集まっているのをなんとなく
自覚しつつも当麻はあえてぶつぶつと言い続ける。
「幻想ならなんでも殺せる、というのは便利かもしれん。しかしアレだな、数学の二次関数とか
称するともっぱらのうわさに聞く、奇っ怪で極めて近く限りなく遠い異次元のものではないかと
想像される理解不能で正体不明の怪奇そのものな得体の知れない未知の言語を解く上では何の役にも
立たねえというのでは困るぞ俺の右腕。これは幻想じゃないっつーのか?
どう見たってこんなわけのわからんモノは幻想だろうが二次関数」
黒板に記された数式からは極力目を逸らしながら――その黒板の目前に立っているのだからどう
あがいたところで逸らしようがないのだが――、ぶつぶつと続ける。
「……上条ちゃーん?」
「そういやアレだよな。幻想ならなんでも殺せるのにRPGとかアクションゲーで行き詰った時役に立ったりは
しなかったよな。超魔界村を一周でクリアできたりすればすげー便利なのに。あれはゲームだから幻想じゃないって
ことか?意外とうるさいな、マイ右腕。別にゲームでも幻想は幻想なんだから殺してくれたってよかろーに」
結局視線を逸らすのは諦めて思い切って体を90度回転させ、腕を組んで心持ち斜めにポージングしながら、
顎を引いて遠くを見るように顔を上げた状態で独り言を続ける。
「……上条ちゃん、なにを遠い目で堂々と窓の外を見ながらぶつぶつと回想モードに入ってるんですかー?」
教師が咎めるように手を振りかざし、微妙に上を向いている当麻の視界に入ろうと飛び跳ねているのが気配で知れた。
だがそれもやはりあえて無視しつつ、
「まあそもそも幻想なら殺せるってのがどうにも曖昧だしなー。もうちょっとこう具体的なのが欲しかったな、うん。
どんなゲームでもあっという間にクリアできる!スパロボのF完をNTなしでクリアできる右腕!とかだったらすっげー自慢できたんじゃねえのか?」
しれっとした顔を取り繕いつつもドラマだがゲームだが漫画だったかで見たようなポーズと表情を、頭をフル回転させて懸命に思い出し、
それを模倣しながらずらずらと喋り続ける。
確か記憶にある「ロンリー・ダンディズムなポーズ」というのはこういう感じだったように記憶している。
「上条ちゃん、遠くを見つめながら何もかもを投げ捨てた漢の目をしてないで早く黒板に答えを書いてくださーい」
(つーか漫画に頼るロンリー・ダイナミズムってのもなんかアレだよな)
何か――よくわからない何かを促してくる教師の声は意識の外へ放り出す当麻の脳裏に、思わずそんなことがふと浮かぶ。
だがこの際、そんなことは重要ではない。今重要なのはとにかくこの場の停滞を極力自然な形でもって偽装し、
さらにその上でそれとなくフェードアウトしていくための方法を考えること――ようするに、ごまかしてずらかることだ。
それ以外のことはまったく度外視すべきことだろう。多分。
「上条ちゃんってば。すっとぼけても先生は許してあげませんよ?あれは絶対に居眠りしかかってたときの顔ですよねー?」
(考えろ、考えるんだ上条当麻。オマエは仮にも学園最強のレベル5を拳ひとつで殴り倒し、世界で20人も
いないとかいう聖人に向かって素手で突撃する分の悪い賭けは嫌いじゃない的などうしようもなく救い難いアホだろうが――ッ!)
「上条ちゃーん……」
思考は様々な意味で混迷を深めつつあるような気がしたが、やはりそれも心の奥底に押し込めてとにかく必死に考える。
といって、もはや何をどう考える必要があって今これほど必死になって考えているのかもわからなくなってきたが。
「くそッ……マジでヤバいな、これは。この上条さんをもってしてもここまでスーパーピンチに追い込まれるとは……
今の世の中荒れ放題ってのは本当かもしれん……!」
びっしりと冷や汗をかきながらも戦慄し呻く――ただ、何に戦慄しているのかはすでに自分でもわからなかった。
と、そこに、
「カミやん、そろそろ小萌センセ泣くで」
同級生が合いの手――だかなんだか――を打ってきた。
それを合図に、当麻の中で曇り澱んでいた何かが一気に吹き飛ぶ。
「ちっ。この上条さんが編み出した究極の解答テクニックも意外と役に立たんもんだな」
何もかもを忘れ去り――意識的に――舌打ちなどしながらこれ幸いと振り返る。
必死に考えてはいたがもはや何をどうして必死に考えていたのかもわからなくなっていた当麻にとってその声は神の救い手とも言えた。
振り返ったその先にいたのは彼の担任の教師、月詠小萌である。
「……………………」
彼女は目を閉じ、微妙にこめかみのあたり――当麻の目線より断然低い位置にあるそこをひくひくとひきつらせている。近くに寄らずともはっきりと見えるほどに。
それを見て、ふとあることを思い出す。忘れていたがとても重要だったことを。
「あ、そうか。俺ごまかそうとしてたんだった……オイオイ、それじゃここで振り返っちゃダメじゃん。何言うんだこの青髪ピアス!」
そんなことをとりあえず口にしながら、ゆっくりと目線を担任のほうへともどす。
彼女はゆっくりと、一字一句を噛み締めるように――というよりは噛み締めさせるように、地の底から這い上がってくるような声で口を開いた。
「……で、上条ちゃん。さっきから何をぶつぶつと独り言をまくしたてていたのですか?」
それが意味することはひとつしかない―― たとえ黒板に書かれて解答せよと指名された問題はまったく解けなかった上にそれをごまかす方法も
発見できなかったとしても、この仕草の意味するところだけは悲しいほどにあっさりと理解できた。
その悲しさは適当に押し込めて、なるたけ真顔を装って答える。
「いや、現実逃避」
「それのどこが解答のテクニックなんですか!そんなふざけた答えが帰ってくるあたり、本当に今の世の中荒れ放題ですね上条ちゃん!
ボヤボヤしてると後ろからバッサリですよ?!先生の手で!」
腕を振り上げて、顔を真っ赤にしながら彼の担任の怒りが炸裂する――やはりどうしようもなく子供のような仕草だったが。
それはおくびにも出さず、
「いやだなぁ、ちょっとしたジョークですよ先生。そう怒らなくても……ていうか、教え子を脅迫しないて下さいよ」
なんとかごまかそうとなるたけフランクな口調でアハハと笑い後頭部をかきながら、
爽やかに語りかける。その笑い声はどこか乾いていることが自分でもはっきりと分かってしまったが。
だがそんな当麻の複雑に緊迫した心境など露知らぬようで、担任教師の返答は実に短く、端的だった。
「カミやん、そろそろ小萌センセ泣くで」
同級生が合いの手――だかなんだか――を打ってきた。
それを合図に、当麻の中で曇り澱んでいた何かが一気に吹き飛ぶ。
「ちっ。この上条さんが編み出した究極の解答テクニックも意外と役に立たんもんだな」
何もかもを忘れ去り――意識的に――舌打ちなどしながらこれ幸いと振り返る。
必死に考えてはいたがもはや何をどうして必死に考えていたのかもわからなくなっていた当麻にとってその声は神の救い手とも言えた。
振り返ったその先にいたのは彼の担任の教師、月詠小萌である。
「……………………」
彼女は目を閉じ、微妙にこめかみのあたり――当麻の目線より断然低い位置にあるそこをひくひくとひきつらせている。近くに寄らずともはっきりと見えるほどに。
それを見て、ふとあることを思い出す。忘れていたがとても重要だったことを。
「あ、そうか。俺ごまかそうとしてたんだった……オイオイ、それじゃここで振り返っちゃダメじゃん。何言うんだこの青髪ピアス!」
そんなことをとりあえず口にしながら、ゆっくりと目線を担任のほうへともどす。
彼女はゆっくりと、一字一句を噛み締めるように――というよりは噛み締めさせるように、地の底から這い上がってくるような声で口を開いた。
「……で、上条ちゃん。さっきから何をぶつぶつと独り言をまくしたてていたのですか?」
それが意味することはひとつしかない―― たとえ黒板に書かれて解答せよと指名された問題はまったく解けなかった上にそれをごまかす方法も
発見できなかったとしても、この仕草の意味するところだけは悲しいほどにあっさりと理解できた。
その悲しさは適当に押し込めて、なるたけ真顔を装って答える。
「いや、現実逃避」
「それのどこが解答のテクニックなんですか!そんなふざけた答えが帰ってくるあたり、本当に今の世の中荒れ放題ですね上条ちゃん!
ボヤボヤしてると後ろからバッサリですよ?!先生の手で!」
腕を振り上げて、顔を真っ赤にしながら彼の担任の怒りが炸裂する――やはりどうしようもなく子供のような仕草だったが。
それはおくびにも出さず、
「いやだなぁ、ちょっとしたジョークですよ先生。そう怒らなくても……ていうか、教え子を脅迫しないて下さいよ」
なんとかごまかそうとなるたけフランクな口調でアハハと笑い後頭部をかきながら、
爽やかに語りかける。その笑い声はどこか乾いていることが自分でもはっきりと分かってしまったが。
だがそんな当麻の複雑に緊迫した心境など露知らぬようで、担任教師の返答は実に短く、端的だった。
授業後、鼓膜が愉快に素敵に爆砕されるのではないかとすら思えるほどの勢いで雷を落とされ、
すっかり消耗しきった状態で教室に戻ってきた当麻を迎えたのは見慣れた友人の淡白な言葉だった。
「あれは。怒られると思う」
「……いや分かってる。分かってるから追い討ちはカンベンしてくれ姫神」
「結局。ウケ狙いのギャグだったの?」
ぼそぼそと小声で、しかし発音ははっきりと語りかけてくる同級生に、うめくように答える当麻。
いつもは巫女装束だが、今は制服を着ている――そのせいで微妙な違和感がないでもなかったが。
「いや、あれはウケ狙いでやるにはこっぱずかしすぎるだろ。ギャグだったらもうちょっとマシなのを考えるぞ」
ともあれその少女――姫神秋沙は相変わらず表情の起伏に乏しい顔で、
「たぶん。意図して狙ってもあそこまで混乱するのは難しいと思う。
みんな笑いをこらえるのに必死になってたから」
「……お前もか?」
「もちろん。今時ギャグでもあんなに錯乱する人間を見るのは難しいと思う」
きっぱりと即答してくる。
「錯乱とまで言いますか?!」
やはり淡々とした表情で告げる姫神にとりあえず大声をあげ、
「あれは。まさに錯乱っていうんだと思う。正気を逸したい放題になってたというか」
そんな彼女の冷たい追い討ちにますますやさぐれた気分に陥りつつ、呻く。
「……ううう……今日はなんて日だ……天気が良くていい気分になったもんで
思わずおいでおいでする死神さんの手をとって向こう側へ行こうとしていただけなのに、
神は何故こんな仕打ちを……ちくしょー、不幸だー」
ぐったりと机に突っ伏してうめく。
「……それは。世間一般の言葉で表現するなら居眠りって言うんだと思う。要するに君が悪い」
「ほっとけ」
机に突っ伏したままで答える。結局は彼女のほうがまったく正論であることは地の果てまでも
否定したところで否定しきれるものではなさそうだったが。
「くそう……」
適当に呻き声を上げつつも、まあこのまま放置されてもしょうがないかなと半分投げやりな気分で考えていると、ふと姫神が微妙に声の調子を
変えて――少し柔らかくして――背中をぽんぽんと軽く叩いて来た。
「まあ。そんな間の悪いこともあるんじゃないかな……」
「……おう」
力なくもなんとか答え、体を起こす。
「ほら。次の授業が始まるよ。今度は起きていればいい」
「この陽気じゃそれもなかなかキツそうだけどな」
「そんなこと言わないで。そこで寝たらまた笑われるよ?」
「分かってるっての」
「なら、いい。今度は頑張ってほしい。個人的にも君の情けない姿はあまり見たくないから」
居眠りしていたら怒られたという、単に自業自得なだけのマネをしておいて女の子に慰めてもらうというのはかなり情けないかもしれない。
(今度はパンツのゴムをしめ直して本気でかからんと…!)
そんなことを考えながら、ガラガラと扉が開く音と共に当麻はとにもかくにも背筋を正して黒板へと向き直った。
すっかり消耗しきった状態で教室に戻ってきた当麻を迎えたのは見慣れた友人の淡白な言葉だった。
「あれは。怒られると思う」
「……いや分かってる。分かってるから追い討ちはカンベンしてくれ姫神」
「結局。ウケ狙いのギャグだったの?」
ぼそぼそと小声で、しかし発音ははっきりと語りかけてくる同級生に、うめくように答える当麻。
いつもは巫女装束だが、今は制服を着ている――そのせいで微妙な違和感がないでもなかったが。
「いや、あれはウケ狙いでやるにはこっぱずかしすぎるだろ。ギャグだったらもうちょっとマシなのを考えるぞ」
ともあれその少女――姫神秋沙は相変わらず表情の起伏に乏しい顔で、
「たぶん。意図して狙ってもあそこまで混乱するのは難しいと思う。
みんな笑いをこらえるのに必死になってたから」
「……お前もか?」
「もちろん。今時ギャグでもあんなに錯乱する人間を見るのは難しいと思う」
きっぱりと即答してくる。
「錯乱とまで言いますか?!」
やはり淡々とした表情で告げる姫神にとりあえず大声をあげ、
「あれは。まさに錯乱っていうんだと思う。正気を逸したい放題になってたというか」
そんな彼女の冷たい追い討ちにますますやさぐれた気分に陥りつつ、呻く。
「……ううう……今日はなんて日だ……天気が良くていい気分になったもんで
思わずおいでおいでする死神さんの手をとって向こう側へ行こうとしていただけなのに、
神は何故こんな仕打ちを……ちくしょー、不幸だー」
ぐったりと机に突っ伏してうめく。
「……それは。世間一般の言葉で表現するなら居眠りって言うんだと思う。要するに君が悪い」
「ほっとけ」
机に突っ伏したままで答える。結局は彼女のほうがまったく正論であることは地の果てまでも
否定したところで否定しきれるものではなさそうだったが。
「くそう……」
適当に呻き声を上げつつも、まあこのまま放置されてもしょうがないかなと半分投げやりな気分で考えていると、ふと姫神が微妙に声の調子を
変えて――少し柔らかくして――背中をぽんぽんと軽く叩いて来た。
「まあ。そんな間の悪いこともあるんじゃないかな……」
「……おう」
力なくもなんとか答え、体を起こす。
「ほら。次の授業が始まるよ。今度は起きていればいい」
「この陽気じゃそれもなかなかキツそうだけどな」
「そんなこと言わないで。そこで寝たらまた笑われるよ?」
「分かってるっての」
「なら、いい。今度は頑張ってほしい。個人的にも君の情けない姿はあまり見たくないから」
居眠りしていたら怒られたという、単に自業自得なだけのマネをしておいて女の子に慰めてもらうというのはかなり情けないかもしれない。
(今度はパンツのゴムをしめ直して本気でかからんと…!)
そんなことを考えながら、ガラガラと扉が開く音と共に当麻はとにもかくにも背筋を正して黒板へと向き直った。