とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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終章 それぞれの幸い Yellow_Yellow_Happy

 そして、吹寄制理は目を覚ます。
 長い時間眠っていたせいで開きにくい目蓋をこじ開けると、最初に見えたのは真白い天井だった。寝ている間に着替えさせられたらしい病人着の肌触りと鼻につく薬品の匂いが、ここが病院であると告げる。
(そうか……あたしは日射病で倒れて……)
 少しずつ記憶が甦ってくる。
 中学生同士の玉入れの中に上条当麻を見つけ、注意しようと声をかけた途端、いきなり倒れてしまったんだった。
 不覚、という思いよりも先に、上条が最後に見せた辛そうな顔が思い出される。
 吹寄が倒れたのは自分のせいだとでもいうように、抱えきれないほどの後悔と情けなさに彩られた苦い表情を思い出す。
 彼はまだ、あんな表情をしているのだろうか。
(…………、)
 緩い体に力を入れる。どれだけの時間寝ていたのかはわからないが、まさか大覇星祭が終わっているということはあるまい。
 自分が台無しにしてしまった分を埋め合わせるだけの時間は、残っているだろうか。
 ベッドに肘をつき、上体を起こす。消耗しきった体はまだまだ睡眠を欲していたが、俯くクラスメイトの姿を思い浮かべ、吹寄はそれこそ全身の力を振り絞ってベッドの上に起き上がった。
 胸までかかっていた薄い毛布を跳ね除け、縦に九十度向きを変えた視界の中に、

 上条当麻がいた。

「………… 貴様……!」
 ツンツンした黒髪のクラスメイトを視認した瞬間、吹寄がしたことは枕を持ち上げることだった。
 濡れた下着を見られても、着替え中に乱入されてもいつも通りだった顔が一気に紅潮する。こちらの意識がない内に寝所に忍び込まれ、もしかしたら寝顔を見られたかもしれないということが不自然なくらい吹寄を動揺させた。まずこの枕で叩き起こしてその後包帯の上からゲンコツを突き刺してやろうと決意して大きく右手を振りかぶり、
「………………………………………………………………、」
 やめた。
 吹寄は枕を毛布越しにふとももの上に乗せる。
 別に、怒りと羞恥心が無くなったわけではない。むしろ爆発寸前で強引に押さえつけてしまったため、行き場を失った感情が胸の辺りで燻ぶっていて気持ち悪いくらいだ。
 ただ、
 よく見れば、上条は傷だらけだった。
 額といわず腕といわず脚といわずどこもかしこも包帯まみれで、いくら大覇星祭でもここまでひどい怪我をするはずがないだろうってくらいにボロボロだった。
 さらによく見れば、上条は眠っていた。
 病室の床に座り込み、吹寄のいるベッドの正面の壁に背中を預けるようにして。
 完全に脱力した四肢からは、体力のかけらも残っていないことがうかがい知れる。呼吸に合わせた緩やかな肩の動きがなければ、死体と思い違えていたかもしれない。
 そして、もっとよく見れば。
 こんなにボロボロなのに、
 こんなに疲れきっているのに、
 上条当麻は、笑っていた。
 まるでこれまで背負ってきた苦悩の全てが消え去ったような、この上なく安らかな眠りだった。
「…………えっと」
 吹寄制理は考える。
 上条当麻は何のためにこの病室に来たのだろう。
 傷だらけで、恐らく這うようにしてたどり着いたこの病室で、上条は何を見たのだろう。
 何を見たから――上条はこんなにも幸せそうに眠れたのだろう。
「…………、」
 吹寄は自分の体を観察する。
 気分はかなりよくなっている。熱っぽい感じもしないし、喉が渇いて堪らないということもない。
 全快とは言い難いが、あと一日くらいゆっくり休めば、残りの日程に参加できるようになるかもしれない。
 だから、さっきまでの彼女の眠りは比較的穏やかなものであったはずで。
「…………、」
 吹寄は想像する。
 もし彼女が倒れたのが日射病なんかではなく、何か異常な原因があったとしたら、あんな顔で叫びを上げたこのクラスメイトは、なんとなく、多少の無理をしてでもその原因をどうにかしようとするのではないだろうか。
 そして体中に傷を負って、原因を排除できた後、誰より安静が必要なはずのこのクラスメイトは、自分がやったことが本当に上手くいったのかどうかを確かめようとするのではないだろうか。
 痛みを堪えてドアを開き、ベッドの上で小さな寝息を立てている少女を見つけたのなら、このクラスメイトはきっと微笑むのではないだろうか。
 後は、そのまま崩れ落ちるように。
 やり遂げたというように。
 こんな風に眠るのではないだろうか。

「………… 馬鹿馬鹿しい」
 吹寄制理は自分の想像をその一言で片付けた。
 そう、そんな馬鹿馬鹿しいことあるわけないのだ。いつもいい加減でやる気の感じられないこの少年に、そんな漫画の主人公みたいな真似ができるとは思えない。またどこかで女性絡みのトラブルに巻き込まれて、命からがらここに逃げ込んだとかいうのが関の山だろう。
 ――だけど。
 上条当麻は、笑っていた。
 それだけは疑いようの無い、吹寄の目にはっきりと映っている事実だ。たとえ真実がどうであれ、事実は今ここにある。
 泣き出しそうな悲しみに打ちひしがれ、忘れたいほどの情けなさに俯き、叫んだクラスメイトが、この病室に来たことで笑えるようになったというのなら、それは悪くない。
 まったく悪くない。
(……あー、なるほど)
 吹寄は理解する。 
 話に聞いていただけで、どんなものなのか見当もついていなかったけれど。
 よりにもよって、自分が実感するなんて思ってもみなかったけれど。

「これがカミジョー属性ってやつなわけね。まったく、悪くないにもほどがあるわよ」

 誰に対して怒っているのか、それとも本当は怒ってなんかいないのか判断のつかない独り言をつぶやいて。吹寄は毛布をかぶり直してもう一度眠ることにした。
 次に目を覚ました時、まだ上条当麻が同じ場所で寝ているようなら、今度こそ枕をぶつけてやろうと心に決めて。
 眠りに落ちる寸前に、吹寄制理は確信した。
 明日はきっと、誰にとっても幸せな日になると。

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