とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-191

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 上条当麻が立っていた。

 許容量を超過した痛みが神経を焼く。
 確実に左肩は外れているし、額も割れている。足首の裂傷はあと数歩も歩けば腱がちぎれてしまいそうだ。あちこちの打ち身、擦り傷は数えるのも馬鹿らしい。
 何故立ち上がることが出来たのか、上条は自分で自分を不思議に思う。
 それでも吹けば倒れる状態には違いない。白銀の甲冑はがらんどうのはずの兜の隙間から確かな嘲りの視線を飛ばす。
『……、は。一度起き上がった所で二度倒されるは必定。無闇に無駄を重ねることを無意味と呼ぶ。神浄討魔。その右手でせめて潔く己の「生」という幻想を殺すがいい』
 上条はギチギチとぎこちなく眼球を動かす。
 満身創痍の上条だが、右の掌だけは無傷だった。
 あらゆる「異能」を跳ね除け、あまねく「超常」を打ち砕く力――幻想殺し(イマジンブレイカー)。
 しかし、それはあくまで右手一本を守るだけのものだ。どれだけ強く願ったとしても、どれだけ高くかざしたとしても、“絶対にその手で掴めるものしか殺せない”。
(ああ……そうか)
 それとよく似たものを、上条は知っていた。

『自分の手の届くもの全部を守ろうとすると……結局理想から遠ざかっていく、らしい』

 とぼけた男の言葉を思い出す。
 今この瞬間、違う場所で黄金の甲冑と戦っている魔術師の顔を思い起こす。
 あの男は自分が諦めた時にも、諦めなかった時にも悲劇が待ち受けていると知っていた。それでもなお戦い続ける彼を支えるものがなんであるのか上条にはわからない。
 絶望を見据え、拒絶を覚悟し、破滅を背負ってなお走り続けられる理由なんて想像もつかない。
 だけど、それでも。
 その手で掴めるものしか守れないと諦観するでなく、
 その手で掴めるものだけは守れると妥協するでなく、
 腕を伸ばし、いつでも、どこまででも届かせようとするその生き様は。
 正直に思う。
 格好いいと。
(そうだ……)
 男の子なら誰でも一度は憧れただろう。
 漫画やテレビの中で活躍する無敵の戦士たち。どんな困難もどんな危険も物ともせずに罪無き人々のために戦う栄光の勇者。
 やがて作り物(フィクション)だと気づき、離れていってしまうのだろうけど、その一秒前まで少年たちは確かにヒーローを信じていたのだ。
 あのプラスチックの鎧と剣で着ぐるみの大怪獣と台本通りの死闘を演じる役者(ゆうしゃ)たちの姿に、最も純粋で最も根源的な憧れを抱いていたのだ。
(そうだ……!)
 上条当麻は記憶喪失だ。それゆえ子供の頃テレビのヒーローにどんな感情を持っていたのかなんて想像することしかできない。
 だけど、だけども。
 思慮が浅く、堪え性もなく、手前勝手で聞こえのいい偽善を並べることしかできなかった自分が、

 主人公(ヒーロー)になろうとしたことは、本当に一度もなかったのか?

 脳が忘れていても心が覚えている。
 肉に残っていなくても魂に刻まれている。
 何のために、誰のためにかはもうわからないけれど。
 他の何者でもなく他の何物でもなく、世界にただ一人のこの上条当麻が主人公になると決めた瞬間が絶対にあった!
(そうだ、そうだ、そうだ!)
 何故立ち上がることが出来たのか、上条は自分で自分を不思議に思う。
 何が立ち上がる意思をくれたのか、上条はもうわかっていた。
 テレビのヒーローが、そしてあの魔術師が掲げていた二文字。
 あの時は呆れた言葉の意味が、今ならわかる。
 ■■とは『■しい■を行うこと』ではなく、
『胸に譲れぬ■を抱いて、■しくなっていくこと』だと。
 先がなくても、手前勝手でも、
 自分の奥底にあるただ一つの理由を裏切らないことだと。
「……はっ」
 上条はもはや恐れない。血塗れの顔を上げ白銀の甲冑を睨みつける。
「何が神浄討魔だ。俺はそんなもんじゃねぇ……その程度のもんじゃねぇ……っ!」
 甲冑はその言葉を最後の虚勢と受け取ったのだろう。余裕の態度を崩さず言い返してくる。
『ならば、なんだというのだ?』
「俺はな……」
 答えるための言葉は一つだ。
 きっとあの魔術師ならこう答える。迷うことなくこう名乗るだろう。
「俺は……」
 ならば、せめてこの時くらいは幼い頃に心を戻し、
 忘れていた夢を語るのも悪くない。
「俺は……!」
 絶望も拒絶も破滅も越えて、なお残る幻想(ゆめ)があるのなら。
 それはきっとこの右手でも殺せない、大切な真実(ユメ)だと思うから。


「「俺は、正義の味方だ!!」」


 儚きモノは人の夢。
 届かぬモノは遠き幻。
 ありてなきような二つのモノが、されど交わる所に産まれる力は――――無限(夢幻)。

「――Unlimited――」
 偽者にして本物、優しき幻想を護る者。

「――まずはてめぇの――」
 最弱にして最強、悲しき幻想を壊す者。

 決して交わるはずのなかった二つの糸が重なった時、

「――Blade Works!!」
「――ふざけた幻想をぶち殺す!!」

 物語は、始まる。

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