『とある暗部の未元物質』 8
重い沈黙があった。
電話の声に垣根は眉を顰めていた。
そして雲川によってその沈黙が破られる。
『まぁ正確に言えば「時間操作」ってところなんだけど』
その雲川の言葉を聞いて垣根もようやく、つまらなそうに言葉を発した。
「面白い話ではあるが、残念だな。時間にベクトルは無いんじゃなかったか?」
『だろ?流石の私も思わず苦笑したわけなんだけど』
返答になっていない返答に垣根は思わず釈然としない表情を浮かべる。
「で、ベクトル云々の話は置いとくとして、その話が何にどう繋がってるんだ?」
『じゃあ順を追って話そうか。一方通行は対象に触れる事で初めてベクトル変換という能力を発揮する事ができる。逆に言えば触れてないベクトルには干渉できない。見方によってはそれが一方通行の唯一の欠点だったわけだけど』
雲川はそう言うが、垣根は違うと断定していた。
あの黒翼はその概念を打ち破った。本来あるべき全ての概念を根底から覆す悪魔の翼。
『つまり時間という存在するかもわからない曖昧なベクトルは触れる事ができないし、当然そのベクトルを感知できないから演算する事もできない。だから一方通行には時間を操る事は不可能、という結論が出ていたわけだけど』
雲川は思考を巡らす垣根をよそに構わず話を続ける。
『ただ、ある一定の条件下でそれが実現可能である、という可能性が出てきたわけだけど』
「黒翼か」
一言だけ。即答だった。
『流石だな。まぁその力の本質はお前が一番知っているわけだろうけど。お前の能力と対極にありながら、限りなく近い質、と言ったところだけど』
一拍の間が置かれた。
カラン、というグラスと氷がぶつかるような音がしたので飲み物でも飲んでいたのだろうか。
『「触れる」という行為が必要ない以上、この地球上の全てのベクトルは一方通行の管理下にあるという事になる。あとはそのベクトルが演算できるか否か、という障害しかない』
「そんなもん無いのと一緒だな。奴に演算できないものなんて無いだろ」
『いや、それがどうでもないんだけど。いいか、時間を操作するという事は、その時間に関わった全ての事象を捻じ曲げるという事だ。それがどういう事かわかるだろ?』
単に物理法則を捻じ曲げるわけではない。
例えば時間を一分前に巻き戻す場合。
今この瞬間、世界中で起こっている事を『全て無かった事にして』、『過ぎた時間をもう一度やり直す』という作業が必要になる。
それはつまり、世界中の生物の行動や思考、植物の成長や地殻の変動、果ては地球の公転自転といった全てを掌握、演算した上でベクトル変換をする。
ビデオテープのように単純に『巻き戻し』という行為を行えばいい、というわけではないのだ。
これほどの作業を一方通行とは言えど、人一人の脳でできるかと言われると首を捻りたくなるのも無理はない。
しかし、これが一人ではなく複数人であったなら。
一万人近い人間の脳の演算能力が合わされば。
「――っ!そうか!ミサカネットワークか!」
垣根はほとんど直感に近い形で答えを導き出した。
雲川は「ようやく気付いたか」という感じの含み笑いを見せている。
『本来、AIM拡散力場は能力者自身が無意識に発するもの。よって学園都市外では観測する事はできないわけだけど。だが、今現在「妹達」は世界各地に派遣されている』
「学園都市内限定っていうAIM拡散力場のネックを取り払ったってワケか」
『アレイスターもしてやったりだろうけど。何せプラン通りに一方通行を覚醒させ、打ち止めを用いたミサカネットワークで演算能力を限定的ではあるが効率化させ、クローンと言えども能力者を「公式」に外へ配置できたのだからな』
「その分だと俺と一方通行の野郎がやり合うのもプランのうちだったってか?」
『まぁそう考えるのが普通だろうけど。結果的にお前は覚醒したわけなんだろ?』
癪だがな、と垣根は憮然と答える。
『まぁここまで話したが、実際これで「時間操作」ができるかと問われれば、答えはノーだ』
「何でだよ?」
ここまで話しておいてまだダメなのかよ、と垣根は少し呆れてしまう。
が、雲川は当然だと言わんばかりに言葉を続ける。
『一方通行とミサカネットワークの演算能力でもまだ足りないんだよ。理論上ね。だからプラスαが必要なわけなんだけど』
「まさかそれが俺なんじゃねぇだろうな」
『半分正解。いやはや、流石は学園都市第二位の頭脳。こんなにスラスラ進む会話は気持ちがいいんだけど』
どの頭で言うんだこの女、と垣根は思う。
『ここで「原石」の出番さ。よく考えろ。奴らはどこにいるんだ?』
『原石』――。彼らは学園都市の能力者のように能力開発を受けずに、自然界で何らかの要因が偶発的に重なった結果能力が発現している者達。
この特色を考えれば、彼らがどこにいるかなどすぐにわかる。
そして彼らの力をミサカネットワークに上乗せする事ができるのならば――
しかし。
「ん?待てよ。確か学園都市は『原石』ってのを回収してんじゃなかったのか?」
垣根は以前雲川から聞いた話を反芻する。
『あぁその通りだ。だがあれは条件を満たした奴だけだ』
「条件?」
『簡単に言えば、制御できる奴とできない奴だ。学園都市は前者を回収している』
「何だってまた?」
『うぅん…説明するとなるとまずは「原石」について説明しなくてはいけないんだけど…』
雲川は面倒臭そうに溜め息をつくが、これを話さないと話が先に進まないと結論づけたのか、観念したように話し始める。
『「原石」の大部分は自分の能力を制御する事ができない。何せ「自分だけの現実」が極めて幼い状態だからな。それどころか自分が能力者だという自覚が無い者までいるんだけど』
「あー…何だか可哀相な奴らだな」
『自分だけの現実』を極限まで理解している第二位にはそうとしか理解できなかった。
『代表的なところだと上条当麻(イマジンブレイカー)と姫神秋沙(ディープブラッド)か。まぁ前者は「原石」とは言い難いけど。名くらいは聞いた事があるだろう?』
「あぁ、書庫にあった『識別不能』の連中か。確か上条って奴は一方通行を倒したんだってな」
垣根は少し楽しそうに話す。
『特に姫神に関しては顕著でな。能力が自分の意思に関わらず垂れ流しになっている。まぁ今は「とある事情」で抑えられているようだけど』
垣根は『とある事情』が何なのか気になったが、雲川でさえも知らない(あるいは意図的に隠しているのかもしれないが)のならば詮索するだけ無駄だと判断し思考の中から消去する。
『まぁ面倒だから結論を言うぞ。能力を制御できない者をネットワーク上に置いておくと色々と面倒なんだよ。暴走でもしたら、連鎖するようにネットワーク上の能力者が暴走してしまうからな』
「でも普通の能力者はミサカネットワークには介入できないだろ。あいつらは独自の能力と脳波でリンクしてるんだし。一方通行に至っては例外中の例外だろ」
『その問題は既にクリアしているんだけど――』
雲川はドリンクを飲んでからこう言った。
『「幻想御手」っていうのは知ってるか?』
『とある暗部の未元物質』9
凶弾は放たれた。
高性能の防音装置でも施してあるのか、銃声はほとんどしなかった。
そこには浜面の声にならない絶叫と絶望があった。
凶弾は滝壺の肉を飛び散らせ、一撃で確実に絶命させる。
そうなるはずだった。
しかし、弾丸が肉を貫く独特の音はしなかった。
したのは鉄を潰すような鈍い音。
パキッ、ピシッ、という音と共に銃弾はパチンコ玉のような大きさになり地面に落ちた。
そして滝壺の前には一人の少年が立っていた。
「全く酷い根性無しだ。死角からこっそり刺した挙句に、丸腰の相手に拳銃、あまつさえ無抵抗の女に銃弾を浴びせるなんてな。いや、こんな根性無しは見た事がねえ」
そう言っている少年は不思議な格好をしていた。まるで何十年も前からタイムスリップしてきたかのような、少なくとも浜面にはそう見えた。
そして同時に感じ取っていた。この少年の発する異様な強さを。
それはかつて二人のレベル5と対峙した事がある浜面だからこそ感じられたものだった。
強者だからこそ醸し出すオーラ。しかし、そのオーラは悪党とは全く正反対のものだ。
突然の出来事に思わず呆けていた襲撃者だったが、標的の殺害に失敗したと認識すると続けざまに銃弾を二発、三発と撃ち込んだ。
それを見て浜面は思わず肝を冷やしかけたが、
「だからそれが根性無しだって言ってるだろうに」
そう言うと、右手を前に出した。
すると先ほどと同じように鉄を潰すような音が聞こえた。
「ふん。まぁ元はお前の物だからな。とりあえず返すぞ」
言い終わるなり、少年は振りかぶると襲撃者に向かって何かを投げつけた。
その瞬間、襲撃者の左足から鮮血が飛び散った。
「ぐ、あああぁぁぁぁぁ!!」
今まで機械のように沈黙を守っていた襲撃者はあまりの激痛に絶叫した。
少年が行ったのは実にシンプルな行為だった。
拳銃から射出された弾丸を右手で掴み、それを相手に投げ返す。
それだけだった。
しかし、そんな事は常識的に考えて有り得ない行為であり、それ故にこの場にいた誰もが少年が行った一連の動作を理解する事ができなかった。
「おいおい、折角返してやったのに取れないなんて情けないな。根性が無いからそんな情けない姿を晒すんだ」
少年は真面目に言うが、音速に近い速度で投げられた弾丸を掴むなど誰ができようか。
するとバタバタバタ!と、複数の足音が近づいてきて止まった。後方部隊が追いついたのだ。人数はざっと十人弱。
しかし、少年はその人数は見ても臆する事はない。むしろ少し残念そうな表情を浮かべた。
集団は息をつかせぬ勢いで一気に少年に襲い掛かった。
しかし。
ドッパァァン!という爆発音と共に集団は四方八方に凄まじいスピードで吹っ飛んでいった。
どんな理屈なのかはわからないが、とりあえずただ事ではない、と浜面は考えていた。
何しろ大の大人がたった一撃で完全に意識を奪われていたからだ。
「安心しな。とりあえず殺してはいない。根性無しにちょっと制裁を加えてやっただけだ」
少年は浜面の心境を汲み取ったのかわからないが、周りの惨状を見ればちょっとどころではないのは火を見るより明らかだ。
「お、っつ…!お前は…誰なんだ…?」
襲撃の恐れが無くなったという事で緊張感が無くなったのか、体が少し動くようになった浜面は少年に問いかける。
「俺か?ふふん、俺は学園都市に七人しかいないレベル5のうちの一人、ナンバーセブン・削板軍覇だー」
決めポーズをばっちり決めると削板のバックに波のような演出が入った。
緊張感に欠けすぎた削板にちょっとげんなりした浜面だったが、今の状況を考えるとこんな所でのんびり話してる場合でもないと考える。
「滝壺、大丈夫か?まだ痛むとこあるか?」
浜面は傍に倒れていた滝壺の元へ歩み寄り話しかける。
「私は大丈夫。むしろはまづらの方が心配。早く手当てしないと」
言われた浜面は自分は刺されたのだと改めて気付いた。そう意識してしまうと傷口が段々傷んでくるのが自覚できる。
滝壺はジャージを脱ぎ、ジャージの袖を破って浜面の止血に使う。その手際は良く、こういった経験が過去に何度かあったのだろうか、と浜面は漠然と考えていた。
そんな二人の様子をうんうん、と頷きながら見ていた削板はおもむろに口を開く。
「惚れた女を守る為に自らの命すらも投げ出してまで戦う、か。お前、中々の根性してるな」
「ブ!?ばっ―!お、お前、そんな事さらりと言うんじゃねーよ!」
浜面は思わず絶叫してしまったが、直後傷口から激痛が走りこれ以上反論する事はできなかった。
滝壺は滝壺でちょっと俯き加減になって黙々と手当てを続けている。
「(こ、こいつ…!何か気まずい雰囲気になっちまったじゃねーかよ!)」
至近距離にいる滝壺との微妙な雰囲気に痛みから来る油汗とは違う嫌な汗を出している浜面をよそに削板はこう言った。
「よし、お前気に入った。とりあえずそれが終わったら俺と一緒に来い」
「は?どこに?」
浜面が呆けた顔で返すと、削板は倒れてる男達を指指して、
「あいつらのお宅だよ」
緊張感の欠片もなく言い切った。
重い沈黙があった。
電話の声に垣根は眉を顰めていた。
そして雲川によってその沈黙が破られる。
『まぁ正確に言えば「時間操作」ってところなんだけど』
その雲川の言葉を聞いて垣根もようやく、つまらなそうに言葉を発した。
「面白い話ではあるが、残念だな。時間にベクトルは無いんじゃなかったか?」
『だろ?流石の私も思わず苦笑したわけなんだけど』
返答になっていない返答に垣根は思わず釈然としない表情を浮かべる。
「で、ベクトル云々の話は置いとくとして、その話が何にどう繋がってるんだ?」
『じゃあ順を追って話そうか。一方通行は対象に触れる事で初めてベクトル変換という能力を発揮する事ができる。逆に言えば触れてないベクトルには干渉できない。見方によってはそれが一方通行の唯一の欠点だったわけだけど』
雲川はそう言うが、垣根は違うと断定していた。
あの黒翼はその概念を打ち破った。本来あるべき全ての概念を根底から覆す悪魔の翼。
『つまり時間という存在するかもわからない曖昧なベクトルは触れる事ができないし、当然そのベクトルを感知できないから演算する事もできない。だから一方通行には時間を操る事は不可能、という結論が出ていたわけだけど』
雲川は思考を巡らす垣根をよそに構わず話を続ける。
『ただ、ある一定の条件下でそれが実現可能である、という可能性が出てきたわけだけど』
「黒翼か」
一言だけ。即答だった。
『流石だな。まぁその力の本質はお前が一番知っているわけだろうけど。お前の能力と対極にありながら、限りなく近い質、と言ったところだけど』
一拍の間が置かれた。
カラン、というグラスと氷がぶつかるような音がしたので飲み物でも飲んでいたのだろうか。
『「触れる」という行為が必要ない以上、この地球上の全てのベクトルは一方通行の管理下にあるという事になる。あとはそのベクトルが演算できるか否か、という障害しかない』
「そんなもん無いのと一緒だな。奴に演算できないものなんて無いだろ」
『いや、それがどうでもないんだけど。いいか、時間を操作するという事は、その時間に関わった全ての事象を捻じ曲げるという事だ。それがどういう事かわかるだろ?』
単に物理法則を捻じ曲げるわけではない。
例えば時間を一分前に巻き戻す場合。
今この瞬間、世界中で起こっている事を『全て無かった事にして』、『過ぎた時間をもう一度やり直す』という作業が必要になる。
それはつまり、世界中の生物の行動や思考、植物の成長や地殻の変動、果ては地球の公転自転といった全てを掌握、演算した上でベクトル変換をする。
ビデオテープのように単純に『巻き戻し』という行為を行えばいい、というわけではないのだ。
これほどの作業を一方通行とは言えど、人一人の脳でできるかと言われると首を捻りたくなるのも無理はない。
しかし、これが一人ではなく複数人であったなら。
一万人近い人間の脳の演算能力が合わされば。
「――っ!そうか!ミサカネットワークか!」
垣根はほとんど直感に近い形で答えを導き出した。
雲川は「ようやく気付いたか」という感じの含み笑いを見せている。
『本来、AIM拡散力場は能力者自身が無意識に発するもの。よって学園都市外では観測する事はできないわけだけど。だが、今現在「妹達」は世界各地に派遣されている』
「学園都市内限定っていうAIM拡散力場のネックを取り払ったってワケか」
『アレイスターもしてやったりだろうけど。何せプラン通りに一方通行を覚醒させ、打ち止めを用いたミサカネットワークで演算能力を限定的ではあるが効率化させ、クローンと言えども能力者を「公式」に外へ配置できたのだからな』
「その分だと俺と一方通行の野郎がやり合うのもプランのうちだったってか?」
『まぁそう考えるのが普通だろうけど。結果的にお前は覚醒したわけなんだろ?』
癪だがな、と垣根は憮然と答える。
『まぁここまで話したが、実際これで「時間操作」ができるかと問われれば、答えはノーだ』
「何でだよ?」
ここまで話しておいてまだダメなのかよ、と垣根は少し呆れてしまう。
が、雲川は当然だと言わんばかりに言葉を続ける。
『一方通行とミサカネットワークの演算能力でもまだ足りないんだよ。理論上ね。だからプラスαが必要なわけなんだけど』
「まさかそれが俺なんじゃねぇだろうな」
『半分正解。いやはや、流石は学園都市第二位の頭脳。こんなにスラスラ進む会話は気持ちがいいんだけど』
どの頭で言うんだこの女、と垣根は思う。
『ここで「原石」の出番さ。よく考えろ。奴らはどこにいるんだ?』
『原石』――。彼らは学園都市の能力者のように能力開発を受けずに、自然界で何らかの要因が偶発的に重なった結果能力が発現している者達。
この特色を考えれば、彼らがどこにいるかなどすぐにわかる。
そして彼らの力をミサカネットワークに上乗せする事ができるのならば――
しかし。
「ん?待てよ。確か学園都市は『原石』ってのを回収してんじゃなかったのか?」
垣根は以前雲川から聞いた話を反芻する。
『あぁその通りだ。だがあれは条件を満たした奴だけだ』
「条件?」
『簡単に言えば、制御できる奴とできない奴だ。学園都市は前者を回収している』
「何だってまた?」
『うぅん…説明するとなるとまずは「原石」について説明しなくてはいけないんだけど…』
雲川は面倒臭そうに溜め息をつくが、これを話さないと話が先に進まないと結論づけたのか、観念したように話し始める。
『「原石」の大部分は自分の能力を制御する事ができない。何せ「自分だけの現実」が極めて幼い状態だからな。それどころか自分が能力者だという自覚が無い者までいるんだけど』
「あー…何だか可哀相な奴らだな」
『自分だけの現実』を極限まで理解している第二位にはそうとしか理解できなかった。
『代表的なところだと上条当麻(イマジンブレイカー)と姫神秋沙(ディープブラッド)か。まぁ前者は「原石」とは言い難いけど。名くらいは聞いた事があるだろう?』
「あぁ、書庫にあった『識別不能』の連中か。確か上条って奴は一方通行を倒したんだってな」
垣根は少し楽しそうに話す。
『特に姫神に関しては顕著でな。能力が自分の意思に関わらず垂れ流しになっている。まぁ今は「とある事情」で抑えられているようだけど』
垣根は『とある事情』が何なのか気になったが、雲川でさえも知らない(あるいは意図的に隠しているのかもしれないが)のならば詮索するだけ無駄だと判断し思考の中から消去する。
『まぁ面倒だから結論を言うぞ。能力を制御できない者をネットワーク上に置いておくと色々と面倒なんだよ。暴走でもしたら、連鎖するようにネットワーク上の能力者が暴走してしまうからな』
「でも普通の能力者はミサカネットワークには介入できないだろ。あいつらは独自の能力と脳波でリンクしてるんだし。一方通行に至っては例外中の例外だろ」
『その問題は既にクリアしているんだけど――』
雲川はドリンクを飲んでからこう言った。
『「幻想御手」っていうのは知ってるか?』
『とある暗部の未元物質』9
凶弾は放たれた。
高性能の防音装置でも施してあるのか、銃声はほとんどしなかった。
そこには浜面の声にならない絶叫と絶望があった。
凶弾は滝壺の肉を飛び散らせ、一撃で確実に絶命させる。
そうなるはずだった。
しかし、弾丸が肉を貫く独特の音はしなかった。
したのは鉄を潰すような鈍い音。
パキッ、ピシッ、という音と共に銃弾はパチンコ玉のような大きさになり地面に落ちた。
そして滝壺の前には一人の少年が立っていた。
「全く酷い根性無しだ。死角からこっそり刺した挙句に、丸腰の相手に拳銃、あまつさえ無抵抗の女に銃弾を浴びせるなんてな。いや、こんな根性無しは見た事がねえ」
そう言っている少年は不思議な格好をしていた。まるで何十年も前からタイムスリップしてきたかのような、少なくとも浜面にはそう見えた。
そして同時に感じ取っていた。この少年の発する異様な強さを。
それはかつて二人のレベル5と対峙した事がある浜面だからこそ感じられたものだった。
強者だからこそ醸し出すオーラ。しかし、そのオーラは悪党とは全く正反対のものだ。
突然の出来事に思わず呆けていた襲撃者だったが、標的の殺害に失敗したと認識すると続けざまに銃弾を二発、三発と撃ち込んだ。
それを見て浜面は思わず肝を冷やしかけたが、
「だからそれが根性無しだって言ってるだろうに」
そう言うと、右手を前に出した。
すると先ほどと同じように鉄を潰すような音が聞こえた。
「ふん。まぁ元はお前の物だからな。とりあえず返すぞ」
言い終わるなり、少年は振りかぶると襲撃者に向かって何かを投げつけた。
その瞬間、襲撃者の左足から鮮血が飛び散った。
「ぐ、あああぁぁぁぁぁ!!」
今まで機械のように沈黙を守っていた襲撃者はあまりの激痛に絶叫した。
少年が行ったのは実にシンプルな行為だった。
拳銃から射出された弾丸を右手で掴み、それを相手に投げ返す。
それだけだった。
しかし、そんな事は常識的に考えて有り得ない行為であり、それ故にこの場にいた誰もが少年が行った一連の動作を理解する事ができなかった。
「おいおい、折角返してやったのに取れないなんて情けないな。根性が無いからそんな情けない姿を晒すんだ」
少年は真面目に言うが、音速に近い速度で投げられた弾丸を掴むなど誰ができようか。
するとバタバタバタ!と、複数の足音が近づいてきて止まった。後方部隊が追いついたのだ。人数はざっと十人弱。
しかし、少年はその人数は見ても臆する事はない。むしろ少し残念そうな表情を浮かべた。
集団は息をつかせぬ勢いで一気に少年に襲い掛かった。
しかし。
ドッパァァン!という爆発音と共に集団は四方八方に凄まじいスピードで吹っ飛んでいった。
どんな理屈なのかはわからないが、とりあえずただ事ではない、と浜面は考えていた。
何しろ大の大人がたった一撃で完全に意識を奪われていたからだ。
「安心しな。とりあえず殺してはいない。根性無しにちょっと制裁を加えてやっただけだ」
少年は浜面の心境を汲み取ったのかわからないが、周りの惨状を見ればちょっとどころではないのは火を見るより明らかだ。
「お、っつ…!お前は…誰なんだ…?」
襲撃の恐れが無くなったという事で緊張感が無くなったのか、体が少し動くようになった浜面は少年に問いかける。
「俺か?ふふん、俺は学園都市に七人しかいないレベル5のうちの一人、ナンバーセブン・削板軍覇だー」
決めポーズをばっちり決めると削板のバックに波のような演出が入った。
緊張感に欠けすぎた削板にちょっとげんなりした浜面だったが、今の状況を考えるとこんな所でのんびり話してる場合でもないと考える。
「滝壺、大丈夫か?まだ痛むとこあるか?」
浜面は傍に倒れていた滝壺の元へ歩み寄り話しかける。
「私は大丈夫。むしろはまづらの方が心配。早く手当てしないと」
言われた浜面は自分は刺されたのだと改めて気付いた。そう意識してしまうと傷口が段々傷んでくるのが自覚できる。
滝壺はジャージを脱ぎ、ジャージの袖を破って浜面の止血に使う。その手際は良く、こういった経験が過去に何度かあったのだろうか、と浜面は漠然と考えていた。
そんな二人の様子をうんうん、と頷きながら見ていた削板はおもむろに口を開く。
「惚れた女を守る為に自らの命すらも投げ出してまで戦う、か。お前、中々の根性してるな」
「ブ!?ばっ―!お、お前、そんな事さらりと言うんじゃねーよ!」
浜面は思わず絶叫してしまったが、直後傷口から激痛が走りこれ以上反論する事はできなかった。
滝壺は滝壺でちょっと俯き加減になって黙々と手当てを続けている。
「(こ、こいつ…!何か気まずい雰囲気になっちまったじゃねーかよ!)」
至近距離にいる滝壺との微妙な雰囲気に痛みから来る油汗とは違う嫌な汗を出している浜面をよそに削板はこう言った。
「よし、お前気に入った。とりあえずそれが終わったら俺と一緒に来い」
「は?どこに?」
浜面が呆けた顔で返すと、削板は倒れてる男達を指指して、
「あいつらのお宅だよ」
緊張感の欠片もなく言い切った。