『並行世界(リアルワールド)』
『竜王(ドラゴン)』は初めて、気づいた。
全ては布石だったのだと。
『魔王』の襲撃も。
魔術師たちの攻防も。
能力者たちの戦いも。
この術式を完成させる為の時間稼ぎでしか無かった。
あらかじめ、学園都市に潜り込んだ魔術師達は、『竜王(ドラゴン)』に悟られないように、各学区の片隅で隠れて詠唱を始めていた。『必要悪の教会(ネセサリウス)』のアニェーゼ軍団は、『一方通行(アクセラレータ)』の回復魔法の為に外されていたが、残り九九九名の魔術師は、大魔術の準備をしていた。避難した二五〇万の人々を『幻想御手(レベルアッパー)』の被験者として用い、それを『超能力者(レベル5)』第五位の『座標移動(ムーブポイント)』、結標淡希の能力を爆発的に向上させたのだ。
そして、詠唱が最終章に入る頃合いを見計らって、インデックスの合図と共に、大魔術『並行世界(リアルワールド)』を行う為の的確な位置、方角へ魔術師達を瞬時に移動させる。
これが、『並行世界(リアルワールド)』の大まかな全容である。
『竜王(ドラゴン)』は空を見上げた。
暗黒の夜に浮かぶのは、天を覆う巨大な魔法陣。『王冠(ケテル)』、『知恵(コクマー)』、『理解(ビナー)』、『慈悲(ケセド)』、『峻厳(ゲブラー)』、『美(ティファレト)』、『勝利(ネツァク)』、『栄光(ホド)』、『基礎(イェソド)』、『王国(マルクト)』を意味する一〇のセフィラが輝き、二二のパスが繋がる。
だが、『創造神(エイン・ソフ)』が作り出した世界には、もう一つの要素が足りない。それは人を『楽園(エデン)』から追放した根源であり、一一つ目のセフィラ、『知識(ダアト)』が出現する。
そして、セフィロトの樹が完成した。
(…まさか、神と守護天使を魔力の大器として使う気か?!)
『竜王(ドラゴン)』が驚くのも無理はない。
セフィロトの樹は、魔法陣の一部でしか無かった。
生命の樹を刻んだ六つの円陣が存在し、『(始祖の六芒星)HeXagram of Crowley』を形成していた。
故に、莫大な魔力を必要とする大魔術『並行世界(リアルワールド)』を、『魔神』はセフィロトの樹をエネルギー源として実行したのだ。
グルリと、天空を覆う魔法陣は回転した。
『竜王(ドラゴン)』は戦慄する。
脚部が漆黒の『何か』に覆われ、トカゲのような、地面に食い込む足のカタチに変貌した。
だが、
「時間移動なんて、させないよ!」
『竜王の脚(ドラゴンソニック)』を解放すると同時に『魔神』が仕掛けていた術式が発動し、竜王の足は、ジュワッ!と赤い炎に包まれた。
菱形模様の網目の鎖が、竜王の足を絡め取る。
「小癪ナァ…!!」
『竜王の顎(ドラゴンストライク)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が、真の威力を発揮する。
グバァァッ!!と。
絶対的なチカラによって、白の世界が生まれた。
天を貫く『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』。
一瞬にして、数百キロの大地を灰と化す『竜王の翼(ドラゴンウイング)』。
あのフィアンマを持ってしても、『竜王(ドラゴン)』の一部である『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』を完全に操る事が出来なかった。人間の脳では、神の肉体を制御することで精一杯だ。
全知を持つ『竜王の顎(ドラゴンストライク)』だけが、己の肉体を司り、自在に操る事が出来る。
一撃でもまともに当たれば、人間は瞬時にして水と二酸化炭素となり、跡形も残らない。
『魔神』は告げる。
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
あらゆる魔術や核兵器すら防ぐ絶対防御魔法。
その防護陣は、聖ピエトロ大聖堂や聖ジョージ大聖堂の防壁を遥かに上回る。
『五重詠唱(ペンタスペル)』によって、五つの黄金の盾が同時に出現し、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』を防いだ。黄金の盾と言っても、五つの盾の周囲には、黄金の膜のような魔術障壁が、『竜王(ドラゴン)を覆うように半球体の形を象っていた。
だが、
「嘘っ!?間に合わなかったの?!」
『魔神』は驚愕する。
ビキリ!と、『全知全能神の盾(アイギス)』に亀裂が走った。
圧倒的なチカラは、絶対的なチカラには勝てない。
『並行世界(リアルワールド)』はまだ完成していない。今、天空にある巨大な術式が破壊されてしまえば、全てが水の泡だ。
『魔神』は、聡明すぎるがゆえに理解してしまった。
人間の敗北を。
「世界は……終わる」
『竜王(ドラゴン)』は理解した。
己の勝利を。
「フハハハハハハッ!所詮、貴様ラハ微弱タル動物ダ!幾ラ群レヨウトモ、神ニハ及バヌ!死ヲ持ッテ知ルガヨイ!」
『魔神』の目に、涙が滲んだ。
「ごめんなさい……皆」
『全知全能神の盾(アイギス)』の裂け目から、『竜王の翼(ドラゴンウイング)』の光が噴出していた。亀裂は更に増していく。
『魔神』は魔術を使って空に浮かび上がり、『竜王(ドラゴン)』と『並行世界(リアルワールド)』の魔法陣の間に立ち塞がった。
ほんの一瞬でいい。
『歩く教会』を盾にすることで、時間を稼ぐ。
彼女に出来ることはそれだけだった。
御坂美琴を含める能力者と魔術師たちは、無数の『闇』の軍勢と戦っていた。『神々の楽園(ヴァルハラ・ディ・リューベヌ)』で完全治癒を施し、負傷したウィリアム=オルウェルたちも復帰している。
『夜舞う死を恐れぬ軍兵(ゾンビパウダー)』は、半永久的に『闇』から兵を作り出す魔術であり、闇の世界である夜に、幾ら倒してもキリが無い。
だが、皆はあきらめない。
九九九名の魔術師も勝利を信じ、唱え続けている。
地上を見下ろす最期の景色としては、あまりにも惨めだった。
インデックスは心の中で、
(ごめん…とうま。約束…守れなかった)
五つの『全知全能神の盾(アイギス)』は完全に破壊され、全てを無に帰す『竜王の翼(ドラゴンウイング)』は、瞬く間に広がり始めた。
眩い閃光が、インデックスに直進する。
(終わる―――)
その時だった。
バギンッ!!!
『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が一瞬で打ち消された。
「あーっはっはっはっはっはぁ!!」
夜空に、光り輝く羽が舞い散る。
「美琴にキスしたら、顔真っ赤にしてそのまま気絶するし!」
空から、
「久しぶりだったんで、小萌先生を抱きしめたら、顔真っ赤にして倒れて授業できないし!」
少年の声が聞こえた。
突然現れた少年は、空中で、銀髪碧眼の少女を抱きとめた。
彼女が一番聞きたかった声。
彼女をいつも安心させてくれる少年の声。
彼女が大好きな笑顔で、
「ただいま。インデックス」
「とうまぁああ!!」
インデックスの瞳に涙が濡れる。
『竜王(ドラゴン)』だけでは無い。
皆、その光景に目を奪われた。
それはまるで、一枚の絵のよう。
世界を最も美しい、ボーイミーツガール。
地上で戦っていた二人の聖人は、
「…おいおい。この登場は格好良すぎだろ」
「ふん。随分と登場の遅い英雄である」
暗黒の夜は、一筋の光に照らされる。
地上にいた『闇』は光を浴び、瞬時に消え去った。
その長い光の中を、二人の少年と少女はゆっくりと降り立った。
「ひぐ、ひぐっ…もうダメかとおもったよぉ……とうまぁ」
「おいおい…魔力を使い過ぎて、ボロボロじゃないか」
少女は涙でぐしゃぐしゃになっていた。少年は彼女の涙を拭いながら、
「作戦成功だな……よくやった」
ツンツンとした黒髪に、一七〇センチ前後の背丈。
白いワイシャツ、黒の制服ズボンに、真新しいスニーカーを履いている。
一年前の上条当麻が、そこにいた。
『天使』は困惑する。
仮面のような表情に、初めて明確な感情が浮かんだ。
「うわあああああああAAAAAAAAッ!!」
『悲鳴を上げ、純白の槍を上条当麻に狙いを定めた。
インデックスは即座に反応するが、戦う余力は既にない。
「とうまっ!」
バギギギギンッ!
『天使』の槍が砕け散っていく。突き出した右手の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が『天使』額に届いた。
バギンッ!
ビキリと、『天使』の聖装に亀裂が走る。
純白の翼が散乱し、
「気づいたか?五和」
砕け散った聖装から、一人の少女が目を覚ます。
上条当麻は、彼女を抱きとめた。
「え……わ、た…し」
視点が定まらない五和は、少年の腕の中で力を失っていた。
「五和!」
「五和ちゃん!」
天草式のメンバーが駆け寄ってくる。
皆、統一性の無い武器を抱えていた。衣服はボロボロで、所々に多少の血がこびり付いているが傷一つない。彼らの先頭には長である神裂火織が、
「上条当麻…」
「もう心配すんな、火織。後は俺に任せろ」
「…はい」
気を失った五和を聖人に預けた。
彼らの間に何が起こったのか知らないが、五和が操られていた事だけは理解した。
少年は振り向く。
目の先にいるのは、全ての元凶。
『竜王(ドラゴン)』。
「上条当麻ァ…」
「あららら、すっかり覚醒しちゃったか…ちぃっとばかり、予定が早いな」
二人の上条当麻が、言葉を交わす。
大魔術、『並行世界(リアルワールド)』。
それは異なる時間を繋ぐ秘術。
一年前の上条当麻は、現在の記憶を保有したままで、この時間に召喚された。
「―――当麻様、御命令を」
いつの間にか、ミサカ一〇〇三二号は上条当麻の前で膝をつき、頭を垂れていた。
「ミサカ…無事だったか」
「…はい。御配慮、ありがとうございます」
身を案じてくれた、という当麻の言葉に、ミサカ一〇〇三二号は頬を赤らめた。嬉しさのあまり、まともに少年の顔を見る事が出来なかった。そんな彼女の感情を知りつつ、
「はははっ。相変わらず堅苦しいなぁ…」
上条当麻は苦笑した。
そして、
「同志として、一人の男として、皆に頼む!神上派閥の総帥なんて関係ねぇ!俺はドラゴンを倒す!だが、俺一人じゃできねぇ!皆!力を貸してくれ!」
『『『『イエス、ユアマジェスティ!!!』』』』
『妹達(シスターズ)』五九四七名の号令が、周囲に響き渡った。
『闇』と戦っていたミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』は、大声を張り上げる当麻を見て、うんうん!と首を縦に振った。
フロリス、ドロシー、ベイロープ、ランティスもそれに続く。
アニェーゼ=サンクティス率いる魔術師達も、
『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師達も、
三人の聖人、シルビア、ウィリアム=オルウェル、神裂火織も頷く。
オッレルス、バードウェイ、『騎士団長(ナイトリーダー)』
天草式のメンバー、ステイル=マグヌス、剣多風水、御坂美琴も、
そして、
「ドラゴンをブチ殺してこい!親友!」
『一方通行(アクセラレータ)』こと、御堂シンラは、上条当麻の背中を叩いた。
「記憶は無事に入れ替わったみたいだな!親友っ!」
「アア…俺がそンなヘマこくかよ!『打ち止め(ラストオーダー)』ッ!!」
『了解!『竜王の翼(ドラゴンウイング)』を起動させるよ!』
御堂シンラの背中から、ブワッ!と黒い翼が噴出した。
爆風を起こして、空に跳び上がる。
一人の少年を中心に、希望と言う名の炎が燃え上がった。
その光景に、『竜王(ドラゴン)』は不快感をあらわにする。
「貴様ガ出テキタトコロデ、何モ変ワラヌ…何故ダ?何故、貴様ラハ余ニ平伏セヌノダ?」
二人は同一人物でありながら、状況は対照的だった。
一人は、絶対的な力を持ちながらも、孤独。
もう一人は、弱小でありながらも、多くの仲間に囲まれていた。
「本当は気づいてるんだろ?ドラゴン」
上条当麻は『(竜王)ドラゴン』に問いかける。
「…何ヲダ?」
『(竜王)ドラゴン』は、その問いが理解できなかった。
否、
理解してはならなかった。
「神とは、人が作り出した幻想!!」
「――――――――――――――ッッ!!」
その言葉に、『魔神』は絶句する。
少年は走りだした。
神の奇跡すら撃ち消す右手だけを頼りに、
「その幻想―――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
多くの仲間に支えられ、
世界の命運を背負い、希望を託された少年が、
再び、世界の英雄へと変わる。
「俺がぶち殺す――――――――――――――――――――――――――――――!!」
『無能力者(レベル0)』対『絶対能力者(レベル6)』。
すなわち、
『上条当麻(イマジンブレイカー)』対『上条当麻(ドラゴン)』。
すなわち、
『人間』対『神』。
最終決戦の火蓋が、切って落とされた。
『竜王(ドラゴン)』は初めて、気づいた。
全ては布石だったのだと。
『魔王』の襲撃も。
魔術師たちの攻防も。
能力者たちの戦いも。
この術式を完成させる為の時間稼ぎでしか無かった。
あらかじめ、学園都市に潜り込んだ魔術師達は、『竜王(ドラゴン)』に悟られないように、各学区の片隅で隠れて詠唱を始めていた。『必要悪の教会(ネセサリウス)』のアニェーゼ軍団は、『一方通行(アクセラレータ)』の回復魔法の為に外されていたが、残り九九九名の魔術師は、大魔術の準備をしていた。避難した二五〇万の人々を『幻想御手(レベルアッパー)』の被験者として用い、それを『超能力者(レベル5)』第五位の『座標移動(ムーブポイント)』、結標淡希の能力を爆発的に向上させたのだ。
そして、詠唱が最終章に入る頃合いを見計らって、インデックスの合図と共に、大魔術『並行世界(リアルワールド)』を行う為の的確な位置、方角へ魔術師達を瞬時に移動させる。
これが、『並行世界(リアルワールド)』の大まかな全容である。
『竜王(ドラゴン)』は空を見上げた。
暗黒の夜に浮かぶのは、天を覆う巨大な魔法陣。『王冠(ケテル)』、『知恵(コクマー)』、『理解(ビナー)』、『慈悲(ケセド)』、『峻厳(ゲブラー)』、『美(ティファレト)』、『勝利(ネツァク)』、『栄光(ホド)』、『基礎(イェソド)』、『王国(マルクト)』を意味する一〇のセフィラが輝き、二二のパスが繋がる。
だが、『創造神(エイン・ソフ)』が作り出した世界には、もう一つの要素が足りない。それは人を『楽園(エデン)』から追放した根源であり、一一つ目のセフィラ、『知識(ダアト)』が出現する。
そして、セフィロトの樹が完成した。
(…まさか、神と守護天使を魔力の大器として使う気か?!)
『竜王(ドラゴン)』が驚くのも無理はない。
セフィロトの樹は、魔法陣の一部でしか無かった。
生命の樹を刻んだ六つの円陣が存在し、『(始祖の六芒星)HeXagram of Crowley』を形成していた。
故に、莫大な魔力を必要とする大魔術『並行世界(リアルワールド)』を、『魔神』はセフィロトの樹をエネルギー源として実行したのだ。
グルリと、天空を覆う魔法陣は回転した。
『竜王(ドラゴン)』は戦慄する。
脚部が漆黒の『何か』に覆われ、トカゲのような、地面に食い込む足のカタチに変貌した。
だが、
「時間移動なんて、させないよ!」
『竜王の脚(ドラゴンソニック)』を解放すると同時に『魔神』が仕掛けていた術式が発動し、竜王の足は、ジュワッ!と赤い炎に包まれた。
菱形模様の網目の鎖が、竜王の足を絡め取る。
「小癪ナァ…!!」
『竜王の顎(ドラゴンストライク)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が、真の威力を発揮する。
グバァァッ!!と。
絶対的なチカラによって、白の世界が生まれた。
天を貫く『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』。
一瞬にして、数百キロの大地を灰と化す『竜王の翼(ドラゴンウイング)』。
あのフィアンマを持ってしても、『竜王(ドラゴン)』の一部である『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』を完全に操る事が出来なかった。人間の脳では、神の肉体を制御することで精一杯だ。
全知を持つ『竜王の顎(ドラゴンストライク)』だけが、己の肉体を司り、自在に操る事が出来る。
一撃でもまともに当たれば、人間は瞬時にして水と二酸化炭素となり、跡形も残らない。
『魔神』は告げる。
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
『全知全能神の盾(アイギス)―――――――――!!』
あらゆる魔術や核兵器すら防ぐ絶対防御魔法。
その防護陣は、聖ピエトロ大聖堂や聖ジョージ大聖堂の防壁を遥かに上回る。
『五重詠唱(ペンタスペル)』によって、五つの黄金の盾が同時に出現し、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』を防いだ。黄金の盾と言っても、五つの盾の周囲には、黄金の膜のような魔術障壁が、『竜王(ドラゴン)を覆うように半球体の形を象っていた。
だが、
「嘘っ!?間に合わなかったの?!」
『魔神』は驚愕する。
ビキリ!と、『全知全能神の盾(アイギス)』に亀裂が走った。
圧倒的なチカラは、絶対的なチカラには勝てない。
『並行世界(リアルワールド)』はまだ完成していない。今、天空にある巨大な術式が破壊されてしまえば、全てが水の泡だ。
『魔神』は、聡明すぎるがゆえに理解してしまった。
人間の敗北を。
「世界は……終わる」
『竜王(ドラゴン)』は理解した。
己の勝利を。
「フハハハハハハッ!所詮、貴様ラハ微弱タル動物ダ!幾ラ群レヨウトモ、神ニハ及バヌ!死ヲ持ッテ知ルガヨイ!」
『魔神』の目に、涙が滲んだ。
「ごめんなさい……皆」
『全知全能神の盾(アイギス)』の裂け目から、『竜王の翼(ドラゴンウイング)』の光が噴出していた。亀裂は更に増していく。
『魔神』は魔術を使って空に浮かび上がり、『竜王(ドラゴン)』と『並行世界(リアルワールド)』の魔法陣の間に立ち塞がった。
ほんの一瞬でいい。
『歩く教会』を盾にすることで、時間を稼ぐ。
彼女に出来ることはそれだけだった。
御坂美琴を含める能力者と魔術師たちは、無数の『闇』の軍勢と戦っていた。『神々の楽園(ヴァルハラ・ディ・リューベヌ)』で完全治癒を施し、負傷したウィリアム=オルウェルたちも復帰している。
『夜舞う死を恐れぬ軍兵(ゾンビパウダー)』は、半永久的に『闇』から兵を作り出す魔術であり、闇の世界である夜に、幾ら倒してもキリが無い。
だが、皆はあきらめない。
九九九名の魔術師も勝利を信じ、唱え続けている。
地上を見下ろす最期の景色としては、あまりにも惨めだった。
インデックスは心の中で、
(ごめん…とうま。約束…守れなかった)
五つの『全知全能神の盾(アイギス)』は完全に破壊され、全てを無に帰す『竜王の翼(ドラゴンウイング)』は、瞬く間に広がり始めた。
眩い閃光が、インデックスに直進する。
(終わる―――)
その時だった。
バギンッ!!!
『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』と『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が一瞬で打ち消された。
「あーっはっはっはっはっはぁ!!」
夜空に、光り輝く羽が舞い散る。
「美琴にキスしたら、顔真っ赤にしてそのまま気絶するし!」
空から、
「久しぶりだったんで、小萌先生を抱きしめたら、顔真っ赤にして倒れて授業できないし!」
少年の声が聞こえた。
突然現れた少年は、空中で、銀髪碧眼の少女を抱きとめた。
彼女が一番聞きたかった声。
彼女をいつも安心させてくれる少年の声。
彼女が大好きな笑顔で、
「ただいま。インデックス」
「とうまぁああ!!」
インデックスの瞳に涙が濡れる。
『竜王(ドラゴン)』だけでは無い。
皆、その光景に目を奪われた。
それはまるで、一枚の絵のよう。
世界を最も美しい、ボーイミーツガール。
地上で戦っていた二人の聖人は、
「…おいおい。この登場は格好良すぎだろ」
「ふん。随分と登場の遅い英雄である」
暗黒の夜は、一筋の光に照らされる。
地上にいた『闇』は光を浴び、瞬時に消え去った。
その長い光の中を、二人の少年と少女はゆっくりと降り立った。
「ひぐ、ひぐっ…もうダメかとおもったよぉ……とうまぁ」
「おいおい…魔力を使い過ぎて、ボロボロじゃないか」
少女は涙でぐしゃぐしゃになっていた。少年は彼女の涙を拭いながら、
「作戦成功だな……よくやった」
ツンツンとした黒髪に、一七〇センチ前後の背丈。
白いワイシャツ、黒の制服ズボンに、真新しいスニーカーを履いている。
一年前の上条当麻が、そこにいた。
『天使』は困惑する。
仮面のような表情に、初めて明確な感情が浮かんだ。
「うわあああああああAAAAAAAAッ!!」
『悲鳴を上げ、純白の槍を上条当麻に狙いを定めた。
インデックスは即座に反応するが、戦う余力は既にない。
「とうまっ!」
バギギギギンッ!
『天使』の槍が砕け散っていく。突き出した右手の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が『天使』額に届いた。
バギンッ!
ビキリと、『天使』の聖装に亀裂が走る。
純白の翼が散乱し、
「気づいたか?五和」
砕け散った聖装から、一人の少女が目を覚ます。
上条当麻は、彼女を抱きとめた。
「え……わ、た…し」
視点が定まらない五和は、少年の腕の中で力を失っていた。
「五和!」
「五和ちゃん!」
天草式のメンバーが駆け寄ってくる。
皆、統一性の無い武器を抱えていた。衣服はボロボロで、所々に多少の血がこびり付いているが傷一つない。彼らの先頭には長である神裂火織が、
「上条当麻…」
「もう心配すんな、火織。後は俺に任せろ」
「…はい」
気を失った五和を聖人に預けた。
彼らの間に何が起こったのか知らないが、五和が操られていた事だけは理解した。
少年は振り向く。
目の先にいるのは、全ての元凶。
『竜王(ドラゴン)』。
「上条当麻ァ…」
「あららら、すっかり覚醒しちゃったか…ちぃっとばかり、予定が早いな」
二人の上条当麻が、言葉を交わす。
大魔術、『並行世界(リアルワールド)』。
それは異なる時間を繋ぐ秘術。
一年前の上条当麻は、現在の記憶を保有したままで、この時間に召喚された。
「―――当麻様、御命令を」
いつの間にか、ミサカ一〇〇三二号は上条当麻の前で膝をつき、頭を垂れていた。
「ミサカ…無事だったか」
「…はい。御配慮、ありがとうございます」
身を案じてくれた、という当麻の言葉に、ミサカ一〇〇三二号は頬を赤らめた。嬉しさのあまり、まともに少年の顔を見る事が出来なかった。そんな彼女の感情を知りつつ、
「はははっ。相変わらず堅苦しいなぁ…」
上条当麻は苦笑した。
そして、
「同志として、一人の男として、皆に頼む!神上派閥の総帥なんて関係ねぇ!俺はドラゴンを倒す!だが、俺一人じゃできねぇ!皆!力を貸してくれ!」
『『『『イエス、ユアマジェスティ!!!』』』』
『妹達(シスターズ)』五九四七名の号令が、周囲に響き渡った。
『闇』と戦っていたミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』は、大声を張り上げる当麻を見て、うんうん!と首を縦に振った。
フロリス、ドロシー、ベイロープ、ランティスもそれに続く。
アニェーゼ=サンクティス率いる魔術師達も、
『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師達も、
三人の聖人、シルビア、ウィリアム=オルウェル、神裂火織も頷く。
オッレルス、バードウェイ、『騎士団長(ナイトリーダー)』
天草式のメンバー、ステイル=マグヌス、剣多風水、御坂美琴も、
そして、
「ドラゴンをブチ殺してこい!親友!」
『一方通行(アクセラレータ)』こと、御堂シンラは、上条当麻の背中を叩いた。
「記憶は無事に入れ替わったみたいだな!親友っ!」
「アア…俺がそンなヘマこくかよ!『打ち止め(ラストオーダー)』ッ!!」
『了解!『竜王の翼(ドラゴンウイング)』を起動させるよ!』
御堂シンラの背中から、ブワッ!と黒い翼が噴出した。
爆風を起こして、空に跳び上がる。
一人の少年を中心に、希望と言う名の炎が燃え上がった。
その光景に、『竜王(ドラゴン)』は不快感をあらわにする。
「貴様ガ出テキタトコロデ、何モ変ワラヌ…何故ダ?何故、貴様ラハ余ニ平伏セヌノダ?」
二人は同一人物でありながら、状況は対照的だった。
一人は、絶対的な力を持ちながらも、孤独。
もう一人は、弱小でありながらも、多くの仲間に囲まれていた。
「本当は気づいてるんだろ?ドラゴン」
上条当麻は『(竜王)ドラゴン』に問いかける。
「…何ヲダ?」
『(竜王)ドラゴン』は、その問いが理解できなかった。
否、
理解してはならなかった。
「神とは、人が作り出した幻想!!」
「――――――――――――――ッッ!!」
その言葉に、『魔神』は絶句する。
少年は走りだした。
神の奇跡すら撃ち消す右手だけを頼りに、
「その幻想―――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
多くの仲間に支えられ、
世界の命運を背負い、希望を託された少年が、
再び、世界の英雄へと変わる。
「俺がぶち殺す――――――――――――――――――――――――――――――!!」
『無能力者(レベル0)』対『絶対能力者(レベル6)』。
すなわち、
『上条当麻(イマジンブレイカー)』対『上条当麻(ドラゴン)』。
すなわち、
『人間』対『神』。
最終決戦の火蓋が、切って落とされた。