『とある暗部の未元物質』
第3章 光明を掴む者達 Justice_chevalier
1
「(一体何がどォなってんだァ?)」
白髪の少年は一般的なオープンカフェの一角に腰掛けていた。
もちろん彼自身の意思でここにいるわけではない。
その向かい側には頭に花をつけた(一瞬頭髪の一部かと思い目を擦ってしまったが)少女がウェイトレスに何やら注文を頼んでいる。
そもそも何故こんな事になったかと言えば、一方通行が適当にコンビニでコーヒーを買おうとしたところ花をつけた少女と遭遇。
目が合うなり、『もっとおいしいコーヒー飲める所知ってます!』とか何とかで、状況をイマイチ掴み切れていない一方通行を半ば無理矢理連れてきたというわけだ。
いきなり腕を引っ張られ連れまわされた事で一瞬イラッときたが、一方通行自身『おいしいコーヒー』という単語に惹かれた部分も多少なりともあったわけなのだが・・・。
「(だめだ…思い出せねェ。こいつ誰なンだァ?)」
頭の中で適当に考えるが名前はおろか、こんな少女と面識があったという記憶も無かった。(そもそも彼がいちいち他人の顔など記憶するはずがないが)
そんなこんなで一人黙考する一方通行などお構いなしに花の少女は一人話し始める。
「いきなりですみません。どうしてもあの時のお礼がしたくて…」
「(あの時…?お礼だァ?)」
「本当だったらすぐにお礼をすべきだったのでしょうけど…あんな状況ですし…あなたもあっという間にいなくなってしまったので…本当に、あの時は助けてくれてありがとうございました!」
花の少女はもの凄い勢いで頭を下げた。
ここで一方通行は考える。こんな少女を助けた記憶は一切ない。というか、ここ最近の『仕事』を考えると人を助けるどころか殺してる方が圧倒的に多いはずだ。
憎まれる事ならあれど、感謝される覚えは一切ない。
本来なら『ンなもン知らねェよ』と答えてさっさとこの場を立ち去るはずなのだが、頭を上げた彼女の顔があまりにも真剣すぎるので思わずその言葉が喉で止まってしまった。
「実はあれからずっとあなたの事を探していたんです。私を襲ったあの能力者は御坂さんと同じくらいの能力者だって私にもわかりましたし、その能力者を退けたあなたならすぐに探せると思ったんですけど、中々見つからなくて…」
花の少女は少し緊張気味なのか妙に肩をすくめて話していたが、ウェイトレスが注文(二十種のスイーツてんこ盛りデリシャスタワーパフェ(高さ23センチ))を持ってくると満面の笑みを浮かべた。
一方通行は自分の手前に置かれたコーヒーを一口飲もうとした瞬間、例のてんこ盛りタワーがコーヒーとは時間差で自分の前に置かれて固まった。
「……ちょっと待て、何でこれが二つもあるンだよ?」
「あ、それ一端覧祭までの限定メニューなんですよ。これで大型甘味パフェ(高さ15センチ)と同じ値段なんですよ!あ、会計は私が持ちますので遠慮なく召し上がってください」
花の少女はお目当てのパフェがきたからなのか、先程までの緊張は完全に吹っ飛んでいる。
「(冗談じゃねェぞ…)」
一方通行は戦慄していた。もちろんパフェの値段の事などではない。
一方通行は甘いものが嫌いなわけではない。辛いものも好きだし、コーヒーはブラック派だが、砂糖入りでも飲めないわけでもない。よって甘いものでもOKの人間である。
だが、目の前のそれは一方通行のキャパの遥か斜め上を行くものだった。見ているだけで何かこう、胃の真ん中あたりから得体の知れない何かがこみ上げてくるような、そんな感覚がした。
もちろん味覚のベクトルを操作し、好みの味に変換して平らげる事もできるのだが、そんな下らない事に能力を使ってはいけないと本能のようなものが語りかけていた。
「(こりゃァ逃げ場はねェってか…)」
ある意味で修羅場を迎え、腹を括ろうとしたその瞬間――
チャーラララ~と、気の抜けたような着信音が鳴り響いた。
「あ、ちょっとごめんなさい」
どうやら花の少女の携帯電話の着信音だったらしく、一方通行に軽く頭を下げながら通話ボタンを押して電話の相手と会話を始めた。
「どうしたんですか?…はい、…はい。いえ、白井さんはこっちにはいませんよ。そちらの寮にもいないとなると…。とりあえず合流します?いつものオープンカフェにいますし、今なら『アレ』も食べられちゃいますよ?」
『本当!?すぐ行くね!!』と、一方通行でも聞こえる程の大声が彼女の携帯電話から響いたと思ったら通話はそこで終了していたらしい。
「どうやらお友達が来るみてェだから俺は退散するぜ」
この場を逃れる千載一遇の好機とみて一方通行はそう言ったが、花の少女は食い下がる。
「いえいえ、気を遣わなくても大丈夫ですよ。あの人は誰だろうと気にする方じゃありませんし!」
そいつはねェだろ、と思いながら一方通行は携帯電話を取り出す。
「どうやら俺もお友達からの呼び出しみてェだ」
開かれたそのディスプレイには『登録3』とだけ表示されているが、一方通行は誰からの呼び出しなのかはわかっていた。
「そうですか…。それは残念です…」
花の少女は視線と肩を落とし残念モード全開でしょげている。
そんな少女の姿をよそに一方通行はコーヒーを一口含むと立ち上がりその場を去ろうとする。
「あのっ…お名前は…?また会えますか…?」
彼女は心なしか不安げに、懇願するように一方通行に問いかける。
問いかけに対し一方通行は花の少女に背を向けたまま、
「俺は『悪党』だ。そんな奴とそう何度も会うもんじゃねェよ」
そう言うと一方通行はオープンカフェを後にした。
『とある暗部の未元物質』2
人気のない公園の奥になぜか設置されていた三人掛けのベンチ。
そこに土御門元春は座っていた。
そんな彼に近づく人影。
「いよう。お楽しみのところ邪魔して悪かったにゃー。埋め合わせはこの土御門さんに任せておけばバッチリだぜい?でも一つだけ…浮気は感心しないにゃー」
「なンだァ?わざわざスクラップになりたくてラブコールしてきたのかァ?だったら綺麗なオブジェに仕上げてやるぜ?」
何も知らない子供が聞いたら身震いするような会話だが、この二人にとってこんな会話に意味などない。
「またクソ下らねェ『仕事』か。面倒臭ェからさっさと終わらすぞ」
一方通行は首をゴキゴキ鳴らしながら、早く立てクソ野郎と言わんばかりに足をトントンと鳴らしている。
「いや、今回はそうじゃない」
土御門は座ったまま顔の前で両手を組みながら一言だけ告げた。
対して、予想外の返答に一方通行の表情が曇る。
「これは完全に俺の独断での依頼だ。だから受けるもよし、断るもよし」
「断る」
「…人の話は最後まで聞け。今の学園都市はかなりヤバイ状態にあるのは知ってるか?」
土御門は一方通行の言葉を無視して話を進める。
「さァな」
「お前は知らなくて無理はないが…学園都市と対立してる集団の中のある人物が学園都市を潰そうとしている」
「はン。結構な事じゃねェか。ついでにそいつに『上』のクソ共を一掃してもらえば万事解決じゃねェか」
一方通行は唇を吊り上げながら笑うが、土御門の表情はフラットなままだ。
「そんな単純な問題じゃない。『潰す』の意味が違う。奴は学園都市の『闇』の存在を全て消し飛ばそうとしているだろう。その意味…まさかわからないわけじゃないだろう?」
「………」
「『打ち止め』だって例外じゃないはずだ。いや、むしろあいつはある意味で学園都市の中枢を担う存在。真っ先に狙われたとしたって不思議じゃない」
「へェ……」
「お前だってまさかそれを黙って見過ごすわけじゃないだろう?」
「…。どうでもイイが、さっき受けるもよし断るもよしだなんて言ってたが、ここまでの話聞く限りじゃ選択の余地なんてねェじゃねェか」
「そうでもない。お前には二つの選択肢がある。『打ち止め』を間接的に守る為に学園都市をかけて戦うか、『打ち止め』を連れ学園都市の外に逃げるか、だ。お前の力なら単独でも問題はないだろう?」
「ハッ、問題大アリだ。『コレ』の手綱は誰が握ってるのか忘れたのか?学園都市を放棄しようとした時点で俺は無能力者以下だろうなァ」
一方通行は首のチョーカーをトントンと叩きながら自虐の言葉を吐く。しかしその顔はどこか楽しそうにも見える。
「契約成立か」
「タヌキが。ハナからこうするつもりだったンだろォが。そのふざけたサングラス毟り取ってやりたい気分だ」
「そいつは困るな。これはお前のチョーカーと一緒でな。このサングラスのお陰で土御門さんのパワーは三割増しになるんだよ」
「三割増しでそんなザマなら同情するぜ。俺だったら頭打ち抜いて死にてェ気分だ」
全くふざけた野郎だ、と半ば呆れた一方通行は松葉杖で土御門を軽く小突いておいた。
「そうとなれば早速行動開始だ。まずは勝手に遊んでるあいつらと合流だ」
『とある暗部の未元物質』3
第十九学区に一台の黒いキャンピングカーが走っていた。
この学区は他の学区に比べると建物が少なく、人も少ない。正午近い時刻で街に活気が出てきてもおかしくないというのに、ここ一帯はそんな雰囲気は一切無かった。
辺りの店のほとんどはシャッターが閉められ、所々点在しているコンビニくらいしか営業している店は見当たらなかった。
そんな街並みを助手席の窓越しに見ながら男はポツリ、とこんな事を言った。
「で、どうだったんだ?特久池君」
「ん…。まぁ…流石はセラフィムと言ったところでしょうかね。もっとも彼は本来の力の1%程度しか出してなかったでしょうけど」
後部座席に座り、途切れ途切れの声で答える特久池はその過程を思い出し、やや唇を噛んだ。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、助手席に座った男は素直な疑問を突きつける。
「じゃあ何で特久池君は生きているんだろうな。そんな化け物じみた奴と戦って生き残ってるなんて俺には信じられないんだが」
対して後部座席からはこんな答えが返ってくる。
「そんな事を…っ!私に聞かれましてもね…。ただ無事ってわけじゃないですよ…。指は何本か無くなってますし、左腕も全く動かないですからね。腱でも切られたんでしょうかね」
「ははっ。そんな程度なら大丈夫さ。噂だが、この学園都市にはDNAさえあれば肉体再生ができる技術があるらしいぞ?」
助手席の男は相手の状態をさほど気にかけていないのか、あっけらかんと笑い話に変えてしまう。が、当の負傷している特久池からすればそんな得体の知れないモノに自分の体を託そうとは思えなかった。
「まぁ冗談はさておき…困ったな。特久池君でそれじゃあ我々が束になってかかったところで一蹴されてしまうのがオチだな」
「相性とかそれ以前に出力があまりにも違いすぎましたからね。正直、あれよりも上がいるなんて思うと自分の能力が馬鹿らしく思えますよ」
「それは言わないでくれよ。俺の立場がない」
ハハハッ、と助手席の男は豪快に笑う。それはこの場には相応しくないモノではあったが、特久池はどこか安心したような感覚がした。
キキッ!とブレーキ音が鳴りキャンピングカーは放置された工場に隣接した駐車場に停止した。
「さあ、着いたぞ」
助手席の男は言うなり、ドアを開け放ち外に出る。2mはあるだろうか、その巨体をグーっと伸ばすとブハッ!と息を吐いて身体をほぐした。
そんな光景を見て特久池は一言――。
「やめて下さいよオヤジ臭い。一応二十歳なんですよね?」
「一応とは何だ。俺はれっきとした二十歳であって、まだ煙草も吸った事がないピュアで健全な青年なんだぞ?」
口髭と顎鬚をたっぷり蓄え、ありがちな童話に出てくる木こりのようなナリでそんな事を言われても、信じるのは敬虔なシスターくらいだろう。
特久池はそんな事を思いながら呆れていると巨漢な男が、
「お、取引先のお出ましだ」
と言うと、その視線の先には真っ赤な衣装を着た女が立っていた。その派手な色ばかりに気を取られがちではあるが、その出で立ちはシスターそのものだった。
本当にシスター出てきちゃったよ、と思わず口が動いて(声には出さなかったが)しまった特久池と腰に両手をつけ仁王立ちしている巨漢をそれぞれ一瞥したシスターは何の感情の起伏もなく告げる。
「やはり『標的』は抹消できませんでしたか。せめて『捕縛』くらいは…と思っていましたが。それほどまでに手強い相手だったんですか?」
対し、交戦した特久池は答える。
「手強いなんてレベルじゃないですね。正直、我々の手には負えません。例え、貴女方の『不思議な力』をもってしてもどうか…」
「そうですか…わかりました。そうとわかれば後は私達で何とかしてみましょう。貴殿らはもうこの件には関わらなくても結構です。事態も変わってしまいましたからね」
「事態が変わったってのは何なんだ?」
訝しげに質問したのは巨漢の男。しかし赤のシスターは冷たく即答する。
「貴殿らが知る必要はありません。知ったところで何もできる事はありませんからね」
「そっか、そりゃ残念だ」
簡単にあしらわれたというのに巨漢の男はそれ以上問い詰めようとはせずにあっさりと退く。
「それと私達との一連のやりとりは口外しないよう。お互いの為になりませんからね」
「安心しな。『マジュツシに頼まれました』なんて言ったってここじゃ笑い飛ばされるのがオチさ」
そういう問題では、と赤のシスターが言おうとしたが、巨漢の男は特久池と共にさっさと黒いキャンピングカーに乗り込んでしまう。
キャンピングカーがその場を去り、駐車場には赤のシスターだけがポツンと残された。
「さて、彼らが使えないとなると『彼女』に連絡を取らないといけませんね…」
『とある暗部の未元物質』4
学園都市には無数の研究施設がある。
能力開発はもちろん、軍事設備や普通の生活に使用する家電製品の開発など、多岐に渡る研究開発を行う為の施設だ。
そしてこの第十七学区は、その学園都市の中でも研究施設が比較的多い学区でもある。施設の密集度から言えば第二十三学区を上回るとさえ言われている。
施設の屋根に止まっている鳥よりも研究施設の方が多いとさえ言われているくらいだ。
そしてそれが数多く立ち並ぶ研究施設の中には一般人には知られていない研究をしている施設が紛れている。
垣根帝督はその施設の一つにいた。
「(虚数研ねぇ…。話では虚数学区の出現条件を割り出す為に珍しい能力者を呼んでは色んな実験をしてたらしいが…この様子じゃ頓挫したみたいだな)」
完全に人気のない研究所内に垣根の足音がコツ、コツ、と響く。
するとカツン、カツン、と明らかに垣根のそれとは違う足音が混ざってきた。
垣根は少し警戒心を強めたが、その必要はすぐに無くなった。
「あら、生きてたの?」
声の主は女。華奢な体に似合わず、背中を大胆にさらけ出したドレスを着ていて年齢以上に妖艶さを感じさせる少女。そう、元『スクール』の少女だった。
「おいおい、久しぶりに感動のご対面だって言うのに随分じゃねぇか」
「別に私達そういう関係じゃないでしょ。むしろあなたがいない間、私が『スクール』としての後始末を全部やったのよ。砂皿の奴も生きてたし、それで色々と面倒だったんだから」
「悪ぃ悪ぃ。いや、別に俺だって好きでくたばってたわけじゃないんだけどな」
ドレスの少女は毒づくが垣根は悪びれる様子は全くない。
「あんな自信満々で一方通行に挑んだっていうのに、見事に返り討ちにされたみたいね。今ここにいるって事は…情けでもかけられちゃったのかしら?」
「どうなんだかな。あのクソ野郎にでも聞いてみろよ」
そう、と言うとドレスの少女は再び歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっと探し物をしてるのよ。まぁ、ここには無いみたいだけど」
「探し物?」
「『ドラゴン』について、よ。」
聞き覚えのある単語に垣根は眉を顰める。『ピンセット』で見た『ドラゴン』という単語。
学園都市へ直接交渉権を得る為の足がかりにしようとしたモノ。そしてその正体を垣根は知っている。
ドレスの少女に『ドラゴン』の正体を明かそうかと思った。が、止めた。恐らくこいつが知っても意味が無いだろう、と垣根は思っていた。
「…あなたは何をしているの?」
「ん、あぁ。能力の調整に来たんだよ。多分ここなら機材があるだろうしな。別にここじゃなくてもいいんだが、人がごちゃごちゃいる所は面倒臭い」
「そうだったの。てっきり故郷が恋しくなったのだと思ったわ。何せ虚数研で多大な功績を収めた能力者だったんですものね」
「そんな事もあったなぁ。人が知らねぇ間にコソコソ俺のAIM拡散力場を利用してたらしいな。まぁ頭きたから全員消したけどな」
「でもあなたがいなかったら虚数学区の存在すら解明できなかった。これって凄い事だと思わないの?」
「別にどうも思わねぇよ。虚数学区がどうであろうが俺にはあんま関係ない事だし。何よりアレイスターの野郎のアシストをしてたと思うと胸糞悪い」
垣根はそう答えると背を向けた。これ以上話す事は無いだろう、と。
ドレスの少女はそんな垣根の様子を察したのか、最後に、と前置きしてこう告げた。
「最近、学園都市に変な連中がいるらしいわよ。何でも大小問わず稀少な能力者を襲撃するっていうね。心当たりない?」
垣根は一瞬の間を置いてこう答えた。
「ねぇな」
「そう。まぁあなたなら心配はないでしょう。それじゃお元気で。もっともこの世界にいればいずれ再会するでしょうけど」
そう言い残すとドレスの少女は建物の外へと消えていった。
「さってと…さっさとやる事済ませてまたあいつに話聞かないとな」
独り言のように呟くと垣根は薄暗い建物の中に消えていった。
第3章 光明を掴む者達 Justice_chevalier
1
「(一体何がどォなってんだァ?)」
白髪の少年は一般的なオープンカフェの一角に腰掛けていた。
もちろん彼自身の意思でここにいるわけではない。
その向かい側には頭に花をつけた(一瞬頭髪の一部かと思い目を擦ってしまったが)少女がウェイトレスに何やら注文を頼んでいる。
そもそも何故こんな事になったかと言えば、一方通行が適当にコンビニでコーヒーを買おうとしたところ花をつけた少女と遭遇。
目が合うなり、『もっとおいしいコーヒー飲める所知ってます!』とか何とかで、状況をイマイチ掴み切れていない一方通行を半ば無理矢理連れてきたというわけだ。
いきなり腕を引っ張られ連れまわされた事で一瞬イラッときたが、一方通行自身『おいしいコーヒー』という単語に惹かれた部分も多少なりともあったわけなのだが・・・。
「(だめだ…思い出せねェ。こいつ誰なンだァ?)」
頭の中で適当に考えるが名前はおろか、こんな少女と面識があったという記憶も無かった。(そもそも彼がいちいち他人の顔など記憶するはずがないが)
そんなこんなで一人黙考する一方通行などお構いなしに花の少女は一人話し始める。
「いきなりですみません。どうしてもあの時のお礼がしたくて…」
「(あの時…?お礼だァ?)」
「本当だったらすぐにお礼をすべきだったのでしょうけど…あんな状況ですし…あなたもあっという間にいなくなってしまったので…本当に、あの時は助けてくれてありがとうございました!」
花の少女はもの凄い勢いで頭を下げた。
ここで一方通行は考える。こんな少女を助けた記憶は一切ない。というか、ここ最近の『仕事』を考えると人を助けるどころか殺してる方が圧倒的に多いはずだ。
憎まれる事ならあれど、感謝される覚えは一切ない。
本来なら『ンなもン知らねェよ』と答えてさっさとこの場を立ち去るはずなのだが、頭を上げた彼女の顔があまりにも真剣すぎるので思わずその言葉が喉で止まってしまった。
「実はあれからずっとあなたの事を探していたんです。私を襲ったあの能力者は御坂さんと同じくらいの能力者だって私にもわかりましたし、その能力者を退けたあなたならすぐに探せると思ったんですけど、中々見つからなくて…」
花の少女は少し緊張気味なのか妙に肩をすくめて話していたが、ウェイトレスが注文(二十種のスイーツてんこ盛りデリシャスタワーパフェ(高さ23センチ))を持ってくると満面の笑みを浮かべた。
一方通行は自分の手前に置かれたコーヒーを一口飲もうとした瞬間、例のてんこ盛りタワーがコーヒーとは時間差で自分の前に置かれて固まった。
「……ちょっと待て、何でこれが二つもあるンだよ?」
「あ、それ一端覧祭までの限定メニューなんですよ。これで大型甘味パフェ(高さ15センチ)と同じ値段なんですよ!あ、会計は私が持ちますので遠慮なく召し上がってください」
花の少女はお目当てのパフェがきたからなのか、先程までの緊張は完全に吹っ飛んでいる。
「(冗談じゃねェぞ…)」
一方通行は戦慄していた。もちろんパフェの値段の事などではない。
一方通行は甘いものが嫌いなわけではない。辛いものも好きだし、コーヒーはブラック派だが、砂糖入りでも飲めないわけでもない。よって甘いものでもOKの人間である。
だが、目の前のそれは一方通行のキャパの遥か斜め上を行くものだった。見ているだけで何かこう、胃の真ん中あたりから得体の知れない何かがこみ上げてくるような、そんな感覚がした。
もちろん味覚のベクトルを操作し、好みの味に変換して平らげる事もできるのだが、そんな下らない事に能力を使ってはいけないと本能のようなものが語りかけていた。
「(こりゃァ逃げ場はねェってか…)」
ある意味で修羅場を迎え、腹を括ろうとしたその瞬間――
チャーラララ~と、気の抜けたような着信音が鳴り響いた。
「あ、ちょっとごめんなさい」
どうやら花の少女の携帯電話の着信音だったらしく、一方通行に軽く頭を下げながら通話ボタンを押して電話の相手と会話を始めた。
「どうしたんですか?…はい、…はい。いえ、白井さんはこっちにはいませんよ。そちらの寮にもいないとなると…。とりあえず合流します?いつものオープンカフェにいますし、今なら『アレ』も食べられちゃいますよ?」
『本当!?すぐ行くね!!』と、一方通行でも聞こえる程の大声が彼女の携帯電話から響いたと思ったら通話はそこで終了していたらしい。
「どうやらお友達が来るみてェだから俺は退散するぜ」
この場を逃れる千載一遇の好機とみて一方通行はそう言ったが、花の少女は食い下がる。
「いえいえ、気を遣わなくても大丈夫ですよ。あの人は誰だろうと気にする方じゃありませんし!」
そいつはねェだろ、と思いながら一方通行は携帯電話を取り出す。
「どうやら俺もお友達からの呼び出しみてェだ」
開かれたそのディスプレイには『登録3』とだけ表示されているが、一方通行は誰からの呼び出しなのかはわかっていた。
「そうですか…。それは残念です…」
花の少女は視線と肩を落とし残念モード全開でしょげている。
そんな少女の姿をよそに一方通行はコーヒーを一口含むと立ち上がりその場を去ろうとする。
「あのっ…お名前は…?また会えますか…?」
彼女は心なしか不安げに、懇願するように一方通行に問いかける。
問いかけに対し一方通行は花の少女に背を向けたまま、
「俺は『悪党』だ。そんな奴とそう何度も会うもんじゃねェよ」
そう言うと一方通行はオープンカフェを後にした。
『とある暗部の未元物質』2
人気のない公園の奥になぜか設置されていた三人掛けのベンチ。
そこに土御門元春は座っていた。
そんな彼に近づく人影。
「いよう。お楽しみのところ邪魔して悪かったにゃー。埋め合わせはこの土御門さんに任せておけばバッチリだぜい?でも一つだけ…浮気は感心しないにゃー」
「なンだァ?わざわざスクラップになりたくてラブコールしてきたのかァ?だったら綺麗なオブジェに仕上げてやるぜ?」
何も知らない子供が聞いたら身震いするような会話だが、この二人にとってこんな会話に意味などない。
「またクソ下らねェ『仕事』か。面倒臭ェからさっさと終わらすぞ」
一方通行は首をゴキゴキ鳴らしながら、早く立てクソ野郎と言わんばかりに足をトントンと鳴らしている。
「いや、今回はそうじゃない」
土御門は座ったまま顔の前で両手を組みながら一言だけ告げた。
対して、予想外の返答に一方通行の表情が曇る。
「これは完全に俺の独断での依頼だ。だから受けるもよし、断るもよし」
「断る」
「…人の話は最後まで聞け。今の学園都市はかなりヤバイ状態にあるのは知ってるか?」
土御門は一方通行の言葉を無視して話を進める。
「さァな」
「お前は知らなくて無理はないが…学園都市と対立してる集団の中のある人物が学園都市を潰そうとしている」
「はン。結構な事じゃねェか。ついでにそいつに『上』のクソ共を一掃してもらえば万事解決じゃねェか」
一方通行は唇を吊り上げながら笑うが、土御門の表情はフラットなままだ。
「そんな単純な問題じゃない。『潰す』の意味が違う。奴は学園都市の『闇』の存在を全て消し飛ばそうとしているだろう。その意味…まさかわからないわけじゃないだろう?」
「………」
「『打ち止め』だって例外じゃないはずだ。いや、むしろあいつはある意味で学園都市の中枢を担う存在。真っ先に狙われたとしたって不思議じゃない」
「へェ……」
「お前だってまさかそれを黙って見過ごすわけじゃないだろう?」
「…。どうでもイイが、さっき受けるもよし断るもよしだなんて言ってたが、ここまでの話聞く限りじゃ選択の余地なんてねェじゃねェか」
「そうでもない。お前には二つの選択肢がある。『打ち止め』を間接的に守る為に学園都市をかけて戦うか、『打ち止め』を連れ学園都市の外に逃げるか、だ。お前の力なら単独でも問題はないだろう?」
「ハッ、問題大アリだ。『コレ』の手綱は誰が握ってるのか忘れたのか?学園都市を放棄しようとした時点で俺は無能力者以下だろうなァ」
一方通行は首のチョーカーをトントンと叩きながら自虐の言葉を吐く。しかしその顔はどこか楽しそうにも見える。
「契約成立か」
「タヌキが。ハナからこうするつもりだったンだろォが。そのふざけたサングラス毟り取ってやりたい気分だ」
「そいつは困るな。これはお前のチョーカーと一緒でな。このサングラスのお陰で土御門さんのパワーは三割増しになるんだよ」
「三割増しでそんなザマなら同情するぜ。俺だったら頭打ち抜いて死にてェ気分だ」
全くふざけた野郎だ、と半ば呆れた一方通行は松葉杖で土御門を軽く小突いておいた。
「そうとなれば早速行動開始だ。まずは勝手に遊んでるあいつらと合流だ」
『とある暗部の未元物質』3
第十九学区に一台の黒いキャンピングカーが走っていた。
この学区は他の学区に比べると建物が少なく、人も少ない。正午近い時刻で街に活気が出てきてもおかしくないというのに、ここ一帯はそんな雰囲気は一切無かった。
辺りの店のほとんどはシャッターが閉められ、所々点在しているコンビニくらいしか営業している店は見当たらなかった。
そんな街並みを助手席の窓越しに見ながら男はポツリ、とこんな事を言った。
「で、どうだったんだ?特久池君」
「ん…。まぁ…流石はセラフィムと言ったところでしょうかね。もっとも彼は本来の力の1%程度しか出してなかったでしょうけど」
後部座席に座り、途切れ途切れの声で答える特久池はその過程を思い出し、やや唇を噛んだ。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、助手席に座った男は素直な疑問を突きつける。
「じゃあ何で特久池君は生きているんだろうな。そんな化け物じみた奴と戦って生き残ってるなんて俺には信じられないんだが」
対して後部座席からはこんな答えが返ってくる。
「そんな事を…っ!私に聞かれましてもね…。ただ無事ってわけじゃないですよ…。指は何本か無くなってますし、左腕も全く動かないですからね。腱でも切られたんでしょうかね」
「ははっ。そんな程度なら大丈夫さ。噂だが、この学園都市にはDNAさえあれば肉体再生ができる技術があるらしいぞ?」
助手席の男は相手の状態をさほど気にかけていないのか、あっけらかんと笑い話に変えてしまう。が、当の負傷している特久池からすればそんな得体の知れないモノに自分の体を託そうとは思えなかった。
「まぁ冗談はさておき…困ったな。特久池君でそれじゃあ我々が束になってかかったところで一蹴されてしまうのがオチだな」
「相性とかそれ以前に出力があまりにも違いすぎましたからね。正直、あれよりも上がいるなんて思うと自分の能力が馬鹿らしく思えますよ」
「それは言わないでくれよ。俺の立場がない」
ハハハッ、と助手席の男は豪快に笑う。それはこの場には相応しくないモノではあったが、特久池はどこか安心したような感覚がした。
キキッ!とブレーキ音が鳴りキャンピングカーは放置された工場に隣接した駐車場に停止した。
「さあ、着いたぞ」
助手席の男は言うなり、ドアを開け放ち外に出る。2mはあるだろうか、その巨体をグーっと伸ばすとブハッ!と息を吐いて身体をほぐした。
そんな光景を見て特久池は一言――。
「やめて下さいよオヤジ臭い。一応二十歳なんですよね?」
「一応とは何だ。俺はれっきとした二十歳であって、まだ煙草も吸った事がないピュアで健全な青年なんだぞ?」
口髭と顎鬚をたっぷり蓄え、ありがちな童話に出てくる木こりのようなナリでそんな事を言われても、信じるのは敬虔なシスターくらいだろう。
特久池はそんな事を思いながら呆れていると巨漢な男が、
「お、取引先のお出ましだ」
と言うと、その視線の先には真っ赤な衣装を着た女が立っていた。その派手な色ばかりに気を取られがちではあるが、その出で立ちはシスターそのものだった。
本当にシスター出てきちゃったよ、と思わず口が動いて(声には出さなかったが)しまった特久池と腰に両手をつけ仁王立ちしている巨漢をそれぞれ一瞥したシスターは何の感情の起伏もなく告げる。
「やはり『標的』は抹消できませんでしたか。せめて『捕縛』くらいは…と思っていましたが。それほどまでに手強い相手だったんですか?」
対し、交戦した特久池は答える。
「手強いなんてレベルじゃないですね。正直、我々の手には負えません。例え、貴女方の『不思議な力』をもってしてもどうか…」
「そうですか…わかりました。そうとわかれば後は私達で何とかしてみましょう。貴殿らはもうこの件には関わらなくても結構です。事態も変わってしまいましたからね」
「事態が変わったってのは何なんだ?」
訝しげに質問したのは巨漢の男。しかし赤のシスターは冷たく即答する。
「貴殿らが知る必要はありません。知ったところで何もできる事はありませんからね」
「そっか、そりゃ残念だ」
簡単にあしらわれたというのに巨漢の男はそれ以上問い詰めようとはせずにあっさりと退く。
「それと私達との一連のやりとりは口外しないよう。お互いの為になりませんからね」
「安心しな。『マジュツシに頼まれました』なんて言ったってここじゃ笑い飛ばされるのがオチさ」
そういう問題では、と赤のシスターが言おうとしたが、巨漢の男は特久池と共にさっさと黒いキャンピングカーに乗り込んでしまう。
キャンピングカーがその場を去り、駐車場には赤のシスターだけがポツンと残された。
「さて、彼らが使えないとなると『彼女』に連絡を取らないといけませんね…」
『とある暗部の未元物質』4
学園都市には無数の研究施設がある。
能力開発はもちろん、軍事設備や普通の生活に使用する家電製品の開発など、多岐に渡る研究開発を行う為の施設だ。
そしてこの第十七学区は、その学園都市の中でも研究施設が比較的多い学区でもある。施設の密集度から言えば第二十三学区を上回るとさえ言われている。
施設の屋根に止まっている鳥よりも研究施設の方が多いとさえ言われているくらいだ。
そしてそれが数多く立ち並ぶ研究施設の中には一般人には知られていない研究をしている施設が紛れている。
垣根帝督はその施設の一つにいた。
「(虚数研ねぇ…。話では虚数学区の出現条件を割り出す為に珍しい能力者を呼んでは色んな実験をしてたらしいが…この様子じゃ頓挫したみたいだな)」
完全に人気のない研究所内に垣根の足音がコツ、コツ、と響く。
するとカツン、カツン、と明らかに垣根のそれとは違う足音が混ざってきた。
垣根は少し警戒心を強めたが、その必要はすぐに無くなった。
「あら、生きてたの?」
声の主は女。華奢な体に似合わず、背中を大胆にさらけ出したドレスを着ていて年齢以上に妖艶さを感じさせる少女。そう、元『スクール』の少女だった。
「おいおい、久しぶりに感動のご対面だって言うのに随分じゃねぇか」
「別に私達そういう関係じゃないでしょ。むしろあなたがいない間、私が『スクール』としての後始末を全部やったのよ。砂皿の奴も生きてたし、それで色々と面倒だったんだから」
「悪ぃ悪ぃ。いや、別に俺だって好きでくたばってたわけじゃないんだけどな」
ドレスの少女は毒づくが垣根は悪びれる様子は全くない。
「あんな自信満々で一方通行に挑んだっていうのに、見事に返り討ちにされたみたいね。今ここにいるって事は…情けでもかけられちゃったのかしら?」
「どうなんだかな。あのクソ野郎にでも聞いてみろよ」
そう、と言うとドレスの少女は再び歩き出した。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっと探し物をしてるのよ。まぁ、ここには無いみたいだけど」
「探し物?」
「『ドラゴン』について、よ。」
聞き覚えのある単語に垣根は眉を顰める。『ピンセット』で見た『ドラゴン』という単語。
学園都市へ直接交渉権を得る為の足がかりにしようとしたモノ。そしてその正体を垣根は知っている。
ドレスの少女に『ドラゴン』の正体を明かそうかと思った。が、止めた。恐らくこいつが知っても意味が無いだろう、と垣根は思っていた。
「…あなたは何をしているの?」
「ん、あぁ。能力の調整に来たんだよ。多分ここなら機材があるだろうしな。別にここじゃなくてもいいんだが、人がごちゃごちゃいる所は面倒臭い」
「そうだったの。てっきり故郷が恋しくなったのだと思ったわ。何せ虚数研で多大な功績を収めた能力者だったんですものね」
「そんな事もあったなぁ。人が知らねぇ間にコソコソ俺のAIM拡散力場を利用してたらしいな。まぁ頭きたから全員消したけどな」
「でもあなたがいなかったら虚数学区の存在すら解明できなかった。これって凄い事だと思わないの?」
「別にどうも思わねぇよ。虚数学区がどうであろうが俺にはあんま関係ない事だし。何よりアレイスターの野郎のアシストをしてたと思うと胸糞悪い」
垣根はそう答えると背を向けた。これ以上話す事は無いだろう、と。
ドレスの少女はそんな垣根の様子を察したのか、最後に、と前置きしてこう告げた。
「最近、学園都市に変な連中がいるらしいわよ。何でも大小問わず稀少な能力者を襲撃するっていうね。心当たりない?」
垣根は一瞬の間を置いてこう答えた。
「ねぇな」
「そう。まぁあなたなら心配はないでしょう。それじゃお元気で。もっともこの世界にいればいずれ再会するでしょうけど」
そう言い残すとドレスの少女は建物の外へと消えていった。
「さってと…さっさとやる事済ませてまたあいつに話聞かないとな」
独り言のように呟くと垣根は薄暗い建物の中に消えていった。