とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 6-512

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匿名ユーザー

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『並行世界(リアルワールド)』

(二日目)15時26分


『魔神』の背後で、『騎士団長(ナイトリーダー)』は魔剣フルティングを振りかぶった。
四人の魔術師が作り出した、一瞬の機会。
「――ッ?!やめろ!」
オッレウスの声が届く前に、彼は剣を振り下ろし、

『騎士団長(ナイトリーダー)』の左肩から、バッサリと肉が裂けた。

血飛沫が宙を舞う。
在り得ない光景に、ウィリアム=オルウェルは絶句した。
「なっ!?」
『騎士団長(ナイトリーダー)』が『竜王(ドラゴン)』を斬りつけた。しかし、斬撃を受けたのは、ほかならぬ本人だった。
「『竜王の鱗(ドラゴンアーマー)』…」
オッレウスは独白する。
「人に神を触れることは出来ない。そして、神を傷つける者には相応の罰が与えられる。神に与えたようとした傷が、そのまま自分に跳ね返る能力。それこそが『竜王の鱗(ドラゴンアーマー)』…『神に近づく者(イカロス)』を名乗るこの俺が持っていたチカラだ」
宙に体を浮かべたまま、『魔神』は笑う。
未だに何が起こったか把握できないでいる『騎士団長(ナイトリーダー)』の表情を見ながら、右手を突きだした。そして、
「『現実守護(リアルディフェンダー)』を解放する」
『魔神』のワイシャツの右腕の袖がはじけ飛んだ。上条当麻が有する『消滅』の能力を発揮し、

『騎士団長(ナイトリーダー)』の右足を消し飛ばした。


 一瞬だった。
気づけば、周囲の大気ごと消滅させられた。
「ぐっがあああああああああああああああっ!!」
 激痛が襲う。
 チッ、と舌打ちするとオッレウスは右手で『何か』を手繰り寄せるように腕を上げた。
 胸に斬撃を負い、右足を失った『騎士団長(ナイトリーダー)』が、物理的に有り得ない軌道を描いて、戦場の遥か遠くに飛ばされた。
ギチギチと、アスファルト魔剣フルティングで削りながら体の衝撃を殺すが、途中で剣から手を離し、無様に転がっていった。
『騎士団長(ナイトリーダー)』は戦闘不能となった。
だが、他の魔術師たちは、負傷した彼に声をかけるどころか、見向きもしない。
単独の魔術師同士の戦いにおいて、仲間の負傷に気を取られた者は、死が待ち受けている。 
『騎士団長(ナイトリーダー)』も魔術師たちもそれを理解していた。
そして、『魔神』がそれをさせない。
「っがッはァア!!」
「貴様の『北欧王座(フリズスキャルヴ)』も、余の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の前では無力だ」
オッレウスの腹部に、『魔神』の拳が突き刺さる。
人ならざる強烈なパンチ力に、オッレウスは口から血を吐きながらも、『北欧王座(フリズスキャルヴ)』を用い、『魔神』の背後にある、ウィリアムが所持していたメイスを動かした。
それだけはない。数本の蛍光灯が飴細工のように曲がり、らせん状の槍が形成された。銃弾と変わらない速度で、『魔神』に襲いかかった。
「――『竜王の翼(ドラゴンウイング)』」
『魔神』の背後が真っ白に塗り潰された。
ドバァア!!という轟音が鳴り響く。
その光景に一瞬呆けていたオッレウスは事態を察知し、『魔神』と距離を取った。
彼は血に塗れた口を拭いながら、
「…ごほ、ごほっ…本当に…強いね、君は」
太陽の光を遮っていた高層ビルが一瞬で消滅したことで、オッレウスの周囲がオレンジ色に照らされた。一二〇メートルを超える高層ビルは、2階から上が綺麗に消滅していた。彼が引き寄せていた鉄くずと一緒に、『竜王の翼』に跡形も無く吹き飛ばされていた。『魔神』は何の感情も表情に出さず、
「貴様は弱すぎる」
侮蔑の声と共に、強烈な蹴りがオッレウスの腹に入れられた。一〇メートル以上もオッレウスの体が宙を浮いた。肺から酸素を全て吐きだし、受け身も取れず、瓦礫の山に叩きつけられた。 
『魔神』は左手をかざす。
 一瞬で、大気が消滅する。
 バオワッ!という轟音が鳴り響き、発生した真空状態の空間に大気が収束する。
ウィリアム=オルウェルが大剣アスカロンを構え、その風圧を防ぐが、バキィ!と『魔神』が大剣アスカロンごと殴り壊した。ガラスが割れるように、崩れ去る大剣。その様を目に捉えることなく、ウィリアム=オルウェルの眼前に――
『Dios guarda llama de la fuego del infierno!』
(神よ!業火をその身に与えよ!)
『魔神』に、一〇を越える火球が直撃した。
 アスファルトやコンクリートが溶け、『魔女狩りの王(インノケンティウス)』すら焼き尽くす炎が『魔神』を呑み込む。
 だが、上条当麻の持つ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』には、神のチカラすら、意味をなさない。炎を打ち消され、『魔神』の姿を捉えたバードウェイは、
「―――――っ!!」
バードウェイは思わず息を飲んだ。
『破滅の杖(レーヴァテイン)』を要した炎の魔術が打ち消されたことではない。
彼女の視線の先にあるものは、人ならざる『魔神』の真紅の瞳。
(やばいな。すでに、ドラゴンの覚醒が始まっているではないか…)
バードウェイは内心で舌打ちした。彼女が杖を黒髪の少年に向けると、『ドラゴン』の紅い瞳が、バードウェイを捉える。
『Dios guarda llama de la salud del ――』
(神よ!業火をその身に与え――)
彼女は詠唱を途中で破棄した。
 なぜなら、その方角に『ドラゴン』の姿が無かったのだから。
何処に?という思考が浮かぶ前に、その疑問は解決した。


『ドラゴン』はバードウェイの背後に『在(い)』た。


トンッ…と、『魔神』は彼女の背中を押した。
たったそれだけでバードウェイは意識を失い、両足から力が抜ける。
彼女が被っていた黒いベレー帽が地に落ち、『魔神』はそれを踏みにじる。倒れそうになったバードウェイを『魔神』は抱きかかえた。
 ニヤリと笑う『魔神』の背中から、再び『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』が出現した。
 禍々しく鋭利な爪の指先から伸びる白い糸が、バードウェイの体と繋がる。蜘蛛の糸のように白い糸は本数を増し、彼女の全身を包み込んでいった。
 オッレウスは口に溜まった血を吐きだすと、
「ま、まずい!バードウェイも天使にされてしまう!」
彼は痛む腹部を押さえながら、走りだした。
 『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』の能力は『万物を操る』能力(チカラ)。
 錬金術のように、変哲もない石を金に作りかえることも、『心理掌握(メンタルアウト)』のように他者の思考を操ることも、『御使堕し(エンゼルフォール)』のように、人を天使に変えることも可能である。竜王の腕は、まさに『神の手』と同義の能力を所有している。
「うおおおおおおおおッ!」
『魔神』の意図に気づいたウィリアム=オルウェルは、空中を突進するように『魔神』に接近し、ブチブチィ!と『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』の指ごと引き千切った。
繭のように全身を包み込まれたバードウェイが『魔神』の手から離れ、『北欧王座(フリズスキャルヴ)』の見えない手が彼女をオッレウスの元に引き寄せた。彼は急いで、腰にあるナポレオンダガーでザクザクと繭を斬り裂いた。虚ろな目をしているバードウェイの素顔が糸に絡みついたまま現れた。
「おいっ!気は確かか!」
「……うぐっ…あ、あがっ!…いぎぎぎぎぎギッ!…や、やめろォォオオ!ち、ちが、違うっ!わ、私はァアア!…あああああ!!」
意識を取り戻したかと思われたが、目を開くなり、バードウェイは苦しみだした。いつも冷静沈着な彼女の風体からは想像できない程、半狂乱の状態に陥っていた。オッレウスは声を張り上げる。
「君は『明け色の陽射し』のボスなんだろ!?しっかりしろ!」
「や、やめてくれぇ!私を見るなァアア!見ないでくれ!ち、違うぅう…私はそんなことを、望んでいない…や、やめてぇええ…私の心を、見ないでええええ!」
手足を大きく動かし、瞳孔が半開きになっていた。彼女は赤子のように泣きじゃくっていた。ブロンドの長い髪が頭の動きに合わせ乱れる。彼女の黒のマントが、砂と土に汚れていく。
バードウェイは戦闘不能だ。
天使になることは免れたものの、彼女の精神がズタズタに凌辱された。
「shit(くそっ)!」
オッレウスが悔しさを込めて、地面を叩きつけた。それと同時に、彼がいる瓦礫の山が軽く揺れた。
「!?」
彼の拳の衝撃で揺れたわけではない。
オッレウスの目下で、ウィリアム=オルウェルの巨体が叩きつけられたからだ。
「がばっ!」
 ウィリアム=オルウェルの周囲に粉塵が舞う。
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫と共に、『魔神』が砂利をゆっくりと踏みしめる音が響く。ウィリアム=オルウェルは血で濡れた口元を拭うと、痛みに打ちひしがれる事なく、
「Viento. Me vuelvo mi escudo y me vuelvo el colmillo――」
(我が名において力を持つ風の天使よ。私の盾となり刃となれ――)
短縮された詠唱で、風の護符を発現させた。聖人であるがゆえに、人間が使う魔術は扱えない。『聖痕(スティグマ)』を発動させ、人を越えた力を所持しているとしても、メイスとアスカロンを失った今、『魔神』に対抗できる武装は魔術だけだった。
その魔術ですら、彼の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の前では意味を成さない事を知っているとしても、ウィリアム=オルウェルの戦士としての姿勢が揺らぐことは無い。
(―――本当に、厄介な男である)
彼の鋭い眼光の先にいる者は、かつて、拳を交えた敵であり、現在は同志として肩を並べる男。
彼は、どんな絶望的な窮地に立たされようとも、己の未来と正義を切り開いてきた。多くの命を救い、幾多の戦場を駆け抜け、人々に希望を与えた。
そして、人一倍正義感の強く、どこにでもいるような少年は、やがて、世界の命運すら左右しかねない程の存在へと成長した。
それが世界の英雄、上条当麻である。


高層都市が瓦礫の山と化し、灰色の粉塵が舞い、少女の叫び声が鳴り響く中、
「弱さとは、罪だな。聖人」
英雄の声で雄弁と語る少年は、上条当麻ではない。 
彼の身体を乗っ取った『魔神』。
『ドラゴン』。
 真紅の瞳は、まっすぐとウィリアム=オルウェルを見つめた。
「…だからと言って、神であるお前が人間を見下す理由にはならないのである」
腰を下ろし、拳を構えた。
 ギュンッ!と腕と脚部に纏う風が、勢いを増した。竜巻のような風が、ウィリアム=オルウェルの体を包む。
「抜かせ。それは余が決めることだ」
ウィリアム=オルウェルは大地を蹴った。
足元の瓦礫は爆発し、『魔神』との距離をゼロにする。
風の魔術と『聖痕(スティグマ)』で増した聖人の拳。
衝撃は数十トンに及び、列車の一車両を吹き飛ばすほどの威力を持つ。
 『魔神』は何の構えも無く、
「っ!?」
ドゴォオッ!という鈍い音が鳴り響いた。
パンチの衝撃と、風の魔術で引き起こされた強烈な爆風が、周囲の破片を撒き散らす。ウィリアム=オルウェルは確かな手ごたえを感じた。次の瞬間、生温かい液体が頬を濡らした。
(――やったか!?)
拳を捻り、ゴキゴキと体内の肋骨をねじ折った感触がした。骨の鋭い先端が内部の臓物を傷付け、完全治癒が困難な状態まで悪化させる殺人拳。通常の人間であれば、聖人のパンチを腹部に受けただけで、内臓を突き破り背骨に到達する。
幾ら鍛えていたとしても、内臓をグチャグチャにされた激痛を耐えるほどの訓練を積む人間など存在しない。
また、温かいモノが顔にかかる。
 ウィリアム=オルウェルの視界がゆっくりと鮮明になってきた。
 眼前には、赤く染まるシャツ。
 顔を濡らす液体は口からボタボタとあふれ出す血。
 

血塗れになったオッレウスの姿がそこにあった。


「な……に……?」 
ウィリアム=オルウェルは目を見開き、言葉を失った。
「ぐぅ……おえぇう……かひゃ…」
 『魔神』は、右手でオッレウスの体を持ち上げていた。
オッレウスのシャツの腹部あたりが赤く血に染まり、彼の口からは大量の血が零れ落ちている。ウィリアム=オルウェルは無意識にその場から退き、『魔神』はオッレウスの頭から手を離すと、
「く、くっくくくく…ぶわっはっはっはっはぁ!!」
オッレウスは力なくその場に倒れ込んだ。口に血が溢れているため、叫び声を出来ず、途切れ途切れの声を発していた。瀕死の状態に陥った彼を見ることなく、『魔神』はウィリアム=オルウェルに近づいていった。ぺろりと、頬についたオッレウスの血を舐めると、
「お前は知らなかっただろう?余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』のチカラを」
「ッ!?」
『魔神』と同じく、オッレウスの血で顔と拳を濡らしたウィリアム=オルウェルは、仲間を攻撃した事に動揺を隠せずにいた。
「分かりやすく言うなら、『空間転移(テレポート)』と似たようなものでな。オッレウスの肉体を余のところに置き、盾となってもらっただけだ」
まるで遊戯を楽しむように笑う『魔神』の表情と、その辛辣な言葉にウィリアム=オルウェルは冷静さを失った。
「きっ…貴っ様ァァアアアあああああああああ!!」
風の魔術を纏った拳は空を切る。
ウィリアム=オルウェルの背後で、『魔神』は語る。
「余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』は――」
バゴォッ!と振りかえったウィリアム=オルウェルが放った拳が地面に突き刺さり、アスファルトの道路が抉れた。
「余の望むままに、かの地へ辿りつくことができる。余の歩む道に、『距離』も『空間』も無い。そして――」
ウィリアム=オルウェルの拳が、『魔神』の頭部を捉えた。


「『時間』すらも―――」


『魔神』に触れた途端、ウィリアム=オルウェルの腕が『消滅』した。
彼の体は右腕から消滅を始め、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』のリミッター外した上条当麻の能力である『消滅』が、ウィリアム=オルウェルの身体を肉片も骨片も残さず消え去って―――――








彼の手には、全長五メートルを超える『金属棍棒(メイス)』があった。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――はっ…?」
ウィリアム=オルウェルは左肩にかかる重量感と眼前の光景に、目を疑った。
「何を呆けている、ウィリアム。死にたいのか?」
彼の隣には、右足を失ったはずの『騎士団長(ナイトリーダー)』が両足で立っていた。
折れた信号機の上には、
「『天使』に『竜王(ドラゴン)』…まるでおとぎ話を見ているようだね」
内臓をグチャグチャにされ、口が聞けない程の重傷を負ったはずのオッレウスが無傷でその場に座っている。
「『天使』一人あたりに、幾らふっかけようか。それとも時間制で請求するかな?」
精神崩壊を起こしているはずのバードウェイが、年齢不相応な不敵な笑顔で『魔神』を見ていた。黒のベレー帽と黒マントには、汚れ一つ付着していない。
ウィリアム=オルウェルは、胸に手を当て、周囲を確認した。
傷一つ付いていない。
彼は、眼前を見る。
そこには上条当麻の姿をした『魔神』が宙に浮いていた。
不敵な笑顔と、真紅の瞳で。
 ウィリアム=オルウェルは、思わず言葉を零した。


「――――――『天使』など、何処にいるのであるか?」


「…何を言っている?『天使』は上条当麻の……」
『騎士団長(ナイトリーダー)』の言葉は、そこで止まった。
彼だけでは無かった。オッレウスもバードウェイも言葉を失った。
いない。
眼前には、『魔神』のみ。
一瞬にして四人に戦慄が走った。
「来るぞ!」
オッレウスたちは構えるが、ウィリアム=オルウェルだけが反応できなかった。ただただ、『魔神』の紅い瞳に吸い込まれるように、彼を見つめていた。
幾ら待っても、『天使』はこの四人を襲ってこない。
当然だ。
何故なら、シルビアとステイル=マグヌスが『天使』の相手をしているのだから。
ニヤアァ、と上条当麻らしからぬ不気味な笑顔で『魔神』は言った。真紅の瞳が、ウィリアム=オルウェルを射抜く。


「『理解(わか)』ったか?―――――――これが余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』だ」


その言葉に、ウィリアム=オルウェルは、手から『金属棍棒(メイス)』を落とした。ドスン、とアスファルトの地面に、鈍い音が鳴り響いた。

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