それぞれの初詣。
大量の宿題が舞い散り、欠席を埋めるための補修が猛威を振るう。そんな中で残された冬休みは年末と三箇日だけだった。
「つーかインデックス、シスターさんなのに初詣ってどうなの?」
「……む、それは話せば長いんだけど……」
真冬の冷たい風の中、心なしか静かになった町並みを上条とインデックスは歩いていた。学生主体の街だ、夜という時間もあいまって人は少ない。
目的地は神社だ。学園都市といっても教会は存在しているし、同じように神社もあって、夏祭りや初詣はそこを中心に行われている。
一見、宗教というものは学園都市にとって相性が悪いものに思える。実際にそういったものの必要性を疑問視する声もあるが、それはしかし一面しか見ていない意見だろう。学問であればなんでも扱う学園都市では当然宗教学の研究も行われている。もちろん二十年の開きがあるといわれている科学分野とは比べ物にならないが、宗教学における『実験施設』として寺院は存在を許されていた。
「そもそも、それぞれの宗教にはそれぞれの縄張りがあるんだけど」
息を白くさせながら、修道服にマフラーという奇妙ないでたちのインデックスは得意げに語り始める。
「たとえば、ロンドンはイギリス清教圏、バチカンはローマ正教圏。どっちも『圏』っていうより総本山なんだけどね。それで神教、仏教にも同じようにそういう縄張りがあるんだけど……その、当然というか何というか、学園都市内には神教の縄張りは存在しないんだよ」
「……ハイ?」
意味が分からず、上条は首をかしげた。
「……じゃあ、今から行く神社は?」
「ん、イギリス清教徒(わたし)的には、その辺のファミレスと変わらないかも。魔術もない、神様も居ない、神社の真似をした普通の建物だね」
学園都市が作られた際、当然その敷地の中には出雲や比叡山に連なる寺院仏閣があった。しかしあるときは暴力を持って、あるときは交渉を持って、それらの実体――魔術や宗教に関わるもの――を排除したのだという。
「だから、今学園都市にあるのは何々神社っていう名前だけなんだよ」
「じゃあご利益とかは……」
「当然無いけど、もしあったとしてもとうまの右手はそれを打ち消しちゃうよ?」
「不幸だー……」
そもそもご利益なんて信じては居なかったけれど、『ある』と断言された後に『でも貴方には効きません』と言われたら少しは凹むだろう。おまけにそれが目的地を否定している。神社を目指した理由は「暇だからいってみっかー」みたいな軽い気持ちだったが、それでも足取りは少し重かった。
「神社かー。……姫神とか、いたりすんのかな?」
「……? あいさがどうかしたの?」
インデックスは小首をかしげ、傍を歩く上条を見上げた。上条は頬を掻き、誤魔化すように答える。
「ああいや――ホラ、あいつ最初会った時巫女服着てただろ? だから神社とは縁があるのかなーって」
「? あいさは神社の人じゃないよ?」
「いやそうだろうけど、あの巫女服……」
「確かに似てるけど、細部が違いすぎるかも。どの流派とも違うし、どの流派とも似てるから、たぶんどこかのだれかが『巫女服ってこんな感じ』っていうイメージで作ったものだと思うよ?」
「ということはアレ、本当にコスプレだったのか……。っと、神社見えてきたぞー」
角を曲がった先に目的地である神社、その鳥居が見えた。ビルに囲まれたそれは遠めに見ても神社らしくはなかったが、通りを占拠している屋台の群れが辛うじて神社ということを主張している。――もっとも、あの話の後ではありがたみが感じられないが。
祭囃子こそ聞こえないけれど、そこは夏の縁日と似たような空気だった。鉄板で焼ける焼きそばやたこ焼きから蒸気が立ち上るところは夏祭りそのまま、通る人々の口から蒸気に似た白い吐息が少し違う。襟元まで覆うような服装、手を擦り暖めるような仕草、細かな点がいくつも違っているが、どこか浮き足立つような空気は同じ。ソースの匂いがここまで漂ってくるところも……。
(……ソースの匂い?)
デジャヴに急かされるように上条は傍らのインデックスを見て、
「ああやっぱいないし! どこに行ったんですかあのはらぺこシスターさんはー!!」
いつの間にかインデックスは姿を消している。ヴェネチア、大覇星祭でも似たようなことがあった。知り合いの世話になったり屋台を襲撃したりと、ろくなことにならない前触れ。
「…………もういいや、放っておこう……」
諦めた独り言を、上条は呟いた。
人ごみの中で、上条は周囲を見渡している。
(……ツレもいないのにこーいう場所って、ミョーに寂しくなるよなぁ……)
クラスメイトでも居ないかと探しているのだった。まわりは誰も彼も集団で、的屋を襲撃したり道のど真ん中でヒャッハー叫んでいたりとずいぶん楽しそうにしている。屋台もろくに見ずに通り過ぎていく人間ばかりを見ていると、しばらくして見知った後姿に行き当たる。
「おーい、そこにいるの御ビリビリじゃねー?」
振り向くのは早かった。何かを食べていたのだろう、頬を膨らませたままこちらを向きすぐに背を向ける。飲み下してから改めて向き直った。
「な、なんでアンタがここにいんのよっ! ていうかビリビリじゃないっ!」
「なんですのお姉さま、そんなに慌てて……ゲェッ」
御坂御琴と白井黒子だ。わたあめの袋や抱えられた景品を見る限り、年の瀬をずいぶん満喫しているようである。
「普通に初詣に来てるだけだけど……ていうか、人の顔見てゲェとか言うな」
「ふ、ふーん……。何よアンタ、一人でこんなトコ来て寂しくないの?」
「あー、いやさっきはぐれちまって」
はぐれた、というより暴走したのを放置しているだけなのだが、説明するのも面倒くさそうなので端的に現状だけを言う。
「それよりそっち、美味そうなの食ってんなー」
「ああコレ? コレはあっちのほうの屋台で……」
御坂が食べていたのはお好み焼きのようだった。学園都市によくある謎のゲテモノではなく普通のものに見える。あまりお上品な食べ方をしていないのだろう、小さな歯型がいくつかあった。
「ふぅん、一口くれね?」
「え……ひと、一口って、え、えぇ……」
嫌がるような言葉と反対に、おずおずとお好み焼きのトレイを差し出す御坂。その隣で白井が身構えたのを尻目に、上条はトレイを受け取った。
一緒に添えられた箸でお好み焼きを取り、躊躇なくかぶりつく。白井は御坂にヘッドロックをかまされていた。
「ん、むぐ……んん、やっぱこういうとこで食うのは美味いよなぁ」
「そそ、そそそそう……。もう一口くらい、いいわよ……?」
「え、マジ? じゃあ……」
御坂の言葉に甘えて上条はまた口を開ける。御坂はというと何故か顔を赤らめながら、潤んだ瞳でお好み焼きを見ていた。御坂の歯型が残る辺りを上条が食べようとして……。
御坂の腕の中から白井が消えた。
「おおおお姉さまの、食べさし――!!」
頭上からの声に、上条は顔を上げる。視界にあったのはテレポートで跳んだ白井の靴底(と、中学生にしてはオトナすぎるパンツ)だった。
「うどぅわぁ!?」
「黒子っ!?」
文字通りのドロップキックを足運びでかわす。だがとっさのことに、上条はお好み焼きのトレイを手放してしまっていた。宙に浮いたそれを黒子は一口にほおばり、咀嚼して、飲み下した。
「うふ、ふふふふふ……お姉さまの体液は全てワタクシのモノですの……」
「何してんのアンタは!?」
「仕方ないんですの! お姉さまの貞操を守るためには……!」
「貞操言うな――!」
御坂の前髪から幾筋もの雷撃が走るが、しかし白井はその度に細かくテレポートで回避していく。何件かの屋台を破壊しながら御坂たちは人ごみの向こうへと消えていった。
「なんだったんだアイツらは……」
いきなりな展開に付いていけず、上条は遠い目でため息をついた。
と。
その背後から、肩を叩く手がある。
「……オイにーちゃん? アンタさっきの連中のツレだよなぁ……?」
「……ハイ?」
恐る恐る振り向いてみれば、あからさまなまでにヤンキーファッションな大男が一人。――ただし、その髪を半分アフロにしながら。
「ちょーっと、コッチ来て貰えねぇかなぁ? お?」
その背後からは似たり寄ったりの服を着たお友達が沢山。服や鞄に焦げ目をつけたり、煙を上げる携帯はファッションではないようだったが。
屋台を壊され呆然としていた人々もまた、ゆっくりと歩み出て上条を囲み始める。丁度いい八つ当たり相手を見つけた、みたいな表情で。
「……えーと、ちょっと待ってください? 俺は通りすがりみたいなもんで、あの二人とは顔見知り程度の――」
「ンの割にゃあ仲良さげだったよなああぁぁぁぁぁ?」
「イチャイチャしやがって、おまけに屋台までよぉ……この糞が、こちとら冬空ン中必死こいてやってんのになぁ……」
「なんか妙な私怨まで――!?」
辛うじて残っていた隙間を抜け、上条はその場から逃げ出す。
いつもの口癖を叫びながら、大勢の通行人の中を。
上条を囲んでいた連中もまた後を追い、騒動がその場から去った時。
「……上条。くん?」
その呟きを聞く者は、誰も残って居なかった。
大量の宿題が舞い散り、欠席を埋めるための補修が猛威を振るう。そんな中で残された冬休みは年末と三箇日だけだった。
「つーかインデックス、シスターさんなのに初詣ってどうなの?」
「……む、それは話せば長いんだけど……」
真冬の冷たい風の中、心なしか静かになった町並みを上条とインデックスは歩いていた。学生主体の街だ、夜という時間もあいまって人は少ない。
目的地は神社だ。学園都市といっても教会は存在しているし、同じように神社もあって、夏祭りや初詣はそこを中心に行われている。
一見、宗教というものは学園都市にとって相性が悪いものに思える。実際にそういったものの必要性を疑問視する声もあるが、それはしかし一面しか見ていない意見だろう。学問であればなんでも扱う学園都市では当然宗教学の研究も行われている。もちろん二十年の開きがあるといわれている科学分野とは比べ物にならないが、宗教学における『実験施設』として寺院は存在を許されていた。
「そもそも、それぞれの宗教にはそれぞれの縄張りがあるんだけど」
息を白くさせながら、修道服にマフラーという奇妙ないでたちのインデックスは得意げに語り始める。
「たとえば、ロンドンはイギリス清教圏、バチカンはローマ正教圏。どっちも『圏』っていうより総本山なんだけどね。それで神教、仏教にも同じようにそういう縄張りがあるんだけど……その、当然というか何というか、学園都市内には神教の縄張りは存在しないんだよ」
「……ハイ?」
意味が分からず、上条は首をかしげた。
「……じゃあ、今から行く神社は?」
「ん、イギリス清教徒(わたし)的には、その辺のファミレスと変わらないかも。魔術もない、神様も居ない、神社の真似をした普通の建物だね」
学園都市が作られた際、当然その敷地の中には出雲や比叡山に連なる寺院仏閣があった。しかしあるときは暴力を持って、あるときは交渉を持って、それらの実体――魔術や宗教に関わるもの――を排除したのだという。
「だから、今学園都市にあるのは何々神社っていう名前だけなんだよ」
「じゃあご利益とかは……」
「当然無いけど、もしあったとしてもとうまの右手はそれを打ち消しちゃうよ?」
「不幸だー……」
そもそもご利益なんて信じては居なかったけれど、『ある』と断言された後に『でも貴方には効きません』と言われたら少しは凹むだろう。おまけにそれが目的地を否定している。神社を目指した理由は「暇だからいってみっかー」みたいな軽い気持ちだったが、それでも足取りは少し重かった。
「神社かー。……姫神とか、いたりすんのかな?」
「……? あいさがどうかしたの?」
インデックスは小首をかしげ、傍を歩く上条を見上げた。上条は頬を掻き、誤魔化すように答える。
「ああいや――ホラ、あいつ最初会った時巫女服着てただろ? だから神社とは縁があるのかなーって」
「? あいさは神社の人じゃないよ?」
「いやそうだろうけど、あの巫女服……」
「確かに似てるけど、細部が違いすぎるかも。どの流派とも違うし、どの流派とも似てるから、たぶんどこかのだれかが『巫女服ってこんな感じ』っていうイメージで作ったものだと思うよ?」
「ということはアレ、本当にコスプレだったのか……。っと、神社見えてきたぞー」
角を曲がった先に目的地である神社、その鳥居が見えた。ビルに囲まれたそれは遠めに見ても神社らしくはなかったが、通りを占拠している屋台の群れが辛うじて神社ということを主張している。――もっとも、あの話の後ではありがたみが感じられないが。
祭囃子こそ聞こえないけれど、そこは夏の縁日と似たような空気だった。鉄板で焼ける焼きそばやたこ焼きから蒸気が立ち上るところは夏祭りそのまま、通る人々の口から蒸気に似た白い吐息が少し違う。襟元まで覆うような服装、手を擦り暖めるような仕草、細かな点がいくつも違っているが、どこか浮き足立つような空気は同じ。ソースの匂いがここまで漂ってくるところも……。
(……ソースの匂い?)
デジャヴに急かされるように上条は傍らのインデックスを見て、
「ああやっぱいないし! どこに行ったんですかあのはらぺこシスターさんはー!!」
いつの間にかインデックスは姿を消している。ヴェネチア、大覇星祭でも似たようなことがあった。知り合いの世話になったり屋台を襲撃したりと、ろくなことにならない前触れ。
「…………もういいや、放っておこう……」
諦めた独り言を、上条は呟いた。
人ごみの中で、上条は周囲を見渡している。
(……ツレもいないのにこーいう場所って、ミョーに寂しくなるよなぁ……)
クラスメイトでも居ないかと探しているのだった。まわりは誰も彼も集団で、的屋を襲撃したり道のど真ん中でヒャッハー叫んでいたりとずいぶん楽しそうにしている。屋台もろくに見ずに通り過ぎていく人間ばかりを見ていると、しばらくして見知った後姿に行き当たる。
「おーい、そこにいるの御ビリビリじゃねー?」
振り向くのは早かった。何かを食べていたのだろう、頬を膨らませたままこちらを向きすぐに背を向ける。飲み下してから改めて向き直った。
「な、なんでアンタがここにいんのよっ! ていうかビリビリじゃないっ!」
「なんですのお姉さま、そんなに慌てて……ゲェッ」
御坂御琴と白井黒子だ。わたあめの袋や抱えられた景品を見る限り、年の瀬をずいぶん満喫しているようである。
「普通に初詣に来てるだけだけど……ていうか、人の顔見てゲェとか言うな」
「ふ、ふーん……。何よアンタ、一人でこんなトコ来て寂しくないの?」
「あー、いやさっきはぐれちまって」
はぐれた、というより暴走したのを放置しているだけなのだが、説明するのも面倒くさそうなので端的に現状だけを言う。
「それよりそっち、美味そうなの食ってんなー」
「ああコレ? コレはあっちのほうの屋台で……」
御坂が食べていたのはお好み焼きのようだった。学園都市によくある謎のゲテモノではなく普通のものに見える。あまりお上品な食べ方をしていないのだろう、小さな歯型がいくつかあった。
「ふぅん、一口くれね?」
「え……ひと、一口って、え、えぇ……」
嫌がるような言葉と反対に、おずおずとお好み焼きのトレイを差し出す御坂。その隣で白井が身構えたのを尻目に、上条はトレイを受け取った。
一緒に添えられた箸でお好み焼きを取り、躊躇なくかぶりつく。白井は御坂にヘッドロックをかまされていた。
「ん、むぐ……んん、やっぱこういうとこで食うのは美味いよなぁ」
「そそ、そそそそう……。もう一口くらい、いいわよ……?」
「え、マジ? じゃあ……」
御坂の言葉に甘えて上条はまた口を開ける。御坂はというと何故か顔を赤らめながら、潤んだ瞳でお好み焼きを見ていた。御坂の歯型が残る辺りを上条が食べようとして……。
御坂の腕の中から白井が消えた。
「おおおお姉さまの、食べさし――!!」
頭上からの声に、上条は顔を上げる。視界にあったのはテレポートで跳んだ白井の靴底(と、中学生にしてはオトナすぎるパンツ)だった。
「うどぅわぁ!?」
「黒子っ!?」
文字通りのドロップキックを足運びでかわす。だがとっさのことに、上条はお好み焼きのトレイを手放してしまっていた。宙に浮いたそれを黒子は一口にほおばり、咀嚼して、飲み下した。
「うふ、ふふふふふ……お姉さまの体液は全てワタクシのモノですの……」
「何してんのアンタは!?」
「仕方ないんですの! お姉さまの貞操を守るためには……!」
「貞操言うな――!」
御坂の前髪から幾筋もの雷撃が走るが、しかし白井はその度に細かくテレポートで回避していく。何件かの屋台を破壊しながら御坂たちは人ごみの向こうへと消えていった。
「なんだったんだアイツらは……」
いきなりな展開に付いていけず、上条は遠い目でため息をついた。
と。
その背後から、肩を叩く手がある。
「……オイにーちゃん? アンタさっきの連中のツレだよなぁ……?」
「……ハイ?」
恐る恐る振り向いてみれば、あからさまなまでにヤンキーファッションな大男が一人。――ただし、その髪を半分アフロにしながら。
「ちょーっと、コッチ来て貰えねぇかなぁ? お?」
その背後からは似たり寄ったりの服を着たお友達が沢山。服や鞄に焦げ目をつけたり、煙を上げる携帯はファッションではないようだったが。
屋台を壊され呆然としていた人々もまた、ゆっくりと歩み出て上条を囲み始める。丁度いい八つ当たり相手を見つけた、みたいな表情で。
「……えーと、ちょっと待ってください? 俺は通りすがりみたいなもんで、あの二人とは顔見知り程度の――」
「ンの割にゃあ仲良さげだったよなああぁぁぁぁぁ?」
「イチャイチャしやがって、おまけに屋台までよぉ……この糞が、こちとら冬空ン中必死こいてやってんのになぁ……」
「なんか妙な私怨まで――!?」
辛うじて残っていた隙間を抜け、上条はその場から逃げ出す。
いつもの口癖を叫びながら、大勢の通行人の中を。
上条を囲んでいた連中もまた後を追い、騒動がその場から去った時。
「……上条。くん?」
その呟きを聞く者は、誰も残って居なかった。