とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 4-91

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匿名ユーザー

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「――このー! くそーっ! うわー! あーもう不幸すぎですよー!」
我ながら女を捨てたような汚い言葉を連発しているなー、と思いつつも、上条灯花は凄まじい逃げ足を止めようとはしない。
深夜の裏路地を走り抜けながら、チラリと背後を振り返ってみる。
八人。
もうかれこれ二キロ近く走り回っているのに、まだ八人。無論、某美少女戦士をやっているわけでなければ、警察や親友に追いかけられている神風怪盗でもない上条灯花にこの人数相手にケンカをしたって勝ち目はない。元より、高校生同士のケンカは一対三になったら話にならない以前に、こっちは女で相手は男。実力云々以前にまず無理だ。
薄汚れたポリバケツを蹴り飛ばし、黒猫を追いかけるように上条は必死で走る。
七月十九日。
そう、七月十九日が悪いのだ。明日から夏休みだひゃっほー! などとドラックをやっているんじゃないかってほどハイになったからこそ、書店では表紙に引かれて普段絶対買わない占いの雑誌を手に取り、こないだ体重計に絶望したばかりなのに甘い物を食べるぞーッ! とファミレスヘ入り、明らかに酔っ払った社会不適合者に絡まれる中学生の男の子を見て、思わず助けてあげよっかなー、とか普段ならありえない上記を逸した思考回路が働いてしまったのだ。
まさかトイレからゴキブリのように仲間が出てくるとは思わなかった。
集団でトイレへ行くのは私たち女の子の特権だと思っていました。はい。
「……結局頼んだ牛乳と馬肉のミスマッチパフェが来る前に飛び出しちゃったわ、まだ口にしてもないのに食い逃げ扱いされちゃったわで……あーもう何なんですかこの不幸は!」
うきゃー! と頭を掻き毟りながら上条は裏路地から表通りへと一気に飛び出す。
月明かりが綺麗な学園都市は、東京都の三分の一なんて大きさを持ってるっていうのに、首をどこに曲げたって目に映るのはカップルカップルカップル。七月十九日だ。七月十九日が全ての元凶なんだと彼氏いない歴イコール年齢の上条は心の中で絶叫する。
上条は半分狙いながらもカップルを引き裂くようにして夜の街を走り抜ける。
走りつつ、チラリと自身の右手を見た。そこに宿る力も、こんな状況下ではまるで役に立ちはしない。不良をビリビリーと撃退できないし、テストで満点を取れるわけでもなければ男の子にモテたりもしない。
「うぅ……不幸だーッ!」

不良の集団を完全に振り切ったりなんてすると、上条を見失った相手がケータイを使ってゴキブリのごとく増えたり、暴走族よろしくバイクでやってくるかもしれない。あくまで『スタミナ切れ』でダウンしていただくためには、適度に上条灯花という『エサ』をとらつかせて相手を走らせ疲れさせるしかないのだ。
上条の目的はあくまで『人助け』なのだ。
無駄に夕暮れの川原で殴りあわずとも、相手を振り切り諦めさせてしまえば勝ちなのだ。
元々、上条には陸上部もビックリなスタミナがある。対して相手はアルコールとニコチンで身体を破壊し、靴も走るのに向いていないブーツ。しかも自身の身体の限界を考えない全力疾走を続ければ、所詮、長距離走なんて無理なのだ。
表通りと裏通りを交互に縫い走り、婦女暴行を恐れ必死で逃げる少女Aを演じながらも、一人、また一人と足の限界に転んでいく無様な不良たちの姿を内心嘲笑う。我ながらパーペキ、誰一人として怪我をしない完璧な解決方法だと思いつつも、
「あーもう! なんだって私がこんなドッキドキの青春を謳歌しなきゃならないのよー!」
無様だ。三百六十度見渡す限り愛がいっぱいラブいっぱいなカッブルたちと比べると、上条灯花は一人、人生レベルで負けている。日付が変われば夏休みだというのに、愛もトキメキもないなんて終わりすぎている。
と、背後から不良の一人の罵声が飛んできた。
「ごらぁ! ちくしょうこのアマ止まりやがれ犯すぞ!」
あまりの猛烈なラブコールに、ついに上条もぷっつりキレた。
「うっさい! 顔面に拳を叩き込まないだけ感謝しなさいサル以下野郎!」
スタミナが持ってかれるの覚悟でついつい上条は叫び返す。
(……、本当、怪我一つしないだけありがたく思いなさいっての)
さらに二キロほど、無駄な汗と涙で走り続けるとようやく都市部から離脱し、大きな川にでた。大きな川には大きな鉄橋がかかっており、長さにしておよそ百五十メートル。車の通りはゼロ。ライトアップされていない無骨な鉄橋は、夜の海のような不気味な暗闇に塗り潰されていた。
と、上条は足を止めた。ようやく追ってくるゴキブリどもが一人もいなくなっていたからだ。
「は、はぁ……やっと撒いた」

上条はその場に崩れ落ちる衝動を抑えながら、夜空を見上げて息を吸った。
無駄な体力を使い汗がダラダラで張り付く服が気持ち悪い。
本当、無駄な体力を使った。その辺は命がけのダイエットということで割り切って、取りあえずは誰も殴らないで済んだことに自分を褒めてあげたい気分だ。

「ったく、何やってんだよアンタ。不良守って善人気取りか、熱血教師ですかぁ?」

刹那、ギクリと上条の汗が冷や汗に切り替わった。
鉄橋に灯りの一つもなかったため、気づかなかった。上条が走ってきた方角から五メートルほど先に、男の子が一人立っている。灰色のズボンに半そでの白いワイシャツとい格好の、何の変哲もない中学生ぐらいの男の子だ。
というか、ファミレスで絡まれていた男の子が、彼だ。
「……つー事はアレ? 後ろの連中が追ってこなくなったのっても」
「うん。めんどいから俺がヤッといた」
バチン、という青白い火花の音が響いた。
別に男の子がスタンガンを握っている訳ではない。男にしては長い肩まである茶色の髪が揺れるたび、まるでそれが電極みたいにバチバチと火花を散らしていたのだ。
風に乗ったコンビニ袋が彼の顔の側に飛んだ瞬間、迎撃装置のように青白い火花がコンビニ袋を吹っ飛ばした。
うわぁ、と上条はため息を吐かずにいられなかった。
今日は七月十九日だ。ファミレスに入り、明らかに酔っ払った社会不適合者に絡まれる中学生の男の子を見て、思わず助けてあげよっかなー、とか思ってしまったのだ。
けれど、上条は『男の子を助けよう』とか言った覚えはない。
上条は不用意に彼に近づく可哀想な少年達を助けようと思っただけだ。
上条は二度目のため息をつく。いっつもこんな感じの男の子だった。かれこれ一ヶ月近く顔を合わせてるくせに、お互いに名前を覚えるつもりがない。つまりは、彼氏ゲットのチャンスという訳ではないのだ。
相手は女だというのに、今日こそは生ゴミになるまでボコりまくると鼻息を荒げてやってくるのが少年の方で、それを適当にあしらうのが上条である、たった一度の例外もなく、全戦全勝だった。
適当に負けてあげれば少年の気も晴れるんだろう。そう思っていた日もありました。前に一度、やーらーれーたー、と言ったら鬼のような形相で一晩中追い回された。
「……つか、私が何したっていうのよう」
「俺は、自分より強い『人間』が存在するのが許せない。それだけあれば理由は十分」
中二病だった。
今日び格闘ゲームのキャラたちにだって複雑な理由があると思う。
「けどアンタもバカにしてるよな。俺はレベル5なんだぜ? 何の力もないレベル0相手に気張ると思ってんの? 弱者の調理法くらい覚えてるさ」
この街の中に限っては、裏路地の不良は理不尽に暴力振るうから超強い、なんて図式は当てはまらない。所詮は彼らもカリキュラムから落ちこぼれた力ももたないレベル0の『不』良なのだ。
この街で真に強いのは、彼のような特待生クラスの超能力者である。

「あの、それさ? お前が三二万八五七一分の一の才能の持ち主なのは良くわかってるけどさ、長生きしたかったら人を見下すような言い方止めたほうがいいわよ、ホント」
「うっさい。血管に直接クスリ打って耳の穴から脳直で電極ぶっ刺して、そんな変人しみた事してスプーンの一つも曲げられないんじゃ、ソイツは才能不足って呼ぶしかないじゃん」
「……、」
確かに、学園都市はそういう場所だ。
「スプーン曲げるならペンチ使えば良いし風が欲しいならエアコンでも扇風機でも使えばいい。テレパシーなんてなくてもケータイがあるじゃない。んなに珍しいモン、超能力なんて」
と、これは学園都市の身体検査で機械たちに『無能力』烙印を押された上条の負け惜しみ。
「大体、どいつもこいつもおかしいのよ。超能力なんて副産物に悦に入りやがって。私たちの目的ってのわ、その先にあるもんじゃなかったっけ?」
対して、学園都市でも七人しかいないレベル5の少年は唇の端を歪めて、
「はぁ? ……ああアレね。何だったっけ、確か『人間に神様の計算はできない。ならばまずは人間を超えた体を手にしなければ神様の答えに辿り着けない』だっけ?」
少年は鼻で笑った。
「――は、笑わせるな。一体何が『神様の頭脳』なんだか。なあ知ってる? 解析された俺のDNAマップを元に軍用の弟達(ブラザーズ)が開発されてるって話。どうやら、目的より美味しい副産物だったみたいじゃないか?」
と、そこまでしゃべって、唐突に少年の口がピタリと止まる。
音もなく、空気の質が変わっていく感覚。
「……ていうか。まったく、強者の台詞だな」
「は?」
「強者、強者、強者。生まれ持った才能だけで力を手に入れ、そこに辿り着くための辛さをまるで知らない――マンガの主人公みたいに不敵で残酷な台詞だ。アンタの言葉」
ざザザざザざざ、と鉄橋の下の川面が、不気味なほどに音を立てた。
学園都市でも七人しかいない超能力者、そこに辿り着くまでにどれだけ『人間』を捨ててきたのか……それを匂わせる暗い炎が言葉の端に灯っている。
それを、上条は否定した。
たったの一言で、たったの一度も振り返らなかった事で。
たったの一度も、負けなかった事で。
「ちょっとちょっとちょっと! 年に一度の身体検査で見てみなさいよ? 私のレベルはゼロでそっちはレベル5よ? その辺に歩いてるヤツに聞いてみなさいよ、どっちが上かなんて一目瞭然じゃない!」
学園都市の能力開発は、薬学、脳医学、大脳生理学を駆使した、あくまで科学的なものだ。一定のカリキュラムをこなせば才能がなくてもスプーンぐらいは曲げられるようになる。

それでも上条灯花は何もできない。
学園都市の計測機器が出した評価は、まさしく無能力だった。
「ゼロ、なぁ」
少年の口の中で転がすように、その部分だけ繰り返した。
一度スカートのポケットに突っ込んだ手が、メダルゲームのコインをつかんで再び出てきた。
「なあ、レールガンって言葉、知ってるか?」
「え?」
「理屈はリニアモーターカーと一緒でな、超強力な電磁石を使って金属の砲弾を打ち出す艦載平気らしいんだが」
ピン、と少年は親指でメダルゲームのコインを真上へ弾き飛ばす。
ヒュンヒュンと回転するコインは再び少年の親指に載って、
「――こういうものを言うらしいんだよ」
言葉と同時。
音はなく、いきなりオレンジ色に光る槍が上条の頭のすぐ横を突き抜けた。槍、といよりもレーザー光線に近い。出所が少年の親指だと分かったのは、単に光の残像の尾がそこから伸びていたからだ。
まるで雷のように、一瞬遅れて轟音が鳴り響いた。耳元で巻き起こる空気を破る衝撃派に、上条のバランス感覚が僅かに崩れる。ぐらりとよろめいた上条は、チラリと背後を見た。
オレンジの光が鉄橋の路面を激突した瞬間、まるで海の上に飛行機が不時着するみたいにアルファルトが吹っ飛んだ。向こう三十メートルに渡って一直線に破壊の限りを尽くしたオレンジの残光は、動きを止めても残像として空気に灼きついてる。
「こんなコインでも、音速三倍で飛ばせばそこそこ威力が出るんだよな。もっとも、空気摩擦のせいで五十メートルも飛んだら溶けちゃうんだけど」
鉄とコンクリートの鉄橋が、まるで頼りないつり橋のように大きく揺らいだ。ガギ! ビシ! とあちこちで金属ボルトがはじけ飛ぶ音が鳴り響く。
「…………ッ!」
上条は、全身の血管にドライアイスでもぶち込まれたような悪寒を覚えた。
ゾグン、と。得たいの知れない感覚に全身の水分が汗となって蒸発するかと思った。
「――あ、ンタ。まさか連中を追い払うのにソイツを使ったんじゃないでしょうね……!」
「ばっかだろ。使う相手ぐらい選ぶっての。俺だって無闇に殺人犯になりたくないし」
言いながら、少年の茶色い髪が電極のようにパチンと火花を散らす。
「あんなレベル0――追い払うにゃコイツで十分っしょ、っと!」
少年の前髪から角のように青白い火花が散った瞬間、
槍のごとく一直線に雷が襲い掛かってきた。

避ける、なんてことできるはずがない。何せ相手はレベル5の髪から迸る青白い電撃の槍。言うなれば黒雲から光の速さで落ちる雷を目で見て避けろと言うのと同じだ。
ズドン! という爆発音は一瞬遅れて激突した。
とっさに顔面を庇うように差し出した右手に激突した電撃の槍は、上条の体内で暴れるのみならず、四方八方へと飛び散って鉄橋を形作る鉄骨へと火花を撒き散らした。
……、ように見えた。
「で、何でアンタは傷一つないんだ?」
言葉こそ気軽なものだが、少年の犬馬をむき出しにして上条を睨んでいる。
周囲に飛び散った後発電流は橋の鉄骨を焼く威力だった。にも関わらず、直撃を受けた上条は右手が吹き飛んだりしていない。……どころか、火傷一つ負ってない。
上条の右手が、数億ボルトにも達する少女の電撃を吹き飛ばしたのだ。
「まったく何なんだ。そのチカラ、学園都市のバンクにも載ってないんだけど。俺が三二万八五七一分の一の天才なら、アンタは学園でも一人きり、二三〇万分の一天災じゃねーか」
忌々しげに呟く少年に、上条は一言も答えない。
「そんな例外を相手にケンカ売るんじゃ、こっちもレベルを吊り上げるしかないよな?」
「……、それでもいっつも負けてるくせに」
返事は額から飛び出す電撃の槍。音速を軽く超えた速度で襲い掛かってきた。
だが、それはやはり上条の右手にぶち当たった瞬間、四方八方へど散らされてしまう。
さながら、水風船でも殴り飛ばすように。
イマジンブレイカー。
それが異能の力であるならば、例えそれが神様の奇跡であっても問答無用に打ち消す異能力。
それが異能の力である限り、少年の超能力『レールガン』にしたって例外はない。
ただし、上条のイマジンブレイカーは異能の力にしか作用しない。簡単に言えば、超能力の火の玉を防げても、火の玉が砕いたコンクリの破片は防げない。効果も『右手の手首から先』だけだ。他の場所に火の玉が当たれば問答無用で火だるまである、
なので、
(死ぬ! ホントに死ぬ! ホントに死ぬかと思った! きゃーっ!)
上条灯花は余裕綽々の顔を引きつらせていた。例え光の速度の雷撃の槍を完全に打ち消す右手を持っていても、右手にぶつかったのは完全ただの偶然なのだ。
内心で心臓をバクバク言わせながら、上条は必死にオトナな笑みを取り繕ってみる。
「なんていうか、不幸っていうか……ついてないわ」
上条は今日一日、七月十九日の終わりをこう締めくくった。
たった一言で、本当に世界の全てに嘆くように。
「アンタ、本当についてないわ」

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