とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-694

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 その日、白井黒子は愛するお姉様への誘いを無下に断られ、傷心のまま一人繁華街へとヤケ食いに
やって来ていた。ブティックなども並ぶ界隈は、特に洋菓子店が競い合っている事で学園の女子によ
く知られている。つまりは大いなる欲望の街、女の子のウエストに毅然と立ち向かう職人達の街とも
言える。
 そんな誘惑溢れまくりにしては小綺麗な街並みを、黒子は歩いていた。
 今日はどの店に入ってみようか――そもそも食べる気満々の黒子は、脂肪への恐怖を思考から追い
出し、何軒も並ぶ店を端から順に見ていく。最近のブームはシンプルなチョコレートケーキで、どの
店も聞いたことのないカカオの銘柄を強調していた。どこぞの遠い国で大切に有機栽培されジャパン
マネーで買い漁られたカカオも、辿り着く先は一女子中学生の腹の中、無常である。
 すると、カラン、とドアベルを軽やかに鳴らし、視線の先にある洋菓子店から大きさの違う2つの
影が現れた。
 片方は、まるでアルビノのような白い髪に白い肌の、線の細い少年。かなり疲れた表情をしている。
 もう片方は――――


 白井黒子の鼓動は、冗談抜きで0.5拍ほど飛んだ。


 似ている、などという一言で表すのではとても足りない。顔の輪郭こそ丸みを帯びて幼さを見せる
ものの、それ以外のパーツはまるで60%に縮小しただけのようだ。格好は当然常盤台の制服では無
いが、薄い緑のワンピースと小さいシューズは、彼女が幼少の頃はこんな感じでした、と言われれば
すぐさま納得して写真を奪って空間移動で逃げるくらいのクオリティである。
「あアもう知るかボケ! 俺は帰るかンな!」
「えへへ、おいしかったよ、とミサカはミサカは次も来れるようにニッコリ笑ってみる」
 白い少年は、……なんだかこちらもどこかで見た事があるような気もするが、少女を置いて足早に
去っていく。
 そして。ミサカ、そう、ミサカと名乗った少女は、その後ろ姿をどこか嬉しそうに見ていたかと思
うと、その後を追い掛け始めた。
「あの……!」
 思わず黒子は少女を呼び止める。少し距離があったものの、黒子の掠れた呼びかけは届いたようだ。
 少女が振り向いた。


 ――――ああ。
 今度は意識が2秒ほど飛んだ。


 何故かと訊くまでもない。可愛すぎる。どこが可愛いかと訊くまでもない。すべてが可愛すぎる。
 黒子のお姉様は、いつも自信に満ち溢れた学園のレベル5。粗雑だが、時折見せてくれるきめの細
かい優しさなどが、カット前のサファイヤのように荒々しくも美しい。
 しかし目の前の少女は、まるで無垢なダイヤモンドのようだ。透明で、混じりっけのない瞳の色。
「ミサカに何か用なのかな、とミサカはミサカは首を45度くらい曲げてみる」
 ミサカと名乗る少女は、首を30度くらい曲げて言った。その仕草一つで、黒子の頭の中ではスタ
ンディングオベーションが止まらなくなっていた。


 ……だが、ここで敢えて黒子は考える。この少女は一体何者なのか?


 有意な回答が一つ以上出るとは思えない。たったひとつの答えとは、つまり少女は御坂美琴の妹な
のではないか、という、ありきたりだが実に素晴らしいものであった。
「ええ、と……」 黒子は少女と視線の高さを合わせる。「お名前は?」
「ミサカの名前はミサカ20001号、ユニークネームは打ち止め(ラストオーダー)だよ、とミサ
カはミサカは見知らぬお姉さんに優しく教えてみる」
 にまんいち? らすとおーだー?
 耳に聞こえてきた音に既知の単語を当て嵌めてみようと試みるも無惨な失敗に終わり、黒子はにこ
にこと笑う少女ミサカから顔を逸らして次の質問を考える。そう、ここは一発勝負に出るべきだ。白
井黒子は立ち止まらないと決めたのだから……!
「あなたは……その、御坂美琴さんの、妹さん、なの?」
「うんそうだよ、とミサカはミサカは少し自慢げに胸を張ってみる」


 ガガッ、と音を立てて黒子の背後に雷が落ちた。
 黒子でも最大級に驚いた時は雷くらい落とせるのである。


「そ、そう……やはり」
 ここここれはいわゆるひとつの運命の出会いというものなのではああああぁぁァァ!
 黒子は歓喜に打ち震える。お姉様の妹は、それはもうお姉様の妹としてのレベルは5を超えている
と逝っても、もとい言っても過言ではない。独断でレベル6認定。そんな、あまりの可愛さに加え、
まるで無断でアルバムを見ているかのような背徳感もプラスされて、正直どうにかなっちゃいそうな
黒子である。ケーキ屋に入ってもいないのに涎が出てきてもおかしくない。ごくりと唾を飲みこむ。
「わ、私は白井黒子と言います。御坂お姉様の……ルームメイト、ですわ」
 おおー。とミサカ妹は素直に驚いて、
「いつもオリジナルがお世話になっちゃってます、とミサカはミサカは大人ぶってお礼を言ってみる」
 オリジ……?
 いや、そんな事はどうでもいい。
「と、ところで、妹さんはここで何をしていたのです?」
「テレビに出てたチョコケーキを食べにきたの、とミサカはミサカはおいしかったので店の前で宣伝
してみる」
 そのケーキが余程おいしかったのだろう、ミサカ妹は幸せそうに笑う。
 ちなみに黒子は、今すぐ空間移動で拉致ってしまうのを踏みとどまるので精一杯だ。むしろ拉致っ
てから話せ、そうだその方が効率的じゃないのかしら? という熱狂的右脳の申し出を、若干冷静な
左脳が必死に断っている最中である。
「そ、そう。ええと、それでは……あ、そうですわ」
 ぴこん、と黒子の頭上に音符が浮かぶ。
「私も、その、ケーキを食べに来たのですよ。だから、妹さんもどうですか?」


 将を射るには先ず馬を射よ。
 昔の人は良いこと言ったものだ。
 普段軽視しがちな国語もやはりやっておくべきなのだ、と黒子は黒子は現代の教育システムに感謝
してみた。


「そ、それはとっても魅力的なお話だなぁって、ミサカはミサカはケーキの味を思い出して動揺して
みる」
「でしょう?」
 にっこりと微笑む黒子は、ここまでのテンパった状況から徐々に脱しつつあった。
 それにしても、と思う。お姉様は、自分に妹が居る事など一言も話してくれなかった。なんとイジ
ワルなのか。でも多分あの人の事だから、妹を紹介するなどというシチュエーションが恥ずかしいに
決まっているのだ。だからお姉様は、黒子には教えた方がいいかしら、でも改めてそんなこと言うの
もな、ああンどうしましょう、なんて風に言い出せないのだ。
 うわーその状況もとんでもなくこっ恥ずかしいですわ、と脳内黒子は悶える。
「子供は素直に言うこと聞くもんだーって言うし、ミサカはミサカはやぶさかではないかも」
「ええ。いい子ですわね」
 思い切って頭を撫でてみる。首を窄めてくすぐったそうにするミサカ妹。あまりの可愛さに思わず
発動しそうになる空間移動。正直、今ならレベル5判定の能力を使うこともできそうな黒子である。
ええ、やれと言われれば学園都市の外まで跳んでみせましょう。
「じゃあ、さっそく――――」


「打ち止めではないですか、とミサカは咄嗟に呼び止めます」
 目の前に立った、その見知らぬ――いや、見知り過ぎている少女の登場に、黒子の鼓動は冗談抜き
で1拍飛んだ。


「お、お姉様!?」
 しかし、その御坂美琴……に似た誰かは僅かに目を大きくして、
「いえ、わたしはミサカではありますが、あなたのお姉様ではなくシスターズ14009号です、と
ミサカは誤解を解きつつ簡単な自己紹介を行います」
 しすたーず? いちまんよんせんきゅう?
 またしても出現した謎単語を強引にパージし、黒子は慌てて聞き返す。
「お、お姉様……では、ありませんの?」
「はい。わたしは御坂お姉様の妹です、とミサカは今あえてそういう説明をします」
「い、いもう、と……」
 収まっていた混乱が一気に加速し、黒子はごちゃごちゃになった頭を整理するように、ゲンコツで
叩く。なんだここは。アルカディアか桃源郷か、はたまた天国一丁目あたりまで来てしまったのか。
年齢も、性格も異なる2人のお姉様は降って沸いたかのように現れ、その視線は黒子に向いている。
ひょっとしたら『妄想具現』みたいな新能力じゃなかろうか。量子効果によるパーソナルリアリティ
こそが能力の基礎だと言うのなら、こんな有り得ない現実が有り得る事があるのかもしれない。
「あの」
「ひゃ、ひゃいっ?」
 思い切り裏返って答える黒子を、心配そうに新ミサカ妹は覗き込む。
「かなり汗をかいていますが大丈夫ですか、とミサカは少し心配します」
 しかも今度のお姉様はなんだかとても優しい。
 ……超能力万歳! もう頭の上に浮かんだ吹き出しの中で万歳三十唱くらいはしている黒子。生ま
れてこの方、ここまで学園都市に感謝した事は無かった。そしてこれからも無いであろう。まさに空
前絶後。今、黒子の人生はバラ色を通り越して七色くらいにはなっている。
「へ、平気、ですわ。ええ」
「失礼します、とミサカはハンカチを取り出します」
 ハンカチをポケットから出した新ミサカ妹は、黒子の額にそれを当てる。
「ひゃっ!?」
 びくりと振るえた黒子を、まじまじと覗き込む新ミサカ妹。真っ直ぐに投げ掛けられた瞳は、真剣
な色を湛えて黒子の顔を捉えて離さない。いつも自分を見て欲しいと訴え続けている黒子ではあった
が、いざそれが叶ってみると我慢できないほどに恥ずかしいのであった。
 ――ああもういつもワガママで御免なさい。これは夢か幻か、ともかくこのチャンスに穴が開くほ
ど見て欲しい。と言うかむしろ穴を開けて欲しい!? ……って何言ってるんですの!?
「なんだか、貴女はやはり顔が赤いようです、とミサカは熱を測ってみます」
 冷たい手のひらに黒子の前髪が掻き上げられ、お姉様の顔が迫ってくる。黒子が身を竦めて目を閉
じると、ピタリ、額と額がくっついた。


 ふわりと香る御坂臭に、黒子はふらりとよろける。
 お姉様の顔をした人物に、こうも丁寧な扱いを受け、しかもキスまであと数センチ。
 ちょっと動かせばちゅっと。
 ちゅっと。


「あ……う……」
「やっぱり変だよねぇ、とミサカはミサカは見上げてみる」
 隣で様子を窺っていた小ミサカ妹は、心配そうに眉を寄せる。
 しかし黒子は、その問い掛けに答える事はできなかった。
「お、おねぇ…………」
 ふにゃぁ、とケーキ屋の前に崩れ落ちたからである。
 ――白井黒子、衝撃の初体験であった。




 黒子が目を覚ますと、見慣れた天井が広がっていた。
 常盤台中学学生寮の一室。黒子とお姉様の部屋である。
「あ、起きたの?」
 ベッドの脇に立っていた影が、黒子を見下ろしている。
「……お姉様? あの、私……」
「え、えーっと……まったくアンタってやつは、その、道端で倒れてたって言うじゃないの」
 何故かしどろもどろになりながら、黒子のお姉様は変に呆れた風にそんな事を言う。
 ――――夢?
「あの、……お姉様の……妹って……」
 は? と美琴は肩を竦め、
「なに? しょーがないわね、もう。明日は風紀委員は休みなさいよね」
 黒子は、小さく溜息をついて、謎の苦笑を浮かべるお姉様を見上げる。
 無邪気でも親切でも無い、けれどそれはまさしく黒子のお姉様に違いない。ふてぶてしく、自信に
満ち溢れていて、しかし人のことをよく見て気にしてくれる、そんな、
「てかケーキ屋の前だったんだって? アンタひょっとして食べ過ぎでダウン?」


 黒子、渾身の空間移動は、布団ごと美琴の頭上に展開した。

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