憂鬱だ。
残暑の厳しい陽光と温風に晒されながら、白井黒子は溜め息をついた。
時は大覇星祭二日目。前提が体育の延長戦とはいえ、超能力者同士が戦うSFアクション的な行事である為か来場者数も
入院者数も犯罪者数も急増する時期である。それ故、警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)が忙しくなる時期で
もある。初日こそさほど大きな事件は無かったものの、二日目以降になると大胆な行動に出る者が多くなるので、今頃警備員
(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)はてんてこ舞いのはずだ。
そんな戦乱真っ只中のこの時期に、白井は公園のベンチにいた。隣に同胞の初春飾利を連れて。
「白井さん、何独りで慨嘆してるんですか?車椅子取れてもまだ行動の自由を許されないことに、ですか?それとも愛しの御
坂嬢に会いに行けないことに、ですか?それとも―――」
「いい加減に黙りやがらないとワタクシの鉄矢があなたの喉にパイルパンクですわよコンチクショウ」
「なんですかー。いいじゃないですかー。まだ話し始めてから五分しか経ってないじゃないですかー。ですかですかーっ」
「……ついでに頭にも打っときます?」
「うひゃー、空間移動(テレポート)能力者は怖いですねー。……って、本当に鉄矢取り出してマジでヤル気ですかさいですか
本当にごめんなさいいいいいい!」
脅しで出した金属矢に本気で狼狽える初春に白井は再度、溜め息をついた。
傷が治ってきた白井は漸く車椅子から開放され、リハビリ兼気分転換で公園に来たのだが、途中でたまたま会った初春に
捕まったのだ。正直に仕事(くに)に帰(けえ)れ、と言ったが彼女は午前中は非番らしく、白井とも話がしたかったらしいので、
暇つぶしに聞いてやることにしたのだが……。
「―――そ、それでですね、白井さん。例のあのパフェ屋さんがまた新作を出したらしくて、食べに行ったらそれがもうものすご
く美味しくて美味しくて。しかも当日限りの限定品だったので得しちゃいましたよー。白井さんの分も買っておきたかったのです
けど私ので売り切れて―――」
さっきからずっとこうである。どうも『会話』がしたいのではなく『土産話』をしたかっただけのようだ。白井としては風紀委員の
仕事に関する話とか、もっとマシな『会話』がしたかったのだが、目の前の少女はそんな話をしてくる気配は微塵も感じられな
い。しかも甘党の白井を差し置いて人気パフェ店の限定メニューの話をしている。
憂鬱だ、と白井は再三溜め息をついた。
周囲の喧騒が遠くのもののように聞こえる。
「あっ、そうそう白井さん。もうそろそろ常盤台中学でフォークダンスが始まる時間ですね」
と、急に初春が話を振ってきた。白井はうんざりしたような顔を向けて、
「……、それがどうかしたんですの?」
「あ、気付いてませんね」初春は意地悪そうに笑いながら、「それには御坂嬢も参加するらしいですよ。なんでも相手は自分自
身で選んでいいとか。御坂嬢は一体誰と一緒に舞踏するんでしょう?目当ての男性はもう見つけているんでしょうかねー?そ
のまま二人でいい感じになっちゃったり?」
明らかに挑発しているような言い草。
しかしこれは乗ったら負け、と感じた白井は冷静に、
「知りませんの、そんなこと。風紀委員に入っている以上、どうせ参加できませんし、お姉様が誰と踊っていようが、それはお
姉様がお決めになったお相手。そこに手出し口出しするほど、わたくしは幼稚じゃありませんの。まあ、あの殿方なら話は別
ですけど―――」
言いかけて、白井黒子は気付いた。気付いてしまった。
お姉様なら。御坂美琴なら、必ず選ぶだろう。借り物競争のときもそうだった。数ある第一種目に参加した高校生の中から
“彼だけ”を選んだ彼女なら、今回もきっと。
あの殿方。あの殿方、あの殿方、あの殿方あの殿方あの殿方あの殿方あの殿方――――――
白井の脳裏にとある少年の顔が浮かんだ瞬間、
残暑の厳しい陽光と温風に晒されながら、白井黒子は溜め息をついた。
時は大覇星祭二日目。前提が体育の延長戦とはいえ、超能力者同士が戦うSFアクション的な行事である為か来場者数も
入院者数も犯罪者数も急増する時期である。それ故、警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)が忙しくなる時期で
もある。初日こそさほど大きな事件は無かったものの、二日目以降になると大胆な行動に出る者が多くなるので、今頃警備員
(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)はてんてこ舞いのはずだ。
そんな戦乱真っ只中のこの時期に、白井は公園のベンチにいた。隣に同胞の初春飾利を連れて。
「白井さん、何独りで慨嘆してるんですか?車椅子取れてもまだ行動の自由を許されないことに、ですか?それとも愛しの御
坂嬢に会いに行けないことに、ですか?それとも―――」
「いい加減に黙りやがらないとワタクシの鉄矢があなたの喉にパイルパンクですわよコンチクショウ」
「なんですかー。いいじゃないですかー。まだ話し始めてから五分しか経ってないじゃないですかー。ですかですかーっ」
「……ついでに頭にも打っときます?」
「うひゃー、空間移動(テレポート)能力者は怖いですねー。……って、本当に鉄矢取り出してマジでヤル気ですかさいですか
本当にごめんなさいいいいいい!」
脅しで出した金属矢に本気で狼狽える初春に白井は再度、溜め息をついた。
傷が治ってきた白井は漸く車椅子から開放され、リハビリ兼気分転換で公園に来たのだが、途中でたまたま会った初春に
捕まったのだ。正直に仕事(くに)に帰(けえ)れ、と言ったが彼女は午前中は非番らしく、白井とも話がしたかったらしいので、
暇つぶしに聞いてやることにしたのだが……。
「―――そ、それでですね、白井さん。例のあのパフェ屋さんがまた新作を出したらしくて、食べに行ったらそれがもうものすご
く美味しくて美味しくて。しかも当日限りの限定品だったので得しちゃいましたよー。白井さんの分も買っておきたかったのです
けど私ので売り切れて―――」
さっきからずっとこうである。どうも『会話』がしたいのではなく『土産話』をしたかっただけのようだ。白井としては風紀委員の
仕事に関する話とか、もっとマシな『会話』がしたかったのだが、目の前の少女はそんな話をしてくる気配は微塵も感じられな
い。しかも甘党の白井を差し置いて人気パフェ店の限定メニューの話をしている。
憂鬱だ、と白井は再三溜め息をついた。
周囲の喧騒が遠くのもののように聞こえる。
「あっ、そうそう白井さん。もうそろそろ常盤台中学でフォークダンスが始まる時間ですね」
と、急に初春が話を振ってきた。白井はうんざりしたような顔を向けて、
「……、それがどうかしたんですの?」
「あ、気付いてませんね」初春は意地悪そうに笑いながら、「それには御坂嬢も参加するらしいですよ。なんでも相手は自分自
身で選んでいいとか。御坂嬢は一体誰と一緒に舞踏するんでしょう?目当ての男性はもう見つけているんでしょうかねー?そ
のまま二人でいい感じになっちゃったり?」
明らかに挑発しているような言い草。
しかしこれは乗ったら負け、と感じた白井は冷静に、
「知りませんの、そんなこと。風紀委員に入っている以上、どうせ参加できませんし、お姉様が誰と踊っていようが、それはお
姉様がお決めになったお相手。そこに手出し口出しするほど、わたくしは幼稚じゃありませんの。まあ、あの殿方なら話は別
ですけど―――」
言いかけて、白井黒子は気付いた。気付いてしまった。
お姉様なら。御坂美琴なら、必ず選ぶだろう。借り物競争のときもそうだった。数ある第一種目に参加した高校生の中から
“彼だけ”を選んだ彼女なら、今回もきっと。
あの殿方。あの殿方、あの殿方、あの殿方あの殿方あの殿方あの殿方あの殿方――――――
白井の脳裏にとある少年の顔が浮かんだ瞬間、
がたん!と勢い良くベンチから立ち上がった。
「!!し、白井さん!?」
予想だにしなかった白井の行動に初春飾利はびくうっ!と喫驚した。辺りの人々からも視線が集まる。
一方、白井は気にもせず、
「……うふ。うふふふふふふふふふ。若造が。調子に乗って。あンの若造がぁああああああああああああああああああ!!」
大喝一声、彼女の姿が虚空へと消えた。周囲から驚きの声が上がる。
「えっ?ちょ、白井さんー!?もう能力使っていいんですかー!?ってか待ってくださいよー!!」
初春の声も最早虚空へ響くだけ。おそらく白井は八十メートル先まで空間移動しているだろう。
「ああもう、面倒くさいんですからー!」
しかたなく初春は白井が向かったと思われる方向―――常盤台中学へと向かって走り出した。
予想だにしなかった白井の行動に初春飾利はびくうっ!と喫驚した。辺りの人々からも視線が集まる。
一方、白井は気にもせず、
「……うふ。うふふふふふふふふふ。若造が。調子に乗って。あンの若造がぁああああああああああああああああああ!!」
大喝一声、彼女の姿が虚空へと消えた。周囲から驚きの声が上がる。
「えっ?ちょ、白井さんー!?もう能力使っていいんですかー!?ってか待ってくださいよー!!」
初春の声も最早虚空へ響くだけ。おそらく白井は八十メートル先まで空間移動しているだろう。
「ああもう、面倒くさいんですからー!」
しかたなく初春は白井が向かったと思われる方向―――常盤台中学へと向かって走り出した。