――うだるような暑さに責め立てられ、上条は否応無しに覚醒させられた。暑さと苦悶、二つの理由で汗みずくになった体に不快感を覚え、シャワーを浴びるために起き上がる。ベッドから降り、足元のインデックスを踏みつけないように気をつけながら風呂場へと向かった。
そういえば、退院当初はよく寝ているうちにベッドに潜り込んできたな、と意味もなく過去を振り返る。風呂場に緊急避難したのも考えようによってはいい思い出だ。記憶は既に無かったとはいえ、今のように悪夢に苛まれることも、あのときは無かった。
手早くTシャツとハーフパンツとトランクスを脱ぎ捨て、脱衣籠に入れる。それとは別に用意しておいた洗濯済みの服をその隣に置いて、扉を開けた。
ひんやりとした感触が素足に伝わる。冬が近づくにつれて辛くなるのかもしれないな、などと心中で呟きながら、なかなか湯に切り替わらないシャワーの蛇口を捻った。
体が一気に冷たくなり、思い起こされるのは悪夢の続き。
上条当麻という人間には、不幸を呼び寄せることしか出来ないと自覚した、あの日のことだ。
そういえば、退院当初はよく寝ているうちにベッドに潜り込んできたな、と意味もなく過去を振り返る。風呂場に緊急避難したのも考えようによってはいい思い出だ。記憶は既に無かったとはいえ、今のように悪夢に苛まれることも、あのときは無かった。
手早くTシャツとハーフパンツとトランクスを脱ぎ捨て、脱衣籠に入れる。それとは別に用意しておいた洗濯済みの服をその隣に置いて、扉を開けた。
ひんやりとした感触が素足に伝わる。冬が近づくにつれて辛くなるのかもしれないな、などと心中で呟きながら、なかなか湯に切り替わらないシャワーの蛇口を捻った。
体が一気に冷たくなり、思い起こされるのは悪夢の続き。
上条当麻という人間には、不幸を呼び寄せることしか出来ないと自覚した、あの日のことだ。
――どれほどの時間が経ったのだろう。上条が真っ当な思考を取り戻したときには既に空気は冷え、肌を夜気が責め苛んでいた。
切欠は轟音と衝撃。ビルの一つや二つ、軽く吹き飛ばせるのではないか、と錯覚するほどのそれは、始まりと同じように酷く唐突に止まった。
そして、次の瞬間には、見るもおぞましい光景が再生された。冷え切って疾うに凝固した黄金が、文字通り『巻き戻った』のだ。見る間に熱を取り戻し、再び液体と化した黄金。そしてその金色の粘液が、姫神秋沙を象る。
内臓器官という内臓器官が、骨という骨が、脂肪という脂肪が、筋肉という筋肉が、皮膚という皮膚が――構成されて。
舌も、歯も、歯茎も、唇も、眼球も、耳も、瞼も、頭髪も、額も、顎も、頬も――姫神秋沙という姫神秋沙は、全て元通りになった。
上条は、その奇怪な光景に――顔を背けて嘔吐した。
切欠は轟音と衝撃。ビルの一つや二つ、軽く吹き飛ばせるのではないか、と錯覚するほどのそれは、始まりと同じように酷く唐突に止まった。
そして、次の瞬間には、見るもおぞましい光景が再生された。冷え切って疾うに凝固した黄金が、文字通り『巻き戻った』のだ。見る間に熱を取り戻し、再び液体と化した黄金。そしてその金色の粘液が、姫神秋沙を象る。
内臓器官という内臓器官が、骨という骨が、脂肪という脂肪が、筋肉という筋肉が、皮膚という皮膚が――構成されて。
舌も、歯も、歯茎も、唇も、眼球も、耳も、瞼も、頭髪も、額も、顎も、頬も――姫神秋沙という姫神秋沙は、全て元通りになった。
上条は、その奇怪な光景に――顔を背けて嘔吐した。
姫神秋沙がまず感じたのは、体感温度の急激な低下による違和感、そして鼻をつく異臭だった。先ほどまで上条が立っていたはずの所から数歩離れて彼は蹲っている。一瞬の逡巡ののち、手を伸ばした。
脳裏に蘇るのは地獄のような日々。何の悪意も無かった彼の手を振り払わせた、その元凶。耐え難い蹂躙の記憶、それこそを振り払い、彼の背中をさする。彼の背中に入っていた力が抜け、若干楽になったように見えた。それを見て、姫神は安堵する。
「君は。本当に。どうして」
本当は、何となく分かっていた。
魔法使いになりたい、という姫神自身の思いと、根本的には等しい。
救いたい。守りたい。力になりたい。
彼は決して魔法使いではないけれど。
それでも、初対面同然の私を、救いにきてくれたのだ。
脳裏に蘇るのは地獄のような日々。何の悪意も無かった彼の手を振り払わせた、その元凶。耐え難い蹂躙の記憶、それこそを振り払い、彼の背中をさする。彼の背中に入っていた力が抜け、若干楽になったように見えた。それを見て、姫神は安堵する。
「君は。本当に。どうして」
本当は、何となく分かっていた。
魔法使いになりたい、という姫神自身の思いと、根本的には等しい。
救いたい。守りたい。力になりたい。
彼は決して魔法使いではないけれど。
それでも、初対面同然の私を、救いにきてくれたのだ。
背中に手を当てられた。その手は少しだけ震えていて、それだけで上条は安堵した。光弾を放つ無表情な偽者とは違う、本物の姫神秋沙だ、と本能的に理解できたから。
何故姫神が元に戻ったのか、その理屈は分からない。
しかし上条は、それでいいと思ったのだ。
魔術も超能力も幻想殺しも吸血殺しも何もかも、理屈を心底から理解しているわけではない。
在るから在る。それだけのことだった。
「君は。本当に。どうして」
それに答えることはしなかった。
『上条当麻』を知らない姫神を助けることで、自らの寄る辺を得ようとした、などという本音は口が裂けても言えなかった。
上条は、背中をさすられながら思う。
救われぬ者に救いの手を(Salvere)。本当に、魔法使いのようだ、と。
何故姫神が元に戻ったのか、その理屈は分からない。
しかし上条は、それでいいと思ったのだ。
魔術も超能力も幻想殺しも吸血殺しも何もかも、理屈を心底から理解しているわけではない。
在るから在る。それだけのことだった。
「君は。本当に。どうして」
それに答えることはしなかった。
『上条当麻』を知らない姫神を助けることで、自らの寄る辺を得ようとした、などという本音は口が裂けても言えなかった。
上条は、背中をさすられながら思う。
救われぬ者に救いの手を(Salvere)。本当に、魔法使いのようだ、と。